柊END①
本編では柊の好感度が足りないため、最終分岐点で告白が無い設定になっています。(好感度が足りていると『第十九話 最終分岐点』で学校を出ようと隠れて進んでいる時、柊が気づきます)
柊ルートでは本編に沿って好感度アップに繋がる柊との接触を加えつつ、柊ENDに辿り着くストーリーを書いていきます。
会長ルート同様、本編と同じ内容についてはさらっと飛ばしていきます。
前置きを長々と失礼しました。
スタートは本編『第十話 混戦』の翌日からです。
学生らしく放課後をエンジョイした翌日。
昨日とは打って変わり、一人で帰宅することになった。
寂しくはない、むしろ快適だ。
僕は一人の時間を大切にするタイプだ。
人がいないということは内に篭ることが出来る。
そう、妄想し放題だ。
人の目がある外では気が抜けないが、家に帰れば……。
さあ、パラダイスへ急ごう。
昇降口で靴に履き替え、外に出た。
「……っ!」
「ん?」
顔見知りに別れの挨拶をしながら校門に向かっていると、何処からか僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
微かに聞こえただけなので間違いかもしれない。
念のため声の主を探して辺りを見回すと、こちらに向かって手を降っているやたら美形で駄目な大人を見つけた。
「……」
……見なかったことにしよう。
思いっきり目もあったけど。
再び前を向いて校門を目指した。
ああ、早く帰って解放されたい。
今日は兄達はいるのだろうか。
天使達の戯れというご褒美があったらいいのになあ。
「あっ、すいません」
校門に辿り着いたその時、前をよく見ていなかったせいで立ち止まっていた人にぶつかってしまった。
「央」
「うわああああっ!!」
柊だった。
さっきスルーしたはずなのに何故いる!
僕よりも校門から遠い場所にいたのに、どうして先にいるのだ!
時空を超えて来たとしか思えない移動に悲鳴をあげてしまった。
「先回りしたんだ。吃驚した?」
「突然現れないでください!」
柊に対してはどうも『油断してはならない』という意識があるからか、心臓が過剰反応してしまう。
「……何か用ですか」
「うん、央に用がない時なんてないよ」
「は?」
意味の分からないことを言われ、ポカーンとしてしまった。
誰かこいつの電波具合を何とかしてください。
『模範的な大人』にチューニングをお願いします。
「用が無いなら帰ります。さよなら」
横を通り過ぎて行こうと思ったのだが、何か思い出したようで『ああ、ところで……』と言いながら僕の腕を掴んだ。
お触りはやめてください。
明るい話題なのかにこりと微笑んでいる。
前髪という封印がなく、解き放たれた状態でのこの表情は心臓に悪い。
「昨日の放課後、四人組で出掛けていたね」
「ん? ああ、出掛けましたね。どうして知っているんですか?」
「花壇の作業をしていた時に見かけたから」
そういえば、花壇の近くを通った時に女子の塊が見えた。
あの団子の中に柊が包まれていたのか。
「ダブルデートみたいだったね」
「そんなんじゃないし」
そういう風に見えたのだろうか。
『ダブルデート』だなんて、学生生活を謳歌している響きで素晴らしい。
実際にはただ遊びに出掛けただけだが、勘違いされてもあまり悪い気はしない。
むしろちょっと嬉しい。
「で、央の相手はどれ?」
「え? ……え?」
ニヤニヤしそうな顔を引き締め、柊の方に目を向けた。
すると視線を外していたのは一瞬なのに、別の意味で心臓に悪い笑みに変わっていた。
微笑んでいるのは同じなのに、悲鳴を上げたくなるこの感じ。
悪魔祓い師……ブリッジしながら階段を駆け降りる少女のシーンが有名な、あのホラー映画のBGMが流れてきそうだ。
「いないって! そういうのじゃないから!」
恐怖で固まりそうになったがなんとか声を出せた。
顔は思い切り引き攣ったけれど。
僕の返事を聞くとBGMは消え、カラリと淀んでいた空気も晴れた。
「それは良かった。ここで名前が上がったらどうしてくれようかと」
「どうって……」
「それは……ねえ?」
再び流れる同BGM。
顔は笑っているが、とても暗い目をしている。
底なしの闇を感じる。コワイ、ダレカタスケテ。
「今日は俺の番だよね」
「は?」
「俺の番だよね?」
「何が!?」
話の流れからすると、今日一緒に出掛けようと言われているようだが……絶対嫌!
言葉では無く、表情で返した。
『ありえねえ』、僕の顔面はそう言っていますよ、察して。
「メールも返してくれないよね……」
僕の意思はちゃんと伝わったようで、柊が纏う闇は濃さを増した。
夏緋先輩が氷使いなら柊は闇使いだ。
この闇には『病み』という意味も含まれている。
柊のメール……『柊メルマガ』は解除希望なのだが……。
当初は春兄への殺意が篭った呪怨メールだったが、最近は違う。
『今は何をしている?』とか、僕に対する質問のような内容が多い。
基本無視するが、一度嫌味のつもりで『柊さんがいない空間を満喫している』と送ったら、『央は可愛いな』と返ってきた。
……意味が分からない。
柊の脳内でどう変換されたのだろう。
恐ろしくて聞けない。
あんな返事がきたらガタガタと震え、スマホの画面をソッと閉じるしかない。
やっぱり柊メールはスルーに限る。
「今日はちょうど仕事が早上がりなんだ。これから付き合ってくれるよね」
「え、やだって言ってるじゃん」
「言ってないよ?」
言葉には出していなかったけど言っています、全身で。
柊にも聞こえていたはずだが。
二人きりは身の危険を感じる。
また兄の代わりをしろと襲われてしまうかもしれない。
まだあの時の怒りと恐怖は残っている。
「今から帰るんだろう? 央についていくよ」
「ええ……?」
今さらっと恐ろしいことを言いましたね?
僕は今から家に帰るのだ。
ということは『柊が家について来る』、ということだ。
そんなのダメ、絶対。
家を知られるのも恐ろしいし、兄がいたら……。
そこに春兄もいたら何をするか分からない。
帰るのは危険だ。
柊をちらりと横目で見ると、素敵な笑顔でこちらを見ていた。
こいつ、本気でついて来るぞ!
だったら真っ直ぐ帰らず適当に何処かに行って、納得して貰った方がダメージは少ないか。
人目があるところだったら妙なことも出来ないだろう。
「賑やかなところだったら行ってもいいかな……」
「俺はどこでもいいよ。央の好きな所に行こう」
「じゃあ……」
行き先としてちょうど良いところが浮かんだ。
あそこなら大丈夫だ。
僕が何かを失う、なんてことにはならないだろう。
※※※
視界に広がるのは見たことのある景色。
それも最近見た景色だ。
正確には昨日。
車に乗れと言う柊を強引に歩かせ、やって来たのは昨日四人で来た商業施設。
昨日は行かなかったが、この中にある本屋が目的地だ。
買っておきたい漫画があったし、ここなら人目があるしちょうど良い。
そう思っていたのだが……。
「ちょっと見て!! ……あの人凄い格好良いっ」
失敗した……凄く目立つ。
今はスーツのオープンイケメンスタイルとあって、尋常じゃなく人目を引いている。
会長といい、柊といい、もう少しイケメンオーラを抑えて欲しい。
いや、柊の場合は封印を解くきっかけを与えてしまったのは僕か。
だから耐えねばならないのか?
周りの目がある分、身の安全は確保されるが……これはこれで苦行だ。
「本屋って……いいね」
「はい?」
視線ホイホイとなっている柊からなるべく離れてコソコソと動き、目的の本や気になっていた雑誌を見ていたのだが、金魚の糞のように僕の後ろを着いて来る柊が何やら嬉しそうに呟いた。
どうしてそんなにほっこりしているのだ。
本屋を満喫出来ているのならそれはそれで良いが。
「央が見ている本で央の好みが分かる」
「……」
『ヒュウゥゥゥ……』と僕の周りに木枯らしが吹いた気がした。
そんなものを知って何が嬉しいのだ。
「央は壁ドンが好き」
「それは忘れてください」
急に嫌なことを思い出すな。
というか、それを僕情報として記録しているなら今すぐ消して!
「いつでもしてあげるから言ってね」
「二度とするな」
「今しよう。あの大きな柱なんかちょうどいいと思うけど?」
「一人でどうぞ」
いよいよ敬語を使うのが馬鹿らしくなってきたな。
まあ、前から度々忘れるけど。
こんなに視線を浴びながら壁ドンされたら、明日から僕の肩書きは『学生』から『引きこもり』になるぞ。
「それはゲームの雑誌?」
本棚の間を徘徊していた足を止め、一冊の雑誌を手にすると柊が後ろから覗いて来た。
僕がプレイしているオンラインゲームの特集が表紙にあったので目に止まったのだ。
『新しく実装されるエリアについて』と、『記念のコラボイベントを行っている』ということが書かれてあった。
わくわくするな!
……と心躍らせている僕に水を差してくる奴がいる。
「央は太陽の匂いがする」
人が通れる程の距離を空けて真後ろに立っていた柊だったが、気づけば背中が暖かい。
後頭部にも気配がある。
顔を近づけているというか『匂いが~』と言っていたから……嗅いでいる?
真後ろからピタリと張り付かれている……電車の中で痴漢にあっているようなこの状況……。
「近い! 離れろ!」
『お巡りさーん!』と叫びそうになったが、それはなんとか我慢した。
本を持ったまま我が身を抱きしめ、風呂を覗かれた乙女のように飛び退いて離れた。
よく考えれば柊にバックを取られるなんてとんでもなく恐ろしいことをしていた。
僕は差し出していないぞ!
「残念。いい匂いだったのに」
「匂いとかやめて。マジで引くから」
「ははは」
「笑うところじゃ無いですけど……!」
冗談と受け取っているように見えるが本当に引いているぞ?
潮でいうと、これだけ一気に引いたら相当高い波が来るからな。
なんだか疲れたな……。
「柊さんは何か見たい本とかないんですか?」
「俺はいいよ。央が見たいものを見ていればそれでいい」
「僕はもう一通り見終わったんで」
僕の目的ばかりで申し訳なさがある。
欲しい本がないか聞いたが、すぐに思い浮かばないようで視線を上に向けて考えている。
「趣味とかないんですか?」
「央」
「は?」
「だから、央」
「は?」
どうしよう……意味が分からないが兎に角怖い。
ほら、誰か早くチューニングして!
お薬を出してあげてください!
もう何度目か分からない引き潮に耐えていると、何か思い当たったようで柊が動き出した。
この隙に帰ろうかな……。
「駄目だよ」
「!?」
声に出していなかったはずなのに柊は立ち止まってこちらを見ていた。
帰ろうとしていたことはお見通しのようだ。
なんの特殊能力だ。
ジーッと封印の解かれた目で見つれられると逆らえなくなる。
大人しく後に続いた。
辿り着いた本棚には、『趣味・園芸』というプレートがついていた。
並んでいる表紙も植物の緑色が多く目に入る。
「これ」
手にはガーデニングの雑誌を持っていた。
「珍しい品種の花の種が付録でついていると聞いて気になっていたんだ」
「へえ」
なんでも付録になる凄い時代だな。
「家で育てるんですか?」
「ああ。見に来る?」
「遠慮します」
それが常套手段なのか?
絶対兄にも使っている手だろう。
わざわざ敵地に乗り込むほど馬鹿ではない。
「央は植物とかに興味ない?」
「花が綺麗だとか緑はいいなあとは思うけど、特に好きってわけじゃないかな」
「真は好きだったけど……やっぱり兄弟でも違うんだね」
確かに兄は植物も愛でるタイプだ。
家の中にも花はないが観葉植物がいくつかあり、よく手入れをしている。
そういえば……ゲームでは兄と柊の出会いは学校の花壇だった。
用務員室の例のソファ以外にも校内の椿の生け垣で、周りから死角になったところで押し倒されていた場面もあった。
兄と柊のストーリーには植物が随所にあった。
椿の花と共に兄も開花……って何を言ってんだ僕。
あまり興味の無い僕との違いを感じて、兄の思い出に浸っているのだろうか。
雑誌をパラパラと捲っている柊を横目で見ると、哀愁漂う目をしていた。
兄のことや春兄のことを言わなくなったが、まだ完全に想いが消えたというわけではないのだろうか。
「……前から聞こうと思っていたことがあったんだけど。いや、一度聞いたことはあるが」
ページを捲っていた手を止め、妙に神妙な声色で呟きながらこちらを見た。
なんとなく話の流れから兄関連のことかなと想像して身構えた。
「真は俺のどういったことを央に話したんだ?」
「え!?」
身構えていたはずなのに……予想通り兄関連の話なのに驚いてしまった。
「俺のことを見ていたのは、真から聞いたからだろう?」
「そ、それは……」
用務員室に突撃した際にも聞かれたが、上手い対処法が思い浮かばないまま時間が流れ、逃がして貰えたかと思いきや壁ドン、になったんだった。
正直に答えると『兄からは聞いていない。ゲームで柊のことを知っているから見たかった』だが、言えるわけがないし言っても信じて貰えない。
依然と同じ、『何も聞いていない』の一点張りをしようかとも思ったが、聞いていないんだったら、どうして柊のことを見ていたのかと聞かれたら困るわけで……。
見ていたことも柊の勘違いということにすればいいか?
「聞いていたんじゃないのなら、俺のことが気になったとか?」
「は?」
悩んでいたところで、わけの分からない質問をされて思考が止まってしまった。
何を言っているんだろう。
僕が柊に好意を持ったから見ていた、とでも言いたいのか?
「いや、何か俺のことで気になることがあったのかなって。知り合いに似ていた、とか」
「あ、ああ……」
なんだ、そういう意味か。
先入観が働いて、ついつい痛い方向の解釈をしてしまった。
思いっきり悪意のある表情で『は?』と聞いてしまったので申し訳ない。
「そ、そうなんです! 前髪が長いから、前見えないんじゃないかなって。背が高いし、切ったら格好良くなりそうだなあって……ハハ」
話の流れが、都合の良いものになって助かった。
嘘も言っていないし、良かった……。
「髪を切ったら、思っていた通りになった?」
柊は僕の回答に満足したのかさっきまで漂っていた哀愁は消え去り、満足そうな笑顔を浮かべた。
「ソ、ソウデスネ」
想像以上でした。
僕はとんでもないことをしてしまったと、怪物を世に解き放ってしまったと、罪の意識に苛まれております。
というか、気づけばまた近い。
間をあけて横に並んでいたのに腕が絡みそうな程密着しているし、僕の頭に顔を寄せて来ている。
これが電車での痴漢だったら、二秒後には確実に尻を触られている。
「近いって!!」
再び乙女のように我が身を抱いて距離を空けた。
今回は尻を押さえて守った方が良かったかもしれない。
「央が我慢出来なくなるようなこと言うから。……逃げられると追いかけたくなるな」
顔は笑っているが目が怖い。
これはハンターの目だ。
狩る者の目だ。
草食動物の僕は逃げなければ……!
「央と……柊さん?」
飛び掛かられないように目を見ながら後ろに下がっていると、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
僕の後ろを見ている柊の目は、まずは驚いたように見開かれ、今は戸惑っているように揺れている。
振り返るとそこにいたのは、家にいると思っていた兄だった。
「真……」
柊はやはり戸惑っているようで、不安そうな顔をしていた。
兄と対面したのは久しぶりなのだろうか。
最後に会った時、気まずくなるような別れ方をしたのだろうかと勘ぐってしまったが……柊の戸惑いの理由はすぐに分かった。
兄を見ると、普段あまり感情を表に出さない兄がとても不機嫌そうな顔をしていた。
「……どうして二人きりでこんな所に?」
「本を買いに。兄ちゃんは?」
「オレも。小さい本屋にはないから、ここまで買いに来たんだけど……」
そう言う兄の手には、この本屋の紙袋に入った購入済みの本があった。
何気ない質問に返ってきた声も低く、この状況を快く思っていないことが伝わってきた。
僕は悪いことをしていたのが見つかってしまったような、叱られている気分になった。
「もう用は終わった?」
「う、うん」
「じゃあ、央。一緒に帰ろうか」
そう言うと兄は、『央はついてこい』と有無を言わさないオーラを背中で放ち、僕の手にある本の精算を済ますためレジの方に歩き出した。
柊をちらりと見ると表情は少し変化していて、不安そうな表情から寂しそうな表情になっていた。
柊も気になるが、今は大人しく兄に従った方が良さそうだ。
動かない柊を残して兄の背中を追った。
同じ紙袋を持ち、並んで兄と家路を急ぐ。
「……央」
柊と別れてから、無言だった兄が話し掛けてきた。
声の感じは静かではあるが、さっきのような怒りは感じない。
顔を見ると気まずそうに苦笑いしている兄と目が合った。
「こんなこと言いたくないけれど……あの人にはあまり近づかない方が良いよ」
「え?」
兄が僕の交友関係に口を出すということは今までなかったし、人のことをあまり良くない方向で話すことも普段はしない。
『言いたくない』というのがよく分かる。
それでも言うということは、よっぽどの理由があるということだろう。
「柊さんとなんかあったの?」
「……」
兄は遠い目をしていた。
頭の中で、柊との記憶が蘇っているのだろう。
この目が『何があったのか』を雄弁に語っている。
やっぱ襲われたんだな……。
……生で見たかったな。




