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BLゲームの主人公の弟であることに気がつきました(連載版)  作者: 花果 唯
IF ありえた未来2

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26/101

会長END①

最終分岐点以外からの別ルートエンドになります。


ゲームでは攻略対象には『春夏秋冬』が入っていますが、『夏』は二人、青桐兄弟のどちらか一方になる仕様です。

本編は弟の夏緋ルートを最終候補の一つとして選択した状態で進んでいます。

兄の夏希、会長ルートで終わるには最終分岐点よりも前、夏緋ルートとの分岐点に遡らなければなりません。

『第九話 赤と青②』の釣りでどちらについて行くかが分岐点なのでそこから始めます。

夏緋ルートと重複している部分についてはさらっと飛ばして進めていくので、本編を読んで頂いていることが前提で書かせて頂いています。

話の流れとして、夏緋の話と被っていても残して置いた方が読みやすいと判断した箇所はそのまま載せています。

以上、長々と前置きを失礼しました。

「何故こうなった……」


 目の前で僅かに揺れる糸を目で追いながらぼやく。

 糸の背景に広がるのは凪の海。

 海、そう海だ。

 海に糸を垂らして獲物を捕る、所謂『釣り』というものをしている。


 会長に連行され、気がつけばこの状態だ。


 『何処に行きたいか』という質問をされた時に、ゲームの続きをしたかった僕は『のんびりしたかったのに……』とつい呟いてしまった。

 それを聞いた会長が『のんびりか! 任せろ! ハハハハ!』と馬鹿高笑いしながら突き進み、辿り着いたのがここだった。


 よく来ているのか迷うことなく釣具屋で釣具一式を借り、コンビニで飲み物などを買って今はペットボトルのカフェオレを飲みながら釣り中だ。


 水平線近くには船が渡る様子が見え、癒されるような穏やかな光景が広がっている。

 確か、のんびり出来ている。

 ……案外悪くない。


 釣りといっても本格的なものではなく、沖に向かって五十メートルほど突き出ている突堤の上からほぼ真下に糸を垂らすだけだ。

 釣竿も短いし、浮きもつけていない簡単なもので釣っている。


 気温は高くないのに風が無い上日差しを遮るものが無くて暑い。


「臭い。暑い」


 上から声が降ってきた。

 声の主は夏緋先輩だ。

 会長と移動しているときに連絡が入り、結局僕らについてきたのだがさっきから文句ばっかり言っている。


「海なんだから潮臭くて当たり前でしょ。っていうかいい加減座ったらどうですか」

「潮はいい。潮とは違う生臭さが嫌なんだ。それにこんなフナムシが行き交っているようなところに座りたくは無い!」

「はいはい、そうですか」


 夏緋先輩は少々潔癖なところがあるようだ。

 釣りも餌のオキアミを触りたくないからやらないと言うし、突堤に直に座るのは汚いから嫌だと言ってずっと突っ立っている。

 それに暑いやら日に焼けるのは嫌だとか……どこのお嬢様だよ。


 明るいベージュのズボンにネイビーのフードがついたパーカー。

 中に白いTシャツを着ているのが分かる。

 こちらもシンプルだが、やはり本人が最高の素材なので安定のイケメン感である。

 制服にもパーカーを着ていたが好きなのだろうか。

 今は日差しを防ぐためかフードを被っている。


 ちなみに僕は遠出するつもりじゃなかったから部屋着のジャージだ。

 黒いジャージのズボンに、上は僕もパーカーを着て中にTシャツのスタイルだ。

 普通にダサい。

 元々そんなにお洒落に気を使っているわけではないが、それでも羞恥心を覚えるくらいにダサい。

 ダサい上に全身黒で暑い。

 何も良いことが無い。


 早く家から離れた方がいいと思い着替えることを我慢したが、少し待って貰って着替えてくれば良かった。

 そんな後悔をしていると竿に異変があった。


「お?」


 微かだが手に振動が伝わってきた。

 ひょいと軽く上に振り上げたら振動は確かなものに変わった。


「お、食った!」


 意気揚々とリールを巻く。

 そんなに深さも無いところだったので魚影はすぐに見えた。

 巻き上げると十五センチくらいのカサゴだった。


「わーい釣れた」

「やるじゃないか! くそっ、先を越されたか」


 隣で釣っていた会長が悔しそうに笑った。

 会長より先に釣れて結構嬉しい。

 中身に難はあるが、一見すると成績優秀、容姿端麗おまけに生徒会長なスーパースターに釣りくらいは勝ちたいものだ。


「俺も気合を入れて頑張るか。未来の弟には負けていられん」

「オニイチャンガンバッテー」

「……馬鹿ばっかりだな」


 会長がお兄ちゃんになる日なんて、きっと来ないと思うけれどね。

 本物の弟が呆れた顔してるが全く気にしていないようだ。


「夏緋オニイチャン、そろそろ座れよー。背後霊みたいでなんか鬱陶しいよー」

「背後霊!? ……って誰がお兄ちゃんだ」

「だって会長がお兄ちゃんなら、会長の弟の先輩も僕にとってはお兄ちゃんじゃないですか」


 僕の言葉を聞くと、機嫌が悪そうだった夏緋先輩の眉間の皺が深くなった。

 そうですか、そんなに嫌ですか。


「よかったな! 弟が出来たじゃないか! お前のためにも、俺は頑張って真の目を覚まさなければな!」

「良くない、頑張るな! ほら、お前のせいで変な方向に進んだじゃないか!」

「夏緋オニイチャンが怒ったー怖いー」

「こら夏緋。央を苛めるなよ」

「……はあ」


 夏緋先輩が白けている様子を横目で見ていると、また竿に当たりがあった。

 急いでリールを巻くとさっきと同じカサゴが上がってきた。


「やったー」

「おお、順調じゃないか!」

「兄貴も頑張れよ」

「俺は大物しか釣らない。まあ、待て」


 こんな簡単な装備で大物は無理だろう。

 釣ろうとする佇まいだけはさまになっていて絵になりそうだが。


 それからも僕は何匹か釣り上げた。

 釣れたのはカサゴばかりで大物はないが定期的にアタリがあり順調だ。

 それに比べて……。


「何故だ……ピクリともせん……」

「全く釣れてないじゃないか。下手なんじゃない? 天地に教えて貰えば?」

「オニイチャン、ドンマイ」


 見ていて少し可哀想になってきた。

 釣りたいのは分かるが、会長のオーラが魚をもビビらせているとしか思えない。


「場所だ! 場所が悪いんだ! もう少し沖に近いところで釣ってくる!」


 そう言うと積み上げられた消波ブロックの上を軽々と飛び渡りながら沖の方に行ってしまった。

 こんなところで運動神経の良さを披露しなくても……。

 というか必死だな。


 夏緋先輩は動かず、冷めた目で会長を見送っていた。


「会長についていかなくていいんですか?」

「ここより更に臭いところになんか行きたくない」

「さいですか」


 全く難儀な人だ。

 未だに座らず立っているし。

 この背後霊、何とかならんかね。


 しかし……夏緋先輩と二人、というのも気まずいな。

 なんたってこの人は神の愛し子である兄を愚弄した愚か者だ。

 僕は根に持っている、凄く根に持っているぞ!

 兄の良さを分かっている会長の方がまだ良い。


「僕も沖の方に行ってきます」

「ああ。オレはカフェがあった辺りで時間を潰す。……くれぐれも兄貴に余計なこと吹き込むなよ」

「……分かってますよ」


 念を押すような視線を寄越し、夏緋先輩はさっさと町の方に歩いて行った。

 何が『カフェ』だ。

 イケメンぶりやがって…………イケメンだけどさ。

 夏緋先輩を見送り、会長の後を追いかけた。


 会長が軽々と飛び渡って進んだ消波ブロックに悪戦苦闘しながら進むと、海に面した先端に会長がいた。

 ぶつかる波の飛沫をものともせずに立ち、真剣な眼差しで竿を海に向けている姿はカジキでも釣りそうな気配を漂わせている。

 『青桐夏希、世界を釣る』である。

 ……実際はボウズ、小魚一匹も釣れていないのだが。


「どんな感じですか?」

「集中している。黙ってろ!」

「……はい」


 必死だな!

 やっぱり必死過ぎる覇王のオーラに当てられてこの辺りの魚は逃げ出したのだ。

 僕が魚だったら絶対そうする。

 会長はこんな身近な海じゃなくて大間にでも行けばいいのだ。


 僕は釣れているので余裕がある。

 釣り竿は置いて、会長の釣りを眺めていた。


 ……。


 …………。


 ………………。


 ……はっ……寝そうになった……。


「何故だ……」


 ……三十分くらい経っただろうか。


 会長が天を仰ぎながら呟いた。

 黙って見守っていたのだが当たりすらない。


「いつもは釣れるんだ。今日はたまたまだ!」

「はいはい。まあ、そんな日もありますよ」


 会長が必死にアピールしてくる、何のプライドだ。

 別に釣れなかったくらいで格好悪いとは思わないのに。

 まあ、僕は釣れたけどね!

 少し……いや、かなり優越感がある、ふっ。


「……真には言うなよ」

「言いませんよ」


 まず会長と釣りに来ていることを言わない。

 でもまあ、『好きな人には格好悪いところを知られたくない』というのは微笑ましくて良いと思う。

 BLだから和む上に潤うし、ご馳走様です。


「ったく、上手くいかねえなあ……クソッ」


 会長は愚痴を零しながら、僕の隣にドカッと腰を下ろした。

 諦めたのか、座ってのんびり釣るスタイルに変更のようだ。

 溜息を零しながら吐いた台詞は釣りだけじゃなく、他のことも含まれていそうだ。

 恐らく兄とのことだろう。

 

「前哨戦から躓いているようじゃ先は遠いか」


 前哨戦……確かまず僕に春兄よりも好きになって貰う、と言っていたあれか。

 僕だって春兄との付き合いは長いし、中々難しいと思うが……って。

 ……ん?

 もしかして必死だったのは釣れないというのが根本の理由ではなく、釣れないから格好悪い、格好悪いから僕の好感度が上がらない、だから兄との関係が進まない、と思ったから?

 兄ちゃんに好かれたくて必死だった?


 ……会長……恐ろしい人だ。

 僕の中での好感度は鰻登りだ。

 俺様な攻めが受けの気を引きたくて必死!

 素晴らしい……ああ、美味しい!

 この大海原と同じくらい会長は尊い存在だ!


「どうした?」

「な、何でも無いです」


 急にご馳走を放り込んでくるから動揺してるだけです。

 飲み込むので必死だ、美味い……。


「おい……真は元気か」

「はい? そりゃ……元気ですけど」


 なんなのだ……急に久しぶりに会った妻に娘の様子を聞く単身赴任の夫みたいになって。

 本人に直接聞きなさい。


「最近の様子はどうだ」

「なんなんですか。会長だって学校で見てるでしょ? 元気に楽しく暮らしてますよ」

「『楽しく』か。……俺は毎日、こんな思いをしているのにな」


 沖の方に目をやりながら呟く姿には、いつもの自信に満ち溢れた覇気が見えない。

 あれ……また美味しそうな匂いが……ご馳走の匂いがしてきた気がするぞ?


「やっぱり……あの馬鹿と一緒にいるのか?」


 ほらやっぱり!

 まさかのコース料理……こちらがメインディッシュでしたか!

 俺様攻めのジェラシー頂きました。

 さっきのは前菜だったなんて、ミシュランも吃驚だよ。


 どうしよう、海に飛び込みたくなってきた。

 大海原にこのパッションを吐き出したい。

 BL愛を叫びたい!

 BLは永久に不滅です!


「おい、何ニヤニヤしてやがる!」

「し、してませんよ! 風で髪が顔にかかって、痒くなったんですよ!」

「ちっ」


 興奮を隠せずにいると会長の機嫌が悪くなってきた。

 会長のことを笑っていると勘違いしたのだろうか。

 違うんです、BL充してるだけなんです!


「まあ……全てが上手くいく、なんてことは無いですよ。それに隙はあった方が魅力的かもしれませんよ?」


 これ以上BLトリップしていると殺されそうだ。

 帰ってきて意識を保つようにしよう。

 話を始めてなんとか誤魔化した。


「『隙』か……。確かにそうだな。俺も真のそういうところを知って惹かれたのかもしれない」

「え!? そうなんですか!?」


 確かゲームでは自分と同じくらなんでもこなせる兄が、周りから距離を置かれている自分とは違い愛されているというところに惹かれた……という設定だったはずだが。

 それにあの兄に隙なんてあるのだろうか!

 気になる……知りたい!

 会長がBLに目覚めた瞬間とも言えるし……!


「その話を詳しく……事細かに詳しく!」

「なんだその異様な食いつき方は……」

「いいから早くっ!」


 目の前にいるのは『あの会長』であることを忘れ、詰め寄って催促した。

 普段ならナメた口聞くんじゃねえとぶっ飛ばされそうなものだが、僕の異様なテンションに引いたのか顔を顰めながらも話し始めてくれた。


「去年の球技大会のことだが……」

「球技大会? ああ、毎年やってるクラス対抗戦の学校行事ですよね? 確か兄ちゃんはテニスで出たっていう……」


 華四季園には球技大会という学校行事があり、何種類かの球技に分かれてクラス対抗戦をするのだ。

 球技は年によって違うのだが、兄はテニスに出たと聞いた。

 夕ご飯を食べながらそんな話を聞いたのを思い出した。

 いつも通りキャーキャー言われるんだろうな、と軽く聞き流した覚えがある。


「そう、それだ。俺も真も実行委員だった。大会の準備をしていたのだが、どうも真が浮かない顔をしていてな」

「へえ。珍しいですね。兄ちゃん、嫌なこととかあってもあんまり顔に出さないのに」

「ああ。だから俺も気になって聞いた。なんでも無いと言っていたがそうは思えなくてな。しつこく聞いていると観念したのか答えてくれた。実はテニスに参加することが気乗りしない、とうことだった」

「え? そうなんだ。テニス部だし、自分から選んで出たのかと思ってたけど。っていうかそんなことで『浮かない顔』なんかするのかなあ?」


 人に迷惑や心配を掛けるのが嫌なのか、負の感情を表に出さない兄がそんな些細なことで会長に悟られるような表情をするとは思えないのだが……。


「最後まで聞け。確かに、そんな子供みたいな理由が浮かない顔の要因ではなかった。それはきっかけのようなものだ」

「きっかけ?」

「ああ。真がテニスに出ることになったのは、クラスの奴らに頼まれてそうなったらしい」


 まあ、兄が出たら勝ったも同然だもんな。

 それに兄がテニスをしている姿は目の保養にもなる。


「真がテニスに出ることは早々に決まったが、その他は中々決まらなかったらしい。なんでも、真と同じテニスに人気が集中し、かなり揉めたそうだ」


 なんとなくその光景が目に浮かぶ。

 同じ競技となれば兄と話す機会も多いだろう。

 お近づきになるチャンスといえる。

 僕も弟じゃなくクラスメイトだったら挙手しそうだ。


「その光景を見て、真は辛くなったそうだ」

「どういうことですか? 『オレの為に争わないで!』ってやつですか?」

「馬鹿、お前じゃねえんだから。そういうことじゃねえよ。あいつが言うには疎外感を感じたそうだ。テニスに人気が集中するなら、自分も公平にそれを決める話に参加したかったと。それを言っても『天地君はいい』と言われて終わったらしい。今までもそういうことは多々あって、例えば掃除の塵捨てをジャンケンで決めるとなっても自分には話を振られないと言っていた。子供の頃から、そういう『見えない壁』を感じているらしい」


 ……軽く馬鹿にされたことは見逃してやろう。


 うーん……公平にジャンケンは無理だろう。

 兄がいるからこそのテニス人気なのだから、兄が何処に行くか分からないのならテニスを取り合う意味がない。


 しかし『見えない壁』か……。

 あるだろうと思う。

 庶民と王子、と言ったところか。

 『王子はどうぞお好きな競技に!』とか、『王子に塵捨てなど滅相もございません! 我らが参ります!』という感じが目に浮かぶ。


「そこでお前の話が出た」

「え? 僕?」


 急に自分が出てきて驚いた。

 去年はまだ華四季園に入っていない、中学生だ。

 何の関係があるのだろう。

 首を傾げていると会長と目が合った。

 兄のことを思い出しているからか、普段より穏やかな目をしている。


「弟は相手にそういう壁を作らせない。いつも輪の中にいる。よく似た顔をしているのに何が違うんだろう、と言っていた」

「ええ?」


 兄がそんなことを思っていたなんて、本当だろうか。

 吃驚だ。


「それは……兄にはカリスマ性があるけど、僕には無いってことなんじゃないですか?」


 僕は庶民だ。

 兄と似た外見なのに見た目のプラスを打ち消す何かが、王子から庶民に変えているのだ。

 僕は感じたいよ、『見えない壁』。

 そんなこと言ってみたいよ!


「カリスマか。確かにあいつには人を惹きつけるものがある」


 そうですよね、惹きつけられてBL落ちしたのが貴方ですよね。

 僕は貴方の話も聞きたいのですが!


「で、会長はそれのどこに惹かれたんですか? 『隙』って?」

「……同じだったんだよ」

「同じ?」

「俺は別に気にしてはいないが……。『見えない壁』というのは、俺も感じていた。大人……教師ですら、俺に遠慮している節がある。真は俺と違っていつも人に囲まれていた。俺と肩を並べるほど優秀でありながら慕われている、そう思っていた。なのに真は俺と同じ悩みを持っていた」


 あれ、気にしていなかったんじゃないのか?

 自分で『悩み』と言ってしまっていることに気がついているのだろうか。

 あえて突っ込んだりしないけど。


 会長は人を統率するタイプだし、完璧すぎて近づき難い。

 遠くから憧れられるタイプだ。


 兄は温和で近付くとは出来るが、こちらも完璧すぎて気軽に深いところまで踏み込むのは恐れ多くなるのかもしれない。

 確かに、二人とも『高嶺の花』というところでは共通している。

 高嶺の花であるがゆえの壁なんじゃないだろうか。


「お前のことを話すあいつの表情も意外だった」

「え?」


 考察していたところに話し掛けられ、きょとんとしてしまった。

 まだ僕のことが出てくるのか?


「あれは『嫉妬』だろうか。分からないが……初めて見たあいつの『負の感情』だったと思う。ある意味、完璧なあいつが見せた『隙』と言える。それから、気がつけば真のばかり考えるようになっていた。俺に気負いせず話してくるのはあいつしかいない。俺もまた、あいつには気負いなく話せる。俺には真の存在は何者にも代え難い」

「……」


 ……案外、会長もデリケートだったんだな。

 見えない壁に悩んだり、兄への想いも繊細なものに聞こえた。

 ゲームでは『自分と違う』というところがポイントだったはずだけど、実際は『自分と同じ』というところに惹かれていたのか……。

 くそ……ちょっと応援したくなるじゃないか。

 ゴリラだと思っていたけど、ちゃんと『人』だった!


「なんか……感動しました」

「感動?」

「ちゃんと兄ちゃんのこと考えてたんだなあと思って」

「当たり前だ。……お前、俺をなんだと思っていたんだ?」

「ゴリ……なんでもないです」


 鋭い視線に貫かれ、最後まで言ったら死ぬことを悟ったので飲み込んだ。


「見直しました。協力は出来ませんけど!」

「しろ。何のためにこんなことをしていると思っているんだ。もう、俺のことを好きになったんじゃないか?」

「少しだけ。でも春兄には勝てませんよ」

「ああ!?」


 春兄の名前を出すと一気に極悪モードに戻った。

 怖い、その堅気の人間とは思えない目つきはやめて!


「相手の幸せを思って身を引くのも、一つの愛情の形っていうじゃないですか」

「くだらないことを言うな。俺が幸せにすればいいだけの話だ」


 なんというイケメン……毒されそうだ……。

 春兄頑張って、勝ちを死守して……!


「そういえば……真は本当はバスケに出たかったらしい」


 会長が思い出したように呟いた。


「え、それって……」


 バスケと言えば春兄である。

 つまり春兄と一緒に居たかった、そういうことだよな!?

 会長の思考もそこに辿り着いたようで更に眼光が鋭くなっている。


「く、苦しい……」

「おい?」

「なんでもないです……」


 栄養過多で苦しいです、死ぬ……幸せです!

 この場にはいないのにご馳走をくれる兄カップルってなんなのだ……やはり神の御使いだ……。


「俺には真しかいなくても、真には他にいるということか……」

「う……!?」


 会長め……追い打ちをかけて僕をBL充死させるつもりだな。

 それが出来たら本望だけど、まだ死ねない。

 ご馳走はまだ至る所に溢れているのだ。

 家に帰っても特上のご馳走がある環境で簡単に死んでなるものか……!

 海を眺め、心を落ち着かせた。

 

 ふう……地球って自然とBLが溢れていて素晴らしい。

 生きているって素晴らしい。


 一息ついて、難しい顔をして俯いている会長の方へ向き直した。


「僕だって会長に気負いしませんよ」

「あ?」

「兄ちゃんの代わりにはなれないけど、子分ぐらいにはなってあげます」


 兄と春兄がくっついてしまったことで、会長が寂しい思いをしているのが分かった。

 話し相手くらいにはなれるし、たまにならこうやって出掛けるのもいい。

 不思議そうに僕を見ていた会長だったが、少しするといつもの不敵な笑みに戻った。


「はっ! 子分なんていらねえ。欲しけりゃいくらでも作れるだろ」

「ぱねえ……」

「まあ……真の弟が子分、というのはいいな。子分なら協力しろ」

「絶対嫌」


 拒否したが怒鳴られなかった。

 妙に機嫌良く笑っている。

 穏やかな表情で水平線を見つめている端正な横顔を見ていると、『やっぱりイケメンなんだよな』なんて思ってしまう。


「あれ? 会長、釣竿が…………釣れてません?」


 ふと会長の手にある釣竿の先を見ると、大きく曲がっていた。

 会長は話すことに夢中になっていたのか、気が付いていなかったようだ。


「お、これは来たか!」

「大物!? …………って」


 リールを撒くとピンッと糸が張り……全く動かない。


「地球という大物を釣ってやったぜ! ハハハ」

「根がかりしてるだけじゃないかっ!」


 僕のツッコミが海に響いた。

 会長が強引に引っ張ると切れ、糸は風にふわりと揺れながら返ってきた。

 なんだか切ない……。

 これが誰とも繋がれない、会長の運命の赤い糸……などと思うと泣きそうになった。

 是非とも弟さんと繋いであげたい。


 ……というか、釣れるどころか針と重りをなくしてるし。


「ここまでだな。まあ良い。今日は子分を釣った、ということにしてやる」

「僕は魚と同じレベルですか」


 まあ……『釣れなかった』と会長が暴れるよりはいいか。


 撤収しようかと話していると、遠くから僕達を呼んでいる声が聞こえた。

 優雅にカフェでお茶をしてきた夏緋先輩が戻ってきたようだ。


「弟が呼んでますよ、釣り下手会長」

「よし、お前を刻んで撒き餌にすれば大物が釣れるか試してみよう」

「やめてえええ!」


 ちょっと弄っただけなのに!

 足場の悪い消波ブロックの上で掴まれ、落ちそうになった。

 ここで落ちたら間違いなく事件になるからな!


 会長とそんなことをしていると、何やら苛々している夏緋先輩の声が聞こえてきた。

 何と言っているのかは聞こえないが、妙に癇に障る。

 また碌でもないことを言っているのだろう。


「あ。そうだ……弟さんが兄ちゃんを愚弄したのですが」

「愚弄?」

「『気持ち悪い』って。懲らしめてください」

「ほう……分かった」


 会長の目がスッと鋭くなった。

 思い出したついでにチクってやったぜ!

 ふはは……怒られてしまえ!


「まず、片付けは夏緋にやらせよう。夏緋ィィィ! 三秒でこっちへ来い!」


 遠くで夏緋先輩の顔が歪んだのが見えた。

 くっくっく……。

 ニヤニヤが止まらない僕の隣で、会長が三秒のカウントダウンを始めた。

 渋々消波ブロックを飛び越えながらこちらに来ている姿が目に入って、更に笑いが止まらない。

 この距離を三秒でくるのは無理だけど。

 あ、フナムシがいたようだ。

 夏緋先輩の悲鳴が聞こえた。

 ああ、愉快じゃ。

 来て良かった!




※※※




 釣竿を返し、臭くなった手を洗い流して身支度を終え、来た道を戻って駅に到着。

 夏緋先輩は残った餌の始末など、大嫌いなことを全て一人でやらされて服まで臭くなっていた。

 心底嫌そうに手を洗い続ける姿は面白かった。


 今はガタゴトと電車に揺られている。

 会長を間に挟み、長い座席に三人並んで座っている。

 乗客はこの車両には僕達以外は誰もいない。


 他愛も無い話をしてのんびりしていたが、揺れが気持ちよくて凄く眠くなってきた。

 日が落ち始めて、暗くなってきたこの雰囲気も眠気を誘う。

 会長と夏緋先輩、良い声の二人の会話もBGMのようで心地良い。

 日の光を浴び続けたし、案外疲れもあるのかもしれない。


 眠気を我慢できなくなり、目を瞑って俯く。

 船をこぎ始めたのが自分でも分かる。

 ああ……もう、無理だ。


「着いたら、起こしてください……」


 なんとか一言告げて、眠気に白旗を揚げた。

 先輩二人を放っておいて一番後輩の僕が寝るのも失礼かもしれないが、この兄弟だしいいかと思った。


 力を抜くと、少し体勢が楽になった。

 もっと楽になりたくて更に力を抜くと、どんどん身体が倒れていくのが分かった。

 片側が何故か暖かい。

 何が暖かいのだろうと思ったが、隣にいるのは会長だから……。

 多分、僕が会長に凭れかかってしまっているのだろう。

 調子に乗るなとぶん殴られそうだが……。


 ……まあいいか、その時はその時だ。

 実にいいクッションだ。

 ああ、楽だわ……。






 意識を手放して熟睡し始めた一年生の顔を、二人の兄弟が呆れた表情で眺めていた。

 片方は興味を無くし、視線を窓に移した。

 凭れ掛かられている方は、無防備な寝顔をなんとなく眺めていた。


「……黙っていれば同じ顔だな。少し幼いが」

「幼いというか、『馬鹿っぽい』だろ」

「やけに突っかかるな。気に入ったか?」

「はあ? なんでそうなるんだ、そんなわけないだろ」


 口を半開きにして、完全に熟睡している。

 この一瞬でこんな状態になるなんて、余程眠かったのだろう。

 肩に寄り掛かられ、鬱陶しくはあるが起こそうとは思わなかった。

 まるで子供のようだと微笑ましくなっていた。


「そっくりだが、真はこんな間抜けな表情はしないな」


 あまりにも気持ち良さそうに寝ている姿にもう一人も毒気を抜かれ、寝顔を見て笑った。


「ったく……人を酷い目に遭わせておいて、なんなんだコイツは」

「自業自得だ。次同じことを言ったら海に放り込むぞ」

「……言わねえよ」


 もう二度とあんな思いはしたくない。

 今も取れない服についた臭いが不快だ。

 顔を顰めていると、見透かしているような視線を向けられた。


「お前は俺のことも『気持ち悪い』と思っているのか?」

「……思ってねえよ。あれは……オレが悪かったと思ってる」

「だったらそれをこいつに言ってやれ」


 そう言いながら、明るい茶色の髪が揺れる頭をコンコンと軽く小突いた。

 大好きな兄を侮辱されて余程腹が立っていたのだろう、根に持っているような物言いをしていた姿を思い出し、笑いが込み上げてきた。

 兄と同じ色の髪に触れると柔らかかったが、釣りをしていたせいか潮臭かった。

 それが余計に面白い。


「……兄貴」

「なんだ?」

「兄の方が駄目だったら、こいつに乗り換えるとかやめてくれよ」

「……馬鹿を言うな」


 そう返すと、終にはいびきをかいて眠り始めた一年生に視線を向けた。


「俺の気持ちは変わらない」

「……それはそれで困るが」

「もう一度掃除させられたいか?」

「……」


 居心地が悪くなり、口を閉じた。

 視界の端に入るさっきは微笑ましく見ていた幸せそうに眠る顔が、段々腹立たしいものに見えてきた。

 手を伸ばし、思い切り頬を抓ってやった。


「夏緋、何やって……」

「いひゃい」


 喋った。

 起きたのかと思い、二人は顔を見合わせたが……寝言だった。

 顔を顰めて身じろぎをした結果、より一層凭れ掛かる結果になった。


「……お前が余計なことするからだぞ」

「もうそいつ、床に転がしておけば?」

「……別にこのままでいい」


 結局駅に着くまで凭れ掛かったまま熟睡した後輩は、目が覚めた瞬間『子分のくせに俺に凭れて寝るとは、良い度胸してるじゃねえか』という言葉を掛けられ、全速力で逃げだしたのだった。

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