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BLゲームの主人公の弟であることに気がつきました(連載版)  作者: 花果 唯
IF ありえた未来2

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柊END②

 雲が太陽を隠し、爽やかな空気まで隠してしまっているような朝。

 青空が見えないだけでこんなにも憂鬱な気分になってしまうのだから不思議だ。

 体もシャキッとせず、眠気が抜けない。

 周りにいる登校途中の学生達も気怠げに見える。


「今日はボク、用事ないから。一緒に帰るからね」

「私も!」

「はあ? 帰りまで付きまとわないでくれる?」

「私はアキに言ってるの! 私の方が前からアキと一緒に登下校してるんだから!」

「そんなこと知らないし」


 この二人の気分に天気は関係無いらしい。

 楓と雛は、空がどんよりしていても元気いっぱいだ。

 僕を『遠足で幼稚園児を引率している先生』のような気分にさせてくれる。

 こらこら、はしゃぎすぎて飛び出してはいけませんよ。


「雨降りそうだな」


 湿った空気が気になり見上げると、雲の色が段々と暗くなってきていた。

 午後には雨が降っているかもしれない。

 『傘持ってないんだけどな』と呟くと、楓が勢いよく『ボク折りたたみ持ってるから入れてあげる』と誇らしげに傘が入っている鞄を叩いた。

 その横では『私持ってない……』と雛が項垂れていた。

 やはり乙女度勝負は楓に軍配が上がるようだ。


 『それなら雛を傘に入れてやれ』と言ったら、二人同時に『嫌』の一言。

 お前ら本当に仲良いよな、先生は嬉しいです。


「いやあ、綺麗な花ですな。心が和みます」


 校門を通り花壇の脇を通っていると、聞き慣れた教師の声が耳に入った。

 安定して授業が面白くない、高圧的なところがある中年の男性教師だ。

 話しかけていた相手はしゃがんで作業をしていた柊だった。

 女子生徒は完全無視(パーフェクトスルー)の柊だが、さすがに教師は無視するわけにはいかないのか、しゃがんだままで手は動かしているが相手をしていた。


「最近用務員さんの周りは随分騒がしいようで。いいですなあ、庭いじりをして……若い子にきゃあきゃあ言われ……私も老後はそんな生活をおくりたいものですなあ」

「……」


 そう話す顔は和やかだし普通に聞き流してしまいそうな台詞だが、言葉の端々に柊のことを軽視しているような心理が見えた。

 お前がやっているのは老後でやるようなこと、楽で良いな、そう言っているように聞こえた。

 あの教師にあまり良いイメージを持っていないからかもしれないが、穏やかな表情の中にも嫌らしさが見えた気がした。


 柊は無表情だった……いや、あの目の奥には深い闇がある。

 瞬きしていないのが怖い。

 顔が整っている人の真顔って迫力があるけど、柊の場合飛び切り整っている上に今までの『闇』という『病み』を知っているから心底怖い。

 あの教師、呪われてしまうのではないだろうか。

 触らぬ神に祟り無し、柊も僕に気がついていないようだし、あえて声を掛けることもしなくていいだろう。

 朝から嫌な奴に絡まれた柊を憐れみつつ通り過ぎた。

 いやあ、柊も大変だな。




※※※




 放課後は会長から呼び出され、兄と進展しないという『そりゃそうだろう』と聞き流したくなる話を延々と聞かされた。

 あの人、本当に元気だなあ。

 恋する乙女ならぬ、恋する攻め様の情熱は衰えることはないようだ、素晴らしい。

 ……絡まれるのは疲れるけど。

 外野のギリギリ近いところで観察出来るのがベストなのだが。

 精神的疲労が祟ったのか帰宅後、久しぶりに熱が出た。

 僕の健康を害するほどの会長のBL力には頭が下がります、天晴れ。


――翌日。


 学校を休み、家から一番近くにある総合病院で診てもらい、受けた診断は『風邪』だった。

 『薬飲んでゆっくり休んでください。はい、次ー』という、雑な扱いを受けるくらい普通の風邪だった。

 ええ、そうだと思っていました。


 今は隣接している薬局に処方箋を出し、薬の受け渡しを待っている。

 壁に設置されたテレビには朝の情報番組が流れている。

 映っている特集は特に興味がある話題でもないし、熱で体が重いし、ぼんやりと受け渡しカウンターを見ていると空いていた隣の席に人が座った。

 だらしなく腰掛けていたので長椅子の幅を多く取ってしまっていることに気がつき、邪魔にならないように姿勢を正していると隣の人が声を掛けてきた。


「辛そうだね。風邪?」

「あ、はい。そうな…………何故いる」


 聞き覚えがある良い声だな、と思ったら……柊だった。

 学校外でも会うなんて、そんな馬鹿な。


「外に出る用事があってね。学校に戻ろうとしてこの前を車で通ったんだけど、ちょうど央を見かけて」

「早く学校に戻れ。仕事しろ」


 体調が悪い時に柊の相手なんてしていられない。

 笑顔をこちらに向けている気配を感じつつも無視をし、カウンターに視線を固定していると名前を呼ばれた。

 僕の薬が用意出来たようだ。

 カウンターで薬を受け取り、振り返ると柊の姿が消えていたので大人しく学校に戻ったのかと安心しながら外に出たのだが……。


「送っていくよ」


 道路に横付けした車の窓から柊が顔を見せた。

 学校に戻ったんじゃなかったのか……。


「遠慮します」


 車とはいえ、密室で柊と二人きりなんて嫌だ。


「遠慮しないで、具合が悪そうな生徒を放っておくわけにはいかないからね」

「歩いて帰れるので。早く学校に戻れ」


 乗る気は無いと、車の横を通り過ぎた。

 全く……今だって給料が発生している勤務中のはずなのに何をやっているのだ。


「言われなくてもすぐ戻るよ。でも央の家はここから近いし、戻るついでに送ってもそんなに時間はかからないだろう?」

「なんで家を知ってるんだよ! っ……!」


 家を知られているという衝撃で大きな声を出した瞬間喉に痛みが走り、咽てしまった。

 咳が止まらなくなり、苦しい。

 柊のせいだ、風邪のときぐらいそっとしておいて欲しい。


 咳に耐えていると、柊が車から降りてきたのが分かった。

 今のうちだ、お巡りさん、車をレッカーしてください!

 そして学校に叱られるといい!


「大丈夫?」


 『お前がいるから大丈夫じゃない!』、そう言いたいが言えない。

 咳は治まってきたが、喉がまだおかしい……って何ナチュラルに車に誘導しているんだ!

 気がつけば背中を押され、車の前まで来ていた。

 話すことが出来ないので、背中にあてられた手を振りほどいて抗議だ。

 絶対乗らないからな!


「何を警戒しているのか知らないけど、何もしないよ?」


 お前以上に『何もしない』という言葉が信用なら無い人間はいないだろう。


「央は俺がどんなことすると思っているの? 教えて欲しいなあ」


 どうせいかがわしいことだろ?

 僕がそう考えていることも分かっているだろうに、言わせようとするなんてセクハラでしかない。

 思わずジト目で睨んだ。


「潤んだ目で見つめられると困るな。折角我慢しているのに、我慢出来なくなるけど?」


 ほら……隙があればすぐエロ臭のするベタな台詞を吐く!

 駄目だ、こいつといると体調が悪くなる。

 治まっていたはずの頭痛が復活してしまった。

 早く家で休みたい……。


「……ごめん、ふざけ過ぎた」


 痛む頭を手で押さえていると、妖しく微笑んでいた顔が学校で作業をしている時のような表情に戻った。


「本当に何もしないから、辛いんでしょ? ほら、送るから」


 そう言って僕の顔を覗き込む表情は本当に心配しているようで、普通の大人に見えた。

 普通の大人って何だよ、と思うが。


 ……正直に言うと送って欲しい。

 思っていた以上に歩くのが辛い。

 タクシーに乗るには手持ちが不安だし、バスに乗るのはバス停まで結局歩くし意味が無い。

 柊も流石に病人に手を出すようなことはしないだろう……多分。


「……すいません。お願いします」


 それでも全ての警戒を解いたわけではない。

 助手席のドアを開けられたが、スルーして後ろの席に座った。

 それを見ると柊は苦笑いながら運転席に座った。

 ほらほら、早く出してくれたまえ。

 余計なことをしたら、走行中でも飛び降りてやるからな!

 そんな僕の考えを察したのか、バックミラーでこちらを見ながらクスリと笑った。


 無視をして顔を逸らすと、車はゆっくりと走りだした。

 安全運転でお願いします。

 窓の外を眺め、ちゃんと僕の家に向かっているか景色で確認。

 少しでもルートを逸れたら窓を開けて叫んでやるぞ。


 車は今のところ正しいルートで進んでいる。

 そう遠くもないのですぐに着くだろう。


「風邪、辛そうだね」


 音楽もラジオも流れていない静かな時間が流れていたが、柊が口を開いた。


「まあね」


 これもスルーしようかと思ったが送って貰っているし、黙っているのは感じが悪いか。

 でも、長々と話す気にはならない。

 短く返事を返した。


「じゃあ、俺に移す?」

「は?」

「人に移したら楽になるっていうでしょ? だから移るようなことしようか?」

「降ります」


 よし、ロックを外して……受け身をとるシミュレーションはばっちりだ。


「危ないって」

「ちっ」


 ロックを外すとすぐに戻されてしまった。

 何度でも外すけどな!


「何もしないって言ったのに!」


 さっきは『普通の大人』に見えたのに。

 病人相手にふざけたことを反省したんじゃないのかよ!


「何もしてないだろう? 治療法の一つを提案しただけだよ」

「いらない。そんな治療するぐらいなら一生風邪ひいとく」

「はっはっは」


 いや、笑うところじゃないですから。

 僕は本気だぞ、冗談じゃないからな!


「央は本当に可愛いよね」

「……」


 また妙な脳内変換したのか?

 今のやりとりがどうして『可愛い』に繋がるのだ。

 ……もう黙ろう。

 何も言わなければ変換されることもない。


「あれ、疲れちゃった?」

「……」


 お前にな。

 心の中でそう返した。


 そんなことをしているうちに、気づけば家の近所に来ていた。

 歩いて行ける距離だから車だとあっという間だった。

 車が動いている間は、柊は運転しているからまだ安全だ。

 降りる時、車が止まってからが危険だ。


 よし、今だ!

 車が止まった瞬間、いや、まだ少し動いているくらいで降りた。

 早々にお礼の言葉を言って、家に駆け込もうと思ったのだが……あれ?


「薬がない」

「これのこと?」

「あ」


 しまった……。

 どうやら座席に置いたまま忘れてしまったらしい。

 柊の長い指に掛けられたナイロン袋が、ゆらゆら揺れている。


「これ、欲しい?」

「欲しいに決まっているだろ。っていうか僕のだ」

「薬より、俺のことが欲しいって言って欲しいな」

「……」


 寒気が増したぞ、熱が上がるじゃないか!


「俺のことが好きって言ったら返してあげるよ」

「死ね」


 疲れた……もう本当に嫌だ、こいつ嫌だ!

 相手にしていられない!

 早く寝たいんだってば!


 苛々を前面に出しながら柊に背を向け、足を進めた。


「央、薬……!」

「もういい」


 付き合っていられない。

 薬はもう諦めよう。




※※※




 柊と遭遇したことで風邪に疲労が加算された。

 横になって休むため、自分の部屋に直行。

 ベッドに横になると一瞬で眠ってしまったようだ。

 ほぼ気絶と言っていいんじゃないだろうか。


 昼過ぎになり少しずつ目が覚めたが、起きるのが面倒でゴロゴロしていると春兄から電話がかかってきた。

 僕の病状を心配してくれたようだ。

 あと、兄の機嫌が悪いと言っていた。

 本当だろうか、機嫌が悪いなんて滅多に無いのだが……。

 春兄にも心当たりは無いようだがもちろん僕にも無い。

 気のせいだとは思うが、それとなく様子を伺っておくと約束して電話を切った。


「結構長い時間寝てたんだなあ」


 喉の渇きを感じ、一階のリビングに下りた。

 お茶を飲みつつスマホをチェックしてみると、楓と雛から風邪を心配するメッセージが届いていた。

 看病しに来ると連絡があったが、のんびりしたかったので全部断った。

 暇だが、この面子が来ると絶対疲れる。


「熱は下がったかな」


 寝る前より体は楽になっていた。

 熱を測るとまだ微熱はあるが下がっていた。

 だが頭は痛い。


「薬……」 


 薬があれば、きっと頭痛も治まっていただろう。

 おのれ柊め、僕は何のために苦労して病院に行ったのだ。

 仕方無く市販の頭痛薬を飲み、テレビをつけて眺めた。


――パタンッ


 ソファで寝転んでいると、玄関のドアが閉まる音がした。

 兄が帰宅したようだ。

 ペタペタとスリッパの音が近づいて来た。


「おかえり」


 リビングに入ってきた兄に声を掛けた。

 買い物をしてきたようで、手にスーパーの袋を提げていた。


「ただいま、起きていていいのか?」

「大丈夫」


 本当か? と言いたげな表情をしながら兄が近づいて来た。

 僕のおでこを触って熱が下がっているのを確認すると納得したようで、キッチンの方に向かった。


「そうだ。ポストにこれが入ってけど?」

「ん?」


 そう言いながら兄が差し出して来たのは、見覚えのあるナイロン袋だった。

 受け取って中身をみると、やっぱり……。

 柊に奪われた薬だった。

 それと見覚えの無いものも入っていた。

 おかしいな……こんなカラフルなものは入ってなかったはずだ。


「花?」

「花だね。プリザーブドフラワーだけど」

「プリ? 何それ」


 入っていたのは、『プリ何とか』という花だった。

 小さなカゴに黄色やオレンジの花が入っている。


「造花?」

「違うよ、生花を加工しているんだよ」

「へえ」


 入れたのは柊だよなあ?

 柊が作ったのか?

 器用だな……って花なんか貰っても……なんだか恥ずかしい。

 僕は女子じゃないぞ。

 いや、単純に『お見舞い』ということで入れてくれたのだろうか。


「綺麗だね」


 兄が微笑みながら花を見ている。

 兄と花は似合う。

 僕は……なんか違うな。

やっぱり恥ずかしい……。


「それ、柊さん?」

「え。あ……うん、多分そう……かな」

「……そう」


 花に手を伸ばし、兄がぽつりと呟いた。


「あの人、こういうのが上手だよね」


 兄も貰ったことがあるのだろうか。

 表情はどことなく憂いを感じるが……あ、そういえば。


 春兄が言っていたことを思い出して兄の様子を観察してみたが、特に気になるようなところはない。

 やっぱり勘違いじゃないだろうか。

 気にせず強引にでもイチャイチャすればいいのだ。

 そうすればきっと春兄の疑念も払拭されるだろう。


「春兄来ても大丈夫だったのに」


 そう言うと、自分の部屋に行こうとしていた兄の足が止まった。

 リビングを出て行こうとしていて、こちらに背を向けているから顔は見えない。


「どうして?」

「さっき、電話くれた」

「そう。来て欲しかったんだ?」

「うん、治ってきて暇だったし」


 どんどん連れてきて励めばいいよ。

 僕は自分の部屋に戻って聞き耳をたてるから。

 早くボイスレコーダーを買おう。


 そんなことを考えている間に、兄は自分の部屋に行ってしまったようで姿を消していた。


 兄は暫く自分の部屋から出てこなかった。

 いつもはすぐに降りてくるし春兄が来ているとき以外はリビングに居て、リビングの主のようになっているのに。

 勉強だってリビングでするくらいなのだ。


 僕がいるから、風邪がうつりたくないのだろうか。

 でも今までそんなこと気にしたこと無かったが。

 次第に眠くなったので、僕も自分の部屋に戻って一眠りしたのだった。




※※※




 丸一日寝て過ごし、熱は完全に下がった。

 倦怠感は少し残っているが、これくらいなら特に問題は無い。

 学校にも登校している。

 一応マスクだけはつけて過ごしている。


「あー……ちょっと喉が痛い。保健室行ってくる」


 保健室に置いているトローチを貰いに行こう。

 一緒にいた楓に保健室に行くことを告げ、一人で向かった。


 保健室は一年の教室と同じ一階にある。

 授業の合間のこの短い休憩時間でも、取りに行けるだろう。


「真と喧嘩でもしているのか?」

「!」


 背後に気配を感じた瞬間、耳元で誰かが囁いた。

 鳥肌が立つこの感じ……一番背後を取られたら危険な人物、柊だ。


 振り返ってはいけない、返事をしてはいけない。

 じゃないと取り憑かれる。

 そういう妖怪、こいつは『学校の怪談』だと思うことにしよう。


「……」


 無言で歩き続ける。

 すると後ろの妖怪もついてくる。

 やばいな、心の中で般若心経を唱えよう。

 ああ、赤鬼を祓うときに使った塩を持ってくればよかったな。


「こっちに来て」

「え? ちょ……!」


 後ろから腕を引かれ、倒れそうになりながら廊下の横へと逸れた。


「何だよ!」

「いいから」


 グイグイ引っ張られ、一歩二歩と進むが……行き着いたのは階段脇の行き止まりだ。

 こんなところに来てどうするのだと頭にハテナを浮かべていると、柊は階段下にある小さな扉を開けた。


「倉庫?」


 こんなスペースがあるなんて知らなかった。

 狭小住宅のアイデア収納スペースのようだな、なんて思っていると……背中を押され、押し込まれた。


「ちょっと、何すんだよ!」


 扉は四角だが、中は階段に合わせて三角柱を横に倒したような空間になっていた。

 一番天井が高いところでも、頭を下げなければ入れない程狭い。

 幾つか段ボールが置かれているので、更に狭い。

 というか、今、結構ピンチじゃない!?

 逃げなきゃ!


「シッ! 静かに、真が来たから」

「はあ?」


 扉を後ろ手で押さえ、塞がれた。

 隙間から入る光しかないので暗いが、顔が近いので柊の表情は見える。

 押さえている方と反対の手で口を塞がれた。

 兄が来たと言っていたが、それがどうしたというのだ。


「俺と関わるなって言われてない?」


 口を塞がれているので返事は出来ないが僕が視線を逸らしたので、『肯定』と取っただろう。

 確かに、人の交友関係に口出しすることの無い兄に『関わるな』と言われたが……。


「……」


 柊と一緒にいるところを見られるのは極力避けたい。

 大人しく兄が通り過ぎるのを待った方がいいのだろうか。


 静かにしていると、柊は僕の口から手を放した……が。

 何故か僕がつけていたマスクを外した。

 おい、何しやがる。


「こんなもので塞いでなくても、俺が塞いであげるのに」

「はあ!?」


 え、何を言ってるの、こいつ。

 塞ぐってどうするつもりだよ、何で塞ぐんだよ!


「静かにって言っているでしょ」

「出来るか!」


 再び手で口を塞がれた。

 さっきはマスク越しだったが、今は直に手で塞がれていることも嫌だ。

 唸りながら目で反抗すると、柊が笑った。


「俺に移していいって言ったでしょ?」


 まだこんなことを言っているのか、こいつは……!

 外に出ようとしたが両手を掴まれ、空間の更に奥へと押された。

 慌てて押し返そうとしたが……勝てない。

 力が強くて、腕も動かせない。


「騒いだら真に見つかるって言っているでしょ? こんなところに、二人で入っていたところを見たら……どう思うかな?」


 それは……こんなところから出てきたら、『こいつら何をやっていたんだ』と良からぬ詮索をしてしまう。

 事情を話して説明しても、必死になって話せば話すほど疑われそうだ。

 どうしよう、八方塞がりだ!

 兄に疑われるか、柊のセクハラに遭うか……究極の二択だ!


「選ばせてあげる。逃げ出して真にみつかるか、このまま俺に押し倒されるか」


 『どっちも嫌だ!』という意思を込めて睨んだが、柊は楽しそうに僕を見ている。

 僕は全然楽しくない!


「もしくは、俺のことを好きだと言う」

「?」


 口を手で塞がれているのでまだ言葉を発することは出来ないが、目で『何を言っているんだ、お前』と訴えた。


「ああ、一番目の『逃げ出す』の場合は俺がすぐに追いかけることになるけどね」


 そう言うと、柊は塞いでいた手を離した。

 うるさくしたらすぐに押し倒す、なんて脅迫を吐きながら。


「押し倒されたら、その後はどうなるのでしょうか……」

「それは選んでからのお楽しみだ」


 恐る恐る小声で質問をすると、柊が一番危険な状態のときに発動するあの妖艶な笑顔で返された。

 その表情が返事ということか。


「それと今俺が言った選択肢以外のことをしようとした場合と、真が通り過ぎて一番目の選択肢が消えてしまったタイムアウトの場合は、強制的に『押し倒す』の二番になるから」

「ええ!?」


 力で勝てたら強引に逃げることが出来るのだが、どうもそれは無理そうだ。

 くそ、鍛えていれば良かった!

 白兎さんに弟子入りしようかな……。

 いや、今はそんなことよりこの状況をどう脱するかだ。 


「ほら、タイムアウトになるよ?」


 そう言いながら、柊が少しずつ距離を詰めてくる。

 元々狭い場所で、近距離にいたが……これ以上近づくとくっついてしまう!

 どうしよう!

 選択肢から選ぶしかないのか!?

 狭いし暗いし、柊は迫ってくるし、僕はパニックだ。


 一番目、逃げる。追いかけられるというオプション付き。

 二番目、押し倒される。

 三番目、好きだと言う。

 どれも嫌だけど、選ぶなら……一番被害が少ないもので!


「さ、最後の……三番目にします!」

「へえ?」


 選択したものを告げると、近寄ってきていた柊の動きが止まった。

 それでももう目の前、息がかかるところに顔がある。


「じゃあ、早く言って? そろそろ真も通り過ぎるころだけど?」


 早く言わないと押し倒すぞ、と脅迫するように腕を掴まれた。

 こいつは本気だ……本気の変態だ!

 変態から逃げるためなら、恥をかいてもいいや……。


「柊さんが……好きです」


 出来るだけ顔を逸らし、投げやりに呟いた。

 なんでこんなことを言わなきゃならないんだ……。

 恥ずかしい、死にたい、泣きたい!


 言ったんだ、もうこれで満足だろ!

 早く開放してくれと、柊に目を向けると……笑っていた。

 怖いよ……心底嬉しそうに、満足げに笑っていた。


「も、もういいだろ!」

「時間切れで二番をしたいところだけど……今日のところはこれで許してあげる」


 柊の体が離れていき、やっと体の間に大きな空間が出来た。

 ああ、腹立つ!

 良い笑顔を浮かべている柊に腹が立つ。


「マスク返せよ!」


 マスクを取り返すフリをして、腹を一発殴ってやった。


「央は本当に可愛いなあ」


 全然効いてないし!

 僕が殴ったところに手を当てて笑っている。


 くそっ、絶対鍛えてやる……白兎さんに弟子入りして、鋼の肉体を手に入れてからお前の体に穴を開けてやる!


 怒りで荒々しく小さな扉を開けようとしたが、誰かに見られたらまずいことを思い出し、そっと扉を開けた。

 良かった、誰もいない。

 扉を出るときは、柊に足で蹴りを入れて出てきてやった。

 中から笑い声が聞こえて、余計に腹が立つことになった。


「柊がいたら、風邪が治らない!」


 余計な時間を使ってしまい、保健室に行く時間が無くなってしまった。

 怒りで興奮してしまったからか、頭も痛くなってきた。

 明日は魔よけの塩を忘れない、そして今日から鍛えると心に誓った。


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