バレンタイン(柊ルート後)
コミカライズ更新報告ではなく、大遅刻バレンタイン小話です……!
今日は二月十四日、バレンタインデーである。
好きな人にチョコレートを贈る日で、兄もスポーツマンイケメンな彼氏に手作りのお菓子を渡すようだ。
僕にも柊という色々拗らせた恋人がいるわけだが……あげた方がいいのだろうか。
絶対欲しがるし、喜ぶことも分かっているのだが……。
あの歩くR指定は、喜びがすぐにいかがわしい方面に向かうのだ。
「バレンタインで喜ばせるのが怖い、ってどんな感情だよ……」
そうぼやきながらも、僕は一応用意したものを鞄に入れて登校した。
※
教室に着いてスマホを見たら、柊からメッセージが入っていた。
『央、今日はバレンタインだよ』
「朝から圧を送るな」
画面から「絶対にスルーさせない」という意気込みを感じる……。
既読スルーすると送ってくる内容が悪化することは学習済みなので、「そうですね」とだけ返した。
すると、瞬時に返信がきた。
『チョコを受け取るなとは言わないけど、誰から貰ったのか全部教えてね』
「聞いてどうするんだよ!」
すでにクラスメイトからいくつか貰ったのだが、黙っておいた方がよさそうだ。
ただの友チョコなんだけどなあ。
そう思いながらも無難に「はーい」と返信すると、また瞬時に既読がついて返信が来た。
『放課後に用務員室に来てね。今日は俺一人だから』
「…………」
ラブコメの「今日は家に、お父さんもお母さんもいないの……」という意味深セリフに見える……。
じゃあ、スケベができるね、ドキッ! とはならないから!
警戒心しか湧かない。
放課後になったら、腹痛だと伝えて帰ろうかな……。
『教室まで迎えに行った方がいい?』
「ひえ……」
返信していないのに、僕の心を読んでいるかのようなメッセージが来て戦慄が走る。
「僕の話を聞け」と伝えてから、一応暴走するようなことはなくなったけれど、質問形式の文章とはいえ、ほぼ脅迫……。
「アキラ! おっはよ」
「ん? 楓、おはよ」
画面を見ていて気づかなかったが、横を見ると楓が立っていた。
黄金の髪の美少年は今日も神々しい。
「これ、バレンタインで作ったから! 今日中に食べて!」
楓はそう言うと、僕の机にドンと紙袋を置いた。
中を見てみると、デコレーションがすべて違う可愛いカップケーキが、丁寧に一つずつラッピングされて入っていた。
どれもお店で売れそうなレベルに見えるが……。
「……多くない?」
パッと見ただけでも十個はある。
「気合が入っているからね! お腹いっぱいにさせて、今日は他のチョコを食べさせない作戦!」
「なんだそれ」
バレンタインデー当日には楓の手作り以外食べるな、ということか?
「さすがに今日中には食べきれないぞ?」
「タッパーとかに移して冷蔵庫に入れたら一週間くらい持つよ」
「そうなのか? じゃあ、大丈夫か」
美味しそうだし、案外すぐに食べきってしまうかもしれない。
でも、楓から受け取ったら柊の機嫌が悪くなりそうだな……と思っていると、また見張っているかのようなタイミングでメッセージが入った。
『あのお友達君から貰ったらお仕置きだからね』
「だから怖いって……!」
教室に監視カメラがついているんじゃないかと不安になってきた。
画面を睨んでいると、色々と察したのか楓が顔を顰めた。
「アイツ?」
「え、いや、えっとー……」
楓が『アイツ』と呼ぶのは、もちろん柊のことである。
どう答えるか迷っていると、楓が大きなため息をついた。
「はあ……アキラって、どうして趣味が悪いんだろ」
「お前な……」
「とにかく、それは央がちゃんと全部食べてね! ホワイトデー楽しみにしてるね!」
楓はそう言い残して自分の席に戻って行った。
結局楓から受け取ってしまったが……。
これがバレたら、お仕置きとか恐ろしいことを言っていたから、絶対に隠さないと……。
※
放課後になると、僕は大人しく用務員室に向かった。
「ん?」
用務員室の辺りが騒がしい気がしたので、身を隠してこっそり覗くと、女生徒三人組が用務員室の扉をノックしていた。
扉には何度か見たことがある『不在』の札がかけられているのだが、構わず呼びかけている。
「柊さーん! いませんかー!」
「どこにいるんだろ……」
「もう帰っちゃったのかなあ?」
手にはバレンタインのチョコらしきものを持っているので、柊に渡すために探しているのだろう。
しばらくすると、三人は諦めたようで、用務員室から離れていった。
「やっぱり、こうなっていたか……」
あの美貌が世に解き放たれてからは、どんなに塩対応をしても人気が増すばかりだ。
羨ましいような、心配になるような……。
僕としては心中複雑だ。
「もう誰もいないな?」
周囲を確認してから、用務員室の前に立つ。
すると、その瞬間に扉が開いた。
「! ひいら――」
開けたのはもちろん柊だったのだが、名前を呼ぶ前に手を引かれた。
そして、僕が中に入ると扉を閉め、いつもの通りにガチャリと鍵をかけた。
なんという早業!
ちゃんと扉の前にいるのは僕だと分かってやったのだろうか。
「よく確認もせずにこんなことをして……! 僕じゃなかったらどうす――」
「央」
話している途中なのに、突然柊が抱きついてきた。
「大丈夫。さっきから央が近くにいるって分かっていたから。また妨害されないうちに、早く引き入れないと……」
「姿が見えていないのに分かるって、どんな特殊能力だよ。……っていうか、それやめて」
さっきから、僕の頭に顔を埋めてスリスリしている。
匂いを嗅がれているようで若干引いたのだが、「はあ……」と重たいため息をついているのが気になった。
「疲れてるの?」
「ああ。今日は一段と周りがうるさかったから」
「あー……バレンタインだからね」
今日は一日、さっきの女子達のような突撃を食らい続けたのだろう。
もしかしたら、また嫌味な教師に小言でも言われたのかもしれない。
「お疲れ」
「ありがとう。今回復しているから大丈夫」
「もっと他の回復方法はないの……」
「これが一番効く」
「そうですか……」
僕の頭皮にそんな効能はないはずだが、そう言うなら少しの間我慢しておこう。
「……よし、これ以上は我慢できなくなるからやめておこう」
「…………」
何を我慢? とは聞かない。
こういうセリフはスルーが一番だ。
柊は僕から離れると、ソファーの方へ歩いて行った。
僕もそちらに行こうとしたのだが、柊が何かを持って戻って来た。
「?」
何だ? ソファーに座らないのか? と思っていると、僕の首の周りが暖かくなった。
首に巻かれたこれは……。
「マフラー?」
落ち着いた色合いと柄のマフラーで、とても触り心地が良く高級そうだ……。
どこかのブランドものだろうか。
「えっと……これは?」
「バレンタイン。央はチョコをたくさん貰うだろうからこれにした。これから暖かくなってくるけど、これだと来年も使えるだろう?」
「!」
まさか、柊から貰えるなんて……!
全く考えていなかったから驚いた。
そんな僕を見て、柊は不思議そうにしている。
「……下着の方がよかった?」
「なんでだよ! くれたことに驚いていただけ! ……ありがとう」
嬉しいけれど、素直に喜ぶのが少し照れくさくて、口元を貰ったマフラーで隠した。
すると、また柊がくっついて来て、僕の頭に顔をスリスリしている。
「嗅ぐな! もう回復したんだろ?」
「これは匂いを嗅いでいるんじゃなくて、つける方。マーキング、かな。央が可愛かったから、『ちゃんと俺のものにしとかないと』と思って……あ、そうだ」
「?」
スリスリが止まったので、見上げて柊を見ると、さっきとは違う妖しい笑顔になっていた。
「チョコ、貰った? お友達君から受け取ったりしてない?」
「!」
結局、色んな人にチョコを貰ってしまったし、楓にも貰った。
それを隠すために教室に置いて来たけれど、嘘をつくのは気が引ける……。
「ウ、ウケトッテナイヨ……」
「…………」
顔を逸らしながらそう伝えると、少しの間沈黙が流れた。
……気まずい。
そろそろ帰ろうかな~と言おうとしたその瞬間、突然僕の体が横向きになって浮いた。
柊にお姫様だっこで持ち上げられたのだ。
「ちょっと、何してるんだよ! 下ろして!」
「お仕置きって言ったよね?」
「お、お仕置きって何をするつもりだ! 校内だぞ!?」
「ここには俺しかいないから」
「それは聞いたけど! 職場だろ!?」
「大丈夫、仕事は終わらせているから」
「全然大丈夫じゃない!」
このままではまずい!
歩くR指定の本領を発揮されてしまう……!
「落ち着けって! 僕も渡すものがあるから!」
「……え?」
よかった、柊の動きが止まった。
今の内だ! と腕から降りて、自分のカバンを開ける。
もちろん、バレンタインのプレゼントを渡したいのだが……えっとー……どうしよう?
実は今日、二つ持って来ているのだが……とりあえず綺麗な方を渡すか。
「はい」
これはちゃんとラッピングされた市販のチョコレートだ。
それを差し出すと、柊は受け取ったけれど……少し残念そうな顔をした。
「……何か不満でも?」
「真が選んだもの……」
「え! なんで分かるんだよ!」
「手作りじゃない」としょんぼりしたのかと思ったら、そっちか!
確かにこれは、「保険」として兄に頼んで買っておいて貰ったものだ。
一応頼んだけれど、出番はないだろうから、多分自分で食べると思っていたのだが……。
柊がとてもいいものをくれたから、自信がなくなったというか……僕が準備してしたものでは釣り合いが取れないというか……。
でも、今渡したものだとがっかりしたようだし、確かに選んだのは兄だし……。
……仕方ない、恥を忍んで渡すか。
カバンから小さな手提げの紙袋を取り出し、柊に手渡す。
「……はい」
「これは?」
受け取った柊は、紙袋の中を覗いている。
中のものは透明な袋でラッピングしているので、何が入っているか見えるはずだ。
「クッキー?」
「……うん。僕が作った」
歪だが、一応『バラの形をしたクッキー』だ。
兄に「僕でも失敗せずに作ることができるもの、できれば柊のイメージに合う、花の要素があるお菓子はないか」という難題を出したところ、教えて貰ったのがこれだった。
絞りにクッキー生地を入れ、ぐるぐると円を描くように絞り出して作るだけなので、簡単なはずなのだが……。
「それ、バラの形なんだよ。僕がやったら、ただのうずまきになったけど……」
説明しないと分かって貰えない出来なのがつらい。
一緒作った兄のものは、綺麗なバラになったんだけどなあ。
「?」
爆死する思いで渡したのに、柊からリアクションがない。
まだ袋を覗いたまま固まっていた。
「何か言ってよ……」
「あ、ごめん……これを永遠に残す手段がないか考えてた……」
「いや、食べて!?」
「央の手作り……」
僕のツッコミを聞き流しながら、しみじみとそう呟く柊はとても嬉しそうだ。
うっ、眩しい……!
幸せが滲み出ている顔を見ていると、なんだか恥ずかしくなってきた!
「もったいなくて食べられない……」
「お菓子なんだから食べてよ。せっかく作ったんだし」
「じゃあ、食べさせて」
「はい?」
柊はクッキーを一つ取り出すと、僕に差し出した。
思わず受け取っちゃったけれど……「あーん」しろと?
「やるわけ……」
やるわけがないと突き返そうとしたが、顔面国宝の期待に満ちた笑顔が、やっぱり眩しくて……!
くぅっ……この顔面には勝てない! 抗えない!
「一つだけだからな」
少し自棄になりながらクッキーを「あーん」すると、一口目は幸せそうに齧ったのだが……。
二口目は妖しい笑顔で僕の指ごと甘噛みしてきた。
「手を噛むな!」
「どっちも食べたくなって」
「こっわー……」
ドン引きしているフリでもしていないとやっていられない。
僕ばかり赤くなって……柊のペースに乗せられている! まずい!
「央。今日、ここには俺一人なんだよ」
「さっきも聞いたよ!」
「分かっているのに来てくれたということは、同意を得られている……」
「何の同意だよ! 校内はほんとに無理だから!」
今にも押し倒してきそうだったが、やめないとクッキーを粉砕する! と脅すと、なんとか止まってくれた。
「校内じゃなかったらいいのか……」
不吉な呟きは、聞こえなかったことにする!




