歌わせたい
コミカライズ第23話が更新されました!
夏緋攻略が始まっております! 最高です……!
「あ、夏緋先輩」
放課後、生徒会室に向かっていると夏緋先輩と出くわした。
僕を見て足を止めてくれたので駆け寄る。
目的地は同じなので並んで階段を上がりながら、今日はふと思ったことを伝えることにした。
「体育館に校歌を書いた額が飾ってあるじゃないですか。体育のときにあれを見て思い出したんですけど……。夏緋先輩。集会のときに校歌、歌ってないでしょ! 前に見たとき、口が動いてなかった!」
始業式とか終業式とか、集まりのときに全校生徒で校歌を歌う機会がある。
歌わない生徒ばかりで歌入りの音楽を流す学校もあると聞くが、華四季園はピアノ伴奏で割とみんな歌う。
僕も普通に歌っているし、兄と春兄もそうだ。
前の方いる会長も偉そうに腕を組んで歌っていた。
口が動いているから歌っていることは分かるのだが、聞こえないのでぜひとも近くに行って録音したい。
楓も普通に歌っているし、近くにいるから声も聞こえる。
確実に需要がある素晴らしい歌声だから、販売したら大変なことになるだろう。
柊は歌う機会がないから除外するとして、歌っていないのは夏緋先輩だけだ。
「よくない、よくないなあ」
「…………」
夏緋先輩は「また余計なことを言い出すつもりだな?」という顔で僕を警戒している。
当たりです。
「会長にチクろうかなあ」
「……面倒なことになるからやめろ」
「一人で舞台に立って歌え、って言われるかもしれないですね!」
「お前も巻き込まれる可能性があるんだぞ?」
「! 確かに……。でも、僕はちゃんと歌っていると胸を張って言えるのでまだ逃げ道があります!」
「…………」
僕の意見に一理あると納得してしまったのか、夏緋先輩は苦い顔だ。
「まあ、賄賂によっては黙ってあげます」
「……賄賂?」
「校歌、今歌ってくださいよ」
サッとスマホを出し、録音のスタンバイをする。
そんな僕に、夏緋先輩は氷の目を向けてきた。
「…………」
そしてまた無言の圧!
はいはい、分かりました。もう言いませんよ。
……今のところは。
そんな話をしているうちに生徒会室に到着した。
開ける前にこちらをちらりと見た夏緋先輩から、さらに「絶対に言うなよ」という圧がかかった。
こっわ……凍るって……。
扉を開けると、すでに会長はいつものところに、いつものようにふんぞり返って座っていた。
「会長……お疲れさまでーす……」
圧をかけられたことが不満だったので、モヤモヤしている空気をちょろだししながら中に入っていくと、手にしていた書類を置いた会長がこちらを見た。
「おう。お前たちは何かあったのか?」
お! ノンデリ会長でもこの空気を感じとったようだ。
あざとく口を膨らませた甲斐があった。
「別に」
「何でもないですぅ」
言ったらどうなるか分かってるんだろうな? という視線をスルーしながら椅子に座り、会長に聞いてみた。
「会長、集会で校歌を歌わない人どう思います?」
「…………」
隣から冷たい空気が流れてくるけど、僕は夏緋先輩の名前は出していないのでセーフです。
会長はこの話題に興味がなさそうではあるが、質問に答えてくれた。
「なぜ歌わないのか気になるな」
「恥ずかしいんですかね」
「そういう奴は舞台の上で歌わせよう」
「! ほら! 言ったでしょ!」
予想通りの発言に、僕は思わずテンションが上がった。
会長ならこう言うと思ったよ!
僕の反応を見た会長は、何が言いたかったのか察したようで「ああ」と頷いて夏緋先輩を見た。
「お前、校歌を歌ってないのか」
「……さあな」
歌っているという嘘はつかず、曖昧に逃げたな。
でも、それで会長から逃げるわけないと、あなたが誰よりも知ってますよね!
「じゃあ、今歌ってみろ」
「はあ……どうして兄貴と天地が同じ思考回路してるんだ」
「え、そのセリフは不服です!」
僕がノンデリ会長と同じ思考回路なわけがあるか! と思ったけど、頭がいい会長と同じということは喜んでもいいかも?
とにかく今は——。
「夏緋先輩、さっさと歌ってください。はい、どうぞ」
「雑に振るな」
会長にロックオンされたら言われた通りにするしかないのに、夏緋先輩が歌いだす気配はない。
仕方ないなあ。
「僕が一緒に歌ってあげますね。かえるのうたがー」
「おい、央。校歌じゃなくなったぞ」
会長にツッコミを入れられたので歌うのを止める。
僕も同じことを思ったのだが、ゴキゲンフロッグのペンに飛び跳ねて反応しちゃう夏緋先輩にぴったりの曲があったな、と思い浮かんだ瞬間に歌ってたんです。
ゴキ——と言った瞬間に蹴られたら嫌だからそれは黙っておこう。
「えーと、輪唱したら歌いやすいかなと思って?」
「なるほど?」
適当に言ったのだが、会長も「そうかもしれん」という顔をしているのでよかった。
「恥ずかしがり屋の弟さんのために、先に会長が僕に続いてください。夏緋先輩は最後ね! じゃあ、いきますよ? かえるのうたが きこえてくるよ クワクワクワクワ ケロケロケロケロ——」
「かえるのうたが——」
「…………」
会長は続いてくれたのだが、夏緋先輩はだんまりだ。
あ、ちゃんと録音はしてます。
「夏緋先輩、ちゃんと歌ってくださいよ!」
「ところで央」
「はい?」
「『ケロケロ』ではなく正しくは『ケケケケ』だぞ」
「え!? そんな馬鹿な……!」
「元になっているドイツの歌が『ケケケケ』に近い音だからな」
なんでそんなことまで知っているんだと思いつつ、スマホで検索して調べる。
すると、確かに会長が言っているようなことが書かれてあった。
「ほんとだ。地域によっては違うけど、正しいとされているのは『ケケケケ』って書いてる……」
僕は子どものころからケロケロで歌ってたと思うのだが……。
予想外の指摘が入って驚いたが、知識も増えたところでもう一度チャレンジしよう。
「じゃあ、それで歌いますね」
「そのままずっとその話をしてろよ……」
「夏緋。次歌わなかったら『舞台で校歌』だからな」
「……はあ」
夏緋先輩は諦めのため息をついている。
可哀想……。
まあ、この谷に突き落としたのは僕なんだけど。
「では、改めて! かえるのうたがー」
「かえるのうたが——」
「かえるのうたが——」
僕の歌を追って、美声のかえるのうたが聞こえてくる。
なんてシュールなんだ……でも耳が幸せだ……!
正直、笑っちゃいそうだけど録音のために僕はがんばる!
「——いやあ、いい録音がとれました。着信音にしようかな」
「やめろ」
夏緋先輩に強めに止められたのでやめよう。
でも、アラームにするのは止められてないからいいか。
「夏緋、今度からしっかりと校歌を歌えよ?」
「分かったって……」
帰宅後——。
「21時からゲームのイベント始まるからアラームかけとこ」
——21:00
『かえるのうたが きこえてくるよ——』
「!? ……央? な、何このアラーム……」
「あ、もう時間か。これは青桐兄弟with僕でかえるの歌うたってみた……ってなんで震えてんの?」
「ははっ……ふはっ……息できなっ……!」
兄に馬鹿ウケしました。