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第六話 女の子もいるんだよ

 暖かい風が開け放たれた窓から入り、眠気を誘う。

 教室内は休憩時間とあり、穏やかな空気が流れていた。

 私も後ろの席に座っている友人と、まったり話をしている。

 話題は私の兄である『櫻井春樹について』だ。


「なんかおかしいのよねえ。妙に機嫌が良いし、棘が抜けたというか。丸くなったというか」


 そわそわしたり、急に穏やかに微笑んでみたり……。

 頭の中がお花畑になっている気がする。

 周りからは「クールでかっこいい!」と言われていた兄なのに、どうしちゃったのだろう。


「ねえ、ふうちゃんはどう思う?」


 話し相手である佐々木風子に意見を求めた。


 ふうちゃんとは別の中学校だったけれど、このクラスで一緒になって仲良くなった。

 ふんわりと波打つ肩口までの藤色の髪に、夜空を飾る星のように静かに輝く琥珀色の瞳で、大人びた印象を受ける。

 でも話をすると気さくで面白い、それにちょっと不思議? なところがある素敵な友人だ。


「彼女でも出来たんじゃない? 雛ちゃんのお兄さん、凄いモテてるんだし。恋人が二、三人いても不思議じゃないけど」

「それがね……」


 自分も同じ考えに至り、本人に「彼女ができたの?」と聞いてみたのだが、「そんなもんいらない」という返事だった。

 妹の私には言いたくないのかもしれないと思い、幼馴染のアキに頼んで聞いて貰ったけれど、そちらでも「彼女はいないみたい」という報告を貰った。


「何回聞いても『彼女なんていないし、いらない』って言うの。一番仲がいい真兄も知らないみたいだし。あ、でもアキは『好きな人は出来たのかもね』って言っていたかな。いつも真兄とばかりいるし、そんな気配はないんだけどなあ」

「えっ」


 そう呟くと、ふうちゃんが小さい驚きの声をあげた。


「…………? え、ふうちゃん、どうしたの!? 顔が怖いよ!?」


 ふうちゃんの目は零れ落ちそうなほど見開かれ、唇はわなわなと震えていた。

 まるで『殺人鬼に袋小路に追い詰められ、殺される瞬間』の様な形相だ。

 どう対応していいか分からず戸惑っていると、ふうちゃんはスッと真剣な顔になった。

 そして背筋をピンと伸ばし、机の上でそっと手を組み、政見放送でも始めるのかという佇まいで私を見据えた。


「今の話、詳しく聞かせて」

「う? うん……」


 そこで私は彼女の質問に答えつつ、お兄ちゃんの状況や周りから聞いた話を事細かに伝えた。

 ふうちゃんは全てお聞き終わると静に息を吐き、深く頷いた。


「お兄さんは最近浮かれている。とても幸せそう。でも彼女はいないし、いらない。しかし、好きな人が出来た。そしていつも一緒にいるのは真先輩。……そういうことね?」


「う、うん。そうね。…………ん? んん? あれ、あれ?」


 ふうちゃんの鋭い視線に戸惑い、スルーしてしまいそうになったが……。

おかしなことに気がついた。気がついてしまった。


「彼女はいらないのに、好きな人? あれ?」

「矛盾しているわよね……」


 ふうちゃんの目がキラリと光った気がした。


「それはつまり、たとえ結ばれたとしても『彼女』にはならない、ということを指しているのではないかしら」

「ど、どういうこと?」


 よく分からないが胸がドキドキしてきた。

 考えていいのだろうか、いけない気がするのは何故!?


 しかしそこで幸か不幸か、私の思考を遮るように授業再開のチャイムがなった。


「ふうちゃん!」

「雛ちゃん……放課後に答え合わせをしましょう」


 ふうちゃんは私から視線を外し、次の授業の用意を始めた。

 同時に教室の扉が開き、先生が入ってきた。

 私は起立の号令に従いながらも、頭の中は戸惑いでいっぱいだった。




※※※




「雛ちゃん、答えは見つかったかしら」


 その日の授業が終わり、放課後になった。

 私はふうちゃんと連れ立って屋上に来ている。

 高い場所で遮るものがないからか、風が強くように感じた。

 風で顔に纏わりつく邪魔な髪を掻き分けながら、私は授業中考え続けて導き出した『目を逸らしたくなるような結論』を口にした。


「もしかしたら、人妻と不倫……とか。あと、相手が先生とか。公に『彼女』だって言えない関係ってことだよね!?」


 色々考えたが、他人に言い辛いような関係であるものしか思い浮かばなかった。

 近所の美人妻とか、綺麗な先生とか、誰かの彼女とか……!


「どれも応援出来ないよ!」


 あのお兄ちゃんが禁断の愛に手を出しているなんて、想像もつかない。

 でも、遊びでそんなことをするようなお兄ちゃんではない。

 きっと本当にその人のことを好きになってしまったのだ。

 だったら私は応援してあげるべきなのだろうか。


「教えて、ふうちゃん。私はどうしたらいいの!」


 私よりも先に気がついたふうちゃんなら、何か良い方法を知っているのかも知れない。

 救いを求めてふうちゃんを見た。


「えっ」


 ふうちゃんの目を見て、緊張が走った。

 どうして?

 ふうちゃんは、とても冷たい目で私を見ていた。

 突き離すような、嘲笑っているような、そして悲しんでいるような……。


「甘い……甘いわ、雛ちゃん」

「ふ、ふうちゃん?」

「……黙って、これを読みなさい」


 差し出されたそれは薄い本だった。

 大きさはノートくらいであまり厚みがない。

 書店で売られているようなコミック本ではないようだ。

 恐る恐る手に取り、表紙を捲る。


「…………え」


 登場人物は二人の少年。

 流行っているアニメのキャラクターだ。

 絵柄が少し違うので、公式の本ではないのかもしれない。

 違法とかにはならないのかな? と少し気になったが、そこはどうでもよかった。

 もっと、もっと大事なことがあった。


「わっ、わっ! ふ、ふうちゃん! こ、これなんか、エッチなことしてるよ!?」

「そうね、がっつりヤッてるわね。表紙を捲って一ページ目からスタートダッシュよ」

「え!? えぇぇぇぇ!?」


 さっきも言ったが、登場人物は二人の少年のみ。

 ということは……とういうことなわけで!!


「ひゃあああっ!!」


 私は思わずその本を捨ててしまった。

 手に持っていることがいけないことのような、恥ずかしいことをしているような……。

 羞恥心と罪悪感がごちゃまぜになってパニックだ。


「やっぱり……雛ちゃんはそっちの人なのね」

「え?」


 ふうちゃんは私が捨ててしまった本を拾い、パンパンと汚れを叩きながら深く溜息をついた。


「……分かっているの。BLを受け入れられない、NLオンリーの人がいることを……」

「え、びー? えぬ?」

「ふふっ……私も若かりし頃は、BLが『苦手』だ『無理』だなんて、絶対おかしいと思っていたわ。正気なのか! と。カマトトぶってんじゃねえよ、実はムッツリなんだろ! と、本気で思っていたわ」

「若かりし? ふうちゃん、同い年だよね? 十六歳だよね?」

「だって、女ならBLが嫌いなわけがない! 読めば絶対嵌るはずだ、って。知らないなんて可哀想、私が教えてあげなければ! という使命感に駆られていたくらいだったわ。 ……でも、色んな波にのまれて分かったわ。世の中には色んな人がいて、それぞれの趣向があることを理解した。自分の好みを人に押し付けることは、愚かで傲慢なことだと学んだわ。だからこそ……」


 私の方にちらりと目をやり、今にも泣き出しそうな表情のふうちゃん。

 でも、私には分からない。

 ふうちゃんが何語を話しているのか分からない!


「雛ちゃんには、腐女子(同族)であって欲しかった……」

「同族? ん? 私も日本人だよ?」

「どうしてこんな最高のご馳走が近くにあるのに! 何故なの、雛ちゃん! 貴方は間違っている!!」

「え? え?」


 ふうちゃんは目を瞑り、口を押さえて座り込んでしまった。

 何がなんだかさっぱり分からないが私が悪くて、ふうちゃんは悲しんでいるということだけは分かる。


「ご、ごめんね?」


 もう何がなんだか分からない。

 何の話をしていたのかも分からない!


「いいの! いいのっ! ベルリンの壁は崩れても、この壁は決して越えられない……私達は相容れることが出来ないけど……でもいいの!!」

「う、うん……」


 やはり言葉は通じないみたいだが、すっかり取り乱してしまったふうちゃんが落ち着くまで、私は背中をさすって宥めることになった。




※※※




「ごめんね、雛ちゃん。ついスイッチ入っちゃって。もう大丈夫よ」

「良かった。ふうちゃんに悪霊でもとり憑いちゃったのかな、と思ったよ」

「「ふふふふっ!」」


 二人で声をあげて笑った。

 本当に良かった。

 いつものふうちゃんだ。

 さっきまでは正気の沙汰とは思えない目つきだったので、本当にドキドキした。


「っていうか、あの本はなんなの? どうして私に見せたの?」

「ああ、それはね。雛ちゃんのお兄さんが、真先輩とああいうことになっているんじゃないかと思って」

「あーそうなんだ。…………え? え?」


 そういう意図だったのかと、素直に理解した次の瞬間、頭の中が凍った。

 お兄ちゃんと真兄が『ああいうこと』?

 ああいうことというのは、きっとさっき見た衝撃的なアレだ。


「な、何を言っているの、ふうちゃん。そんなわけないでしょ……」


 自信を持って否定したいはずなのに……何故か声が震える。

 まさか、そんなことがあるわけがない。

 確かに二人は子供の頃から仲が良いが、それは『親友』だからで『恋人』だなんてあるはず…………あ!


 そこまで考えて、気がついた。


「確かに、付き合っていても『彼女』じゃない……」


 ふうちゃんがニヤリと笑った。


「いつも真先輩と一緒なのは、真先輩が恋人だから。恋人と一緒なら、そりゃいくらクールなお兄さんでも浮かれちゃうんじゃない?」

「そ、そんな……」


 絶対違うと否定したい。

 それなのに、否定の言葉が出てこない。

 それはきっと頭の中で正解をみつけてしまった、と思っている自分がいるからだ。


「まあ、腐女子の戯言だと流してくれていいわ」

「ふじょし?」

「私の頭の中は腐っているの。『ふうこ』の『ふ』は腐女子の『腐』、ってね。ふふ腐」

「?」


 急に機嫌が良くなったふうちゃんが『BL』というものを語りだした。

 それはボーイズラブ、男の子同士の恋愛であること。

 性別の壁を越えた究極の愛であること。

 そして、お兄ちゃん達は神が遣わした天使であるということ。

 正直、私の脳は追いついていない。


「BLで困ったことがあったら、なんでも私に聞いて」

「う、うん……」


 どうしてだろう、頼もしいのに頼りたくない。


 それにしても……。

 どうしよう、お兄ちゃんは本当にBLなのだろうか。

 本人に聞くのは拙い気がする。

 アキから聞いて貰おうか……。

 あ、アキといえば……アキといえば!!


「ふうちゃん先生! 早速質問が!!」

「はい、雛さん!」


 身を乗り出し、挙手で発言の機会を求める。

 頼りたくなかったけど、重要なことに気がついてしまった!


「あのね! あのね……例えば、の話なんだけど。男の子が男の子にお菓子作ってきたり、朝迎えに行ったり、女の子が近づくのを邪魔したりするのって……もしかしてBLなのかな?」


 気になっていることがあった。

 私には好きな人がいる。

 幼馴染のアキだ。


 そのアキには、最近仲良くなった友達がいる。

 アキと同じクラスの楓君だ。

 彼はいつからか私とアキの間にも入るようになった。

 学校にはいつもアキと二人で行っていたのに、いつの間にか楓君が加わり、それどころか私を置いて先に行っていることもある。

 学校にいる時でも私とアキが話すのを邪魔するし、学校外でもアキのそばにいることが多くなった。

 楓君は私のことが嫌いで意地悪をしているのかなと思っていたけれど、ふうちゃんのBL話を聞いてそうじゃない気がしてきた。


「楓秋人ね」

「ふうちゃん!?」


 具体的なことを話していなかったのに、言い当てられて心臓が跳ねた。

 どうして分かるのだろう。

 超能力者なのだろうか。


「ふふ、雛ちゃん。今頃気がつくなんて遅いわ。私はとっくにチェック済みよ!」

「ど、どういうこと?」

「彼はBLよ。私のBLセンサーが捉えたもの」

「そ、そんな……」


 そんなセンサーがあるなんて驚愕の事実だ。

 決して欲しくはないけど。


「どうして教えてくれなかったの!?」

「言ったところで、理解してくれたかしら?」

「そ、それは…………ごめん」


 多分理解できなかったと思う。

 それどころか、ふうちゃんは変なことを言う人だと思って避けていたかもしれない。

 自分勝手な発言をしてしまったことに気がつき、自己嫌悪で肩を落とした。

 そんな私の頭を撫で、ふうちゃんは笑った。


「でも、分かったから良かったじゃない。これからは意識して戦えるし。うかうかしていると天地君をとられちゃうわよ?」

「そんなのやだよ!」

「じゃあ、頑張らなきゃね。ちなみに私は俄然、楓秋人を応援するわ」

「どうして!?」

「だって生BLなんて滅多に拝めないじゃない。あ、でも、お兄さん達のことを話してくれたり、写真撮ってきたりしてくれるなら協力してもいいわよ?」

「う、うっ」


 協力して欲しい気持ちはある。

 私はBLのことはさっぱり分からないから、楓君対策とかを相談したりしたいけど、お兄ちゃんを売るようなことは……。


「どっちにする?」


 どうしよう、分からない!

 新しい情報が多すぎて頭がパンクしそう!


「ほ、保留にさせてください!」


 少し落ち着いて考えたい。

 今焦って考えるととんでもないことになりそうで怖い。


「いいわよ。でも、早くしないと楓君は待ってくれないわよ?」

「わ、分かってるよぉ!」


 あ、頭が痛い……。

 世界って、とっても広いわ……。




※※※




 気がつけば家のリビングでビーズクッションに埋もれて寝転んでいた。

 頭の中は『New』というマークがついた新情報を纏めることと、アキへの想いをどうするかで一杯だ。

 屋上でふうちゃんと会話した記憶はあるけれど、どうやって帰ってきたのかも覚えていない。

 それくらい絶賛混乱中だ。


「びぃえる……か。分かんないよ……」


 男の子って胸とかおしりが好きなんじゃないの?

 おっきい方がいいんじゃないの!?


「もお!」


 考えても纏まらないし、考えすぎて嫌になってきた。


「ただいま」


 ビーズクッションをサンドバック代わりにバフバフ叩いていると、お兄ちゃんが帰ってきた。


「……おかえり」

「おう」


 今日も真兄の所に行っていたんだと思う。

 気のせいかもしれないけど、顔が緩んでいる気がする。

 ニヤけたお兄ちゃんの顔を見ていると腹が立ってきた。

 大体、ふうちゃんの考察が正しいということであれば、お兄ちゃんにも真兄にも抗議したい。

 格好良い二人が男同士で纏まっているなんて、女の子の立つ瀬が無いじゃない!

 さっさと自分の部屋に入ってしまったお兄ちゃんの後を追いかけた。


「ねえ。お兄ちゃん!」


 ノックもせずドアを勢いよく開けると、お兄ちゃんは制服を脱いでハンガーに掛けていた。


「あ? どうした、雛。そんな怖い顔をして」


 黙って開けるなと怒られると思ったけど、私の迫力に推されたのか諌められることは無かった。


 お兄ちゃんに聞きたいことをどういう風に言おうか一瞬迷ったけど、考えることに疲れていた私の脳は余計な気を使うことを放棄した。


「お兄ちゃんてBLなの?」


 お兄ちゃんに遠慮なんていらない。

 もう聞きたいことを聞く!

 思い切って聞いたが、お兄ちゃんはきょとんとしている。


「は? ビーエル? なんだそれは」

「ボーイズラブ。男同士の恋愛のことをそういうんだって」

「…………は?」


 お兄ちゃんの表情が強張った。

 さっきまでは純粋に意味が分からないという表情だったけど、今の私のセリフを聞いて目が泳いだ。


「お兄ちゃんと真兄は付き合ってるの?」

「は? え、は? お前何言って……」

「お兄ちゃん、顔色おかしいよ? 汗、凄いよ?」


 無駄にキョロキョロし始めた。

 そんなに辺りを見回しても誰も助けてくれないよ。

 もう完全にアウトじゃない!


「俺は別に……。気のせいだろ。っていうか俺、忙しいんだけど」

「逃げるの? 本当ってことなの!?」


 分かった。

 ふうちゃんが正しかったということが。

 だって、こんなお兄ちゃんを初めて見たもん。

 BLはあった、本当にあったんだ……。


「逃げるってお前…………雛?」

「うっ……」


 本当だったんだ。

 私は心の中で『違ったらいいな』と思っていた。

 なのに……こんな身近なところで証明されてしまった。

 自然と涙がこみ上げてきた。


「雛、泣くなよ。ちゃんと説明を……」

「アキもなの?」

「え?」


 BLは『ある』。

 ということはふうちゃんは正しい。

 とういことは! ふうちゃんが言う通り楓君がアキを狙っているというのもきっと正しい!

 お兄ちゃんと真兄は、本人たちが幸せならいい。

でも……!


「アキもBLになっちゃうの!?」


 思わずお兄ちゃんのシャツの襟首を掴んで詰め寄った。


「はあ? あいつは関係ないだろ」

「だって楓君に盗られちゃうもんっ!!」

「あ? あー……まあ楓はその……」

「やっぱりそうなんだ! 楓君とBLになっちゃうんだ! うっ……うっ……うわあああん」


 そんなの嫌だ!

 子供の頃からずっとアキのことが好きだったのに、一番近くにいたのに!

 男の子に奪われちゃうなんて絶対嫌だ!!

 そんなの想定外過ぎるよ!!


「泣くなよ! 泣くなって! 兄ちゃんが協力してやるから! な?」


 珍しくお兄ちゃんが慌てている上に優しい。

 頭を撫でながら慰めてくれている。


「協力、ほんと?」

「ああ」

「うん。じゃあ、お兄ちゃんがBLでも、今はお母さんに黙っててあげる」

「……お、おう。頼む」


 お兄ちゃんは凄く複雑そうな顔をした。

 でも、関係を続けるんだったら、いつかは皆に言わないといけないよ?

 お父さんもお母さんも、お兄ちゃんがずっと一人でいると思ったら心配するもの。

 真兄もどうするんだろう。

 余計なお世話かもしれないけど心配になった。





 ※※※




「うぅ、暗い……狭い……」


 視界には薄っすらと、積まれたダンボールが見える。

 場所を広げるために押してみたが、隙間は無いようでこれ以上動かないようだ。

 仕方ない、自分の意思でここにいるのだから我慢しよう。

 少し埃臭くもあるけれど。


 私は今、アキの家のクローゼットの中に隠れている。

 階段下のデッドスペースを有効活用して作られたクローゼットで、リビングが見渡せる位置にある。

 今はお兄ちゃんと真兄が二人で雑談をしている。


「暑いよ~」


 閉め切っているので熱が篭ってきた。

 引き戸の扉を少しずらし、換気をした。

 ついでに二人の様子が気になり、隙間から覗いてみる。


 二人は仲良く並んでテレビを見ていた。

 BLなんて知識がなかったら、なんとも思わなかった光景だ。

 でも、今は知ってしまった。

 顔を見合って笑う光景は、恋人同士の甘いひと時にしか見えない。

 素敵な光景で、思わずスマホで写真を撮ってしまった。

 羨ましい……!


「おい、雛。何撮ってんだ」

「もうすぐ帰ってくるから、見つかっちゃうよ?」

「はぁい」


 私だってアキとこんなふうに寄り添って、テレビを見たり、いちゃいちゃしたい!

 くっそぅ、お兄ちゃん達ずるい。


 私は目的があってここに隠れている。

 お兄ちゃん達は協力者だ。


『アキは私のことをどう思っているのか知りたい』


 協力してくれるというお兄ちゃんに何をして欲しいのかと聞かれ、こう答えた。

「聞いておく」と言われたが、私は自分の耳でも直接聞きたかった。

 聞きたいけれど、私が居たら本音を言ってくれないかもしれない。

 だから「お兄ちゃんが聞いてくれているところを隠れてこっそり聞く」という作戦をとることにした。


 ちなみに、真兄には、私が二人の関係を知ったことを告げていない。

 お兄ちゃんに「時期を見て自分から話すから、まだ知らない振りをしていてくれ」と頼まれたからだ。

 色々乗り越えないといけないんだね、大変。


「……今日はリビングにいるな? ただいまー!」


 アキが帰ってきたようなので、再び身を隠す。

 完全に閉じてしまうと聞こえにくいので、慎重に、分からないように、少しだけ隙間を残した。


 僅かな隙間から覗くと、アキは制服のブレザーを脱いでソファに放り投げていた。

 それを真兄に皺が付くと窘められ、渋々二階の自分の部屋に着替えに行った。

 二階に行って帰ってこなかったらどうしようと心配したが、おやつがあるから着替えたらすぐに降りておいで言われ、返事をしていたので安心した。

 さすが真兄、抜かりがない。


 少しするとノッシノッシと、階段を降りてくる音が聞こえた。

 覗くとアキが完全部屋着スタイルに着替えながら降りてくる。

 ジャージのズボンはずり落ちていて下着が見えているし、上のTシャツも首を通しただけで胸やお腹が丸見えだ。

(ちょ、ちょっとアキ! もう!)


 ちゃんと着せてあげたい衝動に駆られつつもドキリとした。


 今までの天地兄弟の印象は、真兄は『綺麗』、アキは『可愛い』だった。

 真兄はしっかりしているけど、アキは甘えているところがあって、子供っぽく感じていたけれど……。


(やっぱり、『男の子』なんだよね)


 今ではすっかり背が伸びて、体つきも筋肉質ではないけれど、それなりに引き締まっていた。

 ちゃんと『男の子』だった。


(もう、私ってば何しに来たのよ。アキの体を見過ぎっ)


 男の子の……しかも好きな人の身体を見て、ドキドキしている自分が恥ずかしくなってきた。

 一人で騒ぎ出しそうになったところで、本来の目的を思い出した。

慌てて聞き耳を立てる。

 聞こえてきたのは、ちょうど『私について』の話だった。


「雛? どうって言われても雛は雛だよ」


 アキが私の知らない所で、私の話をしているということに胸が高鳴った。

 心臓の音が外に響いてしまいそうなくらいドキドキしている。

 私は私って、どういう意味なの……!?


「そりゃそうなんだが、お前の中でどういうポジションかって聞いてるんだよ」


 お兄ちゃんの的確な質問に拍手を送りたくなった。グッジョブ!

 そうよ、そこが聞きたいの!


「そう言われてもなあ。雛は雛であって、それ以上でも以下でもないというか……ヒナ属ヒナ科の雛、みたいな」

「なんだよそれ」

(なによそれ)


 お兄ちゃんと同じタイミングで突っ込んでしまったじゃない。

 アキにはこういうところあるのよね……。

 そういうところにもきゅんとしちゃうけれど、今は大事なところなので控えて欲しい。


「雛の代わりはいないってこと?」


 さすが真兄……!

 乙女心を分かっている質問!

 さては真兄がふうちゃんの講座で出てきた『受け』というポジションなのね!


「それはそうだな。友達とか幼馴染ってだけでもないし、雛の代わりはいないな」


 自分の顔がカーッと熱を持ったのが分かった。

 耳までジンジンして熱い。

 どうしよう……嬉しい……。

 嬉しくて嬉しくて涙が出そう。


「まあでも最近では、その辺りに楓がうろちょろしてるけどな!」

「「「!!!!」」」


 ああっ、眩暈が……眩暈がする……。


――ゴンッ


「ん? なんか音しなかった?」

「そ、掃除機とかが倒れたんじゃないかな」

「そうそう!」


 脱力した私は壁に頭をぶつけてしまった。

 音が出ちゃったけど、もうそんなことはどうでもいい。

 さっきと違う涙が出そう。


「じゃ、じゃあさ、楓についてはどう思ってるんだ? 友達だよな?」


 ……お兄ちゃん!

 焦ったような声で質問しているのが聞こえた。

 そうよ、友達よね、ただの友達よね!

 それが確認出来たら十分!


「友達だけど……まあちょっと普通の友達とは違うかなあ」

「「「!!!!」」」


――ゴンゴンッ


 私は自ら壁に頭を打ち付けていた。


「何だ!?」

「そ、外の音じゃない?」

「そういえば今日は外が騒々しかったよ! 工事でもしているのかもな!」


 お兄ちゃん達、ありがとう……。

 私をフォローしようとしてくれている、二人の優しい気持ちが伝わってきた。

 嬉しい。

 やっぱり二人には幸せになって欲しい。


 でも、ごめん。私、裏切ります。


 二人を売ります。


『ふうちゃん先生、助けてください』


 さっき撮った『イイ感じの二人の写真』を添付したSOSメッセージを送ったのだった。




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