かくれんぼ
本編分岐点辺りのイメージでかくれんぼしました。
今日も会長に呼ばれ、夏緋先輩も含めて生徒会室で話している。
何気なく子どもの頃の話になったのだが……。
「え、会長って『かくれんぼ』したことないんですか」
「ない」
「夏緋先輩は?」
「オレはあるが……」
あれ、一緒に遊んだりしなかったの?
会長は子どもの頃からぼっち力を発揮していたのだろうか。
「可哀想……」
「声に出てるぞ」
おっと、心の声が漏れてしまっていたか。
会長に睨まれて、慌ててお口にチャックをする。
「オレと違って兄貴は忙しかったんだよ」
夏緋先輩がボソッとフォローしたが、少し含みがあるような言い方だったような……。
会長は習いごとなどで忙しかったのかな。
遊ぶ時間がなかったのは可哀想だけれど、会長よりも時間があった様子の夏緋先輩にも、何か思うところがあるようだ。
……あれ、ちょっと空気が重くなりました?
「えっと……じゃあ、今からかくれんぼやります?」
会長に聞くときょとんとしたが、夏緋先輩は真顔になった。
あ、言っちゃだめでしたか?
慌てて発言を取り消そうとしたが――。
「……ふっ、いいだろう」
「…………」
そう言って椅子から立ち上がる会長を見て、夏緋先輩が静かに僕を見た。
ご、ごめんなさい!
でも、空気が重かったし、「やったことがない」とか聞いたら……ねえ!?
「あー……でも、三人でやっても楽しくないかなー?」
今ならキャンセルできないかな?
うっすらと中止を促すコメントをしてみるが……。
「お前達が十人分の働きをしろ。よし、移動するぞ。立て」
「無茶言わないでくれ……はあ」
諦めた夏緋先輩がジロリと僕を睨みながら立ち上がったので、それに続いて僕も腰を上げる。
「天地、お前が九人分動けよ」
「僕に死ねと?」
「身から出た錆だと思って諦めろ」
「一人は嫌です。道連れにしますから」
無言で睨んでくる恐ろしい夏緋先輩をなるべく視界に入れないようにしながら、もうやる気満々になっている会長に質問をする。
「移動って、どこでやるつもりですか? というか、見つけたら負けですか?」
「かくれんぼとはそういうものじゃないのか?」
「僕はよく、『かくれ鬼ごっこ』をしましたよ。ルールは色々ありますけど、僕がやっていたのは、『みつかったら逃げて、捕まったら負け』っていう……」
視界にフェードインしてきた夏緋先輩が「またお前は余計なことを……!」という顔をしていた。
あ! みつかったら終わりの方が楽だ!
「なるほど。そっちの方が面白そうだ」
「…………」
夏緋先輩、ごめんなさい!
死ぬ覚悟で頑張るので、刺すような目で見ないで!
「廊下を走るわけにはいかないから屋外にする。外は暑いだろうから、ジャケットは置いていくぞ」
この人、ガチでやる気だ……。
僕と夏緋先輩は思わず遠い目をしてしまう。
でも、夏緋先輩は会長と長年一緒にいて培われた諦め力で、パーカーを脱いで椅子に掛けた。
仕方ない……僕も動きやすいようにジャケットは脱いでおこう。
……ほんとに余計なことを言っちゃったなあ。
生徒会室を出て靴を履き替え、昇降口前で集まる。
「では、鬼を決めよう」
「じゃんけんしますか?」
「そうだな」
すぐにじゃんけんをすると、会長が『パー』で僕と夏緋先輩が『グー』だった。
会長の一人勝ちだ。
こんなところでもぼっち力がすごい。
「俺が鬼をしよう」
「え? 負けが鬼をしなくてもいいんですか?」
「鬼の方が楽しそうだ」
「「…………」」
僕と夏緋先輩は再び遠い目をした。
本物の赤鬼が爆誕してしまう……生きて帰ることができるのだろうか。
「おい、オレは隠れるふりをして帰っていいか?」
こっそり聞いてきた夏緋先輩に顔を顰める。
「あとでどうなってもいいんですか? 家で会長が満足するまで、かくれんぼさせられるかもしれませんよ」
「…………」
家で青桐兄弟が二人でかくれんぼしているなんて、僕は胸熱だけどね。
クローゼットの中に隠れている会長と「兄貴、みーつけた」と言っている夏緋先輩を想像して、思わず噴き出してしまった。
「おい、何を笑っている。始めるぞ」
「あ、はい」
「夏緋もちゃんと全力でやれよ。逃げたら……分かっているだろうな?」
「…………」
しっかり会長の耳に届いていましたか……。
夏緋先輩、一緒に鬼に追われる地獄をみましょう。
「華四季園の敷地からは出ないように。制限時間は30分。それまでにお前達を捕まえられなかったら俺の負けだ」
「え、どちらかが生き残るだけでいいんですか?」
「構わん」
それなら勝てるかも? と思うが、会長が自信満々なのが怖い……。
「五分経ったら探しに行くから、お前たちは今から隠れろ」
会長はそう言うと、スマホでタイマーをセットして目を瞑った。
顔を見合わせた僕と夏緋先輩は、隠れ場所を探すため、とりあえずここを離れることにした。
「どこに隠れます? 僕達は離れた方がいいですね」
「そうだな。オレは建物の死角を探す。お前は花壇の方に行け」
夏緋先輩はそう指示を出して離れて行ったが……。
自分は汚れない綺麗な場所を選んで、虫がいたり服が汚れそうなところを僕に押しつけたな?
まあ、最初から隠れながら逃げ回れそうな花壇周辺に行こうと思っていたからいいけどさ!
「ん?」
小走りで目的地に向かっていると、見慣れた二人組がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
二人も僕に気づいたようで手を振っている。
「兄ちゃん! 春兄! あれ、部活は?」
二人とも体操着で、それぞれ部活に出ていたと思うのだが、どうして一緒にいるのだろう。
「テニス部もバスケ部も、今日は顧問がいなくて自主練の日なんだ。だからオレ達は軽く済ませて、早く帰ることにしたんだよ」
そういえば……今日の放課後は、会議に出る先生が多いとか聞いたな。
二人はこれから放課後デートかな? それとも家に帰って励みますか?
「あ、ねえ。いい隠れ場所知らない?」
「隠れるところ?」
「今、会長と夏緋先輩の三人でかくれんぼしてて」
「夏希とかくれんぼ?」
「青桐? お前、またあいつらとつるんでいるのか?」
春兄が顔を顰めたが、兄が「かくれんぼなんだからいいじゃないか」と宥めている。
『かくれんぼ』と言ったときに、ちょっと噴き出していたように見えたのですが……気のせいですか?
僕も「小学生かな?」と思いながら兄に伝えたけどさ!
「楽しそうでいいね。それ、オレ達も参加していい?」
「え? いいよ」
味方が増えるのは大歓迎だ。
春兄が「本気か?」という顔をしているけれど、数に入れてもいいよね?
兄カプはセットで動く、ということで……。
「会長に連絡するね。『兄ちゃんと春兄も参戦します』」
そうメッセージを送ると、すぐに返信がきた。
『了解。全員捕まえてやる』
「――って、言ってます」
スマホの画面を見せると、春兄がフッと不敵な笑みを浮かべた。
「俺達で青桐に『負けました』って言わせてやろうぜ」
春兄もやる気になっている……。
僕も捕まらないようにがんばろう!
全体の生存率を上げるため、兄と春兄も離れた場所へと散って行った。
僕もそろそろ身を隠すか、と思っていたら――。
「央?」
名前を呼ばれてビクッとした。
声の主の方を見ると、作業着姿の柊が立っていた。
花壇の辺りだから、遭遇確率が高くなることは分かっていたが、このタイミングで柊に捕まるのは困る。
「俺に会いに来てくれたのか?」
「いや、今、かくれんぼ中! 急いでるから、また今度――!」
走って逃げようとしたら、手を捕まれた。
「何!? 今、忙しいから!」
「いい隠れ場所を教えてあげるよ。穴場だからみつからないよ?」
「え、どこ?」
用務員をしている柊がみつけた穴場なら、すごくいいかもしれない。
逃げるのをやめた僕に柊はにこりと笑うと、手を掴んだまま歩き始めた。
あ、このまま行く感じですか?
「場所を教えてくれるだけでいいんだけど……」
「すぐに着くよ。ほら、あそこ――」
「どれどれ……って、車じゃん!」
少し先に留まっているワンボックスカーは、柊が使っている車だ。
確かに、車の中に隠れたらみつからないかもしれないが……。
かくれんぼには勝てても、何かを失いそうだ。
「エアコンをつけて涼むこともできるし、ちょうどいいよね」
「よくないです」
「そのまま家まで送って行こうか? 俺の家でもいいけど」
「話を聞け!」
ああ、もう! そろそろ赤鬼が始動してしまう!
手を振りほどいて逃げようかと思っていたら、駆け寄って来る足音が聞こえてきた。
会長がもう来た!?
「央!」
「ぎゃー! ……って、楓?」
楓も部活に出ていたようで、テニスラケットを持っている。
ゲームのスチル実写化のようで、とてもいい。
体操着のハーフパンツで、生足が見えるのもポイントが高い。
空いている方の手で拝んでおこう。
「何してんの?」
「作法として。そんなことより、部活中にどうした? 自主練って聞いたけど、帰るところ?」
「まだ帰らないけど、こいつと一緒にいるのが見えたから!」
楓は突きつけるように柊にラケットを向ける。
「ただのお友達君は部活に勤しんだらいいよ」
「あんたは仕事しろ! っていうか、央にさわるな!」
そう言って、柊と僕の繋がっている手に向けて、スパーンと斬るようにラケットを振り下ろしてきた。
柊の手を振りほどき、慌てて回避する。
「あぶなっ!」
「大丈夫、アキラには当てないよ。ボク、コントロールがいいから。正確にこいつに当てる!」
再び勇ましくラケットを柊に向ける姿はかっこいいが……今のはほんとに怖かったからな!
「そろそろ肥料を買い足そう、と思っていたが……畑に埋めるいい肥しがみつかったよ」
「こわいこわいこわい」
両方怖いって! どっちも事件になるじゃないか! ……って――。
「こんなことしてる場合じゃないんだって! 僕、かくれんぼ中だから! そろそろ赤鬼が獲物を狩るために動き出してるはずだから、やばいんだよ!」
「はあ? かくれんぼ?」
小学生? と呆れ気味に聞いてきたが、一番ガチでやっているのが我が校の生徒会長です。
「ほんとに急いでるんだよ! ちゃんと隠れないと……!」
「じゃあ、テニス部の方においでよ。協力するし」
「テニス部かあ。兄ちゃんが行ってるかも……」
「え? 真先輩もやってるの?」
「うん。……あ」
女子のきゃー! という声が聞こえた気がした。
イケメンの気配……かくれんぼ参加者の誰かがいる!?
会長だったらまずい、離れないと……!
「ありがとう! テニス部はやめておくよ、自分で適当に隠れ――」
「央! ははっ、みつけたぞ!」
「ぎゃああああ!!!!」
視界に『赤』が見えた瞬間、心臓が飛び出しそうになった。
とうとう本物の赤鬼が登場だー!!
あわあわしている僕に向かって、ニヤリと笑った会長がじわじわ近寄って来る。
背中を見せたり走ったら全力疾走で追いかけてきそうで……熊と対峙しているような心境になった。
柊と楓に協力して貰おうかな?
いや、柊にお願いしたら、後々とんでもない対価を要求されるかもしれない。
「おい、青桐!」
もう、捨て身で逃げるしかないか!? とやけを起こしそうになっていたところで、会長の背後に春兄が見えた。
え! 春兄、隠れてないじゃん!
僕を見つけて嬉しそうだった会長の顔が一気に怖くなる。ひえ……。
「遊んでやるから来いよ。まあ、オレの方が早いから、捕まえられないだろうけどな!」
春兄の言葉を聞いて、会長は少し止まっていたが――。
「上等だ。陳腐な煽りだが……乗ってやろう!」
くるりと踵を返すと、春兄に向って猛ダッシュしていった。はやっ!
同時に春兄は逃走したが、一瞬こちらを見てニカッと笑っていた。
「そうか、僕を逃がすために……!」
なんて『お兄ちゃん』なんだ! さすが春兄! 大好き!
「央」
「ぎゃー!!」
後ろからツンツンされて思わず叫んだら……。
「驚かせてごめん」
「何だ、兄ちゃんか……」
振り向くとニコニコした兄がいてホッとした。
今日は叫んでばかりだ。心臓に悪い。
「春樹が時間を稼いでいる間に隠れよう。じゃあ、柊さんと楓、またね」
「あ、はい……さようなら」
「央、がんばってね」
楓は何か言いたそうにしているが、相手が兄だからか大人しく挨拶をして引き下がった。
柊は笑顔で手を振ってくれたけど、ちらりと楓を見る目が怖かった。
今のうちに肥しにしよう、とかやめてくださいね!?
こっちこっち、と誘導する兄について行く。
「兄ちゃん、どこに行くの? いい隠れ場所があるの?」
「うん。隠れながら、春樹達の様子を見たいと思って」
そうだ! 今、会長VS春兄という華四季園における世紀の一戦が行われているのだ。
絶対に見たい!
兄に先導され、グラウンドを見渡せる位置にある花壇に来た。
周囲がざわざわしているのは、残っている生徒が会長達を見ているに違いない。
生垣からこっそりのぞくと、やはり全力で走っている春兄と会長がいた。
はっっや!!
僕も足は早い方だと思うのだが、絶対に勝てない……!
「あはは、二人とも楽しそう」
兄も楽しそうに笑っているが、僕には死闘に見えますが!?
春兄も会長も顔が真剣だ。
絶対に負けない! という気迫が伝わってくる。
二人の早さは互角……いや、じわじわと会長が追いついている。
でも、春兄もバスケで培った小回りを利かせ、簡単には詰めさせない。
とてもいい戦いをしている。
「お兄ちゃん、がんばれー!」
「!」
上から可愛い声がするなと思ったら、二階の廊下の窓から雛が春兄を応援していた。
そして、その隣には、会長達にスマホを向けている佐々木風子がいる。
撮影に全身全霊で集中している……BL要素は一ミクロンも逃さないという気迫を感じる。
あとで撮った動画を送って貰おう……。
それにしても、二人とも走る姿はかっこいい。
足が長いしフォームが綺麗だから、すごく絵になる。
ついつい見入ってしまっていたら――。
「あ」
野生の感が働いたのか、会長がこっちを見た。
春兄を追いかけつつも、ニヤリと笑ったのが見えた。
「央! 真! 次はお前達だ!」
「ひぃっ」
赤鬼の宣告にビビっていると、会長の前を走っていた春兄が少し減速した。
どうやら会長の言葉を聞いて、僕達の姿を探したようだ。
会長がその隙を逃すわけがなく――。
一気に距離を詰めた会長が、春兄の背中をバシンッ!! と叩いた。
いつの間にか増えていた観衆からは歓声が上がり、雛の「あ~!」という残念そうな声も聞こえたが……僕は引いた。
痛そう……! 捕まったらあんな仕打ちを受けるの!?
「青桐! お前っ、加減しろよ!」
「お前が軟弱なだけだ! さあ、一人始末したぞ! 次は――」
「!」
会長が体をこちらに向けたのを見て、兄と僕は後ろに下がった。
「……来るね。逃げよう!」
「うん!」
「央はそっちに逃げて! オレはなるべく夏希を引きつけるから」
兄はそう言うと、僕よりも会長に近いルートで逃げて行った。
会長達に負けないダッシュを見せた兄に、周囲も沸いている。
僕の兄ちゃんかっこいい~! とはしゃぎたいが、早く逃げないと兄の気遣いを無駄にしてしまう。
言われた通りの方向へ、僕も全力で走りだした。
「おい! 真を狙うな!」
「お前の指図は受けん!」
会長と春兄が揉めている声が聞こえる。
どうやら思惑通りに会長は兄を追いかけ始めたらしい。
それなら、少しくらいなら兄達の様子を見てもいいだろうか――。
「天地!」
減速して振り返ろうとしたところで、誰かに声を掛けられた。
前を見ると、少し先の方で夏緋先輩が僕を呼んでいた。
駆け寄って、二人で校舎の外階段の死角に隠れる。
壁になっているところだから、普通に通った人の目には入らないだろう。
「まったく、逃がして貰ってボーッとするな」
「すみません、つい……。どこかから見ていたんですか?」
「ああ。兄貴がどこにいるかは、周囲の反応を見れば大体分かったから、ずっと一定の距離を空けて追いかけていた」
なるほど。それで会長に気づかれないのがすごい。
夏緋先輩、実は忍者だったのでは?
「残り時間があと10分を切ったな」
スマホを見ると、確かに残り10分を切っていた。
「……ここまできたら勝ちたいな」
ぽつりと零した夏緋先輩のつぶやきにちょっと驚く。
くらだない、と流してそうだったのに、思っていたよりやる気になっていたようだ。
それがなんだか嬉しい。
「そうですね! 絶対に会長に勝ちましょう!」
「声がでかい」
「あ、すみません」
気合を入れると叱られたが、夏緋先輩はフッと笑っている。
僕の発言で厄介ごとに巻き込んでしまったと申し訳なかったけれど、楽しんでいるようでよかった。
そんなことを考えていると、「わああああ」と、何やら盛り上がっている歓声が聞こえてきた。
「お前の兄が捕まったのか?」
夏緋先輩がそう言ったのと同時に、スマホが会長からのメッセージを表示した。
『あと二匹』
「二匹って……虫みたいに言うな」
夏緋先輩が舌打ちしている横で、僕は焦ってきた。
「やっぱり、一緒にいない方がいいですよね。僕、逃げますね」
「いや、兄貴が割と近くにいそうだから、下手に動かない方がいいかもしれない。でも、万が一みつかった場合は、反対方向に逃げるぞ」
「分かりました……あ」
人の気配を察知した僕は、そちらに目を向けた。
「どうした?」
僕の視線の先を見ようと身を乗りだしてきた夏緋先輩を、慌てて壁際に押し込む。
「しーっ! 誰か来た。会長かも」
やっぱり足が聞こえてきたので、息を殺して静かにしていると、その足音は通り過ぎていった。
……と思ったのだが、気配が近づいてきた。
やばい、みつかる!?
僕達が身を隠している壁の裏側を覗きこんできたのは……銀髪で眼力が強い女の子だった。
「……あれ、白兎さん?」
「チッ」
白兎さんはこちらを見て顔を顰めると、すぐに去って行った。
たまたま気づいただけ、なのだろうか。
「なんだったんだ? 舌打ちしていったし……」
「おい」
「はい? あ」
気づけば、僕が夏緋先輩を壁に追い込んでいた。
身長で負けている僕からやっているからキマらないが……これはいわゆる壁ドンではないだろうか!
そうか、だから白兎さんは舌打ちしたのか。
「夏緋先輩に壁ドンをしてしまった……って、いたたっ」
「今はふざけるな」
頭をガシッと掴まれて、悲鳴を上げそうになる。
「いたたっ! こんなことしていたら、みつかる――」
「みつけた」
「「!!!!」」
突然視界に赤が入ってきて、僕の呼吸は止まった。
「う……うわああああ!!!!」
「天地、走れっ!!」
「!」
そうだ、夏緋先輩と「みつかったら反対方向に走る」って打合せしたじゃないか!
すぐに思い出し、今日一番の全力で走り出した。でも……。
「ひい~~!」
会長が真後ろについて来ているのが分かる。
怖いんですけど~~!!
「がんばれー!」
「早い~!」
周囲にいた生徒達が、僕に声援を送ってくれている。
ありがとう!
でも、多分……僕は今……会長にすごく遊ばれてます~!
もうタッチできるはずなのに、ぴったり後をつけてくるなんていじめだー!!
でも、夏緋先輩が生き残るために少しでも時間を稼がないと! ……と思ったのだが――。
「央、思ったよりいい走りをするじゃないか!」
「!」
横に並ばれ、パンッと肩を叩かれた。
ああああっ! 捕まった~!!
手加減してくれたようで、春兄のように背中をバシッと攻撃はされなかったが……。
それができるほど余裕がある、という感じがして悔しい!
「全然時間稼ぎできなかった……!」
50メートルくらいしか逃げることができなかったのに、すごく疲れて地面に崩れ落ちる。
そんな僕を満足そうに見た会長は、すぐに夏緋先輩の方へ走っていた。
「体力の化け物か……」
会長を見ながらスマホを見ると、残り時間はあと3分だった。
「夏緋先輩、がんばれ! 僕の仇を取ってくれ……!」
最後を見届けたいので、疲れているけど立ち上がり、会長と夏緋先輩を探しに行くことにした。
気づけばかなりたくさんの生徒が僕達のかくれんぼ――いや、もはや鬼ごっこを見ていたので、二人がどの辺りにいるかは人に聞けば分かった。
今はグラウンドの方にいるようなのですぐに行くと、兄達と合流することができた。
「夏希と弟さんの兄弟対決か」
「あと1分だぞ」
兄と春兄の会話を聞きながらグラウンドに目を向けると、夏緋先輩と会長が距離を開けて向かい合っていた。
僕も体験した、熊と遭遇した時のシチュエーションだ。
会長がジリジリと近寄って行くが、夏緋先輩もそれに合わせて後退している。
このまま逃げ切れるか、と思ったが……あと30秒のところで会長がダッシュを始めた。
それに素早く反応した夏緋先輩も全力で逃げる!
はっや!! それにかっこいい!
放課後に残っていて、これを見られた生徒はラッキーだな。
それにしても、兄と春兄を捕まえているのに、まったくスピードが落ちない会長は何なんだ! あ、赤鬼か。
「あと10秒! 9……!」
兄がカウントを始めたので、周囲も一緒に声を出して数えながら見守る。
「夏緋先輩、逃げ切れ~!」
僕は叫んで応援しながら二人を目で追う。
夏緋先輩、下剋上だ! 弟同盟として応援します!!
「3! 2――!」
よし、逃げ切れる……!
そう思ったのだが、「1」を言う直前に会長が夏緋先輩の背中をバシッと叩いた。
「ああああ~!!」
僕と同時に、周りの生徒からも叫び声が上がる。
大勢が見守る中、会長と夏緋先輩は減速し、少し進んだところで立ち止まった。
夏緋先輩は疲れたのか、肩で息をしながら屈んだ。
一方の会長は、息は乱れているものの「ドヤッ」と得意げな顔で仁王立ちをして、夏緋先輩を見ている。
やっぱり体力お化けだ!
決着がついて、周囲からは「わああああっ!」という歓声と拍手があがった。
春兄は「青桐の勝ちか」と残念そうにしているが笑顔だし、兄は青桐兄弟を微笑ましそうに見ている。
「お疲れさまでした!」
僕はグラウンドの二人の元に駆け寄ると、労いの言葉をかけた。
「央、見たか! 鮮やかな勝利だっただろう? ハハハッ!!」
「……クソッ」
高笑いする会長に、夏緋先輩は悔しそうだ。
「夏緋先輩、惜しかったですね。負けましたけど、かっこよかったですよ!」
あのいつも澄ましている夏緋先輩が全力で走っているのを見て、感動したというか……。
がんばってえらいね……! というお母さんのような気持ちになった。
「……お前も結構早かったな」
「そうでしょ」
あー……負けて悔しいけど、思っていた何倍も楽しかったな!
周囲もこんなに盛り上がるなんてびっくりだ!
そして、汗をかいて前髪をかきあげている青桐兄弟を見ることができて幸せです。
「会長も楽しめましたか?」
聞かなくても分かる表情をしているが、そう質問してみると、会長は満足げな笑顔を見せてくれた。
「ああ。こういう遊びを子どもの頃にすることはできなかったが……。その分、こうして今楽しめたと思うとよかったな」
会長の返事を聞いて、夏緋先輩もどこか嬉しそうだ。
「次回、俺は逃げる方をやるぞ」
「もう勘弁してくれ」
「もう勘弁してください」
体力お化けと勝負するには、全校生徒で立ち向かわないと……って、全校生徒でも会長が勝ちそうだな。
次回があるなら、僕は撮影係になろうと思います!
風「今日の『華四季園 攻め王座決定戦』はすばらしかったわ」
央「どんな解釈で見てたんだよ。動画は必ず送ってくれ」




