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BLゲームの主人公の弟であることに気がつきました(連載版)  作者: 花果 唯
IF ありえた未来2

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会長END③

「はあ……」


 視線の先には『生徒会室』と書かれた室名札。

 もう何度も訪れているが、会長に見つかって初めて強制招集された時と同じくらい気が重い。

 でも入らなければ始まらない。


「……入り辛い」


 今日僕は、会長に八つ当たりしてしまったことを謝るために来ていた。

 ……恥ずかしい、というより情けない。

 思い返すと会長は落ち着いていたし、かなり余裕があったように思う。

 腐っても会長、流石の器のデカさである。

 それに比べて僕は……小物感が半端無い。

 駄目だ、これ以上考えるのはよそう。

 消えたくなってしまう。


 いつも通りノックをしようと手を出したが……躊躇ってしまった。

 先に中をこっそり確認しようとゆっくりと扉を開け、隙間から中を覗いた……が。


「あれ、誰もいない?」

「何やってんだ、お前」

「!?」


 背後から声を掛けられ、漫画のようにように飛び上がってしまった。

 リアクションが良すぎて我ながら恥ずかしい……じゃなくって!


「夏緋先輩? 痛!?」


 振り返ると夏緋先輩がいたのだが、何故か背中を殴られた。

 軽い感じできていたのに、やたら重いし。

 背骨負傷、傷害事件発生!


「何故殴る!?」

「気分だ。何故か最近お前を見ると殴りたくなる。それより、入らないのか?」


 気分で殴られる僕って……これ、絶対訴えたら勝てるよな。


「会長に用があったんですけど、いないみたいで。何処にいるか知りません?」

「知らない。何か用事でもあるんだろ。兄貴は忙しい」

「ええー……」


 会長が忙しそうにしているところなんて見たこと無い。

 仕事があっても、威圧と権力を駆使して誰かにやらせていそうだ。


「何だその目は」


 『会長忙しい説』を心の中で全否定していると、夏緋先輩が見下すような目を向けてきた。

 なんだこの野郎、僕より背が高いからって!


「だって、いつもふんぞり返ってるだけじゃないですか!」

「お前がいる時は手を止めてんだよ。あの積まれた書類が見えないのか?」


 夏緋先輩が生徒会室の扉を開けて指さした先、会長の指定席になっているテーブルの脇には書類が積まれていた。

 確かに、あそこにはいつも書類や冊子が積まれている。


「あれは何かで使う書類を置いてるだけなんじゃないんですか?」

「馬鹿。生徒会室は物置じゃない。ここにあるのは兄貴が処理したり、資料として作ったものだ。兄貴が携わっていないものは置いてない」


 そう聞いて生徒会室を見渡した。

 会長の指定席以外にも書類やファイルが積まれているが……あれも会長のお仕事?


「本当ですか? でも、忙しそうな様子とか見たこと無いですけど」

「だから、お前がいるときは手を止めていると言っただろう」


 そういえば会長はペンを持っていることが多い。

 良く投げつけられたが、作業をしていたから手元にあったのか?


「手を止めるのはなんで? 僕が邪魔で集中出来ないから?」

「そうかもな。基本的に兄貴は何かに集中してるところを人には見せない。……余裕がない所を見せるのが嫌なのかもな」

「余裕がないことなんてあるんですか?」

「お前、兄貴をなんだと思ってんだ?」


 ……本人にも同じことを言われたぞ。

 しっかし、会長はちゃんと『会長』もしてたんだなあ。


「それと、単純にお前と話をしたいんだろう」

「そうかな?」


 そうだといいが……邪魔してたら嫌だな。

 今度から気をつけよう。 


「『余裕がない』と言えば、昨日は珍しく家で兄貴が呆けていたな。……お前の兄の関係で何かあったのか?」

「え」

「……あったのか」


 この人、鋭くて嫌だ。

 いや、鋭くなくても僕と会長が『分かりやすい』のかもしれない。


「痛っ!?」


 昨日の詳細を話す気になれず、誤魔化していると急に頭が痛くなった。

 気が付くと、夏緋先輩に頭を鷲づかみにされていた。

 ワイルドタイプの会長と違い、雰囲気はシャープでパワータイプに見えないのに馬鹿力は同じらしい。

 僕の頭というリンゴがクシャッと潰れてしまいそうだ、助けて-!


「痛い! 潰れる!」

「お前、分かってるだろうな?」

「何が!?」

「兄貴が妙な道に走らないように、お前は余計なことをするなってことがだ!」

「僕は何もしてません! これからもしません!」


 昨日は八つ当たりしたけど!

 会長がBLをしても僕のせいじゃないやい!


 ぎゃーぎゃー叫んでいると、漸く手を離してくれた。

 絶対爪の後とか残ってるよ……血が出てないかな?

 もう傷害じゃなくて殺人未遂でいいと思う!


「被害届だすぞ! ……てあれ?」


 抗議しようと顔を上げたのだが……氷使いの姿は既になく……。


「逃亡早っ!」


 本人は逃げたとは思っていないだろうけど、やりたいこと、言いたいことだけ言ってさっさとおさらばというこの仕打ち!

 不幸になれ、お前の兄は一生BLキャラでいるがいい!


 会長に会えず、夏緋先輩には虐待され、背景に木枯らしを吹かせながら廊下をとぼとぼ歩いていると、目の前から見慣れたイケメンが歩いてきた。

 ジャージ姿なので部活をしていたと思われる兄のダーリン、春兄だ。

 春兄は妙に暗い顔をして歩いていた。

 溜息なんかついちゃっている。

 前から近寄っている僕にも気づいていないようだ。

 声を掛けると、驚いたようにこちらを見た。


「おう、央か」

「春兄、部活は? ……って指はどうしたの」


 指が気になるようで、ぎこちなく動かしている。

 顔を顰めているし、なんだか痛そうだ。


「突き指だ。ちょっと考え事しててな……だせえ」

「兄ちゃんのこと考えてた、とか?」

「……ああ」


 バスケをしているときは完全に場を支配するエースの春兄が初心者のような『突き指』、その原因は兄。

 ……春兄、ごめん。

 怪我をしているというのに、僕はニヤニヤが止まりません。

 この後保健室に行くと偶然兄がいて……な展開ですよね、分かっています。

 なんなら先に行ってベッドメイキングをし、人払いもしておきますが!


「あ、会長」


 春兄の背後に鮮やかな赤が見え、ハッとした。

 さっきまで探していた姿だ。

 危ない、疲れていたからか、人前で腐海に全力ダイブするところだった……。


「行くぞ。央」

「え?」


 昨日の件を早く謝ってしまおうと会長の元に向かおうとしていたのだが、春兄に腕を掴まれてしまった。

 その間に会長も僕に気づいたようで、目が合っていたのだが……。


 今、その視線は別に移っている。

 何処に行っているかというと、恐らく……春兄の後頭部だ。

 会長の鋭い槍のような視線が、グサグサと春兄の頭に突き刺さっている。

 視線で春兄が殺されてしまいそうだ……!


 会長は人とは思えない迫力で、巨大怪獣のような重量感のある恐怖と殺気を放ちながら後を追いかけてきている。

 このままでは校舎が破壊されてしまいそうだ。

 僕も無事ではいられないだろう。

 見ていると恐怖で叫び出しそうなので前を向き、春兄に引かれるまま進んだ。

 

「後ろが超怖いんですけど……!」

「振り返らずに進め」


 振り返ったら死ぬんですね、了解しました。


 そのまま春兄に教室まで連れて行かれ、鞄を持ったあと昇降口まで引っ張られ……。

 早く帰れ! と追い立てられるまま家に帰ったのだった。

 何でこうなるんだ、謝りたかっただけなのに!




※※※




 会長の鬼の形相が頭から離れず、モヤモヤとしながら就寝した翌日。

 目覚めの気分は最悪だった。

 モヤモヤは解消されるどころかむしろ眠ったことにより熟成し、悪化した。


 夢でもばっちり地獄で赤鬼と青鬼が登場し、追いかけられた。

 青鬼に頭を鷲づかみにされ、茹だった釜に放り投げられた瞬間に目が覚め、暫く震えが止まらなかった。

 夢で良かった……。


 それに兄ともまだ気まずい状態が続いている。

 ご飯は作ってくれるし、話し掛ければ返事もくれる。

 でもいつもの『世界をも救えそうな天使の微笑み』がない。

 救済が無い世界、そこには絶望しかない。

 辛い、生きるって辛い。


 朝から鬱々とした負のオーラに巻かれながら一人でカフェオレを飲んでいると、玄関が騒がしいことに気がついた。

 聞き覚えのある声が幾つか聞こえる。


「……嘘だろ」


 兄に春兄、それに……会長だ。

 なんでこんな朝に我が家の玄関で集結しているのだ!

 絶対に良くないことが起きる、その予感に突き動かされ、恐る恐る玄関に向かった。

 そこで見たのは……無表情の兄と、怒りを浮かべた春兄……それと眉間に皺を寄せた会長だった。


 まさに修羅場、そんな感じだった。


 以前はあんなに心躍り、盗聴したかったはずの修羅場だが今はこの場の空気を吸っているだけで胃が痛くなりそうだ。

 兄の身支度が整っていることから登校しようとしているところというのは見て取れるが、どういう流れでこうなったのか分からないし、口を挟めるような状況ではない。

 二人が言い争っていた時の様にオロオロとしながら見守っていると兄が口を開き、動いた。


「行こうか、夏希」


 兄は会長に声を掛けると玄関に腰掛け、靴を履きだした。

 それを見て春兄の眉間の皺は更に深くなり――。


「勝手にしろ」


 そう吐き捨て、春兄は一人で行ってしまった。

 春兄の背中を見ると、怒っていることが怖いくらいに伝わってきた。

 それを見て、兄に追いかけた方がいいんじゃないかと言おうと思ったが……。


「……追わなくて良いのか?」


 難しい顔をしたまま、会長が呟いた。


「良いんだ。それより、話があるんだろ? 行こうか」


 兄が立ち上がり、玄関を出て行こうとしたところで会長が僕に気づいた。

 会長と目が合って妙に緊張した。

 まだ謝っていないし、昨日も僕は逃げたわけじゃないが結局話をすることが出来なかった。

 こんな場面だし、話し掛けてもいいものか迷っていると会長が声を掛けてきた。


「まだ着替えていないのか?」


 会長が呆れたように笑った。

 普通だ。

 それを見て、僕はきょとんとしてしまった。

 何も気にしていないのだろうか。


「急げ。またギリギリになるぞ」

「……はい」


 返事をすると、二人は連れだって出て行った。

 僕は少し混乱しつつも、会長が怒っていなかったことに安堵しながらそれを見送った。


「はあ」


 兄達のことは、兄達が何とかした方がいいのだろう。

 僕が首を突っ込まない方がいいのかもしれない。

 でも、何とかしたいと思ってしまう。


 あんなに怒った春兄を見るのは辛かった。

 僕にとっては春兄も、兄の次に大好きな『兄』なのだ。


 会長も困惑していたように見えた。

 そういえば……会長は兄のことを好きなのに、『追いかけなくていいのか』と尋ねていた。

 それは兄を気遣ってくれたんだと思う。


 ……兄はどうしてしまったのだろう。

 兄がちゃんと話してくれたら、春兄があんなに怒ることも会長が困るようなことも無かったかもしれない。

 僕だって兄と気まずくて辛い。


「はあ」


 二人が出て行った扉を見つめながら、朝起きてから何度目か分からない溜息をついた。




※※※




 学校が終わり、会長を見つけることが出来なかった僕は家に帰っていた。

 何をするにも気分が乗らないし、寄り道する気も起こらない。

 最近このパターンが多い。

 暇人だ。

 部活に入るかバイトでも始めようか。

 ……いや、それも面倒だ。

 結局この精神状態じゃ何も上手くいかない。

 まずは兄と気拙い状態の改善を目指そう。


 これ以上兄の機嫌を損ねないよう、制服もきちんと脱いで部屋着に着替えた。

 おやつを調達するため、キッチンを漁っているとインターホンが鳴った。


 扉の向こうから聞こえてきたのは春兄の声だった。

 今は一人らしい。

 扉を開け、春兄の顔を見て……驚いた。


「どうしたのそれ!」


 春兄の整った顔に、赤いような……青いような痣があった。

 殴られた跡に見える。


「はは。まあ、これは気にするな。それよりお前は大丈夫か?」

「気にするなって……それは無理でしょ! 僕は大丈夫だけど、春兄が大丈夫じゃないじゃん!」


 『あはは』と明るく笑っているが、喧嘩でもしたのだろうか。

 誰と……まさか、兄!?


「俺は大丈夫だ。目が覚めたからな。それよりお前を巻き込んじまったことを謝りたい。……悪かったな」

「僕は別に、謝ってもらうようなことはないと思うけど……」

「色々頼んじまっただろう?」

「でも、役に立てなかった。まだ兄ちゃんがなんで怒ってるのかも分からないし……」


 原因が分かっていないのだから、何も進んでいないのと同じだ。

 そう思うと悲しくなってきた。

 僕はポンコツです。

 ポンコツだからうんざりして兄が怒っているのかもしれない。

 あり得る……。


「それがな……分かったんだよ。あいつの機嫌が悪い理由」

「えっ」


 自然と項垂れていた首が急上昇だ。

 春兄を見ると清々しい笑顔だった。


「本当に分かったの!?」

「ああ。だから真と話がしたいんだけどさ。学校では逃げられたから、ここで待ち伏せさせてくれ」

「うん。分かった」


 春兄は何か吹っ切れたようで、余裕のようなものが見てとれた。

 本当に大丈夫かも?

 期待感が込み上げてくる。

 原因は何だったのか聞きたいけど、先に兄と話した方がいいことかもしれない。

 僕は後で聞くことにしよう。

 暫くして空も暗くなり、ご近所から夕飯の良い匂いが漂い始めた頃だった。


 パタンと、玄関のドアが開く音がした。

 兄が帰ってきたようだ。

 春兄と顔を見合わせた。


「……来たな。二人で話をさせてくれるか」

「うん。僕は上に行ってるよ。絶対、仲直りしてよ?」

「ああ。大丈夫だ」


 春兄の自信に満ちた笑顔を見て安心しつつ、自分の部屋に向かう。


「兄ちゃん……」


 玄関の前を通ると、兄が靴を整えて上がってきたところだった。


「おかえり」

「……ただいま。春樹、来てるのか」

「うん、兄ちゃんと話したいって」


 伝えた内容に返事もせず、兄はリビングの方に向かおうとしている。

 まだ態度は冷たい。

 天使の微笑みも未だ行方不明だ。


「兄ちゃん」


 堪らなくなって兄を引き止めた。


「僕、馬鹿だから分かんないけど、何か兄ちゃんに嫌なことしちゃったんだよね」


 背中を向けている兄の表情は分からないが、今は立ち止まって耳を傾けてくれている。


「ごめんなさい」


 これから春兄と話をして解決するかもしれないけど、どうしても今謝りたかった。

 僕の声は届いていたと思うが兄はそのまま口を開くことも無く、リビングの方に消えた。

 許しの言葉を貰えずまたこみ上げてくるものがあったが、春兄を信じて大人しく自分の部屋で解決を待つことにした。


 自分部屋に入り、ベッドに横たわる。

 今頃は二人は話し合いをしているのだろう。

 春兄を信じてはいるのだが……気になる。


『……ッ…………!』


 目を閉じてじっと待っていると、下から言葉は聞き取れないが荒々しい声が聞こえてきた。

 また言い争っているだろうか。

 ……我慢できない。

 心配になり、僕は様子を見に降りた。


 階段の下段の辺りからこっそりリビングを覗くと、中途半端に開けられたドアの隙間から二人の様子が僅かに見えた。

 春兄が兄の腕を掴んでいて、兄はそれを振り切ろうとしているように見える。

 ここまで来ると声はなんとか聞こえそうだ。

 何か低い声で言い合っている。


「お前は央の方が好きなんだろ!」


 兄が叫んだ。


 え?

 ……僕?

 何の話だ。


「央のことばかり気にして、風邪の時なんて顔をくっつけてたじゃないか! あんなことしなくても熱なんか測れるだろ!」


 風邪の時のおでこtoおでこのことだろうか。

 玄関に野菜があったし、帰って来ていた形跡はあった。

 気がつかなかったが見ていたのか。


「大体お前は、前から央のことを可愛がり過ぎだ!」


 そうなのだろうか。

 可愛がって貰っているとは思うが、それは『兄のついで』みたいなもので兄がいるから僕も可愛がって貰えるわけで……。


 ……というか……これって……兄の機嫌が悪い原因ってもしかして……。

 僕の予想は確信に変わり始めていたが、兄の話はまだ終わっていない。


「央を見てると、『手中に収めたくなる』とかなんとか言ってたしな」


 え、そんなこと言ってたの?

 僕まで対象になってたの!?

 ……でもそれって、僕が兄に似てるからな気がするけど。


 というかだ……やっぱりこれって……絶対そうじゃないか!


「くっ」


 今まで黙って聞いていた春兄が、声を出した。

 目を凝らしてみると、ニヤリと嬉しそうに笑っていた。


「……何笑ってるんだよ」

「いや、あいつの言ってた通りだなと思って」

「は? 何を……」

「お前、妬いてるんだろ?」


 そう指摘され、兄の動きは止まった。

 固まっていたが、言われた意味が分かったようで焦った様子で口を開いた。


「なっ……ちがっ……!」

「違わない」


 春兄は言い切った。

 僕もそう思う。

 今思えば、簡単なことだ。

 どうして気がつかなかったのか分からないくらいだ。

 間違いない。

 兄は春兄が僕を構うから、僕に嫉妬していたのだ。


「妬いている上に拗ねてる」

「そんなこと……」


 否定しようと兄が口を開こうとしたが……。

 春兄が掴んでいた腕を引っ張り、兄を抱き寄せ……力強く自分の腕の中に閉じ込めた。


 こ、ここ……これは……!


 自然と、僕の体は小刻みに震え出した。

 兄は抵抗しようとしているようだが胸に押さえられ、上手く話せなくなっている。

 暫く抵抗していたが力を緩めない春兄に負け、大人しくなった。

 それを確認して春兄はくすりと笑い、兄の顔を一度確かめ……再び抱きしめた。


「もう分かってんだよ、馬鹿。散々振り回しやがって……」


 僕は思った。


(あ。これ、死ぬ)


 な、なな……なんということだあ……おおぉ……おおぉ……神よ……急に目の前に花咲き誇る楽園が広がり始めたではないか!!

 この! この階段は!! 楽園への階段だったというのかっ!!

 これは幻か?

 兄達でBL充出来なくなり、栄養失調ぎみの僕の願望が見せた幻なのか!?

 砂漠の蜃気楼だというのか!?

 誰か、僕を殴ってくれ!

 いや、やっぱり駄目だ。

 夢でも幻でもいいから、まだこの楽園にいたい!!

 ああ……震える……見つかってしまったら楽園への扉は閉じてしまうのに、このパッションを抑えることが出来ない!

 駄目だ、死にたい!

 栄養過多で死にたい!

 殺して!

 今すぐ僕を殺して!

 騒がないように呼吸を止めているので、本当に死にそうになっている僕には構わず、天使達の語らいは続いている。

 危ない、見逃すなんて死ぬ程後悔する。

 この場の全てをこの邪眼に焼き付けなければ!


「俺は嬉しい。普段感情を表に出さないお前がこうやって、俺のことで周りを巻き込んでることが」


 兄は春兄の腕の中に隠れてしまっているため顔は見えないが、黙って大人しく聞いているようなのでさぞ照れているのだろう。

 うおおぉ、見たい……恥じらう兄の顔が見たい。

 そして、永遠に網膜に焼き付けたい!


「でも、央は可哀想だろ」


 おっと!?

 急に僕の名前が出てきて、一瞬見つかったのかと思って焦った。


「あいつはお前にべったりだからな。お前に冷たくされて、随分凹んでたぞ」


 春兄、僕のことまで……。

 でも、今は僕の話で時間を使うのが勿体無い。

 僕のことなど記憶から消去してくれて結構だ。

 このまま二人で愛を語り合ってくれたらそれでいい。


「あと青桐がうぜえ。俺に妬かせようとしたのか?」


 え……!?

 溢れ出ていたパッションが、止まってしまった。


 ……会長って当て馬に使われたの?

 だからデートの話を受けたのか?

 いや、まさかそんな……兄が会長の恋心を利用するなんて……。

 兄が春兄の腕の中から顔を見せ、ボソボソとしゃべりはじめた。


「ちゃんと話をつけて、断ろうとしたんだけど……」

「だけど?」

「……色々話したけど、最終的には『しっかりしろ』ってオレが怒られちゃった……かな?」


 ん?

 どういうことだ?

 なんで会長が兄を怒るんだ?


「あの馬鹿。そうか……実は、俺もあいつに好き勝手言われた。まあ、今回はあいつの言うことが正しい」

「夏希と話したのか?」

「ああ。偉そうに『手に入れたんなら、しっかり捕まえとけ。不安にさせるな』だとさ」


 ……かっ…………かいちょおぉぉぉぉっ!!

 今、僕は震えている…………なんて、なんて男前なのだ!

 これから僕は毎日朝晩貴方を崇め、祈りを捧げます。

 貴方こそ真の攻めだよ!

 攻めキングの称号は貴方のものだ、世界中の受けが貴方に身を捧げることでしょう!

 いや、受けでなくても、会長が好きに掘ればいい!

 会長が掘りたいと思った奴は、ノンケだろうが攻めだろうが受けになる、それでいいじゃないか!

 もう自分が何を言っているか分からない!

 兎に角会長は素晴らしい、そういうことだ!

 

「それで……殴られたんだ?」

「やり返してやったがな。……あいつの言う通りだ。もう、お前を不安にはさせない」


 く、苦しい……。

 会長の攻め魔力に魅入られているうちに、楽園パレードも最後の盛り上がりを魅せているじゃないか!


 真剣な表情の春兄の手が、微笑んでいる兄の頬に触れたのが見えた。

 二人の距離が更に縮まる。

 兄は顔を赤くして、逃げるように視線を泳がせた。

 照れていたようだが、少しすると真っ直ぐ春兄の目を見て口を開いた


「ごめん。……オレが子供だった」

「お前に振り回されるのも悪くはない。でも、相手は俺だけにしろよ?」


 そう言うと春兄は、兄の身体を少し離し、頬に触れて上を向かせ……。

 二つ見えていたシルエットが一つに重なった。

 そこで楽園パレードはフィナーレを迎えた。


「……」


 そこからは言葉にするのも勿体無い。

 素晴らしい、この頬を伝う涙が答えだ。


「今日、地球が滅んでもいいや……」


 二人に聞こえない声で呟いた。

 そして気配を消しながらそっと階段を上がり、自分の部屋に戻った。

 ベッドに上がり、正座。

 枕に顔を押さえつけて、悶えた。


「尊い……」


 涙は枕が吸収してくれる。

 もう、嗚咽を堪えることもしなくていい。


「そりゃあ掘るわな! 掘るしかないよ! あんな天使、掘ってくれって言ってるようなもんだもん! ああ、お父さん、お母さん、兄ちゃんを生んでくれてありがとう。僕を兄ちゃんの弟で生んでくれてありがとう! そして、神様ありがとう!」


 転がった。

 ベッドの上をドリルのように転がった。

 湧き上がるパッションが、留まることを知らない。


「くっそ、殺されるっ! 殺されるっ!」


 ああ、今日という日を永遠にループしてくれないだろうか。

 僕は神に祈りを捧げ、感謝した。

 神様ありがとう、そして天使達よ、ありがとう……。




※※※




 暫くしてなんとか落ち着きを取り戻した。

 落ち着いたといってもドリル回転が止まっただけで、気を抜くと顔がすぐ緩んでしまう。

 思い出してはニヤニヤしていると、『コンコン』と控えめなノックの音が聞こえた。


「央」


 ノックをしたのは兄だった。

 ドア越しに穏やかな声が聞こえる。

 もう冷たさは微塵も感じられない。

 それだけでもじんわりと幸せが込み上げてきた。


「……さっきはごめん。ちゃんと謝りたいんだ。入っていい?」


 返事をしてドアを開けて覗くと、兄が申し訳なさそうな顔をして立っていた。

 目が合うと、『ごめん』と言って微笑んだ。

 僕とも仲直りをしてくれるのか少し不安だったが、それを見てもう何も心配いらないことが分かった。

 兄に抱きつきたい衝動に駆られたが、兄の身体は春兄のものなのでグッと堪えながら部屋に招き入れた。


 ベッドに二人並んで腰掛け、話をすることにした。


「春兄と仲直り出来た?」

「……うん。央、ごめんね。央は何も悪くないんだ。謝らなきゃいけないのはオレの方だよ。本当にごめんな」


 兄に冷たくされたのは本当に辛かった。

 でも最後にくれたご褒美で、辛いのは全て吹き飛んでしまった。


「平気。兄ちゃんが笑ってくれないのは辛かったけど、もう大丈夫」

「央……」


 渇望していた天使の微笑みを浮かべてくれた。

 兄の手が伸びてきて頭を撫でられる。

 子供のような扱いをされているが嬉しい。


「央のこと、嫌ったりなんかしてないよ。オレが勝手に妬いてただけだから」


 兄が僕に妬くなんておかしなことだ。

 今でも信じられない。

 黙っていると、兄は穏やかに話し始めた。


「子供の頃からね、央は狡いと思うことがあったんだ。何をやっても愛嬌があって、可愛げがあって、誰からも好かれる。オレには出来ないことだ」


 会長から兄が僕のことを羨ましく思っているような話は聞いていたけど……本当だったのか。

 驚きだ。

 兄ちゃんみたいに憧れられる方が絶対凄い。

 僕は兄の様になりたかった。

 それを伝えると、兄はにっこりと微笑んだ。


「お互い、無い物ねだりなのかな?」


 そうかもしれないと、僕も笑って返した。


「父さんも母さんも、小さい頃から央ばかりを気にしていたよ。今だって、電話がかかってきても央のことばかり気にしてるよ」

「それは、兄ちゃんはしっかりしてて、心配いらないから」

「分かってるよ。『真は大丈夫』、言われ続けたことだから、重々承知してるよ。自分でもそうあろうと心がけていたしね。それでも、たまには気にかけて欲しいと思ってしまうんだ」

「そうだったんだ」


 小さい頃からなんでも出来て完璧な兄にそんな思いがあったなんて知らなかった。

 僕はずっと、兄に甘え過ぎていたのかもしれない。

 ちょっと自分が恥ずかしい。


「最近、春樹が央を気に掛けるところが目に付くようになってしまってね。央も春樹には懐いているし。勝手に疎外感を感じていたのかな」

「そんな……僕、春兄より兄ちゃんが好きだよ」


 春兄も勿論大好きだが、兄とは比べ物にならない。

 兄が不動で、永遠の一位だ。


「知ってる」


 兄がにっこりと微笑んだ。

 だがそれは、すぐに申し訳なさそうな苦笑い変化した。


「……夏希にも怒られたんだ」

「会長?」


 そういえば春兄とそんな話をしていた。

 兄が怒られるなんてどういうことなのだろう。


「兄貴が弟に心配をかけてはいけないって。……本当にそうだよな」


 ……会長…………あんたって人はっ!

 僕は泣きそうだよ!

 会長は攻めの鑑でもあり、兄の鑑でもあったのか……。

 今日の会長の株の上がり具合は凄い。

 世界中の銀行が倒産、国の財政が破綻するレベルだ。


「それにしても、央はいつの間に夏希と仲良くなったんだ?」

「兄ちゃんの弟だからって校内放送で呼び出されてから」

「……それはなんというか、災難だったね?」

「全くだよ! 兄ちゃんからも言ってやってよ」

「分かった。叱っておく」


 兄とこうやって笑いあって話すのも久しぶりだ。

 癒やされる、幸せだ!


「……お前ら、可愛いな」


 兄と騒いでいると、どこからか声が聞こえた。

 声がした辺り、部屋の扉に目を向けると……春兄が隙間からこっそりとこちらを覗いていた。

 まるでサスペンスに出てくる某家政婦のようだ。

 何してるんだよ……。


「兄ちゃん、春兄がキモイ」

「奇遇だな。オレもそう思う」


 春兄をこんなに気持ち悪いと思う日が来るとは。

 兄がいるからだろうけど、デレデレしていてちょっと引く。


「……ねえ、央」


 春兄に覗いていないでちゃんと入ってくるように促していると、兄に呼ばれたので顔を向けた。

 兄は真剣な顔をして僕を見ていた。

 どうしたのだろう。


「ひょっとして、オレ達の関係……気がついてる?」

「……え?」


 全く予想していなかった質問で、一瞬意味が分からなかったが、それは……二人の関係のことを言っているのだろうか。

 兄のこの真っ直ぐな目を見ると間違いなくそうだと思うのだが、どう返していいか分からない。


「えっとその……」

「おい、真っ」


 春兄も焦った様子で、兄を止めながらチラチラと僕を見ている。

 どうしたらいいか迷っているようだ。


「央には隠せないと思うよ」


 兄は春兄に向けてそう言った後改めて姿勢を正し、僕の目を見ながら口を開いた。

 思わず僕も背筋を伸ばしながらそれを聞いた。


「前に言った『付き合ってる』って冗談……あれ、本当だよ」


 ……とうとうこの時が、カミングアウトを受ける日が来たようだ。

 兄は覚悟を決めて話しているのが分かる。

 だから僕もちゃんと答えよう。


「うん、知ってる」


 春兄は目を見開いて驚いていた。

 僕が知っていたことは予想外だったようだ。


「やっぱり」


 兄の方は僕が気づいていることを予想していたようだ。


「どう思った?」

「どうって?」


 いつの間にか兄の表情は、眉が下がった不安げなものに変わっていた。


「自分達でいうのもおかしいけど、普通じゃないだろ?」

「でも春兄が悪い人じゃないのを知ってるし、兄ちゃんが決めたことだから別に僕が口を挟むことでもないし」

「やめて欲しいとは思わないのか?」

「全く」

「本当に?」

「うん、全然」


 僕の言葉を聞いてきょとんとしていた二人だったが、やがて目を合わせて微笑み合った。

 どうやら安心してくれたようだ。

 いいですね、仲睦まじくって。

 やっぱり二人はこうでなくちゃ。

 カミングアウトしてくれたってことは、これからは兄や春兄の惚気話なんかも聞けるようになるのだろうか。

 ワクワクするな……。

 それに知っていることを話せて僕もすっきりした。


「実は会長からも聞いてたし」

「はあ!?」

「……夏希」


 春兄は舌打ちをして、何かブツブツ呟いている。

 兄は額に手をあて心底呆れているようだ。


 今日は株が急上昇した会長だが、出会った初日は人の秘密を勝手に話すというデリカシーのなさだった。

 あの時は心底『こいつ馬鹿だな』と思ったものだが……。

 今は思い出すと面白い。

 きっと必死だったんだろうな。


「……会長、本当に兄ちゃんのこと好きだよ。春兄には悪いけど、ちょっと応援したくなったくらい」


 春兄は難しい顔をしている。

 多分春兄も会長が本気なのも、悪い人ではないことも分かっているのだ。

 だからといって兄を譲るということはないが、ライバルとしては認めているのだろう。


「夏希はもう大丈夫だと思うよ。オレのことについては」


 兄が明るい表情で言った。

 まるで『もう何も問題無い』と言っているような雰囲気だが、何が大丈夫なのだろう。

 僕と春兄は顔を顰めた。


「夏希なりに気持ちの整理をしたくて、オレと話がしたかったんだと思う。大丈夫だって、夏希は誰よりも前を見てる人だから。オレや春樹よりもしっかりしてるよ」

「それは今回だけだ」


 会長には負けたくないのか、兄が会長を褒めるのは嫌なのか、春兄がすぐに否定した。

 兄はそんな春兄を見て笑っている。

 イチャイチャするのはいいが……。


 僕は兄の言葉が気になる。

 それはもしかして、会長は兄を諦めたということ?

 いやいやまさか……。

 『お前達がどうなろうと、俺は俺の思うがまま好きにするぞ!』と、改めて奮起したとか?

 掘り下げて聞きたいが聞いて良いのだろうか。

 いや、これ以上会長の話をしていると春兄の機嫌が悪くなりそうだ。

 ……今度本人に聞いてみようか。


 会長のことを考えていると、目の前の二人は長年連れ添った夫婦のような雰囲気を漂わせながら談笑を始めていた。

 全く、人騒がせなカップルだ。

 楽園に連れていってくれたから許すが、あれがなかったら暴れていたぞ。


 そうだ、この際気になっていたことも聞いてみよう。


「兄ちゃん達ってさあ、付き合ってるって隠す気あったの?」

「そりゃあ、もちろん……」


 『何故そんな当たり前のことを聞くのだ』と言いたそうな二人の顔。

 でも、それにしては詰めが甘かった気がする。

 わざと隙を見せて、僕の方から聞いて欲しいのかなと悩んだくらいだ。


「でも、二人とも無防備だったでしょ? あんまり警戒してなかったというか」

「どういうことだ?」


 二人とも本当に分からないようで、頭にハテナを浮かべている。

 言ってもいいのか迷うが、この際だ。


「その……扉が開いてて聞こえたけど………」

「「?」」


 まだ伝わらないようだ。

 もう、悟って欲しいのだが……。


「その……そういう時の……『声』とか」


 僕が言い終わると、漸く意味が伝わったようで二人に変化が表れた。

 春兄は『しまった』という顔をしながら遠くを見た。

 兄はみるみる内に顔が真っ赤になり……。


「えっ」


 次の瞬間、春兄が後方に吹っ飛んでいた。


 兄が思い切り殴り飛ばしたのだ。

 忘れていたが、兄もテニス部のエースでスリムな体型ではあるが腕力はある。

 春兄、ご愁傷様です。


「だから……だから言ったじゃないか! 家ではやめようって!」


 吹っ飛んで倒れてしまった身体を起こしながら、春兄は反論する。


「家しかないだろうが! じゃ、じゃあどこで、外でする……ゴッ!!」


 今度は起き上がろうとしていたところを踏まれていた。


「喋るな! 死ね!」

「落ち着けっ……ゴフッ」


 ああ、どうしよう。

 目の前でDVが……。

 怖いので黙って見守るしかない。


「煩い! 落ち着いていられるか! 弟に……弟に聞かれてたんだぞ!?」


 そう言うと再び兄がこちらを見た。

 僕は引きつった笑みを浮かべた。

 すると兄の目に、次第に涙が溜まり始めた。


「お前とは……お前とは、絶交だ!」


 そう言い残し、兄は走り去っていった。

 あーあ……仲直りをしたばかりなのに。

 僕は黙って見送った。

 踏み潰され、ボロボロになって床で伸びている春兄の元にしゃがみ込み、話掛けた。


「春兄、絶交だって」

「はは、可愛いだろ、アイツ」


 うん、知ってる。

 僕も今、同じことを思っていたし。


「早く追いかけた方がいいんじゃない?」

「起こしてくれ」

「兄ちゃんに妬かれるから嫌」


 春兄は舌打ちしながら身体を起こし、兄を追いかけて行った。

 少しすると言い争うような声が聞こえてきたが、今度は悲しくなるような怒声ではなく、笑ってしまうような元気な声だった。

 思わずにやけてしまう。

 良かった。

 問題解決だな。


 いや、まだ一つ残ってる。

 会長に八つ当たりしたことを謝らなければ。

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