日課
本日、ComicWalkerとニコニコ漫画にてコミカライズ五話が更新されました!
とうとう柊が解き放たれてしまいました。
本当にすごかった……!
今回のお知らせSSは白兎さんルートアフターです。
次回は夏緋にしようかと思っています。
まだ、肌寒い早朝。
登校前の習慣となったウォーキングをするため、ジャージを着て家を出る。
いつもより少し遅い出発になったので、駆け足で待ち合わせの場所に向かう。
目的地が近づいてくると、そこには二つの人影が見えた。
「あき兄!」
予想通り、先に到着していた深雪君が僕に気づいたようだ。
こちらに向かって大きく手を振っている。
このウォーキングは「深雪君の体が丈夫になるように」と始めたもので、白兎さんと付き合うようになった今でも続いている。
放課後に行くこともあるが、最近はこの時間帯が多い。
朝一に彼女と儚げ美少年と一緒にいることができるという幸せ。
ぜひとも一生続けたいものだ。
「深雪君、おはよー!」
「おはようございます!」
腕を広げ、走って来る深雪君を抱きとめてハグをする。
これもずっと続いている習慣だ。
ウィーキングとセットで生涯継続お願いします。
「あれ? 深雪君、背が高くなった?」
ほぼ毎日会っているのに気がつかなかったが、前よりも視線の位置が近づいたような……?
尋ねてみると、深雪君の表情がぱあっと輝いた。
「はい! 高くなりました! 最近、よく身長が伸びているのか、体中が痛いです」
そういえば、深雪君ルートに入ると、下剋上が起きると白兎さんが言っていたな。
いずれ僕より背が高くなることは確定しているというわけだ。
儚げ王子の成長を見ることができるなんて幸せだ……。
「おれが学園に入った頃には、あき兄に追いついちゃうかもしれませんよ!」
「うんうん、健やかに大きくなりなさい。まあ、まだまだ負けないけどな!」
そう言いながら深雪君の頭をなでると、照れくさそうに微笑んでくれた。
ここは天国ですか? と思うくらい、幸せ空間が広がった……と思ったのだが。
「…………」
深雪君の背後にいるのは、敵陣を一人で壊滅させた伝説の軍人ですか?
いや、違った。
射殺すような目でこちらを見ているが、愛しい僕の彼女……のはず……。
深雪君とイチャイチャしてしまったから、怒っているのだろうか。
「姉さんもハグして欲しいんですよ、きっと!」
「!」
白兎さんの怒りの波動を感じとった深雪君が、僕にこそっと耳打ちをしてきた。
ハグして欲しい? いくらでもしますが。
「白兎さん、おはよう!」
深雪君にしたように、大きく手を広げて受け入れ態勢を取った。
さあ、彼氏の胸に飛び込んできてください。
「…………」
…………あれ? 来ないぞ?
僕を凝視して、白兎さんが固まっている。
多分、どうするか、すごーーく考え中なのだと思う。
反応が面白いというか、白兎さんらしくて可愛い。
もっと反応が見たくて、笑顔で近寄ってみた。
すると、白兎さんが瞬時に拳を握ったので足を止めた。
「殴るのはやめてください」
「はっ! す、すみません。つい、迎撃の体勢に入ってしました……」
そうだよね、迎撃、撃退ってついしちゃうよね! ……って、僕は痴漢か何かと認識されているのか!?
悲しいのですが!
心の中でシクシク泣いていると、凛々しい表情の白兎さんが僕の前にスッと手を出してきた。
「? ……握手?」
とりあえず差し出された手を握る。
触れ合えて嬉しいけれど、これは何?
「欧米式の挨拶は私には向かないので、これで」
「え? これ、ハグの代わりの握手ってこと? 取引先と契約が決まった時のシミュレーションじゃなくて?」
恋人同士の挨拶が真顔で握手って斬新だなー。
付き合う前、「断る」の一言ですべて門前払いを食らっていた僕だから大丈夫だけれど、普通のカップルなら愛情を疑われる可能性があるぞ?
「姉さんってば……。素直になればいいのに」
「……深雪」
「?」
白兎姉弟がこそこそと話をしているが、何かあったのか?
こそこそせず、僕も仲間に入れてください。
「なんでもないです。あき兄、出発しましょう! 早く行かないと学校に行く時間になっちゃうので」
「そうだな」
登校前なのでゆっくりしている時間はあまりない。
早速いつものルートを進み始めた。
「今日は体調がいいので走りたいです!」
少し進んだところで深雪君がそう言いだした。
「じゃあ、体調に気をつけながら軽く走ろうか。白兎さんも走って大丈夫?」
歩きながら訪ねると、白兎さんが「フッ……」と笑った。
「誰に聞いているのですか?」
「愚問でした」
余裕のある横顔がかっこよすぎる。
今のスレンダーな体型になってからも、白兎さんはパワフルだということは分かっている。
でも、一応聞いてみたのだが、やっぱり気づかいは不要だったようだ。
「なんなら天地君を背負ってでも走れますが」
「自分で走るから!」
彼女に背負われてランニングをしているなんて恥ずかしすぎる。
というか、僕は走っていないからただの荷物じゃん……。
まったく、鍛えるのは控えるようにしているはずなのに、すぐに己に試練を与えようとするのはやめて欲しい。
強さを求めるのは相変わらずだが……。
深雪君に合わせて走り出した白兎さんに目を向ける。
僕をばい菌扱いしていた頃の白兎さんとは比べ物にならないくらい、雰囲気も見た目も可愛くなった。
いつもはお互いジャージなのだが、今日の白兎さんはお洒落なスポーツウェアを着ている。
「その恰好、可愛いね」
「…………っ」
声をかけると、白兎さんが動揺した。
無言で前を見て走り続けているが、どんどん足が速くなっていく。
「おーい、深雪君を置いていっちゃうぞー!」
「!」
声をかけると、ペースダウンして戻って来た。
無自覚で加速していたようだ。
「ふふ、姉さん。あき兄に可愛いって言って貰えてよかったね!」
「…………」
深雪君の呼びかけに、白兎さんは無視を貫いている。
もしかして、僕が褒めたから照れたのか?
どうやら照れ隠しの加速による置き去りだったようだ。
「姉さんのジャージが古くなったから、新しく買ったんです。以前の姉さんなら前と同じ、普通のジャージを買っていたはずです! でも、今回はあき兄と一緒にいるときに着る服だから、少しでも可愛いものを選ぼうと思ったみたいで……。お洒落な雑誌を参考に、どういうものがいいか考えていました。でも、姉さんってば、悩み過ぎて雑誌を真っ二つに裂いちゃったんですよ」
以前の僕なら、どれくらい悩んだかの具体例が、何より気になっていただろう。
でも今は、僕に見せるため、お洒落をしようと悩んでくれたことが嬉しい!
ついつい頬が緩んでしまう、へへっ。
「深雪、走っている間はおしゃべりをせずに集中しなさい。天地君も!」
「はーい。……いっぱいバラしたから、怒られちゃいましたね」
「ねー」
てへっ! とまったく反省していない様子の深雪君と顔を見合わせて笑った。
照れ隠しでツンツンしていることがバレバレだ。
……なんて更にニヤニヤしているうちに、また僕たちを置いていく勢いで進み出した白兎さんのあとを追いかけた。
「じゃあ、また後で!」
いつものルートを走り終え、一旦解散した。
あとで僕が白兎さんの家に向かい、一緒に登校することになっている。
帰宅すると、今日は汗をかいたのでシャワーを浴びた。
さっぱりしたあとキッチンに行き、用意してくれていた朝食を食べていると、兄が僕の周囲をうろつき始めた。……嫌な予感がする。
「また可愛い三男に会いたいなあ。彼女のおかげで、朝運動する健康的な生活になって嬉しいなあ。その彼女はいつ紹介してくれるのかなあ」
「独り言が大きい」
「そう? ごめん」
以前兄に「今度は深雪だけじゃなく白兎さんも家に招く」と約束した。
でも、実現できていないので、こうして時々アピールをしてくるのだが……どうしてそんなに楽しそうなんだ。
白兎さんと深雪君の話が絡むと、兄はいつもにこにこしている。
そんなに弟の彼女が気になるか?
僕も兄の彼氏が気になるので、夕ご飯の時は根ほり葉ほり聞いてやろう。
制服を着て身支度を済ませ、白兎さんの家に向かう。
そういえば白兎さんは、深雪君の発言が影響したのか、ずっと黙っていた。
ただ照れているだけならいいが、ペースが乱れて疲れてしまい、疲れてしまったのかもしれない。
心配なので、登校するときにちゃんと様子を見よう。
「あ、白兎さん」
少し遅れてしまったのか、白兎さんは家の前に出て待ってくれていた。
慌てて駆け寄ろうとしたが……。
「え……何!?」
白兎さんはこちらをキッ! とこちらを睨むと、鬼気迫る顔でずんずんと近寄ってきた。
僕は何か悪いことをしただろうか!
あ、遅くなったから怒っているのかな!?
とうとう目の前まできた白兎さんが、バッと両手を広げた。
そして僕の体に抱き着いてきたので、ホールド攻撃でもされるのかと思ったが……違った。
「?」
腕にそれほど力は入っていないし、軽く抱きつかれているだけだ。
「おはようございます。……二度目ですが」
「??」
混乱で反応できずにいたら、沈黙に耐えられなくなったのか、白兎さんが解説をしてくれた。
「熟慮した結果、私も欧米スタイルを取り入れてみました」
「欧米スタイル? ……あ、ハグ? 挨拶のこと?」
「そうです」
離れた白兎さんを見ると、顔だけではなく首まで赤かった。
色白だから血色がよくなると分かりやすい。
告白の時もそうだったよなあ、なんて思いだしていると、さっき気になったことの答えも分かってしまった。
「もしかして……走っている間静かだったのは、ずっとこれを考えてたの?」
「は、はい」
「あははっ」
走りながらこんなことを真剣に考えている白兎さんの姿を思い浮かべたら、思わず笑ってしまった。
白兎さんらしくて可愛すぎる!!
思わず僕の方から近づき、もう一度ハグをしようと思ったら――。
「!」
「…………白兎さん」
僕が一歩踏み出したその瞬間に、白兎さんに顔を掴まれ、止められていた。
どうやら迎撃スイッチはまだオンになっていたようだ。
さっきも思ったけれど、僕は彼氏なのですが?
これはちょっと不機嫌になっても許されるよな?
「ああっ! ごめん、ごめんなさい! つい!」
「まさか彼女を抱きしめようとしたらアイアンクローを食らうとは思わなかったよ」
「本当にごめんなさい! あの、こういう環境に慣れれば大丈夫なので!」
「ふーん?」
僕の不機嫌――なフリに焦った白兎さんの釈明を聞いて、僕は「なるほど」とうなずいた。
「それはつまり……こういう環境に慣れさせて欲しいってこと?」
「え?」
僕が言った意味が分からないようで、白兎さんがきょとんとしている。
「こういう環境――いっぱい抱きしめて、ってことなんじゃないの?」
「!」
ニヤニヤを堪え、にっこりと微笑むと白兎さんの顔が更に赤くなった。
いつもキリッと凛々しい表情も、段々と崩れていく。
これを見ることができたので、アイアンクローを受けた悲しみは忘れられそうだ……と思ったが……。
「絶 対 に 違 う!!!!!!!!」
「否定が強すぎる!」
ご近所に響き渡る声で全否定された僕はちょっと泣いた。
今日は家に帰ったら、思う存分兄カップルで癒されたいと思う。




