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BLゲームの主人公の弟であることに気がつきました(連載版)  作者: 花果 唯
IF ありえた未来2

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会長END⑤

 会長と出掛けた後日、ちょっとした事件があった。

 いや、ちょっとどころではない。

 僕にとっては大事件だ。

 恐らく一生忘れることはない。


 泊まりで我が家に遊びに来ていた楓と兄の会話を意図せず聞いてしまい……楓の想いを知った。

 そして、知ってしまったことで態度がおかしくなった僕を見て、兄との会話を聞いていたことを悟った楓に告白された。


 女の子にも告白されたことがないのに、友達で男の楓に告白されることになるなんて……。

 楓はその辺にいる女の子より可愛いけど、可愛いけれど……!


 そんなことがあり、楓のことを少し気にしている。

 どう対応して良いか分からない、という意味で。


 自分がBLの対象になることが分かって、気をつけなければいけないと思うようになった。

 BLロードを歩くつもりがないのなら『まさか自分が』と気を抜かず、注意しなければいけない……そう思っていたのに!

 ――体育の授業後、一人で歩いていたところを柊に捕まってしまった。

 馬鹿だろ……僕。


 今まさに楓王子が救出してくれたところだ。

 危ない……何かを失ってしまうところだった……。

 このご恩は一生忘れません!


 用事を済ませ、教室に戻りながら楓と話をする。


「大丈夫だった? 変態用務員に変なことされなかった?」

「終始変だった」

「はあ!? だからアイツは危ないって言ったじゃん!」

「そう言われても、急に車に引きずり込まれたから回避不可だったんだよ。しっかし、焦ったなあ。耳噛まれたし、流石に身の危険を感じたよ」

「ええっ、耳!? どこ!? どこっ!?」


 異常なテンションで腕を掴まれ、気圧されながらも柊に耳カプされたところを指差した。


「汚い!」


 取り出したハンカチで、ゴシゴシと乱暴に耳を拭かれる。

『常にハンカチを持っているなんて、さすが女子力高い!』なんて軽口を叩く余裕が無いくらい痛い。


「痛い、痛いって!」

「じっとしてよ!」


 腕をがっしりと掴まれ、乱暴に拭かれ続ける。

 痛い、血が出るって!

 傷害事件だぞ、この野郎。


 ――ガブっ


「痛!?」


 摩擦とは別の痛みが耳に走った。

 この痛みは、まさか……。

 驚いて楓を見る。

 実に涼しい、しれっとした表情をしていた。


「お前……今、噛んだだろ……」

「うん、消毒」

「はあ!? 何やってんだ! お前、馬鹿じゃねーの!」


 おかしいのは僕の方だと言いたげな視線を送ってくるが、どう考えてもおかしいのは楓の方だ。

 学校の、こんな誰に見られるか分からないようなところで耳カプするなんて、頭がおかしい!

 男女のカップルでも、そんな場面を見かけたら『余所でやれ』と思ってしまう。


 でも少し僕の耳を通して柊と楓が間接キスだと思えば、まあいいかと許せてしまう自分も何処かに居る。

 救いようが無い、これだから僕は駄目なんだ。

 一回生まれ変わったくらいでは治らないのだ。


「ぐえっ!?」


 急に首が苦しくなった。

 後ろからシャツの襟を引っ張られている。

 シャツで首が締まる、苦しい!

 あれ、最近こういうことがあったが……また青いアイツの襲撃か!?


 馬鹿力で強引にそのまま僕を引き摺って行こうとしている。

 楓を見ると、顔を顰めて戸惑っているような様子だった。

 王子様、突っ立ってないでもう一度お助け下さい!


「ちょっと、なんなんだ……離せ!」

「うるせえ!」


 怒鳴られてビクッと肩が跳ねた。

 この迫力は……。


「会長!?」


 あれ、赤の方だったのか。

 急に何なんだ、どこに行くのだ!

 そして何故怒鳴られたのだ……。

 疑問が次々と浮かんでくるが凄い力で引っ張られ、振り返ることも質問することもできない。

 転ばないように気をつけるだけで精一杯だ。


 暫く引き摺られ、漸く離されたのはひと気のない小さな中庭だった。

 楓の姿は無い。

 会長の迫力に負けたのか、追ってはこなかったようだ。


 そういえば……此処は初めて会長にロックオンされた場所だ。

 あの時のように見上げれば生徒会室が見える。

 放送で呼ばれ、女子という刺客に包囲され、学校が会長のテリトリーであることを認識することになったなあ……なんてことを思い出していたのだが。


「座れ!」

「……はい」


 何故キレているか分からないが、こういう時は大人しく従っていた方がいい。

 以前リストラされたサラリーマンのような哀愁を漂わせながら腰かけた壁際の石組みの上に正座をした。

 会長がなんでそんな座り方をするのだと言いたげな顔をしているが、身体が勝手に動いたのだ。

 ……ふざけたわけじゃないぞ。

 そもそもなんでこんな状況になっているのか、わけが分からない。

 僕の目の前で腕組みをし、雷親父のようになっている会長に恐る恐る聞いた。


「あの……ご用件は」

「なんなんだ、お前は」

「はい?」


 僕の方が言いたい台詞が出てきた。

 どういうことだ……説明して、夏緋先輩よ出番だぞ!

 お願いだから解説して!


「なんなんだあいつは!」

「あの、分かるように……」

「なんであんなことを許しているんだ、お前は!」


 『あんなこと』?

 会長に強制連行される直前の出来事といえば……楓の『耳カプ』か?

 うわあ……見られていたのかな。


「もしかして、楓に耳噛まれたこと言ってます?」

「そうだ」

「別に許したわけじゃ……気づいたらやられていたんですよ」


 あんなことを許してやっているわけがないだろう。

 そう言うと会長も納得したようで、スッと怒気が消えていった。

 腕は組んだままだが、何か考えているようだ。


「なるほど……なら消してこよう」

「ちょっと待てえ!」


 持ち前のずば抜けた行動力で、すぐに何かを実行しようとしているのだろう。

 スマホで誰かに連絡を取ろうとしている。

 会長にどんな力があるのかは知らないが、その電話が終わったら大変なことになりそうだ。


「なんだ?」

「なんだ、じゃないですよ! 消すってなんですか!」

「安心しろ。手は出さない。明日からこの学校に通えなくするだけだ」

「消すって楓のこと!? 全然安心出来ないから!」


 冗談には聞こえない。

 会長なら出来てしまいそうで怖い。

 柊のことも話したら消されそうだ。

 いや、奴は消して貰った方がいいか?

 ……なんてことを考えている暇はない。

 会長を止めなければ!


「物騒なことは止めてください!」

「何故止める? お前だってあんなことされたら嫌だろう?」

「まあ嬉しくはないけど……別に死ぬほど嫌ってわけじゃ……」

「は?」


 嫌だけど『今すぐ耳を洗いたい!』とか、『もう二度と口を聞かない!』なんて思わない。

 『もうやるなよ』という程度だ。

 それを説明しようと思ったのだが、会長の顔を見て固まった。

 あれ……また怒っている?

 何か気に入らなかったのか、再び鬼……いや、魔王が降臨している。

 怖い!


 ……よし、逃げよう。

 ゆっくり横に擦れて行って……距離が空いたらダッシュで……。


「!?」


 作戦を考えて俯いているうちに、会長が目の前まで詰め寄って来ていた。

 吃驚した……しかも段々会長の顔が近くなってきて……ええっ!?


「な、なんですか!?」


 近寄って来るなあと見ていたのだが……近すぎる!

 身の危険を感じ、条件反射で会長の両腕をガシッと掴んで止めた。

 顔を寄せて何をする気だったのだ!?


「嫌じゃないんだろう?」

「はい!?」


 話の流れからすると『耳カプ』のことだよな……え、まさかする気か!?

 なんで!?


「会長は……会長は絶対嫌だ!」


 恐ろしい……会長の耳カプだなんてきっと噛み切られてしまう!

 今度こそ耳無し央になってしまう!

 全力で押し戻し、突き放すと両手で耳をガードした。

 僕の耳なんて美味くないぞ!


「俺は……『俺は』……嫌?」

「ん?」


 怒られるかと思い身構えたのだが、予想していた雷は落ちてこない。。

 会長を見ると、目を見開いて何かボソボソと呟いている。

 どうした、また失恋後遺症の影響か?


「会長?」

「俺は……何故だ……」


 そのまま背中を見せ、ふらふらと去って行った。

 なんだったんだ……。




 ※※※




 放っておいても大丈夫だとは思うが会長の様子が妙に気になり、生徒会室を覗いてみることにした。

 生徒会室の前に立ったが、静かであまり人の気配はしない。

 誰もいないのだろうか。

 いつも通り扉を軽くノックし、中を見た。

 そこには求めていたものとは違う色があった。

 あまり会いたくない青い方だった。

 暇なのか、机に腰掛けスマホを弄っていた。


「あのー……会長は?」

「……」


 無視かよ!

 視線もスマホから動かず、こちらを見ない。

 この前のことを根に持っているのだろうか。

 僕も気にしていないわけではないが、夏緋先輩はブラコンだということが分かったので前よりも印象は悪く無い。


「夏緋先輩の大好きなお兄ちゃんは何処にいるんですか?」

「はあ!?」


 無視できなかったようで今度は大きな声が返ってきた。

 顔もこちらを向いている。


「会長が言っていましたよ。夏緋先輩はデカくなっても付き纏ってくるって。小さい頃から会長の金魚の糞だったんですね」


 会長が言っていた言葉を伝えると、顔が一気に赤くなった。

 視線も鋭くなったが……でも、可愛く見えてしまう。


「お前っ、喧嘩売ってるだろう!」

「この前は売りましたけど、今は全然! 僕もお兄ちゃんっ子だから、一緒だなあと思って。ブラコン同士仲良くしましょうよ」

「お前と一緒にするな!」

「照れなくても。確かに会長は格好良いですよね。でも僕の兄ちゃんの方が……」

「はあ? お前の兄貴に、オレの兄貴が劣ることなんて何も…………あっ」


 ニヤニヤを抑えられない。

 僕の売り言葉に反応して、ついお兄ちゃん自慢してしまっている。

 それが自分でも分かったようで更に赤くなっている。

 良いですなあ……良いですなあ……是非会長×夏緋先輩に進化して欲しい。

 やっぱり釣りの時に見えた気がした会長の小指の赤い糸は、夏緋先輩の小指と結ぶべきなのだ。


「何笑ってるんだっ」

「お構いなく」


 頭の中では沢山ご出演頂いていますが、放っておいて頂けるとありがたいです。

 腐海に足を入れていると何かの冊子が飛んできて顔に当たった。

 ホッチキスで留めただけの軽い冊子だから痛くは無かったが……出たよ、口より手が早い青桐の血が。

 というか、これも会長が作ったものじゃないのか?


「大好きなお兄ちゃんが作った冊子を雑に扱っちゃ駄目じゃ無いですか!」

「うるせえ!」


 いつの間にか距離を詰めていた夏緋先輩がこちらに手を伸ばしている。

 狙いは頭か……さてはまた僕の頭という林檎を潰そうとしているな!?

 捕まらないように逃げ回ると追いかけてきた。


「なんなんですか! 教室を走り回るなんて小学生か!」

「お前が大人しく捕まらないからだろうが!」


 頭を潰されると分かっているのに捕まるはずが無い。

 室内をぐるりと回りながら逃げている途中、何か赤いものが視界に入り……足を止めた。


「チョロチョロ動くんじゃねえよ!」

「!? 痛ああああ!?」


 その瞬間に夏緋先輩に捕まり、予想通り頭に痛みが走ったわけだが……そんなことより今何か居たって!


「……お前ら、楽しそうだなあ?」


 知らぬ間に生徒会室の扉は開いていて、そこには会長が立っていた。

 無表情だ。

 笑っても怒ってもいない、でも怖い……。


「……」


 無言でちらりと僕に視線を寄越すと、いつもの定位置に座った。

 そして脇に置いていた資料に目を通し始めた。


「今日は忙しい。出て行け」


 僕が居る時は作業をしない会長が忙しいと言って手を動かしている。

 何か急な用件でもあるのだろうか。

 だったら邪魔をしてはいけない。

 会長の様子が気になってはいたが、一応元気……というか健康には見える。

 精神面ではよく分からないけれど……。


「大きな催しが無いこの時期に忙しい?」


 兎に角邪魔はいけないと思い、不思議そうに会長を見ている夏緋先輩を引っ張って立ち去ることにした。

 扉に向かっていると、夏緋先輩が耳元でこそっと呟いてきた。


「兄貴、やけに機嫌が悪いな。何かあったのか?」

「さあ……」

「何くっついてんだ!」


 会長の怒声が響き、夏緋先輩と僕は思わず二人でビクッとしてしまった。


「……夏緋ならいいのか」

「?」

「チッ、いいから出て行け」


 また何か呟いたが聞こえなかった。

 有無を言わさず追い出され、生徒会室の前で呆然としてしまった。


 追い出されたし帰ろうか、と考えている僕の隣で夏緋先輩が頭を抱え、遠い目をしていた。


「はあ……」

「どうしたんですか? 幸せが一気にマイナスになりそうな溜息なんかついちゃって」

「頭が痛い」

「保健室で頭痛薬貰ってきたら……」

「お前のせいだよ!」

「はい?」

「だから……だから言ったじゃないか……」


 会話の成り立たない兄弟だ。

 共通点が多いというのは仲が良い証拠かもしれないが。

 夏緋先輩は再び溜息をつくと、鋭い目つきでこちらを見た。


「いいか、兄貴から全力で逃げろ」

「はい? 何の話ですか?」

「いいから逃げろ! 絶対捕まるなよ! はあ……」


 よく分からない念を押すと、三度目の溜息を吐きながら去って行った。

 明日の分の幸せも空っぽだな、あれは。


 ……会長から逃げろとは何のことだろう。

 魔王のような状態の時に捕まったら死ぬから逃げろ、ということだろうか。

 それならば納得出来る。

 貴重なアドバイスとして頭に置いておこう。


 その後、楓が待つ教室に戻ったのだが、柊の襲撃に合わせて災難は続くもので……。

 楓からほっぺにチューをされてしまったところを雛に目撃され、誤解されてしまった。

 雛に僕は『攻めだ』という捨て台詞を残され、心に傷を負った。

 更に佐々木さんに腐思考があることを看破され……尋問を受けることになったのだった。


 その翌日は雛と楓に会わないよう、早く家を出たのだが何故か腐った女子と学校を目指すことに。

 そして登校中の雑談で術中に嵌まり、腐話に花を咲かせてしまった。

 時間も忘れ、周りも目に入らず話し込んでしまったのだが……。

 その様子を、多くの華四季園の生徒からチラチラと見られていたなんて、気がつくはずもなく……。 




 ※※※




 楓はHRギリギリになって教室に入ってきた。


 昨日は怒りで電話を一方的に切ってしまったが、今もモヤモヤが少し胸に残っている。

 笑顔で声を掛ける気にはなれず、どういう顔をすればいいか戸惑う。


 黙って座っていると楓は僕の隣に来て、『ごめん』と呟いて席に座った。


 それからはいつも通り近くにはいるが、ここ最近のようにベタベタはしてこない。

 遠慮しているように見える。

 改めて昨日についての話はないが、僕から話すこともしない。

 何気ない会話はするので、周りから見ると少し静かなくらいで様子がおかしいと思われることはないと思う。


 雛の姿はまだ見ていない。

 連絡をしていないし、向こうからもないのでどんな様子か分からない。


 なんだろう、この息苦しさ。

 昼休憩。

 いつも通り楓とホールで食べ終わった後、一人で屋上に行くことにした。


「外の方が気は紛れるな」


 屋上の扉を開けると、風が吹いていて気持ちが良かった。

 人の姿はあるが、そう多くは無い。

 誰も居ない方が良かったが、昼休憩だから仕方が無い。

 人が居ない一角の柵に腕を乗せ、遠くに見える町の景色を眺めた。


「はあー……」


 何も考えずにぼうっとするのは楽だ。


「何黄昏てるんだよ」


 背後から声を掛けられ、振り返ると夏緋先輩が立っていた。

 こんな所でも出会うなんて。


 素直に嫌な顔をすると、背中にお決まりのパンチを食らった。

 痛い……今は反抗して騒ぐ気力はないが。


 夏緋先輩は友達とここで昼食をとっていたそうだ。

 ぼっちの会長とは違うというわけか。


「随分暗いじゃないか。妙なものでも拾い食いしたか?」

「僕は犬じゃありません。なんかまあ……ちょっと一人になりたくて」

「ふうん?」


 興味なさそうな顔で僕の横に並び、柵に手を置いた。


「お前みたいな馬鹿でも、人並みに気苦労があるんだな」


 全く、どうでもいいなら一人にしてくれませんかね。

 嫌がらせでわざとしているのか?


 一人になりたかったし、特に会話をしたいわけでも無い。

 黙ったままで一緒に居るのも少し気を使うが、話題を考えるのも面倒で黙っていると、夏緋先輩がちらりとこちらに目を向けた。


「……お前、兄貴のことをどう思ってる?」

「はい?」


 やけに真面目な声色で聞かれた内容は、会長のことだった。


「なんでそんなこと聞くんです?」


 聞かれる意味が分からない。

 特に意味はないのかもしれないが、夏緋先輩の真剣な表情が気になる。


「いいから答えろよ」


 適当に答えようかと思ったが……ちゃんと答えないと叱られそうだ。

 でも、どうって言われてもなあ。


「何でも出来て凄いな、とか。格好良いなあ、とか」


 それを言うと夏緋先輩の眉間の皺が深くなった。

 あれ、大好きなお兄ちゃんを褒めているのに気に入らないのか?


 まさか……独占欲か!?

 『お前が兄貴の何を知っているんだ!』というやつか!?

 素晴らしい、僕の脳内ではそういう方向で処理させて頂きます。

 ありがとう、ちょっと元気が出ました。


「……悪い印象はないのか?」

「悪い? なんで?」

「お前は散々振り回されただろう?」


 確かに迷惑ではあった。

 でも結局は『会長だから仕方無いか』と消化してしまうので不満は残っていない。


「まあ、そうだけど……それも楽しかったかな。悪い印象はないですよ」

「本当か? オレを気にして言っていないか?」

「本当ですって。悪いどころか最近アップしましたよ? 意外に繊細だったり、弱いところがあったりするけど、そういうところを全然見せないのも格好いいですよね。見えたら見えたで格好よかったし」


 兄への想いを通して、会長の良いところを間近で見てきた。

 やっぱりあの人は凄いと思う。

 城での会長はイケメンだった。

 ……すぐにアヒルボートで下落したけど。


「流石夏緋先輩の大好きな自慢のお兄ちゃんですね。僕の兄ちゃんも負けてないけど」

「そうか」


 あれ、夏緋先輩のブラコンぶりを弄ったつもりなのだが思ったよりも反応が薄い。

 どうしたのだと顔を覗くと、僕の背後の方をジーッと見ていた。

 質問しておいて余所見か!


 何を見ているのだと振り返ったが……何もない。

 ……ええ?


「はあ……」


 溜息続きの夏緋先輩がまたもや溜息をついた。

 やめなさい、今年の幸せ使い切るぞ。

 それよりも僕の背後が気になる!


「僕の後ろに何かあります?」

「……何もない」

「でも凄く見ていたじゃないですか。まさか……霊的なやつですか!?」


 夏緋先輩なら氷だけでは無くサイコキネシスも使えそうだから、幽霊と対話なんて朝飯前だろう。


「僕って取り憑かれているんですか!?」

「……ある意味そうだな。それもかなり強力なヤツに」

「ぎゃああああ!」


 認めたよ!

 怖い、だから最近メンタルが弱ることが多かったのか!


「夏緋先生、除霊してください」

「してやりたいがな……」

「してくださいよ! なんでもしますから」

「『なんでも』って……そんなに縋られてもお前にして欲しいことなんか……。……!」


 言葉の途中で夏緋先輩が固まった。

 何かに怯えているようだ。

 『祓って!』と掴んでいた手も叩き落とされた。

 まさか霊が何かしているのか!?


「お前、そういう台詞を簡単に吐くなよ」

「はい?」

「言われた奴が気の毒だ」

「どういう意味ですか?」


 何を言っているのだと顔を顰めていると、ポケットに入れていたスマホが鳴った。

 画面を見ると、佐々木さんからのメッセージが入っていた。


『とびら』


 見た瞬間に寒気がした。

 かつてこんなに不安を掻き立てられる平仮名三文字があっただろうか。

 これは……もしや……。


「天地君」


 扉の方に目を向けると佐々木さんの姿があった。

 怖い、やはり霊より生きている人間の方が恐ろしい。

 僕に向かって、おいでおいでと手招きをしている。

 何故ここにいることが分かった。


 夏緋先輩と話しているところに、佐々木さんが入ってくると色々不都合がある。

 BL嫌いの夏緋先輩と腐女子の組み合わせは最悪だ。

 ご飯に牛乳をかけるくらい気持ち悪い。


「僕は行きます」


 急いで佐々木さんの元へ向かった。

 今は女子高生に擬態モードなのか、爽やかな笑顔を浮かべて立っていた。

 この皮を剥ぐと中はドロドロに腐っているのだ、恐ろしい……。


「GPS、本当についてんじゃねえの」

「ふふ……」


 途端に妖しい笑みに変わった。

 意味ありげに微笑みながら先に進んでいく。

 どうしよう……寒気が止まらない。


  「え、まじで? ちょっと待て、冗談だよな!?」


 何度も言うが、こいつならやりかねないのだ。

 急いで後を追いかけた。






「兄貴」


 姿を隠していた兄は、呼ばれたことで渋々陰から姿を現した。

 足取りは重く、ドス黒いオーラを纏っている。


 一年生と話し始めた時、隠れている兄の姿を弟は見つけたのだが……。

 『格好良い』と褒められていた時は顔を赤くし、今まで見たことの無い顔で照れていた。

 これは誰だ、別人だと思うほどに。


 一転、一年生が『何でもする』と弟に懇願した時には視線が凶器と化した。

 全身を串刺しにされてしまいそうで恐ろしかった。

 そして今はそれが悪化している。

 誰彼構わず刺しそうだ。


「あの女生徒は誰だ?」

「さあ……友人じゃないか」


 『彼女かもしれないな』、なんて言うと本当に殺されそうだ。


「なあ……兄貴」

「なんだ?」

「本気なのか? あいつのこと」

「……なんの話だ」


 まさか、自覚がないとでもいうのだろうか。

 そんなことはないと思う。

 確信が持てていないか、自分の気持ちを認めていない、ということだろうか。


 それなら……まだ止められるかもしれない。

 兄は走り出すと止まらない。

 だがまだ迷っている間なら……。


「あいつの兄の方を諦めようとして混乱しているんだよ、兄貴は。暫くあの兄弟とは距離を開けた方がいいんじゃないか? 中途半端にちょっかい出されたら、あいつだって困るだろう」

「それは……そう、かもな」


 ……いけるかもしれない。

 弟は手応えを感じていた。

 話を聞かない兄が、軽口程度でも肯定の返事を返してきたのだ。


 さっきは兄が後ろに居ることに気づき、意中の相手の口から良い言葉を聞けなかったら諦めるかと思って話を振ったのだが……その作戦は失敗した。

 相手にも好印象だったとは予想外だった。


 だったらいっそ上手くいけば兄は喜ぶし、幸せになるんじゃ……などと思ったが駄目だ。

 男同士だなんて、将来的にはきっと苦労ばかりだ。

 兄のために自分がしっかりしなければと思う弟なのであった。






 その日、櫻井雛は欠席していた。

 その日、天地央と佐々木風子が仲良く登校し、昼休憩も一緒に過ごす姿が目撃されていた。


 天地央と櫻井雛は、とても目立つ存在である。

 二人には更に目立つ兄がいるため、同学年の一年生の間だけではなく、全学年を通して目立ってる。

 そんな二人の異変を周りは見逃さなかった。


『天地央が櫻井雛と別れて佐々木風子と付き合い始めた。そのショックで、櫻井雛が学校を休んだ』

 そんな噂が、真しやかに囁かれ始めていた。


 そんなことを知らない当の本人達は……。


「屋上まで呼びに来て……なんだよ」

「素敵な気配を感じて。当たりだったわ。普段からああやって、色んなイケメンと楽しんでいるんでしょ?」

「お前が言うと、全部いかがわしく聞こえる」

「ええ、いかがわしい意味で言っているわ。総受けの才能が開花しているわね」

「ブレないなあ」


 などという周りが予想していない会話を、延々と続けていたのだった。




 ※※※




「はあ……」


 二階の実習室が並ぶ一角にあるトイレ。

 ここは実習がある時以外は人がいないため、いつもひと気がない。

 誰にも会わず、静かに頭を使うにはちょうどいい。

 便座に座り、溜息をついた。


「なんで僕なんかを好きになってくれたんだろう」


 今日も雛や楓を避けて早い時間に登校し、校内をぶらついていた。

 二階から降りて行くと、聞き慣れた二人の声が聞こえて来た。

 声自体は聞き慣れているが、声の状態は聞いたことが無い荒々しいものだった。

 喧嘩をしているなら止めなければいけないと焦ったが、聞こえてきた内容に思わず足が止まり、隠れた。


 二人は僕への想いを打ち明けて争っていた。

 それを聞いて……僕はここへ逃げてきたのだ。


「僕は駄目な奴だあああ」


 教室に戻れば楓がいるし、雛は上の階のどこかに行ってしまった。

 今はどんな顔をして話せばいいか分からないので、会うのが怖い。

 二人は僕が見ていたことに気がついていないだろうけど、僕は普通に対応出来そうにない。


 かといって、いつまでもトイレに篭っているわけにはいかない。

 一時間目の授業は始まってしまったのでこのままサボるとして、次からどうしよう。

 帰りたい。

 今日は一日誰にも会わず、ゆっくり考えたい。

 一日サボっても単位には問題ない。

 よし決めた、帰ろう。


 一時間目が終わるのを待ち構え、騒ついている中に紛れた。

 楓に見つかることなく鞄を回収。

 忍者のようにこそこそと隠れながら、何も授業を受けず学校を出た。


 昇降口で人目を気にしながら靴を履き、外に出た。

 楓や雛はもちろんだが、知り合いにも会いたくない。

 この付近だと柊がいそうだ。

 花壇の辺りを隠れながら見回すと、案の定柊が作業をしていた。

 しゃがんで土を弄っている背中が見える。

 今は作業着とタオルのスタイルだ。

 そういえば楓にケツシャベルされた傷は癒えたのだろうか。

 見ている限り大丈夫そうだ。

 見つからないようにこっそりと、気配を消しながら柊の後ろを通り過ぎた。


「ふう……」


 学校の門を抜けると気が抜けた。

 今会いたくない人達から離れることが出来たので、安心したのかもしれない。

 そういうところでも、僕ってつくづく駄目な奴だ。


「おい」


 明らかに自分に向けられた声に肩が跳ねた。

 先生に見つかったと思い、恐る恐る振り返ると……。

 ブレザーは担いでいるが、同じ華四季園の制服を着たイケメンが立っていた。

 この学校で知らない人はいない有名人。

 そこにいたのは会長だった。


「こんな時間にどこへ行く」

「体調が悪いかな……なんて」


 会長に絡まれると面倒だ。

 何とかやりすごそうと、口から適当な言葉が零れたのだが……。


「……何があった?」


 適当に言ったことが速攻でバレたようだ。

 眉を顰め、真面目な表情でこちらを見ている。

 目を合わせてしまうと嘘をつけなくなってしまうような気がして、顔を逸らして呟いた。


「別に何も……」

「待て」


 『それでは!』と立ち去るつもりだったのだが、会長に手首を掴まれた。


「そんなツラして『何も』じゃないだろう。ここで話し辛いのなら場所を変える。ついて来い」

「えっ」


 そう言うと僕の手を引いて校舎の方に進み始めた。

 ちょっと待って、苦労して出てきたのに!

 絶対戻らないぞ!


 そういえば夏緋先輩が逃げろと言っていたことを思い出した。

 今だ……きっと今がその時なのだ!


「行きません! さようなら!」


 今日は会長に付き合っている余裕がないのだ。

 強引に手を振りほどき、全力疾走で逃げて家路を急いだ。

 呼び止めるような声が聞こえたが構うものか。


「はあ……もういいかな」


 角をいくつか曲がったところで走るのを止めた。

 背後に人の気配は無い。

 少し進んだところで振り返ると、会長の姿は無かった。


 良かった、追ってこないようだ。

 気づけば家まであと少しだ。

 早く家でゴロゴロしたい。

 時々小走りをしながら、残りの道のりを進んだ。

 空は青くて良い天気だ。

 爽やかな風が吹いている。

 ……なのに足取りは重い。

 何とか前に進み、見慣れた建物が視界に入ってきたところで安堵の溜息をついた。


「やっと……着いた」


 通学路ってこんなに長かっただろうか。

 いつもの十倍くらい疲れた気がする。

 とぼとぼと扉に向かい、鍵を開けて中に入ろうとしたのだが……扉が開かない?

 力いっぱい引いたが、全く動かない。

 何故だろうと扉を見ると……何かが抑えていた。

 手だ。

 指の長い大きな手と、耳元には長い腕が……背中に気配がある。


「追いついたぞ」

「ぎゃああああ!」


 会長だった。

 僕の背後から会長が扉を抑えていたのだ。

 あんなに力いっぱい引いたのにビクともしなかったこともショックだが、振り返っても姿が見えなかった会長が何故いるのだ!


「なんでいるんですか!」

「あれから学校で軽く用事を済ませ、追いかけてきた。ゆっくり進んでいたんだろう? おかげで追いつけたな」


 ゆっくりなんて進んでませんが!

 最初は全力疾走したし、割と必死に逃げましたが!

 足でも勝てない……知ってたけど!

 何なら勝てるの? 教えて!


 会長は急いできたのか汗をかいていて、息も少しあがっていた。


「走ってきたんですか?」

「ああ。お前の様子が気になったからな。家に入ると扉を開けて貰えないかもしれないから、外にいるうちに追いつこうと思ってな」


 そんなに必死になって追いかけてきてくれたのは有難いが……ありがた迷惑というか。

 逃げたのも申し訳ないけど、今日の僕は余裕がないのだ。


「気にかけてくれてありがとうございます。ちょっと疲れているだけなんで、寝たらなんとかなりますから……」


 だから手をどけてください。

 僕はもう部屋でゴロゴロするのだ!


「何があった? いつもと様子が違う」


 心配してくれるのは嬉しいけれど、説明をする気になれない。

 会長のような強い人には、僕のような駄目な人間の話を聞かせるのは気が引ける。

 だから冷たいかもしれないけど……。


「……会長には関係ないですよ」


 目を逸らして呟いた。


「……」


 その瞬間、空気がピリッとしたのが分かった。

 あ、やばい、怒られるかも……!

 心配してくれているのに、こんな態度だから怒鳴られるに違いない。

 思わず目を瞑って身構えた。


 だが、怒声は飛んでこず……。

 代わりに腕を掴まれたかと思うと、荒々しく開けた玄関の扉の中に押し込まれ……。

 扉を背にして、会長は扉を閉めた。

 僕は帰りたかったからいいけど、何故会長まで入ってくるのだ!


「お前のことなら、関係ある」

「はい? ……うえ!?」


 『どういうことだ?』と会長の顔を見ようとしたのだが……見えない状況になっていた。

 会長が近い。

 近いというかくっついているし、会長の頭が僕の肩に乗っている。


 抱きつかれた。

 気が付けば正面から抱きつかれていた。

 なんのホールド攻撃だ!?


「急に何なんですか! 離せ!」

「うるせえな、確認してんだよ」


 そう言うと腕の力が強くなった。

 ……といっても苦しくはない。

 暖かくて優しくて、それが落ち着かない。

 いったいなんなのだ!

 何の確認か分からないが、困るので止めて欲しい。


「気の迷いかもしれないと思ったが、間違いない。やっぱり……お前だ」


 何かの確認は終わったようだ。

 だったら離して欲しいものだが……。


「ちゃんと僕に分かるように説明してくれます?」


 この兄弟は人を巻き込むくせに勝手に納得して、こちらには何の説明もない。

 抗議をすると『そうだな』と小さく呟き、微かに笑ったのが分かった。

 僕の肩で笑うな……くすぐったいだろう!


「自分でも不思議だった、真を諦めようと思えたことが。どうしてそういう心理になったのか」


 表情は見えないが、穏やかに、静かに語っている。

 普段は覇気がある良い声だが、こうやって囁いている声もいい。

 ……ずるいなあ。


「簡単なことだ。俺の心が、真から次へと移りつつあったからだ」


 それは……失恋が癒えたのは新しい恋を見つけたから、ということだろうか。


「好きな人が出来たってことですか?」

「そうだ」

「……」


 それはつまり……ええっと……。


 この状況……さすがの僕も察するぞ。

 だが確認せずにはいられない。


「それって……僕だったりします?」

「それ以外考えられるか?」


 ……やっぱり!


 肯定の言葉を聞いた瞬間、爆発しそうになった。

 そんなまさか……『あの会長』が、僕を好きだと言っている。


 ……夏緋先輩が言っていた『逃げろ』はこれだったのか!

 もっと事細かに言ってくれていたら!


 でも信じられない。

 あれだけ兄のことが好きだった会長が……。


「はは……笑えない冗談は止めてくださいよ」

「冗談だと思うか?」


 腕を掴まれ、身体を離されて見た目は真剣だった。

 目は嘘だと言っていない……気がする。

 でもやっぱり信じられない。


 その想いは顔に出たのか会長がスッと目を細め、不機嫌そうな顔をした。


「信じられないなら本当だと分からせるまでだ」


 そう言うと、両手で顔を挟まれ……。

 やばい、会長の顔が近づいてくる。

 何をされるか分かった瞬間、思い切り会長の身体を突き飛ばした。


「分かりました! すっごく分かりました!」


 自分の顔が赤いのが分かる。

 熱い。

 今この人、何しようとした!?


 冗談でこんなことをする人ではない。

 だったら、本気なのか……正気なのか!?


「分かったけど……! けど……」


 百歩譲って会長が本当に僕を好きだということは分かったとして……じゃあどうすればいいんだ!?

 完全にパニックだ。

 兄ちゃん、どうしよう!


「ははっ。お前、真っ赤だな」


 頭がオーバーヒートしていると、会長が急に笑い始めた。

 ……何笑っているんだ、この野郎!

 誰のせいだと思っているんだ!


「安心しろ。お前のことをすぐにどうにかしようというのではない。急に言われても戸惑うだろう。心の準備が出来るまで待つさ。……我慢は慣れているからな」


 そう言うとポンと僕の頭に手を置き、クスリと笑った。

 余裕が見える……子供扱いされているようにも感じるし……なんだこの敗北感は!


「だが……ただ黙って待っているわけではないからな」


 そう言うと、再び僕を腕の中に閉じ込めた。

 さっきよりも暖かい気がする……あれ、会長も照れてる?

 身体が離れたので顔を下からこっそり覗くと、会長の顔も血色がよくなっていた。

 それを見て僕は更に熱くなってしまった。

 一体僕は会長と何をしているのだ!


「今日の所はこれで引こう」


 すっと体が離れ、空いた空間が寒くなった。


 僕が見守る中扉を開け、天地家を出て行こうとしたのだが……振り返った。


「あと……何か悩んでいるなら力になる。俺を頼れ」


 そう言うと、赤いイケメンは去って行った。

 そして取り残された僕まで赤くなっているわけで……。


 なんなのだあの人……恐ろしい、恐ろしすぎる!

 最後に頼れる男っぷりまで発揮して行ったよ……。

 でも……。


「会長のせいで悩みが増えたからな!!」


 何とか玄関の鍵はかけたが、そのまま座り込んでしまった。

 動けない。


 ……死にそう。


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― 新着の感想 ―
くっ、正直読んでいて1番胸がギュンギュンにドキドキするのは会長エピです!!
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