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BLゲームの主人公の弟であることに気がつきました(連載版)  作者: 花果 唯
IF ありえた未来2

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29/101

会長END④

 目出度く兄カップルが仲直りをした翌日。

 登校前に春兄と雛が揃って現れた。

 そこで雛が兄達の関係を知っていたという衝撃の事実を告げられた。

 いや、その後もっと衝撃の事実が判明した。

 雛の友人の佐々木さんが腐女子だったのだ。

 しかも恐らく僕は腐男子疑惑をかけられている。

 絶対にバレたくない……気をつけなければ!


 慌ただしい朝を終え、昼の休憩時間。

 僕は小料理屋きこりへ行こうと思っていた。

 朝から会長にラインでメッセージを入れたのだが、返信はない。

 でも、昼ならあそこにいる可能性が高いと思う。

 佐々木さんのことも気になるが、会長のことの方が気になる。

 八つ当たりのことも謝りたいし、兄が言っていたことがどういうことなのかも引っかかっている。

 まさか本当に兄のことを諦めたのだろうか。

 ……僕の八つ当たりが原因だったらどうしよう。

 早く会長に会いたい、急いで昇降口に向かった。


「生徒会室も見てから……ぐえっ!?」


 生徒会室にいる可能性も考えながら進んでいると、急に首が苦しくなった。

 後ろから長い腕がにょきっと出てきて、僕の首を後ろからホールドした。


「苦っしい! 何!?」


 首を固定されているので振り向くことが出来ない。

 止めて、落ちる!

 これはやっちゃいけないやつだ、助けて!

 僕の中で犯人は二択に絞られていた。

 赤か青か、多分どちらかだ。


「言わなかったか? 余計なことすんなって。ああ!?」


 冷ややかな怒声……顔はまだ見えないが誰かは分かった。

 青の方だった。


「何のことですかっ……ほんとに、苦しい!」


 巻かれた腕をバシバシ叩いて抵抗していると漸く離された。

 解放された身体は酸素を取り込むのに必死だ。

 死ぬかと思った……!


「死ぬじゃないですか!」

「兄貴の様子がおかしい。何かあったんだろう? ……兄貴を巻き込むな。お前らみたいな奴はもう近づくんじゃねえよ」

「……は?」


 夏緋先輩から威圧されることは今まで何度かあった。

 だが、今までで一番高圧的で……見下している目だった。


 まず僕の抗議については無視かよ! というツッコミをしたいが、それはもう心の中にしまっておいてやろう。

 様子がおかしいという会長のことも心配になったが、今は目の前の事案を片付けることにする。


 真剣なのは分かるし、真面目に言っているのは分かるがイラッとしてしまった。

 言葉と夏緋先輩が醸し出す雰囲気に、差別的な『嫌悪感』のようなものを感じたからだ。

 極端に言うと『お前らみたいなやつは気持ち悪いから兄貴には近づくな』、そう聞こえたのだ。


 僕の中で何かのスイッチが入った。

 『お前ら』とは、恐らく兄達カップルと僕のことだろう。

 僕のことはいいが、兄達を悪く言うのは二回目だし許せない。


 それに、兄のことを好きだと言っている会長のことはどう思っているのだ。

 あんなに真剣に兄のことを想っている会長の気持ちを、『気の迷い』とか『勘違い』で済まそうとしているのだろうか。

 まだ『身内の恥』と言うのだろうか。

 ……こいつ、自分のことしか考えてないな。


「別に近づいているわけじゃありませんが」

「……兄貴から近寄ってるとでも言いたいのか?」


 氷使いは怖いが、兄達や会長に外野から野次を飛ばすなんて許さんぞ。


「夏緋先輩は関係ないじゃないですか。部外者です。わざわざ口を挟みに来るなんて暇なんですか?」


 イケメンモブは黙っていてくれたまえ。

 僕は夏緋先輩のような人の方が嫌悪する。

 それを込めた視線で睨んでやった。

 僕の意思は正しく伝わったようで、夏緋先輩の表情が変わった。

 真顔だ。

 真顔で周囲にブリザードを纏わせる、氷使いの一番怖い状態だ。


「それは……オレに喧嘩を売っているのか?」

「まさか。夏緋先輩ほど暇じゃないんで」


 普段なら全力疾走で逃げ出すところだが、今は別だ。

 こちらも真顔の嫌悪感全開で返した。


「お前……」


 長い腕が今度は胸倉を掴んできた。

 その迫力で周囲にいた人が、僕達が揉めていることに気が付いたようだ。

 チラチラと視線を感じる。

 目の前のイケメンモブは今にも殴ってきそうな勢いだ。


 先には手を出さないが、殴ってきたら正当防衛で殴り返そう……そんなことを考えていると頭にボスッと何かが乗った。

 重い……頭が下がる、首が縮む!

 前の方に目を向けると、同じように頭が下がっている夏緋先輩が見えた。

 ……何が起こったんだ?


「こんな所で何やってんだお前ら」


 僕と夏緋先輩の頭に乗っていたのは会長の手だった。

 会長が僕らの頭を押さえていたのだ。


「会長……」

「兄貴……!」

「夏緋、どうせお前がまたこいつの癇に障るようなこと言ったんだろ」


 会長は僕の頭からは手を離したが、夏緋先輩の頭からは離さず、鷲掴みでグイグイ上から押さえ続けている。

 ……夏緋先輩が躾をされている犬のようだ。


「大体お前は前に言ったことを謝ったのか?」

「それは……。こいつが突っかかってくるから……!」

「お前がふっかけたんだろ?」


 まだ犬の躾は続いている。

 直前まで親の敵ぐらい憎らしかったのに、今は少し哀れだ。

 周りもイケメンが躾される図にどう接すればいいか分からず戸惑っている。


「さっさと謝れ」


 鷲掴みにしていた手を離し、僕に謝るように背中を押した。

 夏緋先輩が犬から幼稚園児に見えてきた。

 先生も園児もイケメンすぎるけど……。


 会長は何故か夏緋先輩ばかり叱っているが……。

 僕も先輩に対して悪態をついたし、段々申し訳なくなってきた。


「あの……僕が態度悪かったんで……すいませんでした」


 釈然としないところもあるが、周囲から注目されているしいつまでもこうしていられない。

 軽く頭を下げると、夏緋先輩はバツが悪そうな顔をしていた。

 会長も何か言いたげな顔をしている。

 探していた会長は見つかったが、こんな状況では謝りづらい。

 また場を改めよう。


「じゃあ、僕はこれで失礼しま……」

「……悪かった」


 立ち去ろうとしたのだが、夏緋先輩の方が先に動いた。

 捨て台詞のような謝罪を残して何処かへ行ってしまった。


 一応、謝ってくれたようだ。

 本当に『一応』という感じだったが。


「……ったく、仕方のない奴だ」


 会長が夏緋先輩の背中を見送りながら呟いた。

 周りにいた人達も夏緋先輩が去ったことにより、こちらを気にすることをやめたようだ。

 会長と話をしたかった僕としては、都合のいい状況になった。


「会長」「央」


 話掛けようとしたら……被った。

 ……なんだろう、妙に気まずい。

 話したい内容が、気軽に話せないことだからかもしれないが。


「会長から……」「お前から……」


 また被った。

 なんなのだ……喧嘩していたカップルが仲直りをしたいがお互い上手く言い出せない状態のような空気になっている。

 気持ち悪いぞ……もう黙っていよう。

 会長に視線で先に話すように訴えた。


「……長くなるから、俺に用があるなら先にお前が言え」

「僕もちょっと長くなりそうなんですが……」


 長い上にあまり人前では話したくない。


「そうか。だったらついて来い」


 そう言うと会長は昇降口の方へ進み始めた。

 外に出るつもりらしい。

 きこりに行くのだろうか。

 黙って後をついて行くことにした。

 あそこだと人もいないし、ちょうどいいか。




※※※




「会長、ここ何処っすか……」


 学校を出るとまず駅に向かった。

 きこりに行くルートではなくなり、焦った。

 駅から電車に乗り、降りた駅で今度はバスに乗った。

 凄く遠出じゃないか……午後の授業……。

 戸惑ったが、会長の顔を見ると真面目な顔をしていたので何も言えなかった。


 華四季園は交通の便も良い所謂『都会』にある。

 だが今、目の前に広がるのは森。

 完全に『田舎』である。

 風が吹くとザワザワと揺れる木々の音は心地よいが、こんなに景色が変わるところまで来る事になるとは……。


「着いたぞ」

「……何処に?」


 着いたと言われても目的地を知らないので、わけが分からない。

 そんな僕を置いていく勢いで、会長は進んでいく。

 早くついていかないと見失いそうだ。

 渋々後を追いかける事にする。


 学校に鞄を置いたままなのだが、今日取りに行くのは諦めた方が良さそうだ。

 財布も鞄にあるため、お金は全て会長が払ってくれている。

 持っていても全部出してくれそうだが、払い続けて貰うのは気を使う。

 鞄を取りに行く時間くらい欲しかったな。

 というか、話をしたかっただけなのに……何故こうなった……。


 バス停から道なりに進んで行くと、石造りの立派な塀が見えてきた。

 僕達の背丈より少し上の高さで、今から行く場所の敷地をぐるりと取り囲んでいる。

 塀沿いの道には、お洒落な造りの街灯が等間隔に並び、何処と無くヨーロッパ辺りの雰囲気がする。


 敷地の中にも背の高い木々が見える。

 木々の向こう、高台になった場所に目を向けると大きな建物が見えた。

 規模は華四季園の校舎と同じくらいだ。

 塀と同じような石造りで、こちらもヨーロッパ風の『城』に見える。

 年季の入った石、一部に巻きついた蔓、尖った屋根、大きな硝子窓。

 今は空が明るいので『お洒落だな』と思うが、夜見るとドラキュラ城のように見えそうなデザインだ。


「城? 観光地か何かですか?」

「そうだ。石材のテーマパークで人気の観光スポットだ」

「へえ、古城って感じですね。兄ちゃんが好きそうだな」


 昔から海外の建造物が好きだったし、推理小説の舞台となっている古城に行ってみたいとよく言っていた。

 もしかして兄と来るつもりだったのだろうか。

 会長に視線を向けると、考えが伝わったようで肯いていた。


「あの城は真が行きたいと言っていたイギリスの古城を再現しているんだ」


 再現した城があるということより、会長のリサーチ力に驚きだ。

 妙な感動すら覚える。

 意外にちゃんと調べるタイプなのだろうか。

 人に『好きになってもらおう』というより、『完全掌握』みたいなタイプなのに。


「今度兄ちゃんを誘うつもりなんですか? 今日は視察?」

「……真と来るつもりはない」


 あの会長とは思えない小さな声で呟いた。

 まさか本当に兄を諦めたのだろうか。


「……どうしてですか?」

「……」


 返事はなかった。

 聞こえているはずなのに……。

 今の会長に聞いてはいけないことだったのかもしれない。

 兄の話題は僕からは触れないでおこう。

 八つ当たりしたことを謝ることが出来ればそれで十分だ。


 塀が途切れたところで、鉄製の大きなアーチ型のゲート門が見えた。

 映画に出て来そうな立派な門構えで、門周辺の地面には色取り取りの鉱石が埋め込まれていた。

 踏んでしまうのが勿体無い。

 躊躇しながら進む。

 会長を見ると地面の鉱石など全く気にすることなく、どかどか歩いてチケット売り場の方に進んでいた。

 ……こういうところはいつもの会長っぽい。

 久しぶりな感じがするイケメンゴリラっぷりに和んでしまった。


 チケットを買って貰い、奢られ総額が増したことで胃を痛くしながら入場。

 地図を見て、早速メインの城に向かうことにした。


 両側に背の高い樹木が並んだ遊歩道をテクテク歩く。

 ここの足元には、光沢のある石が敷かれていた。


「綺麗な石だなあ」

「大理石だぞ」

「!? お金持ちの家の玄関に使われる石!」


 あ、しまった……今まで真面目な空気で来ていたのに、驚いて普段通りの頭の悪いことを言ってしまった。

 少し前を歩いていた会長に追いついてこっそり盗み見ると……笑っていた。


「……玄関だけじゃないだろう」


 生暖かい視線を受けて恥ずかしくなったが……もういいや。

 静かにしているのもしんみりしているのも疲れる。

 普段通りな感じで行こう。


「そうだけど、テレビの豪邸訪問とかって『玄関に大理石』から入るじゃないですか」

「知らん。テレビなど見ん。時間の無駄だ」

「はいはい、僕は無駄が多いですよ」


 役に立たないようなことばかり詳しい自覚はある、放っておいてくれ。

 拗ねていると会長が振り返った。

 さっきまでは静かだったが……少し復活した?

 落ち着いてはいるが、笑顔だ。


「まあ……無駄もたまにはいい。お前がやっていたあの狂気染みたゲームも試しにやってみたが、確かに謎解きは面白かった」

「え、ニコニコ兎ですか? やってみたんですか!? どこまで進みました?」

「全部終わった」

「……嘘だろ!?」


 そんなまさか……こんな短期間で?

 僕は最後の方まではいったが時間がかかったし、どうしても解けない謎があって詰まっている。

 なんだろう……この敗北感。

 ゲームですら勝てないというのか!

 得意分野でも勝てないなんてやってられない!

 打ちひしがれながら進んでいると、いつの間にか城の前まで到着していた。

 目の前に立つと迫力がある。

 遠くから見ていた時には見えなかった、細かい装飾も見える。


「資材は現地のものを取り寄せ、完全に再現されている。細かい装飾や彫刻は現地の職人を呼んでやっているそうだ」

「へえ、徹底してますね。凄いなあ」


 何が凄いって、ガイドまで完璧な会長が凄い。

 それなのに一緒にいるのが僕だなんて……気の毒だな。


「行くぞ」

「あっ、はい」


 足が止まっていた僕の肩を叩き、会長は先を進み始めた。

 会長の歩くスピードは普通に歩いていても速い。

 置いて行かれないよう、急いで背中を追いかけた。


 城の中は昼といえど仄暗く、肌寒かった。

 石造りの壁に軽く触れてみたり、立ち止まって眺めたりしながら見て回る。

 人は少なく、たまにすれ違うくらいだ。


 人がいない上に電柱や自動販売機もない光景を見ていると、兄の好きな推理小説の中に入ったような気がしてきた。

 ワクワクする。

 こういう場所に興味があったわけではないが凄く楽しい。


「現地にいるみたいですね!」

「そうだな。年季が入っているように見せるため、傷や汚れも再現しているらしい」


 壁にヒビが入っていたり煉瓦が欠けていたりするが、それもわざとやっているということだった。

 完成度の高さに感動だ。


「凄い……兄ちゃんが見たら喜んだだろうな……あ」


 またもや言ってから『しまった』と思った。

 折角普段の会長に戻ってきていたのに、兄の話題を出したら……。


「……」


 案の定、会長の動きが一瞬止まった。

 すぐに進み始めたが、顔が少し俯いている。


 ……ああ、僕はなんて馬鹿なのだろう。


 何か考え始めたのか、会長は何も話さなくなった。

 その後ろを申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらついて行った。


 石造りの螺旋階段を登った先、鉄の扉を開けると外に出た。

 そこはバルコニーのようだが、外周りの通路になっているようだ。


「景色がいいな」


 城は丘の上にあったので、そこから辺り一帯を見渡すことが出来た。

 緑が広がっていて、気持ちが良い。

 マイナスイオン全開だ。

 会長も僕も思わず足を止め、柵にになったところから景色を見渡した。


「本当に良い所ですね」

「ああ……」


 隣にいる会長に目を向けると、遠くを見て何か考えているようだった。

 ……恐らく兄のことだろう。

 煩く話し掛ける気になれない。


 綺麗な景色は気分を落ち着かせる効果がありそうだし、会長の気が済むまで黙っていよう。

 そう思って待機していたのだが、会長はすぐに口を開いた。


「……あの馬鹿は気が利かないだろう。何処かに出掛けたりしてないんじゃないか? お前から此処を教えてやれ」

「え?」

「ここはきっと真が喜ぶ。あの馬鹿と来たなら……尚更な」


 高い所だからか風が強く、聞き取り辛かったが……。

 それは、春兄にデートプランを譲るってこと?


「春兄にこの場所を教えても良いんですか?」

「ああ」


 折角調べたのに……こんなに良い所なのに自分で連れて来ないなんて。

 恋敵である春兄に教えるなんて。

 聞かないでおこうと思っていたけれど……無理だ。

 やっぱり気になる……!


「会長は……諦めたんですか? 兄ちゃんのこと」

「……」


 また返事はない。

 会長の顔が曇っている。

 辛そうに見える。


「僕のせいですか? 僕があんなこと言ったから……」

「違う」


 今度はすぐに、はっきりとした返事があった。

 景色に向けていた視線をこちらに移し、僕をまっすぐ見ながら会長は言った。


「俺は……諦めることにした。真のことを」

「……!」


 予想はしていた。

 でも、会長の口から『諦める』という言葉が出たことに衝撃を受けてしまった。


「そんな……なんでですか!」


 兄達カップルの幸せを思うと、横槍を入れる会長の存在は喜ばしいものではなかったけれど……。

 会長の想いが成就してしまうのは困るが、真剣な想いを近くで見てきたからかやりきれない気持ちになってしまう。


「お前、覚えているか? 俺に『相手の幸せを思って身を引くのも愛の形だ』と言ったことを」


 言ったっけ……ああー……言った気がする。

 でもそれは、何も考えずに言った言葉だ。

 ただの雑談のようなものだ。


「それは……よくあるフレーズを口にしただけで、深い考えで言ったわけじゃ……!」

「勘違いするな。その言葉に従ったわけでは無い。それを聞いた当時は、馬鹿なことを言うなと本気で思った。幸せに出来るのは俺しかいないと信じていた」


 それを言っていたのは覚えている。

 イケメン過ぎると悶えた記憶がある。


「あいつらが揉めてる時、真と二人で話して、真が妬いていることが分かったその瞬間……それが俺の思い込みだったことを悟った。同時にお前の言葉を思い出して、改めて考えた。『身を引けるか』と」


 その時のことを思い出しているのだろうか。

 遠い目をしているが、どこか寂しそうだ。


「『出来る』と思った……思えたんだ。それは『真の幸せのため』とか『お前のため』とか、そんな理由じゃない。俺の中で何か変化があったのだろう。単純に自分の気持ちに聞いた結果だ」

「会長……」


 会長が言いたいことは分かった。

 でも、僕には会長が無理をしているようにしか見えない。

 気持ちを必死に抑えているというか……。


 だって……今日の会長はずっとおかしい。

 いつもの会長じゃない。

 夏緋先輩だって『おかしい』と言っていた。


「無理、してませんか……?」


 絶対している。

 本当にこのまま諦めていいのだろうか。


「無理なんて…………しているに決まってるだろう」

「え……」


 意外だった。

 聞いてはみたけれど、会長だとこんな状況でも『していない』と強がるんじゃないかと思ったが……。

 重々しい溜息をつきながら苦笑いを浮かべ、呟いた。


「……思いのほか堪えた。真やあの馬鹿にみっともないところを見せるのは惨めに思えてな。格好をつけ過ぎちまった」


 兄カップル喧嘩事件の時のことを言っているのだろうか。

 春兄と兄から聞いた会長の話は、とても男らしくて格好良かった。

 春兄には『不安にさせるな』と、兄には『弟に心配を掛けるな』と言った話を聞いたが……。

 あれは……無理をしてた?

 そして今も……。


 『余裕がない所を見せたくない』。

 夏緋先輩は、会長はそう思っているんじゃないかと言っていた。

 だとしたら、今も本当は僕にこんな話をしたくないに違いない。


 だけどきっと……取り繕う余裕が無いくらい会長は参ってしまったのだ。

 じゃ無いと、会長がこんな弱音を吐くなんて……。

 そう思うと胸が苦しくなった。


「兄ちゃん、会長は誰よりも前を見てるって、自分や春兄よりもしっかりしてるって言ってました……!」


 気がつくと、必死になって大きな声を出していた。

 気休めにしかならないかもしれないけど会長が精一杯張った見栄は、兄やライバルの春兄さえ感服させていた。

 決して無駄じゃ無いし、格好悪くない。


「僕もそう思います!」


 会長を見ながら、力いっぱい力説した。

 会長、あんたは凄く頑張ったよ!

 僕だけだけど、知ってるから。

 会長が兄ちゃんを本当に好きで、いっぱい頑張ったの知ってるから!

 それだけでも伝えたくて、声を張り上げた。


 そんな僕の気迫に驚いたのか、会長はきょとんとしていた。


 ……あれ、熱くなりすぎた?

 恥ずかしくなってきて、力説したままのポーズで固まった。

 僕の情熱の行き場を教えてください……。


 少しすると会長が小さく吹き出し、柵に凭れながらこちらを見た。


「そうか……なら、気張った甲斐があったな」


 覇気の無い、いつもとは違う穏やかな微笑みだった。

 その笑顔を見ると、泣きたくなってしまった。

 報われたら困るけど、報われて欲しかった。

 兎に角会長には幸せになって欲しい!


「僕、一生会長の子分でいます!」

「急になんだ? まあ……それはいいな、お前がいると飽きない」


 会長の幸せのため、微力ながら子分は支えていきたいと思う所存であります!

 会長の兄への想いが真っ直ぐすぎて、今日は腐らずに熱くなってしまった。

 この僕に腐る余地を与えなかったなんて凄すぎるぞ会長!


「諦めようと思えたのは、お前がいたからかもな。……きっと、これで良かったんだ」


 会長が何か呟きながら、再び景色に目を向けた。

 話をして少し楽になったのだろうか。

 さっきよりも明るくなったように見えた。


 そしてやっぱり会長は格好良い、そう思った。




※※※




「央、あれはなんだ?」


 すっきりとした顔で、のんびり景色を眺めていた会長が何か見つけたようだ。

 指差した先には池があり、船着き場になったところに白い乗り物が並んでいた。


「ああ、あれは……アヒルボートですね。ははっ、なんか景色から浮いてますね。折角お洒落で統一してるのに」

「あれは……乗れるのか?」

「え」


 何故そんなことを聞くのだろう。

 思い当たる理由は一つしかないが、僕の中で絶対的イケメンとなった会長がそんな……。

 そう思いながら顔を見ると、何故か会長の目は輝いていた。

 あれ、さっきまでのせつなげな眼差しはどこへ……。


「乗れますけど……まさか、乗りたいとか言わないですよね?」

「行くぞ」

「え。ええええええ!?」


 乗りたいとは言わなかったが、今のは乗るという流れだった。

 あれ……僕が感動したイケメン親分と同一人物ですよね?

 戸惑っているうちに親分は姿を消していた。

 早々と城を通り抜け、池に向かっている姿が見えた。


 兄に見せたかったお城ですよ!?

 もうちょっと楽しまなくていいのか!?

 さては何処かで別人とすり替わったな!

 僕の親分を返せ! ……なんて考えているうちにどんどん離れて行く……。

 

「ああもう、行けばいいんでしょ!」


 早く行かなければきっと怒鳴られるのだ。

 急いで親分を追いかけた。

 ……全く、後を追いかけるのも大変なんだからな!


 走って追いつき、会長の横に並んで歩く。

 機嫌は良くなったようでいつもの迫力が戻りつつある。

 それはいいが……目的地がなあ。


 歩いていると稀に人とすれ違った。

 カップルか、お年寄りのグループばかりだった。

 僕達はどういう風に見られているのだろう。

 正解は親分と子分です。

 そして僕は今、親分の気が変わってくれることを祈っています。


 遊歩道を道なり歩いていると、前方に池が見えてきた。

 近づくとヨーロッパの街並みにはあるはずのないものがあった。

 目に星が散らばり睫毛もフサフサで、首にリボンを巻いた可愛い『アヒル』が池に浮いている。

 辿り着いてしまった……。

 このテーマパークに何故これを取り入れた!? と責任者を小一時間問い詰めたい。

 確かに遊び要素は少ないかもしれないが、もっと他になかったのだろうか。


「やっぱりやめませんか?」


 止めようとしたが、会長は既に券売機の前に立っていた。

 そして千円札を投入、やっぱり乗る気だ……。

 『一人でどうぞ』と言おうと思っていたのに、会長の指は明らかに乗車人数『二人』のボタンを押している。

 どこかに『拒否権』の券売機はないのだろうか。


 もう少し冷静になって考えて欲しい。

 制服を着た男子高校生二人が、仲良くお目目がキラキラなアヒルボートを漕いでいる絵面がどれだけシュールなのかということを。


「まじか……」

「さっさと来い」


 受付スタッフのおじさんは既にスタンバイ済みで、僕達を待ち構えていた。

 熱心に仕事しなくていいのに。


「親分、これはやめましょう!  男前が台無しですぜ!」

「行くぞ子分」


 駄目だ……子分の言う事を聞く筈が無い、知ってた。

 アヒルボートが会長の視界に入ってしまった時点で、デッドエンドは決まっていたのだ。

 ああ、知り合いに目撃されていたら嫌だなあ。

 知り合いがいなくても、写真を取られてSNSに流されたら!


「乗りますけど、終わったら僕ぁもう子分は辞めますからね!」

「それは許さん」

「じゃあ乗るのを止め……」

「それも許さん」

「子分ってツライ……」


 会長がおじさんに券を渡し、二人乗りのアヒルボートまで案内を受ける。

 せめて四人乗りだったら、後ろの漕がなくてもいい席でこっそり座っていられたのにと心の中でぼやきながら準備されたアヒルに乗り込んだ。


「じゃあ、三十分経ったらお声掛けしますので」


 見送りの時に告げられた。


「三十分!?」


 そんな長い時間、この羞恥プレイに耐えなくてはいけないなんて!


「土日は二十分なんだけど平日は暇なんでねえ。もう少しゆっくりして頂けますよ」

「ほう、それは気が利く」


 二十分でいいのに、余計なことを……!


 アヒルの中は広くも無く狭くも無く、大人二人が普通に座れる空間があった。

 圧迫感は無い。

 足元に足漕ぎのペダルがあった。

 ペダルは一続きになっていて、左を漕げば一緒に右も回るような構造だ。

 方向操作のハンドルは会長の席についている。


「面白そうじゃないか」


 会長がペダルに足を乗せ、ハンドルを握った。

 僕は羞恥に耐えることに専念し、操作も漕ぐのも会長に任せようと思ったのだが……。


「サボるなよ。お前も漕げ」

「ええ……」


 二人で漕ぐなんて更にシュールだと思うのだが、会長は僕がペダルに足を乗せるまで動き出すつもりは無さそうだ。

 係りのおじさんは、早く出発しないのかとこちらを見ている。

 やるしかないのか……!

 渋々ペダルに足を乗せた。


「よし、出航だ!」


 イケメン海賊船長の誕生である、愛船はアヒルボート。

 乗車人数二名。

 波は無し。

 ……池だからね。


「あいあいさー」


 船長を気取ったのかは分からないが、一応それなりのノリを低テンションで返した。

 すると会長は満足したのか、ニヤリと笑い嬉しそうに漕ぎ始めた。

 なんだかなあ。


「ふむ、中々面白い」


 僕は足を乗せているだけだ。

 繋がっているので、乗せている足は動いているが力は入れていない。

 サボっているが、会長はご機嫌な様子で気がついていない。

 ……元気になって良かったけど。


 僕は項垂れながらぼうっと池を見ていた。

 広さは野球が出来るくらいで動き回っても余裕がる。

 水の色は緑だ。

 藻が多いのか、あまり綺麗な池ではない。

 落ちたら嫌だなあ、なんて考えていた。


 アヒルボートに乗っているのは僕らとあと一組だけだった。

 幸い遠い位置にいるので、お互いの姿が目に入ることはない。


「よし、アイツを抜くぞ!」

「は?」


 よく見ればもう一組のアヒルボートは、端をぐるりと周回しているようだった。

 え、それをコースと捉えて、追い抜くってこと!?


「うおおおお!!」


 考えているうちに、会長は猛スピードで漕ぎ始めてしまった。

 やめて、僕の足も高速で回るから!

 怖いし激しく上下する足が恥ずかしい!

 やだ、なにこれ、死にたい!


 アヒルも尻尾から凄い水しぶきを出し、高速で動き始めた。


「早い! アヒル特攻になるからやめて! 危ないし! あっちのアヒルもびっくりするから! 迷惑!」


 一気に距離は詰まり、相手の顔が見えるようになっていた。

 乗っていたのはお母さんと小さな女の子の親子連れだった。

 女の子はきゃっきゃと騒ぎながらこちらを見ていたが、お母さんは迷惑そうにこちらを見ているのが分かった。

 ああ、ごめんなさい!


「ほら、ちっちゃい子が乗ってるし、迷惑だからやめましょう!」

「そうか? なら、止めよう」


 会長にしてはすんなり引いてくれた。

 まだ少し距離のあるところで離れることが出来た。

 猪が止まって、本当に良かった。


 ただ、高速で回していたペダルはすぐに止まることはなく、速度は落ちなかった。

 会長が離れるため、Uターンするようにハンドルを切った時……ボートが大きく揺れた。


「うわっ」


 衝撃で体勢を崩し、会長の方に倒れてしまった。

 ……温かい。


「「……」」


 気がつけば体がくっつき、顔が近くにあるわけである。

 目が合ってしまい、数秒見つめ合った。


「……すいません」


 なんなんだ……こんなドキドキハプニングとかいらないからっ!!

 こういうことは兄ちゃんとやってくれ!

 妙な空気が流れてしまった。

 僕のせいじゃない、会長のせいだからな!

 急いで会長から離れようとしたのだが……あれ?


「会長?」


 会長は倒れかかってしまった僕の身体を掴んだまま止まっていた。

 倒れてしまったのは申し訳ないが、離してくれないと戻れない。


「……央」

「はい?」


 ずっと目は合ったままだ。

 何かに驚いているのか、僅かだが目を見開いているように見える。

 ……一体なんなのだ。


「お前は……央だよな?」

「そうですけど」


 何を当たり前なことを……。

 兄を諦める決心をしたことが辛すぎて、おかしくなってしまったのだろうか。


「早く離してくださいよ。この体勢、結構キツいんですけど」

「あ、ああ……悪い」


 抗議をするとすぐに解放された。

 だが、会長の停止はまだ続いている。

 やっぱり無理をしすぎて壊れたのか?


「あと五分ですよ!」


 そんなことをやっているうちに三十分が近づいたようで、係りのおじさんに声を掛けられた。


「もう戻りましょうか?」

「……ああ」


 まだ少し時間はあるが、もういいだろう。

 会長の許可も取ったし、戻ろうとしたのだが……。


「ちょっと、漕いでくださいよ!」


 戻ると言ったのに、会長が停止したままだ。

 嫌がらせですか?

 戻りたいなら一人で漕げ、そういうことだな!?

 嫌がらせには屈しないぞ!

 一人で必死に漕ぎ、会長の所に有るハンドルを横から操作し、何とかおじさんのところに辿り着いたのだった。

 ……乗り切った、なんとか羞恥プレイを乗り切った。

 だけど、何かを失った気がする……。


 ボートを降り、遊歩道に戻ったが会長は難しい顔をしていた。

 もうなんなのだ、情緒を安定させてくれ!

 今度は何!?


「どうかしたんですか?」

「……」


 無視かよ!

 ……もう知らない、子分は疲れたぞ。

 親分のご機嫌伺いなんてしないからな!


「そういえば、こういうボートってジンクスありますよね」


 何か考え中の会長は放置する方向で、ふと思い出したことを口にした。


「そうなのか?」


 どうしてこんなことには反応するのだ。

 無いと思っていた返事があったことに少し苛つきつつ答えた。


「知りません? 『カップルで乗ったら別れる』っていう……」

「何故それを先に言わない……!」


 言い終わる前に腕を掴まれ、叱られた。

 重大な失態を犯してしまったような、真剣な眼差しだ。

 何のスイッチが入ったんだ?

 わけが分からない。


「はい? いや、だって……全く関係無いでしょ? 僕達別にカップルでもないし」

「それもそうだな……?」

「どうかしました?」

「いや、何でもない」


 失恋後遺症か……重症だな。

 ご愁傷様です。


 敷地内も見て回るかと再び足を進めていたが、疲れてきたし喉が渇いた。

 どこかで休憩しようと話していると、開けた場所でカフェワゴンが止まっているのをみつけた。

 水色のワゴンに、小鳥や花のシルエットが描かれ、カウンターにはカラフルなフラッグガーランドが掛かっている可愛いカフェだった。

 店員も可愛らしいお姉さんが一人でやっていた。


「いらっしゃいませ」


 女子力の高いカフェに少し尻込みしながらも、黒板に丸文字で書かれたメニューに目を向けた。

 また会長に払ってもらうことになるし、あまり高いものはやめよう、なんて考えていると会長がまた妙なものに目を奪われていた。

 南国フルーツのトロピカルなジュース、グラスの縁にはオレンジや花の飾り、刺さってるストローは途中でくるんとハート型に曲がっていて飲み口が二つ。

 所謂『恋人飲み』をするジュースだ。


「お願いですからやめてください」

「……まだ何も言って無いだろう」

「またガン見してるじゃないですか!」


 絶対飲むつもりだったな。

 好奇心旺盛なのはいいが、僕で試してみるのは止めて欲しい。


「お友達で飲まれる方もいますよ。もちろん、お一人でもいらっしゃいますし」

「ほう、そうなのか」


 折角会長が諦めモードに入っていたのに、お姉さんが素晴らしいお仕事をしてきた。

 やめてください、その気にさせないでください!


「だ、そうだ。駄目か?」

「えっ」


 わざわざ会長が聞くなんて驚きだ。

 聞かれたら、出費をするのは会長だし……嫌だと言い辛い。


「……お好きにどうぞ」


 そう返すと満足したようにニヤリと笑い、意気揚々と注文していた。

 結局こうなるのだ。


「お願いですから、僕のストローはハートの形じゃなくて普通のストローにしてください……」

「譲歩しよう」


 奢っても貰う立場なのだが、また苛っとしてしまった。

 『譲歩』ってなんだよ。

 城で僕を感動させたイケメンと同一人物とは思えない。

 ジュースを受け取りワゴンの近くにあるテーブル席で、ゆっくりすることにした。


「で、お前の話とは何だったんだ?」

「さっき言っちゃいました。八つ当たりしたことを謝りたかったんです」

「そんなことか」


 そんなこと扱いされてしまったが、僕の中では大事なことだったのだ。

 会長のことも心配だったし、今日はちゃんと話せてよかった。


「そういえば、春兄を殴ったんですか?」

「ああ。あんな単純なことも分からない馬鹿はぶん殴るのが一番だ」

「どんな理屈だよ」


 これだからイケメンゴリラは。

 でもイケメンゴリラが大人しいとこちらの調子が狂ってしまう。


「やり返されたんでしょ?」

「腹に貰ったのと少し口が切れたが、すぐに治った」


 ゴリラは治癒も早いようだ。


「単純な殴り合いなら俺は負けない」

「ぱねえ……」


 恋人のみするジュース片手にふんぞり返る姿は、海外のマフィアのボスのようだ。

 周りに美女を侍らせたら完璧だ。

 会長ならやろうと思えば出来るだろう。

 恐ろしい人だ。


「夏緋先輩が凄く心配してたからどんな重症だと思ってたんですけど、平気そうですね」

「あー……暫く家で飯を食わなかったから、気になったんだろう」

「えっ、食事が喉を通らなくなるなんて、そんなデリケートだったんですか?」

「お前な……」


 以前は知らなかったけど、今は会長がデリケートだということを知っている。

 もしかすると、案外兄よりも会長について詳しくなっているかもしれない。

 決して望んだわけじゃないし、嬉しくもないが。


「冗談ですって、実は繊細でさみしがり屋な夏希ちゃんだって知ってま…………ごめんなさい!」


 黙って振り上げられた拳を見て思わず叫んだ。

 会長を見ると顔が赤い気がする。

 恥ずかしいのか……。

 でも、暴力で訴えないで欲しい。


「でも、ご飯食べないって大丈夫なんですか?」

「昼はきこりで食っていたぞ」

「じゃあ、大丈夫……?」


 希里子さんのところに行っていたのなら、ちゃんと会長のことも見ているだろうし心配ないか。

 それでも夜食べないとお腹が空くと思うのだが……。

 会長って本当に意外すぎる程繊細だ。


「今日は夏緋に何を言われたんだ?」

「兄ちゃん達と僕は会長に悪影響だから近づくな、的な?」

「まったくあの馬鹿は……デカくなっても俺に纏わり付きやがって」

「え? 纏わり付く? ……もしかして夏緋先輩ってお兄ちゃんっ子ですか?」

「そうだな」

「へえ……」


 夏緋先輩がブラコン?

 兄がBLだと自分の評判が悪くなるから嫌なのだと思っていたが、単純に会長が心配なだけ?


 ……急に親近感が湧いてきた。

 お友達になれそうだ。

 今度ブラコントークを持ちかけてみよう。


「街並みを通って帰るか」


 いつの間にか、あの大量のジュースを飲み干した会長が立ち上がった。


「そうですね」


 早めに帰らないと暗くなってしまう。

 遅くなったら兄に心配をかけてしまう。

 それに今なら鞄も取りに行けるかもしれない。

 出口に向けて歩き始めた。


「会長、連れて来てくれてありがとうございました」


 兄のために調べた場所だから、一緒に来たのが僕なのは気の毒だけれど……。

 僕は会長と来ることが出来て楽しかった。


「……気分転換になった。俺の方こそ、礼を言わなければな」


 そう言った会長の笑顔は来た時とは違い、すっきりとしていた。

 憑きものが落ちたようである。

 すぐに完全復活! は無理だろうけど、何においても完全イケメンの会長ならもう大丈夫だろう。

 そう思うと嬉しくなり、会長に向けて心から微笑んだ。


「会長が元気になって良かったです」


 本当に良かった……心配したんだからな!

 親分が沈んだままだと子分は気を遣って仕方が無いぞ。

 情緒を安定させ、いつも通りふんぞりかえっていて欲しい。

 そしてニヤリと笑っているのが一番だ。


「……」

「あれ、会長?」


 歩き出していた会長の足が急に止まった。

 こちらを見て停止している。

 またか?

 電池切れでも起こしてるんだろうか。

 尻にコンセントを刺してやったら動くだろうか。


「おーい、会長」

「……お前は、央だよな?」

「はあ!? そうですよ! 名札でもつけといてあげましょうか!?」


 何回同じことを聞くのだ。

 ボケるのも大概にしろよ。


「先に行きますよ!」

「……子分が親分より前歩くんじゃねえよ」

「だったら早く動いてくださいよ」


 前言撤回、会長は本当に大丈夫なのだろうか……。

 情緒が安定するまでイケメンゴリラはジャングルに帰って療養すればいいのに。


 結局その後も寄り道したり、会長が停止したりしているうちに二時間ほど経過してしまい……すっかり日も暮れてしまった。

 学校の鞄はやはり諦めるしかなかった。

 ……ああ、疲れた。

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