クリスマス
本編後
どうしてこうなった……。
落ちつけるはずの自宅が耳を押さえたくなるほど騒々しい。
真っ昼間といえ、ご近所から苦情が来ないか心配になってきた。
「お前には絶対真が作った飯は食わさねえ!」
「俺は手土産を持ってきた! 手ぶらで来るような礼儀知らずの方が食う資格はないだろう!」
「春樹も夏希もうるさい! ちゃんと座って食べなさい!」
世の中のクリスマスパーティというものは、もっと和やかなんですけどね!
「あんたは料理がボクより下手なんだから座っておけば? 真先輩の手伝いはボクがするし。っていうか帰りなよ」
「帰らないもん! 私だって手伝えるんだから! うぅ……本当はアキと二人で過ごしたかったのに!」
「ふふん、二人きりになんかさせないからね」
リビング側で三年生組が揉めているかと思えば、キッチンの方では一年生の二人が揉めている。
うるせえ……。
「ねえ天地君! 今ここに居る男子のBL率百パーセントよ! しかもぜーんぶ綺麗なBL! 夢みたい!」
「僕はカウントするな!」
一応声は抑えているが、佐々木さんが目を輝かせながら飛び跳ねている。
「おい、オレは帰るぞ?」
「駄目です! いざという時は会長を引き取って貰わないと!」
ポケットに手を突っ込んで帰る体制に入っている夏緋先輩の腕をがっしりと掴んだ。
夏緋先輩が居なくなると春兄と会長が本格的にバトルになってしまった場合、春兄は兄が止めるとして会長を止める人がいなくなってしまう。
僕には止められない。
暴れるイケメンゴリラを止めることも鎮めることも出来ない。
「賑やかですね!」
「ごめんね、深雪君」
唯一のオアシスがここにあった。
こんな戦場のような空間にいるというのに目を輝かせてニコニコしている。
僕はずっとここにいよう。
「こんなに賑やかなクリスマスは始めてで楽しいです!」
「そっか。いっぱい食べていけよ~!」
可愛い……養いたい……。
「ねえアキ、凄く可愛い子だね!」
深雪君の頭をナデナデしていると雛が駆け寄ってきた。
そういえばまだ紹介していなかった。
「だろ? 天地家の三男だぞ~」
「違います。私の弟です」
「あっ!」
まだまだナデナデしたかったのに、白兎さんに深雪君を没収されてしまった。
「うん。そうなんだけどね? うん……ごめん」
「駆逐」
「なんなのその物騒な呟き!」
白兎さんにとって天地家は敵の本拠地、巣の中に飛び込んだようなものだ。
しかも今は駆逐対象が集結している状態だ。
楽しそうにしている深雪君を思ってか大人しくしているが、その内これは好機と暴れ始めるかもしれない。
機動隊を配備しておいて欲しい、もしもの時は突入して!
「はあ……どうなるの、これ……」
本日はクリスマス。
天地家でパーティが開かれていて、何故か攻略対象者や関係者が勢揃いしている。
いや、柊だけはいないのだが奴は一応大人だし、この場にいても気まずいだろう。
……そんなことないか。
あいつにはそんな神経ないか。
天地家に入ることが出来るとなれば意気揚々とやって来るだろう。
でもあいつを入れるのは危険だ。
呼ばなくて正解だ。
そもそもここに居る人達も呼んだわけではない。
きっかけは楓の『クリスマスに遊びに行こう』という発言だった。
これは僕だけに向けられたものだったのが、耳ざとく聞いていた雛がそれを許すはずがなかった。
いつも通りの喧嘩を始めた二人に僕は『三人で遊ぼう』と提案した。
イヴは雛と二人で過ごすことにしていたし、クリスマスの方はいいだろう。
雛は最後まで怒って口をフグの様に膨らませていたが、天地家で三人で過ごすということになった。
そして楓がご飯を作ると言い出したのでキッチンを使う許可を貰おうとしたところ、『それならオレと春樹も混ざろうかな』と兄が言いだした。
春兄と励んで欲しい僕としては断りたかったが、イヴは二人でいるようだったのでクリスマスは合流することになった。
それをどこからか聞きつけた会長も参加すると言い始め、ならば保護者が必要だと僕が夏緋先輩を招集した。
更に深雪君から遊びたいと連絡を貰ったので、『白兎さんとおいで』と誘った結果が今の惨状だ。
リビングとキッチンのテーブルには持ってきてくれた手土産や兄の料理などのご馳走が並んで凄く良い感じなのに、参加者の個性が喧嘩しすぎて収拾がつかない。
「ねえ! 折角だから王様ゲームしない? あ、女子は抜きで」
あ、そうだ。
あと佐々木さんだ。
雛から話を聞いたようで勝手にやって来た。
今の欲望がダダ漏れな発言も佐々木さんだ。
「合コンじゃないんだから。っていうか女子抜きで王様ゲームとか、お前得にしかならないからな」
佐々木さんを捕まえてこっそりと注意をした。
影響力が大きい人しかいないんだから、妙な騒ぎを起こすような発言は止めてくれ!
「そんなことないわよ? 可愛い彼女の雛ちゃんが誰かとハグとかチューしてもいいの?」
「そ、それは駄目だ! っていうかそういう指令は無しでいいじゃん! そもそもやらないけどさ……」
「王様ゲームとは何だ?」
「!?」
しまった!
いつの間にか僕らの背後に立っていた会長に興味を持たれてしまった!
まずいぞ……この目は!
この表情を見ると植え付けられた『アヒル』というトラウマが疼く。
「王様ゲームとは王様の命令で好きな人とイチャイチャ出来たり嫌いな人に苦行をあたえたりすることが出来る素晴らしい遊びです!」
「こら-!」
やめろ腐女子!
このゴリラは特に手がつけられないんだ!
バナナをちらつかせるんじゃありません!
「いや、くじ運次第だから出来るとは限らないぞ!」
「でも、出来ることがあるのだな?」
「ま、まあ……そうですけど……」
「任せろ。俺はくじ運も抜群だ。おい、女生徒。ルールを把握しているならお前が仕切れ!」
「分かりました! はい男子の皆様集合~~~!」
『生徒会長の命令には従うしかないわよねえ!』と、権力を笠に着ながら佐々木さんは軽やかに部屋の中心に躍り出て行った。
このメンバーを仕切ろうだなんて凄いな。
BLに対する『飢え』が彼女をここまで動かしているのだろうか。
日常的に適度に摂取しているはずなのだが……。
「まあ……こうなるよな」
会長が反応してしまった時から諦めていました。
※※※
結局本当に男子だけですることになった。
雛は僕が辞退させたし、佐々木さんは『私などがおこがましい!』と完全拒否。
白兎さんは誘いの言葉をかけようとした時点で殺意を向けられた。
「なんでオレまで……」
「逃がしませんよ!」
夏緋先輩は再び気配を消してスッと帰ろうとしていたがすかさず捕まえた。
僕だって嫌なのに強制参加を強いられているんだから、一人だけ逃亡だなんて絶対に許さない!
「まあ、やってみようよ」
「テレビとかで見たことあるけど、やったことはなくて楽しみです!」
天地家の長男三男は案外乗り気のようだ。
ほんわかとお花が飛んでいるような空気を漂わせ、既にソファに座って待機している。
春兄はやりたくなさそうだが、兄がやるなら守るためにやるしかないと渋々参加するようだ。
何かを狙っている会長と既に睨み合っている。
今から始まるのは王様ゲームですよね?
デスゲームじゃないですよね?
「アキ、変な命令されちゃったらすぐに逃げようね!」
「外野は引っ込んでいてくださーい」
「楓君は駄目ー! アキから離れて! Bエ、んぐっ!!」
「!? はいはい、雛は座っていような!」
危ない……楓に挑発されて明らかに今『BL』と言いかけていた。
美少女爆弾が炸裂するところだった。
BLの中心でBLと叫ぶだなんて……恐ろしい。
慌てて口を塞いで後ろの方に座らせた。
「では! 用意はいいですかー!」
「よし、いつでも来い! このゲームが終わった頃には、お前は俺に跪いているだろう!」
「お前なんか返り討ちにしてやる」
「ただの王様ゲームなんですけど!」
僕のツッコミは恐らく二人には届いていないだろう。
早くも疲れを感じている僕の横を佐々木さんが通り過ぎ、皆から見える位置でパンパンと手を叩いた。
どうやら本当に始まってしまうようだ。
番号くじは佐々木さんが割り箸でせっせと作った。
それはもう鼻歌交じりに楽しそうに作っていた。
クリスマスだし、幸せそうでよかったです。
「皆さんくじを引いてください。何を引いたか分からないようにすぐに隠してくださいね! はーい、引きましたか?」
乗り気組も渋々組も順番にくじを引き、僕は最後の余り物を引いた。
するとそこには小さな王冠の絵と『KING』という文字が書き込まれていた。
あ、王様引いちゃった
「はい、皆様ご一緒に! 『王様だーれだっ!』」
喧嘩を始めそうな二人以外は、佐々木さんの素晴らしい司会に乗って楽しそうに声を揃えた。
「はーい」
妙に照れくさくなりながらも手を上げた。
すると佐々木さんが僕の目を真っ直ぐ見て、何かを訴えかけてきた。
「天地君が王様なのね? それではご命令を!」
『天地君、分かっているでしょうね? 私にご馳走を差し出しなさい!』
今の台詞の副音声はそう聞こえた。
ああ、分かっているさ。
だがここは自分の健全男子という看板を守るため、欲望に負けてしまうわけにはいかないのだ!
「んーじゃあ、二番と三番が……」
「天地君、王様ゲームの命令といえばどんなものがあるか知っているわよね? 『距離が縮まる素敵な命令』が盛り上がるのよ?」
「へえ、仲良くなれるなんて素敵ですね」
「そういうのって本当は男女でするものなんだろうけど、これはこれで楽しいかもね」
「ボクはワクワクするなあ」
ほんわか&乗り気組が相変わらずお花を飛ばしている。
腕立て伏せ十回や空気椅子とか言おうと思っていたのだが、この流れだとそういう系統は受けそうにない。
佐々木風子め、ここでプレッシャーを掛けてくるとは……。
「で、二番と三番がどうするんだ? 早くしろ!」
会長が苛々し始めたので早く言わなければ。
とりあえずは無難なやつで……。
「あ、はい。じゃあ……次の命令を受けるまで手を繋ぐ」
「ふふっ、出だしとしてはいいんじゃないかしら! 二番と三番は……」
「お前……まさか三番じゃないだろうな?」
「貴様こそ、二番じゃあるまいな?」
そう言って戦闘態勢に入っていた二人が静かに立ち上がった。
え……まさか……。
震え始めた僕の隣を通り過ぎて佐々木さんがくじの確認に向かった。
「春樹先輩が二番で、会長が三番ですね!」
「「!?」」
「ぶっ!!」
佐々木さんの声の後、兄が思いきり吹き出した。
僕は笑いたいけれど硬直している。
何故なら二番と三番が凄い目で僕を睨んでいるからだ。
「央……」
「お前……」
「そ、そういうゲームなんだから仕方ないじゃん!」
葬られそうな気配を感じ、慌てて兄の後ろに隠れた。
「はいはい、王様の言う通りにして。春樹と夏希は手を繋ぐ」
いつまでも指示に従わない二人に兄の指導が入った。
それでも動かないので無理矢理手を繋がされている。
イケメン幼稚園……早くお友達とおててを繋いでください!
ぶっ……凄い面白いこれ……青の割烹着を来た姿が浮かんで……笑ったら怒られるから我慢するけど……苦しい!
「あ、真先輩。こういう時の繋ぎ方は『恋人繋ぎ』が当たり前なので」
「そうなんだ? 分かった。ほら、二人とも……くっ」
「真……」
「何故俺がこのような目に……」
「あはは!!」
必死に笑いを堪えていた兄だったが、二人の悲壮感漂う呟きを聞いて決壊してしまった。
「あははは!!」
我慢していたのに!
兄につられて僕も笑ってしまった。
二人は兄も笑っているからか、文句を言うのを我慢しているが鬼の形相だ。
でもそれが更に面白い。
「あー面白い! 二人には仲良くして貰いたかったからちょうどいいよ!」
――ピローン
兄が笑いすぎて涙を拭う仕草をしているその前辺りから、突如何かの音がなった。
音の出所に目を向けると、佐々木さんが手を繋いでいる二人にスマホのレンズを向けていた。
「おい女生徒! 何を撮っている!」
「これからくじを引くたびに記念撮影していきますので!」
「いいね。今撮った写真が欲しいな」
「もちろん!」
兄の言葉に佐々木さんは大きく頷いた。
全く、良い仕事する。
僕も貰おう。
「では、お二人は手を繋いだままで! さっきのくじをいったん戻してからもう一度引いてくださいね~。……はい! じゃあいきますよ」
「「「王様だーれだ!」」」
「あ、はい。オレです」
手繋ぎカップルに釘を刺しつつ行われた二回目の王様は兄だった。
兄だったら突飛なことは言わないだろうと思ったのだが……。
「恋愛系っぽいのがいいんだよね? だったら『一番が六番を膝枕』、これでどうかな?」
「素晴らしいです! では一番と六番の人は?」
見る分には素晴らしいんだよ?
このメンツならどの組み合わせも素晴らしいんだけれど……僕が『一番』だった。
膝枕のする側か……される方よりは恥ずかしくないかな。
一番だと名乗り出て六番を探したのだがまだ声が上がらない。あれ?
「……はあ」
端の方に逃げつつも強制参加させていた夏緋先輩が溜息をついた。
もしかして……。
「六番ですか?」
「……ああ」
「はい! では夏緋先輩は早く天地君の膝にゴロンしちゃってください!」
スマホのレンズを構えながらあの夏緋先輩に指示を出す佐々木さんは凄いと思う。
この氷のオーラに怯んでいない。
「ま、ゲームなんで諦めてください。どうぞ」
床に座って胡座をかいて座っていたのだが、正座した方がいいのだろうか。
迷っている内に夏緋先輩が案外あっさりと頭を乗せてきた。
「アキラの膝枕……いいなあ」
「あ、あの人はBLじゃないよね!?」
羨ましがっている楓の声と雛の危険な声が聞こえた。
この場でBLは禁止ワードだってば!
夏緋先輩はBLかというと……告白されているんだよな、僕。
夏緋先輩は今、僕のことをどう思っているのだろう。
昔と変わらず接してくれているのは嬉しいが、変わらなさ過ぎてあのツンデレ告白は幻だったのではないかと思ってしまう時がある。
夏緋先輩の顔を見るといつも通りの涼しい顔で、窓の方に目を向けていた。
「あ」
普段は片目を隠してしまっている前髪が下に流れて、整った顔が露わになっていた。
イケメンだよなあ。
まだ少し隠れているところがあるが全体を見たい。
髪が掛かっているところをつい手でかき上げてしまった。
「!?」
急に顔を触られた夏緋先輩は驚いたようで、あまり見ることの出来ない焦ったような表情で僕を見た。
「か、髪が目に入りそうだったから!」
慌てて適当な理由を言った。
すると納得したのか、再び窓の方へと視線を戻した。
でも今この体制だと分かるんだよな……夏緋先輩の耳が赤いのが。
恥ずかしかったんだな、ごめんなさい。
イケメンの魔力に吸い寄せられてつい触ってしまいました。
何をやっているのだと僕も恥ずかしくなっているところにピローンという機械音が鳴った。
「撮るなよ!」
「全部撮るって言ったでしょ?」
佐々木さんが顔のパーツが溶け落ちそうな程ニヤニヤしている。
今のを佐々木さんに見られたなんて不覚だ。
「うぷっ、栄養過多で吐きそう……。どんどん参ります! はい、くじを戻してー引いてー……」
「「「王様だーれだ!」」」
「あ、まだ手は離しちゃだめですよ!」
「ちっ」
手繋ぎカップルの監視も怠らない司会ぶりが素晴らしい。
さて、次の王様は誰だろう。
「オレだ」
王様を引いたのは僕に膝枕されて寝転がっている夏緋先輩だった。
「考えるのが面倒だ。お前に任せる」
「私ですか!?」
そう言うと佐々木さんに向けて王様くじをポイと投げ捨てた。
夏緋先輩、それだけは駄目です!
一番王様くじを与えてはいけない人です!
きっとセクハラな指令を……!
「膝枕の次とくれば腕枕よね! 腕は二本あるから『される方』は二人! 四番が三番と五番を腕枕する! で」
あれ?
案外普通だった。
軽い方でもラップキス、ラップ越しにキスをするというあれとか言い出しそうだと思っていたのだが……。
「四番はオレだ。床に両腕を出して寝転がれば良いよね?」
真ん中の四番を引いたのは兄だった。
まだ手を繋がされている幼稚園児達が反応したが、兄は構わず床に両手を広げて寝転がった。
「! ボク、三番だ……」
「おれ、五番です!」
なんということだ……兄の両腕を枕にして寝転がったのは楓と深雪君だった。
深雪君が声を上げたときに白兎さんの殺気が増したが、まだ黙って見守るらしい。
こ、これは……思わず息を呑んだ。
天使を両腕に抱えた兄の姿は攻めにしか見えない。
素晴らしい……春兄と結ばれた後は、攻めな兄をこの目で見ることは出来ないと思っていたのだが夢が叶った!
いや、受けの三大天使か?
尊いのでぜひフレスコ画にして欲しい。
「私のスマホの待ち受けにさせて頂きます……毎日目にして三人の幸せを神に祈ります……」
佐々木さんと目が合ったので、誰にも気付かれないようコクコクと頷いた。
あんた凄えよ……グッジョブ!
心の中でお互いにサムズアップを送り合った。
「うぐぇ、幸せすぎ……胃酸が逆流しそう。さあ、まだまだいきますよ-!」
「俺達はいつまでこうしていればいいんだ!」
「もういいだろ!」
「それはお二方のくじ運次第です」
二人がかりで佐々木さんに抗議したが門前払いだった。
ほんと凄いよ、この二人に正面切って言い返せるなんて。
怒りのやり場が無くなった二人は、更に険悪になった。
手を繋いだまま殴り合うという本当にデスゲームのようなことが起こりそうだ。
「夏緋先輩、ちょっと宥めてきてくださいよ……ってあれ?」
静かだと思ったら寝てるし!
いや、『我関せずを貫く』という意思表示の狸寝入りかも知れない。
くそ……役立たずめ。
額に肉って書きたいけど、やるなら死を覚悟してやらないといけないだろうな。
「まあ女の子達を長い間放っておくわけにはいかないから、そろそろやめてもいいけど……」
「ええ!?」
兄の言葉に佐々木さんは絶望し、手を繋いでいた二人はパッと表情を明るくした。
「でも二人は次の指令が出るまで手を繋ぐって約束だからここで終わるなら、これから先はずっと繋いだままで生活しなきゃいけないね」
「「!」」
兄が悪い笑みを浮かべている。
「それが嫌なら、これからは仲良くするって約束して。揉め事を起こして央や人様に迷惑をかけないように!」
「……兄ちゃん!」
僕が迷惑している(特に会長)と愚痴っていたことを気に掛けていてくれたようだ。
兄ちゃん大好き!
「約束出来る?」
「「……」」
「聞こえないな。ずっとそうしてるってことだよね」
「……ああ」
「……やむを得まい」
先生に念を押された上で二人の園児は漸く手を離すことが出来たのだった。
※※※
「楽しかったね」
「そうだな」
遊びに来てくれていた人達を見送り、家の中は一気に静かになった。
後片付けが終わると兄達は夕飯の買い物に出掛け、僕と雛だけが残った。
今は僕の部屋で何もせずのんびり中だ。
王様ゲームのあともワイワイ騒ぎ、中々楽しかった。
兄の目が光っているからか問題児二人も大人しかったし、二人も一緒には遊ばないものの、それぞれ好きなことをしてそれなりに楽しそうだった。
「でも……やっぱりアキと二人の方が良かったかな」
「昨日そうだったし、今もそうなんだからいいだろ?」
不満はまだ燻っていたようで頬を膨らませている。
終わったことを言っても仕方ないのにな。
「アキは私と二人じゃ嫌?」
ふくれっ面が突然悲しそうな顔になった。
はあ……何を言っているんだ。
「二人の方がいいに決まってんじゃん」
「! えへへ」
今度は一気に満面の笑みになった。
コロコロ表情が変わって忙しい奴だ。
「そういえばさ、つけてないじゃん」
凭れ掛かって腕を掴んできた雛の指を見て思い出した。
昨日指輪をプレゼントしたのだがつけていない。
あれ、頑張って買ったんだぞ!
お小遣いで買うわけにはいかないから、バイトしていた友達に便乗して引越屋で働いた。
まあまあ良い日当だったが、働いた日はクタクタになった。
雛にバレないようにするのも大変だったし。
「だって汚したら嫌だし、なくしちゃったら大変だし!」
「大事にしてくれるのは嬉しいけど、折角だからつけてよ。それが最初で最後ってわけでもないんだし」
「え? またくれるの!?」
「そりゃ、これからもイベントはあるだろう? それともその内別れるって思ってるわけ?」
「そんなわけないでしょー!」
まあ、付き合っていく延長線上にはどうしても指輪を買わなければいけない時も訪れるわけで。
『どういう時に必要か』はあえて言わないけれど。
「ねえ……アキ、あのね……」
「ん?」
「……なんでもない」
何か恥ずかしいことがあるのか、モジモジしている。
暫く待っていたが何も言わない。
諦めたのだろうか。
……どういうことを言いたいのか、実は察しているんだけどね。
「えっと……来年も一緒に過ごそうね」
「そうだな」
どうやら言うのを諦めたらしい。
やっぱり、僕から言う……いや、しなくちゃな。
「……下から飲み物とってくる」
別に喉は渇いていないのだが立ち上がり……いや、途中で止めて隣にくっついていた雛に顔を寄せ……小さな唇に自分の同じものを重ねた。
「!?」
「して欲しかったんだろ?」
最近妙にベタベタしてきたし、兄達を羨ましそうに見ていたりで何となく分かっていた。
昨日そのチャンスがあればと思っていたけど、いざチャンスがありすぎると何も出来なかった。
『僕はヘタレだったのか……』と自分でショックだった。
彼女にしたいと言わせてしまう前にすぐにリベンジが出来て良かった。
扉を出るときにちらりと雛を見ると顔を真っ赤にしていたが……凄くにやけていた。
お前……美少女なのにその締まりのない表情はやめなさい。
※※※
『央、ひどいよね』
「はあ?」
夜に柊から電話が掛かってきた。
通話になった瞬間に言われたのが今の台詞だ。
『王様ゲームだなんて楽しいことをしたんだろ? 俺だけのけ者にしてさ』
「何故それを!?」
どこからその情報を仕入れたのだ!?
誰かが話した?
いや、柊と繋がっているのは兄くらいだと思うが、わざわざ連絡して話すとは思えない。
まさか……この家に盗聴器が!?
いや、盗聴器があったら王様ゲームをしている時に乗り込んできそうだ。
『今度は俺と二人きりで王様ゲームをしようね』
「絶対嫌」
『もちろん、王様はずっと俺だから』
「それは王様ゲームとは言わない!」
やっぱり柊は呼ばなくて正解だった。




