夏緋の誕生日②
夏緋ルート後の誕生日です。
以前も夏緋の誕生日SSを書いていますが、別バージョンとしてお楽しみください。
世のカップルは恋人の誕生日にはデートをするらしい。
今日は6月24日。
夏緋先輩の誕生日なので僕たちも一緒にでかけている。
今はおしゃれなコーヒーチェーン店で休憩中だ。
誕生日ということもありケーキを注文した。
ブルーベリーレアチーズケーキをお互い頼み、僕のドリンクは期間限定のマンゴーに生クリームがいっぱい乗っているやつ。
夏緋先輩は同じく期間限定の抹茶グリーンティーなんたらを頼んでいた。
「抹茶好きなんですか?」
「特に好きというわけじゃない。お前っぽいだろ」
目の色ってこと? 好きなのは僕、ということですか?
自分で考えてから恥ずかしくなってきた。
頭の中で夏緋先輩に「何言ってんだか―!」と強めのツッコミを入れて照れを発散しておいた。
店内は休日ということもあり賑わっている。
空いているテーブル席に座ると、広めの通路を挟んで向かいになるテーブル席の声が聞こえてきた。
女子高生らしき四人が楽しそうにしている。
「聞いて! 実は私……彼氏ができたの!」
「ええ!? いつの間に!?」
「抜け駆けするなんて!」
「誰!?」
「みんなの知らない人だよ。塾が一緒なの」
「えー! なんて人?」
「言わなーい」
「彼氏の名前教えなさいよ~!」
照れているのか、名前を言わない女の子を追及して盛り上がっている。
同年代だが、微笑ましいなあと親世代のまなざして見ていると、夏緋先輩が変なことを言い出した。
「お前の彼氏の名前は?」
「はい?」
この人は何を言っているのだろう。
「もしかして、自分の名前をお忘れですか? 記憶喪失?」
「お前の彼氏の名前は?」
「何の尋問ですか」
僕が質問しても、薄ら笑いを崩さずに回答を待っている。
これは……納得がいく返事を聞くまで引かないやつだ。
「はあ……夏緋先輩ですよ」
「…………」
仕方なく言ってあげたのに、不正解だったようで何も言わない。
もしかして……。
「……夏緋」
そう呼ぶとニヤリと笑った。
正解だったようだ。
少し前に「学校以外でもその呼び方なのか?」「お前は華四季園を卒業してもその呼び方をするのか?」とか、呼び方に不満がある感じのことを言っていたんだよなあ。
「すぐに言えないようじゃだめだな。やり直し」
「一回しか言いません。夏緋先輩が同じ質問に答えたらいいじゃないですか」
「央」
「!」
間髪入れずに名前を呼ばれて固まった。
その直後、注文後に渡されていた呼び出しベルが鳴った。
僕が行こうとしたら、「待っていろ」と言って夏緋先輩が行ってしまったので大人しく待つ。
……今日の夏緋先輩、ちょっと様子が違う?
夏緋先輩が戻ってきたところで、また女子たちの会話が耳に入った。
「次の塾の終わりにカフェに行くの」
「デートってこと? いいじゃん」
「あーんとかしてあげたら?」
「やだあ! 恥ずかしいじゃん!」
「初デートなんでしょ? 喜ばせてあげなよ~」
青春だなあ、と思っていたところで夏緋先輩と目が合った。
とても嫌な予感がする。
「やりませんよ?」
宣言しておいた僕に、「ふーん?」という感じで首を傾げている。
お前はやらないんだ? という圧ですか?
どうせやるまで追い込むんですよね?
僕は今、とても青桐の血を感じている。
そういうところ、お兄さんにそっくりですよ。
にぎやかな女子たちは残っていたケーキをお互いに「あーん」して完食し、笑い合っている。
そしてスマホを見ると、「そろそろカラオケ行こう」と言って店を出て行った。
テーブルが空いて少し静かになったところで、夏緋先輩が聞いてきた。
「お前はオレを喜ばせてくれないのか?」
あーんをしろと? やっぱり追い込むんですね!
「ただの嫌がらせですよね」
「そんなわけないだろ」
ずっと悪い笑みを浮かべているが、とても機嫌がいいことが分かる。
機嫌がいいと嫌がらせしてくるなんて歪んでいる。
ずっとスルーしようかと思ったが……。
こんな人目があるところで僕がやるとおもっていないだろうから、あえてやってやるか!
「あーん」
ケーキを一口文スプーンに乗せて差し出すと、夏緋先輩は目を丸くした。
びっくりしている顔を見て「勝った」と思っていたら――。
夏緋先輩が僕の手を掴んで、自分の口まで運ばせ……食べた。
自分の勝ちだろ、と言っているようなニヤリ顔で笑っている。
「……美味しいですか」
よくもやってくれたな、という意味を込めてジト目で見る。
「お前の方が美味いがな。あとで誕生日プレゼントとして貰うか」
「!」
近くのテーブルに人がいなくなったからって、人目があるところで何を言うんだ!
こんなことを言うタイプじゃなかったはずなのに……! 壊れた!?
「頭を叩いたらご機嫌モードから通常モードに戻るかな」
「誕生日なんだから機嫌がいいのはいいことだろ」
僕のつぶやきが聞こえていたようだが、ドリンクを飲んで澄ました顔をしている。
まあ……確かに?
「……お誕生日おめでとうございます」
言いそびれていた「おめでとう」を、このタイミング言ってみた。
すると、少し思案して――。
「その言葉はあとでプレゼントを貰うときに一緒に聞く」
……なんてことを言い出した。
プレゼントって……僕?
僕を貰うときに聞くって、つまり……イチャついてるときに言えと?
『今聞いとけ~!』
思わず店内で叫びそうになってしまったが何とか耐えた。
プレゼントはその、ともかく……あとではもう言わないからな!