あけましておめでとうございます
兄と年越しそばを食べ、その後はスマホに届く新年の挨拶に黙々と返事をしてから寝た……ということはなく徹夜でゲームをした。
ゲームの中でも新年イベントがあって忙しいのだ。
夜通し課金勢と戦い、朝日を浴びてからスヤスヤと眠っていたのだが――。
バンッ!
荒々しく扉が開く音に驚き、覚醒した。何事!?
「央、起きろ!!!!」
「ふあっ!?」
布団を勢いよく捲られ寒くなった。
眠い目を擦りながらも、こんなことをするのは誰かと前を見た。
「え……に、兄ちゃん?」
エプロン姿のいつもの兄だが、視線が鋭すぎて人相が違う。
もはや別人……誰ですか!
「……チッ」
戸惑う僕を見て、兄なのか疑わしい人が舌打ちをした。
兄ちゃんが舌打ち!?
「いつまで寝ているんだ。お前、さては遅くまでゲームをしたな?」
「『お前』!?」
「ゲームをしたのか、と聞いている!」
「はい! ……ゲーム、しました……」
どう見ても兄だけど……この人誰!?
怖いんですけどー!!
「ゲームなど時間の無駄だ。今日からはさっさと寝ろ!」
「兄ちゃん、どうしたの? 何か変なものでも食べた?」
もしくは、人格が変わるぐらい衝撃的なプレイをされた……とか?
「馬鹿を言っていないで、早く降りてきて朝飯を食え!」
そう言うと兄はまたバンッと扉を閉め、階段をドカドカ下りていった。
「えー……」
もしかして、僕はまだ寝ているのか?
頬をつねってみたが……痛い。
叩いてみても痛い!
やっぱり夢じゃない!
「とにかく、下に行くか……」
謎の狂暴化した兄の怒りを買うわけにはいかない。
急いで着替えてキッチンに向かった。
テーブルに置かれている朝食は普通……むしろ、ホットサンドなので機嫌がいいかもしれない。
どういうことか、さっぱり分からない……。
今兄は何か家事をしているのか、キッチンに姿はない。
戻って来るまで待った方がいいか迷ったが、冷めないうちに食べることにした。
「頂きます。……美味しい!」
料理の腕前も変わらない。
さっきの狂暴な兄は見間違えだったかも……。
そんなことを考えていると、兄が戻って来た。
「はっ! まだ食っているのか」
僕を見て呆れた様子の兄は、乱暴にエプロンを取ると椅子に腰かけ長い足を組んだ。
……兄の狂暴化は幻覚ではなかったようだ。
それにしても……なんだか既視感があるんだよなあ、この感じ。
「よく考えれば、何故オレばかり家事をしているんだ?」
「に、兄ちゃん?」
「お前に食事の準備をしろとは言わない。だが、洗濯くらいはできるだろう」
「う、うん……」
確かに兄に甘えてばかりだから、僕もそれくらいはした方がいい。
でも、こんなにストレートに言われたことがなかったからびっくりした。
なんか……調子が狂うよー!
狂暴化した兄の機嫌を伺いながらもそもそ食べていると、リビングの扉が開き、春兄が入って来た。
救いの神来たーっ!!
僕はこの鬼みたいな兄に疲れて来たところだった。
ん? ……鬼?
「真、遅れてごめ――」
「遅いぞ! 随分待たせてくれたじゃないか」
兄が春兄に向って怒鳴る。
「わ、悪い……」
「まあいい、座れ!」
偉そうにそう言う兄と、あの人が重なって見えた。
これは……。
「会長!!」
兄ちゃんが会長化してる!!!!
なんで!?
狂暴化改め、会長化した兄がまだ春兄を叱っている。
「そもそもお前は、家ばかりじゃなくいい出かけ先を見つけられないのか!」
「いや、家が落ち着くだろ。一番都合がいいし……」
「頭が猿なだけだろ!」
「悪いか! お前が可愛いから仕方ないだろ!」
立ち上がった二人が掴みかかる勢いで怒鳴り合う。
これじゃケンカップルだ……仲直りのアレが盛り上がるやつ……!!
……なんて興奮している場合じゃない。
これはこれで最高だけど、兄カップルは仲良しラブラブじゃなきゃいやだ!
「兄ちゃん、会長になんかならないで!!」
「うるさい! お前は黙ってろ!」
「…………っ! もうやだ、会長過ぎる~! いつもの兄ちゃんに戻ってよー!!!!」
※
「はっ……!」
バッと目が開き、自分のベッドにいることが分かった。
「今のは……夢? 初夢がこれ?」
思考が追い付かず、ぼんやり天井を見ていたら段々と落ち着いて来た。
兄ちゃんが会長化するなんて、恐ろしい夢だった……。
手で額の汗を拭っていると、コンコンとノックの音がした。
カチャという音のあと、兄がひょっこりと顔をのぞかせた。
「あ、起きてる。央、おはよう。さっき大きな声が聞こえた気がしたけど大丈夫?」
「!! 兄ちゃ~ん!」
「うん?」
情けない声を出すと、兄がベッドまで来てくれた。
「どうした? 怖い夢でも見た?」
ベッド脇に腰かけ、心配してくれる兄に抱き着く。
やっぱり僕の兄はこうじゃないと……!
「兄ちゃんはずっとこの家にいて! 春兄のお嫁さんにならないで! あ、やっぱりお嫁に……というか、春兄にお婿さんになって貰って三人でここで暮らそ!」
「なっ……! まったく……まだ寝ぼけてるだろ。おせちもお雑煮もあるから、下に来て食べるんだよ。あ。あけましておめでとう」
「あけましておめでとう! 兄ちゃん、一生よろしくお願いします!」
「はいはい。分かったから着替えておいで」
やっぱり天地家長男ばんざい!
僕の兄ちゃんが一番だ。
※
「――っていう夢を、今日見まして……。初夢が悪夢過ぎました」
兄の美味しいおせちを食べ、落ち着いた僕は電話をかけた。
『お前、どういうつもりでそれをオレに話しているんだ?』
電話の相手は会長の弟、夏緋先輩だ。
「深い意味はないです。夏緋先輩は大変だなあと思ったら、なんとなく夏緋先輩の声が聞きたくなって……」
『……それならいいが』
決して「僕の兄ちゃんが最高!」という戦争を起こしたかったわけじゃない。
ちょっと気の毒だと思ってるけど……。
「あと、新年の挨拶したかったんです。あけましておめでとうございます!」
『ああ。まあ、去年はお前にも世話に…………なったか?』
「疑問形はやめてください! 世話になったな、でいいじゃないですか」
『そういうことにしておいてやるよ』
この上からクオリティは、会長も夏緋先輩も一緒……。
やっぱり兄弟だな。
「あ、そうだ。夏緋先輩、空いてる日ありませんか? 一緒に初詣とか行きません?」
『明日なら空いてるが……どこも混んでるだろ?』
「初詣が嫌なら他のところでもいいですよ? とりあえず、明日……」
『央、生徒会長である俺にまず挨拶をして、俺を誘うべき――』
「やっぱりキャンセルでー!!」
慌てて通話終了ボタンを押す。
……あっぶなー!
会長が近くにいたー!
正月だし、家にいて当然か……。
今の流れだと、夏緋先輩を誘うと会長がセットついて来るところだった。
ギリギリ回避できてよかった。
会長は圧倒的にかっこいいし、すごいけれど……。
正月早々、しかもあんな初夢を見たあとの会長は体に悪い。
胃も心もお休みしたいから、せめて三が日が過ぎてからにして欲しい。
「あ、でも、会長にもちゃんと挨拶しておかなきゃ。メッセージにしておこう。『あけましておめでとうございます。僕は三が日まで面会謝絶です』っと……これでよし!」
今年もいい年になったらいいな!
あけましておめでとうございます!
12月27日にコミカライズ二巻が発売しました。
コミカライズ共々、今年もよろしくお願いいたします!
※初詣は夏緋の方から掛け直して一緒に行きました!




