青桐兄弟ルート⑨ 夏緋END
お知らせが遅くなりましたが、コミカライズ17話が更新されています。
楓がとっても可愛い回なので、ぜひぜひ見て頂けると嬉しいです!
「あんまり眠れなかった……」
今日は快晴で、カーテンの隙間から明るい光が入ってきているが、僕の心はどんよりしている。
食堂のホールを出たところで偶然二人と会って、一週間ほど経ったのだが……。
あれからずっと、会長と夏緋先輩のことから頭から離れない。
『オレはお前の望むようにする。……どうしたい?』
『……お前の中に、俺がいるといいが』
「わ~~~~!!」
あの時の二人を思い出すと、頭を掻きむしって叫びたくなる。
あんなかっこいい一面を見せられたら、余計に困るっ!
なんとかこの状態から脱したいけれど、未だにどうしたらいいのか分からず、ただただ時間だけが過ぎていく――。
兄の「僕の方から歩み寄る」というアドバイスが頭にあるけど、それをするにしてもどう動けばいいのか分からない。
結局どちらとも接触せず、ホールにも生徒会室にも行けずにいる。
校内でたまに二人とばったり出くわすことは会った。
向こうは至って普通に挨拶してくれるけど、僕は「ア、ドウモ……」と挙動がおかしい不審者になってしまう。
多分、僕が追い詰められないように普通に接してくれているのだと思うし、有難いのだが……。
「余計にこの状況が申し訳ないよなあ……」
ため息をついていると、ノックの音がして扉が開いた。
「央? 叫び声が聞こえたけど……」
「あ、ごめん……何でもないから……」
「そう? 最近あんまり眠れないのか? 目の下にクマができているけど……」
「あー……うん。ちょっと、ゲームを……」
あまり心配をかけるわけにはいかないので、適当に誤魔化した。
「……そっか、ほどほどにね。まだ時間があるし、ゆっくりしてから降りておいで」
「はーい」
兄も色々と察しているとは思うのだが、追求せずにいてくれるのがありがたい。
今から寝ると寝過ごしそうなので、ダラダラしながら身支度をして、兄が待つリビングへと向かった。
※
兄が用意してくれた朝食をまったり食べ、一人でのんびり歩きながら登校。
学園に着いてからもボーッとしたり、あくびばかりしていた。
保健室で仮眠することも考えたけれど、いびきをかいて夜まで熟睡しそうだから家に帰ってから寝ることにした。
「ふわあ……早く帰ろう」
やっと授業が終わり、昇降口を目指していると……聞きなれた声が耳に入った。
今の僕が過剰反応してしまう、この声は……!
「会長と夏緋先輩だ……」
角に目を隠してこっそり覗いて見ると、会長と夏緋先輩が二人で立ち話をしていた。
話の内容は聞こえないが、時折フッと笑いながら軽い感じで話している。
それが何だか恨めしく思えた。
おのれ……僕は会長と夏緋先輩のせいで寝不足だというのに……。
普通に会話する中に、僕だって混じりたい!
「……お前はいつまでそうしているんだ?」
「!」
会長が呆れた様子で僕を見た。
どうやら早くから覗いていることに気づかれていたようだ。
「念を送ってないで、普通に入って来い」
「念なんて送って……ましたけど」
そう返すと、二人は呆れるように笑った。
同じように笑わないで貰えますか……。
「オレ達に用があるのか?」
「いえ、たまたま通りがかっただけです。さようなら」
「待て」
会長に止められたが、寝不足で回っていない頭で二人と話すのはつらい。
自分が何を言ってしまうか分からなくて怖いし、早く逃げようと思ったのだが……。
「……寝不足なのか?」
夏緋先輩に腕を捕まれ、止められた。
僕の目の下のクマに気がついたようで、二人にジーッと顔を覗かれる。
圧が強い……!
「ちょっと、遅くまでゲームを……」
「「…………」」
だから、同じように睨むのはやめて貰っていいですか!
兄には通用した、というか……察して見逃してくれた言い訳なので、二人もお見逃しください。
「……えっと……帰って寝ます!」
改めてさよならを言って帰ろうとしたら、二人が僕の両側に来た。
「行くぞ」
「え?」
会長に「どこに?」と返す間もなく夏緋先輩が続いた。
「家まで送ってやる」
「え? いや、いいです! もうこのパターンはお腹いっぱいです!」
二人に送って貰うなんて、悩みが増えそうな嫌な予感しかしない。
「そんなにフラフラしている奴を放っておけるか」
「……兄貴は用事があるんだろう? オレが送って行く」
「すぐに戻れば問題ない。お前に任せるのが危険かもしれないからな」
「「…………」」
「ふあぁ……あ、ごめんなさい」
無意識で大きなあくびをしてしまっていた。
二人が揉めていたみたいだが……。
「えっと、会長は用事があるんでしたっけ? 僕は本当に大丈――ふあぁ……なので」
「……さっさと行くか」
「……そうだな」
問題は解決したのか、会長と夏緋先輩に挟まれて連行される。
両方から腕を引かれて、完全に警察に連行されている不審者になってしまった。
すごく周りの生徒にも注目されてしまっている。
はあ……やっぱりこうなったかあ!
※
青桐兄弟に挟まれて、家までの道を歩く。
確かに眠すぎてふわふわしていたから、転びそうという心配はあったから助かるのだが、ボディガードとしては最強過ぎて困る……。
なんて思いながらも、歩きながら瞼が閉じていく――。
「歩きながら寝るな」
会長に注意され、パッと目を開けた。
「……寝てません。そんな器用なことできません。できるならやってます」
キリッと答えると、夏緋先輩は呆れた様子で笑った。
「抱きかかえて運んでやろうか?」
「……万が一、道路で寝始めたときはお願いします」
夏緋先輩は冗談で言ったのだと思うが、この眠さなら可能性は無きにしも非ずなので頼んでおこう。
「お前、本当に今でも寝そうだな。背負ってやろうか?」
「背負うなら俺が背負ってやろう。夏緋より安定するぞ」
歩かなくて済むのはとても魅力的な話ではあるが……。
「それはいいです。一瞬で寝る自信しかないので」
熟睡してよだれを垂らして寝てしまいそうだ。
真剣に答えると、会長と夏緋先輩が顔を見合わせた。
そして――、とぼとぼ歩く僕の手を引いて歩き始めた。
「……何でこうなった?」
思考力が低下した頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすると、僕の手を引いている二人がニヤリと笑った。
「釣りの帰りもこうやって歩いたじゃないか」
「引っ張られた方が楽だろ?」
確かにそうなのだが……。
「今はあの時と色々と事情が違うじゃないですか」
僕がそう言うと、二人の空気が止まった気がした。
しまった……。
二人は気を使ってくれているのに、わざわざ今の僕たちの状況を意識させてしまうことを言ってしまった。
「えっと……目が覚めてきたので大丈夫です!」
何とか目をこじ開け、二人の手を解いて歩き始めた。
二人は何か言いたそうな顔をしているが、スルーして歩く。
やっぱり頭が動いていないから駄目だ……余計なことを言ってしまう。
こういう時はやっぱり――。
「一人でしりとりします。しりとり……リンゴ……ゴ――」
「それは楽しいのか?」
会長が呆れた視線を向けて来る。
「楽しくはありません。――ゴリラ。あ、会長のことじゃないですよ。しりとりの続きです」
「…………」
真顔になった会長の反対側から、夏緋先輩の「……くっ」という笑いを堪える声が聞こえた気がしたが、頭が回っていないので対応できません。
でも、三人でこういう空気になるのが久しぶりな気がして……ちょっと嬉しくなった。
「……まあ、暗い顔をしているよりはいいが……夏緋は覚えておけよ」
夏緋先輩が僕のしりとりの代償を払うことになってしまった……ごめんなさい。
「会長、夏緋先輩に優しくしてください。なかよくしてくださいね」
あくびをしながらそう言うと、また二人にジーッと顔を覗かれた。
「お前、本当に頭が寝ているな?」
「そうかもしれません。しりとりも最後に何て言ったか忘れました。あ、ゴリラだ」
「「…………」」
さすがに二回目はウケなかったのか、夏緋先輩にも真顔で見られてしまった。
それからもしりとりをしたり、しなかったりしながら歩いているとやっと家に着いた。
「じゃあ、俺たちは戻る」
「ちゃんと寝ろよ」
「……はい。ありがとうございました」
二人が軽く微笑んでから去って行く――。
せっかく三人で過ごせたのに、この時間が終わるのが嫌だな。
二人の背中を見ていると勝手に口が動いた。
「あの! ちょっと家に上がっていきませんか?」
そう声をかけると、二人が振り返った。
「今にも寝そうな奴が何を言っているんだ」
「そうだ。すぐに寝ろ」
会長と夏緋先輩に呆れられたし、僕も自分で何を言っているのだと思うけれど……。
ここで二人と別れたら、またしばらく普通に話せなくなりそうなのが怖い。
「大丈夫ですから、お茶くらい飲んでいけばいいじゃないですか」
粘ってみると、会長と夏緋先輩が顔を見合わせてため息をついた。
「俺は用があるし、本当に少しだぞ?」
「すぐに帰るからな」
「はい!」
早速二人を家に招き、リビングに通した。
ソファーに座って貰い、僕は冷蔵庫に向かった。
「麦茶でいいですか?」
「ああ」
グラスに麦茶を注ぎながら、僕の家の中に青桐兄弟がいるなんて、なんだか不思議だなあと思った。
二人を見ると、なんというか……我が家に馴染まない感じがするというか、高級マンションとかじゃない普通の家にいることに違和感がある。
「お前と真が住んでいる感じがするな」
「そうですか?」
「ああ。お前達の雰囲気に似ている」
会長の言葉に、夏緋先輩も「そうだな」と頷いている。
確かに綺麗に整頓されている感じは兄っぽさがある。
麦茶を出すと、「これはお前っぽい」と言われた。
いい意味なのかどうかも分からない……。
「お菓子とか食べますか?」
「いや、いい。長居はしないからな」
「そうですか」
じゃあ、僕も座ろう。
ソファーの夏緋先輩の隣が空いていたので腰を下す。
「はああっ、疲れたあ」
「年寄か」
どしっと腰を下すと、夏緋先輩に呆れられた。
僕もおじいちゃんっぽかったなと思うけれど、どうにもできない。
……というか、家という安全地帯に帰ってきたことで余計に眠くなってしまった。
「ふあぁ……寝そう……」
※
「……おい、夏緋。央、寝てないか?」
「……寝てるな。無防備すぎるだろ……。兄貴はもう帰らないといけないだろう? こいつはどうする?」
「寝かしておいてやろう。真に連絡を入れておく。お前は真が来るまでいてやれ」
「分かった」
「手を出すなよ」
「こんなところで出すわけないだろ」
「……本当に無防備すぎるだろ」
※
ボーッとしていると、話し声が聞こえてきた。
この声は……。
「え?」
組み合わせにびっくりして目を開けると、立って話している兄と夏緋先輩が目に入った。
「あ、央。おはよ」
「……起きたか」
「どうして夏緋先輩が?」
どう言うと、思いきり呆れた顔をされた。
「お前が寝たからだ。鍵を開けたまま帰るわけにはいかないだろ」
「あ」
そう言われてようやく寝る前のことを思い出した。
帰ろうとしている会長と夏緋先輩に声をかけて上がって貰ったんだ。
あのあと寝ちゃったのか……。
起こさずに気を使って寝かせてくれたようで申し訳ない……。
「すみません……。あれ、会長は?」
「兄貴はやることがあるから、オレが残った」
そういえば用事があると言っていた。
僕のわがままで迷惑をかけてしまったなあ。
「帰ってきたら、夏緋君がいるのに央は寝ているからびっくりしたよ」
「夏緋君……」
兄からすると後輩だから、そういう呼び方をしても違和感はないのだが、夏緋先輩が「君」呼びされているのが変な感じがする。
「青桐君って呼ぶのが変な感じがして、そう呼ばせて貰ったんだ」
「兄ちゃん、ひいちゃ――なんでもないです」
新たな呼び方の提案をしようとしたけれど、視線で凍らされそうになったのでやめた。
「オレは帰ります。お邪魔しました」
「本当に食べていかないの?」
「はい」
どうやら兄は夏緋先輩を夕食に誘っていたらしい。
「え、食べていってくださいよ」
「……いや、いい」
夏緋先輩はそう言うと、兄に軽く礼を言って出て行った。
「僕、見送ってくる」
兄に断りを入れ、慌てて夏緋先輩のあとを追う。
「見送りはいいぞ」
玄関で靴を履いている夏緋先輩の後ろに立つとそう言ってきたが、僕が見送りたいのだ。
「途中まで一緒に行きます」
「寝起きなんだから家にいろ。風邪をひくぞ」
「……じゃあ、家の前までにします」
本当は強行してついて行きたいけれど、これ以上迷惑はかけられないので我慢しよう。
外に出ると空はすっかり暗くなっていた。
どこの家も夕ご飯の時間だろう。
家の前までゆっくり歩きながら夏緋先輩に話しかける。
「夏緋先輩って、兄ちゃんにはちゃんと先輩として対応するんですね」
「当たり前だろ」
「僕が起きるまで、何を話していたんですか?」
夏緋先輩と兄はどんな話をするのだろう。
前も朝に迎えに来てくれた時に話したみたいだけど、あの時は会長がいた。
一対一だとどうなるか……。
何となく、兄がニコニコしながらいっぱい話しかけていそうな気がする。
「……言わない」
「え? 教えてくださいよ」
「大したことは話してない」
「ほんとですか?」
僕に関する変なことを話していないといいが……。
ちょっと心配になっていると、夏緋先輩が話しかけてきた。
「……お前の兄は、兄貴とは違う迫力があるな」
「そうかな?」
確かに笑顔が怖いときとかはあるけれど、迫力の塊みたいな会長と比べるとそんなことはないと思う。
「お前は……あの兄に勝ちたいと思うか」
「んー……? ゲームとかなら勝ちたいですけど……それくらいですかね」
兄は何をやっても優秀だから、挑む気にならないというか……。
負けても「兄ちゃんはすごいなあ」と思ってしまう。
「……じゃあ、お前は兄と同じ人を好きになったらどうするんだ?」
「え」
びっくりして思わず足が止まった。
そんなこと、今まで一度も考えたことがなかった。
兄と同じ人を……?
僕が春兄を好きになる、と想像したら、「どうぞ兄とくっついてください」としか思えなかった。
うーん……具体的に考えず、兄と誰かを取り合うことになったら……。
「まったく勝てる気がしない」
まあ、兄は春兄とずっとイチャイチャして生きていくだろうから、そんな事態は起こらないだろう。
「俺も兄貴には勝てないと諦めていた。でも、お前のことは負けたくない」
「え」
急に自分の話になって、また驚いた。
というか、さっきよりも衝撃が大きいというか……!
「兄貴にお前を取られたくない。兄貴だけじゃない。誰にも渡したくない」
「…………」
なんて答えればいいのか分からない。
黙っていると、夏緋先輩が離れて行く――。
「じゃあ、オレは帰る。今日は早く寝ろよ」
「え、はい……あの……ありがとうございました」
「じゃあな、おやすみ」
何か言った方がいいのだろうかと迷っている内に、夏緋先輩は軽く笑って去って行った。
「……なんか、おやすみって言うのいいな」
将来僕にも、兄以外に「おやすみ」を言う人がいるのかもしれない。
その人は――。
※
翌日の放課後、僕はまた二択で悩んでいた。
会長と夏緋先輩に昨日のことを改めて謝りたいのだが、どちらに先に行くか――。
残ってくれた夏緋先輩の方が迷惑をかけてしまったが、昨日の内に謝ることはできているから、まだ直接謝罪できていない会長の方に行くべきか。
廊下に立ってそんなことを考えていると、女の子達が通って行った。
「今日はどこ行く?」
「あ、帰る前にホール行こうよ。最近いつも青桐先輩がいるんだよ」
「!」
ホールにいる青桐先輩……夏緋先輩のことだ。
こっそり女の子達の方を見ると、「早く行こ!」と駆けて行く背中が見えた。
まさか放課後になると、夏緋先輩がホールにいることに気付いている人がいるとは……。
先に会長に謝ろうと思っていたが……気づけばホールに向かって歩き出していた。
ホールの入り口からそっと中の様子を覗くと……いた。
夏緋先輩はテーブルにノートを広げ、勉強しているようだった。
教科書か何かを真剣に読んでいるから、話しかけられないオーラが出ている。
さっき見かけた女の子達も、少し離れたところから話しかけるタイミングを見計らっている。
よく見てみれば、彼女たちの他にも夏緋先輩に話しかけたい素振りをみせている子達がいるようだ。
さすがだな……と思うと同時に、なんだかモヤモヤするというか……うーん……。
「おい」
「え?」
誰かに呼ばれてそちらを見ると、さっきまで離れたテーブルにいた夏緋先輩が目の前にいた。
「夏緋先輩、いつの間に……瞬間移動しました?」
「そんなわけないだろう。顔を上げたら、不審者みたいなお前が見えたんだ。オレに会いに来たのか?」
「えーっと、改めて『昨日はご迷惑をおかけしまし』たというお詫び行脚に……」
そう答えると、夏緋先輩は少し思案している様子を見せたあとに聞いてきた。
「お前、この後時間はあるか?」
「え? ありますけど……」
「じゃあ、行くぞ」
「どこに?」
僕の問いには答えず、テーブルに戻ってノートなどを片付けると、夏緋先輩はついて来いと言って歩き始めた。
わあ……やっぱり拒否権を与えられないこの感じが青桐家の血だあ。
夏緋先輩は校舎を出るとバスに乗った。
僕も大人しくついて来たが、目的地はまだ教えて貰えない。
「どこに行くんですか?」
「すぐに分かる」
会長に古城に連れていかれたときのことが頭に浮かぶ。
まったく、強引な兄弟だなあ。
……というか、昨日の去り際に言われたセリフが頭に残っていて、隣に座っているだけでもちょっと気まずいというか、何というか……。
そんな落ち着かない時間に三十分程耐えていると、四角い大きな建物の近くでバスが止まった。
壁面には魚や海の生き物が描かれている。
「水族館……ですか?」
「ああ」
敷地は広く、建物前の広場にはチケット売り場以外にも色々あった。
お土産を売っているようなワゴンや、写真を撮るのにいいパネルや置物がある。
ホッキョクグマの像には、カップルが跨って記念写真を撮っていた。
デートスポットか……。
まさかこんなところに来るとは思っていなかった。
「お前もあれをやりたいのか?」
「え? いや……見ていただけです。夏緋先輩がやりたいならどうぞ!」
「オレがやりたいと言うと思うか?」
怪訝な顔で言われ、ちょっとたじろぎそうになったが……。
夏緋先輩がホッキョクグマに跨っている姿を想像すると、ちょっと面白いというか……氷使いの夏緋先輩が乗ると、北極版金太郎……。
「ちょっと見てみたいです」
「……やってもいいが、お前も来い」
「や、やっぱりいいです!」
ごめんなさい、道連れになるのは嫌です!
ホッキョクグマから目を離し、水族間の正面へと向かった。
それにしても、どうして急にここに来ようと思ったのだろう。
色んなものとコラボイベントを行っていると話題の水族館だったから、一度来てみたいと思っていたところだから嬉しいが……。
そんなことを考えていると、ふとでかでかと張られたポスターに目が留まった。
「あ……!」
僕がプレイしているオンラインゲームとコラボしている水族館だった!
ゲームで開放された新しいエリアが海中の街なのだが、そこを再現したイベントエリアがあるのだ。
一緒に行ける人がいないから諦めていたところに連れてきて貰えるなんて嬉しい!
「ここ、すごく来たかった場所です! 早く行きましょう」
「おい、チケットを買わないと入れないぞ」
「分かってますよ!」
夏緋先輩を置いていく勢いで進み始めると呆れられてしまったが、はしゃがずにはいられない。
わくわくしながらチケットを購入し、貰ったパンフレットのマップを見る。
「お前が見たいイベントエリアは一番奥か。すぐに向かうか?」
「行きたいですけど……せっかくなんで、ゆっくり見ながら行きます。……って、夏緋先輩は何か見たいものがあったんですか?」
「オレはただの気分転換だ」
海で潮臭いとか文句を言っていたのに、気分転換に水族館を選ぶなんて意外だ。
気まぐれに感謝だな。
建物に入る前の岩場の一角、最初に現れたのはペンギンだった。
並んでボーッと突っ立っている感じが可愛い。
中の氷エリアにもいるようだが、このペンギンは気温が低くなくても大丈夫な種類のようだ。
岩場でボーっと突っ立っている。
近寄って見ようと思ったが……夏緋先輩は一歩も進まずに顔を顰めていた。
その理由は察している。
餌の魚の匂いなのか、独特の生臭い匂いがペンギンエリアから漂っているのだ。
「臭いですけど、一応見ま――」
「オレはいい」
拒絶が早い!
そんな反応をされるとどうしても連れて行きたくなってしまう。
「まあまあ、そう言わず……もうちょっと近くで見てみましょうよ」
腕を引くと、全身から嫌そうなオーラを出しながらも来てくれた。
「可愛いなあ。……やっぱり臭いですけど」
目の前までいくと、さすがに僕も苦笑いしてしまう臭さだった。
「…………」
夏緋先輩を見ると、無表情でペンギンを見ていた。
ペンギンを見て、こんな虚無な人他にはいないぞ?
こんな虚無でも人を惹きつけるなんてすごいな。
……というか、まったく動かないのは……もしかして、息を止めています?
「くすぐってみようかな」と手を動かしたところで、僕の考えを察知したのか、夏緋先輩は先に行ってしまった。
くそっ、逃げられる前に早くやったらよかった!
「中は綺麗だな」
色んな魚が泳ぐ水槽を見ながら歩いていると、夏緋先輩が呟いた。
僕は魚など、水槽の景色が綺麗だと思っているけれど、夏緋先輩が言う「綺麗」は臭くもなく清潔な場所、という意味なのだろう。
早々にペンギンの洗礼を浴びてしまったが、今の夏緋先輩を見ると、いつもより表情が柔らかくて機嫌が良さそうなので安心した。
水槽の中には魚だけではなく、色んな海の動物もいた。
入口のところとは違うペンギンがいたので、夏緋先輩は「ここにいるんだから、外のはいらないだろ」とぼやいていた。
そんなにあの匂いが嫌だったのか……。
それにしても……カップルが多いな。
時折すれ違うカップルの女の子が夏緋先輩に見惚れて、彼氏がムッとしている。
普段の完全クールな夏緋先輩は会長ほどではないが、近寄りがたいオーラがあるけど、今の機嫌の良さそうな夏緋先輩は声をかけても大丈夫そうな雰囲気だ。
だから余計に気を引かれるんだろうなあ。
「なんだ?」
「なんでもないです。夏緋先輩の機嫌がよくてよかったです」
「? ……まあ、そうだな。気分はいい」
一瞬不思議そうな顔をした夏緋先輩だったが、フッと笑った。
僕もここに来られて嬉しいし、いいこと尽くめだけれど、カップルクラッシャーにならないようにイケメンオーラは抑えてください。
……なんてことを思っていたら、またカップルがいた。
でも、このカップルは夏緋先輩に気を取られず、仲良くラッコを見ている。
僕もラッコを見てみると、二匹が仲良く手をつないで泳いでいた。
「夏緋先輩。あれ、可愛いですね」
「ああ」
「わー、思ってなさそうー」
心の篭っていない同意を得て更に進み始めたが――。
「ああいうのがいいのか?」
夏緋先輩はそう言うと、僕の手を引いて歩き始めた。
繋がれた手を見て顔を顰める。
「……何をやっているんですか?」
「お前の希望に答えたんだが?」
「希望していません! さすがに恥ずかしいでしょ!」
慌てて手を放そうとしたが、まったくそう思わないのか夏緋先輩は平然としていた。
あれ、出会った頃の潔癖BL嫌いの人と同一人物ですか?
「釣りの帰りも、昨日も繋いだだろう? 両方、邪魔な兄貴もいたが」
「邪魔って……」
大好きなお兄さんじゃないですか、と思ったが……うん……。
どういう意味の「邪魔」なのか分かるので、何も言えなかった。
気まずくなりながらも、釣りの時の記憶が蘇って来た。
帰りに手を引かれたのは恥ずかしかったけど、今思えばいい思い出になった。
「……釣りの時は楽しかったです」
昨日も思ったけれど、もう三人で出かけたり、ああいうことはできないのかなと思うと寂しい。
「また行けばいいだろ。邪魔な兄貴も一緒に」
僕の考えていたことを察したのか、夏緋先輩がそう言った。
「行け……ますか?」
「行けるだろ。いくらでも。兄貴だってそう思っているはずだ」
機嫌がいいままの表情で、何でもないことのように言うから……また三人でいけるような気がした。
そっか、行けるのか……。
「じゃあ、今度は夏緋先輩も釣りをしま――」
「オレはしない」
また意志の強い否定をされて思わず笑った。
……というか、手は放してください!
展示エリアを抜け、とうとう楽しみにしていたイベントエリアが見えてきた。
夏緋先輩を置いていく勢いで進み、たどり着いたそこには――。
「わあああ……凄えええっ!!!!」
まるでゲームの中にいるような別世界が広がっていた。
巨大な水槽の底にパイプ状の通路が通っていて、海底から海の世界を楽しめるような構造だ。
壁の色やライティングが工夫されていて、淡い菫色の光が揺らめく竜宮城のような幻想的な空間になっている。
ゲームに出てくるモンスターのオブジェが沈んでいたり、魚人風のウェットスーツを着た飼育員らしき人が泳いでいたり、ゲームの世界が見事に再現されていた。
BLゲームの中の世界もいいが、こういうファンタジーな世界に転生も憧れる。
「夏緋先輩、早く行きましょう!」
はしゃぐ僕に、夏緋先輩が苦笑している。
子供のようになってしまっているが、これははしゃがずにはいられない。
よく見ると小さな置物や飾りも凝っていて、思っていた以上にクオリティが高い。
スマホを取り出し、写真を撮りまくっていると、夏緋先輩の方からカシャとシャッター音がした。
「今、景色じゃなくて僕を撮りませんでした?」
「気のせいだ」
「…………」
ジロリと睨んだが、フッと笑って返された。
「絶対撮った! 肖像権の侵害だから!」
「オレのことは気にせずはしゃいでおけ」
「まあ……はしゃぎますけど……! 勝手に撮らないでくださいよ?」
「撮ってないって言っているだろ」
サラッと嘘をつくな!
まあ、写真はあとで消して貰うとして、今はとにかくこの空間を堪能しよう。
それからも気になるものを見つけてはダッシュして写真を撮り、イベントを思い切り満喫した。
ここに来ると貰える衣装アイテムのシリアルナンバーも貰ったし、至福の時間を過ごした。
「楽しかった……」
はしゃぎ過ぎて疲れたが、この疲労も心地よいくらいだ。
ニコニコしながら歩く僕を見て、夏緋先輩は「小学生か」と呆れている。
でも、今もまだ機嫌が良さそうなので、夏緋先輩もそれなりに楽しめたようだ。
出口に向かって歩いていると、大きなぬいぐるみやお菓子を山積みにしているショップが見えてきた。
「寄るか?」
「あ、そうですね。会長にお土産を買いましょうか」
「土産なんて……。……いや、買うか」
いらないと言いそうな雰囲気だったのに、急に乗り気になった。
ニヤリと笑っている。
早速ショップに入り、商品を見る。
僕の財布事情であまり高いものは買えないのだが、何にしよう。
ふらふらと歩いて見ていると、ペンギンの帽子を見つけた。
試着用に置かれているのを手に取ってみる。
ペンギンの頭のような野球帽で、小さい子が被ったら可愛いけど、大人は普段使いするのは勇気がいるな……と思いながら夏緋先輩を見た。
絶対に被らないけれど、サイズ的にとてもぴったりというか、帽子を被りやすそうな頭をしている……。
「……やったらどうなるか分かっているだろうな?」
「しませんよ」
隙があれば被せてみようかなと思ったのだが、バレてしまったようだ。
残念だな……と思っていると、ペンギン帽を奪われて僕の頭に乗せられた。
「…………」
「似合うぞ」
「笑ってるじゃないですか」
「お前の精神年齢とぴったりじゃないか」
「誰が小学生だ」
小学生とは言ってない、と呟きながら夏緋先輩が試着帽を元に戻した。
僕に財力があったら、会長と夏緋先輩にこのペンギン帽をプレゼントするのになあ。
結局会長へのおみやげは、僕が買える金額の剣の形にガムが入ったものにした。
「そろそろ帰らないとな」
「あ、こんな時間。そうですね」
気づけば、思っていた以上に時間が経っていた。
水族館を堪能して帰ることになった。
ショップで会計を済ませ、並んで歩きながらバス停を目指して歩く。
今日は本当に楽しかった。
「連れて来てくれてありがとうございました!」
「お前はそうやって能天気に笑っている方がいい」
「え……?」
機嫌良さそうに微笑む夏緋先輩を見て、もしかして……僕を元気づけるために連れて来てくれたのだろうかと思った。
ここも僕が好きそうなところだと調べてくれた……?
そう思うと、なんだか顔が熱くなってきた。
上手く言えないけれど、くすぐったいような、嬉しいような……。
「すごく元気が出ました。ありがとうございます」
※
次の日――。
昨日は会長に謝ることができなかったから、今日は会いに行くことにした。
生徒会室の前に来たが……以前よりもノックに緊張する。
まずは謝るとして、そのあとは何を話そう……。
そんなことを考えていると生徒会室の扉が開いた。
「あ、会長……」
「何をしている。用があるなら入れ」
「はい……」
すごすごと会長のあとに続いて中に入る。
会長はいつものようにふんぞり返って座ることなく静かに立っていた。
僕だけ座るわけにはいかないので、会長に近づく――。
「えっと……あの、先日はありがとうございました。寝ちゃってすみません」
「それはいい」
それは……?
他にも何か失礼なことをしてしまっただろうか、と悩む。
「土産を受け取ったぞ。……写真も見た。随分楽しかったようだな」
「え? あー……えーっと……」
どうやら昨日夏緋先輩とでかけたことが気に入らないらしい。
写真というと……イベントエリアで夏緋先輩に盗撮されたあれだろうか。
そういえば、消して貰うのを忘れていた。
「すみません……」
「それはどういう謝罪だ?」
「え?」
怒っていると思ったのだが、会長を見ると怖い顔はしていなかった。
どちらかというと穏やかな……苦笑いしているような表情だった。
それを見て、頭の中に浮かんでいた「会長も一緒に行こうと誘わなくてすみません」とか、「おみやげがあんなのですみません」という謝罪は違うなと思った。
会長は僕の中で答えが出たことに気づいたんだ。
「あの、僕は――!」
「……いや、いい。それは夏緋に言ってやれ」
はあ、とため息をつきながら言われたが、呆れているような感じではなく……。
「……まあ、お前が出した答えなら仕方ない」
そう言いながら頭を撫でられ、泣きそうになった。
こんな僕を許してくれているようで……。
申し訳なさと嬉しさで心の中がぐちゃぐちゃになる感じがした。
「ごめんなさい……」
「馬鹿だな、謝ることはな……うん?」
何か気になったのか、会長が廊下の方を見た。
穏やかだった表情がどんどん険しくなっていく――。
「?」
「……気が変わった」
突然会長に手を引かれ、抱きしめられた。
「会長っ!?」
「やっぱり大人しく身を引くのはやめだ。こそこそ覗いているような奴にはやれん」
「覗く……?」
何の話だ? と思っていると、生徒会室の扉が勢いよく開いた。
「兄貴! 何やってんだ!」
「え、夏緋先輩!?」
全身に怒りのオーラの放ちながらドカドカと入って来た夏緋先輩が、会長と僕を引き剥がした。
手を引かれ、夏緋先輩の背中に隠される。
「こいつは兄貴のじゃない。オレのだ!」
夏緋先輩が会長に怒鳴るように宣言した。
それを聞いて、僕の顔はカーッと熱くなったが、そんなことには気づかない青桐兄弟の言い合いが続いている。
「はっ! お前に央を預けて大丈夫か心配だ」
「別に兄貴から預かるんじゃないし、預かりものでもない! こいつは最初から最後までオレのだ」
「――なんて夏緋は言っているが……。央、そうなのか?」
「!」
夏緋先輩の背中に隠れている僕に会長がそう聞いて来た。
突然僕に話を振られても、僕はテンパっている最中なのですが……!
でも、夏緋先輩もちらりとこちらを見ているし……ちゃんと答えないと――。
「そう、みたいです……」
もっと「僕は夏緋先輩のものです!」とか、はっきり答えられた方がよかったのかもしれないが、僕にはこれが限界でした!
顔の熱が更に上がるのを感じていると、会長がまた「はあ」とため息をついた。
「まったく、世話が焼ける奴らだ。あとは好きにしろ」
会長はそう言って笑い捨てると、スタスタと生徒会室を出て行った。
え……なんだったの?
「……はあ。オレを煽ったのか?」
「え?」
「いや……見ていたことにムカついただけか?」
恐らく会長のことだと思うが、夏緋先輩が呟いている。
そういえば……。
「夏緋先輩、覗いていたんですか?」
背中を向けていた夏緋先輩がこちらを見た。
少しバツが悪そうな顔をしている。
「お前が生徒会室に行くのが見えたから……気になってな」
目を逸らしてそう言う夏緋先輩がなんだか可愛く見えて、ニヤリと笑ってしまう。
「僕が会長のところに行ってしまうのか心配になったんですか?」
「…………」
無言になった夏緋先輩を見て、優位に立ったような僕だったが――。
「!?」
気がつけば夏緋先輩に抱きしめられていた。
その瞬間に引いていた熱が戻って来て、また僕の余裕はなくなっていく……。
「本当にオレでいいんだな?」
「!」
今まで夏緋先輩はちゃんと言葉にしてくれていたけれど、僕からはまだ何も言っていない。
ちゃんと言わないと……。
緊張する――。
少し深呼吸して、考え至った自分の想いを伝えることにした。
「一昨日、家に来てくれて……僕はお見送りしたじゃないですか」
「……ああ」
「夏緋先輩が『おやすみ』って言って帰りましたよね? あの時に、卒業して何年も経ったあとでも、『おやすみ』を言えたらいいなと思ったのが……夏緋先輩でした」
「…………」
「それに気づいた時に、思い起こせば……僕って前から夏緋先輩が好きだったんだなと思いました」
会長と夏緋先輩――三人で一緒にいる時間が楽しかったから、三人でいる時間を失いたくなくて目を逸らしていた気がする。
でも、一緒にいた時間を思い出すと、夏緋先輩のことを考えていたときが特別だった……。
ホールで女の子達に狙われている夏緋先輩を見てモヤモヤしたのだって、単純に妬いていたのだ。
「えっと……その……」
自分の気持ちを話すのって、死ぬほど勇気がいるというか……精神力が必要だな……。
こんなことを続けてくれていた会長と夏緋先輩はすごいしかっこいい。
「!?」
そんなことを考えていると、夏緋先輩に正面から抱きしめられた。
「オレを選んで偉いぞ」
ぎゅっと抱きしめられて苦しいが……安心する。
さっき会長にも抱きしめられたけれど、やっぱり僕が好きなのは夏緋先輩だと改めて思っていたら――。
「!?」
両手で顔を掴まれた次の瞬間……視界は夏緋先輩で埋まっていた。
……キスされている?
びっくりしすぎて、どうしたらいいのか分からない。
こういうとき、息をしてもいいのだろうか。
どんな反応をすれば…………って、長くない!?
体が停止してしまっていたが、我に返って思いきり胸を押した。
「ちょ……きゅ、急になんですか……!」
「断りを入れてやるようなことか?」
「え……いや、それは……聞かれたら、それはそれで困りますけど……」
……っていうか、この人、なんでこんなに落ち着いているんだ?
「……夏緋先輩、出会った当初からキャラが変わりました?」
兄に「気持ち悪い」と言い放った人と同じ人ですか?
「はあ?」
……いや、BL嫌いの夏緋先輩は、案外早くから遠くに行ってしまっていたのかもしれない。
最近ではこの感じが通常運転だった気がしてきた。
そう思うと、なんだか落ち着いてしまい……夏緋先輩の胸に頭を倒した。
「……兄達のことで揉めていた僕達が、なんでこんなことになっちゃったんでしょうね」
BL嫌いの夏緋先輩と、BLしない宣言していた僕が今こうやって抱き合っている。
「まったくだ」
この光景を少し前の自分達に見せると、絶対嘘だと信じないだろう。
お互い同じようなことを考えていたようで目が合い、思わず声を出して笑ってしまった。
「……じゃあ、鍵とカーテンを閉めるか」
「はいー?」
何の「じゃあ」だ?
体を離して、本当に鍵とカーテンを閉めに行った夏緋先輩に首を傾げる。
「どうして鍵とカーテンを閉めるんですか?」
「鍵をしていないと邪魔が入るかもしれないからな」
「は? 邪魔?」
言っている意味が分からず、頭の上にハテナがいっぱい浮かぶ。
「兄貴が好きにしろと言っていたじゃないか」
「? 確かに言ってましたけど……?」
「お前は見られていいのか?」
「別に話しているところくらい見られても……え?」
段々近寄って来る夏緋先輩が浮かべている笑みを見て、ようやく僕は意味を悟った。
……あれ……まさか……そういうこと?
正気か確認するために目を見たがふざけている様子はない。
会長はそんなつもりで「好きにしろ」と言ったんじゃないと思う。
「会ちょ――んっ」
油断していると、不意打ちでまた口を塞がれてしまった……。
「ここで兄貴を呼ぶとはいい度胸だな」
「ちょっと、待って……本当に待って……ペースがバグってるって……」
展開が早い!!
急にBLゲームの世界らしくなられても困る!
「落ち着いてくださいよ!」
「お前が落ち着け」
確かに僕の方があたふたしていたけれど、正常な反応をしているのは僕の方だ!
この落ち着き方といい夏緋先輩の方がおかしい!
「逃げられると思うなよ?」
「逃げませんけど、もうちょっと話し合いましょう!?」
ニヤリと笑う顔からは、話し合いに応じてくれる気配がまったく感じられないのですが!
どうしてこうなった……。
BLゲームの世界で主人公の弟に転生しましたが、僕も兄と同じ運命を辿りそうです。
青桐兄弟ルート、夏緋エンドでした!
天地兄弟に連続失恋する会長がつら過ぎるので、次回「青桐兄弟ルート、会長エンド」で幸せになって貰いたいと思います!




