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BLゲームの主人公の弟であることに気がつきました(連載版)  作者: 花果 唯
IF ありえた未来2

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32/101

小話集①

本編後:図書室レース

夏緋ルート:盗撮写真の行方

本編後:ありえた未来?

本編後:バレンタイン


以上、小話四話です。

「えー!?またやらなきゃいけないの?」

「ふざけんなよ」

「ご、ごめん……」


 失態を責めるクラスメイトの視線に囲まれ、泣きそうになった。


 オレは読書が趣味で、図書委員をしているのだが、公共の図書館から大量に寄贈があり、ここ最近の放課後は忙しく動き回っていた。

 今日は図書委員だけでは人手が足りないだろうということで、担任が部活に入っていない連中に声を掛けてくれた。

 放課後の図書室で、集めてくれたメンバー六人と作業をしていたのだが……。


 図書委員のオレが指揮をとって、他の場所に移す本のリストを一人一枚づつ配り、本棚の本をダンボールに入れて貰っていたのだが、全く関係の無い間違ったリストを渡してしまっていたのだ。

 しかもそのことに気が付いたのは、全員が作業を終えてからだった。


 今日中に作業しなければいけないので、すぐにダンボールに詰めた本を戻し、やり直さなければいけない。

 三、四十分あれば出来ると思うが、終わったと思い、帰る気になっていた皆は心底面倒臭そうだ。

 苛々しているのが分かるし、針のような空気がオレを刺してくる。


「まあまあ。大体どこにどういうものがあるか場所を把握したし、さっきより早く終わるだろ。折角だから、競争しながらでもやろうよ」


 明るい声が、殺伐とした空気の中に広がった。

 声の主は天地央。

 女子からは王子様と呼ばれ、美少女の彼女もいる勝ち組の奴だ。

 死ねばいいと思うが……いや、思いたいが、思えない。

 モテるくせに、何故か鼻につかない。

 イケメンなのに三枚目というか……気をつかわない、話しやすい奴だ。

 こいつがいると、『場』は大体和む。

 今も一言で、殺伐とした空気が少し和らいだ。

 オレに向けられた針の先端も丸くなった。


「そしてなんと、優勝者には楓様のキスが贈られます」

「はあ!?」


 天地の隣で奇声を上げたのは、同じように王子と呼ばれている楓秋人。

 テニス部だが、最近は天地にくっついて帰宅部状態になっているそうで、今日も揃って手伝いに来てくれた。

 楓のキスだなんて、天地がわけの分からないことを言い出したので、皆がざわつき始めた。

 作業中だが図書室は普段通り解放されているので、近くにいて話が聞こえていた生徒達もそわそわしている。

 図書室という『静かにしよう』精神が働いている空間だが、天地の言葉でその鎖が解かれてしまいそうになった、その時――。


「はい」


 凜とした声と共に、天を突く勢いで手が上がった。

 腕は耳にピタリとくっつき、シンクロナイルドスイミングのロシア代表を彷彿とさせる見事な腕の伸びだ。


「私、やります」


 瞬きもせず、天地を見据えてそう宣言したのは……あれは確か、天地の彼女である櫻井さんの友人、佐々木さんだ。

 下の名前までは知らないが……。

 佐々木さんの隣に、櫻井さんの姿もある。

 どうやら二人で、天地達を待っていたようだ。


 それにしても、佐々木さんは一時期天地と噂があったが、楓狙いだったのか?

 天地が和らげていた空気が、一瞬でピリッとした。

 佐々木さんは、周りの女子の鋭い視線を浴びながら立ち上がり、作業メンバーの輪に入った。


「んじゃ、これやって」

「え?」


 天地が、オレが持っていたリストを佐々木さんに渡した。


「お前、まだ他にもやることがあるんだろう? こっちはやっとくから」

「いや、でも……」


 確かに、オレにはまだやることが沢山ある。

 やってくれるのならば有り難いが、自分のせいでもう一度やることになったので、そこまでは甘えれない。


「ちょっと待って、話が進んでるけど、僕は認めないからね!」

「自分が一位になったら、阻止出来るだろう?」


 申し訳ないから、自分も作業をすると名乗り出たいオレを無視するように話は進んでいる。


「でもさあ、俺達にあんまり利益ないだろ」


 そわそわとしている女子達を尻目に、野郎連中が不満そうに呟いた。

 天地はその声に間髪入れず、不満分子の前に楓を突き出して反論した。


「何を言う、楓を見ろ! そこら辺のアイドルより可愛いぞ!」

「ま、まあな」


 楓は拗ねているのか不満なのか、口を少し突き出して機嫌の悪さをアピールしている。

 その様子が、男ながら可愛い。

 残念だけど可愛すぎる。

 楓が美少女だったら……という妄想は、一年生の男子なら必ず一度はしているはずだ。


「じゃあ楓様のキスか、最下位がジューズ奢るの二択、これでどうだ?」

「それならいいか」

「全員ジュースの方でいいじゃん!」

「ジュースだったら私はやらないわ」

「アンタは黙っててよ!」


 『図書室では静かに』の精神は崩壊していた。

 誰一人声のボリュームを落としておらず、騒々しい。

 だが不思議と外野からも不満は出ていない。

 皆、ことの成り行きが気になっているようだ。


「グダグダ言わない! はい、位置について! ……よーい、スタート!」


 時間が惜しいと、強引に纏めたスターター天地の声を皮切りに、熾烈な戦いが始まった。


 ……早い、皆の作業スピードが、さっきの何倍も早い!

 天地が気を使って、オレに他の作業をする時間を作ってくれたというのに、目が離せないほど熱い戦いが繰り広げられている。


 楓は先に覚えている本から箱に詰めていく作戦のようだ。

 天地はリストの上から探している。

 佐々木さんは……動かない?

 リストをじっと睨み、立ち尽くしていた。

 どうしたのだろう、リストにまた不備があったのだろうか。

 声をかけようとおもったその時……佐々木さんが動き始めた。

 リストを下に置いたかと思うと、両目両腕が忙しなく左右上下に動き出した。

 ……まさか、リストを暗記していた!?

 五十冊近くあるというのに……!

 いや、完全には覚えていないのか、間にチラリと下に置いたリストを見ている。

 大体を把握し、確認しながらやっているようだ。


「ちょっと! ちゃんとやってる!? 適当にやってるでしょ!」


 楓が佐々木さんの様子に気づき、焦った声をあげた。

 佐々木さんは横目で楓を捉え、ニヤリと笑った。

 その笑みを見て、何故か寒気がした。

 あれ……『女の子が憧れの王子様のキスが欲しくて頑張ってる状況』って、文字にすると可愛いのに、オレの視界に映っているその状況は、少女漫画の一場面というより、不安を煽るBGMが流れるサイコホラーな映画にありそうな光景に見えるのは何故だろう。


 危機感を覚えたのか、楓のスピードが格段に上がった。

 頑張れ楓、ここでお前が負けたら多分何かを失うことになるだろう。


 そして、予想していた時間の半分、十五分が過ぎたところで決着がついた。


「……まじか」


 結果は……楓がギリギリ逃げ切り、見事一位を勝ち取った。

 ほぼ同時に、佐々木さんが終わった。

 そして、天地がビリだった。


 見守っていた女子達は、佐々木さんが一位にならなくて安堵したようだ。

 それ以外の外野は、少し残念そうにしているように見える。

 楓が誰かにキスをするところを見たかったのかもしれない。


「はあ。ブラックでいいんだよな」

「天地君が楓君にキスでもいいんじゃない?」

「黙ってろ」


 ビリの天地が鞄から財布を取り出しながら、一位の楓に問いかけた。

 横槍を入れてきた佐々木さんを見もせず一蹴したが、天地が女の子にこんな冷たい態度をとるなんて驚いた。

 それだけ仲が良いという事なんだろうけど、佐々木さんって何者なんだ……。


「カフェオレでいいってば」

「甘いの嫌なんだろって……楓、悲しいお知らせがあります」


 財布を閉じ、真剣な表情で天地が楓を見た。


「僕の財布に二十円しか入ってません」

「はあ? 少なすぎ。財布持ってる意味ないじゃん」

「明日奢るから」

「ジュースじゃなくても……ボクは別のことでもいいけど」

「帰ろっかー!」


 天地と楓が話していると、大人しく待っていた櫻井さんが慌てた様子で天地の腕に捕まった。

 羨ましい……。


「雛ちゃん、無粋が過ぎるわよ」

「とりあえず片付けるぞ」


 天地の掛け声で後片付けをすると、ワイワイと雑談をしながら四人は去って行った。

 手伝ってくれた、他のクラスメイトも帰って行った。


 しかし、リストが間違っていると分かったときはどうしようかと思ったが、天地が仕切ってくれてなんとかなった。

 天地様々だ。

 ちゃんとお礼を言えなかったから、明日言おう。

 ぼーっと見守ってしまったが、ジュース代もオレが出そう。






 残っていた作業が一段落し、トイレに行くと天地がいた。

 まだ帰っていなかったのか。

 教室で喋っていたそうで、これから帰るらしい。

 お礼は明日言おうと思っていたがちょうど良い。


「天地、ありがとな」


 そう声を掛けると、女子が黄色い声を上げる素敵な微笑みを見せてくれた。

 ……マジで王子様だな。


「いいって。今日は早く帰れよ」

「え?」


 ここ最近、オレは暗くなるまで学校に残っている。

 まるでそれを知っているような口ぶりに聞こえたのだが、気のせいだろうか。

 疑問が伝わったのか手を洗い終わると、俺の前までやって来た。


「昨日遅くまで、一人で作業してただろ? お前、偉いな」


 昨日天地も遅くまで学校にいたそうだ。

 帰り際に図書室の前を通った時に、まだ作業しているオレの姿を見かけたらしい。


「量が多かったら言えよ? たまになら手伝ってやるからさ、たまにならな」


 好きなことと言えど、密かにしてた苦労を知ってくれていた人がいたことが嬉しかった。

 その上気を使ってくれて……なんなんだこいつ、そりゃモテるわ。


「お前に惚れそうだわ。抱いて」

「来世でな」

「今世では無理なのか」


 冗談を言うと、軽く流されてしまった。


「生まれ変わってこい」

「んじゃクリニック予約するわ」

「そういう生まれ変わりじゃねえよ」


 少し雑談をし、気が向いた時にでも手伝ってくれと頼み、天地と別れた。

 やっぱりこいつのことは憎めないというか、妬みの対象にもならないな。

 はあ、一年くらいでいいから、天地に生まれ変わってみたいものだ。





※※※






「今日もシケた面してるなあ」


 リビングのソファでスマホをいじっていると、兄貴が帰ってきた。

 時計を見るといつもより遅い時間だった。

 何処かへ出かけていたのかと思いつつ、リビングにいたことを後悔した。

 兄貴が嬉しそうに悪い笑みを浮かべている。

 こういう時は碌なことがない。

 早々に立ち去ろうとしたのだが、隣にドカッっと座ると肩に腕を乗せられて捕まった。


「気分転換に何処かに出かけたらどうだ? 『ゲームとコラボ企画中の水族館』とかな。今日行ってきたが、中々面白かったぞ」

「は?」


 言われたことはすぐに理解出来たが、『まさか』と思った。

 兄貴には話していない、オレにとっては重要な場所。


 あいつが喜びそうな場所だと予め調べてはいたが、この数日は『ここに誘えば以前のような関係に戻れるんじゃないか』とか『あいつが普通に接してくれるようになるんじゃないか』と思い、頭の中で何度も登場していた場所だ。


 『違う場所のことだろう』

 そう願いながら流そうとしたが、一枚の紙を渡され絶句した。

 それは、紛れもなくオレが調べていた場所のパンフレットだった。


 一瞬で頭に血が上りそうになったが、落ち着け……別に兄貴が行ったって構わないじゃないか。

 誰と行ったか知らないが、『あいつ』以外だったらどうでもいい話だ。



 ……。


 ……嫌な予感しかしない。


 あの兄貴が笑っているのだ。

 知りたくない。

 邪魔な腕を振りほどいて自分の部屋に戻ろうとしていると、手にしていたスマホが鳴った。

 画面に表示されているのは兄貴からのメール通知。

 文章は無く、画像が添付されていた。


「!」


 言葉を失った。

 予想通りといえば予想通りの嫌な予感が的中で、一気に体の血が沸騰しそうになったのだが、画面に映る写真の人物の表情を見て逆に血の気が引いた。


 水槽を見ているのか幻想的な水と光の空間の中、嬉しそうに笑う天地の顔。

 それは暫く見ていない笑顔、いや……オレには見せてくれたことのないような、優和で心から喜んでいることが分かる笑顔だった。


――学校で会っても、オレには冷めた顔しか向けないのに。

――ここはオレが連れて行くつもりだったから、この笑顔はオレのものだったはずなのに。


 天地に向けてなのか兄貴に向けてかなのか分からないが、心の底から黒い感情が湧き出てきた。


「何だ? 言いたいことがあるなら言ってみろ」


 思わず握りしめていた拳を兄貴の顔面に埋めたくなったが、必死に衝動を殺した。

 ここでオレが怒っても、兄貴を喜ばせるだけだと分かっている。

 今は兄貴のオモチャにはなりたくない。


「……別に」


 今度こそ部屋に向かおうとしていると何かを放り投げられた。

 条件反射でキャッチしてしまった。

 これは……プラスチックのオモチャの剣?

 中にはカラフルなボール状のガムが詰まっている。


「土産だ。お前にくれてやる。あいつがくれたんだ。自分用にも買ったらしいが、俺に『お揃いだ』と言って嬉しそうに寄越してきたぞ」


 兄貴の笑みが更に深くなった。

 完全にオレの反応を楽しんでいるな。


「いらない」


 苛々を押し殺しながらソファに投げ返した。


「遠慮するな」

「……いらないって言ってるだろ」


 これ以上ここにいると、兄貴の思い通りに動いてしまう。

 怒りで震える拳を押さえながら部屋に戻った。


「クソ兄貴っ」


 壁を殴ると音で兄貴にバレる。

 笑うネタを与えてしまう。

 音の出ない布団を殴って、なんとかストレスを発散させた。


 兄貴は何でも出来て格好良い。

 人の上に立つような人間で、オレはあんな風にはなれない。

 自慢の兄貴だが……。


 オレは兄貴に何一つ勝てない。

 兄貴もきっとそう思っているだろう。

 天地のことだって、オレが悩んでいるのを知って上からちょっかいを出してきているのだ。


「クソッ……」


 オレが欲しくても手に入れられなかったものを、いつも兄貴は簡単に手に入れてしまう。

 天地まで取られてしまうのだろうか。


 もう一度画像を見た。


「……兄貴の前で、こんな表情してるんじゃねえよ」


 告白なんかしなければ、オレの前でもこんな風に笑ってくれたのだろうか。







「……盗撮の被害届出していいですか」


 オレの部屋で天地がゲームをしている間、隣でスマホを弄っていると、懐かしい写真が出てきた。

 あの時の心境を思い出して笑っていると何を見ているのだと問われたので、写真を表示したままスマホを差し出した。


 画面を見て出た台詞が今のだ。

 本人はこんな写真を撮られたことも忘れていたらしい。

 兄貴を訴えると憤っているが、身内で争うのはやめてくれ。


 今ではこうやって二人で過ごす時間が当たり前になっているが、あの頃は天地と上手くいくなんて思いもしなかった。

 距離が遠いことがただただ辛く、友人でも良い、以前の距離感を取り戻すことで頭がいっぱいだった。

 近くで笑っていて欲しかった。


 それが今では誰より近い存在で泣いたり笑ったり、色々な顔を見せてくれるようになった。

 驚きの変化だ。

 全く、このオレに男の恋人が出来るなんてな。

 一年前のオレに話してもきっと信じないだろう。


 でも、幸せなんだから仕方が無い。

 どうしようもないことに悩んで、無駄な時間を使うのは馬鹿らしい。


 ……などと幸せを噛み締めていたら、天地が難しい顔をしてオレのスマホを操作しているのが目に入った。

 嫌な予感がして慌てて取り返した。


「何をする」


 画面を見ると思った通り、あの写真を消そうとしていた。

 危ない、ロックを掛けておこう。


「消してください!」

「嫌だ」


 オレがロックを掛けたことを悟ったようで、スマホを渡せと飛びついてきた。

 戯れるのはいいが、ギャーギャー煩い。


「絶対に消さない。気に入ってるんだ」


 あの時はこの笑顔を『兄貴に取られた』と思い気に入らないばかりだったが、今見ると良い写真だ。

 綺麗な顔をして微笑んでいる。

 見ていると穏やかな気持ちになれる。


 暴れる天地を押しよけながら呟くと、大人しくなった。

 拗ねたのかと思ったが、どうやら照れているようだ。

 顔を逸らして照れを隠そうとしているが、耳が赤いのでバレバレだ。

 可愛い奴だと笑っていると、突然フラッシュの光にさらされた。


「何してんだ」

「盗撮返しです」


 天地が自分のスマホをこちらに向けていた。

 オレを撮っていたらしい。


「撮ったのは兄貴だろ」

「そうですけど……」

「兄貴の写真でも送ってやろうか」

「いりませんよ、そんなもの」


 自慢の兄貴の写真を『そんなもの』とあしらわれるのは少々引っかかるが、こいつだから許そう。

 逆に『欲しい』と言われたら困る。

 兄貴と戦わなければならない。

 こいつに関しては負ける気がしないが。


「……夏緋先輩の写真しかいらないし」


 小さな呟きが聞こえた瞬間、条件反射で天地を捕まえた。

 こいつはいつもそうだ。

 不意打ちで人を煽るようなことを言ってくる。


「な、何するんですか!」


 床に押し倒すと、何をするのか分かっているくせに顔を赤くして反抗をしてきた。


「誘ってるんだろ?」

「違う!」


 無意識でやっているのか?

 だとしても責任は取って貰わなければな。


「ベッドがいいのか?」

「違う! そういう問題じゃ無い! 今、ゲームしてるし!」


 オレを押し避け、必死にコントローラーを拾いに行こうと藻掻いている。

 こんな時に何を言っているんだ、こいつは……。

 それに力でオレに勝てるわけないだろう。

 片手で押さえつけ、空いた手でコントローラーを取り、更に遠くに放り投げてやった。


「ゲームの方が大事っていうなら、あのゲーム機を叩き割るぞ」

「出たよ、お得意の暴力」


 遠くに転がるコントローラーを見ながら、天地が力なく呟いた。

 何を呆れているのかは知らないが、抵抗しないならちょうど良い。


「大体なんのために、オレの部屋に来ていると思ってるんだ」

「そういうことのためじゃ無いから!」


 そうは言うが、毎回決まってオレの思い通りになる。

 こいつだって分かっているはずだ。

 それでも来ていると言うことは……そういうことだよな?


 そして今日もやはり、オレの思い通りになった。

 散々文句を言われたが、きっとこいつは明日もオレについてくると思う。






※※※





「お前、今日も来たのか」


 玄関の扉を開けると、金の髪に紅の瞳の美少年が立っていた。

 天使のような愛らしさだ。

 ……見た目だけで言えばの話だが。


 楓秋人、クラスメイトで女子にちやほやされている王子様で……兄の……。


「アンタに会いに来たんじゃないし。真先輩、いるんでしょ?」


 最近聞き飽きた台詞だ。

 険のある言い方もお馴染みだ。

 口を閉じていれば可愛らしいのに。

 何故開く、喋るな、縫ってやろうか。


「いない。帰れ」

「靴あるじゃん!」

「勝手に覗くな、これは僕のだ。いいから帰れ! 二度と来るな!」


 扉を立ち塞いでいる僕の隙を狙って中に入ろうとしている。

 お前は絶対入れないぞ。


「楓?」


 玄関の守護神、ゴールキーパーをしていると、背後で兄の声が聞こえた。

 しまった……二階に居たのに、騒いでいたから物音が気になって降りてきてしまったようだ。


「真先輩!」


 兄の声が聞こえた瞬間、眉間に皺を寄せていた天使の表情が一気に晴れ、パアッと輝いた。

 気づけば振り返ってしまった僕の脇をすり抜け、兄の元に駆け寄っていた。


「ちっ。勝手に入るな!」

「べー」


 可愛いのに可愛くねえ……!

 兄の腕にしがみつき、甘えている姿は女子のようだ。

 でも女子じゃないからな、可愛い子ぶるな!


「そんなに邪険に扱わないでやって」


 楓を睨んでいると、兄が困ったように微笑んでいた。

 少し寂しそうにも見える。

 僕が楓を雑に扱うことで、二人の関係を反対していると思っているようだ。

 兄のこんな表情を見ると、心苦しくなる。

 でも……別に反対はしないけど……楓の態度は気に食わない。

 返事をしないままプイッと視線を逸らし、リビングに戻った。

 

 僕が離れると、二人も動いた。

 ちらりと盗み見ると、仲良く階段を上がって行った。

 ……何をするのやら。


 頭にかかるモヤモヤとした霧が晴れず、鋭い目つきでテレビに映るバラエティーを見ていると、再び来客を知らせるチャイムが鳴った。

 この時間に訪ねてくる人といえば……。

 その人の顔が浮かび、思わずにやけてしまった。

 急いで玄関の扉を開けると、思ったとおりの姿がそこにあった。


「春兄!」


 部活終わりにそのまま寄ってくれたようで、飛びつくと汗の匂いがしたし、ジャージ姿だった。

 バスケをしている時の春兄は本当に格好良い。

 僕もバスケ部に入ろうかな、邪な理由になるけど。


「楓、また来ているのか」


 玄関にある、小さめな靴を見ていた。


「……うん」


 兄は春兄を選ばず、楓を選んだ。

 複雑な思いをしているのだろうか。

 やっぱり、春兄はまだ兄ちゃんのことが……。


「悪い。俺にはお前がいたな」


 大きな手が、頭の上にポンと置かれた。

 俯いていた顔を上げるとキリッとした凛々しい顔が優しく微笑んでいて、胸が苦しいような、でもジワジワと温かくなるような泣きたい衝動に駆られた。


「兄ちゃんの方が良かった?」


 離していた体を近づけ、ギュッと春兄の服を掴んだ。


「いや。あの時は辛かったけど、お前と結ばれるために必要なことだったとしたら、真にフラれて良かった。むしろ、今と違うことになってたとしたら……怖いな」


 言葉が終わったときには春兄に引き寄せられ、腕の中に囚われていた。

 驚いたけれど、少しすると喜びが一気に溢れてきて、自分も春兄に思い切りしがみついた。


 楓のことは気に入らないけど、あいつが兄と上手くいったから今僕はこうやって春兄と一緒にいることが出来るのだ。

 そう思えば、少しくらい感謝してやってもいいかな。


「央。お前は、俺を……俺だけを見ていろよ?」


 耳元で囁かれ、一気に体温が上がった。

 堪らなくなり、思わず春兄にしがみつく腕に力が入り、頭を首元に摺り寄せながら埋めた。


「言われなくてもするし、前からしてるし……」


 恥ずかしくて、聞こえないような声で呟いたのだが、春兄の耳にはしっかり届いてしまったらしい。

 僕を捕らえている腕の力が強まった。


「央」


 少しの間抱き合って幸せに浸っていたのだが、名前を呼ばれて体を離された。

 空気が入った空間が寒くて寂しい。

 もう少しこうしていたかったのにと春兄の温もりを惜しんでいると、大きな手が僕の頬に添えられた。

 春兄を見ると、真っ直ぐで熱の篭った目で僕を見ていた。

 ああ、そういうことか。

 顔を寄せ、受け入れる心構えをしていた、その時――。


「玄関でなにしてるの」


 少女の声が、春兄の背後から聞こえた。

 そちらの方に目を向けると、いつの間にか玄関の扉は開いていて……。

 肩越しに見えたのは、僕の幼馴染、そして春兄の妹である女子高生。


 慌てて体を離したが……多分何をしようとしていたかバレただろう。

 誤魔化せそうかと思案したが、雛の顔を見るとそれは不可能だと悟った。


「雛……これは……」


 春兄がなんとかしようと雛に近寄ろうとしたが……。


「お兄ちゃんなんか死んじゃえ!」


 叫びと共に、バシンと派手な音が響いた。

 雛が持っていた鞄で春兄を思い切り叩いたのだ。

 凄い音がしたし、金具が当たって痛そうだ。

 驚きやら恐怖やらで立ち尽くしていると、雛は春兄にもう一発食らわせた後、走って外へ飛び出して行った。


「雛ああああああ!!」


 春兄の悲哀に満ちた声が、天地家に響き渡った。






「……なんなんだ、この夢」


 目が覚めると、心臓がバクバクと脈打っていた。

 いつもはダラダラと目覚めて暫く微睡むのだが、今日はスパッと目覚めて意識もはっきりしている。

 それほど衝撃的な夢だった。


 雛と付き合いだして、腐度も下がってきたと思っていたのに……まさか、禁断症状?

 僕はBL依存症か……!?


 それにしてもリアルだった。

 確かに、ゲームでは兄と楓が結ばれるルートもあったわけだが。

 攻めの兄……あれはあれで良かった……。


 でも『春兄と僕』なんてありえない。

 ついに自分を腐らせてしまうなんて、終わっている。


 でも……この日だけは春兄を見ると、ちょっとドキドキした。

 ごめん、雛。






※※※







 学校から帰る途中、春兄に会った。

 一人で珍しいと思ったら、何故か兄に置いていかれたらしい。

 どうした、倦怠期か?


 ……かくいう僕も、実は雛に置いていかれた。

 付き合い出してからは大体いつも一緒に帰るようにしていたのだが、今日は先に帰るというメールを寄越して、早々に帰ったようだ。

 倦怠期だったらどうしよう……。


「お前、なんか心当たりあるか? 怒らせたりしていないか?」

「してないと思うけど……春兄は?」

「俺も心当たりは全くない……」


 春兄と妙に不安になりながら一緒に帰った。


 兄に会ってから帰るという春兄と家に入る。

 玄関には雛の靴があった。

 兄も帰宅しているようだ。

 二人で何かしているようで、キッチンから賑やかな声が聞こえてきた。

 何やら甘い匂いが充満している。


 チョコの匂い……ああ、そうか。


「明日はバレンタインか!」


 春兄が呟いた。

 二人が早々に帰った理由に察しがつき、春兄と胸を撫で下ろした。

 良かった……倦怠期では無かった。


 キッチンには入らず、春兄と息を潜めてこっそり中を覗いてみた。

 兄と雛はエプロンをつけて仲良く並んでいる。

 見ていると頬が緩む光景だ。

 春兄もニヤニヤしている。


「真兄凄い……パティシエみたい……!」


 雛の視線の先を見ると、サイズは誕生日ケーキ程だが、見栄えはちょっとしたウェディングケーキのような凝ったチョコレートケーキがあった。

 もうこのまま初めての共同作業、ケーキ入刀をして結婚してしまえばいいのにと思う。


「春兄、凄い豪華なのくれるみたいだね」

「俺、太りそうだな……」


 ……なんて迷惑そうな台詞を吐いているが、頬は緩みっぱなしだ。

 ご馳走様です。


「なんか、私のあんまり上手じゃなくって恥ずかしい……」


 雛の手にあるのは大きさは兄と同じだが、見た目は手作り感あふれる少し歪なものだった。

 実に雛らしい出来栄えで和む。


「雛が一生懸命作ったんだから、央はきっと喜ぶよ。気持ちがこもってるのが分かるし」

「うん! 愛情たっぷりだもん!」


 可愛い……今すぐキッチンには飛び込んで抱きつきたいが、明日渡そうと考えているようなにで見なかったことにしたほうが良さそうだ。

 顔にチョコがついてるし……あいつ本当に可愛いな。


「お前、にやけすぎだぞ」

「春兄こそ」


 幸せを噛み締めてニヤニヤしていた僕と春兄だったが、見つからないように外に出て、もう少し遅い時間に帰ってくることにした。

 立ち去ろうとしていると、雛の話し声が聞こえてきた。


「真兄、女子力高いね……。やっぱり『受け』だとそうなのかな」


 !?

 耳を疑う言葉が聞こえ、思わず足が止まった。

 だ、駄目だ……雛よ、お前の悪い癖だ。

 そういうことを言うんじゃありません! と、あれだけ言ったのを忘れたのか!


「……『受け』?」


 ああ、兄も食いついてしまった……!


「雛は何言ってんだ?」


 春兄まで釣られちゃった-!

 ど、どうしよう……止めたいけど、今中に入るわけには……!


「男の子同士の恋愛で、その……女の子役の方のことをそう言うんだって! 真兄、そうでしょう?」


――ベチャッ


 ああああ!!


「真兄!?」


 兄が作りながら飲んでいた珈琲のカップを落とし……それがウエディングケーキもどきの上に落ちてしまった。

 ケーキは無残な姿になってしまった……。

 兄も大変なことになっている。

 カップを落としたポーズのまま硬直が解けない。

 そして可哀想なほど顔が赤い、目に涙が溜まっている。


「は、春兄……」


 どうするか春兄の意見を求めるため、目を向けると額に手を当てて途方にくれていた。

 あのJK無差別兵器は回収した方がいいでしょうか。

 ちなみにあなたの妹です。

 そして僕の彼女です。






「ケーキ、なくなっちゃったね……」

「……そうだな」


 ケーキより兄が心配だが……。

 何とか動き出した兄は、亡霊のような動きでかたづけをはじめた。

 それを見て僕達は姿を隠したまま外に出た。

 ……後でなんとか兄の心のケアをしよう。


「食ってみたかったな。あのケーキ」


 春兄が残念そうに呟いた。


「ケーキが無かったら、兄ちゃんを食っちゃえばいいんじゃない」

「それは名案だ」


 ニヤニヤが復活した春兄と、明日が楽しみだと話しながら時間潰しに出掛けた。


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