最終話 白兎END②
それからは、三人でウォーキングをしたり、遊んだりするようなった。
白兎さんは未だに疑うような視線を向けて来るが、一緒にいることでなんとか納得してくれているようだ。
今日は休みで、白兎家に招待して貰った。
一応名目は、深雪君に勉強を教えてあげることになっている。
白兎さんは、成績はちょうど中間辺りで普通だがあまり勉強が好きではないようで、教えることは苦手らしい。
深雪君も僕の説明の方が分かりやすいと言っていた。
それを聞いていた白兎さんに目で殺されるような気がしたが、それは僕が悪いのか?
途中ケーキ屋に寄ってお土産を買い、聞いていた住所に辿り着いた。
家の前では、深雪君と白兎さんが待ってくれていた。
「あき兄、待ってました!」
そう言って飛びついて来る深雪君。
もう結構な頻度で会っているというのに、いつも最初は感動の再会スタイルから入る。
抱き留めてハグをするのが通例になっているが……。
「ゴホンッ」
後ろで鋭い目つきで仁王立ちしている白兎さんに『BLじゃないんですよね?』と、こっそり確認されるところまでが『お約束』というか、デフォルトとなっている。
正直面倒だ。
深雪君とハグ出来るのは嬉しいけどね。
「母さんが、あき兄が来るのを楽しみにしてるんです。早く来て!」
無邪気な深雪君に手を引かれて玄関の扉を開けると、そこには白兎母が待ち構えていた。
背が低くて少しふくよかな、可愛らしくて優しそうなお母さんだった。
顔立ちは深雪君の方に似ているだろうか、三十代に見える。
若い頃はさぞ可憐でモテただろう。
いまでも十分可愛らしい。
「二人からよく話を聞いています。まあ、本当にイケメンさんね! お父さんにも話さなきゃ。あ、写メを撮らせてくれない? ごめんなさいね、不躾なこと言って。でもどうしてもお父さんに見せたくて! ……駄目かしら? 嫌、だったらいいのよ! よかったら、ね?」
まるで小動物のようにチョコチョコと動きながら捲くし立てる白兎母。
深雪君が苦笑いを浮かべて申し訳なさそうにしている。
「はあ、どうぞ……」
ノリが若いお母さんだ。
了承すると、ピョンピョン飛び跳ねて喜んだ。
『待受にしようかしら』なんて言っているが、それはやめてください。
気の抜けた返事を返してしまったが、兄の『礼儀正しく』の教えを思い出し、『二人にはお世話になってます』と挨拶をしてケーキを渡した。
どんな話をされているのか気になるが、『イケメン』なんて言ってくれてるし、そう悪いことは言われていないのかな。
「こちらこそ、お世話になってます。その節は、愛美を女にして頂いて、本当にありがとうございました」
「え」
「ちょっと母さん、変なこと言わないでよ!」
お母さんよ、鍛えないことには貢献出来たが、それじゃ意味が変わってくるぞ!
まるで僕が白兎さんを抱いたようではないか。
白兎さんが慌てて抗議をしている。
「うちの愛美を、どうぞよろしくお願いします!」
「はあ……」
白兎さんの抗議を流し、僕の手を取って頼みにくる白兎母。
どう『よろしく』すればいいのだ……。
「お母さんはもう喋らないで!」
「あき兄は姉さんの彼氏じゃないよ!」
愛想笑いを浮かべて受け流していると、姉弟のダブル抗議が始まった。
実に騒がしいが、仲が良い家族だということは分かった。
揉める白兎家を見て和んだ。
「おれの部屋に行きましょう!」
暫く見ていたが、深雪君に促され、家に上げて貰った。
勉強はどうやら深雪君の部屋でするようだ。
どんな部屋か気になるし、ワクワクドキドキだ。
「あら、リビングを使ってくれていいのよ? 私も参加したいわ」
白兎母の声が聞こえたが、返事もせず進む深雪君。
お母さんの方を見ると目が合ったので、軽く会釈をしてから深雪君のあとに続いた。
『母さんは、姉さんの十五倍くらい喋ります……』と呟いた深雪君の背中が疲れていて可笑しかった。
深雪君の部屋は二階にあった。
黒や青が多い、シンプルな男の子らしい部屋だった。
片付いているし、本棚に本がびっしりと順序良く並んでいるあたりが、兄の部屋と似ていると思った。
勉強机に広げた参考書を見ながら、今日はどの辺りを勉強するのか聞いているとノックが響き、その後お盆を持った白兎さんが部屋に入ってきた。
お盆の上にはジュースが乗っている。
「とりあえず飲み物を持ってきました。天地君が持って来てくれたケーキは、後で休憩をする時の方がいいですよね?」
「ありがとう。そうだね」
白兎さんは、床に折り畳みのテーブルを広げ、ジュースを置くとそこに座った。
どうやら部屋を出て行くつもりは無いようだ。
監視か?
「姉さんはそこにいるつもり?」
「ええ。天地君の授業を、私も聞いてみたいから」
「ふうん?」
絶対嘘だろ。
嘘だとしても、そんなことを言われるとやり辛くなるのですが……。
そんな調子で勉強を始めたわけだが、白兎さんの監視を受け、プレッシャーを感じながら教えるのは、非常に疲れた。
***
勉強を始めてから一時間半ほど時間が経ち、一区切りついた。
今は休憩でケーキを食べ、寛ぎなから雑談をしている。
話題は、隣にあるという白兎さんの部屋についてだった。
「白兎さんの部屋も気になるなあ。ちらっと見せてよ」
「嫌」
まあ、そうだろうけど。
見せてくれると思って言ってはいない。
どうぞ、と言われたほうが驚く。
「姉さんの部屋は前まで、机とベッド以外は何も無かったんです。余計なものだと言って。まるで独房みたいでした」
「深雪!」
膝に手を置き、正座をしながら瞑想している白兎さんの姿が浮かぶ。
本当に独房っぽいな……。
きっと模範囚だろう。
「押入れには筋トレ道具が詰め込まれてたんですけど、この前全部捨てたんですよ。業者に引き取って貰ったんですけど、軽トラの荷台がパンパンでした」
「深雪、余計なこと話すくらいだったらもう勉強しなさい!」
「ハハ……」
エピソードが一々濃いな、乾いた笑しか出ない。
暫くして、深雪君がお手洗いに行くと言って出て行き、白兎さんと二人になった。
話題が途切れ、静かになる。
黙っていても気まずいし、何を話そうかなとふと白兎さんの方を見て思った。
思ったままのことをくちにする。
「白兎さん、綺麗になったね」
「はあ!?」
表情が柔らかくなった気がする。
刺々しさが抜けて、穏やかになったというか。
女の子らしさが出てきたと思う。
「そんな驚かなくても……。自分でも思わない?」
「お、思いません!」
「ふうん?」
自覚はないようだ。
腕周りも細くなってきたように見えるし、変化に気がつく人もいると思うが。
『鍛えない計画』は順調のようだ。
「もうすぐ、ギャフンと言わせることが出来るかな?」
以前会話した内容を思い出しなが話した。
それを聞くと、白兎さんの動きが止まった。
何かを思い出しているのか、考えているのか、遠くを見つめている。
「あの子の手紙に、返事はしたのですか?」
「うん?」
『あの子』とは、白兎さんに嫌がらせをしていた桃色ツインテールのことだろう。
そういえば、白兎さんにあの子からの手紙を拾って貰ったんだった。
「うん、直接断った。……泣かれた」
手紙には、僕を好きだということと、その理由が書かれていた。
覚えていないが、入学したばかりの頃、部活勧誘をしてきた上級生と揉めていることろを僕が助けたらしい。
それから好きになったと書かれていたし、告白を断ったときもその話をしていた。
雛が彼女だと思っていたから我慢していたが、違うなら彼女にして欲しいと言われ……断った。
『キープでもいい』なんてことも言われたが、そういうのは言われるのも嫌で、話を切り上げて帰ろうとしたら泣かれた。
白兎さんのことも『あんなのとは仲良くするのに』と言って馬鹿にしていた。
それを聞いて、放置して帰ってきた。
「そう、ですか……」
自分に嫌がらせをしてきていた人のことだし、その原因でもあることだから気になるのだろうか。
それ以上は何も聞いてこなかったが、何か思うところがある様子だ。
「白兎さんは好きな人はいないの?」
恋愛でいうと、白兎さんはどうなのだろう。
ふと気になり、聞いてみた。
「い、いません!」
大きな声で、身を乗り出して否定された。
突然自分のことを聞かれたからか、動揺しているのだろうか。
「前世では男だったって言ってたけど、今はどっちの考え方なの?」
僕よりも早く思い出していたし、前世の精神が強かったりするのだろうか。
だったら心は男だったりするのか気になった。
自分に厳しかったり、ストイックな感じが男らしいし。
恋愛対象はどっちなんだろう。
「私に恋愛は不要です。私は良い歳になったら、出家するんです」
「出家!?」
そんな人生プランを立てていたのか。
いや、でもそれは止めたい気がする。
「……天地君は、いずれ女の子と付き合うことになるんですよね?」
混乱していると、やけに神妙な感じで聞かれた。
またBL確認か?
「まあ、そうなると思うけど」
「そう、ですか」
そんな話をしているうちに、深雪君が戻ってきた。
話していた内容を聞かれたが、そのまま話すことも出来ない内容だったので濁しながら伝え、勉強を再開させた。
結局、白兎さんの恋愛について確認できなかった。
それが頭に残り、モヤモヤとしながらその日を終えた。
***
高校生最初の夏休み。
夏休みが始まって、まだ数日。
突き刺すような日差しを受けながら、道路沿いの歩道を歩いている。
スカートでも穿けば涼しいのかもしれないが、私は制服以外では穿いたことがない。
今日もいつも穿いているデニムパンツだ。
母には、お洒落をしなさいと言われているが、正直どうでもいい。
私のお洒落については諦め気味な母だったが、今日はしつこかった。
勝手に買ってきたワンピースを着ていけと煩かった。
原因は、横にいる忌むべき存在であったはずのクラスメイト。
視界に入るだけで忌々しかったはずなのに……何故か、今では一番親交のある人物になってしまった。
『深雪君の合格祈願のお守りをこっそり買いに行かない? プレゼントしようよ』
そう誘われ、なんとなく了承してしまった。
今日深雪は、一日塾で勉強漬けでいないため、この日になった。
だが今は、それを心底後悔していた。
『あの人カッコイイ!』
『華四季園の第二王子だよ』
『ああ、あれが! 聞いたことある~!』
進む先々で、女子の視線を集めている。
目当ての神社は街中ではないが、周辺に観光できる場所が多いようで、車も人も多く見られる。
人の目が多い中、二人で行動したのが間違いだった。
こっそり写真を撮る者もいれば、後をつけてくる輩までいる。
……鬱陶しい。
「小さいところなんだけど、天神だから祭神が菅原道真だし、合格祈願にはちょうどいいだろ? それに、深雪君にぴったりのイイ物みつけたんだよ!」
憂鬱な私を余所に、妙に機嫌が良い迷惑な奴が嬉しそうに話している。
……何をそんなに楽しいのだ。
お前が笑うと周りがざわつくから不快だ。
笑うな、白い歯を見せるな、キラキラするな!
口に出しては言えないので、視線に込めてぶつけたが……気づいていないな。
『隣にいるの何?』
『なんであんなのと一緒にいるの?』
『護衛とかじゃない?』
あんなの呼ばわりされる筋合いもないし、護衛でもない。
確かに、隣の奴に勝てる自信はあるが……。
『彼女?』
『そんなわけないじゃん。っていうか女子かどうかも分かんないし』
『図々しくない?』
「……はあ」
彼には好意を、私には悪意が向けられる。
ストレスだ。
それに……どうしてだろう。やけに胸が苦しい、痛い。
もう聞きたくない、やっぱり来るんじゃなかった。
「どうしたの? 気分悪い? 何処かで休む?」
「……いえ」
調子良く話していたはずなのに、いつの間にか頭を下げてこちらを覗き込んでいた。
顔が近い、やめてくれ。
周りの視線が痛いし、何故か正常な判断が出来ないくらい動揺してしまうから。
家族以外に優しくされることに慣れていないのが原因だろうか。
私はあまり、人付き合いが得意ではない。
そういう自覚もあるし、改善する意思もない。
それでいいと、一人でいいと思っていたから。
家族は別だが、他人には頼らず、あまり関わらず生きていくことが自分の中では当然の事になっていた。
いつのまにか、自分の周りを高い壁で囲い、門は硬く閉ざしていた。
それなのに……。
隣にいるこの天地央という輩は、手が届くはずのない高い壁をひょいと越えてきたり、気がつけばこちらから門を開けてしまっていることがある。
BLゲームの主人公のくせにBLじゃないというし、そのくせ中身には邪神と同じ信仰があると言うし……でも見た目は腹が立つほどイケメンで……理解不能だ。
「どこかの店に入って休もうか」
俯いてばかりいると気を使わせてしまったようだ。
でも、お店に入って飲み食いしていると、余計に注目されそうで嫌だ。
さっさと済ませて帰るのが一番だ。
「早く行きましょう」
引き離す勢いで先に進んだ。
早く移動すると外野女子も振り切れて一石二鳥だ。
最初からこうすればよかった。
すっきりしたと振り返ると、そこには誰もいなかった。
あれ、連れは何処に行った?
立ち止まっていると、脇の小道から明るい茶髪のイケメンが、肩で息をしながら姿を現した。
「天地君、何処へ行ってたんですか?」
「それはこっちの台詞だからな! ってか歩いてるのに、なんでそんなに早いんだよ!」
「はい?」
女子を振り切るつもりで歩いていると、天地君まで振り切っていたようだ。
でも、これくらいでついて来れない方が悪いと思う、軟弱な。
「しかも道間違ってるからな! こっちじゃなくてあっち! 呼んでるのに聞かないし!」
天地君は呼吸を整えながら、ほぼ反対方向を指差した。
そちらに視線を向けると、確かに目的の神社の案内板がついていた。
「そんな馬鹿な」
「その台詞、僕が言いたいよ……」
がくっと肩を落とし、項垂れるイケメン。
大層な、そんなに疲れることでもないと思う。
「大体、一人で行くと危ないだろ。横か後ろにいてくれよ」
「何も危なくありませんが?」
「交通量が多くて危ないし、人が多いし……妙な奴がいるかもしれないじゃないか」
「そんな奴がいても、迎撃出来ますが」
数人に囲まれたら難しいかもしれないが、この人目がある中でそんな状況は起こらないだろう。
一対一なら大体勝てるだろうし、私が危険な目に遭う可能性は低いと思う。
少なくとも天地君よりは、自衛能力は高いと思う。
私なら大丈夫だ。
項垂れながら『戦艦じゃないんだから……』と呟いている。
有難いが、いらぬ心配をしているくらいなら、早く進みたい。
「行きましょう」
早くしないと、鬱陶しい女子が群がり始める。
今度は案内板を気にしながら先に進むことにした。
「あ、ちょっと! 先行くなって!」
私より背が高いから歩幅は広いはずなのに、どうして遅いのだろう。
情けない、気にせず置いていこう。
そう思い、軽快に足を進めていたのだが……突然前に進めなくなった。
「捕まえた」
振り向くと、天地君に手を掴まれていた。
何故掴むのだ。
「暴走するから、もう捕まえとく」
そう言うと、立ち止まっていた私の手を引き、進み始めた。
子供のように手を引かれている状態で、戸惑ってしまう。
それに……。
「遅い」
「白兎さんが早すぎるんだよ! 競歩じゃないんだから!」
だからといって、何故こんな連行されているような扱いを受けなければならないのだ、解せぬ。
不服だが、黙って進んでいると、前から歩いていた女子が、天地君を見て顔を赤くした。
そして次に私を見て、目を見開いた。
こいつもか。
すれ違ったあと、ボソッと呟いた言葉が耳に届いた。
『手を繋いでる……まさか、あんなのと付き合ってるってこと?』
それを聞いてハッとした。
思わず引かれている手に視線がいった。
そうか、自分は連行されているという認識だったが、これは……『手を繋いで歩いている』と思われるのか。
そう分かった瞬間、血が沸騰したような、一瞬で体温が高くなった気がした。
特に顔が熱い。
振りほどこうと思ったが、今更気にしてしまったことを悟られるのも癪だ。
何でもない振りをして、そのまま手を引かれ続けた。
意識をすると、ただ歩くだけなのに、それが難しいことのように思えてきた。
道路沿いの歩道が狭い上、向かい側からくる人が多く、あまり話さず歩くことが出来たのが救いだった。
「はい、到着!」
そう言うと同時に手を解放され、こっそり安堵の息を吐いた。
体温が上がっている感覚はあるが、歩いたせいだと誤魔化せるだろうし、動揺していることを悟られずに済んだと思う。
「ごめん。手、痛かった?」
「え?」
気がつくと、無意識に繋いでいた手を反対側の手で握っていた。
私は何をやっているのだ!
でも天地君はそれを見て、手が痛かったのかと勘違いしたようだ。
痛いわけでもないし、かと言って『意識してしまっていたから』と正直に話すことも出来ず、どう答えるか分からず黙っていると、私の戸惑いが伝わったのか、微妙な表情になった。
「あー……ごめん」
妙に気まずい空気になってしまった。
これはなんなのだ、居た堪れなくなり、再び足を進めた。
「行きましょう」
「そうだな」
ペースを落とし、並んで歩きながら進む。
人の姿は思っていたより少ない。
他の観光地に行ったのだろう。
神社の敷地は狭く、鳥居を潜り、少しの階段を上ってすぐに拝殿が見えた。
「あった!」
拝殿に向かい、お参りをするのかと思いきや、天地君は境内の一角に駆け寄って行った。
境内で走るな、子供か。
「これ見てよ!」
立ち止まり、嬉しそうにこちらを見ながら示した場所には、神社では良く見かける石の像があった。
だが、像になっている動物が見慣れないものだった。
大体は狛犬のはずだが……。
「兎?」
「そう、狛兎! ついて来て!」
今度はお守りやおみくじを販売している場所に駆けていった。
……忙しい人だ。
「ほら、これ!」
見るとそこには、雪兎のような刺繍がついた合格祈願のお守りが売られていた。
「これ、深雪君にぴったりだと思って! スマホで探してたときに見つけて、『これだ!』って思ったんだよね」
嬉しそうに話す笑顔を見ていると、毒気が抜かれる。
いつもそうだ。
剣を向けて立ち向かっていたはずなのに、気がつけば剣を置いてしまっている。
この人の特性なのだろうか。
……勝てる気がしない。
「いいですね。でも、お参りしてから買いましょう」
「あ」
早く私に見せたくて、参拝するのを忘れていたのだろう。
本当に子供のようだ。
恥ずかしくなったのか、ポリポリと頭を掻きながら拝殿に向かう背中を見て、不思議な温かい気持ちになった。
参拝を済ませ、お守りを買った私たちは、おみくじをしたり、境内を見て回って楽しんだ後、近くの喫茶店で休んでから帰りのバスに乗った。
バスの中は空いていて、二人並んで座ることが出来た。
話すことはせず、窓の景色を楽しんでいた。
暫くして、到着までの残り時間があと半分になった頃、天地君が鞄から何かを取り出した。
「これ、白兎さんに」
取り出したそれを渡され、何気なく受け取った。
さっき行った神社の紙袋に入っていた中身を取り出すと、小さな鈴と、金色の兎ついたストラップだった。
包装してい台紙には、幸運を呼ぶ鈴と魔除け兎と書かれている。
「それが一番可愛かったから、それにした。今日付き合ってくれたお礼ってことで」
私の弟の合格祈願の御守りを買いに来たのに。
お礼を言うのはこちらのはずだ。
それを伝え、断ろうとしたのだが……。
「じゃあ、単純にプレゼント。貰ってよ。返された方が悲しいし」
そう言われると、返すことが出来ない。
自分は何も買っていないし、申し訳なくなる。
こんな可愛いものは、自分には似合わないし……。
「ありがとうございます。ごめんなさい、今度お礼をさせてください」
「そんなのいいって」
笑いながらそう返され、胸が苦しくなった。
……今日の私は、貰ってばかりだ。
袋の中で揺れる鈴と可愛い兎を見ていると泣きたくなってきた。
体調や機嫌に気を使ってもらい、こんなプレゼントを貰い……。
「……はあ」
こっそりと溜息をついた。
どうしてこの人といると、強い自分で居られなくなるのだろう。
泣いたりしてしまったら、また気を使わせてしまう。
下を向いていてもいけない、心配をかけてしまう。
バスの残り時間、なんでもない振りをすることに必死だった。
***
「姉さん、ずるい。あき兄とデートしてるなんて」
神社から帰ってきて、天地君と二人で、塾まで深雪を迎えに行った。
そのまま三人で家に戻り、家の前で深雪にお守りを渡すと、天地君は帰って行った。
そして家に入り、部屋で休もうとしていた私に、言い放たれた言葉がこれだ。
「デ、デートじゃない!」
「でも、二人きりで出掛けたんでしょ? おれもあき兄と二人で出掛けたい」
深雪の目は真剣だった。
怒りを孕んでいることも分かる。
「それは……駄目よ」
「どうして?」
「どうしてって、それは……」
もちろん、『深雪がBLになるのが嫌だから』、そうだったはずなのに……。
今一番に思い浮かんだのは、それでは無かった。
そのことに自分で驚いてしまった。
私は今、何を考えたのだろう。
「ねえ。姉さんは、あき兄のこと、どう思ってるの?」
「え、どうって……」
BLゲームの主人公で、宿敵だった人物で……私と同じ転生をしていて……。
私なんかを構う、変わった人だ。
ただそれだけ……、それだけのはずだ。
「おれ、凄く姉さんが羨ましい。……姉さんは、女の子だから」
「深雪……」
言葉の意味が、瞬時に分かった。
『やっぱり』、そう思った。
それが憧れなのか、愛情なのかは分からない。
でも確実に、深雪は天地君のことを恋愛対象として意識している。
天地君と接点が無かった時は、避けられる運命なのではないかと思っていた。
でも……天地君に出会ってしまった。
彼を知ってしまった。
日に日に恐怖は増していった。
いつからか、それは諦めに変わっていった。
運命は避けられない、そう悟ってしまった。
深雪が、どんどん天地君にに心酔していくのが目に見えた。
仕方の無いことなのかもしれない。
彼は恐ろしいほど、心の中に入ってきてしまうのだ。
……私だって。
……え、私?
「でもね」
考えていたことに動揺していたが、深雪が口を開き、意識が戻された。
戻されはしたが、どうしてか胸がおかしい、波打つのが早くなっている。
「姉さんとあき兄が、恋人同士になってくれたら嬉しいな」
「……え?」
言われた意味はすぐに理解できたが、信じられず、聞き間違いかと疑ってしまった。
でも、恐らく聞き間違いではない。
穏やかに微笑む深雪の顔を見ると、そう思う。
「何を言っているの? どうして……」
「だって、おれの大好きな二人が恋人になるなんて、幸せだもん。あき兄だと、姉さんはきっと幸せになれるよ」
にっこりと微笑む笑顔は、本心を言っていると証明している。
思考回路がパンクしていて、パニックになっているが、熱いものが込み上げてくる。
わけが分からない。
「姉さん。もう自分の気持ち、分かってるでしょ? 人を好きになるって言うのは、恥ずかしいことじゃないよ」
「……!」
心の底で『こんな私が、恋をしているなんて恥ずかしい』、そう思っていた。
私は自分の恋愛感情を『恥』だと思っていた。
でもそれは結局、自分を守っていたのだ。
笑われないように、傷つかないように。
「素直になって、勇気を出してみてよ」
「深雪……」
深雪には全部見透かされていたようだ。
それは姉弟だからか、同じ人を好きになったからかは分からないけど。
「ごめんね、深雪。……そうだね」
二人で出掛け、本当は……嬉しかった。
こんな私を、ちゃんと『女の子扱い』してくれたことが。
だから悲しかった。
女の子らしくない自分が。
申し訳なかった。
こんな私を連れていて、彼に恥をかかせてしまうことが。
櫻井雛を思い出した。
あんなになりたい。
ふさわしくなりたい、周りにも認められたい。
「私、女の子らしくなりたい」
「なれるよ。今度は、おれが姉さんを守ってあげる」
なれるのだろうか……不安でたまらないが。
「おれ、今年に入ってももう二センチも背が伸びたんだから」
深雪を見ていると、やらなければならないと思った。
出来る、必ずやる。
決めた。
自分に自信を持てるようになれたら、隣にいても恥ずかしくないと思えるようになったら……。
***
深雪君の合格祈願のお守りを買いに行った日の夜、白兎さんから電話があった。
白兎さんから電話なんて、初めてのことだった。
大体ラインか、深雪君を通しての連絡だったのだが。
何かあったのだろうかと思考を巡らせながら通話ボタンを押した。
「白兎さん?」
『私、鍛えます』
「え? ええ!?」
挨拶もなく、いきなり本題と言うのもあれだが、聞こえてきた内容に驚いた。
折角頑張っていたのに、どうしたというのだ!
「なんで!? 綺麗になってきたのに!」
『勘違いしていませんか? 鍛えるのは、精神の方です。私、本気を出します。そして、自信をつけます』
「はあ」
何かさっぱり分からないが、何か決意したことは分かる。
『頑張ります。気合を入れて、夏休みの残された時間で最善を尽くします。その間、天地君には会いません』
「ええ!?」
何故そういうことになるのかは分からないが、真剣な様子の白兎さんがそう言うのだから、抗議して水を指すのは良くない空気を感じる。
夏休みは始まったばかりなのに会えなくなるなんて、凄く寂しいが。
『学校が始まる二学期始業式の前日、会って貰えませんか? その日を目指して、頑張りますので……』
「分かった。正直何がなんだか分からないけど、応援してる。頑張って」
『ありがとうございます。では……』
言いたいことだけを言うと白兎さんは電話を切った。
***
夏休みも中盤を過ぎた。
……静かで、退屈だ。
白兎姉弟と過ごすことが多かったので、ぽっかり穴が空いたような喪失感がある。
気がつけば、白兎さんや深雪君のことばかり考えている。
深雪君とのやりとりは続けているが、受験生と言うこともあり、直接会うことは出来ていない。
寂しいなあ。
そんな日々を送っていたある日、久しぶりに会えることになった。
塾の帰りにうちに遊びに来たいと連絡があったのだ。
すぐに返事を返し、待ちわびた当日。
扉を開けると同時に飛びついてきてくれた深雪君と、久々の感動の再会シーンを繰り広げたのだった。
リビングに上がって貰い、お互いの近況を話しあった。
深雪君は勉強漬けの日々を送っていて大変そうだ。
「白兎さん、頑張ってる?」
「はい、凄く。ちょっと心配なぐらい」
「え!?」
何をしているか分からないが、恐らく『鍛えない』ということを頑張っているのだろう。
無理をして、断食なんてしているのだろうか。
一気に心配になった。
「あ、いえ、多分大丈夫です。大丈夫なんですけど……なんか、どんどん綺麗になって……寂しいんです」
「寂しい?」
白兎さんは綺麗になっているらしい。
早く見たい、会いたいという気持ちが湧いてくるが……それが寂しいとはどういうことだろう。
放っておかれているのだろうか。
「姉さんが本来の姿になるのは嬉しいはずなのに……あき兄に負けた気がします」
「僕?」
何故僕が出てくるのだろう。
『鍛えない』のきっかけを作ったからだろうか。
深雪君の話はまだ続いている。
「でも姉さんに、あき兄を取られた気もするんです。……おれだけのけ者みたいだ」
白兎さんに内緒にして、深雪君と仲良くしていた時期があったが、白兎さんにバレてからは二人でいることは無かった。
だからだろうか。
可愛い……なんて可愛いんだ!
シュンと寂しそうな表情を見ていると堪らなくなった。
「深雪君は可愛いなあ!」
思わずギュッと抱きしめてしまった。
可愛い弟め、ハグしてやる!
「あき兄……」
深雪君も僕に手を回し、抱きついてきてくれた。
可愛い、癒される……!
リビングで暫くハグを満喫し、そろそろいいかと離れようとしたのだが……あれ?
深雪君が中々離れない。
どうしたのだろうか。
ホームシック的な感じなのだろうか。
それだけ懐いてくれていると思うと嬉しいが。
「深雪君?」
「おれと姉さん、どっちの方が好きですか?」
そろそろいいんじゃないかと、様子を伺うために話しかけたのだが、妙な質問をされてしまった。
「どっちなんてないよ」
「それじゃあ駄目ですよ。それじゃあ姉さんはあげません」
「え?」
……どういう意味なのだろう。
「おれで我慢してもらうことになりますよ」
そういうと、僕の背中に回していた腕に力が入った。
これは……。
もしかして、ゲームの通りになっている?
そこで漸く、頭が切り替わった。
……どうしよう。
引き離した方がいいのか迷っていると、ゆっくりと深雪君は離れていった。
「姉さん、凄く頑張ってます」
何事も無かったように、笑顔で話し始めた深雪君。
今のはなんだったのだろう。
僕が意思しすぎたのだろうか。
「そ、そうなんだ」
戸惑いで、焦ってしまった。
「今度姉さんに会うとき、覚悟しておいてくださいね」
にっこりと微笑む顔を見ると、今のはなんだったのか分からないが、それについて突き詰めるつもりがない事を悟った。
だったら、僕も追及しない方がいいのかもしれない。
動揺していた心を落ち着かせ、頷いた。
「分かった。心の準備をしておく」
その後、帰宅した兄とも久々の再会をし、会話を楽しんだ後深雪君は帰っていた。
そして、始業式の二日前、白兎さんから『明日会いたい』と連絡があった。
***
白兎さんからの連絡を受け、以前話をした公園で待っていた僕は、緊張していた。
何故か分からないが、緊張するのだ。
深雪君が凄く綺麗になっていると言っていたし、きっと驚きのビフォアアフターになっているのだろう。
でも、身内眼鏡で盛ってしまい、実はあまり変わっていない可能性もある。
その場合はなんと言えばいいのだろう、なんて思考が無駄に巡っている。
まあ、見た目なんて本当はどうでもいいと思う。
どんな姿でも、白兎さんは白兎さんだし。
でもそれを言うと、白兎さんが頑張った意味が無くなってしまう。
悶々と考えていると、ベンチに同年代の綺麗な女の子が座った。
水色のワンピースに白のカーディガンを羽織っていて、肩甲骨の辺りまである銀髪は、毛先の方がふんわりとしたウェーブがかかった、上品でキリッとしたお嬢様風の子……って、妙に見覚えがある。
不躾だが、じーっと顔を見て、記憶を探った。
僕に見られていることが分かり、顔を背ける女の子。
あれ……どこかで……。
ああ、小さい頃の写真で……って……ええ!?
「まさか……白兎さん?」
「そうですが、何か」
『そうですが』って……。
「えええええええ!?」
驚きで、コントのように後ろに転びそうになった。
以前深雪君が見せてくれた、写真の美幼女がそのまま大きくなったようだ。
体格は丸くなった、といっても太ったわけではない。
角が取れて、シャープになった感じだ。
鍛えられているというより、引き締まったスレンダーなスタイルで、アスリートを彷彿とさせる。
色が白いから、ウィンタースポーツのアスリートかな。
「まじか……」
予想より遥か上を行くビフォアアフターだった。
多分誰も気がつかない。
人体の神秘だ。
「ど、どうでしょう」
恥ずかしいのか、こちらを全然見てくれない。
その様子さえ、美しく見える。
恐ろしいな。
「それが、本来の白兎さんなんだね。すっごく綺麗だ。服も可愛いね」
そう伝えると、更に顔をそらし、とうとう後ろを向いてしまった。
『後姿も綺麗だよ』と伝えると、ぐるっと回って前向きに戻ってきた。
照れすぎて行動がおかしい、面白いな。
以前の私服でスカートを見たことは無かった。
髪も一つに編んで束ねていただけだったし、お洒落で可愛くなっている。
「服は、母さんに着せられました」
「そっか。これからはお母さんも、服を買うのが楽しくなるんじゃない?」
モデルがこれだけ良いのだ。
プロデュースのしがいがあるだろう。
「……これで、ギャフンと言わせられるでしょうか」
「ギャフンどころじゃないくらいだと思うよ。皆ビックリして、倒れちゃうかもよ」
僕も目が飛び出そうになった。
「……少し、明日学校に行くのが緊張します」
「じゃあ、一緒に行く?」
「……はい」
「じゃあ、エスコートさせて貰います」
そう告げると、更に顔が赤くなった。
「……よろしくお願いします」
小さな声が聞こえた。
可愛くて、思わず笑ってしまった。
***
翌日、意気揚々と白兎さんの家まで迎えに行った。
夏休み明けの始業式がこんなにワクワクするなんて初めてだ。
制服姿の白兎さんもきっと綺麗だろう。
「あき兄、おはようございます!」
「おはよう。愛美を迎えに来てくれたのね」
玄関で、深雪君とお母さんに出迎えてくれた。
深雪君も制服を着ていて、鞄を持っている。
途中まで一緒に行くつもりのようだ。
深雪君に話しかけようとしたのだが、白兎母に手を掴まれた。
「天地君! 愛美、本当に綺麗になったでしょう?」
かなり興奮した様子だ。
「はい、びっくりしました」
「天地君のおかげよ、本当にありがとうね!」
「僕は何もしてません」
力強く手を握られ、お礼を言われたが、本当に僕は何もしていない。
「天地君がいたから、愛美は綺麗になりたいって……」
「お母さんっ!」
言葉を遮るように、白兎さんが飛び出てきた。
思っていた通り、制服姿も凛々しくて綺麗だ。
髪は以前のように、編んで一つに束ねるスタイルに戻っていた。
「おはよう。制服姿も綺麗だね。髪は昨日の髪型にしないの?」
「……自分では出来ないので」
「昨日は私が張り切ってお洒落させたのよ! そりゃあもう天地君のハートをがっ」
嬉しそうに話し始めた母の口を押さえながら、白兎さんはリビングの方に消えた。
戻ってきたときは母はいなかった。
何か余計なことを言おうとしたようだ。
今のを見ている限り、腕力は衰えていないように見える。
……気をつけよう。
***
白兎家を出て、途中深雪君と別れ、今は学校までに道のりを二人で歩いている。
白兎さんは命を狙われているのではないかというくらいキョロキョロと周りを気にしている。
まあ、気持ちも分からないが。
「天地君と一緒にいるの誰!?」
「転校生!?」
明らかに見られている。
今の白兎さんの容姿は凄く目を引く。
前も目を引いたが、理由が変わってしまった。
皆白兎さんだと気づかないようだ。
あれは誰だとコソコソ話しているのが耳に入る。
……そりゃそうだよな。
「へ、変なんでしょうか」
「綺麗過ぎてびっくりしてるだけだから。自信持って」
「は、はい」
学校の門をくぐり、出会う生徒の数が増えると、騒々しさが増した。
白兎さんは少し慣れてきたようだが、まだ落ち着かないようではある。
昇降口を通り、クラスの扉の前。
取っ手に手をかける僕の後ろで、白兎さんはこっそり深呼吸をしていた。
「開けるよ?」
緊張しているようだが、心の準備は出来たのだろうか。
「……はい。大丈夫です」
それを聞き、扉を開けた。
まず僕が先に入り、既に登校していたクラスメイトに挨拶をした。
次に誰が入ってくるのかと僕の後ろに目を向け、白兎さんの姿を見たクラスメイトは動揺した。
この美人は誰だ、と。
僕は自分の席に何食わぬ顔で座り、白兎さんも自分の席に向かった。
クラス中が謎の美女の行き先を見守る中、その人が白兎さんの席に座った瞬間、騒然となった。
近くにいた女子生徒が遠慮がちに尋ねた。
「野兎さん?」
「はい」
その声は、小さな声だったが教室に響いた。
静まり返る教室。
その中で僕はこっそりとニヤニヤしていた。
そうなるよな、と。
誰かが驚きの声を上げたのを皮切りに、今度は教室内が騒然となった。
何時の間にか白兎さんは囲まれて、質問責めだ。
その中心でピシッと背筋を伸ばして硬直しているのが人の隙間から見えた。
……どうしたらいいのか分からないんだな。
それが可笑しくて笑っていると。
人の壁を崩しながら白兎さんが僕のところに歩いて来た。
無言だ。
でも、顔が『無理だ』と言っている。
「ちょっと、外の空気吸いに行く?」
「はい……」
凄く注目されているが、助けを求められたので仕方が無い。
見られながら白兎さんを引き連れ、廊下に出た。
時間的に屋上まで行っている余裕はない。
廊下の窓を開けて、話をすることにした。
廊下にいる人や、教室の窓からこちらを見ている人がいるが、どうしようもない。
あまり気にせず話をしていると、誰かに呼ばれた気がした。
振り向くと、そこには雛が立っていた。
「よう、おはよう」
雛は目を見開いて、白兎さんを見ていた。
「……お、おはようございます」
見られている白兎さんは、居心地悪そうにしながら挨拶をした。
「誰?」
挨拶を返さず、雛から出た言葉はこれだった。
挨拶ぐらいしろと思うが、仕方がないか。
「……野兎です」
「……えっ……ええええええ!!?」
まあ、そうなるよな。
廊下に響き渡るような声で雛が驚いた。
「そうなんだ……。でも、なんでアキと二人でいるの?」
「なんだよ、いちゃ悪いのかよ」
「悪くはないけど……」
俯きながら何やらブツブツ言っている。
言いたいことがあるならはっきり言えと思っていると、HR開始のチャイムが鳴った。
そろそろ教室に戻らなければ。
白兎さんに声を掛け、教室に向かった。
「櫻井さん」
驚きの変化を遂げた女生徒に声を掛けられ、黒髪の少女は立ち止まった。
「私、櫻井さんのようになりたかったんです」
「え?」
突然告げられた内容に戸惑った。
それはどういう意味なのだろうと。
だけどそれはすぐに分かった。
彼女が穏やかな視線を向ける先には、自分の想い人の背中があった。
「一緒にいたいんです」
今度は、自分に視線を向けられた。
とても強く、綺麗な目だった。
全て分かった。
彼女が変わった理由も。
「それは宣戦布告ってこと?」
「はい」
「……分かった」
それを聞くと、彼女は愛しい背中を追いかけていった。
「なによ、そっちの方が有利じゃない」
それでなくても、自分は一度断られている。
かなり自分の方が分が悪い状況だ。
「でも、負けないし!」
諦めてしまいそうになっていた自分を奮い立たせ、黒髪の少女は自分のクラスへと向かったのだった。
***
『放課後、屋上に来て欲しい』
白兎さんにそう言われた。
改めてなんなのだろう。
外の空気を吸って、落ち着いてから帰りたいということだろうか。
兎に角、行けば分かることだと、屋上に足を向けた。
屋上の扉を開け、白兎さんを探していると声が聞こえてきた。
白兎さんの声だ。
あと一人、女の子の声がする。
声の方に近づき、死角からこっそり覗くと、白兎さんと、桃色の髪の女子がいた。
あれは、白兎さんに意地悪をしていた桃色ツインテールの女子じゃないか。
嫌な予感がする。
どうやら、何か言い争っているようだ。
「私、頑張りました。これで誰にも文句は言わせません」
「なによ、ちょっと良くなったからか調子にのらないでよ! 天地君から離れてよ!」
「嫌です」
あの子はまた……。
どうしてこうも白兎さんに突っかかって行くのだろう。
間に入ろうとしたのだが、次に聞こえてきた言葉に、思わず足が止まった。
「私、天地君の隣にいます。誰にも譲りません」
……え?
……それは、どういう意味だろう。
思い当たるものは一つあるのだが……。
それは自意識過剰だろうか。
「馬っ鹿じゃない! あんたなんかに、天地君が本気になるわけないじゃない!」
「それは、やってみなければ分かりません。私は頑張ります」
鼓動が早くなっていく。
何かを期待してしまっている。
これはもう……。
話している内容からすると、自意識過剰ではない?
そう思うと、顔が燃えそうな熱くなった。
白兎さん……僕のことが好き、とか?
深雪君が言っていた言葉は、ここに通じているのだろうか。
どうしよう……凄く、嬉しい。
深雪君の言葉を聞いて、あれから白兎さんのことを良く考えるようになっていた。
僕と同じ、前世の記憶がある人で、信念を貫く強さを持った人だ。
そして、とても優しい人だ。
自分より、大事な人のことを優先してしまうくらい。
でも本当は弱いところもあって、それを表に出せない不器用な人で……放っておけない。
なんだ、僕も……。
「ふん、好きにすれば!」
桃色ツインテールの女子が白兎さんから離れ……僕の前を通った。
顔が赤いのを見られるのも嫌だし、『やばい、見つかる』と思ったが時既に遅く、見られてしまった。
彼女は僕を見ると、目を見開き、そのまま何も言わず走って行ってしまった。
申し訳ない気もするが、白兎さんにした一連の行動に対する不信感がるので、まあいいかとも思ってしまった。
「あっ、あっ……」
後ろの方から奇声が聞こえ、何かと振り向くと、そこには白兎さんが立っていた。
「あ」
「あっ、天地君……いつからそこに!?」
「あはは……」
盗み聞きしていたなんて気まずい。
……バレバレだと思うが。
「もしかして……今の……聞いてました?」
誤魔化すことも考えたが……無理がありそうだ。
正直に言うしかないよな。
「……うん」
肯定して返すと、白兎さんの美しくなったはずの顔立ちが、見る見る鬼のように形相になっていった。
「うっ……うおおおおおおっ」
「白兎さん!?」
戦士時代を思い出させるような雄たけびを上げる白兎さん。
どうしたというのだ、ご乱心か!?
終には手で顔を覆い、しゃがみこんでしまった。
「聞かれてっ……いたなんてっ」
……どうやら照れていたらしい。
見える肌が全て真っ赤だ。
顔を抑えている両手まで赤い。
さっきの雄たけびはドラゴンでも召喚出来そうな迫力だったが、今は可愛く見える。
「さっきの、どういう意味か聞いていい?」
「断る!」
あ、なんだか『断る』が懐かしいな。
今までの『断る』は、言葉の通りの拒絶だったが、今は温かいものを感じる。
和んでしまうくらいだ。
そんなことを考えているうちに、白兎さんは立ち上がり、今まで見たこと無いほど狼狽えていた。
「……でも言うつもりで来て貰ったんだから……やっぱり、ちょっと待って、ちょっと待ってください!」
「ははっ……分かった」
狼狽えているというより挙動不審だ。
ぐるぐる動き回って、何かごにょごにょ呟いている。
壊れたおもちゃみたいで面白可愛いし、いつまでも見ていたい気がするが……そういうわけにはいかないな。
「提案があるんだけど」
「はい?」
人が来そうだし、いつまでも待っていられない。
早く大事なことを言ってしまおう。
「僕の彼女になりませんか」
「え?」
「前世っていう共通点があるから、誰より分かり合えると思うし。僕と白兎さんが付き合えば、深雪君ルートの心配もなくなるし。僕は白兎さんのことが好きみたいだし」
言っている意味が分からなかったのか、白兎さんは口をポカンと開けて呆然としていた。
暫く固まっていたが、漸く理解できたのか奇行は止まり、再び顔を抑えてしゃがみこんだ。
あれ……返事がない。
もしかして、断られるのだろうか。
緊張しながら見守っていたのだが……。
「先に……言われてしまった!」
顔は見えないが、声色に拒むものがない。
発した言葉も……きっと、拒否じゃない。
『自分が先に言いたかった』って、ことだよな?
だったら……。
じんわりと、熱いものが胸に込み上げてきた。
「隣にいてくれるんだろ? それとも、深雪君に譲る?」
「譲りません! 天地君の隣に駐在する所存であります!」
「だからなんで報告口調なんだよ」
BLゲームの世界で、主人公の弟に転生だなんて、誰にも理解してもらえないと思っていた。
ふと、世界に自分ひとりだけのような孤独を感じるときがあったけど、奇跡的に理解し会える人にめぐり合えた。
そしてその人は、ずっとそばに、隣にいてくれるらしい。
これが運命なのかどうかは分からないが、僕はこの人生も、幸せに送れそうです。
以後更新の予定はありますが、作品としてはこれにて完結です。
ご意見・ご感想・評価など頂けると嬉しいです。
お付き合いくださり、ありがとうございました!




