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第五話 都市伝説と怪物は相容れない

 教室の開け放たれた窓枠に腰掛け、何気なく外を見た。

 今は授業の合間の休憩時間。

 目に映るのは日常的な風景だ。

 暖かい日差しの中、賑やかな校庭内を行き交う生徒達の姿――。


 その中に一箇所、黒い塊を見つけた。

 まるで落ちたアメに群がっている蟻のように見えるそれは……。


「柊さ~ん! これ、調理実習で作ったので食べてくださいっ」

「私、相談したいことがあるんです!」

「柊さんって、彼女いるんですかぁ?」


 解き放たれた怪物(イケメン)に群がる女子生徒だ。


 黄色い声を総無視しながら、作業着で黙々と花壇の草を毟る用務員が見える。

 少しくらい愛想を振り撒いてやればいいのに、完全無視だ。

 ポイントを割り振ってそういうスキルを習得しているのかもしれない、と思うくらいのパーフェクトアウトオブ眼中だ。


 今は土仕事で汚れるため、作業着にタオルという見慣れたスタイルだ。

 イケメンだということを忘れそうになるが……。


 作業が終わったのかしゃがんでいた体勢から立ち上がり、タオルを取った。

 そして振り向くとこちらを見た。


「うわ……」


 素顔が見えるとやっぱり凄かった。


「央」


 僕の名前を呼び、微笑んだ。

 声は聞こえないが唇の動きで分かった。

 う、うわああああ、こ、怖い……美しすぎて!

 崖から飛び降りるような、超えてはいけない境界線の向こうに引っ張られそうだ。

 これは長い時間見ていると意識を乗っ取られるかもしれない魔性の微笑みだ!

 現に周囲の女子はもう黄色い声をあげることも忘れ、うっとりしている。

 柊冬眞、恐ろしい奴だ。

 完全魅了のスキルまで習得してやがる!


「!」


 ……名案が浮かんだ。

 これは神の啓示だ。

 これを楓に見せればいいんじゃないだろうか!?

 楓が魅了されて柊を落とせば、『魔性の攻め』と『魔性の誘い受け』の魔界統一が出来そうなくらいのビッグカップルが出来るじゃないか!


「楓よ! あれを見よ! あの微笑を! どうだ!?」

「はあ?」


 僕の異様なテンションに引いているようだが「見ろ!」と引っ張られ、言われるがままにちらりと柊の方に視線を向けた。

 期待しながら反応を待ったが……第一声がこれだ。


「……で?」

「で!? 『で』って何!?」

「用務員さんでしょ? それが何?」

「それが何!? 正気か! あの魔性の微笑を見て何も感じないのか!?」

「はあああ?」

「お前にはがっかりだ!!」

「はあ!?」


『柊×楓』が出来上がれば、一生食っていけるくらいのご馳走になるのになあ。

 簡単には上手くいかないか。

 そう思うと兄カップルは奇跡だよなあ。


「何なの? アキラはああいうのがいいの?」


 思考が脱線し始め、楓を忘れていた。

 放置していたのを怒っているのか、眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいた。


「悪いって。そう怒るなよ」

「ふんっ」


 見た目は天使なのに態度が悪い。

 悪態をつきながら、まだこちらを見ている柊の方に向き――。


「こっち見んな!」


 そう言い放った。

 柊が目を丸くしているのが見えた。

 僕の手を引いて、柊から見えなくなる位置までズンズン歩いていく楓。

 そんなに苛々しなくても……思春期か?


「お前なあ」

「見たらアキラが減るじゃん。あいつに分けてやる分なんてないね!」

「いや、消しゴムでもあるまいし、(ぼか)ぁ……減らないからね」


 僕の扱いって……。

 とうとう人間扱いさえして貰えなくなったようだ。




 ※※※




 柊からメールが来ていた。

 「会って話したい」ということだったが……無視した。

 授業が一つ終わるごとにメールが来ていたが無視した。

 結果、「後で教室まで行く」という脅迫メールが届いた。


「…………」


 あんなのに来られたら絶対面倒なことになるし、楓もいるから煩そうだ。


「分かったよ……行けばいいんだろ! 行けば!」


 思い通りに動かされてしまうことが癪だが、大人しく「用務員室に来てくれ」いう指示に従うことにした。


 放課後になり、楓が目を逸らしている隙にこっそり抜け出した。

 最近は柊の出待ちをする女の子で賑やかだった用務員室だが、今日は人の気配は全くなく静かだ。

 原因はすぐ分かった。

 以前無かった札がドアにかけられており、そこには『不在』と書かれてあった。


 柊がいなければここには用はない。

 女の子達はこれを見て去ったのだろう。

 なるほど、考えたな柊よ。


 コンコンと軽くドアをノックする。

 不在だと書いてはいるが、ここに来いと言われたのだからいるはずだ。

 少しすると扉が静に開いた。


「待っていたよ。さあ、早く入って」

「ういっすー」


 素敵な微笑みだったが正面から見ると美しすぎて怖いので、視界の端に流しつつ中に入った。


 ――カチャ


「ん?」


 扉の方から嫌な予感がする音が聞こえた。

 柊の手は扉の中央にある鍵に触れていた。

 おい、鍵を閉めたな?


「……何で鍵をするんですか」

「不在って札は掛けたけど、中を確認しに来る子もいるからね」


 苦笑しながら、呆れたような声で呟く柊。

 確かにそれはありそうだ。


「はあ、大変ですね」

「そうだな。少し外見が変わっただけでこんなに反応が変わるなんてね。現金な奴らだよ」

「ハハハ」

「まあ、ソファにかけてよ」


 柊からしたらそうなのだろうが、周りからしたら『少し』どころではない。

 女子達の気持ちが分かる。

 モブの『用務員A』が実は主人公補正付きの『イケメン王子様』だった、くらいの出来事なのだから。


 乾いた笑いをしながらソファに座ろうとしたが……何かおかしい。

 柊すぐ隣に座ったのだ。

 話をするなら向かいのソファに座った方がいいのに。


「あのー、柊サン?」


 目が合うと柊がにやりと笑った。

 あ、まずい。

 何か分からないけどまずい!

 急いで立ち上がって逃げようとしたが……間に合わなかった。

 肩を掴まれ、ソファに倒される。

 兄が押し倒された時と同じ『あのソファ』に。

 兄が襲われているあの場面が蘇って興奮したが、流石にこういう事態は二度目なので危機感の方が勝った。


 柊は僕の顔の横に腕を突き、まっすぐにこちらを見下ろしている。

 以前と同じ、いや、以前よりもはっきりと宝石のような金の目が見えている。

 うわあ、恐ろしい……恐ろしいよう、南無阿弥陀仏!


「この前、こういうことをして、君を軽視する発言をしたことを謝ろうと思ってね。それにあれは俺の本音じゃない。いや、最初は本音だったが……言葉にしたらそうではない気づいたんだ」

「はあ?」


 柊の綺麗な顔に浮かんだ笑みが妖しい。

 上から降ってくる声も蠱惑的で、身体の芯まで響きそうで危険だ。


「な、何をごちゃごちゃ言っているのか知りませんが、謝る体勢じゃないですよね? というか、謝罪内容と同じことをやっちゃ駄目ですよね?」

「そうだね。でもこうしたかったし、君は前もまんざらじゃない様子だったからいいかなって。……駄目?」


「駄目だ!」と声を大にして言いたいのに、急に可愛らしく「駄目?」なんて聞かれたら口がもごもごしてしまう。

 いや、駄目だ。

 しっかりしなきゃ!


「だ、だっだめ!」

「そう? あ、あと、こういうのも覚えたよ」


 僕の顔の横にあった腕がソファから離れ、顔に近づいてきた。

 何をする気なのだろう。

 身体を強張らせながら耐えていると柊の手が僕の顎をクイッと上げた。


 柊の顔がより近くなった。

 息がかかりそうな程に――。


「なっ、なっ!?」


 動揺して上手く言葉にならない。

 焦っていると、目の前の美しい顔がにっこりと微笑んだ。


「顎クイっていうんでしょ? これ」

「は?」


 顎クイ? 顎をクイッと持ち上げる、あれ?

 あ、ほんとだ……顎クイだ!


「顎クイだー!」

「でしょ? この前壁ドンだって喜んでいたから調べてみたら、これもみつけたんだ」

「へえ!」


 警戒心で顎クイにすぐ気がつかなかったとは、何たる不覚!

 柊もわざわざ調べたなんて、勉強熱心で素晴らしい!


「あと、こんなのもあったよ」


 まだあるのか?

 柊の勉強熱心な姿勢に脱帽だ。

 何だろうと考えながらワクワクしていると、柊の顔が降りてきた。


「えっ……ちょっと!」


 これ以上近づいたから、口がついてしまう!

 流石にこれは駄目だろう!

 前のように頭突きをしようと思ったが、近すぎて無理だった。

 うわあ、もう無理!


 覚悟した。

 もうだめだ……僕の唇のハジメテはこの怪物に奪われてしまう。

 でも、これだけ綺麗だったら、唇くらいはいいかもしれない。

 こういう動物に、隠れイケメンから進化したオープンイケメンという種族に噛まれた事件とでも受け止めればいいか……。


 そう思ったら……、顔は横にそれて耳元に向かった。

 そして……。


「央。可愛いよ」

「はいいいい!?」


 耳元で囁かれた甘い声に、殴られたような衝撃が走った。

 な、ななっ、なんじゃこりゃああああ!!!

 味わったことのない衝撃にぷるぷると震えていると柊は満足したように微笑んだ。


「『耳つぶ』っていうらしいよ」

「は? えっ、何? ミミツブ?」

「知らない? 耳元で甘く呟くから『耳つぶ』だって」

「な、ななな、なあんだってえええ!!」


 時代の流れは恐ろしい。

 そんなマーベラスなものがあったなんて!

 素晴らしい! ブリリアント! 実に素晴らしい!

 耳元で囁かれるぞわっとする感じと、囁かれた甘い内容にカアッっと熱くなる感じ。

 更には距離が近くてドキドキするというこの三重奏。

 恐ろしい技だ……柊という最上級の使い手によって更に威力も増してやがる!


「気に入ってくれた?」

「勉強になりました! ありがとうございますっ!!」

「ふふっ。どういたしまして」


 いやあ、良い体験をした。

 どうしてこんなことを勉強しようとしたのか知らないが、柊に感謝しなければならない。

 欲を言えば春兄が兄にしているところ、もしくは柊が楓にしているところを見たかった。

 自分が体験というのもいいが、BL充的には視覚で楽しみたかった。

 今度上手いこと春兄に仕込めないだろうか。

 夢は広がるばかりである。

 素晴らしき哉、BLの世界!

 それはそうと……。


「あのー……そろそろ退いてくれません?」


 素敵な耳つぶ体験は終わったというのに未だ押し倒されたままだ。


「どうして?」

「どうしてって、言わなきゃ分からないです?」

「分からないね」

「邪魔です」

「そんな……傷つくな」


 そうは言っている、顔は笑っていて楽しそうだ。

 つい最近まであんなに鬱々していた人とは思えない。


「随分元気になりましたね」

「君のおかげでね。どれくらい元気か試してみる?」

「試す?」


 柊が口角を上げて妖艶に微笑んだ。

 うわっ、この顔のときは碌なことが無い。


「結構です!」

「そう遠慮せずに」

「全力で遠慮します!」


 まだピンチは続いていたとは……!

 焦っていると、ペタペタと廊下から響く音が聞こえてきた。

 誰かが走っている?

 その音は段々近寄ってきて……。


「ちっ、鍵なんかしめやがって! ちょっと! アキラ! いるんでしょ!」

「うっわ……」


 忍び寄る都市伝説の足音だった。


 しかし楓よ、何故ここが分かる。

 僕の身体にGPSでも仕込まれているんだろうか。

 それか都市伝説パワーでお見通しなのか?


「さっきの子? 友達?」

「まあね……」

ただ(・・)の友達?」

「はい?」

「友達でしかない、ってことだよな?」

「友達以外に何があるんだよ」

「良し」


 何が?

 妖しく微笑んでいた顔がにっこりと人が良さそうな顔に変わった。


 何かに納得したのかソファから降り、ドアの鍵を開けた。

 その瞬間勢いよくドアが開いた。


「アキラ! やっぱりアンタか」

「どうぞ。ただ(・・)のお友達さん。央を返してあげるよ、……今日はね」

「はあ!?」


 僕の扱いが『借りた漫画本』みたいだなあ、おい。

 やっぱり物扱いだ。

 一応僕にも人権というものがあるのだぞ?


 それはそうと眉間の皺は無視するとして、見つめ合う二人の図はイイ。

 心にぐっとくるものがある。

 このままフォーリンラブすればいいのに。


 だが願いはあっさり跳ね返され、楓が柊の横を通り過ぎて僕を引っ張りにきた。

 そのまま再び強制連行される。

 用務員室を出るところで楓が立ち止まり、柊に言い放った。


「見るな。触るな。二度と貸さないからな!」


 柊は未だに良い人スマイルを崩していない。

 そのまま楓を無視して、僕に手を振った。


「央、またね」

「チッ」


 楓の舌打ちが聞こえた。

 あなた、天使なんだから止めなさい。


「さいならー」

「返事なんかしなくて良いよ! 永遠の別れでいいから!」

「縁起悪いこと言うなよ。僕が死ぬみたいだろ」

「死ぬのは向こう!」


 そこまで怒らなくても。

 楓は堕天使だったのだろうか。

 それはそれで美味しい。


「ねえ、アキラ。あいつと二人になるのはやめてよ」

「なんで?」

「危ないだろ!」


 確かに……柊との接触はいつもピンチになっている気がする。

 でも、今日も素晴らしいものを教えてくれたしなあ。

 見るだけでも目の保養になるし……。


 あ、そうだ!

 試したいことがあったのを思い出した。


「楓」

「ん?」


 真面目なトーンで呼び止めると、不思議そうな顔をして楓は立ち止まった。

 笑ってしまいそうになる顔を引き締め、一歩一歩と楓に詰め寄る。


「え? な、何?」


 急に態度が変わったことに戸惑ったのか、楓もまた一歩一歩と下がって行く。

 そして行き場を無くし、とうとう壁際まで追いやった。

 よし、順調だ。

 楓の目の前まで詰め寄り、そこで勢いよく……壁に手をつく!


 ――ドンッ


 楓は驚いた様で、目を見開いて僕を見ていた。

 僕も楓を見ているので、見詰め合っているような構図だ。

 完璧だ。


「楓よ、これが『壁ドン』というやつだ」

「え?」


 柊に色々教えて貰って自分でも実践したくなったのだ。

 相手が女子ではなく楓だというのが悲しいが、女子にするのは恥ずかしいし、楓くらいがちょうどいい。

 そんじょそこらの女子より可愛いし。


「やってみたかっただけ! ……ちょっとドキっとした?」


 ニヤリと笑い、赤くなっている楓に顔を近づける。

すると、楓の可愛い顔がどんどん鬼の形相に変わっていった。

 あ、まずい、堕天している!


「馬っ鹿じゃないのっ!!!!」


 耳を劈くような怒声。

 廊下中に響く叫び声を残し、僕を置いて行ってしまった。


 あちゃー、怒らせてしまったか!

 楓には叱られてばかりだ。

 でも、気にしない。

 楓の耳が真っ赤になっていたから、本当は照れているだけだと分かっているからね!

 ツンデレの愛い奴め。

 今日は柊に壁ドンされている楓を妄想して楽しもう、そうしよう。


「ん?」


 視線を感じて振り返ると、一人の男子生徒が怪訝な顔でこちらを見ていた。

 知らない人で、制服のピンから察するに二年生のようだ。

 どうやら楓に壁ドンしていたのを見られてしまっていたらしい。


「…………」


 僕は今、害虫を見るような目で見られている。

 何も言っては来ないが嫌悪されていることは分かる。


 しまった……恥ずかしい、かなり恥ずかしいっ!

 羞恥心で耳が熱くなるのが分かる。

 男が男にドンをしているのを見て、BLだと思ったのかな!


 僕が羞恥に苦しんでいる間に男子生徒は何処かへ行ってしまった。

「違うんです! ふざけていただけなんです!」と釈明したかったが、知らない人に必至に説明するのもおかしい。

 涙をのんで我慢することにしたが……死にたい!


「うおおおおっ!」


 死角に隠れて呻くしかなかった。


 挙動不審な呻きで羞恥心を発散させ、なんとか落ち着きを取り戻したのだが、冷静になったところで疑問が湧いた。


「あんなイケメン、この学校にいたっけ?」


 パーカーを着たスタイリッシュなイケメンだった。

 背は高くてスラッとしていたし、顔も驚くほど整っていた。

 ただのイケメンではない、攻略キャラレベルと言っていいほどだった。

 オーラというか、人の目を惹きつける何かが明らかに違う。


 誰かに似ている気がしないでもないが……?

 まあいい。

 気にはなるが恥を掻いてしまったことだし、彼の存在ごと早く忘れることにしよう。



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