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BLゲームの主人公の弟であることに気がつきました(連載版)  作者: 花果 唯
IF ありえた未来2

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会長END⑥最終話

 目の前の扉が閉まり、会長が去ってからどれだけ時間が流れたのだろうか。

 尻が玄関に縫い付けられてしまったかのように動けない。

 何も出来ず、時間だけが過ぎていく。


  「嘘だああああ」


 さっきの会長の声や表情、暖かさが頭から離れない。

 まだ顔に熱が残っているのが分かる。


  「会長……」


 中庭にいた時、生徒会室にいた会長と目が合ってしまったことから始まり……こんなことになるとは。

 今まで兄のことで散々振り回された。


 あんなに兄のことが好きだったのに、今は僕を好きだと言っている。

 やっぱり信じられない。

 『兄の代わり』なんじゃないかと思ってしまう。

 会長はそんな人ではないと分かっているけれど。

 でも、会長と兄が上手くいっていたら、会長が僕を好きだということは無かったのだ。

 所詮兄が駄目だったからの『次』なのだ。

 今でも兄が春兄と別れたら、会長は兄の方を向いてしまうに違いない。

 そう思うと苛々してきた。


「よし、部屋に戻ろう」


 もう動けそうだ。

 苛々を発散するように足に力を入れ、騒々しく階段を上がった。

 そのままの勢いで『バタン』と閉めた扉は、壊れそうなほど大きな音がして……ハッとした。


「僕は何でこんなに苛々しているんだ……」


 会長が『やっぱり兄が好きだ』というのならそれで良いじゃないか

 人騒がせだなあと迷惑には思うが、こんなに苛々しなくても……。

 何故だ?

 いや、苛々だけじゃない。

 気のせいかもしれないが……僕は会長が『やっぱり兄が好きだ』と言い出したら『嫌だ』と思ったような……。

 今開けてはいけない扉の前に立っている気がする。


 違う、危ない。

 よく分からないが回れ右、だ。

 悩みは沢山あるのだ。

 そ、そうだ、まずは雛と楓のことだ。


「うーん……」


 楓の気持ちは知っていたが、雛は意外だった。

 いやに楓に対抗するなとは思っていたが、そういうことだったのか。

 子供の頃から一緒で、昔からよく僕の世話を焼きに来ていた。

 それが当たり前になっていて特別な意味があるなんて考えもしなかった。


 雛が『彼女』になった未来を想像してみる。

 色んなところに二人で出掛けたり、色んなイベントを二人で過ごしたり。

 違和感はないが、心に湧き起こるものがない。

 会長と行った方が楽しそうだ。


「……」


 いや、だから……会長のことは置いておいて……。


 体験したことはないが、恋人との未来というものはもっと心躍るものなんじゃないだろうか。

 雛のことは好きだが、親愛の方の『好き』なんだろうと思う。


 楓についても同じように想像してみる。

 楓といるのは楽しいだろうし、良いんじゃないかと思うが……やっぱり『友達』という方がしっくりくる。

 会長といた方が……って会長のことは今はいいんだってば!


 以前読んだ、あの記事のことを再び思い出した。

 『迷うくらいなら断れ。断る時は希望を抱かせず、きっぱりと』だ。


 二人には素直な気持ちを話そう。

 雛には直接言われたわけではないが、聞いてしまったことを話して伝えよう。

 言われるのを待ってから言うより、早く伝えた方が良いと思うし。

 手紙をくれた子達にもちゃんと断ろう。

 そう決めた。


「会長には……なんて言おう」


 やっぱりこの扉に戻って来てしまった。

 ……というより、会長が頭から消えてくれない。

 インパクトが強すぎる。

 そもそもどういう返事をするかという以前に、どんな顔をして会えば良いのか分からない


 迷うなら、断る。

 会長のことも迷っている。

 だったら断る?

 そうだ、断れば良いのだが……何かが止める。


 駄目だ、いくら考えても進まない。

 今は出来ることをやろう。




 ※※※




 人に想いを伝えるというのは勇気がいる。

 僕が伝えることは、相手が喜ぶことではないと分かっている。

 だから気が滅入りそうになるが……しっかりしなきゃと気合いを入れながら起きた朝。

 窓の外は曇りだった。

 僕の気持ちを映しているようなスッキリしない空だ。

 『空くらいスカッと晴れて欲しかったなあ』なんてことを考えながら制服に着替え、リビングに向かった。


 階段を下りて玄関の前。

 何気なく並んでいる靴に目が行った。

 大きな靴が四足。

 兄と僕、春兄の分と……。


「嘘だろ……」


 この一際高級感のある残りの一足が誰のものか分かった瞬間、走って部屋に戻りたくなった。

 会長……。

 昨日の今日で……何をしに家に来ているんだ!?


 逃げたい……部屋に戻りたい!

 急な発熱と腹痛に襲われたことにして休んでしまいたい。


 会長の姿が玄関に無いということは、リビングか?

 兄や春兄と何を話しているのか気になる。

 まさか、昨日の僕とのことを話していたりしないよな……?


「……」


 会長がいるというのに、やけにリビングが静かなのも気になる。

 息を殺して、こっそり中の様子を伺うことにした。

 扉を少し開けると、はっきりと会長の声が聞こえた。


「……ということで俺は央に惚れた。本人にも伝えてある」


 …………ああ、目眩がするなあ。


 ……うん、何となくそんな気はしていた。

 『昨日のことを話したりしないよな』って思った瞬間、『やるだろうな』って思った。

 ある意味期待を裏切らない会長だ。

 嫌な予感がしたら、大体その通りのことをやらかしてくれる。


 何故か僕が恥ずかしい……発狂しそうなくらい恥ずかしい!

 どうして自分達の間だけで処理させてくれないのだ!

 勝手に広げるなよ!


 僕が盗み聞くまで会長が何を話していたがしれないが、兄と春兄は固まっていた。

 それはそうだろう。

 つい最近まで自分達と揉めていた奴が何を言っているのだと思うだろう。


「央を真の代わりにする気か!」


 硬直が解けた春兄が恐ろしい形相で会長に詰め寄った。

 兄が腕を掴んで引き留めたが、振りほどいて殴りかかろうとしている。

 春兄は僕の心配をしてくれているのだろうか。

 そう思うと嬉しくなるが……怖い。

 あんな顔で睨まれたら僕なら全力ダッシュで逃げ出すが、会長は涼しい顔をして立っていた。


「だからお前は馬鹿なんだ。さっきまで何を聞いていたんだ。全部説明しただろう」

「んなもん信じられるか!」

「春樹、落ち着けって! オレはさっきの話を聞いて納得したよ」


 怒っている春兄を煽る会長に『お前が馬鹿か!』とツッコミたかったし、さっきまで何を話していたのかと問い詰めたいが、我慢してもう少し見守ることにする。


「この前オレ達が揉めていた時、夏希は凄く冷静だった。明らかに以前とは違ったよ。その時にはもう、気持ちが央に向いていたっていうのは『なるほどな』って思ったし、薄々そんな気はしていた。春樹だって夏希が央を気にしているのが分かっていたから、央に近づかないように言っていたんだろう?」


 兄に諭されるように言われ、春兄は気まずそうに視線を逸らした。

 確かに春兄は会長を悪く言うことが多かったけど……そういうことだったのか?


「……何処までも邪魔な奴だ」

「ああ!?」


 会長の忌々しそうな呟きを聞いて、春兄の怒りスイッチが再び入ってしまった。

 だから煽るなって!


「今回はお前の妨害に屈しない。ここで話したのは、あいつが俺の気持ちを信用しきれていないようだったからだ。お前が言うように、真の代わりだと思っているのだろう。だが当人である真とお前に俺の気持ちを話せば、信用出来るようになるだろう!」


 『参ったか、えっへん!』と書かれた背景が見えそうな程、得意げな顔をして威張っていた。

 もうなんなんだ、こいつ!

 この行動の理由は分かったが……。


 ゆっくり考える隙も与えて貰えない感じが嫌だ。

 決して嬉しくなんかないぞ……顔が熱くなってきたが、嬉しくなんかないからな!

 誰か会長の行動力をなんとかして!


 呆れたような、恥ずかしいような。

 なんだか疲れた……あっ。

 項垂れた拍子に壁に頭をぶつけてしまった、痛い。


「央!」


 しまった、今の音で扉のところにいたことがバレてしまった。

 中にいた三人の視線が僕に集中した。

 兄と春兄は、どこか心配そうな顔をしている。

 会長は……凄く笑顔だ。

 何故そんなに元気なのだ。


「ちょうど良いところに来た。今、お前の話をしていたところだ。聞いてくれ。俺は真に、お前への気持ちを……」

「……リカシー」

「ん?」


 会長が嬉しそうに話し始めたが、僕は聞きたくない。

 昨日の今日で混乱しているし……兄や春兄の前でそういう話はやめてくれ!


「デリカシーがない!」


 こいつ本当に嫌!

 兄と春兄の関係を勝手に話してきた時も心の中で叫んだけど、デリカシーがない!

 デリカシーとは、『感覚・感情などのこまやかさ、繊細さや心配り』である。

 会長に欠けているものだからな!


 周到なデートプランを用意したり兄の心構えを説いたり出来るのに、どうしてこういうところは残念なんだ!

 何でも出来て凄い人だから少しくらい欠点はあった方が魅力的ではあると思うが、これは是非とも習得して欲しい!


 三人の視線を浴び続けるのが嫌でリビングから逃げ出した。

 もう学校に行こう!

 朝ご飯食べてないけど、学校に行こう!


 靴を履きながら玄関を飛び出し、転びそうになりながら駆けだしていると後ろから会長の声が聞こえた。

 僕の名前を呼んでいる。

 どうやら追いかけて来ているようだ。


 僕は学習している。

 会長を引き離すことなんて出来ない。

 足では勝てないのだ。

 だから隠れよう!


 角を曲がったところに駐車場があった。

 そこに止めてある車の影に身を潜めた。

 隠れようとしている間に見つからないかヒヤヒヤしたが間に合ったようで、会長が通り過ぎて行ったのが見えた。


 何とかなったようだ。

 でも、これからどうしよう……。

 学校に行ったら追いかけられそうな気がする。

 人目を憚らずさっきのような話をされたら嫌だ。

 サボろうかと思うが昨日もサボったし、これからいつまでも休み続けるわけにはいかない。

 結局は僕から話をするしか解決しないのだ。

 でも、どう話したらいいか分からない。

 時間を下さい。

 少しで良いから、そっとしておいて下さい!

 まずはそれを伝えてみるか……。

 とりあえず学校に行こう……そうしよう……。




 ※※※




 学校で会長に会ったらどうするかを考えながら足を動かした。

 視界に景色は映っているが、意識は向いていない。

 気がつけば以前会長が待ち受けていた校門前に辿り着いていた。

 一瞬ハッとしたが、会長の姿は無く……良かった。

 だが、教室の前には居るかもしれない。

 警戒しながら進んだ廊下は、いつもと少し様子が違っていた。

 進むに連れて女子の姿が異常に増えていく。


「これは……いるな」


 教室の扉が見える角から覗くと、やはりいた。

 腕を組んで待っていた前回とは違い、落ち着かない様子でキョロキョロと周りを見渡している。

 長く見ていると見つかりそうなので、慌てて隠れた。


「アキラ、何してるの?」

「!?」


 声を掛けられ、『見つかった!?』と息が止まりそうになった。

 だが、会長は教室の扉の前だ。

 誰かと思ったら……楓だった。

 何をしているのかと聞かれたが、『会長を避けています』なんて答えられず……。


 黙っていると僕が見ていた教室の方にチラリと目をやり、顔を顰めた。

 会長がいるから教室に行かないことを察したようだ。


 教室には行けないし、楓とここにいたら見つかってしまうかもしれない。

 朝ご飯を食べていないし、ホールで時間を潰すことにしよう。

 流石に授業が始まったら、会長も自分の教室に行くだろう。


「どこいくの?」

「ホール」


 この時間だとまだ誰もいないだろう。

 メニューを頼むことは出来ないが、あそこにはお菓子の自動販売機がある。

 朝ご飯がお菓子だなんて不健康な感じがするが仕方ない。

 会長に見つかってしまわないよう急ぎ足で移動を始めたのだが、楓が何故かついてきている。

 ごちゃごちゃ話をしていると気づかれてしまうかもしれない。

 とりあえずホールに行くことにした。




 ※※※




 ホールはまだ電気も着いていない状態だった。

 もちろん誰もいない。

 お菓子の自動販売機で一番パンに近そうなチョコレートのパイとホットのカフェオレを買って、近くの椅子に座った。

 やっぱりついて来た楓が僕の隣に腰掛けた。


「生徒会長と何かあったの?」

「……」


 『そうなんだよ、告白されちゃってさあ』なんて言えるはずもなく。

 鋭い楓のことだから何か察しているだろうし、どう言っていいかも分からず黙って食べた。

 甘い……朝からこれは嫌だな。

 兄ちゃんの朝ご飯が食べたかった。

 くそっ、会長め!


「会長にボクと同じこと言われちゃった?」

「……」


 こいつ凄いな、エスパーか?

 やっぱり悟られている。

 肯定するのも気まずいし、嘘をつくのも嫌だ。

 黙ってカフェオレで甘いパイを流し込んでいると楓が呆れたように笑った。


「アキラってほんとに素直だね」


 単純と言いたいのだろう。

 否定出来ないのが辛い。

 僕に出来る抗議といえば、ジロリと睨むくらいだ。

 だが僕の視線を受けて、楓は更に笑った。


「怒らないでよ。そういうところが好きなんだってば」

「……」


 また答え辛いことを言う……。

 ここに来てから、僕はまだ一言も発していない。


 そういえば、ここには二人きりで誰もいない。

 楓に僕の意思を伝える丁度良いタイミングなのかもしれない。

 楓を見ると、穏やかに微笑んでいた。

 今からこの笑顔を曇らせると思うと辛いが、ちゃんと言わなければいけない。


「なあ、楓」

「……うん?」


 僕の声色で話す内容を察したのか、真剣な中にもどこか不安げな表情で返事をした。


「僕はやっぱり、お前のことは友達だと思うよ。男だとか、女だとかそんなことは関係なくてさ。友達としてお前とは仲良くやりたいと思うけど、それでお前が僕の心変わりを期待するなら……。距離を開けた方がいいと思っている」


 昨日も考えたことだが断るならきっぱりと、希望を抱かせず、だ。


「……それは、『心変わり』は絶対無いからってこと?」

「ああ」


 その可能性も無いことは無いのかもしれないが、言い切った方がいいだろう。


「なんで言い切れるの? ボクが男だから?」

「だから、そういうのは関係無いって」

「じゃあ……好きな人が出来た?」

「え?」


 予想外のことを聞かれて、ポカンとしてしまった。


 質問された瞬間、会長の顔が浮かんだ。

 でもこれは、会長のインパクトが強いからで……。


「……そうなんだ。会長、とか?」


 黙っていると、楓は納得したように静かに呟いた。

 勝手に勘違いをされては困る。


「……違う」

「じゃあ会長にもさっきと同じような返事をするの?」

「それは……」


 会長にどう返事をするか、まだ決めていない。

 返事をすることを決めた人達と、会長の違いとはなんだろう。


「ボクはアキラのことを見てきたら、アキラのことは大体分かるんだよ。……それでもボクは勝手に好きでいたいと思う。ずっと片想いでもいいから、そばにいたいよ」

「それじゃ駄目なんだ。それじゃお前のためにならない」


 片想いでいいなんて、前に進まないのと同じだ。


「ボクのため? ボクは片想いでいいって言っているのに」

「楓には幸せになって欲しいんだ」

「アキラのそばにいるのが、ボクの幸せだよ」


 そんな幸せは寂しいと思う。

 楓には誰かと想い想われて幸せになって欲しいと思う。


「ボクは『好きじゃ無い』って嘘を言わなきゃ、そばにも置いて貰えないんだ?」


 そう言われると残酷なことを言っているようで苦しいが、妥協はするべきじゃないと思う。

 黙っていると楓は俯き、僕に背を向けた。


「……先に行ってて」


 泣いているのかもしれない。

 楓は結構泣き虫だ。

 仲良くなったきっかけも、泣きだした楓を宥めたことだった。


「分かった」


 泣かせて置いて行くのは辛いが、そばにいても今は悲しませるだけかもしれない。

 言われた通りに先に戻った。


 恋愛って難しい。

 今は辛くてもきっと後から楓のためになると僕は考えているけど、楓はそうじゃない。

 本人の希望を叶えてあげた方がいいのだろうか。

 僕に片思いを続けるなんて言っているけれど、そのうち出会いがあって自然と離れていくかもしれない。

 ここで無理に拒絶することもないか、という考えも浮かぶが……。


 でも今は問題を先送りにせず、僕は僕が良いと思うことをするべきだと思う。

 そう決めないと迷いそうだ。

 何も気にせず前みたい話をして、ベタベタしても軽く流して、知らない振りをして過ごせたらどんなに楽だろう。

 駄目だ、僕がしっかりしなきゃ。


 楓に『好きな人が出来たか』と聞かれた時、どうして会長の顔が浮かんだのだろう。

 それにどうして、会長への返事を決められないのだろう。

 思いつく答えは、『僕は会長が好きだから』としか出てこない。

 ……そうなんだろうか。

 認めてしまってもいいのだろうか。


 ホールを出るとHRは終わり、一限目の授業が始まっていた。

 教室の前から会長の姿も消えていた。

 ホッとしたが、心の中にかかる靄のようなものは晴れない。

 一日が始まったばかりだというのにすでに帰りたい。

 その衝動を抑えながら、こっそりと授業に紛れた。




 ※※※




 楓はホールから戻って来なかった。

 そのまま帰ってしまったのだろう。

 心配で連絡をしようか迷ったが、今はそっとしておいた方が良さそうだ。


 休憩時間、会長が現れるかもしれないと常に臨戦態勢をとっていたのだが、意外に現れなかった。

 お得意の校内放送の私用もない。

 学校で話をするのは諦めたのかとホッとしながら迎えた放課後。


「央、話がある」


 早く帰ろうと身支度をしているところに会長が現れた。

 最後の授業が終わったばかりで、教室にはまだクラスメイトが大勢いる。

 その中で突如現れたスーパースターの真剣な表情を見て、周りは何事かと色めき立っている。

 もう一度ここで叫びたい。

 『デリカシー!』と。

 こんなに注目された中、今僕たちの間に起こっている問題の話をされてはまずい。

 佐々木さんに見つかったら大変だ。


「分かりました! 話を聞きますから、先に生徒会室に行ってください!」

「一緒に行こう」

「いいから先に行け!」


 グイグイと背中を押し出すと、こちらを振り返りつつも渋々向かって行った。


「「……」」


 クラスメイトの詮索するような視線を感じる。

 恋愛のいざこざを疑っていることはないと思うが、これ以上注目されたくはない。

 机の上を片付けると、急いで会長を追いかけた。




 ※※※




「早く行かないと会長が引き返してくるかも……」


 そうなると廊下で朝の話の続きが始まりそうで拙い。

 人目を忍びながら走り、生徒会室へ進んでいると目の前に見慣れた青が現れた。

 夏緋先輩だ。

 壁に凭れて腕を組んでいるが、視線はこちらに向けられている。

 どうやら僕を待ち構えているようだ。

 急いでいるしスルーしたいところだが、すんなり通してくれそうに無い。

 近づくと壁から離れ、立ち塞ぐように話し掛けてきた。


「何処に行くんだ?」

「……生徒会室に」


 何処に行くかなんて分かっているだろう。

 あえて聞いてくる意図が分からない。


「もう返事はしたのか?」

「もしかして……会長から色々聞いていたりします?」

「正確には『聞かされた』だな。……聞きたくは無かったがな」


 会長は兄達だけではなく、夏緋先輩にも話していたのか。

 だから何故広げるのだ……。

 

 以前夏緋先輩は『逃げろ』と言っていた。

 気づいていたが賛成はしていない、ということなのだろう。

 兄の時も反対していたし、やはりBLは不可ということか。


「夏緋先輩はどう思っています? その……会長が言っていること」

「オレに聞いてどうする」

「そうですよね……」


 分かっているのに聞いてしまった僕が馬鹿なのだ。


「お前はどうなんだ? 兄貴の話を受けるつもりなのか」

「それは……」


 夏緋先輩がここで待ち構えていたのは、これを聞きたかったからなのだろうか。


「悪いことは言わない。迷うくらいなら断れ。それが将来、兄貴やお前のためになる。大体お前の家はどうなる? 子孫が出来ず、お家断絶じゃ両親が哀れだぞ」

「おっ、お家断絶!」


 その四文字がでかでかと書かれた巨大な岩が、頭の上に落ちてきたような衝撃を受けた。

 自分でも考えていなかったわけでは無いが、人から言われるとショックが大きい。

 頭に衝撃が残っているが、夏緋先輩の言葉はまだ続く。


「断るならちゃんと言わないと兄貴は引き下がらないぞ。それこそ、『嫌い』とか『迷惑』とか、そういう単語を使わなきゃな」

「でも、嫌いじゃないです……」

「嘘でもいいんだよ、それが良い未来に繋がるなら」


 確かに、会長にはそれくらい言わなければ……嫌われるくらいの気持ちでいなければ見逃して貰えそうにない。


「さっさと言って話してこい」


 そう言うと、道を開けるように夏緋先輩は動いた。


「……お前に迷いがなければ、こんなことを言うつもりはなかったんだがな」

「?」

「いいから行け!」

「は、はい!」


 どうしよう……追い立てられ、逃げるように進み始めたが頭の中は纏まっていない。

 迷うなら断れ、夏緋先輩にも言われてしまった。

 夏緋先輩には祝福して貰えない。

 分かっていたけれど、結構きついな……。


「お家断絶か」


 子供が二人ともBLでお家断絶とか、コメディ地味てるけど両親にしてみたら笑えない。

 親の遺伝子を後世に残してやれないのかと思うと心苦しくなる。

 夏緋先輩が言っていた『先の未来』を考えると、どんどんネガティブになってきた。

 駄目だ、明るい未来が想像出来ない。

 そんなことを考えているうちに、見慣れた生徒会室に辿り着いていた。


「央、ちゃんと来てくれたんだな」

「会長……」


 会長は生徒会室の扉の前で待っていた。

 僕が来たことに安心したのか、嬉しそうに笑った顔を見ているとなんだか泣けてきた。


 こんなに格好良くて、成績優秀で、将来有望な人の隣でいるのは僕で良いのだろうか。

 卒業して社会に出て、バリバリ働く会長の隣で居るのは優しくて綺麗で料理が上手な女の人の方が良いんじゃ無いだろうか。

 そういえば希里子さんが、会長のお母さんは優秀で厳しい人だと言っていた。

 そんな人がたとえ僕と会長が上手くいっても祝福してくれるわけが無い。


 ……なんだ、僕の気持ちの問題じゃ無い。

 よく考えればどうするべきか初めから決まっていたのだ。

 生徒会室の扉を開けて中に入った会長の後を追った。


 中に入り、扉を閉めた瞬間……昨日の玄関での場面が再現された。

 会長の腕の中に捕まってしまった。


「央、朝のことだが……すまなかった。俺はまた何か、お前の気に障るようなことをしたのだろう?」


 俺様な会長が素直に謝っているのが何だか気持ち悪い。

 それだけ僕のことを気にかけてくれているのだと思うと嬉しいが……。


 昨日と同じように会長の腕の中は暖かいが、昨日のようにはドキドキしていない。

 それは今から言わなければいけないことに意識が向いているからだ。

 上手く言えるだろうか。


「俺が朝、お前の家に行ったのは……」

「離してください」


 朝のことを説明しようとしているが、それを遮って会長の胸を押して離れた。

 会長を見ると、驚いた顔で僕を見下ろしていた。

 ちゃんとしなきゃ、今が凄く大事だ。

 こっそり深呼吸をして会長の目を見た。


「こういうことをされたら迷惑です。会長の気持ちはちゃんと受け取りました。兄の代わりで無いことも分かりました。それを理解した上で言います。僕は会長が嫌いになりました。今までは格好良い先輩だと思っていたけれど、恋愛感情を持たれるのは困ります。だからもう……会長とは親しくしません。用がない時は話しかけないでください」


 ……言った。

 言ってしまった。

 まじないをかけるように、自分に言い聞かせながら話した。

 『噛まないように、視線をそらさないように、迷いが無いように』と。


 上手く出来たと思う。

 感情の起伏を起こしてはいけない。

 心を殺して、余計なことは何も考えないように冷静を心掛けた。


 会長は黙って聞いていた。

 途中から、僅かだが寂しそうな表情になった。

 それを見ると会長を傷つけていると自覚して、言葉が詰まりそうになったが言い切った。


「そうか。……分かった」


 静かに呟いた。

 分かったという言葉を聞いて、少し胸が痛んだ。

 どうやら僕は自分から酷いことを言っておいて、拒絶をすんなり受け入れられたことがショックなようだ。

 最低だな。

 これ以上ここにはいられない。

 もう色々我慢出来ない。


「じゃあ、そういうことで……」


 逃げるように立ち去ろうとすると、会長に腕を掴まれた。

 あっさり納得されたから、引き止められるとは思ってはいなかった。

 驚きながら、会長を見ると……その表情を見て一層驚いた。

 会長は怒っているような、悲しんでいるような……泣くのを我慢しているように見えた。

 必死に感情を抑えているようだった。

 それを見ると僕が被っていた仮面が剥がれそうになってしまったが、それじゃ駄目だ。


「……手、痛いです。離してください」

「悪い」


 謝ってくれたが、手は離してくれない。

 凄い力で握られていて本当に痛い。


「それは、本当に……お前の本心なのか?」

「そうです。嘘でこんなこと言えません」


 もう目は合わせられない。

 黙ってしまった会長の顔も見られない。

 手が痛いのか、心が痛いのがよく分からないが兎に角辛い。


「……離せっ!」


 強引に会長の手を振りほどき、生徒会室を飛び出した。

 会長は追ってこない。


 気持ちを落ち着かせるため、トイレの個室に逃げ込んだ。


「痛っ……」


 掴まれた腕を見ると赤くなっていた。

 こんなものはすぐに治るし、どうでもいい。

 会長はまだ生徒会室にいると思うが、今どうしているだろう。

 物に八つ当たりをして、椅子とか蹴っていそうだな。

 ……会長のことを考えるのは、もうやめよう。


「……帰ろう」


 一日中悩んで頭が痛くなってきた。

 家に帰るとベッドに倒れこみ、その日はそのまま寝入ってしまった。




 ※※※




 会長に嘘を言った翌朝。

 地球の重力が倍になってしまったんじゃないかと思うくらい、重く感じる身体を起こした。

 ご飯を食べずに寝たのにお腹は空いていない。

 風呂に入るのも面倒だった。

 兄に心配を掛けたくないし、会長と何かあったのかと悟られたくない。

 無理やりご飯を食べ、シャワーだけ浴びて登校した。


 教室に向かう途中視線を感じて、そちらを見ると会長がいた。

 何か言いたげな表情でこちらを見ていた。

 目が合ったが、視線を逸らして無視をした。


 少し進んでからやっぱり気になり、振り返ると会長はまだいた。

 慌てて誤魔化し教室に逃げた。


 その日は、何かと会長を見かけた。

 妙に意識しているから目に入るだけかもしれないが、明らかに向こうから話し掛けようとして来たこともあった。

 気づかなかったふりをして逃げたが、こっそり振り返るといつもやり切れない表情で立ち尽くしていた。

 ……辛い、いつまでこんな一日を送らなければならないのだろう。


 授業が終わると誰よりも早く教室を出て、家に逃げ帰った。

 家は落ち着く。

 学校にいるのは辛い。

 暫くこんな生活を送らなければならないのかと思うと鬱になりそうだ。


 そんなことを考えながらリビングでダラダラしていると、春兄が入ってきた。

 兄の姿はない。

 またご近所で捕まっているのだろう。


「お前、青桐のことは振ったのか?」

「!?」


 思わず体が反応して飛び上がりそうになったが、なんとか平静を装った。

 入って来るなり藪から棒になんだ。

 その話題には触れて欲しく無い。

 ジロリと春兄を睨んだが、僕のそんな視線には気づいていないようで、何処か楽しそうに一人で話し続けている。

 なんでこんなに嬉しそうなんだ、腹が立つ。

 こんなに春兄に苛々するとは……。


「それが良い。あの馬鹿に関わるとろくなことがないからな」


 ……はあ?

 春兄が会長の何を知っているんだ。

 知ったようなことを言わないで欲しい。


「馬鹿じゃないよ」

「はあ?」

「気の利いたデートに連れて行ってあげられない春兄より格好良いし!」


 家で励むばっかりの春兄と違って、会長なら色々考えてくれるのだ。

 しかも春兄にそのプランを譲るという男前っぷりだ。

 ちょっとは見習え!

 春兄の驚いている顔が見えたが構わず立ち上がり、自分の部屋へ向かった。

 これ以上ここにいたら胃がキリキリしそうだ。




 ※※※



 暫く不貞寝していると、ノックの音がして兄が入ってきた。

 時計を見ると夕ご飯の時間になっていた。

 春兄はもう帰ったのだろう。

 ご飯の用意が出来ただけなら、いつもは階段の下から呼び掛けられる。

 わざわざ部屋にまで来たということは、何かあるのかと兄の顔を見ると……。


「……何笑ってるんだよ」


 兄は面白そうにニコニコ笑っていた。

 その笑顔が癇に障る。


「凄く機嫌が悪そうだね」

「……別に」

「春樹がショックを受けていたよ。夏希の方が格好良いって言ったんだって?」


 そう言うと声を殺して笑い始めた。

 何がそんなに面白いのだ。


 確かに、八つ当たりをしてしまった自覚がある。

 少し春兄に悪かったなと思うけれど。


 スマホで会長に連れていって貰った場所を表示して兄に渡した。

 春兄に教えてやれと言われていたが、まだ伝えていなかった


「……ここ」

「うん?」

「兄ちゃんが好きそうだって、会長が調べていた場所。この前連れて行って貰ったんだけど、絶対兄ちゃんは喜ぶよ。会長は自分が連れて行くより、春兄が連れて行った方が喜ぶだろうから教えてやれって」

「確かに、オレの好みだな。へえ……あの城が再現されているのか。行ってみたいな」


 『よく調べたなあ』なんて感心しながら、兄はスマホを見入っている。

 その姿を見ると、何故か僕が誇らしくなってきた。


「会長は本当に格好良いんだから」

「その格好良い夏希は、今は央のことが好きだって言っているけど?」

「……」


 まさかそんな返しをされるとは思わなかった。

 それについては触れないで頂きたいのですが、このカップルは……。



 やっぱり何も話す気になれず黙っていると、兄がベッドに腰を掛けた。


「央はどうして断わったの?」

「え?」


 そういえば春兄も兄も、僕が会長を突っぱねたことを知っていたが何故だろう。

 会長から聞いたのだろうか。


「夏希の様子を見ていれば分かるよ。ずっと世界が終わったような顔をしているからね」


 不思議に思っていたことが顔に出ていたのか、兄が聞かなくても教えてくれた。

 世界が終わったって……そんな大事かよ。

 心苦しくはあるけど、それ程気にしてくれているということが嬉しくもある。

 僕は相変わらず自分勝手で最低だ。

 ずっとこんなことを考えながらいるのも疲れるな。


「断るっていうか、会長に嫌いだって言っちゃった」


 兄に話すと、少し驚いた顔をしていた。

 話すつもりが無かったのに話してしまった僕も自分に驚いている。

 兄が相手だから気が緩んでしまう。


「なんでそんなことを言ったんだ?」

「だって将来のこととか考えたら、会長の為にも絶対その方が良いし……」


 『ああ……』と言いながら、兄は視線を泳がせた。


「オレ達のこともあるから、央に余計なこと考えさせちゃったかな」


 兄が察している内容は、僕が考えている悩みと恐らく符合しているだろうけど『余計なこと』とはなんだ。

 大事なことじゃないか。

 抗議の目を向けると、兄は『言いたいことは分かっている』と言っているような苦笑いを浮かべながら僕の頭を撫でてきた。

 ……子供じゃ無いぞ。


「夏希が央への気持ちを打ち明けて来た時、色んな話を聞いて『央のことをよく見ているな』って思ったよ。夏希になら任せてもいいなって思ったな、オレは」

「無責任なこと言わないでよ」


 なんだそれ、娘をやる父親のようなことを言わないで欲しい。


「オレと春樹も将来は色々苦労があると思うけど、それでも二人でなんとかやっていこうって決めたんだ。央が将来のために『そうした方が良い』って思った内容は、独りよがりになってない?」


 二人がちゃんと話し合ってそこまで決めているとは知らなかった。

 しっかりしいていて凄いなと思うし、そうやって話し合えるのも羨ましく思える。

 それだけ分かり合えているということなんだろう。

 でも、それを僕と会長が出来るかといえば……どうかな、自信が無い。


「オレには央が何かを我慢しているように見えるけど、夏希はそういう悩みを打ち明けたり、相談したりする価値もない奴なのかな?」

「そんなことない!」


 会長ならきっとなんとかしてくれる。

 でもそれじゃ駄目だと思うから……。


「泣かしてごめん」

「泣いてないし」


 涙が流れてないから泣いてない。

 泣きそうな顔はしているかもしれないけど、泣いてないからな!


 相変わらず子供扱いして撫でてくる手を、軽く振り払うと今度は声を出して笑い始めた。

 苛々するなあ……。


「いっぱい悩むといいよ」

「……うん」


 母親に怒られて拗ねたときのようになってしまったが、気持ちは楽になった。

 明日会長に会ったら、逃げないで少し話をしてみようか……。

 今更だと聞いてくれないかもしれないけど。




 ※※※




「春兄がいなくて寂しいね」

「そうでもないよ、たまには央と行った方が楽しいよ」


 長年連れ添った夫婦のような余裕を感じる。

 からかったつもりだったのに、なんだか悔しい。

 そして萌える、ありがとうございます。


 今日は春兄が用事で先に行ったため、一人になった兄と登校している。

 兄弟で行くのは久しぶりだ。


 今日は会長に対する態度を改めてみようか、と思っている。

 どんな風に声を掛けたらいいか考えていると妙に緊張してきた。


「今日は夏希と話してみたら?」

「……気が向いたらね」


 考えていたことを見透かされたようで恥ずかしい。

 誤魔化すように流すと、これも見透かしているのか兄は生暖かい笑顔を向けてきた。

 くそ……昨日から子供扱いばかりだな。


 学校に着くとまだ早い時間だった。

 会長は大体早い時間に来ている。

 生徒会室に行けばいるかもしれない。


「……行ってみようかな、生徒会室」


 ぽつりと零すと兄はにっこり微笑んだ。


「じゃあ、途中まで一緒に行こうか」


 生徒会室は三年生の教室に近い。

 途中まで兄と行くことにした。

 情けないが、付き添ってくれているようで少し心強い。

 生徒会室と三年生の教室の別れ道に辿り着くと、兄が足を止めた。

 『頑張れ』と言っているのか、背中をポンと叩かれた。


「じゃあ、央。しっかり夏希と話を……」


 話の途中だったのだが、兄の言葉が止まった。

 僕の後ろに視線を移して僅かに顔を顰めた。

 何か後ろにあるのだろうか?


「あ、央……」


 何なのか気になり、振り返った。

 何故か兄はそれを止めようしてきたのだが……そういうことか。

 もう遅い、見てしまった。


「……」


 それを見た瞬間、僕は真顔になった。

 この気持ちを何と表現したらいいのか分からないが……兎に角『無』になった。


 振り返った先には会長がいたのだが、いたのは会長だけでは無かった。

 会長の周りには大勢の女子がいた。

 会長が女子を侍らせて一緒に歩いていたのだ。

 こちらに背を向け、奥の方に歩いて行っているところだから僕には気づいていない。

 女子の中には、会長の腕にしがみついている子もいる。

 いつも女子一団はある程度会長と距離を開けているが、今日はベタベタとくっついている。


 死ねばいいのに。

 決して女子のことではない、会長のことだ。


「全く、肝心な所でしっかりしないんだから……」


 兄は額に手を当てて呆れていた。


「央、あれは多分……いつもは気迫で距離をあけているけど、今は央のことがあって弱っているから……。だからあんなことに……」

「そうですか。では、僕は自分の教室に戻ります。さようなら」


 兄の解説なんて頭に入らない。

 もう知らない。

 断ったのは僕の方だけど、だから口を出す権利はないけれど……!


 人がこんなに辛い思いをして悩んでいるというのに、ハーレムを引き連れて楽しそうだな!

 会長ならハーレムなんてすぐに作れるとは思うけど、何もこんなにすぐ作ることはないじゃないか!

 僕のことなんて、そんなに気にしていなかったのだろうか。

 やっぱりただの第二候補だったのだろうか。

 会長のせいで朝からこんな嫌な思いをして泣きそうになるなんて……やってられない!

 やっぱり話してみようと思ったことが間違いだったのだ。


 会長が女子といる光景は、心底腹が立ったし……認めたくはないが辛かった。

 でも、似合っていた。

 あれが自然な姿だと思った。


「はあ……」


 溜息をついて冷静になると、会長と距離を置くのはやっぱり正解だと思えた。

 兄に刺激され、気を緩めてしまったのがいけなかったのだ。

 危ない危ない、折角の努力を台無しにしてしまうところだった。

 気をつけよう。




 ※※※




 今日も昨日と同じように視線を感じた。

 恐らく会長だと思うが、今日は確かめていないので分からない。

 気配を察知するとなるべく避けるようにしたし、余計なものを視界に入れないよう前だけを見た。

 たまに視界の端に赤いのが見えた気もするが、焦点を合わせていないので何か分からない。

 いつも通りな天地央で過ごし、今日も無事全ての授業を終えた。


 楓が何か言いたそうだったがそれとなく流し、小学生よりも真っ直ぐ帰宅する良い子になろうとしていたのだが、昇降口で低く冷たい声に引き留められた。


「おい」


 もう靴は履いていたし聞こえなかったフリをして進もうかと思ったが、味わった覚えのある痛みが背中に入り、仕方無く振り返った。

 そこにはやけに神妙な表情をした夏緋先輩が立っていた。

 どうしたのだろう、悪霊でも見えているのだろうか。


「本当に言うとはな……」

「はい?」

「兄貴の今の有様から察するに、言ったんだろ? オレが進めたような言葉を」


 前触れも無く、こんなところで会長の話をされるのは困る。

 まあ、周りに人がいないからいいが……。


 デリカシーが無いところまで似ているのかと思いつつ、記憶を掘り起こした。

 夏緋先輩が勧めた言葉というと、『嫌い』とか『迷惑』だったっけ?

 会長を拒絶するときに使った気がする。

 それよりも『今の有様』ってなんだ?


「言ったけど、別に夏緋先輩に言われたからじゃないです。っていうか会長がどうかしたんですか? 朝、女子に囲まれて楽しそうにしていましたよ?」

「はあ? ああ、あれか。あれは気力が無いだけだと思うが……はあ。まさかあそこまで落ちるとはな」


 言葉の途中だったのに、急に僕の顔を見て溜息をつき始めた。


「人の顔を見て溜息をつくのはやめて貰えませんか?」


 僕の分の幸せまで奪われてしまいそうだ。


「お前、ちょっと付き合えよ」


 そう言うと姿を消した。

 恐らく自分の靴を履きに行ったのだと思う。

 逃げるなら今のうちか?


「何をしている行くぞ」

「早っ」


 大人しくついて行くか悩んでいたが、気が付けば既に夏緋先輩は靴を履き終えて昇降口を出て行こうとしていた。

 やっぱりこの人は会長の弟だ。

 青桐の血の前では拒否権は認められないのだ、知ってた。




 ※※




 先を行く青い髪を追いかけ、辿り着いたところは知っている場所だった。

 大通りから脇道に入った狭い路地は見覚えがあるので途中で気がついた。 


「あら、央君! いらっしゃい。ちょっと久しぶりじゃない?」

「こんにちは、希里子さん」


 夏緋先輩に連れて来られたのは小料理屋の『きこり』だった。

 会長と夏緋先輩は兄弟なのだから、夏緋先輩にとっても希里子さんは『叔母』だ。

 知っていて当たり前なのだが吃驚してしまった。


「今日はひいちゃんと一緒なのね」

「ひいちゃん!?」


 『夏希ちゃん』以上の衝撃だ。

 この氷使いがなんて可愛らしい、小さい子のような……!

 驚きで固まっていると、昇降口で受けたダメージよりも大きなダメージが背中に入った。

 それを見て希里子さんが、『ひいちゃんとも仲が良いのね』なんて言いながら微笑んでいるが、誤解です。

 これはただの暴力です。


「夏希ちゃんったら、ひいちゃんに央君取られちゃったのねえ。それで最近機嫌が悪いのかしら。あまり姿も見なくなったし……ねえ、ひいちゃん。あの子ちゃんと食べてる?」

「家ではあまり食ってないな」

「えっ」


 兄の時には確か、デリケートな夏希ちゃんは家で食べずここでだけ食べたと言っていた。

 でも今はここでも食べていないようだ。

 大丈夫なのか?

 ……僕のせい、なのだろうか。

 でも今日は女子に囲まれて楽しそうにしていたぞ?


「じゃあ、ちゃんと食べてない日があるんじゃない? しっかり食べるように言ってあげて」

「こいつに頼んだ方がいいと思う」

「はい?」


 この人は何を言っているんだろう。

 僕と会長のことを反対しているくせに、近づけてどうするのだ。


「もうすぐお店開けるからあまり時間はかけられないけど、何か食べて行く?」

「あ、すいません」


 今は放課後で、きこりは夕方から開店する。

 支度をする忙しい時間に来てしまって申し訳ない。


「いや、近くに来たついでに叔母さんの顔を見に来ただけだから」

「まあ! やっぱり、ひいちゃんの方が世渡り上手ね」

「それは褒められているのか?」

「もちろん! ……だから私は夏希ちゃんの方が心配。央君、これからも仲良くしてあげてね」

「はは……」


 『出来ない約束はするものじゃありません』と兄に躾けられている。

 だから返事が出来なかった。

 希里子さんに『会長と』とは言わないが、また来ると伝えて店を出た。

 店を出たところで夏緋先輩に声を掛けた。


「どうしてここに?」

「別に? 気分だ」


 出たよ、『気分』。

 殴るのも気分、なんでも気分だ。

 振り回される方はたまったものじゃない。


 まあ、本当は気分なんかじゃないのだろう。

 どういう意図があったんだ?


「で、僕はもう帰っていいんですか? 気は済んだんですか」

「ああ。……!」


 良い子の央は寄り道なんてしてないで、早く帰りたいと主張していると夏緋先輩の顔が強ばった。

 明らかに顔に『まずい』と書いてある。

 視線は僕の後ろの方に向けられているので、後ろに何かあることは分かる。

 そして夏緋先輩が大体こういう顔をする時は会長関係だ。

 つまり後ろに会長がいる。

 きっとそうだ、逃げよう。

 瞬時にそう判断した。

 今度こそ、振り返ったら死ぬ。


 わざわざ夏緋先輩に挨拶をすることはない。

 横をすり抜けて家に帰ろうとしたのだが……。


「お前! 一人だけ逃げる気か! 何とかしろ!」


 夏緋先輩に腕を掴まれた。

 声を抑えているがその様子は必死だ。

 僕だって必死なのだ、離せ!


「連れてきたのは夏緋先輩じゃないですか! 自分でなんとかしてください!」


 夏緋先輩の手を引きはがそうとしていたら、すぐ後ろに気配がした。

 僕の動きは止まり、夏緋先輩は腕を放して後ろに下がった。


「央……」


 後ろから聞こえたのは、やっぱり会長の声だった。

 静かで落ち着いた声だった。


 振り向いていないから、どんな表情をしているか分からない。

 声からは感情が読み取れない。

 それが怖いし、顔を見るのも怖い。

 やっぱりこのまま逃げよう。


 動き出すと、今度は後ろから腕を掴まれた。

 絶対顔を見たくない。

 振り返らないようになんとか踏ん張った。


「さっき真に言われたんだ。『央の気持ちも知らないで。しっかりしろ!』と。どういうことだ?」


 兄が会長に?

 それは朝のことだろうか。


「知りませんよ! 触るな!」


 兄も余計なことをする。

 大きな声を出しながら振り解くと、会長の手の力が緩んだ。

 その瞬間に逃げた。


 すれ違った夏緋先輩の顔に死相が出ていた気がするが、頑張れ。

 何をそんなに怯えているのか知らないが、兄弟なのだから会長のフォローをよろしく。

 ちゃんとご飯を食べさせてあげてください。




 ※※※





 翌日の朝、目が覚めると夏緋先輩からメッセージが入っていた。

 『朝一で生徒会室に来い』と。

 生きていたことは良かったが、嫌な予感しかしない。

 無視をしようかと思ったが既読にしてしまったし、それから何も返さずにいると『来なかったら迎えに行く』と脅迫メッセージが届いたので渋々向かうことにした。


 まだ生徒の姿は殆ど見かけないこんな早くから学校にいるのもしんどいし、会長はいないから安心しろと書いていたけれど生徒会室という会長の私室に行くのが嫌だ。

 いつもはノックをする扉を前触れも無く開け、嫌がっていますオーラを全開にして中に入った。


「来たか」


 中には聞いていた通り、青い方が一人でいた。

 実は中にいるのは赤い方でした、なんてことだったらどうしようと開けてから思ったが大丈夫だった。


「なんかげっそりしてません?」


 朝だというのに、夏緋先輩は三日三晩続いた徹夜明けの企業戦士のような哀愁を纏っていた。


「お前のせいだ」

「はい?」

「そんなことはいい。時間が惜しい。お前、兄貴のことは本当に良いのか?」


 夏緋先輩に呼び出されたのだから、会長の話だと言うことは分かっていたが早速本題に入るようだ。


「どういう意味ですか?」

「本当はお前だって兄貴に気があるんだろ? このままで良いのかって聞いてんだ」

「迷うならはっきり断れって、嘘でも嫌いって言って突き放せって言ったのは夏緋先輩じゃないですか」


 断るように背中を押したのは夏緋先輩なのに、何故今更こんなことを聞くのだろう。

 昨日だって『きこり』で会長と近づいてしまうようなことを勧めてきた。


「そ、そんなことを言ってないぞ、オレは! 言ってないからな!」


 『ゴホンゴホン』とわざとらしい咳をして挙動不審な様子になった。

 急にどうした……頭の中が風邪ですか?


「まあ、実際に言ったのは僕の意思ですけど」

「で、どうなんだよ」


 さっきの内容を誤魔化すように話を進めてくるが、この人は何をそんなに必死なんだろう。


「なんでそんなことを夏緋先輩に話さなきゃいけないんですか」

「良いから言えよ。オレだって別に頭から反対する気はないんだ」

「え?」


 驚いて夏緋先輩を見ると目が合ったのだが、バツが悪そうに逸らされてしまった。

 どういうことだろう、『絶対反対!』じゃなかったのか?


「お前に迷いが無かったら、祝福はしなくても黙っているつもりだった。でも、お前は迷っていただろう?」

「……そうですね」


 確かに夏緋先輩に会ったあの時は、絶賛悩み中だった。

 ……そうか、あのとき僕が迷ってなかったら夏緋先輩は黙っていてくれたのか。


「何に迷っていたんだ? お前さっき、オレが『兄貴に気がある』と言った時否定しなかったが……。兄貴のことは好きだが、受け入れられない理由があるということか?」

「なんですか、この取り調べは」

「いいから答えろって言ってんだ! じゃなきゃ今日がオレの命日になる」

「はあ?」


 何かお亡くなりになる予定でもあるのか?

 線香くらいあげに行くが……。

 って夏緋先輩の目を見ると真剣で、ふざけている場合では無さそうだ。


 『会長のことが好きか』

 それはもう分かりきったことだ。

 好きじゃなきゃ、こんなに辛いわけがない。


 会長の気持ちを信じられないとか、BLになるのが嫌とか、周りに認められないのが辛いとか、会長の未来を考えると断った方がいいとか、諦めた方が良い理由ばかり探してそれを選択したけど、結局は『やっぱり僕って会長が好きだったんだな』と自覚するばかりで……。


「まあ……そうですね。好きだけど……駄目なんです」


 人に話すのは嫌だが夏緋先輩は事情を知っている人だし、何故か凄く知りたそうだし……。

 僕の気持ちを話して、納得したらそっとしておいてくれるだろう。


「受け入れられない理由は、家族のこととか、将来的な不安があるからか?」

「それもあります。夏緋先輩の『お家断絶』という言葉が凄く胸に刺さってですね……」

「そんなことは言ってない! 断じて! 言ってないからな!」


 また挙動不審モードに入った。

 声を張って『言ってない!』と言っているが、そんな大きな声を出さなくても聞こえるのに。

 誰に向かって言っているんだ。

 もう帰ってもいいのだろうか。


 扉を目指して歩き出すと止められた。

 なんだのだ、早く終わらせて欲しいのだが。


「お前はこのままでいるつもりなのか?」

「はい。将来のことを考えたら、やっぱり会長には綺麗で優しい料理上手な奥さんがいた方が良いなって。女子生徒に囲まれているのを見て、余計にそう思いました。だからこのままで…………っ!?」


 話している途中で苦しくなった。

 身体が拘束されている。

 後ろから抱きつかれて、身動きが取れない。

 『夏緋先輩め、何をするのだ!』と思ったのだが……あれ、夏緋先輩は目の前にいる。

 だったらこれは誰だ?


「央っ」


 耳元で聞こえた声は聞き覚えのある声だけど、聞いたことのない余裕のない声だった。


「会長!?」

「央、央っ」


 何度も名前を呼ばれて恥ずかしくなってきたし、力一杯抱きしめられて苦しいし、何がどうなっているのだとパニックになっていると、死んだ魚の目をした夏緋先輩と目が合った。


「……オレが出て行ってからやって欲しいのだが」

「そ、そんなこと言われても知りませんよっ!」


 僕だってよく分からないが恥ずかしいんだからな!

 お決まりの溜息をつきながら、夏緋先輩は生徒会室を出ていった。


「夏緋。帰ってから話がある」


 途中、会長にそう声を掛けられていたのを聞いて『命日』の意味を悟った。

 どおりで夏緋先輩に死相が見えたわけだ。

 どうぞ残り少ない余生を楽しく過ごしてください。


 そんなことより……!


「会長、離して……」

「もう離すものか」


 生徒会室には会長と二人になってしまった。

 未だに拘束されたままだ。


「お前は知らないんだろうな。お前に拒絶され、俺がどれだけ苦しんだか。つまらないことを気にしやがって……」

「つまらないって……」


 僕だって苦しんで会長のことを想えばこそと頑張ったのに、つまらないで一蹴されてはたまらない。


「俺の将来なんか気にするな。お前の心配など必要無い。困難があっても俺は何だって自分の力で切り開く。お前はただ、俺の近くにいればいい」


 耳元で穏やかに語られるのもくすぐったいし、言っている言葉も格好良くて……。

 やっぱり勝てないなあという想いと、やっぱり好きだなという想いが湧いてきて胸がいっぱいだ。

 幸せだけど……苦しい。

 好きだからこそここで負けたら駄目だ、何のための辛い時間だったんだと自分に言い聞かせて、流されてしまいそうな自分に歯止めをかけた。


「会長が強いのは分かっています。僕が会長のためだと思っていることは僕の勝手な考えで、会長が望んでいることとは違うかもしれないってことも分かっています。でも僕は……自分の思う道が、結果的には会長が一番幸せになっている道だと思うから。会長だけじゃなく、周りも幸せに出来る道だと思うから…………!?」


 感情的になってしまうのを必死に押さえながら話していたら、急に身体を離され、後を向かされ……。

 気づけば視界は会長で埋まっている。

 埋まっているというか、近すぎて逆に分からないくらいだ。

 口を塞がれ、呼吸が出来ず苦しい。

 頭の中も今何をされているか分かってしまい、ショートしてしまった。


「んっー!」


 このままでは酸欠で死ぬと、胸を一生懸命押すがビクともしない。

 こんなところでも馬鹿力は相変わらずだ。

 押していた手も邪魔だと掴まれ、抵抗の手段を奪われてしまった。

 耐えるしか方法が無い。

 頭が真っ白になりながら必死に耐えていると、漸く顔だけは解放された。


「なっ、何するんですか!」


 生きるために急いで酸素を取り込みつつ、抗議をした。

 人が一生懸命話していたというのに、何なのだこいつは!

 抗議の目を向けると、会長は安心したような微笑みを浮かべて笑っていた。


「やっと俺を見たな」


 久しぶりに会長の顔を近くで見た。

 やっぱり昨日は見なくて正解だった。

 会長の顔が視界に入った瞬間、泣きそうになってしまった。


 やっぱり格好良い、間違いなくイケメンだ。

 そう思うと『イイ男の女を黙らせるために方法はキスだ』なんて何かのネタを思い出して、こんな状況なのに笑いそうになった。

 こんな恥ずかしいことをリアルでやるのが会長だよな、なんてことも思ってしまった。

 泣きそうだし笑っちゃいそうだし、僕は忙しい。


「何笑ってんだよ」

「わ、笑ってませんよっ」


 我慢していたつもりだが、顔に出てしまっていたようだ。

 もう一度こっそり会長に目を向けると優しい笑顔で笑っていて、ドキッとしてしまい……慌てて顔を逸らした。


「やっとお前らしいところを見せてくれたな。そういうところに何度救われたことか。お前に拒絶された間は苦しい時間だったが……。お前が自分のことより俺のことを考えていてくれたことが嬉しい」


 僕の好意が分かったと遠回しに言われているようで、一気に顔に熱が集中した。

 さっきからそうだが、今はもう発火して燃えてしまいそうだ。

 それを悟られたくなくてもっと顔を逸らすと、会長が声を出して笑った。


「お前は『俺の気持ちが分かっているが、自分の意思を優先させている』ということだな」


 そう言うと、見慣れたいつもの『自信たっぷりのニヤリ』を見せた。


「だったら俺もそうする。お前が俺のために身を引いてくれているのだとしても、お前の心が俺にあるのならもう二度と離れはしない。我慢などしない」


 そして今度は正面から抱きしめられた。

 さっきよりも力は入っていないが、さっきよりも暖かい気がする。


 でも、やっぱり会長の幸せを思うと……という想いが残っていて燻り続けている。

 それを悟ったのか、会長が僕の前髪を避けて顔を覗きながら言った。


「お前はお前の好きにしていいが……諦めたらどうだ? お前の負けだろう。俺に勝てると思うのか?」

「……まだ負けてないし」


 確かに、会長には敵わないと思っているが……『負け』と言われると腹が立つ。


「ほう?」


 そう言う顔が近づいて来て……。

 でも今度はゆっくりで、何をされるのか分かる……だから。


「痛っ! ……央?」

「そう何回もさせるか!」


 顔を正面からベチッと叩いてやった。

 阻止したということは、これは勝ちじゃないだろうか。

 初勝利か?

 嬉しくてニヤリと笑うと、止められたことに驚いたのか顔を顰めていた会長が笑った。

 僕よりも邪悪にニヤリと。


「それは挑戦状と受け取っていいのか」

「いや……そういうことでは」


 すいませんでした、調子に乗りました。

 でも一瞬だけだよ、本当に一瞬だけなのに!

 うん、逃げよう。


 そう思ったのだが……遅かった。

 腕の力が強くなり、動けない。

 顔も顎を掴まれていて動けない。


「良い度胸をしているじゃないか。お前はやっぱりこうではなくてはな」


 ああ……どうやら死相が出ていていたのは夏緋先輩だけではなかったようだ。

 兄ちゃん、先立つ不幸をお許しください……。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 会長は兄を好きだったはずで、僕もそれを応援していたのに。

 そもそもBLになるつもりなんて無かったのに。 


 でも仕方無いと思う。

 会長を好きになってしまったのだから。

 会長に関することは、大体なんでも『仕方無い』になってしまうなあ、なんて笑いが込み上げる。

 結局最後まで敵わないのだ。


 BLゲームの世界で主人公の弟に転生しましたが、僕も兄と同じ運命を辿りそうです。

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― 新着の感想 ―
会長がカッコいいし、可愛い過ぎてやられました。 ありがとうございます。
[良い点] コミカライズから原作を読みにきたのですが、 原作小説が神作品すぎてここまで一気読みしました。 テンポもよく、笑ってしまうところも多く お兄ちゃんが不動の女の大天使なのも良く 最初は会長なん…
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