夜の華四季園
本日、コミカライズ20話が、カドコミにて更新されています(ニコニコ漫画は復旧次第です)
私がずっと見たかったシーンです……!
※今回も最終分岐点付近のイメージです
放課後に楓と遊びに行ってブラブラしていたが、帰ろうとしたところで教室に忘れ物をしたことに気づいた。
スマホの時計を見ると、六時半過ぎ――。
まだ先生たちもいるだろう。
教室に入ることができると思って取りに行ったのだが、運悪く道が混んでいたり、通行止めがあったりで、華四季園の前に着いたら七時を過ぎていた。
正面の校門は閉められているし、校舎の明かりも落とされている。
「間に合わなかったね」
「遅くなったもんなあ。ごめん、楓。付き合わせて」
楓も一緒に来てくれたのだが、余計な遠回りをさせてしまった。
「ううん。勝手についてきたのはボクだし。長く一緒にいられたからラッキーだよ」
そう言ってにこにこする楓は天使かな?
ありがたいけれど、率直に好意を示されると照れる……。
「ここで何をしている?」
仕方ないので帰ろうとしていたところで、声を掛けられ振り返った。
「あ、会長!」
鞄を持っているし、今から帰る様子だが……。
「こんな時間まで、何か作業していたんですか?」
「いつもはもっと早い。今日はたまたまだ」
「他の生徒会の人達はいないんですか? ぼっ……一人で?」
ぼ、と言ったところで会長の目が鋭くなったので、慌てて訂正した。
ごめんなさい、いじってないです。
「他の連中は先に帰らせた。お前は何をしている?」
「僕は教室に忘れものしちゃって……。もう中に入れませんかね?」
出てきたばかりの会長なら、入ることができるかも?
ダメもとで聞いてみたら――。
「俺が付き添ってならいいぞ。お前は、帰……」
「ボクも行きます」
会長は帰れと言いたいようだったが、僕の腕にくっついて主張した楓に、それ以上は言わなかった。
「正面はもう鍵をしてある。こっちに来い」
「ありがとうございます!」
先導してくれる会長のあとをついて行く。
でも、楓が腕を掴んできて歩きにくいな。
「あんまりひっぱるなよ。転ぶだろ」
「黙って。ボク、今忙しいから!」
「はあ?」
どうして僕が注意されないといけないんだ?
楓は警戒している猫みたいな状態で、会長の背中を睨んでいる。
少しでもちょっかいを出したら、「シャーッ!」と威嚇されそう。
やいやいと騒ぎながら歩いていると、会長がちらりと振り返り、フッと笑った。
何!? 何の笑み!?
楓は余計に威嚇体制になったし、何なんだ……。
華四季園には裏門があるが、そこでもない指紋認証で入る扉で学園の敷地に入った。
こんなところあったんだな……。
校舎の中に入るのも、いつもの昇降口ではなく職員室に近い扉を通った。
中は暗いが、非常口や窓から入る街灯の明かりで、ところどころ明るい。
「夜の学校って結構怖いね」
楓がくっつく腕に力を入れる。
「そうだな……。ホラゲ感あってテンションあがる! 会長、ちょっとだけ寄り道してもいいですか?」
「少しならな」
駄目と叱られると思ったのに、意外だ。
楓もそう思ったようで、「いいの?」という感じで目を見合わせた。
まあ、いいというなら遠慮なく寄り道しよう。
「華四季園って、トイレの花子さんみたいな七不思議的なのあったっけ?」
「ボクは聞いたことないなあ」
僕も『生徒会室の鬼』なら知っている……というか、目の前にいるけれど、他のは知らないな。
「会長は何か怪談的なの聞いたことありますか?」
「ない」
断言が早いな!
生徒会長だから色んな話が耳に入ってそうだと思ったのだが、会長に気軽に話しかけるのは兄くらいだから、怪談みたいな雑談をする機会は少ないのかもしれない。
「とりあえず、一年の教室が近いんで、先に教科書を取りに行きますね」
非常灯の明かりを頼りに廊下を進んでいき、教室の中に入った。
中には非常灯がないため、廊下より暗い。
一応、スマホのライトをつけて自分の席へ行く。
忘れたプリントを回収して鞄の中に入れていると、楓が「ん?」と首を傾げた。
「……足音しない?」
「え?」
思わず三人で耳を澄ませると、確かにこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえた。
「先生、ですかね?」
「まだ残っている教師は職員室にいると思うが……」
じゃあ、誰?
「「「…………」」」
三人で黙ってしまう。
その間も、「こつ こつ こつ」とゆっくり歩いてくる足音が迫っている。
「会長、僕たち一年です」
先輩だし、生徒会長だから僕たちを守ってくれますよね?
そういう意味で言ったのだが……。
「俺は生徒会長だ」
「知ってる!」
真顔で返されたが、自己紹介で言ったわけじゃないぞ!
「だから、守ってってこと! ほらほら、確認してください!」
まずはみつかるとまずいので、スマホのライトを消す。
そして、後方の扉の方へ、会長の背中を押して行った。
楓は僕の服の裾を掴んでついてくる。
「央、確認するから押すな」
「何かあったときの盾にするので、お構いなく」
「お前な……」
「あ」
背後にいる楓が何かに驚き、ぴたっとくっついてきた。
何かと思ったら……。
「あれ!」
指さしたのは廊下沿いの窓の向こう。
非常灯が浮かび上がらせた影のシルエットが、こちらに来ているのが見えた。
随分と背が高い人影だ……。高身長の霊?
少しの間その影の動きを見ていると、前の方の扉までやって来た。
「会長、逃げた方がいいですか!?」
「? あれは――」
会長は顔を顰め、影をよく見ている。
その間に、前の扉から影の人が入って来てしまった。
ガラガラガラと扉が開く音がして、僕の心臓はばくばくと早くなる。
会長を生贄にして逃げようか!? と思ったところで、影の人が懐中電灯をつけて話しかけてきた。
「誰かいるのか? ……央?」
「……え、柊さん?」
会長の背中に隠れていたが、聞き覚えのある美声を聞いて頭を出すと柊がいた。
「あんたか!」
柊だと分かった途端、後ろにいた楓が元気に前に来た。
楓もいることに気づいた柊が一瞬真顔になったが、無視してにっこり笑った。
「央、こんな時間にどうしたの?」
「えっと……会長にお願いして、忘れ物を取りにきました」
僕がそう答えると、柊は「こいつもいるのか」という感じで会長を見た。
「生徒は早く出るように。央は俺が車で送っていってあげるから」
「いや、歩いて帰ります」
「とりあえず、校舎の方ももうすぐセキュリティがオンになるから。人がいたら警備が来るようになるから気を付けてね。じゃあ、央は昇降口のところで待ってね」
「歩いて帰りますって!」
柊はほとんど僕にだけ話しかけて去って行った。
時間的に急いでいるのかもしれないが、一方的に言い逃げして行ったな……。
「放っておこう? ずっと待ちぼうけしてればいいよ」
「それは可哀想だろ」
楓の言葉に苦笑いしたが――。
「いなかったら帰ったと分かるだろ」
会長もドライだった。
まあ、僕は一応断ったし、言い逃げだからいいかな?
一応『やっぱり歩いて帰ります』とメッセージを入れておくか。
「思ったより時間がなさそうだ。このままでるか」
「そうですね」
柊にビビらされてしまったが、それが結構楽しかったな。
教室の扉をちゃんと閉めて、廊下に出た。
「また今度、夜の学園で肝試しできませんかね?」
「行事として企画してみるのは有りだが、個人的な遊びとしては無理だ」
「やっぱりそうですよねえ」
「じゃあ、ボクと休みの日におばけ屋敷に行こうよ」
雑談をしながら外に面している廊下を歩いていたら……。
――コンコン
「うん? ぎゃああああっ!!」
突然、外側の窓から音がしたと思ったら、ぬっと大きな人影が現れた。
しかも、黒のシルエットの中には、目が一つあって――!
僕はびくりとしている会長の背中に隠れ、楓は僕の背中に隠れた。
攻撃するなら会長にしてください!
誰!? おばけ!? それとも不審者!?
「おい」
窓越しに聞き慣れた声が聞こえた。……あれ?
「夏緋先輩?」
よく見ると、いつも通り髪で片目が隠れた、私服姿の夏緋先輩が立っていた。
黒系の服だったから、暗闇に溶けて顔が浮かび上がって見えて――。
夏緋先輩のアメジストの瞳がやたらと目についた。
「びっくりした……スタイリッシュな一つ目小僧かと思いました……」
「?」
窓越しだから、僕のつぶやきが聞こえなかったようで、夏緋先輩は不思議そうな顔をしている。
「はっ!」
「ふふ……」
会長と楓にはばっちり聞こえてしまったようで笑われたが、どうか一つ目小僧本人には言わないでください。
笑う二人を見て夏緋先輩が何か言いたげな顔をしているが、もう窓を開けるとセキュリティ会社に通報が入るようになっているかもしれないので、とりあえず外に出ることにした。
夏緋先輩とは、校舎の出入り口のところで合流した。
「一つ目小僧、遅いぞ」
「は?」
「会長! 言わないでください! 一つ目――じゃなくて、夏緋先輩はどうしてここに?」
誤魔化そうとしたのに、自分で言ってしまいそうになったことに焦りつつ、夏緋先輩に尋ねた。
「…………。兄貴に呼ばれたんだよ」
少し迷っている様子だったが、一つ目小僧発言は見逃してくれるらしい。命拾いした。
「呼んだ? 会長、一人で帰るのが寂しかったんですか?」
「そんなわけないだろ。フェアにいった方がいいと思ってな?」
会長はそう言うと楓を見た。
視線を向けられた楓は少し驚いていたが、また僕の腕にくっついてきて、「ふん」と顔を逸らした。
そんな楓を、夏緋先輩もジーッと見ているが……。
あ! そう言えば……この面子で話すのってレアじゃない?
楓と会長が一緒なのもレアなのに、今更気づいてしまった。
もっと早く気づいて、レア感を楽しめばよかったなあ、なんてことを考えていると、急にふっと僕の体が浮いた。何だ!?
「ひどいな、俺を待っていてくれないなんて。央だけ送って行くって言っただろう?」
「柊さん!」
いつの間にか、僕の真後ろに柊がいた。
……というか、後ろから僕のお腹に両手を回して抱き上げている。
救助とか介護で、こういう方法を習った気がする。
「じゃあ、行こうか」
「運ぶな! 下ろせ!」
「央を放せ! 変態!」
ずっと僕の腕を掴んでいた楓が、柊を押して引き離そうとしている。
それに、会長と夏緋先輩が続く気配がした。
やばい、青桐兄弟が力を発揮したら、誰かが血を見る!
「下ろして! マジで下ろして! いったん下ろして!」
柊の腕をばんばん叩くと、しぶしぶだが下ろしてくれた。
どうしよう……。
柊の車に乗るのは怖すぎる……かといって、みんなを乗せてくれと頼んでも、聞き入れてくれるわけがない……。
みんなで歩いて帰ろうと言えば、柊が納得しない……。
え、本当にどうしたらいい?
お腹が空いてきたし、早く帰って兄のごはんが食べたい……。
兄ちゃんに……会いたい……。
そう思うと、僕の思考回路は停止した。
うん、帰ろう!! ダッシュで帰ろう!!
「あの、今日は僕の忘れもののためにお時間を割いてくださり、ありがとうございました!」
僕は四人に向かって深々と頭を下げた。
そして――。
「解散!! さようなら!!」
僕はもう一人で帰ります!
あとはみんなで仲良くしてください!




