『青の扉(夏緋を選択)』
※本日更新分2ページ目(こちらは分岐先なので1ページ目からお読みください)
僕の足は昇降口に向かっていた。
ここに呼ぶのだから、たぶん外出するつもりなのだろう。
下駄箱で靴に履き替え、夏緋先輩を探そうとしたのだが……その必要はなかった。
目立つ人なのですぐに分かった。
そわそわしている女子達の視線を辿ると、片手をポケットに突っ込み、スマホを触っている夏緋先輩がいた。
近寄っていくとすぐに気づいたようで、スマホに向けていた視線をこちらに移した。
そして、僕の顔を見た瞬間、ふわりと微笑んだ。
「!」
そわそわしていた女子達が息をのんだのが分かった。
僕は何度が見る機会があった、夏緋先輩の貴重な邪気のない微笑み――。
でも、周囲の女子達は初めて見たのだろう。
息をのんだまま停止している。
分かる……。この微笑みは見た瞬間フリーズするよな。
そしてフリーズが解けた瞬間に「わああああっ!」ってなるから。
……なんてことを考えていたら、夏緋先輩が満足そうな顔で僕を見ていた。
「よし」
「?」
よし、って何だ。
お手ができた犬を褒めたような雰囲気を感じたが、気のせいか?
少しイラっとしたので、反抗してみることにした。
「今から会長のところに行くので、夏緋先輩には用件だけ聞いておこうかなって思っ……嘘ですごめんなさい夏緋先輩に会いに来ましたー!!!!」
あんなに機嫌が良さそうだったのに、段々青鬼の顔に変化していくのが怖すぎて、速攻謝った。
「……好きにしろ」
……おん?
鋭いままの目つきは怖いのだが、舌打ちをしながら顔を背ける夏緋先輩が、なんだかちょっと寂しそうで可愛かった。
「僕が会長の方に行くって言ったから拗ねました? ……冗談ですごめんなさい!」
また青鬼へと変貌し始めたので、秒で謝った。調子に乗ってすみませんでした!
「オレでいいんだな?」
念を押す再確認に全力で頷いた。
すると、またあの微笑みが戻って来た。
「もう余計なこと言うなよ? 分かったらついて来い」
「はい!」
はあ……機嫌がよくなってよかったあ。
「こ、ここは……!」
学園を出て、夏緋先輩の案内で辿り着いたのは、大きなビルの中にあるカフェだった。
ここはただのカフェではない。
僕が地球一来たかったところ……今ハマっているゲームのコラボカフェ!!!!
「お前、ここに来たかったんだろう?」
「はい!! あ、でもここ、抽選で当たった人しか入れないですよ? 予約も必要ですし」
僕も何度か応募したが、見事全敗している。
「大丈夫だ」
そう言って夏緋先輩が僕にスマホの画面を見せてきた。
そこには、このコラボカフェの当選通知が表示されていた。
「当たったんですか!?」
驚きで叫ぶ僕を見て、夏緋先輩が得意げにニヤリと笑った。
「すげええええ!! 夏緋先輩、神すぎる!! 好きいいいい!! 一生ついていく!!」
嬉し過ぎて思わず夏緋先輩に抱き着いてしまった。
ここに連れてきてくれるなんて……!
「おい……」
夏緋先輩が珍しく狼狽えている。
それが面白くて更にしがみついてやった。
同じくコラボカフェに当選してやって来た様子のお姉さん達がこっちを見ているし、恥ずかしいだろう!
「お前っ、いつまでくっついてくるんだ! 離れろ!」
調子に乗っていたら、襟の後ろを掴んで引き剝がされた。
ぐえっ、首が締まる……今死んだら無念過ぎて祟るからな!
「まったく……あまり騒いでいると入店拒否されるぞ?」
「はっ! すみませんでした! では、拒否られる前に行きましょう!」
スキップしたい気持ちを抑えながらも、張り切って店の中に入った。
あ、夏緋先輩に受付して貰わないといけないから、僕が先頭じゃまずい。
気持ちが先走り過ぎた……と、ちょっと照れつつ、ササッと夏緋先輩の背後に回った。
「お前、生年月日が分かるものを持っているか?」
「生徒手帳に書いてましたっけ? ……あ、書いてる」
「じゃあ、それを出せ」
受付をしている夏緋先輩に言われ、生徒手帳を出した。
生年月日を受付のお姉さんに見せる。
すると、お姉さんは「確認できました」と頷いた。
「何が?」と思っていたら、お姉さんはスッと僕に何かを差し出してきた。
「お誕生日おめでとうございまーす! こちら、お誕生日の方限定にお配りしている、ゲーム内で身に着けることができるコスチュームのIDカードです」
「!!!!」
まさかここで誕生日を祝って貰えるとは思わなくてびっくりした。
しかも、限定コスチューム!?
カードを見ると、誕生日ケーキの帽子や、教育テレビの子役が着ていそうな服が描かれていた。
正直に言うと若干ダサかったが……限定ものを貰えてすごく嬉しい! レアゲットだー!
「よかったな」
夏緋先輩が目をキラキラさせている僕を見て笑っていた。
「夏緋先輩! 誕生日のお祝いで連れて来てくれたんですね。ありがとうございます!」
改めてお礼を言うと、夏緋先輩は満足そうに微笑んでいた。
でも――。
「あの、『フッ……』て笑うんじゃなくて、夏緋先輩もちゃんと『誕生日おめでとう』って言ってくれません?」
「注文をつけてくるのか、お前は」
「おめでとう」を行動で示してくれたけれど、夏緋先輩からの言葉も欲しい。
ここまでして貰って注文を付けるなんて、図々しいと自分でも思うが、言って欲しいのだから仕方がない。
ニコニコしながら言われるのを待っていると、夏緋先輩がため息をついた。
「天地、誕生日おめでとう」
しょうがないな、という感じの苦笑いだったが許す。
やっぱりちゃんと言って貰えると嬉しい。
「ありがとうございます!」
そんなやりとりをしていたら、僕たちのうしろにいた、さっきのお姉さん達も「おめでとう~」と拍手してくれた。
へへっ、と照れながら会釈をしてお礼を言っておいた。
「あ、待って……大変だ。夏緋先輩、『おめでとう』ワンモア! ボイスレコーダー起動してなかった……」
「黙れ。もう席に行くぞ」
席に着いてからも幸せの連続だった。
コラボカフェなのだから当たり前だが、ゲームに出てきたものや、キャラクターをイメージしたメニューばかりだ。
見ているだけでも楽しいし、味もよかった。
席やメニューに付いていた、持って帰ってもいいコースターやステッカーなどはすべて回収した。
気になったメニューは一通り食べたし、お腹いっぱいだ!
こうして、初コラボカフェ体験は大満足で終わった。
満腹だし、楽しい時間を過ごすことができて、幸福感に満たされながら帰路を歩く。
今まで生きてきた中で一番楽しい誕生日だったかもしれない。
「あ、夏緋先輩!」
朝、兄に言われたことを思い出し、うきうきテンションのまま言葉にした。
「夜って用事あります? なかったら、これから僕の家に泊りに来ませんか?」
「!」
びっくりしている夏緋先輩を見て、僕は首を傾げそうになったのだが……あ!
「何か」を期待しているような、意味深な言い方をしてしまったかも!
そうではないと、慌てて弁明をする。
「あのっ! 兄がごちそう作ってくれるから誰か呼んだら? って……! 金曜だし! 泊まっていけばゆっくりできるだろうって!」
あたふたしながら説明していると、きょとんとしていた夏緋先輩が「ははっ!」と笑い出した。
どうやら僕はあまりにも必死に言うから、面白かったようだ。
「説明しなくても、少し考えれば分かったさ。……で? お前の部屋に泊めてくれるのか?」
「え? は、はい……」
改めて聞かれると妙に意識してしまう。
「じゃあ、お邪魔する」
「ど、どうぞ。お邪魔してください……」
だんだんと、二人で歩いているこの状況にもドキドキしてきた。
デート帰り、って感じがする。
夏緋先輩が家に泊まることも……あと部屋が綺麗だったか、心配のドキドキもある。
三重のドキドキを抱え、僕はそわそわしながら家に帰えったのだった。
……ちなみに、コラボカフェでお腹がいっぱいになってしまっていたため、兄のごちそうを少し残してしまった。
それで兄の機嫌が若干悪くなってしまったことが、今日唯一の残念なところだ。
まあ、春兄を召喚しておいたから、残りも食べてくれるだろうし、機嫌もよくなるだろう。




