第二話 愛し合う二人と邪なる弟
『Flowering Season ―黒き薔薇の学び舎ー』
ボーイズラブゲーム ※一八禁
七千八百円(税別)
大変お世話になったゲームです。
その節はどうもありがとうございました。
全ルートクリア、勿論スチルコンプ済み。
ご馳走様でした。合掌。
兄が『主人公』、春兄が『攻略キャラ』であることに気がつき、自分の置かれた状況が分かった。
ここはゲームの世界、そして自分は主人公の弟だと。
ゲームには今の僕の立場である『弟』なんて登場しなかったけれど、いたんだねえ。
攻略キャラは四人いて、それぞれ『春夏秋冬』の内一字が入っている。
現状は『春』担当の春兄こと『櫻井春樹』と結ばれるルートで進んでいるということも察しがついた。
季節のイベントは必ず春兄と行っていたし、つい最近二人は珍しくケンカをしていた。
内容は知らなかったが、二人が結ばれる最後のイベントであったのだろう。
少し記憶は曖昧だが、春兄と兄は一度肉体関係を持ったがそれは成り行きで、その時はまだ気持ちが追いついていなかった。
その後すぐに春兄は気持ちに気づき、再度兄を求めたが兄は拒絶。
春兄はこれに傷ついたが、兄のことを想って考えた結果距離を置くことに。
しかし離れたことで春兄への気持ちに気がついた兄が告白して、晴れて二人は気持ちも身体もひとつにゴートゥベッド!
その時点ですでに兄は少なくとも二回はヤッ……うん。
『兄ちゃん……開通後ですか』と気がついた時は滾るような……一方ショックでもあるという複雑な想いをしたものだ。
前世は腐女子と呼ばれる存在だったので嫌悪感はない。
むしろ興味津々で二人が出来上がっていくところをリアルタイムで見たかった。
この曇りに曇った邪眼に焼き付けたかったが、その反面健全な男子として生きてきた土台もあるので心中複雑だったりもする。
僕自身はBLをするつもりはないしね。
今は特に恋愛に興味はないが付き合うなら女の子がいいし、掘るのも掘られるのも全身全霊でご遠慮願いたい。
ただ腐女子の記憶が覚醒してしまった以上、勝手にこの目が疼くわけで……。
※※※
兄達は高校三年生で、僕はピカピカの一年生。
同じ高校に通っている。
ゲームの舞台である『華四季園学園』は共学の私立だ。
ゲームでは女子は飾りや噛ませ犬程度の存在だったが、現実ではなんてこと無い普通の共学である。
制服の上は紺のブレザーで、中には白いシャツを着用。
男子はネクタイで女子は大きなリボン、両方色は赤である。
下は『紺・水色・白』の寒色系で組まれたタータン・チェック柄のスカートとズボンだ。
あと、制服のどこかに学年を表すピンをとめなければならない。
このピンは薔薇の花びらがモチーフになっているのだが、花びら一枚が一年生、二枚が二年生、三枚が三年生となっている。
制服が可愛いと人気だが規定の通りに着ている者は少なく、どこかを崩したりアレンジしたりしているのがほとんどである。
それではこの評判は正しいのか疑問に思うが、この制服はベースとして優秀でお洒落な生徒が多い学校と解釈することにしよう。
僕は割とまじめに制服を着ているほうだがブレザーのボタンは閉めずに開けている。
兄はきちっとボタンも閉め、カタログに載っているような完璧なスタイルである。
春兄はブレザーを着ていないが一応ネクタイは雑につけている。
外見は自由な学校だが、割と偏差値的にも家庭環境の面でも恵まれている者が多く、周辺地域ではレベルの高い学校と認識されている。
華四季園に通っていると言うと一目置かれるような扱いだ。
僕も兄の後を追いかけたくて必死で頑張ったものである。
と言っても、勉強は元から嫌いではないし出来る方だったのでそんなに苦ではなかった。
これも主人公の弟というハイスペックな立ち位置の産物かもしれない。
それにしても……やっぱり兄の人気は凄い。
綺麗な人や格好良い人はいるのだが、中でも兄や攻略キャラ達は群を抜いている。
でも『きゃーきゃー』言っているお嬢さん方には気の毒ですが、『兄には素敵な彼がいるのですよ!』と言ってやりたい。
校庭の中心で叫んでやりたいくらいだ。
僕の方も何かと大変だった。
兄とその幼馴染がBLカップルだと気がついてからはドキドキの連続だった。
家に帰ってきて玄関に春兄の靴があっただけで呼吸困難になりそうになった。
『今日も今日とて来ているじゃないか、お盛んですなあ!』と。
こっそり兄達に気づかれないように自分の部屋に入り静かに聞き耳を立てていると、兄の艶かしい声が聞こえてくることがあってパニックになったことがあった。
あわよくばこれを聞いてやろうと思っていたので、成功といえば成功なのだがいざ始まると非常に気まずい。
兄はイケメンで、そんなに背も低くはないし女性的でもない。
そんな兄のイイ声はゲームで聞くよりずっと良かった。
天使の産声か……。
何が良いのかと言われれば難しいが、腐女子だった頃なら『クソかわ死ぬ!!! マジ掘りてえ!!!』と悶え苦しんでいたことだろう。
だが今はそっとスマホを取り出して、ヘッドフォンをつけて音楽を聴きながら寝ちゃった僕を演出する心遣いが出来る子になった。
実際に僕が帰ってきていたことに驚いた兄が確認に来て、寝ている(フリの)僕を見て安心していた。
ごめん、兄ちゃん。
本当は音楽かけずにがっつり聞いていました。
最後の一声、良かったですよ!
うん、決めた。
小遣いためて高性能なボイスレコーダー買おう。
それにしても、兄達は隠す気があるのかないのか分からない。
割と無防備だ。
バレてもいいっていうスタンスでやっているのだろうか。
密かにどうカミングアウトしてくれるのか、楽しみにしているんだけどなあ。
※※※
朝の八時を過ぎたところ。
僕は目下登校中だ。
ちなみに兄と春兄は二人仲良く連れ立って先に出発した。
ラブラブで大変よろしい。
でも、あんまり度が過ぎると怪しまれちゃうぞ。
「ねえ、アキ。最近、お兄ちゃんの様子がおかしいの」
ほら、言わんこっちゃない。
ここにも察知している子がいますよ。
僕を『アキ』と呼ぶこの子は、クラスは違うが同じ学校同学年に通うJK、『櫻井雛』。
僕の幼馴染であり、春兄の妹だ。
「おかしいって、どういう風に?」
「なんか浮かれているっていうか……彼女でも出来たのかな? 真兄とか聞いてないかなあ?」
そのうちの兄が『彼女』というか『彼氏』なわけですが。
「さあ? 今日は帰ったら聞いてみるよ」
「うん、ありがと。……ねえ、アキはどうなの? そういう話」
「何? 彼女? いると思う?」
「いたらびっくりし過ぎて死んじゃう」
「だろ?」
雛はやはり春兄と同じ血を引いているだけあって、整った顔立ちをしている。
ぱっちり猫目の瞳は春兄と同じ蒼色、化粧をしていなくても綺麗な桜色に色づいた唇は可憐で、透き通った白い肌の結構な美少女である。
髪の色も春兄と同じ黒で肩甲骨あたりまである真っ直ぐな髪は絹のように繊細で綺麗だ。
枝毛なんて一本たりとも存在していません、と書いているかのような艶だ。
左サイドの髪を少し三つ編みにして束ね、先は白いふわりと揺れる大きめのリボンで結んである。
女の子らしくて間違いなく可愛い。
羨ましい、僕も前世ではこうありたかった。
唯一残念なところは『性格』で、クールビューティな春兄と違って世話焼き母さんっぽいところかな。
ちょっと面倒だ。
そういえば雛も当然人気はあるのだが、何故か浮いた話は聞かないなあ。
「そういう雛は? 彼氏とかいる……」
「いるわけないでしょ! い・る・わ・け・ないでしょ! 分かってないのアキくらいよ! もう!」
「何故二回言ったし……何故キレたし……」
話している途中でキレながらズンズン歩いていく雛サン……。
どうしたんだろ、毎月のアレでもきているのだろうか。
二日目あたりか?
今はあの『腹に呪いでもかけられているんじゃないか』と思ってしまうような苦しみから解き放たれたけど辛さは分かるよ、うんうん。
しかし、兄達に彼女がいないか聞いたらどんな反応するのだろう。
本当に聞いてみよう。
ちょっと楽しみだ。
※※※
早く兄達に質問をぶつけたい僕は、朝からそわそわしながら授業を受けた。
授業が終わるとベルが鳴り終わるのを聞かずフライング気味に飛び出し、小走りで家路を急いだ。
「ただいま!」
今日も当然ありますね、春兄の靴。
『ただいま』を言ったが『おかえり』が来ないし、一階にはいない。
兄の部屋にいるようだ。
ということは……励んでいるかもしれない。
でも、今日は話が聞きたい!
申し訳ないが、BL保護法の懲役刑をくらう覚悟を持って邪魔をさせて貰おう。
僕が帰ってきたことを分からせるために、無駄に一階でガシャガシャと音を立て、お菓子を持って二階に向かう。
本当は直で突撃してもいいんだけど合戦真っ最中だったら気の毒だから、身支度をする猶予を与えるというこの気遣い。
僕ってデキル弟だなあ。
まだ階段を上りきらないところで声を掛ける。
もう弟はここまで来ていますよ!
「兄ちゃん、春兄! お菓子食う?」
ゆっくり上っていると、二人が兄の部屋から顔を見せた。
「……食べるよ、下で食べよう」
前世から持ち込んだ邪眼のせいかもしれないが二人とも少し息が乱れ、ツヤツヤしているように見える。
顔しか見えていませんがひょっとして貴方達、生まれたままの姿になってはいませんか?
「兄ちゃんの部屋で食べようよ!」
少し意地悪をしてみる。
へへ……さあ、僕に現場検証させておくれ!
窓を開けて換気したくらいじゃ無駄だぞ!
ファブっても駄目だからな!
「いや、下で食べるよ! 飲み物も欲しいし! なあ、真?」
「そ、そうそう!」
はい、黒です。
十分だ、許してやろう……くっくっく。
「じゃあ、下で待ってるね」
まだ、お楽しみはこれからだしな。
※※※
当たり前だが、二人はちゃんと服を着て降りてきた。
制服だったのでシャツのボタンがずれているという凡ミスをしていないか確認したが、そこも抜かりがなかった。
乱暴に脱がせてボタンが取れてしまった場合も想定し、チェックをしたがその点も大丈夫だった。
つまらん。
――それよりも今日の本題だ。
前準備としてお菓子を広げてそれぞれ飲み物を用意し、テーブルを囲んで雑談を始める。
でも無駄な話はいらない。
早速直球を投げた。
「春兄、雛が心配していたよ。なんか最近様子がおかしいって。彼女でも出来たんじゃないかって」
「ぐふっ」
飲んでいた炭酸のジュースにむせる春兄。
とても動揺していますね!
兄の方は優雅にコーヒーを飲んでいるように見えるが、よく見るとカップを持つ手に力が入っている。
「そういえば兄ちゃんもなんかおかしいよな? 兄ちゃんも彼女出来たとか?」
「「…………」」
二人は完全に黙ってしまった。
だが僕は投球を止めない。むしろ畳み掛ける!
「っていうか、最近良く来ているよね、春兄。もう毎日じゃない? そんなんじゃ彼女なんていないかな?」
さあ、どう返してくるか。
意地が悪いのは分かっているが物凄く楽しい!
ニヤニヤするのを堪えるのに必死だ。
「俺達のことよりお前はどうなんだよ。クラスの女子がお前のこと可愛いって騒いでいたぞ。モテてるんじゃないか?」
「ええ? 僕?」
確かに自分で言うのもなんだが、兄と似ているし、顔面偏差値は高い方……のはずだ。
だが、僕はモテナイ。
女友達は多い方だが、告白なんてされたことはない。
何故だ、解せぬ……。
兄ちゃんとほぼ同じ顔なのに……理不尽だ! あんまりだ!
二人からモテてると言われても嫌味でしかないと思う。
いや、そんなことより! 話を逸らそうとするな!
兄も春兄の話に乗るつもりのようだが逃がさないぞ。
「僕のことはいいんだよ。モテるといえば二人の方こそだろ! なあなあ、どうなんだ? 周りからもいつも聞かれて大変なんだぞ」
「お前が恋バナ好きとは知らなかったよ」
「央もこういうことに興味持つようになったんだな」
「そんな母さんみたいなこと言ってないで教えてよ。誰にも言わないからさ!」
二人はどう答えるか迷っているようだ。
目を合わせて困った顔をしている。
なんですか、アイコンタクトですか?
仲が良いですね見せ付けてくれますね!
あ、どう答えるか相談したいなら作戦タイムをとってもいいですよ?
嘘をつくか、無難にやり過ごすか、はたまたいっそカミングアウトするか。
難しいですな。
ゲームなら間違いなく分岐点だ。
「実は……俺達、付き合っているんだよ」
春兄が素敵な笑顔で話した。
…………え。
マジですか?
ま、ままっままさかのカミングアウトコースですか!?
誤魔化されると思っていたから、どうリアクションとっていいか分からない。
ポカンと間抜けな顔をするしかなかった。
そんな僕を見ている二人は無表情だ。
僕らの間に沈黙が広がった、
「……なんてな」
ニヤリと春兄は笑った。
あれ? もしかして……あれですか。
冗談として言ってみて『様子を伺う』ってやつ?
僕はまだどう反応すればいいのか分からない。
「……でも、本当だったらどうする?」
「え?」
兄がぎこちなく微笑みながら問いかけてきた。
顔は穏やかだが、身体が強張っているように見える。
少し緊張しているような?
……いや、かなり緊張している。
僅かにコーヒーカップを持つ手が震えている。
こんな兄を今まで見たことがない。
驚きと戸惑いで、黙って兄を見ることしか出来ない。
何かリアクションをしなければ……。
気持ちばかりが焦って言葉が何も出てこない。
「……なんてね」
静寂に耐え切れなくなったのか、兄も冗談ということで終わらせた。
でも……兄ちゃん大丈夫!?
さっきよりも、物凄おおおくコーヒーカップがカタカタいっていますけど!
春兄も心配そうに視線を送っている。
完全無欠の兄がこんなに動揺するなんて……。
「ごめん、変な事言って」
苦笑いで兄が僕を見た。
その表情を見てチクリと心が痛んだ。
同時にこの不安そうな様子の原因に思い当たった。
もしかして……「僕に嫌われたくない」って、思っている?
あー……ごめん、兄ちゃん。
二人は真剣なのにふざけすぎた。
すごく自己嫌悪だ。
共働きの上、家を空けることが多い両親に代わり、僕の面倒をみてくれたのは兄だ。
兄に育てて貰った、と言っても過言ではない。
だから僕は兄が大好きだし、兄も僕を大事にしてくれている。
そんな目をかけてきた弟に反対されたら……二人の関係を『気持ち悪い!』とか言われてしまったら……。
怖いよね……ごめん。
「二人が付き合っていても別にいいんじゃない? なんか不思議じゃないし」
「「え?」」
二人が同じ表情で固まった。
僕の反応が予想外だったというか、不思議そうにしている。
「昔っから兄ちゃん達『ニコイチ』っていうか、いつも一緒じゃん。だから『付き合っています』とか言われても違和感ないっていうか。まあ、びっくりはするけど? とりあえず、雛にはダッシュで話しに行こうかなあ~! なんて」
反省した結果、自分も冗談交じりで本当のことを話すことにした。
兄達はまだ僕に全てを話そうとはしていない。
様子を見ている段階のようだ。
だったらちゃんと話してくれるまで待とうとは思うが、自分の想いをそれとなく伝えたい。
どんなことがあっても兄や春兄を嫌悪することなんてない、ということを知っていて欲しい。
今、言ったことは兄達に思う本音だ。
多分、前世のことを思い出していなくても同じことを言う気がする。
「はっ! それでいいのかよ」
「央らしいな」
呆れたように笑いながらも二人は嬉しそうだった。
兄の動揺も治まったようで、震えていた手も止まっていた。
……よかった。
『二人の関係に否定的ではない』ということが伝わったようだ。
今日は冗談交じりだったけど、きっといつかちゃんと話してくれる日がくるだろう。
前途多難な二人には、もう少し時間が必要だろうから大人しく見守りたい。
弟は応援しているよ! って伝えたいけど、それはまだもう少し先までとっておくことにした。
でも、見守る間も覗きはさせて頂きます。
雛には「彼女はいないみたいだけど、好きな人でも出来たんじゃない?」と言っておいた。
「好きな人って誰?」と聞かれたが…………言えねえよ!
春兄、自分の身内は自分で頑張ってくれ。
春兄サイドの方が前途多難だろうな。
とにかく、兄達のことは僕の中で一区切りがついた。
暖かく見守るというスタンスでいようと思う。
そこでふと『あること』を思い出した。
兄に選ばれなかった残り三人の攻略対象者のことだ。
この世界で実際にはどうなっているかは分からないが、ゲーム通りであれば今頃は失恋で胸を痛めるBL――『失恋BL』となっているはずだ。
心中お察しします。
失恋、せつないですね。
どこかの芸能人がテレビで言っていましたよ。
失った恋を癒せるのは新しい恋だけだ、と。
新しい恋、見つかるといいですね。
……そう励ましつつ、『今、彼らはどうしているのだろう』と気になった。
もしかしてもう、NEXTBLラブは始まっている……かも!?
何せ僕には邪眼がある。
邪眼が次の獲物をよこせ! と疼くのである。
残り三人もタイプは違うが、見目麗しいというところは共通している。
綺麗なBLが身近にあるなんて、これはもう邪眼が発動しないわけがない。
「…………はっ!? 『失恋BLを見守る』、これこそが僕の転生した使命なのでは!?」
ということで、それとなく三人に近づき、楽しもうとしたのが間違いだった。
BL充したい! という想いで頭の中がいっぱいになり……迂闊だった。
忘れていた。
僕は兄に似ている、ということを。