青桐兄弟ルート⑨ 会長END
本日はコミカライズ更新日です。とうとうこのシーンに! というところに差し掛かってきたのでドキドキです! 11時に更新されます。ぜびご覧ください!
「あんまり眠れなかった……」
今日は快晴で、カーテンの隙間から明るい光が入ってきているが、僕の心はどんよりしている。
食堂のホールを出たところで偶然二人と会って、一週間ほど経ったのだが……。
あれからずっと、会長と夏緋先輩のことから頭から離れない。
『オレはお前の望むようにする。……どうしたい?』
『……お前の中に、俺がいるといいが』
「わ~~~~!!」
あの時の二人を思い出すと、頭を掻きむしって叫びたくなる。
あんなかっこいい一面を見せられたら余計に困るっ!
なんとかこの状態から脱したいけれど、未だにどうしたらいいのか分からず、ただただ時間だけが過ぎていく――。
兄の「僕の方から歩み寄る」というアドバイスが頭にあるけど、それをするにしてもどう動けばいいのか分からない。
結局どちらとも接触せず、ホールにも生徒会室にも行けずにいる。
校内でたまに二人とばったり出くわすことはあった。
向こうは至って普通に挨拶してくれるけど、僕は「ア、ドウモ……」と挙動がおかしい不審者になってしまう。
多分、僕が追い詰められないように普通に接してくれているのだと思うし、有難いのだが……。
「余計にこの状況が申し訳ないよなあ……」
ため息をついていると、ノックの音がして扉が開いた。
「央? 叫び声が聞こえたけど……」
「あ、ごめん……何でもないから……」
「そう? 最近あんまり眠れないのか? 目の下にクマができているけど……」
「あー……うん。ちょっと、ゲームを……」
あまり心配をかけるわけにはいかないので、適当に誤魔化した。
「……そっか、ほどほどにね。まだ時間があるし、ゆっくりしてから降りておいで」
「はーい」
兄も色々と察しているとは思うのだが、追求せずにいてくれるのがありがたい。
今から二度寝をすると寝過ごしそうなので、ダラダラしながら身支度をして、兄が待つリビングへと向かった。
※
兄が用意してくれた朝食をまったり食べ、一人でのんびり歩きながら登校。
学園に着いてからもボーッとしたり、ずっとあくびばかりだった。
保健室で仮眠することも考えたけれど、いびきをかいて夜まで熟睡しそうだから家に帰ってから寝ることにする。
「ふわあ……早く帰ろう」
やっと授業が終わり、昇降口を目指していると……聞きなれた声が耳に入った。
今の僕が過剰反応してしまう、この声は……!
「会長と夏緋先輩だ……」
身を隠してこっそり覗いて見ると、会長と夏緋先輩が二人で立ち話をしていた。
話の内容は聞こえないが、時折フッと笑いながら軽い感じで話している。
それが何だか恨めしく思えた。
おのれ……僕は会長と夏緋先輩のせいで寝不足だというのに……。
普通に会話する中に、僕だって混じりたい!
「……お前はいつまでそうしているんだ?」
「!」
会長が呆れた様子で僕を見た。
どうやら早くから覗いていることに気づかれていたようだ。
「念を送ってないで、普通に入って来い」
「念なんて送って……ましたけど」
そう返すと、二人は呆れるように笑った。
同じように笑わないで貰えますか……。
「オレ達に用があるのか?」
「いえ、たまたま通りがかっただけです。さようなら」
「待て」
会長に止められたが、寝不足で回っていない頭で二人と話すのは危険だ。
自分が何を言ってしまうか分からなくて怖いし、早く逃げようと思ったのだが……。
「……寝不足なのか?」
夏緋先輩に腕を捕まれ、止められた。
僕の目の下のクマに気がついたようで、二人にジーッと顔を覗かれる。
圧が強い……!
「ちょっと、遅くまでゲームを……」
「「…………」」
だから、同じように睨むのはやめて貰っていいですか!
兄には通用した、というか……察して見逃してくれた言い訳なので、二人もお見逃しください。
「……えっと……帰って寝ます!」
改めて「さよなら」を言って帰ろうとしたら、二人が僕の両側に来た。
「行くぞ」
「え?」
「どこに?」と会長に返す間もなく夏緋先輩が続いた。
「家まで送ってやる」
「え? いや、いいです! もうこのパターンはお腹いっぱいです!」
二人に送って貰うなんて、悩みが増えそうな予感しかしない。
「オレが送って行くから、兄貴は心置きなく生徒会室に行ってくれ」
「お前は用事があるだろう? 俺に任せろ」
「兄貴には一番任せられないな」
「「…………」」
「ふあぁ……あ、ごめんなさい」
無意識で大きなあくびをしてしまっていた。
二人が揉めていたみたいだが……。
「えっと、夏緋先輩は用事があるんでしたっけ? 僕は本当に大丈――ふあぁ……なので」
「……さっさと行くか」
「……そうだな」
問題は解決したのか、会長と夏緋先輩に挟まれて連行される。
両方から腕を引かれて、完全に警察に連行されている不審者になってしまった。
すごく周りの生徒にも注目されてしまっている。
はあ……やっぱりこうなったかあ!
※
青桐兄弟に挟まれて、家までの道を歩く。
眠すぎてその内転びそうだったから、見守ってくれるのは助かるのだが、ボディガードとしては最強過ぎて困る……。
なんて思いながらも、歩きながら瞼が閉じていく――。
「歩きながら寝るとは、お前がそんなに器用だと思わなかった」
夏緋先輩に言われて素早く目を開けた。
「……寝てません。絶好調です。起きます」
カッと目を開いてアピールすると、その反動なのか余計に瞼が重たくなった……。
「おい、本当に危ないぞ」
目を閉じたまま数歩進むと、会長に腕を捕まれた。
「俺が背負ってやるから止まれ」
さすがにそれは恥ずかしいけど……すごく迷う。
立ち止まって考えていたら――はっ! 一瞬寝てた!
本当に背負って貰おうかな。
子どもの頃、兄に背負って貰ったことを思い出すのは、会長も『兄』だからだろうか。
そんなことを考えていると、今度は夏緋先輩が僕の腕を掴んだ。
「オレが背負ってやるよ。兄貴がやったら雑に扱いそうだからな」
「……子どもの頃、お前を背負ってやったが、落としたことはなかっただろう?」
「えっ!」
ショタ会長に背負われるショタ夏緋先輩!
想像すると――。
「元気出ました」
突然の供給で完全に止まってしまっていた足も動き出す。
萌は偉大だ……でも、やっぱり眠い……。
とぼとぼ進んでいたら――。
「?」
両側に立った会長と夏緋先輩が、僕の手を引いて歩き始めた。
「……何で?」
思考力が低下した頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすると、手を引いている二人がニヤリと笑った。
「釣りの帰りもこうやって歩いたじゃないか」
「引っ張られた方が楽だろ?」
確かにそうなのだが……。
「でも……今はあの時と色々と事情が違うじゃないですか」
僕がそう言うと、二人の空気が止まった気がした。
しまった……。
二人は気を使ってくれているのに、わざわざ今の僕たちの状況を意識させてしまうことを言ってしまった。
「えっと……やっぱり目が覚めてきたので大丈夫です!」
何とか目をこじ開け、二人の手を解いて歩き始めた。
二人は何か言いたそうな顔をしているが、スルーして歩く。
やっぱり頭が動いていないから駄目だ……余計なことを言ってしまう。
こういう時はやっぱり――。
「一人でしりとりします。しりとり……リンゴ……ゴ――」
「それは楽しいのか?」
会長が呆れた視線を向けて来る。
「楽しくはありません。――ゴキ」
「お い」
夏緋先輩の容赦ない冷気にひえ……とビビる。
でも、それで目がちょっと覚めて、「ひえ」と「冷え」が係っていてうまい、と自画自賛する余裕が一瞬生まれた。
「夏緋先輩、僕はごきげんようって挨拶しようとしただけです」
「しりとり中に挨拶する奴がどこにいる!」
「ここにいます」
夏緋先輩の不満げな顔にドヤッていると、会長が「ハハッ」と笑った。
「どれだけボーッとしていても、お前はお前だな」
「それ、褒めていませんよね?」
「いや、褒めているぞ?」
会長は本心でそう言っていそうな顔をしているが、僕は褒められたとは思いません!
でも、三人でこういう空気になるのが久しぶりな気がして……ちょっと嬉しくなった。
「……へへっ……へへっ」
へらへら笑っていると、二人が真顔になった。
「お前、本当に頭が寝ているな?」
会長が顔を覗き込んできたので、またへらっと笑って返す。
「そうかもしれません。しりとりも最後に何て言ったか忘れました。あ、『ごきげんよう』だ。もうそろそろ家に着くので、本当に『ごきげんよう』ですね」
「「…………」」
それからもしりとりをしたり、しなかったりしながら歩いているとやっと家に着いた。
「じゃあ、俺たちは戻る」
「ちゃんと寝ろよ」
「……はい。ありがとうございました」
二人が軽く微笑んでから去って行く――。
せっかく三人で過ごせたのに、この時間が終わるのが嫌だな。
二人の背中を見ていると勝手に口が動いた。
「あの! ちょっと家に上がっていきませんか?」
そう声をかけると、二人が振り返った。
「今にも寝そうな奴が何を言っているんだ」
「そうだ。すぐに寝ろ」
会長と夏緋先輩に呆れられたし、僕も自分で何を言っているのだと思うけれど……。
ここで二人と別れたら、またしばらく普通に話せなくなりそうなのが怖い。
「大丈夫ですから、お茶くらい飲んでいけばいいじゃないですか」
粘ってみると、会長と夏緋先輩が顔を見合わせてため息をついた。
「本当に少しだぞ?」
「オレもすぐに帰るからな」
「はい!」
早速二人を家に招き、リビングに通す。
ソファーに座って貰い、僕は冷蔵庫に向かった。
「麦茶でいいですか?」
「ああ」
グラスに麦茶を注ぎながら、僕の家の中に青桐兄弟がいるなんて、なんだか不思議だなあと思った。
二人は我が家に馴染まないというか、高級マンションとかじゃない普通の家にいると違和感がある。
「お前と真が住んでいる感じがするな」
「そうですか?」
「ああ。お前達の雰囲気に似ている」
会長の言葉に、夏緋先輩も「そうだな」と頷いている。
確かに綺麗に整頓されている感じは兄っぽさがある。
麦茶を出すと、「これはお前っぽい」と言われた。
いい意味なのかどうかも分からない……。
「お菓子とか食べますか?」
「いや、いい。長居はしないからな」
「そうですか」
じゃあ、僕も座ろう。
ソファーの会長の隣が空いていたので腰を下す。
「はああっ、疲れたあ」
「年寄か」
脱力して体をだらんとさせると会長に呆れられた。
僕もおじいちゃんっぽかったなと思うけれど、どうにもできない。
……というか、家という安全地帯に帰ってきたことで余計に眠くなってしまった。
「ふあぁ……寝そう……」
※
「……おい、夏緋。央、寝てないか?」
「……寝てるな。無防備すぎるだろ……。オレはもう帰らないといけないが……こいつはどうする?」
「寝かしておいてやろう。真に連絡をするが、戻ってくるまでは俺が残るからお前は帰れ」
「……オレも残る」
「こいつは寝ているのに、残っても意味がないだろう。ちゃんと用事を済ませろ」
「……分かった。抜け駆けするなよ」
「当たり前だ」
「……こうも無防備だと、余計に何もできなくなるな」
※
ボーッとしていると、話し声が聞こえてきた。
この声は……会長と兄?
あれ、僕って家に帰ったはずじゃ……?
寝ぼけながら目を開けると、立って話している兄と会長がいた。
「あ、央。おはよ」
「少し眠ってすっきりしたか?」
「はい……っていうか、どうして会長が……あ」
質問しながら、会長と夏緋先輩を家に迎えてから寝てしまったことに気づいた。
「寝ているお前を放って帰るわけにはいかないからな。真に連絡して、帰ってくるまで待っていたんだ」
「お手数おかけしてすみません……あ、夏緋先輩は帰ったんですか?」
「ああ。用があったからな」
忙しい中、引き留めてしまった上に自分は寝落ちとか!
迷惑をかけてしまって申し訳ないな……。
「夏希から『家で央が寝ているから早く帰ってこい』って連絡が来てびっくりしたよ」
「色々勘繰られて、真に叱られていたところだ」
「え、会長も夏緋先輩も何も悪くないよ!?」
僕のせいで会長が叱られるなんて……! と慌てると、兄が笑った。
「うん。央が迷惑かけたんだって、ちゃんと分かったよ」
「スミマセンデシタ」
謝る僕を見て、会長も笑っている。
どうやら二人にからかわれていたようだ。
こういう友達同士の仲がいいところを見せられると、ちょっとムッとしてしまう。
「じゃあ、俺は帰るぞ。央、しっかり寝て、明日はいつもの無駄に元気なお前で来い」
「無駄って言うな」
そう抗議しつつも、元気になれと言ってくれることが嬉しい。
別れが名残惜しくなっていたら、兄が会長を引き留めた。
「夏希、夕ご飯を食べて行ったら?」
「ぜひ食べて行ってください! 兄ちゃんの手料理を食べられますよ!」
「……いや、抜け駆けしないと約束したからな」
「抜け駆け?」
会長は少し迷っている様子だったが、軽く兄に挨拶をしてリビングを出て行った。
「僕、見送ってくる」
兄に断りを入れ、慌てて会長のあとを追う。
「何をしている。見送りなんていいから、ゆっくり休んでおけ」
玄関で靴を履いている会長の後ろに立つとそう言ってきたが、僕が見送りたいのだ。
「途中まで一緒に行きます」
「いいと言っているだろ。じゃあ、また明日な」
「え、ちょっと……会長!」
会長は僕に構わず出て行ってしまったが……やっぱり家の前くらいまでは見送りをしよう。
慌てて靴を履いて玄関を飛び出す。
外に出ると空はすっかり暗くなっていた。
「……まったく、言うことを聞かない奴だな。俺の指示を無視するのはお前くらいだ」
僕が追ってきたことに気づいた会長が立ち止まり、苦笑いを浮かべている。
「家の前までにしますから。今日は本当にありがとうございました。すみません、こんなに遅くまで……」
「気にするな」
家の前まで数メートル――。
わずかな距離だが一緒に移動しながら、会長に質問する。
「兄ちゃんとはどんな話をしていたんですか」
僕の言葉を聞いた途端、会長は遠い目をした。
「……面接を受けているような時間だった」
「はい?」
「お前のことをどう思っているのか、これからどうしたいのか……。納得するまで聞かれたな」
「えっ」
兄は会長に「僕への想い」みたいなものを、根ほり葉ほり聞いたってこと!?
僕を心配したのだろうけど……過保護すぎませんか!
恥ずかしい……あとで抗議しよう。
「もちろん、完璧に答えておいた。俺は合格で間違いないだろう」
心の中で、恥ずかしくて顔を覆っている僕に向かい、会長は誇らしげにしている。
ドヤァ、じゃないんだよ!
僕にとっては『質問する兄』も『答える会長』も、両方赤面案件なのですが……!
完全に寝ていて、その大照れするやり取りを聞かずに済んだのがせめてもの救いだ。
「真の厳しい面接を夏緋にも受けさせたいものだ。あいつは不合格かもな」
会長はニヤリと笑っているが、僕はどんなリアクションをすればいいのか分からない。
最近の会長と夏緋先輩は仲がいいように見えるけれど、家の中でもそうなのだろうか。
「あの、夏緋先輩とは気まずくなったり、喧嘩したりしていないですか? 家でも、その……」
僕のことで本当は険悪になっている、なんてことがあったら嫌だ。
上手く言えず言葉を濁したのだが、会長は僕が言いたいことが分かったようで……。
「そういう心配はいらない。まあ、兄弟だから多少衝突することがあるがな」
会長はあっけらかんと答えてくれた。
だから、本当に関係が悪くなってはいないのだな、と安心していたら、会長はニヤリと笑った。
「むしろ、今は楽しいぞ?」
「楽しい?」
「ああ。俺のあとをついてばかりいた夏緋が、歯向かってくるのが面白い」
現在の夏緋先輩の様子を思い出しているのか、会長はまだニヤニヤしている。
「あいつと本気で勝負をできることになるとは……。そういう意味でも、お前には感謝しないとな。……あ、勘違いはするなよ? 勝負したいからお前が好きなわけじゃなく、お前が好きだから勝負になっているんだ」
「!」
勝負することが楽しそうだから、僕のことは賞品のようなものなのか? と一瞬思ってしまったが……違うらしい。
まっすぐに好きだからと言われて、思わず熱くなった顔を逸らした。
「そ、そうですか……」と零すと、頭をガシガシと撫でられながら笑われた。
髪がボサボサになるのでやめてください。
「真のときも、櫻井とは勝負になった。あの時は意地でも勝ってやると思ったが、今はどちらに転んでも納得できそうだ」
またリアクションに困ることを言う……。
「まあ、お前は焦ることはない。俺達は勝手に動くからな」
黙っていると、会長は勝手に納得したようだ。
「お前は体が冷える前に家に戻れ」
約束だった家の前まで来たので、仕方なく足を止める。
「風邪をひかせては、俺が真に減点されてしまうからな。また明日――。おやすみ」
何か言った方がいいのだろうか、と迷っている内に、会長は軽く笑って去って行った。
……おやすみ、か。
僕も黙っていないで、ちゃんと「おやすみ」を言いたかったな。
でも、いつか会長に「おやすみ」を言える日が来るかもしれない。
去って行く背中を見ていると、ふとそんな考えが浮かんだのだった。
※
翌日の放課後、僕はまた二択で悩んでいた。
会長と夏緋先輩に昨日のことを改めて謝りたいのだが、どちらに先に行くか――。
残ってくれた会長には、昨日の内に一度謝ることはできているから、まだ謝罪できていない夏緋先輩の方に行くべきか。
廊下に立ってそんなことを考えていると、女の子達が通って行った。
「今日はどこに行く?」
「あ、帰る前にホール行こうよ。最近いつも青桐先輩がいるんだよ」
「!」
ホールにいる青桐先輩……夏緋先輩のことだ。
こっそり女子達の方を見ると、「早く行こ!」と駆けて行く背中が見えた。
まさか放課後になると、夏緋先輩がホールにいることに気付いている人がいるとは……。
先に謝りに行きたいけれど、先にあの女子達が行ってしまうよなあ。
念のためにホールの入り口から中の様子を覗くと、テーブルにノートを広げて勉強している夏緋先輩をみつけた。
話しかけられないオーラが出ていたが、一息つこうとしたのか、夏緋先輩がスマホに手を伸ばした瞬間に先ほどの女子達が話し掛けに行った。
「……あとにするか」
今、夏緋先輩のところに行くと、女子達に恨まれそうだ。
ひとまず、会長に会いに行くことにする。
ホールを離れ、階段を上がって生徒会室に向かった。
行き慣れたルートで進んだ先に、目的地が見えてきたのだが……あ。
「会長?」
ちょうど生徒会室から、会長が出てきた。
僕をみつけると、少し笑ったのが見えて……少しドキッとしてしまう。
「会長、どこかへ行くんですか?」
「いや、ちょうどお前のところに行こうとしていたんだ。すれ違いにならなくてよかった」
「連絡してくれたらよかったのに」
「会えなかったら、それはそれで仕方ないと思ってな」
「?」
大した用じゃなかったのかな、と思いながら聞く。
「それで、どうして僕のところに?」
「お前、時間あるだろ?」
「…………」
暇人と決めつけられているようでちょっとムッとする。
「ないこともないですけどね!」
「素直にあると言え。とりあえず外に出るぞ」
「どこへ? ……って、もう行ってるし!」
やっぱり、青桐の血には逆らえない。知ってた!
会長のあとを追い、靴に履き替えて外に出たが……。
「目的地はどこですか?」
「お前が普段遊んでいるところに行くぞ。案内しろ」
「はい?」
どこかに連れて行かれると思ったのだが、そういうわけではないらしい。
突然「案内しろ」と言われても戸惑ってしまう。
でも、僕が動かない限り会長も動きそうにないので、放課後に行くことが多いアミューズメント施設に行くことにした。
そして、とりあえずゲーセンに来てみたが……。
会長がここにいることに違和感がある。
放課後なので華四季園の生徒がちらほらいたが、会長を見てびっくりしている。
あ! こら、そこの女子達。盗撮はやめましょう。
気づいているぞ! とアピールするためにピースをしたら、なぜかきゃっきゃと楽しそうな声が聞こえてきた。
喜ばせるためにしたのではないのですが!?
それにしても……。
ホールで話しかけられていた夏緋先輩もそうだが、二人ともやっぱり女子にモテる。
分かっていることなのだが、こうして目の当たりにすると、二人はどうして僕を好きなのだ? と改めて疑問で頭がいっぱいになるな……。
「央、あの女生徒達のことなら放っておけ」
「あ、はい」
盗撮されていることに、会長も気づいていたか。
慣れているのか、会長は全然気にしていないが……僕は嫌だなあ。
女子達は上級生だと思うが、まだ撮っていたので手でバツを作ってお願いポーズをすると、向こうも「ごめんね」と申し訳なさそうに手を合わせて去って行った。
よかった、ちゃんと僕の意図が伝わったようだ。
撮ったのは消してくださいね! 信じてますからね!
「ふむ……そういう解決方法があるのか。お前だからできることだな」
「はい?」
よく分からないが、今の女子達とのやり取りに感心しているようだ。
もしかして僕、会長のプライベートを平和的に守る秘書の才能があるのでは……?
将来雇って貰おうかな、なんて考えていたら、会長がすたすたと歩き始めた。
「何か気になったんですか?」
「いや、一通り見てみようと思ってな。……それにしてもここは騒がしいな」
騒々しいのは嫌いなのだろうか。
そういえば、会長が釣りをするために連れて行ってくれた海は、静かでのどかだったなあ。
きこりも静かだし、会長は落ち着けるところが好きなのかもしれない。
「あ、ここぺりんだ」
クレーンゲームのところを歩いていると、見覚えがある景品が目に留まった。
「ここぺりん? ココペリ、豊穣の神をモチーフにしているのか?」
「そうらしいです。ハート柄のものは、恋愛運が上がるそうですよ」
足を止めて説明すると、会長も台の前に立ってジーッとここぺりんを見始めた。
まさか、欲しいのか!? と思ったが……。
「『恋愛運』などというコストがかからない付加価値をつける……いい商売だな」
会長は鼻で笑うようにそう言うと、興味がなくなったのか台を離れた。
欲しいと言われなくてよかった、とホッとしたのだが……次に会長が足を止めたのはプリクラだった。
女子高生達やカップルが仲良く撮っている――。
「絶対嫌です」
アヒルボートの時に感じた気配を察知したので、先回りして強く断っておく。
「何も言っていないだろう。お前は撮ったことがあるのか?」
「ありますけど……。プリクラって無駄に加工されちゃうんですよ。僕は異様に目が大きくなったりした会長なんて見たくないですからね! 断固拒否です!」
男二人で撮るのも恥ずかしいし、色々書き込んだりするのも面倒くさい。
「そこまで言うなら諦めてやるか」
やっぱり撮る気だったのか!
相変わらず好奇心旺盛なのはいいが、僕を犠牲にするのはやめて欲しい。
「あ、釣りのゲームがありますよ。会長、海に行ったときはあまり釣れなかったから、リベンジしますか?」
早く会長の頭からプリクラを消すためにも、僕は目に入ったゲームを勧めた。
ロッドのコントローラーを使って、本当に釣りをするような体験ができるもので、大きなモニター画面を取り囲み、最大八人でプレイ可能だ。
「そうだな。やってやろう」
会長は操作説明を読むと、早速お金を入れてゲームを始めた。
僕も会長の隣でプレイ開始だ。
釣れるのは普通の存在している魚の他に、モンスターのような架空の生物も釣ることができる。
巨大なクジラのモンスターがいるのだが、それを釣り上げたいなあ。
「これなら臭くならないから、夏緋先輩もできますね」
「そうだな。知らない人間が握ったコントローラーも嫌がるかもしれないが」
「あー……確かに」
ここにいない夏緋先輩の話はしない方がいいかも? と一瞬思ったけれど、会長は気にしていないようだ。
「今度夏緋も連れて来てやるか」
「三人で来る、ってことですか?」
「問題あるか?」
まったく問題ないし、また三人で仲良く遊べるなら嬉しいけど……。
「……そういうことは、気にするなと言っているだろう」
会長に呆れたように笑われてしまう。
そっか、また三人でわいわいできるのか……。
心が軽くなり、さらに楽しくゲームをしていると、会長がクジラのモンスターを釣り上げた。
「会長、すごいじゃないですか!」
「一番目当ての大物はまだ釣り上げていないが……幸先がいいな」
「!」
意味ありげにニヤリと視線を向けられて戸惑う。
まさか、それって……僕のことを言っています?
ストレートに言われるのは心臓に悪いが、遠回しに言われるのも心臓に悪い。
「ほ、他のゲームもしましょう! あ、会長はああいうのをやったことありますか?」
背中を押して僕が連れて行ったのは、アーケードのレースゲームだ。
コックピットのハンドルを操作するので、本当に運転しているような感覚になる。
「……ないな。やってみるか。お前も来い」
もう座ってるし! 判断が早いなー。
僕も隣に座って座席の位置を調整したが、会長は身長も高いし足も長いから、狭そうなのがちょっと腹立つ。
そんなことを考えていたら、会長が意味不明な提案をしてきた。
「勝った方が一つ望みを叶える、というのはどうだ?」
「嫌です」
悪い予感しかしないので即答した。
僕は割と危険察知能力がある……はず。
「ノリが悪いぞ」
「はい?」
ノリの塊であるこの僕が、会長にノリが悪いと言われるとは心外だ。
まあ、会長は初めてだというし、いくら器用だといっても僕の方が有利か。
「あまり無茶なことは言わないでくださいよ」
「もちろんだ。できることしか頼まない」
そう言われても、嫌な予感しかしないんだよなあ。
でも、勝てばいいだけの話だから頑張ろう。
僕が勝ったら、何をお願いしようかな。
勝っても負けても、どちらにしても迷いそうだ。
「あれ?」
会長と二人でプレイしようとしていたのに、気がつけばなぜか参加プレイヤーが四人になっていた。
反対隣りを見ると、知らないチャラそうな男が二人、こちらを見てニヤニヤしている……。
制服を着ているから高校生のようだが、華四季園ではない。
勝手に参加されると困るし、なんだか嫌な感じだ。
もしかして、僕達が「初めてプレイする」と話していたのを聞いて、からかおうとしているんじゃ……?
ふ、面白い……僕だってゲームで日夜寝不足の人間だ、そこそこ上手いぞ!
絶対負けないからな!
「会長! 説明しますね! アイテムがあって! 色んな効果があるんですけど……! 下位にいた方が役に立つアイテムが出やすくて、それで――!」
こんな奴らに会長が負けるのも嫌なので、僕は思いつく限りの勝てるコツを伝授した。
初見の人にいうことじゃないし、一気に覚えるのも難しいと思うが……。
「えっと、ぱぱっと説明しちゃいましたけど……分かりました?」
「分かった」
会長は質問してくることもなく言い切った。
え、今の僕のつたない説明で理解できたの? 本当に? 嘘でしょ?
「もしかして……もう諦めてます?」
「そんなことはない。まあ、見てろ」
心配になったが、ゲームの画面は着々と進んでいく――。
バタバタしている間にレースが始まってしまった。
「!」
出だしから分かる……あいつら、上手い!
チャラい二人が先頭を行く。
僕はそれに続くが、会長は中盤にいる。
ちらりと横を見ると、会長は落ち着いた様子でハンドルを握っていた。
すごくかっこいい……!
でも、会長の順位は後半に落ちてしまった。
運転自体はとても上手いのだが、のんびりしているというか……もっとがんばってくれ!
会長、負けないで!!
「!?」
ふと僕達の周りを見ると、会長がプレイしているからか、女子高生の人だかりができた。
チャラ男達はそれに気づいているようで、得意げに先頭を走っている。
女子達から「あれ、ビリ?」とか、「ゲームは上手くないのかな?」なんて声が聞こえてきた。
会長のことだ……うぐぐっ、腹立つっ!
せめて僕はチャラ男達に勝つ!!
チャラ男二人が先頭、僕が三番手のまま、コース最後の周回になってしまった。
悔しいが二人は本当に上手で、僕は2位になる瞬間があっても、先頭は取れず主に3位にいる。
あと半周で終わり……というところで、見ていた女子達がざわざわし始めた。
勝とうと必死な僕は、先頭の二人に集中していて気づかなかったが……。
「え?」
ずっと4位にいたキャラ……じゃないのが僕を抜いていった、と思ったら……会長!?
会長のキャラは一気に先頭2台の後ろにつく。
そして、当てるのが難しいアイテム『妨害玉』をぶつけ、見事に2台をクラッシュさせた。
「ええ……?」
僕は呆気に取られながら、くるくる回りながら止まっているその2台の横を通過――。
その間に、隣の会長は1位でゴールをしていた。
「…………は?」
キャーッ!! と騒ぐ女子達の声を聞きつつ、僕も2位でゴールした。
あの……何が起きました?
会長を見ると、ニヤリと笑っていた。
「ちゃんと分かっていただろう?」
最初の方はコツを掴むのに徹していたが、最後の周回では僕から聞いていたコツを駆使して一気に先頭に躍り出たらしい。
先頭の奴らが油断していたからうまくいったな、なんて言っているが……。
か……かっこよすぎませんっ!!!?
思わず「抱いてー!」と言いそうになったが、今は冗談を言えるような状況じゃないのでやめた。
僕はそれなりにプレイしているゲームなのに負けてしまったことは悔しいが、そんなことが気にならないくらい興奮してしまった!
やっぱり会長はかっこいいー!
ドヤァ! と誇らしげにチャラ男達を見ると、「つまんな」と吐き捨ててどこかに行った。
ぷぷっ、ダサいですね! 女子達が見向きもしませんね! 残念!
「央、嬉しそうだな?」
「はい!」
「じゃあ、俺の願いを叶えて貰おうか」
「あ」
そ、そうだった……僕まで負けてしまっているじゃないか!
しまった、という顔をしている僕を見て、会長は呆れている。
「お前な……何のための勝負だ?」
「え、いや……その……負けられない戦いがあったというか……。それには勝てたんですけど……。それで、会長の『お願い』とは……?」
恐る恐る聞くと、会長はニヤリと笑った。
「行くぞ」
ついて来い、と言って会長が向かった先は――。
「もおおっプリクラじゃん!!」
まだ諦めてなかったのか……!
なんという執念!
「僕、嫌っていいましたよね!?」
「変に加工されるのが嫌なんだろう? これはほとんど『盛らない』らしいぞ」
「え、らしいって……誰かに聞いたんですか?」
「そこの華四季園の生徒達だ」
「!」
会長の視線の先には、ゲーセンに来た時に盗撮してきた女子達がいた。
僕達の視線を受けて、女子達はキャッキャと騒いでいるが……。
「いつの間に話したんですか?」
「色々と見回っていたときだ。近くにいたから、加工しないものはないか聞いてみた」
なんてことだ。
仕事ができすぎて困る。
……というか、会長が知らないところで女子達と話していたのがなんだか気に入らない。
「はあ……やらなきゃだめですか?」
「誰と撮ったのかは知らないが、お前はやったことがあるんだろう? ……だったらいいじゃないか」
ん? もしかして、ちょっと拗ねてます? いや、まさかそんな……。
でも、なんだか急に「やってもいいか」という気分になってきた。
「……はあ、仕方ないですね」
最高にかっこいいところを見せてくれて、僕に「ザマァ!」をさせてくれたし。
会長はプリクラなんて、僕以外には撮らないだろうし、撮っていたら嫌だし。
アヒルボートの時のように、心を無にして乗り切ろう。
操作はすべて、興味深く見ている会長に任せた。
僕はここで棒になったつもりで立っているのみ!
「よし、これでいい。撮るぞ……って、お前。一人で整列でもしているのか」
棒立ちになっている僕を見て、会長が呆れている。
「何かポーズをとれ。さっきの生徒達が言っていたぞ。指でハートを作るとかなんとか――」
「絶対嫌です。もう二人並んだ証明写真って感じでいいじゃないですか」
「それはおかしいだろ。おい、逃げるな」
「ちっ」
ちょっとずつフェードアウトしようとしていたのがバレてしまった。
それでも端の方に移動して、何とか精神ダメージを小さくできないかと考えていたら――。
体が急に浮いて驚いた。
「え、ちょ……会長! 何するんですか!」
画面には会長にお姫様だっこされている自分が映っていて焦る。
目隠しはあるけれど隙間から見えたり、足元が見えたりするのに……!
周囲の人に気づかれる前に下ろして!
「逃げないようにするにはちょうどいいだろ? それに、二人で撮るときにはこれもいいと聞いたぞ」
そんなことを吹き込んだのは、さっきの女子達か!
余計なことを……!
いつの間にか会長と話していたこともそうだし、なんて腹立たしい人達なんだ!
「央。無駄な抵抗をせず、さっさと撮ってしまった方がよくないか?」
「くっ……!」
逃げようと騒いだら注目されそうだし、そもそも会長は逃がしてくれそうにないし……。
「そうですね……一思いにやってください……ううっ」
早くトドメを刺すがいいさ! と心で号泣しながら、苦行の時間を耐えた。
一方、念願のプリクラをゲットした会長は満足げに笑っている。
僕の人生史上もっとも恥ずかしい黒歴史が爆誕してしまった……。
……でも、これは大事にとっておくことにしよう。……うん。
「そろそろ帰るか」
「え、もうこんな時間!」
気づかないうちに、もう帰らなければいけない時間になっていた。
プリクラでかなりげんなりしたけれど、会長がとても楽しそうだったし、僕も楽しかった。
「あ」
こんなに明るい気持ちになったのは久しぶりかも、と思ったところで気がついた。
会長が「僕がいつも来ているとところ」を選んだのは、僕を元気づけるためだったのだろうか。
そう思うと、また顔が熱くなってきた。
上手く言えないけれど、くすぐったいような、嬉しいような……。
「会長」
「どうした?」
「すごく元気が出ました。ありがとうございます」
お礼を言うと、会長は優しい笑顔を向けてくれて――。
なんとなく、今日のことは一生覚えてそうだなと思ったのだった。
※
次の日――。
昨日は夏緋先輩に謝ることができなかったから、今日は会いに行くことにした。
ホールに向かうと、今日もホールでノートを広げている夏緋先輩がいた。
また夏緋先輩に話しかけている女子達がいたので改めようかと思っていたら、夏緋先輩と目が合った。
どうしよう、話しに行ってもいいだろうか?
迷っていたら夏緋先輩はノートを片付け、女子達を置いてこちらに来た。
「えっと……よかったんですか?」
「問題ない」
女子達、そんなに僕を睨まないでください。
とりあえず、ホールから少し離れ、人がいない廊下で足を止めて話を始める。
「あの、一昨日はありがとうございました。引き留めておいて寝ちゃってすみませんでした」
僕の謝罪を聞いて、夏緋先輩はフッと笑った。
「まったくだ。お前らしいといえば、お前らしいが」
「…………」
何の反論もできず、ははっ……と誤魔化すことしかできない。
「そんなことより、昨日は兄貴とでかけたらしいな」
「あ、はい」
会長から話を聞いたのだろうか。
ちょっと気まずくなっていると、夏緋先輩が聞いてきた。
「お前、兄貴のところに行く前に、オレに会いに来ていただろう?」
「あれ、気づいていたんですか?」
「ああ。お前が引き返しているときに気がついたんだ。話をしていたから後回しにしてしまったが……すぐに追いかければよかったと後悔している」
そう零す夏緋先輩は寂し気に見えて……胸が痛む。
「兄貴と二人ででかけて、楽しかったようだな」
「すみません……」
「どうして謝るんだ。別に構わない。でも、『すみません』はあまり聞きたくない言葉だな」
「…………」
僕は何も言えず、黙ってしまった。
「……昨日、お前に気づいて、引き留めていたとしても決まっていたんだろうな」
夏緋先輩は独り言のように呟いている。
僕は尚も黙っていると、夏緋先輩が歩き始めた。
「よし、生徒会室に行くか」
「え?」
「オレはお前が望むようにする、と言っただろ?」
突然スタスタと歩き始めた夏緋先輩に呆気に取られながらも、慌ててあとをついて行く。
夏緋先輩は生徒会室につくと、ノックもせずに堂々と入っていった。
「夏緋? ……央?」
中にいた会長は、僕達を見てきょとんとしている。
不思議な空気が流れているが、三人が揃うのは少し久しぶりだなと、少し嬉しくなった。
「天地のことを、今は兄貴に預けておいてやる」
「!」
突拍子もなく宣言した夏緋先輩に会長は驚いているが、夏緋先輩は構わず話を続ける。
「でも、まだ負けが確定したわけじゃないからな」
ニヤリと笑う夏緋先輩に、きょとんとしていた会長もニヤリと笑い返した。
「はっ! 随分と上からだな。悪あがきはしない方がいいぞ?」
「悪あがきとは限らないだろ?」
二人の間で会話が進んでいくが、僕は何も言えずにいる。
少しの沈黙のあと、夏緋先輩は僕達に背を向けた。
「今日は帰る。でも、明日からは引き下がらないからな」
「夏緋先輩……あの!」
夏緋先輩はさっき、「お前の望むようにする」と言っていたが、僕の気持を後押しするために生徒会室に連れて来てくれた気がする。
こんな僕に、たくさん気遣ってくれた夏緋先輩に感謝を伝えたい。
そう思って引き留めたのだが――。
「何も言わなくていい。まだ引き下がらないと言っているだろ?」
そう言って苦笑いを浮かべると、夏緋先輩は生徒会室を出て行った。
バタンと閉まった扉を見ながら、言えなかった「ありがとう」を心の中でつぶやいた。
「夏緋がこれほど手ごわいとはな」
会長はそう言いながら近寄ってくると、正面からぎゅっと僕を抱きしめた。
「お前の中に俺がいた、ということでいいのか?」
これまで会長は、まっすぐに僕に想いを伝えてくれていた。
今度は僕が伝える番だ。
「一昨日、家に来てくれた会長をお見送りしたときに思ったんです。会長に『おやすみ』を言える、会長と一緒に生きていく未来が来ればいいな、って……」
会長と夏緋先輩――三人で一緒にいる時間が楽しかったから、三人でいる時間を失いたくなくて目を逸らしていた気がする。
でも、一緒にいた時間を思い出すと、会長のことを考えていたときが特別だった……。
会長が兄と話しているとき、女子達と話しているとき……モヤモヤしたのは妬いてしまっていたのだ。
「だから……僕の中にいたのは会長、みたいです」
自分の気持ちを話すのって、死ぬほど勇気がいるというか……精神力が必要だな……。
こんなことを続けてくれていた会長と夏緋先輩はすごいし、かっこいい。
そんなことを考えていたのだが、気づけば視界は会長で埋まっていた。
口を塞がれ、呼吸ができず苦しい……!
「んっー!」
このままでは酸欠で死ぬと、胸を一生懸命押すがビクともしない。
こんなところでも馬鹿力は相変わらずだ。
押していた手も邪魔だと掴まれ、抵抗の手段を奪われてしまう。
頭が真っ白になりながら必死に耐えていると、ようやく解放されて酸素を吸うことができた。
「なっ……何するんですかっ!」
「……安心した」
思わず抗議したのだが、会長が倒れるように、僕の肩に頭を乗せてきたので驚いた。
自信満々だったというか、夏緋先輩に負けても悔いはない的なことを言っていたのに……。
「もしかして、不安だったんですか?」
「どうだろうな」
フッ……と笑っているが、質問を疑問で返さないでください。
少しの沈黙のあと、会長がぽつりとつぶやいた。
「お前にフラれていたら、平静を装うことができなかったかもな。今度は立ち直れなかったかもしれない」
「会長……」
兄に失恋したときも会長は強がっていたけれど、とてもダメージを受けていた。
だから、またつらい思いをさせてしまうことにならなくてよかったと、会長の頭をなでなでしておいた。
っていうか、頭が重いです。
「今の話、夏緋には言うなよ?」
「言わないですよ」
会長も夏緋先輩に弱音を吐いたことを知られたら恥ずかしいのだろうか。
くすりと笑っていると、顔を上げた会長の紫水晶の瞳が目の前にあった。
「俺を選んだからには、お前を幸せにしてやる」
「!」
真正面からそう言われ、顔が熱くなるのを感じたが、ゴホンとのどをならしてごまかした。
そして――。
「僕も会長を幸せにしてあげますよ」
そう返すと、会長は少し目を見張って驚いたあと、ハハッと笑った。
「そうだな。楽しみにしている」
会長は兄を好きで、僕もそれを応援していたのに、こんなことになるとは……。
BLゲームの世界で主人公の弟に転生しましたが、僕も兄と同じ運命を辿りそうです。




