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第八話 赤と青①

 いつも通りの登校時間、朝八時。

 まだ日が上りきっていないため、肌寒く感じる。

 でも、空気が澄んでいて心地よい……はずなのだが、雛と楓に挟まれて少々息苦しい。

 学校に着いたので、この窮屈なポジションから解放される! と思っていたら、校門前に仁王立ちの赤鬼がいた。

 地獄の門番にしか見えない。

 いつの間にか学校は魔界化していたのか?


 赤鬼には女子にトキメキを与え赤くし、男子は威圧して青くする、という特性があるようだ。

 見事に赤鬼―-会長の横を通る人が二分化されて行く。

 幸い赤鬼はまだ僕に気がついていない様なので、このまま接触を回避したい。


「楓、雛。ごめん、僕は裏門から入るから、二人で先行ってくれ」

「嫌だね」

「嫌よ」


 両側から同時に声が上がり、腕を掴まれた。

 僕は捕らえられた宇宙人ではないぞ!


「離せ! 見つかったら面倒――」

「遅いぞ、天地央!」

「――だから逃げたかったなー!」


 ほら見つかっちゃったじゃないか。

 赤鬼はこちらを睨み、僕を完全にロックオンしている。


「夏緋に校内放送を私用するなと言われてな。だからここで待っていた。今すぐ顔をかせ!」


 当たり前のことを弟に注意されるとは、このBLは救いようがないな。


「今ですか? 朝のHR(ホームルーム)始まりますけど」

「そんなものはどうでもいい。いいからついて来い!」


 有無を言わさず会長は進みだした。

 袖を通さず、肩に羽織ったブレザーを棚引かせて。

 その背中はラストステージに向かうアーティストのように、無駄に格好良い。

 この何をやっても様になる感じが今はウザい。


「今度は生徒会長……」

「アキ、大丈夫?」


 楓と雛が心配そうにこちらを見ている。

 何の心配か分からないが僕は大丈夫じゃないです、出来れば助けてください。

 朝から会長の相手をしなければならないなんて面倒臭過ぎる。


「行かないと煩いから。とりあえず行って来るよ」


 無視をしたら後で余計に面倒なことになるのは目に見えている。

 大人しく従うことにして、話を聞いてこよう。

 昨日無視して帰ったから、何をされるかちょっと怖いけど。




 ※




 場所は昨日と同じ生徒会室。

 会長はポケットに入れていた鍵で開錠し、堂々と入って行った。

 お前の自室かよ! とツッコミを入れたかったが、DMダンジョンマスターなのだから自室くらいあっても不思議じゃないと思い直した。

 朝の生徒会室は、一晩閉め切られていた分、昨日よりも空気が濁って不快な空間だった。

 会長は長机に腰掛け、長い足を見せ付けるように組んでこちらを睨んだ。


「昨日はよくも話の途中で帰ってくれたな」


 やっぱり根に持っていたようだ。


「兄達のことは、そっとしておいて貰えませんか?」

「それは無理だ。真の目を覚ましてやらなければならない」

「……どれだけヤリたいんだ」

「あ?」

「いえ。なんでもないです。兄は至って正気だと思いますよ」

「そんなはずはない。俺の言うことを聞かないなんておかしい」

「…………。あのねえ!」


 呆れて大きな溜息をついた。

 地球は自分を中心に回っていることが当たり前! な俺様に辟易する。


「なんでも自分の思い通りにいくと思ったら大間違いですよ! それに裏でコソコソやらないで、正々堂々とやれよ! 会長はちゃんと兄ちゃんに想いを伝えたんですか?」

「それは……」


 ゲームでは兄に対し、「お前は俺のものだ」という発言等はあったが、自分の想いを誠実に伝えることはなかった。

 そういうものはゲームだったらイイし萌えるが、実際に体験すると勝手にそう宣言されても困るし、戸惑うと思う。


 気持ちが会長に傾いていたのなら、それでも上手く進むだろうが、今の兄の気持ちは春兄のものだ。

 だったら面と向かって想いを伝え、振り向かせるくらいの根性をいれて臨まないと、兄のハートキャッチ! なんて無理だ。


「『目を覚ます』なんて、逃げ道通っているようなこと言ってないで、振り向かせる! って言わなきゃ! 想いをぶつけたら、相手はちゃんと向き合ってくれますよ!」

「想いを……ぶつける」

「そうそう! …………あっ」


 しまった、違う。

 その『相手』って兄ちゃんだった!

 応援してどうするんだよ!

 兄ちゃん達のことは、そっとしておいて欲しいんだった。


「ま、まあ、もう遅いと思うので、諦めるのが一番……」

「そう、だな……。真に良く似たその顔で言われると、身に堪える」


 そう零した会長は、いつもとは違う、まじめで真剣な目をしていた。

 あ、あの……会長?


「確かに、俺は逃げていたかもしれない。真が俺のことを見ないのは気のせいだと、そう思いたかったのかもしれない。だが……」


 立ち上がった会長が、ぐっと拳を握りしめる。


「お前のいう通り、現状を認めよう。その上で、俺は……正々堂々と真を諦めない」

「! いや、あの……」

「ありがとう、央。見ていてくれ。俺の本気を」


 格好良い……無駄に半端無く格好良い!

 これが王の覇気というやつなのか!?

 じゃ、なくて……。


「もう諦めた方が……よろしいのではないかと……」

「待っていろ真! ハハハ!」


 高笑いを廊下に響かせながら、会長は去っていった。

 その背中は銀河をまたに駆ける夢銀河スターのように輝いていた……。


「はあ、やっちまったよ……」


 諦めさせたかったのに、応援して煽ってしまった。

 ごめん、兄ちゃん達!

 でも二人の愛は夢銀河スターなんかに負けないと信じている!


「……おい」

「ひっ」


 突き刺すような冷たさの声色に驚き、振り返った。

 するとそこには、氷魔法の使い手だと言われても不思議じゃないほど、冷たい空気を纏ったコバルトブルーの髪の人がいた。


「ひいっ」

「気になって様子を見に来てみれば……兄貴が馬鹿笑いしながら出てったけど、どういうことだ?」


 誤魔化したら氷付けにされてしまいそうな気配を察知した。

 これは腹を括って話すしかなさそうだ。


「えっと、それは……」


 戦々恐々としながらもことの経緯を説明した。

 聞いている間、夏緋先輩は無表情だった。

 それが更に恐怖心を煽る。


「……ということになりまして」


 説明を終えた僕は、更に冷たい氷の視線に貫かれていた。


「お前は……深刻化させてどうするんだ。もしかして、お前も同じ穴の狢なのか?」

「違います」


 侮蔑の眼差しを寄越す夏緋先輩に激しい苛立ちを覚えたが、一方で『穴』という単語に反応して意識が腐方面へと反れそうな自分がいてがっかりだ。

 もう一度言う、自分にがっかりだ!


「……そういえばお前、以前友人を壁に追い詰めてただならぬ雰囲気を出していたが」

「は? なんですかそれ」


 友人? 壁に追い詰める?

 何のことを言っているのだろう、と記憶を探る。

 友人というのは最近で言うと楓である可能性が高い、そして壁…………あ。


「あの壁ドンの時のイケメン!!」


 そうだ、柊に教示されて、楓に壁ドンを試した時に目撃されたイケメン……あれ、夏緋先輩だ!!

 何故すぐに思い出さなかったのだろう。

 こんなイケメンを忘れるなんてありえない。

 封印したい記憶として、身体が思い出すのを拒否していたとしか思えない。


「先輩、お願いがあるのですが」

「なんだ?」

「先輩の記憶を消したいので、一度だけでいいですから後頭部を鈍器で殴打してもいいですか?」

「はあ?」

「一回だけ、一回だけですから! 鈍器は花瓶とか土偶とかでいいですから!」

「お前、何を言っているんだ?」

「本当に違うんです! あれはふざけてやっていただけで! マジじゃないんです! 本当です! 深い意味はないんです!」


 恥ずかしい、忘れたいと思っていたのに知り合いになってしまっていたとは!

 穴に入りたい!

 今度ばかりは穴に反応することなく、本気で穴に入りたい!


 必死に弁明する僕に向ける目は相変わらず冷たい。

 どうしたものかと考え込んでいると、夏緋先輩がポツリと呟いた。


「どうだか。お前の兄は、実際そうなんだろ。……気持ち悪い」


 耳を疑うような言葉が聞こえた気がした。


「……はあ?」


 意識が一気に冷えて鋭くなった。


「今、兄を馬鹿にしました? 先輩の兄である会長は、僕の兄のことが好きなのですが? これって、僕達は同じ状況ですよね? まあ、僕は兄を尊敬しているし、誰かさんとは違って人様の兄を侮辱するような発言はしませんけどね!」


 ぶん殴りたい衝動を抑えつつ、口角を上げて嫌味ったらしく言ってやった。

 お前は小物なのだ、人の兄を侮辱するような発言を平気で出来る小物なのだよ。

 顔面偏差値が高いだけのモブだ、お前は!

 ただのイケメンAだ!

 そんなんだから、ゲーム本作に登場出来なかったのだ!

 誰も掘ることが出来なかったのだ!

 心の中で罵りながら、それを込めた視線を送った。

 お互いに不快感を隠さず、顔を歪めながらにらみ合う。


「……ふん」


 夏緋先輩は鼻を鳴らし、視線を逸らした。

 勝った、これは僕の勝ちだろ!

 ニヤリと笑う僕を無視し、夏緋先輩は去っていった。


「……何なんだ、アイツ!」


 朝から気分が悪い。

 天から授かりし神の愛し子である兄を愚弄するとは、万死に値するぞ!

 地獄の釜で煮込んで貰うがいい!


 青桐兄弟は鬼門だ。

 鬼門というより鬼――不吉を招く邪なる存在だ。

 これからは塩を持ち歩くことにしよう。




 ※




「央、なんで学校に食塩なんて持っていくんだ?」 

「どうぞお構いなく。海の恵みよ、僕をお守りください」


 兄が用意してくれた朝食を食べ終えて、食器を片付けるついでに、台所にあった小瓶入りの食塩を鞄に入れていると怪訝な顔で怪しまれた。


「何に使うんだ?」

「邪気を追い払うのです。ツノツノ一本赤鬼どんと、ツノツノ二本青鬼どんのタンゴに、強制参加させられそうなんで、これが必要なんです」

「はあ? 央はまた、おかしなことを言い出して……」

「あ、兄ちゃん。腕の良い霊能者か、桃太郎の知り合いがいたら紹介して」

「そんな知り合いはいない」

「そっか、残念。じゃあ、先に逝ってきます」

「……央、今日は学校休む?」

「なんで? 逝ってきます」


 何故か心配そうな顔をする兄を残し、先に玄関に向かった。

 どうしたのだろう、あんな顔をして。

 まあ、春兄といちゃいちゃしてれば無問題だろう。

 そう暢気に構えながら玄関の扉を開けると……奴はそこにいた。

 ツノは一本の赤い方だ。


「おはよう央、真はいるか!」

「塩ぉぉぉぉ!」


 出番が早すぎる!

 急いで瓶の蓋を開け、必死に振り掛けた。

 神よ、神域たる我が家に邪気が入り込もうとしています!

 清め給え、祓い給え!


「おい、何をする! やめろ!」

「溶けてしまえぇぇぇぇ!」

「これは……塩か? って、俺はナメクジじゃないぞ!」


 何故ここにこの人がいるのだ!

 不吉だ、不吉過ぎる!


「会長、自重してください」

「お前が攻めろと言ったんだろう」


 攻めなくてもあんたは攻めだ!


「央、大丈夫? って……夏希?」


 騒ぎを聞きつけたのか、兄が姿を現した。

 そして、ここにいるはずのない人物の姿を見て顔を顰めた。


「おはよう、真。話がある」


 会長が真剣な面持ちで兄を見つめている。

 え、ちょっと待って、待って!

 今にも告白しそうなんですけど!

 それを僕まで聞いたら、色々ややこしくなるから!

 兄も只事ではない空気を察知したのか、身構えているように見える。


「じゃ、じゃあ僕は先行くから!」


 ここに居合わせては危険すぎる。

 急いで玄関を出て、危険を回避することにした。

 ちらりと兄を盗み見ると、とても困った顔をしていた。

 朝から大変だな、兄ちゃん。

 塩は兄が持つべきだったかもしれない。


「あ、アキ。おはよっ!」


 玄関を出ると、雛が明るく声を掛けてきた。

 元気で爽やかな様子に、心が洗われる思いがした。


「雛……」

「ん?」

「なんか今、雛を見ると凄く安心するよ……」

「な、なによ」


 この安心感というか、醸し出される平和な匂いはなんなのだろう。

 雛だからかもしれないが、『女の子』というだけで癒される思いがする。

 思わず雛の両肩を掴み、しみじみ零す。


「お前、幸せになれよ」

「え? ど、どうしたっていうのよ」

「うんうん、雛は雛のままでいてくれ。そのまま大きくなりなさい」


 気分はまるで、初孫を可愛がるおじいちゃんだ。

 じいちゃんは孫の健やかな成長を願っている。

 晴れ姿を見せてくれるのを楽しみにしておるよ。


「……アキがしてくれたらいいじゃない」

「んあ?」

「なんでもないわよ! さっさと行かないとメリーさん来ちゃうから!」

「誰がメリーだって?」


 雛に背中を押され、出発しようとしたところに楓が合流した。

 神から与えられし黄金の髪は今日も天使の輪を輝かせ、周りの空気も神々しく輝かせている。

 通常運転で美しい楓様である。

 ありがとうございます、今日も貴方にご馳走になることでしょう。


「楓も幸せになれよ」

「は? どうしたの、これ?」

「さあ?」


 二人を一頻り拝んだ後、学校へ向けて出発した。

 今日はまだ始まったばかりで、学校にも着いていないというのに疲労感が半端無い。

 足取りが重く、サボりたい衝動に駆られながら歩いた。


「あ、春兄」


 途中、兄を迎えにいく春兄の姿を見た。

 こちらには気がついていないようで、目もくれず行ってしまった。

 春兄の背中を見送っていると嫌な予感がしてきた。

 もしかすると、拙い状況になるんじゃ……登校前に我が家は修羅場……修羅場!?

 BL生修羅場!!!!

 滅多に拝むことの出来ない超貴重な場面じゃないか!

 カメラ仕込んでくれば良かったー!

 ちょっと覗きに行こうか迷うが、面倒なことに巻き込まれる予感の方が勝る。

 ……諦めよう。


 それにしても、兄ちゃんは大丈夫だろうか。




 ※




 兄達のことが気になり、後ろ髪を引かれながら登校した。

 自分の席についても、兄達のことばかり考えてしまう。


「何かあったの?」


 楓は僕のようすが気になるのか、顔を覗き込んできた。


「んー……? なんでもないよ。ボーっとしていただけ」


 心配してくれるのはありがたいけれど、説明するわけにもいかないので笑って誤魔化す。

 もうすぐHRが始まる時間で、担任も到着するだろう。

 楓に自分の席に戻るようにと言おうと思った、その時――。


「天地央ああああっ!!」


 勢いよく開いた扉のけたたましい音と、僕の名を呼ぶ突如の大声に、ビクリと身体が大きく跳ね上がった。

 で、でたー! 赤鬼だー!

 教室にいたクラスメイトの目が、赤鬼と僕の間を行ったり来たりしている。

 怯えた様子の者もいれば、思いがけない赤鬼の登場に興奮して歓喜の声を上げている者もいる。

 どっちにしても、凄く注目されている。 

 非常に迷惑だ!


「天地央、聞いてくれ、宣戦布告してやったぞ!」

「何度もフルネームで呼ぶな! ……って、え? え?」


 恐らく朝の出来事に関することを言っているのだろう。

 兄関係で宣戦布告?

 と、いうか……こんな人前でその話を出さないで欲しい!


「お前に話したいことがある! 放課後また生徒会室へ来い、ハハハハッ!」


 僕が顔を顰めているうちに赤鬼は言いたいことを言って、帰りも騒々しく帰って行った。

 誰かあの人に『気遣い』というものを教えてやってください。

 日本人の心を教えてやってください!


「なんなの、あれ」


 楓も顔を顰めている。


「セイトカイチョーという珍獣だよ。……はあ。教室にも盛塩しなければ」


 担任が来る前に清めてしまおうと、急いで海の恵みが詰まった小瓶に手を伸ばすのであった。




 ※




 放課後。

 行きたくはなかったが、兄のことが気になっていた僕は、会長の話を聞くため生徒会室に来ていた。

 会長はいつになくご機嫌な様子だった。


「央! お前に『兄さん』と呼ばれる日も近いぞ!」


 初対面時の顔とは正反対の眩しい笑顔を向けられる。

 普段の状態なら『攻めの笑顔が眩しい!』と胸がざわついていただろうが、今は朝のことが気がかりで乾いた笑みしか湧かない。


「別に呼ぶくらいいつでもしますけど。オニイチャン」


 それで兄を諦めてくれるなら安いものである。

 まあ、諦めてはくれないんだろうけどね!

 会長を見ると、目をカッと開き固まっていた。


「う、うむ。悪くない……な」


 照れてるし。ちょっと可愛いぞ。

 デレデレしている様子をぼんやり眺めていると、僕の背後の扉が開いた。


「おう、夏緋! お前も来たか!」


 いつもは煙たがられているのに、今日は快く出迎えられた夏緋先輩は、僕を見つけると一瞬顔を顰めた。

 前回喧嘩という程でもないが、敵対するような感じで別れたので少し身構えてしまう。

 でも、夏緋先輩は僕には何も言わず、扉を閉めると壁にもたれて腕を組んだ。


「兄貴、何で機嫌いいのかは知らないけど、いい加減にしろよ。あの男のことは諦めろ」

「藪から棒になんなんだお前は。お前の方こそ諦めろ。もう俺を止めることは出来ないぞ! ハハハ!」

「「……はあ」」


 僕と夏緋先輩は同時に溜息をついた。

 駄目だ、会長は重症だ。


「で、会長。僕は何故呼ばれたのでしょうか」

「おお、そうだった! まずは今朝の話を聞いてくれ。お前に言われた通り、真に俺の想いの丈を伝えてきた」

「おおっ」


 諦めては欲しいけど、BLの告白シーンなんて……血湧き肉踊るではないか!

 ああ……やはり録画したかった。

 熱い情熱を伝える会長に、それを聞く兄。

 胸が熱くなる。

 音声だけでも、音声だけでも欲しかった……!


「交際を申し込んだが、断られた」


 夏緋先輩のコメカミがピクリと動いた。


「だが、いい。ここまでは想定内だ。真に俺のことをどう思っているか聞いた。交際する相手とは見ていないが、人としては好意的に見ているということだった」

「ほう……」


 それは……見込みがないってことじゃないの?

 恋愛対象として意識していませんってことでは?

 会長はポジティブ思考だから、言葉の通りに鵜呑みにして好意的という部分だけ拾ったのだろう。


「だったらまだ、望みはある! 後から来た櫻井にも『真は俺が貰う』と宣言して来た。『やってみろ』などと息巻いていたが、強気でいられるのも今のうちだ!」

「!!!!」


 えっ、なにそれ……春兄格好良いっ!!

 心臓がぎゅんっ! ってなった!

 見たかった……そんな男前な春兄を見たかった、この目に焼き付けたかった!

 そして、そんな春兄を見て、ときめいている兄も見たかった!

 修羅場って凄い!

 ときめきのワンダーランドだ!


「これからはどんどん真にアプローチもしていかなければならない。それには、真と一緒に過ごす時間を増やすことと、真の好みを知る必要がある。そこで、お前だ!」

「……はい?」


 感動で嗚咽を漏らさないよう堪えていると、会長に前から両肩にバンっと手を掛けられてしまった。

 痛いです、凄く痛いです。


「まず、どこかに誘おうと思うのだが、真はどういうものに興味があるんだ? 思いつく限り教えろ! 情報を寄越せ!」


 正面にいた会長は僕の横に行き、同じ向きになると肩に手を回して体重を掛けてきた。

 この構図はどう見ても『不良にかつあげされている地味っ子』である。


「どこかに、って……デートに誘うってことですか?」

「そうだ」

「多分、デートのお誘いなら行かないと思いますよ。兄が恋人がいるのに、他の人とデートに行くような人間に見えますか?」

「……確かに。誘い方を工夫しなければならないか。なら、こういうのはどうだ? お前が真と出かける。そこでお前が迷子になる。一人になった真と俺が合流する」

「僕は子供か! そんなこと出来ません。しません!」


 肩に回されていた手を、押し返して逃れようとするが……力強いなあ、クソッ!

 こっちは必死だというのに、そんな僕を気に留めることもなく会長は話を続ける。


「仕方ない。まずは贈り物で我慢しよう。何がいいと思う?」


 そう言われても……ぱっとは思い浮かばないし、そもそも会長に協力するのは春兄を裏切るようで嫌だ。


「分かりません。っていうか、僕に聞かないでくださいよ。僕は協力しませんからね」


 言った途端、上機嫌だった表情が、見慣れたほうの威圧モードに戻ってしまった。


「何故だ?」


 腕に力を入れられ、締められる。

 痛い、尋常じゃないくらい痛い!


「……やめろ。そいつは櫻井春樹を慕っているんだろう? だったら、兄貴の味方なんてしたくないだろう」


 見かねたのか、黙って見ていた夏緋先輩が助け舟を出してくれた。

 僕のことはきっと嫌っているだろうに、こうやって助けてくれるなんて意外だ。

 思わず夏緋先輩を見ると目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。


「ああ? どういうことだ?」


 会長は今の説明だけでは分からないようだ。

 さすが自己中である。

 夏緋先生による、『人の心』解説をご所望だ。


「兄貴に協力するということは、敵を応援するような……裏切るような行為だろう?」


 そこまで言われて漸く理解したようで、『ああ』と声を上げた。


「成る程。ならば央にも、櫻井より俺のことを好きになって貰わなければならないな!」

「「はあ?」」


 僕と夏緋先輩の声が見事に重なった。

 まあ、確かに会長の方を応援したくなる方法ではあるが……どうしてそういう思考になるのだ。


「前哨戦のようなものだな。腕がなる。では央よ、早速次の日曜にお前を構ってやろう! ハハハ!」

「えっ、嫌ですよ! 僕は遠慮しますからね!」

「そう遠慮するな。まあ見ていろ。じきに俺のことが好きになる」


 未だ肩に手を回されていた為、近くにあった会長の顔が挑戦的に笑みを浮かべた。

 俺様の笑みを向けられ身体が固まった。

 これを女子が見たら、恐らく救急車を呼ばなければならなくなるだろう。


 DM(ダンジョンマスター)青桐夏希、恐ろしい子!


『夏』の件が長かったので分けました。後半は明日更新します。

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