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青桐兄弟ルート⑤

お知らせが遅刻してしまいましたが、コミカライズが8日に更新されています。

そして、コミカライズ2巻が12月27日に発売されます!


引き続き青桐兄弟ルートです。

 薬を飲み、大人しく一日寝たことで風邪は治った。

 念のためマスクはつけ、賑やかな楓と雛に挟まれて登校。

 教室に向かっていると、廊下がやけに騒がしいことに気がついた。

 声を抑えてはいるが、興奮を隠しきれない女子達の視線の先には、何故か赤鬼と青鬼がいた。

 一年生の教室に何か用事があるのかなと思ったが……。


「来たな。遅いぞ。ギリギリじゃないか」


 僕をみつけた会長が話しかけて来た。

 やっぱり僕に用事ですか。

 一年生の廊下に青桐兄弟が揃っているなんて、騒ぎになるのは当たり前だ。

 僕を騒ぎの中心に呼びこまないでください。


「何か用ですか? あと少しでHR始まっちゃいますけど……」

「分かっている。少し顔を貸せ」

「今ですか?」


 どうして会長を止めなかったんだ! という抗議を込めて夏緋先輩を見る。


「……一応、放課後にしろよ、とは言ったぞ? それよりお前、風邪はもういいのか? 体調は大丈夫なのか?」


 まだマスクをつけている僕を見て、心配してくれるのは嬉しい。

 でも、会長を止められなかったことを誤魔化すために言っていませんか?


「はい。大丈夫ですけど……」


 体調に関わらず、この場所、この時間の呼び出しは困ります。


「すぐに終わる。夏緋は自分の教室に行け」

「わざわざ出向くなんて余程のことなんだろ? オレも聞く」


 やはり放課後にする、という選択肢はないらしい。知ってた。

 生徒会室にまで行く時間はないから、階段脇の人が通らない死角で話を聞く。


「話って、何があったんですか?」


 恐らく兄関係のことだと思うが、会長は腕を組んだままで考え事をしている。

 早く話してくれないと、HRが始まりますよ!


「次の休日、真と二人で出掛ける約束をした」

「え……デートの約束ってことですか!?」

「おい、声がでかいぞ。近くに人がいたらどうするんだ」

「あ、すみません……」


 夏緋先輩に注意され、そういえばさっきまで注目されていたんだと思い出した。

 こそこそ聞いている人がいたらまずい。

 小さな声でも聞こえるよう、二人に近づいた。


「それで、会長から誘ったんですか?」

「ああ。真とゆっくり話をしたくてな。学校だと時間が限られるから、休みの日にでも……と誘ったら了承を得た」

「そ、そうなんですか……」


 二人で出かけるんだから、デート……になるのか?

 春兄が兄に異変を感じている中での、会長とのデートはやばいかもしれない……。

 会長の誘いを受けるなんて、兄の心境に何か変化があったのだろうか。


 ……それよりも現時点で一番気になったことは、兄とのデートが決まったのに会長が嬉しそうじゃないことだ。

 眉間に皺を寄せて、難しい顔をしている。


「それにしては浮かれていないな?」

「! ですよね。僕もそう思いました」


 夏緋先輩の言葉に僕も頷く。


「嬉しいに決まってるだろ」

「でも、顔がこわいですよ。こんなになってますよ。ね?」


 全力で会長の眉間の皺を真似して、夏緋先輩に見せる。

 すると、夏緋先輩は「ふ……」とちょっと笑ったが、会長の眉間の皺が余計に深くなった。

 あ、すみませんでした……ふざけたわけじゃないんです!

 ちょっと笑った夏緋先輩まで睨まれて……巻き込み事故を起こしてすみません。


「……とにかく、お前には報告しておいた方がいいと思ってな。それと、デートというよりは話し合いだ。分かったな?」

「はあ……」


「デート」と言った方が嬉しいはずなのに、どうして「話し合い」だなんて言うんだ?


 それに、僕は兄カップルのピンチが分かると、何かフォローできることがあるかもしれないから助かるが、会長にとってはマイナスなのでは?

 会長も兄カップル応援派の僕に報告したら、邪魔されるかもしれないと分かっているはずなのに……。

 僕の妨害なんて大したことじゃない! ってことなのか?


「別にデートでいいだろ」


 夏緋先輩の呟きに、今まさに同じことを考えていた僕はまた頷いた。


「話し合い、だ。それはいいとして、あの馬鹿、央にも関わるなとわざわざ言いに来やがった。俺と夏緋の二人がかりで、央にちょっかいを出すな、とな」

「は? 何でオレまで……」


 春兄を思い浮かべているのか、会長の顔が魔王のように恐ろしい。

 そして、静かにキレている夏緋先輩も怖いのですが……!


 BL嫌いの夏緋先輩は、兄を好きな会長と同等の扱いを受けたことが我慢ならないのだろうか。

 もしくは関わりのない人から忠告されて腹が立った、とか?

 何にしろ、魔王とその弟を同時に怒らせるなんて、春兄は何てことをしてくれたんだ!


「ん? 別にお前に怒っているわけではないぞ」


 怖くて怯えていると、『魔王』が『会長』に戻った。

 夏緋先輩の氷のオーラもおさまった。

 よかった……と思ったが、まだ二人の不機嫌オーラは消えてない。


「オレは知らない奴の指図は受けない」

「俺は知っている奴の指図も受けないぞ」


 うん、あなた達はそうでしょうね!

 心の中で同意しているとHR開始のチャイムが鳴った。

 そこで無事解放され、自分の教室に戻った。


 それにしても……兄と会長がデートかあ。




 ※※※




 家に帰り、ゴロゴロして寛いでいると電話が鳴った。

 誰からの電話かは予想がつく。

 電話にでると、思った通りの声が聞こえてきた。


『央。やっぱり、真が俺に冷たい……』


 やはり春兄からの電話だったが、声がいつもより沈んでいる。


『そっちの家に行かせてくれない。央、本当に心当たりはないか?』

「ええ!?」


 寝転がっていたが、思わず飛び起きた。

 春兄が兄の部屋に行かないということは、二人が励まないということだ。

 僕の大事な栄養源が、主食の米よりも大事な栄養源がなくなってしまう!


 会長の誘いを受けたこともおかしいし、兄はどうしてしまったのだろう。

 春兄はデートのことを知っているのだろうか。

 知っていたらもっと荒れていそうだから、多分知らないんだろうなあ。

 聞いたら逆に教えてしまうから、言ってはいけないな。


『真が冷たい原因を、お前もさりげなく探ってくれないか?』

「ええー……そんなの僕にできる気がしないよ」

『頼む』


 気は進まないのだが……春兄からこんなに真剣に頼まれたことは初めてだ。

 仕方ない。二人の幸せの為だし、協力出来ることがあるなら喜んでやろう。


「分かった。探ってみるよ」

『悪いな。助かる』

「うん。じゃあ……あ!」


 電話を切るような流れになった瞬間、大事なことを思い出した。

 これは猛抗議しなければならない。


「春兄! 会長に何を言ったんだよ! 夏緋先輩のことまで……! 春兄の話している時の二人、すっごく怖かったんだからな!」

『そうなのか? それは効果があったな! お前の言う通り、怖いから近づくなよ』

「春兄が余計なこと言わなければ怖くないんだってば」

『だったらまた釘をさしに行こう。弟の方はよく知らないが、あいつの弟だから関わらない方が正解だろ』

「やめてよ! 余計なことをしたら、もう協力しないからな!」

『それは困る! ……分かった、大人しくしといてやるよ。今はな』

「今は?」

『じゃあ、真の件、頼んだからな』


 春兄はそう言うと、電話を切った。

 誤魔化されたような気がするが……。

 とりあえず大人しくしておいてくれることを祈るしかない。

 それにしても……。


「兄ちゃんになんて聞こう」


 どういう風に聞けばいいだろう。

 何気ない会話の中でさりげなく聞くことが出来たら一番いい。

 でも、僕にそんな器用なことができるとは思えない。

 結局、何も考えずに素直に聞くのが一番かもしれない。

 そう思い、心の準備をした。




 ※




 日が落ち始め、空が暗くなってきた。

 お腹の空き具合もそろそろ夕飯時であることを訴えている。

 兄が帰ってくる頃じゃないか、と思っていると、玄関のドアが開く音がした。


「ただいま」

「おかえり!」


 考えていた通り、夕飯の材料が入った袋を持った兄が帰ってきた。

 兄の顔をこっそり覗き見たが、機嫌も良さそうだしいつも通りの麗しさだ。

 やっぱり春兄の勘違いじゃないだろうか。

 ……とにかく、一度確認してみよう。

 冷蔵庫に食材を片付けている兄に話かけた。


「なあ、兄ちゃん?」

「うん?」

「なんかさ……もしかして、春兄とケンカ……とか、してる?」


 春兄の名前を出した瞬間、兄の動きが止まった。

 顔を見ると無表情……いや、少し目つきが鋭い。

 明らかに穏やかさが抜けていた。


 その変化を目にして心臓が大きく波打つ。

 まずい……これは駄目な時の顔だ。

 久しぶりに見る、絶対に茶化してはいけない時の表情だ。

 『本当だ、確かに怒っている』と、漸く理解出来た。

 春兄の勘は正しかった。


「春樹が何か言ってた?」

「そういうわけじゃないけど……」


 滅多に怒らない兄が怒っていると分かった瞬間から動悸が止まらない。

 余計に怒らせるようなことは絶対したくない。


 でも、春兄と約束してしまったし、聞かないわけにはいかない。

 腫れ物に触るように、慎重に口を開く。


「何かあったの? 二人には仲良くしていて欲しいなあって……」


 僕の話を聞いている兄の眉間の皺が、より一層深くなっていくのが見えた。

 あー……まずい……確実にセリフの選択肢を間違えたパターンだ……。


「央には関係ない」


 遮るように言い放たれた言葉は、凄く冷たかった。

 内容も、言い方も、何もかもが冷たかった。

 心臓がきゅっと痛くなり、頭も真っ白になる。


 でも、春兄から託された使命を果たしたいし、僕だって早くいつもの二人に戻って欲しい。

 簡単に引き下がるわけにはいかない。


「……ごめん。で、でも」

「関係ないって言っているだろ。口を挟んでこなくていい!」


 怒気を孕んだ強い口調だった。

 驚きと兄の気迫に圧されて、思わず身体が強張る。


 普段から喧嘩をすることは殆どないが……稀にはある。

 でも、今のは喧嘩じゃなくて、拒絶されたような気がした。

 僕にとって兄は、『兄』というだけではなく、母でもあり父でもあり、誰より大好きで尊敬する人だ。

 そんな兄に冷たくされ、高校生にもなって情けないが泣きそうになってしまった。


「ごめん、なさい……」


 肩を落として俯いてしまう。

 これ以上、この話をするのは無理だ。

 涙を堪えられなくなる。

「部屋に戻って落ち着こう」と、考えていた時――。


「真」


 突如聞こえた声に反応して振り返ると、そこには怖い顔をして立っている春兄がいた。


「悪い。勝手に上がらせて貰った」


 僕の頭にポンと手を乗せてから通り過ぎ、兄の方に近づく春兄。

 春兄の手が優しくて嬉しかったが、それよりも空気がピリピリしていてどうしていいか分からない。


「今の言い方はないんじゃないか?」

「……勝手に入ってくるなよ」


 二人は険しい顔をして睨みあっている。

 こんな二人を見るのは初めてだ。

 どうしたらいいか分からず、僕はオロオロするばかりだ。


「央は、俺やお前のことを心配して言ってくれているんだぞ」

「お前が言わせたんじゃないのか?」


 突き放すようにそう言うと、春兄に背を向けた。


「……何をしにきたのか知らないけど、早く帰れよ」

「お前、どうしてそんなに苛々してるんだよ」


 春兄の声が荒々しくなっていく――。


「煩い。オレのことは放っておいてくれ。央と二人で仲良くしてればいいだろ」

「はあ? 何を言っているんだ。大体、最近のお前の態度は何だ。言いたいことがあるならはっきり……」

「煩いって言ってるだろ!」


 兄が声を荒げて春兄の言葉を遮った。

 僕は兄の大きな声を聞いて心臓が縮んだような感覚に陥り、思わずぎゅっと目を閉じた。

 兄と春兄、二人の間に沈黙が流れる。

 時間が止まったようだったが春兄が大きな溜息をつき、再び時は流れ出した。


「お前、ちょっと頭冷やせ。央、行くぞ。……央?」


 僕は二人のやりとりを最後まで聞かず、自分の部屋に向かっていた。

 駄目だ、辛くて聞いていられなかった。

 本当は仲の良い二人が、あんな風に睨み合っているところは見ていられない。

 兄に拒絶されている悲しみや二人の険悪なところを見たショックで、我慢しきれないくらい悲しくなった。


 自分の部屋に入り鍵を掛け、衝動的にスマホを取り出したのだが……。


 会長に兄に関わらないで欲しいと頼むのか、夏緋先輩に相談するか迷った。

 しばらくスマホの画面を睨んでいると、スマホの画面が光り、電話の着信を告げた。

 しかもそれは、電話をかけるか迷っていた相手の一人だった。

 すぐに通話のボタンを押す。


「夏緋先輩……!」

『天地……って、どうした? 何かあったのか?』

「あ……。えっと……何でもないです」


 衝動的に電話に出たが、いざ夏緋先輩の声を聞くと、さっきの出来事を話すか迷った。

 兄弟ケンカのようなもので半泣きだとバレるのは恥ずかしいし……。


『そんな声をして、何もないはずがないだろ。朝の兄貴の話が気になって、お前の兄の様子を聞こうと思ったんだが……何があったんだ?』


 心配してくれているような声を聞いて、話すかどうかの迷いが一気に消えた。

 アニキ、聞いてー!


「僕、泣きそうです」

『……もう泣いてるように聞こえるが?』

「ギリ、セーフです……絶対にセーフです……」

『そうか? なら、ビデオ通話にしてみろよ』

「え、確認ですか? 夏緋先輩もしてくれるならいいですけど……」

『オレはいいぞ?』


 なんだと……。

 それならいい、と言われると思ったのに了承を得てしまった。

 仕方ないので、一応目のあたりを服の袖で拭ってから、ビデオ通話に切り替えた。


 すると、画面の中に夏緋先輩のイケメンフェイスが映った。

 夏緋先輩も家にいるようで、制服じゃなく私服だった。

 部屋着なのか無地のシンプルなロングTシャツだが、パーカーじゃない夏緋先輩を見るのは新鮮だ。

 ちょっと癒された。

 ……なんて、つい画面の向こうの夏緋先輩に気を取られてしまったが、当初の目的を果たさなければいけない。


「ほら、泣いてないでしょ?」

『目のあたりが赤い気がするが?』

「え!」


 少し服の袖で拭ったけれど、赤くなるほどじゃないはずだ。

 画面で自分の顔を確認すると、確かにちょっと赤い……かな?


「ちょっと擦っただけです。泣いてないです」

『何もないなら、気のせい、と言うだけですむのに、そうやって確認した時点でアウトだろ』

「!」

『……まあ、いい。お前の兄のことで、何かあったんだろ? 話せることなら話せ。聞いてやるから』

「……夏緋先輩!」


 無理に聞き出すことはせず、ただ話を聞いてくれる姿勢なのが優しい。

 夏緋先輩の気づかいに、また涙腺が緩む。

 青鬼とかイケメンモブとか言って、本当にすみませんでした……!


 まだ混乱しているのか、うまくまとめて話せなかったが、夏緋先輩は短い相槌を打ちながら聞いてくれた。

 伝わったかどうかは分からないが、僕は胸の中に溜まったものを全部吐き出して少し楽になった。

 夏緋先輩はどう思ったのか言葉を待っていると、少しの沈黙の後に声が聞こえ始めた。


『話を聞いていて分かったことは……』

「何か分かったんですか!?」

『ああ、お前が引くぐらいブラコンだということがな』

「…………」


 求めていた答えと違うのですが!


「夏緋先輩に言われたくないです」

『オレは違うぞ? ブラコンじゃない』

「でも、ずっと会長の心配してるし、お兄ちゃんの言うことは大人しく聞くじゃないですか」

『そんなことはない』


 夏緋先輩は即答したが、僕は過去の記憶から反抗する夏緋先輩を検索する。

 該当0ですが!

 反論することはあっても、真っ向から反発することはなかったはずだ。


「でも、僕は夏緋先輩が本気で会長に反発しているのを、見たことがないですけど?」

『お前が気づかないところでやってんだよ。まあ、それはいいとして……。お前の兄についての問題だ』

「! はい……」


 そうだ、今の僕の最重要課題は「兄について」だ。


『お前の兄にとって、二人の関係は、誰にも口を出して欲しくないことなのかもな。お前は心配かもしれないが、相手に任せて静かに見守った方がいいんじゃないか』

「そっか……確かに、そうかもしれないですね」


 春兄に頼まれたこともあり、僕がなんとかしなければと思っていたけれど、余計なお世話だったのかも……。

 兄もさっき、「口を挟むな」って言っていたし……。


「僕、夏緋先輩の言う通りにします」

『ああ』


 焦らないで兄の様子を見守り、機会を見て仲直りをしよう。

 兄と気まずいことが、完全に解決したわけではないけれど、方向性が見つかってホッとした。

 夏緋先輩と話せてよかったなと思っていると、画面の向こうに赤が見えた。


「あ」

『?』

「夏緋先輩の後ろに会長が……」と言おうと思っていると、会長が夏緋先輩のスマホを奪い取った。

 画面が動いて二人の姿は見えないが、揉めている声が聞こえて来た。


『兄貴、返せよ』

『央、何かあったのか?』


 画面の動きが止まると、会長が映った。

 今家に帰って来たところなのか、まだ制服姿だ。


「えっと、夏緋先輩に相談があって……」

『相談? 何故俺に言わん』


 急に不機嫌オーラが漂い始めてビビる。

 怒りポイントが分からない。

 別に夏緋先輩に相談したっていいじゃないか。


「会長か夏緋先輩に話を聞いて貰おうって思っている時に、ちょうど夏緋先輩が電話をくれたんですよ」

『……それで? 何を相談していたんだ?』

「それは……」


 どうしよう、最初は会長に兄カップルのことはそっとしておいて欲しいと頼むつもりだったけれど、今僕は余計なことをしないでそっとしておこうと決めたところだ。


『夏緋に言えて俺に言えないことがあるのか?』

「そういうわけじゃ……」


 画面ごしでも、会長の不機嫌オーラが伝わってくる。

 黙っているわけにはいかないか。

 でも、あまり刺激しないように言わないと……。


「僕は、兄と春兄に仲良くしていて欲しいんです。だから……」


 それ以上はどう伝えるか、言葉に迷う。

 黙っていると、会長の方から聞いてくれた。


『今朝、話したことを気にしているのか? 安心しろ。デートじゃないって言っただろう?』

「じゃあ、何を話すんですか?」

『まあ、色々……。主に確認だな』

「確認?」


「俺のことを好きになる可能性はないのか?」という最終確認だろうか。


『もういいだろ!』


 苛ついている夏緋先輩の声と共に、画面に夏緋先輩が戻ってきた。


『兄貴に邪魔されたが……何かあれば、またオレに連絡してこいよ』

「あ、はい!」

『お前じゃ頼りない。央、俺に言え』

『兄貴、ちょっと黙ってろよ』

「えっと……ありがとうございましたー……」


 何やら青桐兄弟がまた揉め始めたので、僕はそっと電話を切った。


「何の争いだよ……」


 でも、二人のおかげで心が軽くなった。

 早くにこにこな兄を取り戻せるようにがんばろう!

 あ、がんばっちゃだめだ、静かに見守ろう。




 ※※※




 もう何度来たか分からない会長の私室こと生徒会室。

 今日も放課後にいつもの三人でいる。

 僕は呼び出されたわけではないが、改めて昨日のお礼を直接言おうと思ったのだ。

 生徒会室に入ると、すでに会長と夏緋先輩は来ていた。


 昨日の電話のあと何かあったのか、二人は静かだ。

 会長も夏緋先輩も難しい顔をしている。

 お互い距離を置いているようにも見える。

 珍しく会長は黙々と作業をしているし、夏緋先輩はスマホを見ている。


「あのー……ケンカでもしました?」

「そんなくだらないことはしない」


 会長が書類から目を離さないまま、そう吐き捨てた。

 すると、夏緋先輩がスマホから一瞬目を離し、会長をちらりと見た。


「…………」


 もう、なんなのこの空気~!!

 ピリピリするのはお腹いっぱいなのですが!

 お礼だけ言って早く帰ろうかな、なんて思っていたのだが、ふと会長の手元にある書類の束に目が留まった。

 あれは全部、会長が処理しなければいけないのか?


「生徒会長の仕事って、そんなにあるんですか」


 思ったことをそのまま尋ねると、会長がため息をついた。


「お前は俺を何だと思っているんだ。肩書きつけて、座っているだけでいいはずがないだろ?」

「すみません……。でも、今まで仕事をしているところを見たことなかったから」

「お前がいるときは、お前の話を聞きたいからな。さっさと終わらせてあるか、後に回している」

「え、そうなんですか」


 僕と話すために無理をして時間を作ってくれていたのだと思うとちょっと嬉しい。

 これからは僕も時間作りに協力しよう。


「手伝えることありますか?」


 手伝いを断る様子を見せた会長だったが、少し思案すると僕に仕事を振ってくれた。


「……そうだな。誤字がないかの確認と、日付順に並べてくれると助かる」

「分かりました! 夏緋先輩も一緒にやりましょうよ!」


 クールフェイスでスマホを触りつつも、少しこちらが気になっている様子の夏緋先輩を誘う。

 すると、渋々という感じだが来てくれた。

 よかった。

 みんなでやると早く終わるし、この微妙な空気をなんとかしたい。


「夏緋先輩、これが終わったら、バイト代として会長にジュース奢って貰いましょう!」

「勝手に決めるな。……まあ、いいが」

「やった!」


 冗談のつもりで言ったのだが、報酬があると思うとやる気が出る。


「黙々とするのも寂しいですし、せっかくだからしりとりでもします?」

「しりとりなんて楽しいか?」

「一人でやれ」

「冷たい」


 二人から却下され、しょんぼりした。

 いいよ、黙々と作業しますよ!

 心の中で一人でしりとりしますよ!


 結局当たり障りのない雑談をしながら、手伝いは終わった。


「お前達のおかげで早く終わったな」

「会長、お疲れさまです! 早速ジュースを買いに行きましょう!」

「……子供か」


 二人に呆れられつつ、生徒会室を出て食堂にある自販機を目指す。

 青桐兄弟に挟まれ、廊下を歩いていると、目の前から見慣れたスポーツ系イケメンが歩いてきた。

 ジャージ姿なので多分部活中の兄のダーリン、春兄だ。

 体育館にいるはずなのに、どうして校舎に……はっ!

 僕の両側から殺気が……!


 さすがの春兄でも、二対一は分が悪い。

 逃げて! と祈ったのだが、願いは届かず……!

 僕達に気づいた春兄が、逃げるどころか全面戦争の構えでやって来た。


「青桐、央にちょっかいだすのはやめろと言ったはずだ」

「お前の指図は受けん」


 廊下に突然バトルフィールドが出現したかのような錯覚に陥る。

 怖いって! 巻き添えを食らいたくないのですが!

 僕だけでも逃げてもいいですか! ……なんて考えていると、虎と龍のように睨み合っていた春兄が、ふと僕の方に目を止めた。


「央。お前にも言ったのに……。送って行くから、早く帰れ」


 春兄が僕の手を掴み、連れて行こうとする。


「ちょ……春兄、待って!」


 このまま会長と夏緋先輩と別れて帰ったら後が怖い。

 それに、ジュースも買って貰わなければ……!

 そう思い、踏み止まっていると夏緋先輩にも手を引かれた。


「勝手にこいつを連れていかれては困る」

「青桐の弟か……」


 春兄と青桐兄弟が対峙して睨み合う。

『虎と龍』と思っていたけど、『虎と赤鬼青鬼』だった!

 鬼の金棒で虎がボコボコにされてしまう!

 ここは僕がなんとかしないと、春兄に何かあったら兄が悲しむ……!


「僕ら、ジュースを買いに行くので!」


 僕は会長と夏緋先輩の腕を掴み、早く食堂へ行こうと引っ張った。


「春兄、またね!」

「央! こら、待て!」


 追いかけて来ようとした春兄だが、必死に二人を引っ張って逃げると諦めてくれたようだ。

 振り返り、春兄が来ていないのを確認して二人から手を離す。


「仲良くしろとは言いません。でも平和でいきましょうよ」

「「無理だな」」

「…………」


 春兄と青桐兄弟が仲良く暮らす世界線はないらしい。これも知ってた。




 ※※※




 会長にジュースを奢って貰った翌日。

 兄とはまだ気まずい状態が続いている。

 ご飯は作ってくれるし、話し掛ければ返事もくれる。

 でも、いつもの『世界をも救えそうな天使の微笑み』がないからつらい。


 朝から鬱々とした負のオーラに巻かれながら、一人でカフェオレを飲んでいると、玄関が騒がしいことに気がついた。

 聞き覚えのある声が幾つか聞こえる。


「……え、なんで?」


 兄に春兄、それに……会長だ。

 この三人が集結しているなんて、修羅場の予感しかしない。

 僕は慌てて玄関に向かった。


 こっそりと様子を伺うと見えたのは、無表情の兄と怒りを浮かべた春兄……それと昨日の朝のように眉間に皺を寄せた会長だった。

 どう見てもやはり修羅場だ。


 以前はあんなに心躍り、盗聴したかったはずの修羅場だが、今は胃が痛くなりそうだ。

 今から登校するようだが、どういう流れで三人が集まったのか分からないし、口を挟めるような状況ではない。

 オロオロとしながら見守っていると兄が口を開き、動いた。


「行こうか、夏希」


 兄は会長に声を掛けると玄関に腰掛け、靴を履きだした。

 それを見て春兄の眉間の皺は更に深くなり――。


「勝手にしろ」


 そう吐き捨て、春兄は一人で行ってしまった。

 春兄の背中を見ると、怒りが伝わってきた。

 それを見て、兄に追いかけた方がいいんじゃないかと言おうと思ったが……。


「……追わなくて良いのか?」


 難しい顔をしたまま、会長が兄に尋ねた。


「いいんだ。それより、早く話したいことがあるんだろ? 行こうか」


 兄が立ち上がり、玄関を出て行こうとしたところで会長が僕に気づいた。


「央、まだ着替えていないのか? 急げ。またギリギリになるぞ」


 眉間の皺はなくなり、いつもの会長に戻っている。

 それを見て僕は少しホッとした。

 兄と何を話すか分からないが、会長は落ち着いているようだから、兄が悲しむことにはならないだろう。


「はい」


 返事をすると、二人は連れだって出て行った。


「はあ」


 兄達のことには首を突っ込まないと決めたのに、何とかしたいと思ってしまう。

 あんなに怒った春兄を見るのは辛かった。

 僕にとっては春兄も、兄の次に大好きな『兄』なのだ。


 会長も戸惑っているように見えた。

 そういえば……会長は兄のことを好きなのに、『追いかけなくていいのか』と尋ねていた。

 それは兄を気遣ってくれたんだと思う。

 一方、兄はどうしてしまったのだろう。

 普段は一番優しくて気づかいができる兄なのに……。


「はあ」


 二人が出て行った扉を見つめながら、朝起きてから何度目か分からない溜息をついた。


「僕も登校しなきゃな」




 ※※※




 学校が終わり、僕はもう家にいた。

 何をするにも気分が乗らないし、寄り道する気も起こらない。

 最近このパターンが多い。

 部活に入るか、バイトでも始めようかと思ったが、それも面倒だ。

 この精神状態じゃ何をしても上手くいきそうにないし、まずは兄とちゃんと仲直りしたい。


 これ以上兄の機嫌を損ねないよう、制服もきちんと脱いで部屋着に着替えた。

 おやつを調達するため、キッチンを漁っているとインターホンが鳴った。


 扉の向こうから聞こえてきたのは春兄の声だった。

 今は一人らしい。

 扉を開け、春兄の顔を見て……驚いた。


「どうしたのそれ!」


 春兄の整った顔に、殴られたような跡があった。


「はは。まあ、これは気にするな。それよりお前は大丈夫か?」

「気にするなって……それは無理でしょ! 僕は大丈夫だけど、春兄が大丈夫じゃないじゃん!」


 『あはは』と明るく笑っているが、喧嘩でもしたのだろうか。

 誰と……まさか、兄!?


「俺は色々と目が覚めたし、大丈夫だ。それより、俺達のことにお前を巻き込んじまって悪かったな」

「そんな、謝らないでよ。僕はあまり役に立てなかったし、まだ兄ちゃんが怒っている原因も分からないし……」

「それがな……分かったんだよ。あいつの機嫌が悪い理由」

「えっ、分かったの!?」

「ああ。だから真と話がしたいんだけどさ。学校では逃げられたから、ここで待ち伏せさせてくれ」

「そうなんだ……うん。分かった」


 吹っ切れたのか、余裕の表情を見せる春兄を家の中に通す。

 本当に大丈夫かも! と、期待感が込み上げてくる。

 原因は何だったのか聞きたいけど、先に兄と話して貰って、僕は後で聞くことにしよう。

 暫くして空も暗くなり、ご近所から夕飯の良い匂いが漂い始めた頃だった。


 パタンと、玄関のドアが開く音がした。

 兄が帰ってきたのだろうと、春兄と顔を見合わせた。


「……来たな。二人で話をさせてくれるか」

「うん。僕は上に行ってるよ。絶対、仲直りしてよ?」

「ああ。大丈夫だ」


 春兄の自信に満ちた笑顔を見て安心しつつ、自分の部屋に向かう。


「兄ちゃん……」


 玄関の前を通ると、兄が靴を整えて上がってきたところだった。


「おかえり」

「……ただいま。春樹が来てるのか」

「うん、兄ちゃんと話したいって」


 伝えた内容に返事もせず、兄はリビングの方に向かおうとしている。

 まだ態度は冷たい。

 天使の微笑みも未だ行方不明だ。


「兄ちゃん」


 堪らなくなって兄を引き止めた。


「僕、馬鹿だから分かんないけど、何か兄ちゃんに嫌なことしちゃったんだよね」


 背中を向けている兄の表情は分からないが、今は立ち止まって耳を傾けてくれている。


「ごめんなさい」


 これから春兄と話をして解決するかもしれないけど、どうしても今謝りたかった。

 僕の声は届いていたと思うが、兄はそのままリビングの方に消えた。

 許しの言葉を貰えず、またこみ上げてくるものがあったが、春兄を信じて大人しく自分の部屋で解決を待つことにした。


 自分部屋に入り、ベッドで横になる。

 今頃二人は話し合いをしているのだろう。

 春兄を信じてはいるのだが……気になる。


『……ッ…………!』


 目を閉じ、じっと待っていると、下から内容は聞き取れないが荒々しい声が聞こえてきた。

 また言い争っているだろうか。


 ……我慢できない!

 心配になり、僕は様子を見に降りた。


 階段の下段の辺りからこっそりリビングを覗くと、中途半端に開けられたドアの隙間から二人の様子が僅かに見えた。

 春兄が兄の腕を掴んでいて、兄はそれを振り切ろうとしているように見える。

 ここまで来ると声はなんとか聞こえそうだ。

 何か低い声で言い合っている。


「お前は央の方が好きなんだろ!」


 兄が叫んだ。


 え? ……僕? 何の話だ。


「央のことばかり気にして、風邪の時なんて顔をくっつけてたじゃないか! あんなことしなくても熱なんか測れるだろ!」


 風邪の時のおでこtoおでこのことだろうか。

 玄関に野菜があったし、帰って来ていた形跡はあった。

 気がつかなかったが、兄はあれを見ていたのか……。


「大体お前は、前から央のことを可愛がり過ぎだ!」


 そうかな?

 可愛がって貰っているとは思うが、それは『兄のついで』みたいなものだ。

 兄がいるから僕も可愛がって貰えるわけで……。


 ……というか……これって……兄の機嫌が悪い原因ってもしかして……。

 僕の予想は確信に変わり始めていたが、兄の話はまだ終わっていない。


「央を見てると、『手中に収めたくなる』とかなんとか言っていたしな」


 え、そんなこと言ってたの?

 僕まで対象になってたの!?

 ……でもそれって、僕が兄に似ているからだろう。

 というかだ……やっぱりこれって……絶対そうじゃないか!


「くっ」


 今まで黙って聞いていた春兄が、声を出した。

 目を凝らしてみると、ニヤリと嬉しそうに笑っていた。


「……何笑ってるんだよ」

「いや、あいつの言ってた通りだなと思って」

「は? 何を……」

「お前、妬いてるんだろ?」


 そう指摘され、兄の動きは止まった。

 固まっていたが、言われた意味が分かったようで焦った様子で口を開いた。


「なっ……ちがっ……!」

「違わない」


 春兄は言い切った。

 僕もそう思う。

 どうして気がつかなかったのか、今思えば分からないくらい簡単なことだ。

 間違いない。

 兄は春兄が僕を構うから、僕に嫉妬していたのだ。


「妬いている上に拗ねてる」

「そんなこと……」


 否定しようと兄が口を開こうとしたが……。

 春兄が掴んでいた腕を引っ張り、兄を抱き寄せ……力強く自分の腕の中に閉じ込めた。


 こ、ここ……これは……!


 自然と、僕の体は小刻みに震え出した。

 兄は抵抗しようとしているようだが胸に押さえられ、上手く話せなくなっている。

 暫く抵抗していたが力を緩めない春兄に負け、大人しくなった。

 それを確認して春兄はくすりと笑い、兄の顔を一度確かめ……再び抱きしめた。


「もう分かってんだよ、馬鹿。散々振り回しやがって……」


 僕は思った。


(あ。これ、死ぬ)


 な、なな……なんということだあ……おおぉ……おおぉ……神よ……急に目の前に花咲き誇る楽園が広がり始めたではないか!!

 この! この階段は!! 楽園への階段だったというのかっ!!

 これは幻か?

 兄カップルの戯れという栄養源を断たれ、栄養失調ぎみの僕の願望が見せた幻なのか!?

 砂漠の蜃気楼だというのか!?

 誰か、僕を殴ってくれ!

 いや、やっぱり駄目だ。

 夢でも幻でもいいから、まだこの楽園にいたい!!

 ああ……震える……見つかってしまったら楽園への扉は閉じてしまうのに、このパッションを抑えることが出来ない!

 駄目だ、死にたい!

 栄養過多で死にたい!

 殺して!

 今すぐ僕を殺して!


 騒がないように呼吸を止めているので、本当に死にそうになっている僕には構わず、天使達の語らいは続いている。

 危ない、見逃すなんて死ぬ程後悔する。

 この場の全てをこの邪眼に焼き付けなければ!


「俺は嬉しい。普段は感情を表に出さないお前がこうやって、俺のことで周りを巻き込んでることが……」


 兄は春兄の腕の中に隠れてしまっているため顔は見えないが、黙って大人しく聞いているようなのでさぞ照れているのだろう。

 うおおぉ、見たい……恥じらう兄の顔が見たい。

 そして、永遠に網膜に焼き付けたい!


「でも、央は可哀想だろ」


 おっと!?

 急に僕の名前が出てきて、一瞬見つかったのかと思って焦った。


「あいつはお前にべったりだからな。お前に冷たくされて、随分凹んでたぞ」


 春兄、僕のことまで……。

 でも、今は僕の話で時間を使うのが勿体無い。

 僕のことなど記憶から消去してくれて結構だ。

 このまま二人で愛を語り合ってくれたらそれでいい。


「あと青桐がうぜえ。俺に妬かせようとしたのか?」


 え……!?

 溢れ出ていたパッションが、止まってしまった。


 ……会長って当て馬に使われたの?

 だからデートの話を受けたのか?

 いや、まさかそんな……兄が会長の恋心を利用するなんて……。

 兄が春兄の腕の中から顔を見せ、ボソボソとしゃべりはじめた。


「いや、夏希から話があると言われたから、ちゃんと話をつけてこようと思っただけなんだけど……」

「……けど?」

「……色々話したけど、最終的には『しっかりしろ』ってオレが怒られちゃった……かな?」


 ん? どういうことだ?

 なんで会長が兄を怒るんだ?


「あの馬鹿。そうか……実は、俺もあいつに好き勝手言われた。まあ、今回はあいつの言うことが正しい」

「夏希と話したのか?」

「ああ。偉そうに『手に入れたんなら、しっかり捕まえとけ。不安にさせるな』だとさ」


 ……かっ…………かいちょおぉぉぉぉっ!!

 今、僕は震えている…………なんて、なんて男前なのだ!

 朝の会長を見ていて、兄との話し合いに不安はなかったが、いい意味で予想を裏切られた。


 これから僕は毎日朝晩貴方を崇め、祈りを捧げます。

 貴方こそ真の攻めだよ!

 攻めキングの称号は貴方のものだ、世界中の受けが貴方に身を捧げることでしょう!

 いや、受けでなくても、会長が好きに掘ればいい!

 会長が掘りたいと思った奴は、ノンケだろうが攻めだろうが受けになる、それでいいじゃないか!

 もう自分が何を言っているか分からない!

 とにかく、会長は素晴らしい、そういうことだ!


「それで……殴られたんだ?」

「やり返してやったがな。……あいつの言う通りだ。もう、お前を不安にはさせない」


 く、苦しい……。

 会長の攻め魔力に魅入られているうちに、楽園パレードも最後の盛り上がりを魅せているじゃないか!


 真剣な表情の春兄の手が、微笑んでいる兄の頬に触れたのが見えた。

 二人の距離が更に縮まる。

 兄は顔を赤くして、逃げるように視線を泳がせた。

 照れていたようだが、少しすると真っ直ぐ春兄の目を見て口を開いた


「ごめん。……オレが子供だった」

「お前に振り回されるのも悪くはない。でも、相手は俺だけにしろよ?」


 そう言うと春兄は、兄の身体を少し離し、頬に触れて上を向かせ……。

 二つ見えていたシルエットが一つに重なった。

 そこで楽園パレードはフィナーレを迎えた。


「…………」


 そこからは言葉にするのも勿体無い。

 素晴らしい、この頬を伝う涙が答えだ。


「今日、地球が滅んでもいいや……」


 二人に聞こえない声で呟いた。

 そして気配を消しながらそっと階段を上がり、自分の部屋に戻った。

 ベッドに上がり、正座。

 枕に顔を押さえつけて、悶えた。


「尊い……」


 涙は枕が吸収してくれる。

 もう、嗚咽を堪えることもしなくていい。


「そりゃあ掘るわな! 掘るしかないよ! あんな天使、掘ってくれって言ってるようなもんだもん! ああ、お父さん、お母さん、兄ちゃんを生んでくれてありがとう。僕を兄ちゃんの弟で生んでくれてありがとう! そして、神様ありがとう!」


 ベッドの上をドリルのように転がった。

 湧き上がるパッションが、留まることを知らない。


「くっそ、殺されるっ! 殺されるっ!」


 ああ、今日という日を永遠にループしてくれないだろうか。

 僕は神に祈りを捧げ、感謝した。

 神様ありがとう、そして天使達よ、ありがとう……。

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