青桐兄弟ルート④
本日ニコニコ&CWでコミカライズ12話が公開されました!
深雪の成長した姿……白兎さんの前世の姿……攻略対象達……夏緋はあれなシーン……などなど見どころがとってもたくさんです!!私は大変興奮しました!!
引き続き青桐兄弟ルートです。
★★★以降は残してありますが、会長ルートと同じです。
放課後。今日も会長から「生徒会室に来い」と呼び出された。
小料理屋きこりに連れて行って貰ってから、生徒会室に行くことが日課のようになっている。
生徒会メンバーより、僕の方が生徒会室にいることは間違いない。
「あ」
階段を上っていると、上に見慣れた黒いパーカーを見つけた。
ポケットに手を突っ込んで歩いている姿はかっこいいが危ない。
危険だということを分かって貰うため、背中をトンと押してみようか。
いや、本当に転んで落ちたら事件だし、人差し指で背中を突く程度なら大丈夫かな?。
そんなことを考えながら追っていると、夏緋先輩が立ち止まり振り返った。
「お前、無言でついて来るのはやめろ」
「え、なんで僕だって分かったんですか? もしかして、隠れている方の目が後頭部についてます?」
「オレは化け物か」
化け物ではないです、イケメン青鬼です。
心の中で返事をして、呆れ顔の夏緋先輩の横に並ぶ。
「夏緋先輩も生徒会室に行くところですか?」
「ああ。お前もそうだろ?」
「はい。今日も召集命令が下りましたので」
やはり目的地は一緒、ということで階段を一緒に上がっていく。
「お前も律儀だな。兄貴に呼ばれても、毎回従うことはないんだぞ」
「え? でも、後が怖いじゃないですか」
「オレから何もしないように言っておいてやるよ」
それはありがたいけれど、夏緋先輩に会長を抑えられるだろうか。
夏緋先輩も強いけど、会長には逆らえないお兄ちゃん子だしなあ。
「……なんだその顔は」
「な、なんでもないです! じゃあ、今日はやめておこうかな?」
「お前が行かないならオレも行かない」
「?」
なんで……って、そうか。
僕が行かないと兄の情報がストップするから、会長の暴走が加速することはない、ってことか。
……というか、最近は兄の話をそんなにしていない気がするなあ。
夏緋先輩の前では聞かないという作戦?
いや、会長が夏緋先輩相手にそんな面倒なことをしないか。
「んー……。今日は行くって返事してるし……やっぱり行きます」
最近は生徒会室で過ごすのも結構楽しいし。
「夏緋先輩はどうします?」
「お前が行くなら行く」
毎回監視、ご苦労様です。
夏緋先輩の方が律儀だと思う!
※
「央、来たか。……なぜ、夏緋と一緒なんだ?」
「途中で会いました」
そう答えると、会長は少し顔を顰めた。
え? 不機嫌になる要素はどこにありました!?
「あ、寄り道して来たか疑ってます? すぐに来ましたよ?」
そもそも、寄り道くらいしても良くないですか?
そう抗議しようと思ったら、恐ろしいことを言い始めた。
「明日から教室に迎えに行ってやろう」
「え! 絶対嫌です。夏緋先輩なら……いや、やっぱりそれも嫌だな」
会長よりも周囲に騒がれないかと思ったけれど、以前の僕が知らなかっただけで夏緋先輩だって大人気なんだよなあ。
そんなことを考えていると、なぜか赤と青の両方から恐ろしい怒気が漂って来た。
「なんで!? 来て早々、なぞにキレられたらつらいんですけど! 僕はもう泣きながら帰りますよ!?」
「……まあいい。座れ」
会長が隣の椅子を引いたので、仕方なくそこに座った。
今の気持ち的には、いつでも逃げられるように離れたところに座りたかったです。
夏緋先輩も空いている方の僕の隣に座った。
前まで壁に凭れていたり離れたところに座っていたのに、最近近くに座ってくれる。
野生動物が懐いてくれたような感動があるけど、これも言うと凍らされるのでお口チャックだ。
それにしても、最近青桐兄弟の間に挟まれることが多いが、この威圧感には慣れないな。
早く帰って兄の安心感のあるオーラに包まれたいよ。
春兄もいたら、BLのBIGLOVEなオーラも浴びることができて尚いい。
「それで、一応聞きますけど……今日は何の用ですか?」
「おい。その前に、お前は早速何をしようとしている」
会長は僕の手にあるスマホを凝視している。
……バレたか。
「えっと……ゲーム、かな?」
昨夜クリアできなかったゲームがあるから、早くやりたい!
今までに何度か、ゲームをしながら話を聞いたことがあるから、いいかなと思ったのだが……。
「別に構わないが、せめて用件を聞いてからにしろ」
「すみません……」
どうせ兄ちゃんのことじゃん! と思ったけれど、確かに失礼だったなと反省して謝った。
でも、構わないと許可を頂いたので!
「僕はゲームします!」
「お前、元気に宣言すれば許されると思ってないか?」
会長が何か呟いているが、笑顔だけ向けてスルーしておいた。
話は聞きますけど、僕はとても忙しいのです。
スマホでゲームのアプリを起動し、気合を入れる。
今、僕が苦戦しているのはリズムゲームだ。
プレイしているのはRPGだが、その中でミニゲームとして登場するものだ。
一番難易度が高いモードをクリアすると、レア武器をゲットすることができる。
このリズムゲームは、牢屋から出て看守に見つからずに脱獄するミッションになっている。
リズムよくタップすると、看守に見つからずに逃げることができるのだが、失敗すると捕まってまた牢屋にぶち込まれる。
豚顔のオーク看守に捕まるのは結構怖いから、あまり何度もやりたくない。
だから一発絶対ゲットするぞ! と意気込んだものの……。
「……くっ!! なんでだっ……今、押せてたじゃん!!」
普通に何度も失敗した。あと少しなのに!!
僕は認めないぞ…スマホが悪いんだ……判定がおかしんだ……!
リズムゲームは割と得意な方だと思っていたのに……ショックだ。
昨日から結構やってるのにな……。
やっぱり看守は怖かったし、やりたくなくなってしまった。
でも、武器は欲しいな……と思った瞬間に、こちらを見ていた夏緋先輩と目が合った。
「夏緋先輩、リズム感良さそう! やってみてくださいよ」
「おい、どうして俺に言わん!」
夏緋先輩にスマホを差し出していると、会長が割り込んで来た。
「夏緋先輩の方が、リズム感がよさそうだから?」
「貸せ。少し見ていたが、マークが重なった瞬間に押せばいいだけだろ?」
「そうですけど……」
会長にリズム感があるのかは分からないが、反射神経がいいからクリアしてくれるかもしれない。
スマホを渡すと、自信満々な様子でゲームを始めた会長だったが――。
「…………」
途中まではよかったものの、クリア寸前に看守に捕まって牢屋にぶち込まれた。
無言の会長を見ていると笑いそうになり、思わず誤魔化しながら顔を逸らした。
檻に戻されたゴリラが頭に浮かんだけど、このまま口を押えておこう。
それでも、僕より得点が高いのがすごい。そして悔しい!
「……コツは掴んだ」
不屈の精神で再び脱出を始めたゴリ……会長は、さっきよりも正確にタップを決め、得点を積んでいった。
そして―――。
「おお!! すごい!!」
再挑戦した会長は、見事クリアすることができた。
僕が昨日の夜から何回もやっていることを、二回でクリアするとか何なんですかねー!
すごいと思うけれど、僕の時間を返して欲しいなー!
「まあ、こんなもんだ」
会長も気が済んだのかふんぞり返って座り、とても満足気な顔をしている。
僕としては、もう一度檻に入って欲しかったです~!
「お前もやってみろ」
会長が夏緋先輩に僕のスマホを渡す。
「オレがやる必要ないだろ……」
「やってくださいよ!」
武器はすでにゲットしたが、僕も夏緋先輩のリズムゲームの腕前が気になる。
会長と僕からの圧を受けて、夏緋先輩は渋々ゲームを始めた。
わくわくしながら見守る。
「おお……」
本当に初めてですか? 実は特訓していませんでしたか? というくらい余裕がるように見える。
しかも、タップが正確だから得点も高い!
嫌そうにしていたのに上手いとか……。
やっぱり、さっき階段でタックルしておけばよかった。
兄弟そろって、僕の得点を超えることは確実だ。拗ねてもいいよね!
「わああああ!!」
結局、夏緋先輩は一発でクリアしてしまった。思わず拍手だ。
妬みも吹っ飛ぶすごさ!
しかも、会長よりも得点が高い。
やっぱり、夏緋先輩の方がリズム感はあるのかなあ。
「曲を聞いていれば大体予想がつくから、そんなに難しくはないだろ」
「なんだとー!」
それは睡眠を削って頑張った僕に対する冒涜だぞ!
「昔からこういうのはお前の方が上手いな」
「そうなんですか?」
会長の呟きを聞いて夏緋先輩を見ると、不思議そうにきょとんとしていた。
会長、弟さんは心当たりがないような顔してますけど……。
「兄貴に勝った覚えなんてないぞ?」
「そりゃそうだろ。俺の方が一年長く生きているから負けることはない。でも、子供の頃は、一年の差はでかいからな。俺とお前が同じ年齢だったら、お前が勝っていただろうな」
なるほど、確かに子供の頃の一年って大きいよなあ。
夏緋先輩は無表情だけど、嬉しそうな雰囲気だ。
兄に認められて喜んでるツンデレ弟、和む……。
会長も、弟を認めているお兄ちゃん感があっていい。
「……何ニヤニヤしてんだ」
夏緋先輩が顔を顰めた。
いいんです。僕にはツンでも!
BL的に兄弟仲良くして頂ければ!
「ニヤニヤしているんじゃなくて、ほっこりして……いたあっ!」
椅子に大きな衝撃が入り、思わず叫んだ。
「椅子を蹴ったのに、痛いわけがないだろ!」
「確かに、条件反射で言っちゃいましたけど……心が痛いんです! 悲しいんです!」
「うるさい! 騒ぐな!」
「……ッチ」
会長という兄に怒られ、弟組の夏緋先輩と僕はすぐに黙った。
夏緋先輩、舌打ちして不機嫌そうにしてますが……。
お互い「兄の言うことを聞く」というのが体に染みついていますね。
「まったく……まあ、俺が現実で夏緋に負けることはないがな」
「!」
会長、待って!
BL的には、「お前に負けることはない」って受けフラグっぽい……。
攻×攻で始まるやつでは、よくあるパターン!
会長の受けはナシじゃないけど、ないけど!
相手が夏緋先輩なら、あなたは左固定したい……!
「今のゲームだってオレが勝っただろ……って、なんでお前はそんな気持ち悪い顔してるんだ?」
「えっ!」
ちょっと待って、今美味しそうな気配がしたのに!
夏緋先輩が反抗しようとしていたのに、自分が腐っていたせいで止めてしまった……!?
「なんでもないです……」
「お前、情緒不安定か?」
「僕のことはいいんです……。とにかく、おかげで報酬をゲットできました。ありがとうございます。あ! そんなことより、兄の話はいいんですか? 今日も全然してませんけど……」
今度は会長の方がきょとんとしている。
そんな会長を、夏緋先輩は静かに見ている。
「…………」
……ええ? この静寂、なんの時間ですか?
「まあ、聞かれても言いませんけど……」
静かさに耐えきれず呟くと、会長がキッと睨んで来た。
「だったら言うな!」
気になったから聞いただけじゃないか!
そもそも兄の話を聞かないなら、僕を呼ぶ必要ないでしょ!
★★★
生徒会室を出た僕は、真っ直ぐ家に帰宅した。
精神的に疲労が溜まったのか、身体が重い上強い眠気に襲われた。
リビングに直行し、ソファに雪崩れ込む。
部屋に行くのも億劫だからこのまま一眠りしてしまおう。
制服を着替えていないからまた兄に叱られることになりそうだ。
そんなことを考えながら、意識はゆっくりと沈んでいった。
(ん? 冷たい……)
頭がぼうっとしている。
……夢を見ていた。
子供の頃、風邪で熱を出したときの夢だ。
今は主婦レベルMAXの兄が砂糖と塩を間違えるというベタな初歩ミスをした可愛らしい思い出。
和みながら微睡んでいたが、冷やりとした感触を額に感じて目が覚めた。
誰かが夢の中の兄と同じように僕の顔を覗き込み、額に手を当てていた。
「兄ちゃん…?」
「悪い、起こしてしまったか」
目を開けるとそこには、蒼い瞳の凛々しくて端正な顔があった。
兄ではなくダーリンの方だった。
毎日来ているのだから、当然今日もお勤めのように来ていたのだろう。
だが兄の姿が見当たらない。
「あれ、兄ちゃんは?」
「近所の主婦の方々に捕まってな。俺は先に逃げて来た」
なるほど、さすが兄ちゃん。
兄は主婦の方々にも大人気だ。
近所のお母様方は家事をしている兄をよく目にかけてくれている。
僕の方はと言うと、お兄ちゃんのお手伝いをしなさいと良く叱られる。
「お前、ちょっと熱くないか? 熱があるだろ」
「え、そう?」
それでさっき、おでこをペタペタ触ってたのか。
確かに意識がぼんやりとしている。
寝起きのせいかと思っていたが、どうやら違うようだ。
「風邪でもひいたんじゃないのか?」
今度は手ではなく、春兄の頭が近づいてきた。
何をする気だと驚いているうちに、春兄の額が僕の額に当てられた。
これは……、おでこtoおでこだ。
顔が近くて戸惑ってしまう。
こういうことは、兄にだけやって欲しいものだ。
照れてしまっているのか熱のせいかは分からないが、凄く顔が熱い。
顔が熱を持っているのが分かる。
関節が痛いし、涙腺が緩んでいる気もする。
起き上がりたいのに力が入らない。
「春兄、引っ張って起こしてー」
「ったく、ガキか」
春兄のバスケで鍛えられた逞しい腕に引っ張られて、勢い起き上がった。
腕が抜けそうだ。
痛い、凄く痛い。
涙腺が緩んでいるのに痛みで更に泣きそうだ。
もう少し加減というものをしてくれないと!
「う、痛っ……」
抗議の視線を向けると目が合った。
すると一瞬目を見開いて固まったがすぐに逸らされてしまった。
「痛いんですけど」
「だったら自分で起きろ。もういいから……部屋で寝ろ」
「そうする」
もうすぐ兄も来るだろう。
二人の時間の邪魔をするのも悪いし、自分もゆっくり眠りたい。
大人しく部屋で寝ることにし、重い体を起こしてとぼとぼ歩き出した。
「……危ねえ。あの顔は反則だろ」
「うん?」
「なんでもない」
何かブツブツと呟いている春兄に声を掛けるのも面倒なくらい身体が怠い。
「あ、そうだ」
「?」
何か思い出したようで、春兄に引き留められた。
何だというのだ、振り向くのも辛いのだが。
「お前、最近青桐と関わってないか?」
「誰それ」
「青桐夏希だ、生徒会長の。その弟とも仲がいいようだが……。あんまり関わるなよ」
「なんで?」
「いいから、関わるるんじゃないぞ?」
「会長は結構良い人だよ? 夏緋先輩も……」
春兄にとって、会長はライバルだから『敵』だけど、僕は会長の良いところを知っている。
兄への想いは本物だったし、暴力的だけど一緒に居ても結構楽しい。
「弟の方は知らないが、青桐が良い人? お前、頭は大丈夫か?」
「そんなに嫌わなくても、ちょっと話してみれば……」
「もういいから、早く行け!」
「何故キレたし……理不尽……」
春兄に叱られつつ、リビングを出た。
途中、玄関に野菜が置いてあるのが見えたが兄の姿はなかった。
帰ってきているはずなのだが、トイレにでも行ってるのかな。
亡者のような動きでなんとか自分の部屋に到着。
そのままベッドに倒れこんだ。
※※※
目を覚ますと窓の向こうの景色は暗闇に染まっていた。
時計を見ると、春兄と話した頃から四時間程経っていた。
熱が上がってきたようでさっきよりも一層関節が痛いし、寒気がする。
本格的に風邪をひいてしまったようだ。
項垂れていると部屋のドアが開き、ひょこっと兄が顔を見せた。
やめて、なんか可愛い。
体調が悪いのによからぬ妄想に走ってしまいそうになるじゃないか。
「起きたみたいだね。風邪、大丈夫?」
「大丈夫……じゃないかも」
素直に堪えると、兄が困ったように微笑んだ。
「そうみたいだな。熱、測ってみようか」
そう言うと兄はドアから姿を消したが、体温計を手にしてすぐに戻ってきた。
早速測る。
すぐに体温計はピピッと計測完了を告げた。
自分では見ず、そのまま兄に渡した。
「わあ……三十八度超えてる。明日は休んで病院だな」
「はーい」
「じゃあ、お粥作ってくるから」
「お腹減ってない」
「無理はしなくていいけど、少しくらいは食べなきゃ。薬を飲む前に何か入れておいた方がいいよ」
「んじゃ、鮭のがいい」
「残念ながら鮭はないな。卵で我慢して」
デジャヴだ。
さっき見た夢を思い出していた。
お互い大きくなったが、同じシチュエーションじゃないか。
「……砂糖と塩、間違えないでね」
そういうと兄はきょとんとした顔をしたが、少しすると思い出したようで表情を明るくした。
「あー……そんなことがあったなあ。覚えてたんだ?」
「さっき夢で見て、思い出した」
「へえ。懐かしいなあ」
そう言って僕のおでこに手を置いた。
冷たくて気持ちいし、やっぱり春兄より兄の手の方が落ち着く。
「そういえば、春兄は?」
この時間だと帰っていることも多いが、稀に遅くまでいることもある。
今日はどうなのだろう。
答えを求めて兄の方に目を向けると、黙ったまま止まっていた。
どうしたのだろう。
思わず小首を傾げてしまった。
すると僕が小首を傾げた意味が分かったのか、兄はボソッと一言口を開いた。
「……帰ったよ」
「そっか」
「春樹が気になる?」
「うん? まだいるのかなって思っただけ」
「そうか」
返事をして兄は部屋を出て行った。
さっきの一瞬の間がなんだったのか気になったが、お粥を作ってきてくれた兄の様子はいつも通りだった。
お粥も砂糖と塩を間違える、なんてことはもうあるはずが無く、いつも通り美味しかった。
***
朝起きると熱は少し下がっていたが、学校は休んで病院に行くことにした。
家から一番近くにある総合病院で診てもらい、受けた診断は『風邪』だった。
『薬飲んでゆっくり休んでください。はい、次ー』という、雑な扱いを受けるくらい普通の風邪だった。
隣接している薬局に処方箋を出して薬を貰い、帰宅。
兄が用意してくれていた昼食を食べて薬を飲み、一眠りすることにした。
暫く気持ちよく眠っていたが、スマホの着信音で目が覚めた。
通知に表示されている名前は春兄だった。
『風邪、大丈夫か?』
「うん、平気」
『様子を見に行きたかったんだけどさ、真に止められてさ。寝かせておくから邪魔するなって』
体調も大分良くなってきたし、退屈だったから来てくれても良かったのに。
というか僕を気にせず兄の部屋でイチャイチャすればいいのに。
『なあ、話は変わるが……真の機嫌が悪いんだけどなんか知らないか?』
「え?」
驚いた。
兄の機嫌が悪い姿なんて、滅多に見られないレアなものだ。
何時も穏やかに笑っていてる兄。
怒る時は必ず真っ当な理由がある時だけだ。
僕に心当たりは無い。
朝も普通だったし、昼食を作ってくれていたしそんな様子は見当たらなかったが。
「僕は心当たりないけど。春兄、何か兄ちゃんを怒らせるようなことしたんじゃない?」
例えば無理なプレイを強いたとか。
僕にはそれしか思い浮かばない。
『俺も心当たりがないんだけどなあ』
やっぱり僕はアッチ方面の問題だと思う。
言えないけどね!
「ストレートに聞いてみれば?」
『聞いたけど、流されて終わりだ』
「じゃあ、本当に何も無いんじゃない?」
『いや、多分何かはある』
「そう?」
お兄ちゃんっ子としては兄についてのことは負けたくないが、旦那様が言うのならそうなのだろう。
でも、本当に心当たりが全く無い。
「じゃあ、原因が分からないから、機嫌が良くなるように何かしたら?」
『そうか。そういう手段もあるか。真の機嫌が良くなることか……。何だと思う?』
愛を囁いてやればいいんじゃないか。
もしくはプレゼント。
あそこを労って、円座クッションでも買ってやればいいのだ。
……なんてことも言えないが!
「春兄が自分で考えなよ」
『冷たいな。助けてくれよ』
「知らない。僕、病人だし。おやすみー」
『おい、待て!』
僕に甘えられても困る。
甘える先を間違っているぞ。
「まあ、兄ちゃんの様子がおかしいか、よく見ておくよ」
『ああ、頼む。何か分かったら、教えてくれ』
「了解しました」
『ああ、あとやっぱり青桐には近づくなよ。今日はあの馬鹿にも釘をさしておいたが』
「へ?」
『あいつが関わると碌なことが無い。気をつけろよ』
まだ大人しく寝ているように注意を受けた後、電話は終わった。
詳しく聞く前に切られてしまった。
釘をさしたって何だろう。
会長に何か言ったのだろうか……。
喉の渇きを感じ、一階のリビングに下りた。
お茶を飲みつつスマホをチェックしてみると、楓と雛、柊からも風邪を心配するメッセージが届いていた。
看病しに来ると連絡があったが、のんびりしたかったので全部断った。
暇だがこの面子が来ると絶対疲れる。
そんなことをやっていると、いつの間にか時間が経っていたようで兄が帰宅した。
「おかえり」
「ただいま、起きてていいのか?」
「大丈夫」
春兄が言っていたことを思い出し兄の様子を観察してみたが、特に気になるようなところはない。
やっぱり勘違いじゃないだろうか。
気にせずどんどん強引にでもイチャイチャすればいいのだ。
そうすればきっと春兄の疑念も払拭されるだろう。
「春兄来ても大丈夫だったのに」
そう言うと、自分の部屋に行こうとしていた兄の足が止まった。
リビングを出て行こうとしていて、こちらに背を向けているから顔は見えない。
「どうして?」
「さっき、電話くれた」
「そう。来て欲しかったんだ?」
「うん、治ってきて暇だったし」
どんどん連れてきて励めばいいよ。
僕は自分の部屋に戻って聞き耳をたてるから。
早くボイスレコーダーを買おう。
バイトをしようかな。
そんなことを考えている間に、兄の自分の部屋に行ってしまったようで姿を消していた。
兄は暫く自分の部屋から出てこなかった。
いつもはすぐに降りてくるし、春兄が来ているとき以外はリビングに居てリビングの主のようになっているのに。
勉強だってリビングでするくらいなのだ。
僕がいるから風邪がうつりたくないのだろうか。
でも今までそんなこと気にしたこと無かったが。
次第に眠くなったので、僕も自分の部屋に戻って一眠りしたのだった。