新年
本編後半(誰とも付き合っていない)の頃。
「え? ここはどこだ……?」
パチッと自分の瞼が開く音が目が覚めた。
目に映るのは見慣れない場所。
ジャンプすれば手が届く低い天井。
広さも三畳ほどで圧迫感を感じる空間だ。
「何だここ!」
見渡して気づいたのは、家具どころか窓も扉もない密室だということ。
脱出ゲームでも始まりそうな異様な空気に心細くなってきた。
『あけましておめでとう、天地君』
スピーカーはないのだが校内放送のような声が聞こえて驚いた。
「あれ? 今の声って……佐々木さん?」
『イエス! あー……あー……聞こえますか? 今……あなたの心に……直接……語りかけています……』
「はあ?」
また何かおかしなことを始めたなと頭が痛くなる。
この腐女子は同好の士であるが時折暴走するので僕は一歩下がって一定の距離をとるようにしている。
一緒に走ったら僕に身は間違いなく破滅するだろう。
『あなたに新年のご挨拶代わりに素晴らしいイベントを用意したの』
「いや、正月ってだけでイベント要素は充分ですが……」
『何を言っているの! もっと貪欲になりなさい! さて……あなたなら察してくれるわよね?』
「は? 何を?」
『今のあなたの状況よ。その部屋はね……あることをすれば出られるのよ。いえ、あることをしなければ出られないと言った方がいいかしら』
「お、お前まさか!」
そんなの、そんなの一つしかないだろ!! ……と思ったが、この部屋には僕しかいないことに気づいた。
ならば思っていることとは違うのだろう。
だって、アレは相手がいなければ出来ない。
「なんだ。焦らすなよ」
『ふふ……。私は親切だから、あなたに相手を選ばせてあげるわ』
「は?」
僕が素っ頓狂な声を上げた瞬間、何もない壁に映像が映し出された。
それは今僕がいるところよりも少し広めの密室に閉じ込められている四人の姿だった。
『チッ、おもいきり蹴ってもビクともしねえな』
『いくら兄貴でもこの壁を壊すのは無理だろ』
『もう、アキラどこー!?』
『央、出ておいで。ああ、かくれんぼかな?』
映っていたのは会長、夏緋先輩、楓、柊だった。
「ど、どういうことだよ」
『お察しの通り、あなたがいるのは○○○しないと出られない部屋です。○○○は言わなくても分かるわよね? あなたと私の好物よ。あなたはあの四人から相手を選んでこの部屋から出なければいけないの。新年の幕開けには素晴らしいイベントでしょ?』
「あうがぐああぐぬうぅぅぅっ!!!!」
佐々木さんと僕の好物といえば言うまでもない。
片方が僕じゃなければ素晴らしいのに! という気持ちが言葉にならないまま雄叫びとして溢れた。
「なんで僕を入れるんだ! 柊✕楓と会長✕夏緋先輩なら最高な二組が見られるだろうが!」
『!!!! そ、それは確かにそうだけれど……!』
「それにこういう時選ばれるのは僕じゃなくて主人公の兄ちゃんだろう!」
『安心して。お兄さんは櫻井先輩とすでに別室に入って貰っているから』
「はあ!? 狡いぞ佐々木風子! 僕にも見せろ!! 僕も神の目ポジションに連れて行け!!」
『何を言っているの? あなたは実体験出来るという最高のポジションにいるのよ!? 代われるものなら代わりたいわ!』
「代わってくれよ!」
『いいからあなたは大人しくヤれ! 正月と言えば姫始めでしょうが!』
「ふざけんな! 僕も見たい! 見せろおおおおおお!!」
「はあ……」
暫く抗議したが、姿の見えない相手にキレ続けて疲れてしまった。
床に寝転がり、どうしたものかと溜息をついた。
どうしてこうなった……。
『とにかく、相手を選ばなければ始まらないわ。どうする?』
「ええー……」
『選ばないと全員の相手をしないといけない設定にするわよ? あ、それいいわね! そうしま……』
はあ!?
そんなハードなの困る!
慌てて飛び起きた。
「選ぶ! 選ばせて頂きます! あーっ! クソ! そっち側に行きてえ!!」
『しつこいわね! 早くしないと……』
「言う! 言うから!」
本当に選ばなければいけないのか。
かれこれ二時間くらいは経っているし……選ばないと出して貰えないんだろな……。
「もういいや」
半ばやけくそになりながら、僕はあの人の名前を口にしたのだった。
「……で、どうしてオレなんだ?」
「あー……えーと、それは……ですね……」
僕は今、氷の目に射貫かれている。
体中に穴があきそう!
僕は相手に夏緋先輩を指名した。
考えに考え抜いた結果である。
いやあもう、僕ぁ悩みすぎて禿げそう!
まず会長の場合、どうしても出られないなら腹を括って致そうとするだろう。
そしてまず間違いなく『お前は真だと思おう』と言い出す。
さすがに兄だと思われて大切なものを失うのは嫌だし、兄だと思い込まれたら会長は加減が出来なくなるはずだ。
イケメンとはいえ、ゴリラの交尾は遠慮したい。
相手が兄だった場合はイケメンゴリラにも大いに興奮して貰いたいけどさー。
僕は無理。無理!
そして楓はアリかなと迷ったが……。
楓が相手だと僕は新たな扉を開いてしまい、ここを出た後も戻れなくなっていそうで怖い。
だって魔性の小悪魔な天使、楓様だぞ?
骨抜きにされて二十四時間楓の尻を追いかける変態になるかもしれない。
人としての尊厳は死守したいものだ。
柊の場合は喜々としてハッスルするだろう。
一回では終わらない。
あの変態が一回で満足するはずがないのだ。
絶対の絶対!
自分から強請るようになるまで調教されること間違いなし。
脱出出来るようになっても閉じ込められて一生出られないかもしれない。
はい、人生終了〜!
そうやって考えていくと、夏緋先輩が一番まともに話し合えるというか、協力できるのではないかと思ったのだ。
「とにかく、他の方法で出られないか探すぞ」
「そうですね!」
そうそう、こういうのが出来るのが夏緋先輩なんだよ!
希望を見いだせたような気がして嬉しくなったが……。
『無駄よ。ヤらないと出られないわよ』
「うがああああああああ!!!!」
結果を言うと、探したけどありませんでした!!!!
「…………」
ひええええ……ブリザードが吹いているよお……。
「はあああああっ」
「ひっ」
夏緋先輩の大きな溜息にビクリと肩が跳ねた。
「よくも巻き込んでくれたな」
「ごめんなさいぃぃぃぃ」
これはもう、必殺土下座である。
頭を踏んでくれても構わないよ!
「…………」
「?」
大人しく平伏していたのだが、夏緋先輩は何のアクションも起こさない。
あれ? お得意の暴力はどこにいった?
顔を上げて首を傾げると、苦虫を噛み潰すどころかすり潰してそうな表情の夏緋先輩が僕を見下ろしていた。
「仕方ない。脱げ」
「へ?」
「服を脱げっつってんだよ!」
「え……ええええええええっ!?」
「さっさとしろよ!」
こめかみに血管が浮き出そうな程苛々している夏緋先輩の怒声が狭い部屋に響く。
怖えよおおおお!
それにお互い制服だったのだが、タマネギのようにどんどん脱がされてしまう。
「ぎゃああああああ!!!!」
「うるせえ!」
「落ち着いて! いや、無理でしょ! 無理でしょ!?」
上半身に纏うものがなくなってしまったところで必死に夏緋先輩から距離をとり、両手を広げて「ほら、これでも男だぞ? これ以上やったら先輩の嫌いなBLになりますよ!?」をアピールしてみた。
ちゃんと見て!!!!
「…………」
いや、黙って凝視していないで何か言ってよ……。
見て! と思っていたのに予想以上にジーっと見られ、恥ずかしくなってきた。
広げた両手が下がっていく。
気づけば僕はぺったんこの柔らかくもない胸をさり気なく隠していたよ……。
「……案外大丈夫だ」
「何が!? って近っ!」
いつの間にか距離を詰めていた夏緋先輩に腕を掴まれた。
やめろって!
ぽろりするだろ!
ぺったんこだけどな!
「何隠してんだ! 女子か!」
「夏緋先輩がジロジロ見るからでしょうが! 大体なんで僕だけ半裸……!」
「チッ」
自分だけ脱いで恥ずかしい! という抗議が終わる前に夏緋先輩が潔く上の服を脱ぎ捨てた。
露わになったのは思っていたよりも引き締まった良い体で驚いた。
会長よりも線が細いというか、シャープな感じがしていたのだが……。
思わず見惚れてしまった。
薄い本で表現すべき美しさである。
「なんだよ。ガン見しやがって」
「イイカラダシテマスネ」
「…………。はああああああ」
「なんですかそのでっかい溜息は!」
なんでこんなアホとこんなことになっているんだ、という副音声が聞こえる溜息だったぞ!
プンスカしているとまた腕を掴まれた。
「いいからさっさと終わらすぞ」
「わあ!」
抱えるように床に倒され、焦った。
床に仰向けになった僕の上に夏緋先輩が覆い被さってきて――。
「…………っ」
目の前には僕を見下ろす夏緋先輩の端正な顔があった。
いつもは髪に隠れている片目もばっちり見えている。
顔のことばかりいうのもなんだけど――本当に顔がいい。
BL要員として自信を持って推せる…………って、今それどころじゃなかった!
「冷静になりましょうよ。ほら、兄ちゃんの尻を追いかけていた会長に夏緋先輩が言っていた台詞の数々を思い出してください!」
「ここから出るにはするしかねえんだろ? お前はこんなところに一生いる気か?」
「いや、それは困りますけど……」
っていうか、今気づいたけど……。
僕、床に寝ているのに冷たくないし痛くないね?
いつの間にか脱いだ服を下に敷いてくれているとか……不意にきゅんとさせるのマジでやめて。
「もう怖いわあ、イケメン怖いわあ」
「うるさい! 黙ってろ!」
「へい」
なんかもう、いいかなって気になってきた。
夏緋先輩だったらいいかなって……。
「さっさと済ますから、羊でも数えてろ」
「寝るんじゃないんだから無理」
「だったらお前も協力しろ。こういうの、お前は詳しいだろ?」
「イヤ、アノ、エエット……」
知識だけは豊富な僕はあれこれ夏緋先輩に話してしまい――。
「意外に好奇心旺盛なんですね」
「うるせえ、黙ってないてろ」
「はいー……」
色々試されたのだった。
「え? え? 今のが……………………初夢?」
一月一日、元旦。
完全に日が昇っている午前十一時。
スマホを握ったまま眠っていた僕は、画面に表示されていたメッセージを見て頭が痛くなった。
それは眠る直前に見た、佐々木さんからのものだったのだが……。
『あけましておめでとう。昨年はたくさんご馳走して頂き、ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。天地君の姫始めはいつかしら? 始まりそうな気配がしたらデジカメ持って馳せ参じますので必ずご一報ください。同好の士より』
「こんなメッセージ読んだあとだから、変な夢見ちゃったじゃないか!」
でも、まあ……腐っている身としては――。
「縁起がいい」
……ということにしよう。
BLは一富士二鷹三茄子を越えていく。うん。
何はともあれ、BLの神々よ。
今年もよろしくお願いします。
あけましておめでとうございます!




