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BLゲームの主人公の弟であることに気がつきました(連載版)  作者: 花果 唯
IF ありえた未来2

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青桐兄弟ルート⑦

ニコニコ&コミックウォーカーにてコミカライズ15話が公開されました。可愛い真と素敵な会長を堪能できますので、ぜひご覧になって頂きたいと思います。


それでは、引き続き青桐兄弟ルートです。

今回も共通の出来事はサラッと飛ばしておりますので、本編+会長ルートを読んで頂いていることが前提となっております。

 会長と出掛けた後日、僕にとっては大事件が起こった。

 泊まりで我が家に遊びに来ていた楓と兄の会話を意図せず聞いてしまい……楓の想いを知ってしまったのだ。

 そして、態度がおかしくなった僕を見て、兄との会話を聞いていたことを悟った楓に告白された。

 戸惑った僕は、気持ちには応えられないと伝えようとしたが、「好きにさせる!」という楓に押し切られてしまった。


 楓に告白されたことで、自分がBLの対象になることが分かり、気をつけなければいけないと思っていたのだが……体育の授業後、一人で歩いていたところを柊に捕まってしまった。

 大切な何かを失ってしまうところだったが……。

 今まさに楓王子に救出して貰ったところである。

 本当に危なかった……王子様、このご恩は一生忘れません!


「大丈夫だった? 変態用務員に変なことされなかった?」


 楓と並び、教室に向かって歩く。


「終始変だった」

「はあ!? だからアイツは危ないって言ったじゃん!」

「そう言われても、急に車に引きずり込まれたから回避不可だったんだよ。しっかし、焦ったなあ。耳噛まれたし、流石に身の危険を感じたよ」

「ええっ、耳噛まれた!? どこ!? どこっ!?」


 楓の迫力に気圧されながらも、柊に耳カプされたところを指差す。

 すると、楓はポケットから取り出したハンカチで、ゴシゴシと乱暴に僕の耳を拭き始めた。


「汚い!」

「痛い、痛いって!」


 痛すぎて「常にハンカチを持っているなんて、さすが女子力高い!」なんて軽口を叩く余裕がない。


「じっとしてよ!」


 腕をがっしりと掴まれ、乱暴に拭かれ続ける。

 血が出る! 傷害事件だぞ! と思っていたら――。


 ガブッ


「痛!?」


 摩擦とは違う痛みが耳に走った。

 この痛みは、まさか……。

 驚いて楓を見ると、実に涼しいしれっとした表情をしていた。


「お前……今、噛んだだろ……」

「うん、消毒」

「はあ!? 何やってんだよ!」


 おかしいのは僕の方だと言いたげな視線を送ってくるが、どう考えてもおかしいのは楓の方だ。

 学園内の人目につく場所で耳カプするなんて、頭がおかしい!

 でも少し、僕の耳を通して柊と楓が間接キスだと思えば、まあいいかと許せてしまう自分もいる……これだから僕は駄目なんだ……。

 二度目の人生でもこれなので、更生するのは無理だと諦めていたら、背筋が凍る冷たい視線を背後に感じた。

 この感覚は……見なくても分かる。


 振り返ると、予想通りの人物――夏緋先輩がこちらに歩いて来る姿が見えた。

 いつものクールフェイスなのだが、目が合うと凍りそうな迫力があって恐ろしい。

 それに、背景にブリザードが見えるような……。

 夏緋先輩に気がついた楓も、一瞬ビクッとしていた。


 もしかして、今の耳カプを見ていた?

 お前も男の尻を追いかけているのか! という怒りだろうか。

 誤解されたくないのだが、夏緋先輩には壁ドンを目撃された経緯もあるし……。

 そんなことを考えている間に、夏緋先輩が目の前まで来た。


「おい。行くぞ」

「はい?」


 どこへ? と質問する間も貰えず、夏緋先輩は僕の腕を掴んで歩き出した。

 引っ張られるのでついて行くけど……行き先くらい言ってくれませんかね!


「ちょ……アキラ……!」

「こいつは貰っていく」

「!」


 引き留めようとしていた楓だが、夏緋先輩の言葉に固まっている。


「僕は物ではないのですが……」


 ぽつりと呟いたが、夏緋先輩は冷気を纏ったままスタスタと進んで行った。

 楓ごめん、青桐の血には逆らえないので……。


 一階の廊下を進んだところで、夏緋先輩が扉を開けた。

 ここは……保健室だ。


「失礼します……って、誰もいませんね?」

「待ってろ」


 夏緋先輩は保健室の中に入ると、僕の手を離して何かを探しに行った。

 勝手に物色してもいいのか? と思いながらも見ていたら、夏緋先輩はアルコールスプレーを手にして戻ってきた。

 ……あっ、嫌な予感!

 そう思ったが、すでに遅く……。


 夏緋先輩は遠慮なく僕の耳にアルコールを吹き付けてきた。

 楓にゴシゴシと拭かれたことで傷ついていた耳にアルコールが沁みて痛い!


「ちょっと、何をするんですか!」

「耳を綺麗にしてやってんだよ」


 ……ということは、やっぱり楓の耳カプを見ていたのか。

 楓は柊の耳カプを知って「上書き消毒」という思考に至ったけれど、アルコールをぶっかけるというのは夏緋先輩らしい……って、耳だけじゃなく顔にもかかっているのですが!


「いつまでシュッシュしているんですか! これじゃ僕は、殺虫剤をかけられているゴキ――」

「言うなよ! アルコールに沈めるぞ!」


 ひどいし、怖すぎる!

 ゴキゴキゴキと連呼してやろうかなと思ったけれど、夏緋先輩の目が本気なので大人しくしておいた。


「よし」

「気が済みました? …………っ!?」


 ようやくシュッシュ攻撃が止まったので、保健室のテッシュで顔を拭いていると、バンッと保健室の扉が開いた。

 この心臓に悪い扉の開け方をする人を、僕は知っているぞ……」


「やはりここにいたか!」

「兄貴?」


 会長は不思議そうに見ている夏緋先輩をスルーして、僕の前までやって来た。

 ドスンドスンと一歩一歩が重い感じで近づくのは、怖いのでやめてください。


「なんなんだ、あいつは!」

「はい?」

「なんであんなことを許しているんだ、お前は!」

「あんなこと?」


 あんなこと、と言われて思い当たる出来事といえば……。


「……え、もしかして、楓に耳を噛まれたことですか?」

「そうだ」

「どこから見ていたんですか!?」

「三階からだ」


 あんな一瞬のことを見ていたなんて……!

 他にも見ている人がいそうで困った……。


「保健室にいるってよく分かりましたね」

「夏緋が連れて行った方向から、ここにいるだろうと予想した。……それで、お前はどうしてあんなことを許しているのかと聞いている」

「えっとー……」


 腕組みしている会長の横で、夏緋先輩も同じような圧を放ち始めた。

 青桐兄弟による尋問なんて地獄……。

 僕、そんな大罪を犯しましたか!?


「別に許したわけじゃ……気づいたらやられていたんですよ」

「お前は隙が多すぎる!」

「そうだ。オレも脇が甘いと言っただろう?」

「…………」


 どうしてこんなに叱られなければいけないんだ。拗ねるぞ。


「別に友達に耳噛まれたくらいいいじゃないですか」

「…………」

「夏緋先輩、そのドン引きの顔やめて貰っていいですか」


 確かに友達に耳カプされるとか、普通に考えたら引くけど!

 とにかく僕は、もう叱られたくないです。


「はあ……。とりあえず、さっきの生徒は消してこよう」


 僕が拗ねモードに入ったのを察知したのか、会長が叱るのをやめてくれたが……。


「消す!? 物騒なこと言わないでください!」

「安心しろ。手は出さない。明日からこの学校に通えなくするだけだ」

「賛成」

「賛成するな!」


 夏緋先輩は会長を止めるポジションではなかったのか!

 こんな時にひどい裏切りだ。

 ぷんすこしていると、会長の顔つきが険しくなった。


「どうして止める。お前はあいつが好きなのか?」

「どうして、って……そりゃあ止めるでしょ! 楓は友達として好きですよ」


 本当になんの尋問だよ……。

 そう思っていたら、会長が突拍子もないことを聞いてきた。


「お前、あれを今されるなら、俺と夏緋……どちらがいい?」


 あれ、とは……耳カプのことだと思う。

 どういう質問だよ……。

 夏緋先輩もびっくりした顔をしていたが、少しするとこちらをジッと見てきた。

 答え次第では殺す、みたいな目で見られている気がするけれど……正解が分かりません!

 だから、素直に解答するしかない。


「どっちも嫌ですけど……」

「「何故だ!」」


 同時に叱られて、びくりと肩が跳ねた。


「だって二人とも耳を嚙み千切りそうじゃないですか! きこりでも僕の耳引っ張って千切りそうだったし! そんなに耳を齧りたいなら、お互いの耳を齧っていてください! …………はっ!」


 口から適当に言ってしまったが、お互いの耳カプをする青桐兄弟……すごくいい……とてもスケベだ……!


「ほら! どうぞ! 僕が見ていてあげますから! さっ! 早く! 耳を齧りたいんでしょ!」


 柊や楓からダメージを受けた直後に、赤鬼青鬼に叱られてメンタルがだめになりそうだったが、突然降りてきた萌えで一気に元気になった。

 早く! スケベ! 早く!


「……はあ。夏緋、行くか」

「え?」


 僕を見てため息をついた会長が、保健室を出て行ってしまった。


「これ、片付けておいてくれ」

「ええ?」


 夏緋先輩はアルコールのスプレーを僕に持たせると、会長に続いて出て行った。


「僕の扱い、ひどくないですかー! 置いて行くなー!」


 出て行くなら、耳カプをしてからにして欲しかったです!




 ※




 翌日の放課後、僕はいつも通り生徒会室に向かった。

 二人とも、昨日はなんだかピリピリしていたが、今日は機嫌がいいだろうか。

 そんなことを考えながら生徒会室の扉を開けたのだが、中には誰もいなかった。


「あれ? 珍しく二人ともいない……?」


 何か用事があるのだろうか。

 中で待っていようかと思ったが、廊下の少し離れたところに三年生の女子達がおしゃべりをしていたので聞いてみた。


「あの、会長と夏緋先輩を見てないですか?」


 女子達は僕のことを知っていたようで、きゃっきゃと騒ぎながら答えてくれた。


「さっき二人で生徒会室から出て来て、そっちに行ったよ」

「ありがとうございます!」


 見知らぬ三年生ということで少し緊張したが、好意的に教えてくれたのでよかった。

 きっと兄の加護のおかげだ、兄ちゃんありがとう!


 教えて貰った方面で思い当たるところは……屋上へ行く階段だ。

 二人で屋上に行くなんて、息抜きでもしているのだろうか。

 そういう時こそ僕を誘って欲しいのに!


 階段を上り、扉を開けて屋上に出ると、まばらに人がいた。

 見回して赤と青を探すと……見つけた。

 障害物に身を隠しながらこっそり近づく。


 会長と夏緋先輩は、手すりのところに並んで校舎を眺めていた。

 何か真剣に話し込んでいるようだが……。


「あいつの周りにもいるだろ。兄貴もオレも、もう好きにやればいいだろ」

「……もうこの話は帰ってからにしよう。生徒会室に戻るぞ」

「何の話ですか?」


 質問をしつつ、スッと会長と夏緋先輩の狭い間に入ってみた。


「「!」」


 二人のびっくりした顔を見ると、イダズラが成功したようで嬉しくなった。


「お前、どこから湧いた」

「夏緋先輩、僕を害虫みたいに言わないでください! 普通に扉を開けて来ましたよ。そんなことより、僕に黙って屋上にいるなんて仲間外れじゃないですか。昨日の置き去りに続いてひどいです」

「お前がいたら困るんだよ」

「どういうことですか?」


 会長の言葉に僕は顔を顰めた。

 散々呼び出しておいて、仲良くなってから「いたら困る」と言われるなんてあんまりだ!


「ムッとすんな」

「します。僕も入れてください。三人で仲良くしましょうよ!」

「「…………」」


 え、駄目!?

 会長と夏緋先輩は複雑そうな顔をしている。

 僕は三人でいる時間が楽しいんだけどなあ。

 二人は違ったのかな、としょんぼりしていると、ポケットに入れていたスマホが鳴った。

 画面を見ると、佐々木さんからのメッセージが入っていた。


『とびら』

「!」


 見た瞬間に寒気がした。

 かつてこんなに不安を掻き立てられる平仮名三文字があっただろうか。

 これは……もしや……。


「天地君」


 扉の方に目を向けると佐々木さんの姿があった。

 僕に向かって、おいでおいでと手招きをしている。

 あまり行きたくないけれど、無視すると何をするか分からないから行くしかないだろう。


「僕は行きますね! じゃあ、お二人でごゆっくり!」

「おい」


 会長と夏緋先輩が何か言おうとしていたが、ちょっと拗ねた僕は構わず佐々木さんの元へと向かった。

 佐々木さんは女子高生に擬態モードなのか、爽やかな笑顔を浮かべていた。

 この皮を剥ぐと中はドロドロに腐っているのだ、恐ろしい……。


「美味しいそうな匂いがして来ちゃった。青桐兄弟に挟まった感想を聞かせて頂けないかしら!」

「どんな嗅覚してるんだ……」




 ※




「はあ……」


 二階の実習室が並ぶ一角にあるトイレ。

 ここは実習がある時以外は人がいないため、いつもひと気がない。

 誰にも会わず、静かに頭を使うにはちょうどいい。

 便座に座り、溜息をついた。


 今日も雛や楓を避けて早い時間に登校し、校内をぶらついていたら、聞き慣れた二人の声が聞こえて来た。

 楓と雛――二人は僕への想いを打ち明けて争っていた。

 それを聞いて……僕はここへ逃げてきたのだ。


「僕は駄目な奴だあぁ……」


 二人は僕が見ていたことに気がついていないだろうけど、今はどんな顔をして話せばいいか分からない。

 そうかといって、いつまでもトイレに篭っているわけにはいかないし……どうしよう。

 今日は一日誰にも会わず、ゆっくり考えたい。

 一日サボっても単位には問題ないから……よし決めた、帰ろう。


 こっそり教室に戻り、楓の目を盗んで自分の鞄を回収すると、忍者のようササッと学校を出る。

 園庭の花壇では柊が作業していたが、なんとか見つからずに通り抜け、校門を出ることに成功した。


「ふう……」


 楓と雛から物理的に離れたことでも、少しホッとしたかもしれない。

 そういうところでも、僕ってつくづく駄目な奴だ。


「天地」

「!?」


 明らかに自分に向けられた声に肩が跳ねた。

 この声は……。

 振り返ると、夏緋先輩が立っていた。


「こんなところでどうした? もう授業は始まっているだろ?」

「夏緋先輩こそ、どうしたんですか? 寝坊ですか?」


 鞄を持っているし、今登校してきたところのようだ。


「お前と一緒にするな。用があったんだ。お前は……帰るのか?」

「えっと……。ちょっと具合が悪いかなあ、なんて………」


 正直に「サボって帰ります!」とは言いづらいので、適当に濁して答える。


「頭の具合がおかしいのはいつものことだろ」

「なんだとー!」

「元気そうじゃないか」

「あ」

「何かあったのか? ……もしかして、兄貴に何か言われたか?」

「会長?」


「何か」はあったのだが、会長とは無関係だ。


「いや、いい……」

「? とにかく、僕は帰ります。さよなら!」

「待て。送ってやる」

「え? 一人で帰れますけど……」


 人と話す余裕もないから断りたいのだが、夏緋先輩が引く様子はない。


「釣りの帰り道の時のように、手を引いてやろうか?」

「今日は会長がいないじゃないですか」


 あの時は両サイドから手を引かれたから、囚われた宇宙人みたいだったけれど、二人で手を繋いでいたらBLだと思われそうだ。


「おい、兄貴の話をしたら、出てきそうだからやめ……」

「夏緋ィィィィ!!」

「!?」


 突然響いた怒声に、夏緋先輩とびっくりした。


「会長!?」


 声の方を見ると、学園からではなく先の道路に会長がいた。

 何故か朝からお怒りモードなのだが!


「……チッ、兄貴も用事があったんだよ。行くぞ」

「えっ! 夏緋先輩!?」


 会長が呼んでいるのに、無視していいの!?

 あとが怖くない!?

 振り返ってちらりと会長を見ると魔王のような顔をしていた。


「ひっ!」


 何に怒っているのか分からないが、捕まると恐ろしいので夏緋先輩に引かれるがまま走った。

 でも僕は共犯にされただけで、主犯は夏緋先輩ですー!




「夏緋先輩っ、もういいんじゃないですか!?」


 五分ほど走ったところで、僕は夏緋先輩を止めた。


「はあ……つ、疲れた……」


 普段なら五分走るくらいなんでもないのだが、今日はもう息が上がっている。

 肩で息をする僕の前で、夏緋先輩は普段と変わらない様子で学園の方向を見ていた。

 僕もつられて目を向けたが、車が通っているだけで誰もいなかった。


「会長、追ってきませんね?」

「やらなければいいけないことがあるんだろう。よし、歩いて行くぞ」

「動きたくない……」

「……ふっ、やっぱり手を引いてやろうか?」


 夏緋先輩が鼻で笑いながら手を出して来たので、ジーッと見た結果……ギュッと握ってみた。

 すると、夏緋先輩は驚いた顔をしていた。

 僕が断ると思って言っているだろうから、あえて乗ってみたのだ。

 今、夏緋先輩は戸惑っているはず……。

 すぐに「本当に握るな!」と怒ると思ったのだが――。


「え? 夏緋先輩?」


 夏緋先輩は手を握ったまま歩き始めてしまった。なんで!?


「いや、大丈夫ですよ!?」


 さすがに誰かに見られると恥ずかしい。

 慌てて手を離すと、夏緋先輩がニヤリと笑った。


「!」


 くっ……あたふたさせようと思ったのに、僕がさせられてしまった……。

 完全に敗北だ。

 勝利して楽しそうに歩き始め夏緋先輩に、敗北者の僕はとぼとぼと続いた。

 青桐の血には勝てない定めなのだ。


「それで、今日は何があったんだ? 珍しく真面目な顔をしていたじゃないか」

「!」


 僕が追い付き、並んで歩き出したところで、夏緋先輩が聞いてきた。

「珍しく」は余計だが、心配してくれているのだろうか。

 いつも言葉は乱暴な夏緋先輩だが、頼りになるし、優しさに何度も助けられた。

 困った時の夏緋先輩カードは間違いない。

 心配してくれているし、今度も甘えて相談してみようかな?


 ちらりと顔を盗み見ると、一瞬目が合った。

 僕が話すのを待ってくれているようだ。

 ……折角だし、聞いて貰おうか。


「夏緋先輩は好きな人はいますか?」


 僕の言葉を聞くと、夏緋先輩は一瞬驚いた顔をした。


「お前……どういうつもりで聞いているんだ?」

「?」

「……いや、違うよな。気にするな。オレのことより、お前はどうなんだ?」


 質問したのは僕なのに! と思いつつも、考えを巡らせながら答える。


「僕は……分かりません。でも、僕を好きだと言ってくれる人がいるんです」

「この前の気色悪いことをして来た奴だろ?」

「言い方!」


 耳カプをした楓のことを言っているのだろう。

 夏緋先輩らしい言い草だが、仲がいい楓にそういう表現はやめて。


「またおかしなことをされたのか?」

「違います! そうじゃないんですけど、真剣に僕のことを想ってくれているから、僕もちゃんと応えないとなと思って……」


 ……なんて正直BL嫌いの夏緋先輩にする話ではなかったかもしれない。

 どんどん夏緋先輩の顔つきが険しくなってきた。


「夏緋先輩には気持ち悪い話かもしれないですけど……」

「そうだな」

「……すみません」


 選択を誤ってしまった……。

 甘えて調子に乗ってしまったが、やっぱり夏緋先輩にする話ではなかった……反省。


「……そうだったはずなんだがな」

「え?」

「お前に限っては、あの嫌悪感が湧かない」

「どういう意味ですか?」

「別にお前が、そっちの類でも構わない」

「そっちの類い? ああ……え? 僕が男を好きになっても、気にならないってこと?」

「そうだ」


 それはどう解釈すればいいのだろう。

 良い意味なのか悪い意味なのかもよく分からない。


「意味が分かりません……。なんで?」

「知らん。こっちが聞きたい。ただし……相手はオレに限る」

「はい? …………え?」


 僕の相手は、夏緋先輩だけだと夏緋先輩が言っている。

 それは、つまり……?


「まさか……告白ですか?」

「そうだ。オレはお前が好きだと言っている」

「!」


 衝撃が走り、思わず足が止まった。

 ……嘘だろ? 夏緋先輩に限って、男の僕に告白だなんて信じられない!

 僕の少し先で夏緋先輩も足を止めたが、落ち着き澄まして優雅に立っている。

 たった今告白をした人とは思えない。


「夏緋先輩、会長にコキ使われ過ぎて壊れちゃいました!?」

「今ふざけたら殺すぞ」


「好きだ」と「殺す」を同じタイミングで言われることってある!?

 告白の最中に脅迫を入れるのは夏緋先輩っぽいけれど……。


 パニックになる僕とは違い、夏緋先輩は淡々と話す。


「オレがこんな冗談を言うと思うか?」

「思わないですけど……信じられないって言うか……そんな素ぶりなかったじゃないですか」

「そうか? お前が鈍感なだけだろ。大体、オレは興味がない奴を構うほど暇じゃない」

「!」


 きこりに連れていってくれたり、毎回ちゃんとメッセージを返してくれたり、生徒会室以外でも何かと構ってくれていたのは、僕に興味があったからってこと?

 そう思うと、僕は顔が一気に熱くなってきたのだが、夏緋先輩の方はいまだに涼しい顔をしている。


「夏緋先輩、通常運転過ぎません!? ……はっ! そうか、さては夏緋先輩の偽物だな!?」

「しつこい! もう、行くぞ。ったく……これだからお前は……。だが、そんなお前を好きで、兄貴にも取られたくないなんて、オレもどうかしているな」

「!」


 この素直じゃない一言多い感じは本物っぽい。

 でも、また僕のことを好きだとか言っていたぞ……。

 歩き始めた夏緋先輩について行きたいのだが、どんな態度を取れば良いのか分からなくなってきた。

 あれ、歩くってどうすれば良かった!?


「お前はまともに歩くことも出来ないのか?」

「夏緋先輩のせいでしょうが!」


 そう怒ると、夏緋先輩が「……ふっ」と笑った。

 今の笑うところですか?

 僕はこんなに混乱しているのに、何故夏緋先輩は満足そうな顔をしているのだ!

 貴重な夏緋先輩の笑顔には弱いから、ドキッとしてしまったのも腹立たしい!


 言いたいことはたくさんあるのだが、先を進み出した夏緋先輩の後に黙って続いた。

 横に並ぶのも妙に気恥ずかしく、後ろを歩きながら進む。


「わざと遅れて、そんなに手を引いて欲しいのか?」

「それはもういいって!」


 僕の言葉を聞いて、また夏緋先輩が笑っている。

 後ろから見ていても分かるんだからな!


 斜め上の後頭部を見ながらしばらく歩いたところで、夏緋の足が止まった。


「着いたぞ」


 混乱している間に、もう僕の家の前まで来ていたようだ。


「オレは学園に戻る」

「あ、はい。……ありがとうございました」


 家に上がって貰って、お茶くらい出した方がいいのか考えていたが、そういえばまだ授業が始まったばかりだった。

 何もお礼ができず申し訳ないが、この緊張が終わるのかとホッとした。


 家の前から見送っていると、学園の方へ戻ろうとしていた夏緋先輩が振り返り、僕の前まで戻ってきた。


「? どうしたんですか」

「……念を押しておく。いいか。ちゃんとオレを選べよ?」

「!」


 夏緋先輩はそう言うと、通常運転のクールな様子で学園へと戻って行った。

 だが、ちらりと見えてしまった。

 片方に流した長い前髪で隠れがちな夏緋先輩の顔が少し赤くなっていたのを……。


「あの人、怖ぁ……」


 なんなのだ、このツンデレ告白は……!

 危なかった……男じゃなかったらイチコロだった……。

 男だけど、動悸が酷くて死にそうだ。

 悩みを聞いて貰いたかっただけなのに、何故こうなった。

 朝から雛と楓のケンカを見て、今は夏緋先輩にあんなことを言われて……こんなことってある?


 夏緋先輩から受けた衝撃が凄まじく、しばらく立ち尽くしてしまった。




「はあ……そろそろ家に入ろう……」


 精神ダメージが大きいので、ベッドに入ってひと眠りしたい。

 のそのそと鞄を探り、取り出した鍵で扉を開けて中に入ろうとしたら――。


 ダンッ!!


「!?」


 突然近くで鳴った音に驚いた。

 何事だと扉を見たら、大きな手が扉を押さえていた。

 誰? 夏緋先輩が戻って来た……?


「夏緋先――」

「誰が夏緋だ」

「会長!? どうしてここに!?」


 まさかの会長で、思わず大きな声を出してしまった。


「用事を済ませて、追いかけてきた。夏緋が抜け駆けしてそうだったからな」

「抜け駆け?」


 つい聞き返してしまったが、今日の僕は余裕がないから、あまり話を聞きたくないのだが……。


「何の話か分かりませんが、後日にして貰えませんか?」

「今聞け」


 ……ですよね! 青桐の血の前では拒否権はありませんよね! 知ってた!


「分かりました。何の話で……。…………っ!?」


 話しをするため、振り返ったところで会長に抱きつかれた。

 会長は走って来たのか、汗をかいているし、呼吸も少し苦しそうだった。

 こんなになって必死に走ってくるなんて、何の話……?


「きゅ、急に何なんですか?」

「本当は古城でこうした時に言いたかったんだがな。約束を守ってやったら、先を越されるとは……」

「?」

「夏緋に告白されただろう?」

「!」


 どうして知っているのだろう。


「やっぱりな」


 しまった、リアクションで会長が言っていることが当たりだと教えてしまった……。


「俺もお前が好きだ」

「え……?」

「俺も、というのが癪だな。俺はお前が好きだ」


 一瞬、言っている意味が分からず固まってしまったが……会長は僕が好き!?


「会長は兄ちゃんのことが……」

「真と話して、お前と古城に行って確認した。俺が好きなのはお前だ」


 僕をまっすぐに見据えた会長にそう言われ、治まっていた体の熱が一気に戻ってきた。

 そんなまさか……夏緋先輩に続き、会長まで僕を好きだと言っている。


「兄弟で僕にドッキリをしかけてます?」

「そんなわけないだろ。真面目に聞け」

「はい」


 告白されているのに叱られるところは一緒!

 青桐家の告白ルールとして存在しているのだろうか。


「ははっ。お前、真っ赤だな」

「!」


 会長の手が僕の頬に添えられた。

 触られると熱いのがバレそうで困る……!

 顔を逸らしたいけれど、動かせずにいると、会長が今まで見たことのない優しい目で僕を見ていた。


「こういう顔は、誰にも見せるな。夏緋にもな」

「…………」


 何を言えばいいのか分からない。

 固まったままでいると、会長の体がスッと離れた。


「今日の所はこれで引こう」


 今日のところは? 今後はどうなるの? と気になったが、僕のフリーズは継続中だ。

 学園に戻るのか、去ろうとしている背中をただ眺めていると、会長が振り返った。


「あと、何か悩んでいるなら、俺が一番お前の力になる。だから俺を頼れ」


 そう言うと、赤いイケメンは去って行った。

 取り残された僕、更に赤くなっているわけで……。

 なんなのだあの人……恐ろしすぎる!

 最後に頼れる男っぷりまで発揮して行ったよ……。


 何とか玄関の鍵はかけたが、そのまま座り込んでしまった。


「なんなの、あの兄弟……」


 死にそうなのですが!


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[一言] 尊い…(語彙力) 赤と青の鬼兄弟最っ高…! 久しぶりの萌の供給ありがとうございます。無事昇天しました。
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