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BLゲームの主人公の弟であることに気がつきました(連載版)  作者: 花果 唯
本編

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第十三話 一難去ってまた一難

 カーテンの隙間から眩しい光が差し込み、スマホのけたたましい電子音は朝の六時半を告げた。


「うるせえ……」


 設定したのは自分なのだが、耳を攻撃してくる高音が不快で目覚まし機能に殺意が沸く。

 まだまだ微睡んでいたいが、あと五分もすれば兄が起こしにくるだろう。

 自分より先に起きて、朝ご飯の準備をしてくれている兄の手をこれ以上煩わせるわけにはいかない。起きよう。

 低血圧なのか朝は弱いタイプの僕だが、今日は比較的気持ち良く目が覚めた方だし、何より機嫌が良い。


 『兄との不和』という程でもないが、気まずい状態だったのが解消された上にカミングアウトも受けた。

 状況が変化し、新たなご馳走が頂けそうな気配がして胸が躍る。


 僕に「あはーん」な声を聞かれていることを知ってDV事件を起こし、外に逃亡していた兄だったが、後を追いかけた春兄と小一時間後戻って来た。

 春兄が帰った後に早速、「戻ってくるのが遅かったけど外で何してたの? あ……そうか。もう家ではしないのか」と兄弄りをしてみた。

 すると兄は無言で拳を握り締め、目に涙を溜めていた。可愛い、辛い。

 あんまりやり過ぎると嫌われてしまうから、ほどほどにしよう……とは思っている。

 思ってはいるが兄を見ているとどうしても弄りたくなってしまう。我慢出来ない。

 自分でも気持ち悪いと分かる笑みを浮かべながら、天使の兄がいるはずのキッチンへと向かった。


「央、おはよう」

「はよー」


 やっぱり朝にはこの天使の微笑がなくては。

 兄の姿がなく、ご飯がぽつんと置かれていた時は本当に辛かった。

 世界がモノクロだった。

 今は天使の微笑と兄達カップルという栄養源を取り戻し、虹色に輝いた楽園は蘇った。

 生きていて良かった。


「早く食べないと、時間なくなるよ」

「はーい」


 良い匂いに吸い寄せられるように席に着いた。

 テーブルには、僕が大好きなハムとタマゴのホットサンドが用意されていた。


「やったね、ホットサンドだ!」


 子供の頃から兄の作るこれが大好きで、リクエストして毎日食べていた時期があった。

 兄に「見るのが飽きた」と言われ、作ってくれる機会が減っていたので久しぶりの登場だ。


「央は迷惑かけちゃったからね。お詫び、かな」

「別にいいのに。いいけど……毎日これを作ってくれたら嬉しいなあ」


 期待を込めた視線を向けるが、返ってきた反応は冷たかった。


「嫌。また暫くは見たくない」

「ええ」


 抗議の声を上げたが兄の意思は固そうだ。

 そんなに嫌なのか。

 もしかしたら子供の頃、凄く凝った「パティシエか!」と突っ込みたくなるような豪華なパンケーキを作ってくれたが、「ホットサンドの方がいい」とあまり喜ばなかったことを根に持っているのかもしれない。

 兄にはそういうところが少しある。

 次の機会は気長に待つとして、今は目の前の好物を堪能しよう。


「はあ、美味い……」


 このシンプルにタマゴとハムを味わえるバランスが良い。

 サンドイッチよりもホットサンドな分、匂いや風味が増して最高だ。

 このホットサンドとカフェオレの組み合わせがあれば僕は生きていける。

 是非とも僕があの世に旅立つ時も、棺桶の中にはこれをいれて欲しいものである。


「こんな簡単なものでそんなに喜ぶなんて、手が掛からなくていいけど」


 兄が向かいの席に座り、優雅にブラックコーヒーを飲みながら呟いた。

 おや? 今僕を「単純でいい」と小馬鹿にしましたか?


「ブラックでいいの? 彼氏の影響でカフェオレ飲んじゃうんじゃなかったっけ?」


 そっちがその気なら僕だって黙ってないぞ。

 ニヤリと口角を上げながら兄を見ると、少し血色の良くなった顔で鋭い視線を向けてきた。

 そんなに睨んでも可愛いだけだもんね、くっくっく。


 悪い笑みを浮かべながら食べ進めていると、「ピンポーン」とインターホンが鳴った。

 迎えが来るにはまだ早い時間だ、誰だろう。

 兄が対応するため玄関に向かった。

 戻ってきた兄の後ろには、大きい人影と小柄な人影がついて来ていた。


「よう」

「アキ、おっはよ!」


 美しき兄妹、春兄と雛だった。

 毎朝来ている二人だが、揃ってこんな早い時間に来ることは珍しい。


「おはよ。二人揃ってどうしたんだ? なんかあんの?」

「ううん。ちゃんと仲良くしているかなあって、チェック! よかった、大丈夫そうね?」

「だから、大丈夫だって言っただろ?」

「お兄ちゃんの『大丈夫』は信用出来ないもん」


 雛にも随分心配させてしまったようだ。

 謎の『先生』とやらに何か話をして、良い方向に向かうように動いてくれていたようだし、感謝しなければいけないな。


「ありがとな、雛」

「うん! 真兄と仲直り出来て良かったね」


 僕と兄は、顔を見合わせて微笑んだ。

 兄は少し気まずそうだ。

 原因は『嫉妬』だもんなあ。


「真兄もお兄ちゃんと、ラブラブに戻れて良かったね!」


 雛はそう言って、満面の笑みを浮かべた。

 ん?

 ……おい、ちょっと待て。

 何か引っかかったぞ。

 兄の方をちらりと見ると固まっていた。


「雛……! 俺がタイミングを見て言うって言っただろうが!」

「え? でも、アキも知ってたんだよね? じゃあ、もう話したんじゃないの?」

「まだ言ってねえよ馬鹿!」

「ええ!?」


 春兄と雛がコソコソとやり取りをしている。

 丸見えだし、丸聞こえだけど!

 僕は状況を察し始め、まさかという思いでドキドキし始めた。

 兄も恐らく察したのだろう。

 春兄は固まったままの兄を見て説明するしかないと悟ったようで口を開いた。


「実は雛も、俺と真が付き合っていることを知っていたんだ」

「……嘘だろ、本当に?」


 察していた通りの内容だったが、思わず確認してしまった。

 雛には兄達がカップルになるという発想がないだろうから、不審に思っても結局は分からないだろうと思い込んでいた。


「最近だけどね、分かっちゃったの。お兄ちゃんに聞いたら、黙っているように言われて……」

「そうだったのか」

「アキは前から気がついていたの?」

「まあ、なんとなくだけど……?」


「なんとなく」なんて嘘です。

 真っ最中の声までガッツリ聞いています。

 でも、雛にそこまで話すことはないだろう。

 その辺りを察してか、春兄は落ち着かない様子だった。

 兄はまだ固まっている。


「そっか、凄いなあ。私なんて先生に言われるまで気がつかなかったもん」


 また出たよ、『先生』。


「おいおい、その先生とやらは俺達のこと知っているのか?」


 おや、この様子だと春兄は『先生』のことを知らなかったのか。

 雛から助言を貰っていたようだったから、てっきり知っているのかと思っていたのだが……。


「え、そうだよ? 真兄が『ヤキモチを妬いているんじゃないか』ってアドバイスをくれたの先生だもん。その時に言わなかったっけ?」

「聞いてねえよ! お前の意見じゃなかったのかよ。じゃあ、お前が気がついたのもそいつに言われたからで、この前の助言もそいつってことか?」

「そうだよ」


 うわ……もう、やめてあげて!

 兄ちゃんがオーバーヒートで機能停止したロボットみたいになっているから!

 『ヤキモチ』について改めて言葉にされ、大ダメージを受けている。

 それに兄は二人の関係を人に知られることに抵抗があるようだ。

 それはネガティブな理由ではなく、単純に恥ずかしいのだと思う。

 雛に知られていただけでもこんなに動揺しているのに、赤の他人に知られていたなんて天使のハートが持たない。


「春兄、今日は早めに学校に行ったら!?」


 公開処刑みたいになっているから、早く助けてあげて!

 JKという無差別兵器から遠ざけて!


「そ、そうだな! 真、行こうか!」

「雛。もう誰にも……絶対、話しちゃ駄目だからね……」

「う、うん」


 兄はキッチンを出る時、振向き様に悲哀に満ちた呟きを残して行った。

 その背中には哀愁が漂っていた。

 春兄、兄ちゃんを宜しくお願いします……。


「私、なんか悪い事しちゃった?」

「はは……」

「でも、ヤキモチ妬いちゃうなんて真兄も可愛いところがあるんだね」


 乾いた笑いしか出ない。

 悪気が無いことは分かるのだが……無邪気って怖い!


「とにかく、兄ちゃんのことはそっとしといてやってくれ。あんまり人に喋るなよ?」

「う、うん、分かった」


 念を押すように強い口調で言うと、雛がしゅんとしてしまった。

 怒られたと思ったのだろうか。

 怒ってはいないのだが……大事なことなので、力が入り過ぎてしまったのかもしれない。

 気を取り直すように、明るい調子で問いかけた。


「しっかし、『先生』って誰だよ」


 まだ好物も食べ終わっていないし、時間がなくなってしまう。

 話しながらフォークを動かす。

 雛を見ると、僕が怒っていないと分かったようで、いつもの調子に戻っていた。


「正体は秘密にしてって言われているの。『アンダーグラウンドで生きるタイプだから』って言ってたよ」

「なんだよそれ、地底人か」

「なんかね、お兄ちゃん達みたいなBLに詳しいの」

「…………っ!?」


 予想外の言葉が聞こえた瞬間、口に入れていたものを吹き出しそうになった。

 なんとか必死に堪えたが、息が苦しい!

 なんということだ……雛の口から「BL」という単語が出てくるなんて!

 雛は僕が激しく動揺していることに気がついていないようで、衝撃トークを続けている。


「あ、BLっていうのは、ボーイズラブで、男の子同士の恋愛のことをいうんだって。『攻め』と『受け』っていうのがあって――」


 知ってるし、お前より数億倍詳しいし!

 生まれ変わってもBLにしがみついているこの僕が、BLについての入門解説を受ける日がくるとは……。

 しかも雛から!

 まだ雛による誰かの受け売り『BL講座』は続いているが、正直耳に入らない。

 先生って腐女子じゃねえか!


 誰だ?

 恐らく雛の周りにいる人――友人の誰かだろう。

 雛の友達を全て把握しているわけではないし、知っている中にもそれらしき人は思い当たらない。

 なんにしろ、腐女子が近くにいるなら警戒した方がいいかもしれない。

 僕に腐女子思考があることは絶対にバレたくない。

 前世でも隠れ腐女子だった。

 イベントに向かう電車の中でも、どっちが『攻め』だという熱い討論を「車内放送しているのか!」というくらい大声で披露する上流階級ではなく、偶然乗り合わせた一般人を装う擬態タイプだった。

 結局は同じ駅で降り、同じ人の波に乗り、お気に入りのサークルさんが作った紙袋に薄い本をパンパンに入れて帰るからバレバレで無駄なあがきではあったが……。

 とにかく、学校で腐の思考に入り浸るのは控えよう。


「あ、ごめん。こんな話、アキは興味ないよね」

「え。まあ、そうだな……」


 興味無いどころか「そんなことばかり考えています」とは言えない。

 下を向いて、口に残ったものを必死に飲み込んだ。

 一気に食欲が失せたな……。

 そういえば、兄達のことを一般JKの雛はどう思ったのだろう。


「お前はどう思っているんだ? 兄ちゃん達のこと」


 雛は一瞬きょとんとしたが、次の瞬間、気まずそうに俯いた。


「正直言うとね、最初は嫌だったんだ。だって、男の子同士だよ? 周りには、可愛い女の子もいっぱいいるし、お兄ちゃん達は人気もあるのに、なんで二人がカップルになっちゃうの! って思ったし」


 仰る通りですね。

 何故か僕が申し訳ない気分になってくる。

 だが、「だからこそ尊いのだ!」と言いたい。

 声には出せないけどここは力説したい!


「でもね。お兄ちゃん達を見ていたら応援したくなったの。お兄ちゃんも真兄も、中途半端な気持ちで付き合ったりする人じゃないし、本当にお互いが好きなんだろうなあ」


 ……雛が良い子でよかった。

「いいなあ、羨ましいなあ」なんて呟きながらニヤニヤしている様子は、同じニヤニヤでも僕とは違って邪気が無くて可愛らしい。

 雛にはこのままでいて欲しい。

 友達の腐女子に毒されてしまわない事を願わずにはいられない。

 腐の神様、雛だけはどうぞお見逃し下さい。

 邪気は僕が雛の分もたんまり献上致します。


「アキはどうだった? 嫌じゃなかったの?」

「僕? 僕は……嫌だって思ったこともないし、お似合いなんじゃないかな、と思ってる」

「そ、そうなの?」


 僕の返答が意外な様子だ。

 まあ、そうだよな。

 少しくらいは何か思わなかったのか、って思うだろう。


「ん? 何?」


 雛が何か言いたそうな顔でこちらを見ている。

 僕はカフェオレを喉に流しながら、話すよう促した。

 別に気を使う関係でもないのに、何を言い淀んでいるのだろう。


「ね、ねえ。変なこと聞いていい?」

「だから何だよ」

「……アキはBLじゃないよね?」


 今度はカフェオレを噴きそうになった。

 兄がそうなら弟も……と思うのは仕方ない。

 でも、異性の幼なじみに面と向かって「貴方はBLですか」という質問をされるなんて……。


「僕は違うよ」

「そっか、そうよね! うんうん、良かった! BLじゃなくて良かった!」

「何の確認だよ。っていうか、そういうことをあんまり兄ちゃん達の前で言うなよ?」

「あ、そうよね。でも、BLが悪いって言ってるんじゃないの、アキが違ったから嬉しくて……ごめん!」

「いや、別に謝んなくてもいいけど」


 もしかしたら、僕の方が気を使い過ぎているのかもしれないが、兄達にはなるべく心穏やかに励んで欲しい。

 刺激するような言葉は謹んで貰いたい。

 それでなくても僕にバレたから、あまり家でしなくなるだろうし……。


 その後、最近迎えに来る時間が雛に負けている楓と合流。

 明日はもっと早く来ると言っていたが、そこで競うのは止めて欲しい。

 そのうち僕が寝ている間に来ていそうだ。


 結局家を出るのが遅くなってしまい、遅刻ギリギリの時間に到着した。

 ホッと胸を撫で下ろしたところで、以前は地獄の門番赤鬼がいた校門で佐々木さんと偶然鉢合わせた。


「おはよう」


 朝の挨拶を交わした。……楓以外。

 佐々木さんは楓に向かって声を掛けているのに、顔を背けて無視だ。

 その様子を微笑ましそうに見る佐々木さんに、何故かツンツンしている楓。

 なんだかお「世話をしているメイドお姉さん」と「我侭王子」に見えてきた。


 立ち止まってしまっていたが、もうすぐHRが始まってしまうことを思い出し、四人で急いで校舎に向かう。

 昇降口にたどり着き、クラスが違う雛と佐々木さんとは別れるところで肩を突かれた。

 顔を向けると佐々木さんがにっこりと微笑み、話し掛けてきた。

 楓と何かあったのかと予想したのだが……全く関係の無いことだった。 


「ねえ、天地君。『攻め』の反対って何かしら?」

「……は?」


 いきなりの質問に頭が回らず固まった。

 唐突に何なのだ。

 だが、ゆっくりと回転し始めた頭が静かに『警戒』のスイッチボタンを入れた。

 この質問……。

 そうだ、アレだ。

 ベタな『腐女子発見器的な質問』だ。

 何故こんなことを聞かれるのだろう。

 もしかして、僕……疑われてる!?


 そう分かった瞬間、警戒のレベルが一気にMAXになった。

 大変だ、頭をフル回転させなければ……!


「な、なんだろ、攻めは攻撃だから……『防御』かな。あ、『防ぐ』?」

「……ふうん? 参考になったわ。ありがと。ごめんなさいね、引き止めちゃって。じゃあ」


 それだけ言うと、何もなかったように雛の後を追いかけて去って行った。

 危機は回避出来たのか?

 嫌な汗が流れた。


 これを僕に聞いてきたということはやっぱり僕は腐女子、いや『腐男子』として疑われているということだろう。

 まずい、非常にまずい!

 疑うきっかけは、なんだったのだろう。

 何か疑いを持たせてしまうような失敗をしてしまったのだろうか。

 いや、恐らく大丈夫だと思うのだが……。

 そこで思い出した、『雛の近くには腐女子がいる』ということを――。


「『先生』って、佐々木さん?」


 そうだとすれば、さっきの質問のことも納得出来る。

 雛から話を聞いて、何か察するものがあったのだろう。


「佐々木さんが腐女子か……」


 そんな風に見えないのだが、腐女子にもタイプは色々ある。

 雛が「先生はアンダーグラウンドで生きている」と証言していたし、隠れ腐女子タイプか。

 話しやすくて親近感を感じていたが、同じ穴の狢というシンパシーだったか。

 今のは上手く誤魔化せたと思うが……どうだろう。

 質問の内容はベタ過ぎて『答え』で判断するというより、『どういう流し方をするか』というところで判断された可能性が高いように思う。

 何も考えず『受け』というか、突然聞かれても分からないと考え込む方が良かっただろうか。

 まあ……終わったことを考えても仕方ないか。

 これから気を引き締めて、警戒して行こう。 


 ったく、朝から無駄に神経を使わされてしまった。




 ※※※




 朝の授業が終わりスマホを見ると、夏緋先輩からの呼び出しが入っていた。

 呼び出しといっても、会長のように強引なものではではなく、『昼休憩中に生徒会室に顔を出して欲しい』というものだった。

 兄弟でこうも違うとは。

 いや、夏緋先輩はすぐ手が出るタイプだし、攻撃性は同じか。


 会長といえば、見事『当て馬』の大役を果たしたその後はどうなったのか気になっていたし、ご飯を食べてから顔を出すことにした。

 『頑張ったで賞』のトロフィーでも作っていってやろうか。

 本当に持っていったら殺されるだろうけど。

 昼食を共にしていた楓に詳しく言うと色々言われそうなので、用事を済ませてくるとだけ告げて生徒会室に向かった。


 何度と訪れている生徒会室の扉の前。


「暗い……」


 入る前から不穏な空気が漂っていた。

 ホラーアクションゲームの『開けた瞬間にゾンビが襲ってくる扉』のような気配がする。


 恐る恐る扉を開け、ゆっくりと室内に入る。


 入った瞬間、「生徒会室のドアは、魔界への扉だったのか」と思った。

 淀んだ空気は吸い込むとカース状態を引き起こしそうな程重く、暗い。

 カースの発生源は、コの字型に配置された長テーブルのセンター部分で肘をつき、視線を天井に向けて放心している人物。

 ドラゴンゾンビのようなどす黒い空気を纏った、我らが当て馬会長だ。


 正直、会長が当て馬だったと分かった僕は『ざまあ』とニヤニヤしていた。

 兄達のことでヒヤヒヤさせられていたし、何より会長のことを思っている夏緋先輩にとった態度に腹が立っていた。

 夏緋先輩の言う事を聞いてもう少し冷静に周りを見ていれば、こんな事態にまではならなかったもしれない。

 自業自得だ、そう思っていた。

「当て馬会長、いい走りっぷりでしたね!」なんて嫌味を言ってやろうと思っていたのだが……言えねえ。


「……重症ですね」


 僕の呟きを聞いて、夏緋先輩が深いため息をついた。


「ずっとこんな調子だ。なんとかしてくれ」

「僕が!? 無理ですよ! お得意の暴力でなんとかしたらいいじゃないですか。正気になるまで殴り続けたら――」


 言い終わる前に危険を察知したため、瞬時に左側へ動いた。


「ちっ」


 夏緋先輩が舌打ちをした。

 僕が夏緋先輩の鉄拳をかわしたからだ。

 もう何度もくらったから、大分攻撃が読めるようになってきた。


「へへーん。もう、お前の攻撃は見切った!」


 そう言った瞬間、僕に向かってパイプイスが突撃してきた。


「いっ!?」


 夏緋先輩がパイプイスを蹴って、僕にぶつけようとしたのだ。

 なんという乱暴者、チンピラか!


「こ、こわっ……!」

「逃げるんじゃねえよ」

「ちょ……本気はやめてください!」


 何処からどう見ても、ヘマをした下っ端にヤキを入れる兄貴の図だ。

 暢気にそんなことを考えながら逃げているが、本気で怖い。

 もうバイオレンス夏緋嫌だ!


「お前ら……俺の前でイチャつきやがって……死にてえのか?」


 気がつくとドラゴンゾンビ会長が立ち上がり、こちらに近寄ってきていた。

 その様子は次のターンで大技を出すために、何かをチャージしているように見える。

 ブレス攻撃でもぶっ放す気だろうか!?


「な、夏緋先輩! あれ、討伐してください! 僕、クエスト依頼出しますから!」

「お前が犠牲になれ」

「ちょ、やめてええ!!」


 救いを求めて夏緋先輩の背後に回ったのに、腕を掴まれて会長の前に放り出されてしまった。

 崩れてしまいそうな体勢を立て直そうとバランスを取っていると、何かにぶつかった。

 恐る恐るその『何か』に顔を向ける。


「ひい!」


 ドラゴンゾンビ会長だった。

 目に光がない、死んでいる。

 まさにゾンビだ。

 これ以上目を合わせていては自分もゾンビにされてしまう。

 慌てて目を逸らそうとした時、急に会長の表情が変わった。

 僕を見てきょとんとしている。


「真?」

「は?」

「真……真おおおおおおっ!!」

「ちがああああう!」


 僕の顔を見て兄と勘違いしたのか、兄の名を叫びながら抱きついてきた。

 いや、抱きついてきたというより締められている。

 ドラゴンゾンビのホールド攻撃だ。


「痛い! 離せ! 死ぬうぅぅっ……夏緋先輩助けてええ!!」


 大きく体力が削られていくのが分かる。

 HP(ヒットポイント)がなくなる前に助けて!

 夏緋先輩に助けを求めたが、こちらを冷めた目で見ているだけだった。

 こいつ……またBLが気持ち悪いとか考えているな。

 お前の兄だからな!


 それにしても、やっぱり会長は馬鹿力だ。

 抵抗しているのに全然動けない。

 本当に苦しい。


「マジで死ぬって!!」


 ――パンッ


 叫ぶと同時に小気味良い音が響いた。

 夏緋先輩が文房具入れになっていたお菓子の空缶で、会長の頭をパシンと叩いたのだ。

 コントみたいな良い音がしたな……。

 叩かれた会長は機能を停止し、固まった。

 その隙に僕はなんとか逃げ出すことが出来た。


「ったく、病気だな」

「兄ちゃんを……天地真を求めて彷徨う未知のウィルス……。襲われて僕まで感染した挙句に拡散して、バイオハザードを起こしていたらと思うと……大変な事になるところでした」

「死んでも感染したくないな」


 夏緋先輩が心底嫌そうに吐き捨てた。


「で、この真ウィルス感染者はどうします?」

「だから、お前がなんとかしろよ」

「なんで僕が!?」

「お前の兄貴のせいだろ」

「夏緋先輩の大好きなお兄ちゃんじゃないですか!」


 どうせまた殴ってくるぞと思い会長の裏に回ると、ティッシュの箱を持って舌打ちをしている夏緋先輩が目に入った。

 それを僕に投げつける気だったな?

 角が当たったら痛いじゃないか!


「やってられん」

「あ、蘇った」


 盾にしていた会長の再起動が終わったようだ。

 と、思ったら……。


「央、ちょっと付き合え」

「へ?」


 腕を掴んで引っ張られ、そのまま生徒会室を出た。

 慌てて夏緋先輩がついて来ようとしたが、会長に「お前は午後の授業があるから来るな」と止められた。

 ああっ夏緋先輩、諦めないで! 僕を見捨てないで!

 会長の進む速度は速く、まだ迷っている様子だった夏緋先輩の姿はすぐに見えなくなってしまった。

 絶望だ。

 というか僕にも午後の授業はあるのですが!?

 色々抗議したいが問答無用で引っ張られていて、転ばないように歩くだけで精一杯だ。


 三年生の教室近くに差し掛かった時、急に会長の足が止まった。

 廊下の先の何かをジッと見ている。

 視線の先を追ってみると、そこには兄と春兄が楽しそうに談笑している姿があった。

 分かる奴には分かる、良い雰囲気だ。


 うわあ、せつない……!

 今一番会長の心を抉る光景だ。

 辛さで会長が暴れ始めないかとヒヤヒヤしながら見守っていると、兄がこちらに気がついた。


「央? ……と夏希?」


 兄の呟きを聞いて春兄もこちらを見た。

 そして僕と会長に視線を移し、顔を顰めた。

 何か話があるのか、春兄がこちらに向かってくる。

 兄もその後ろについてきた。

 会長は話すつもりがないのか、横の廊下に逸れて再び歩き始めたが……。


「お前、央を面倒なことに巻き込んでないだろうな」


 喧嘩を売っているような春兄の低い声に呼び止められた。


「お前には関係ないだろうが」


 会長の足がピタリと止まり、視線は春兄に向けられた。

 うわあ……物凄く苛立っていますね。

 チンピラも真っ青な刃物のような視線だ。

 だが春兄も怯むことなく、負けじと鋭い眼光を会長に向けている。

 二人の背景に虎と龍が浮かび上がって見える。

 喧嘩が始まりそうな、ピリピリとした空気なのだが……。


 やばい、にやけそうだ!

 二人とも格好良い……見惚れてしまう。

 イケメン同士が兄のことで争い睨み合っているこの事実に胸躍る。

 前回の修羅場は兄に冷たくされていて余裕が無かったが、今は多少余裕がある。

 受けを取り合う攻め同士の熱いバトル。

 僕も胸熱だ。


 あ、駄目だ。

 佐々木さんがどこにいるか分からないし、気をつけなければいけないんだった。

 大体こんな険悪な空気の中、ニヤニヤしていたら不自然だ。


「関係はある。央は真の弟で、俺にとっても弟みたいなもんだ」

「春兄……!」


 改めてそう言われると嬉しい。

 やっぱり僕は、会長ではなく春兄を推します!


「……ああ?」


 会長が更に低い声を出した。

 僕にキレたのかとドキリとしたが、春兄に向けての声だったようだ。

 僕の腕を放すと春兄に詰め寄った。

 すると春兄もそれを迎え撃つように一歩前に出た。


 これはお互い手が出るんじゃないだろうか、喧嘩になったらどうしよう。

 腐思考に陥っている場合じゃなくなってきた。


「ちょっと二人とも、落ち着いて」


 僕と同じように危険を察知した兄が二人の間に入って諭した。

 可愛い恋人の説得に春兄は後ろに下がったが……会長は引き下がらなかった。


「こいつまで独り占めか? お前の指図は受けん。こいつは俺が貰うからな!」


 そう言うと再び僕の腕を掴んで進み始めた。

 ……は?

 今なんて言った?


「いや、待って。僕は物じゃないですから!」


 驚いた兄達の顔が見える。

 ちょっと、固まってないで助けて!


 午後の授業開始のチャイムが聞こえる。

 兄達の姿も見えなくなってしまった。

 ああ、『サボリ』になってしまう。

 単位は足りているからいいけど……何処に連れて行かれるんだ……!


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