第十話 混戦
窓から見える空は良く晴れている。
日差しが燦々と照りつけている校庭を眺めていると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「はい、今日の授業はここまで」
教壇に立っていた教師がチョークを置き、次回の内容を告げて教室を出て行く。
これで午前の授業が終わり、昼食の時間が始まるわけである。
「よーし、飯だあ!」
僕は背伸びで体をほぐしながら立ち上がった。
この学校の昼食スタイルは自由だ。
外に食べに行ってもいいし、お弁当を持参してもいい。
購買でパンなどを買うことも出来るし、食堂ホールではカレーやラーメンなどの定番メニューを頼める。
僕は購買でパンを買ったり、ホールで食べることが多い。
最初は兄が弁当を作ってくれていたが、朝早くから起きて大変そうなので遠慮するようになった。
ちなみに兄は、今でも自分の弁当は作っているし、時折春兄の分も作る。
春兄がバスケの試合がある時は特製ドリンクを差し入れているし、本当によく出来た嫁である。
おっと、兄カップルに想いを馳せていては時間がなくなってしまう。
無限地獄に嵌まって、昼食を食べ損ねてしまうところだった。
今日の僕は、からあげ定食を食べる!」と朝から決めていた。
「アキラ、今日はどうする?」
「ホールでからあげ定食」
「じゃあ、ボクもそうしよう」
以前は外に食べに行っていた楓だが、最近は僕に合わせてくれる。
楓が以前行動を共にしていた奴らに少し申し訳ない。
アイドルを奪ってごめん。
※
「わあ、結構混んでるね」
「もっと急いで来ればよかったな」
ホールは昼食をとる生徒で溢れていた。
席は所々空いてはいるが、すぐに埋まってしまいそうな勢いだ。
注文役と、座席キープ役に別れるか考えながら見渡していると、見知った顔を見つけた。
向こうもすぐにこちらに気がついて手を振ってきた。
「アキー! ここにおいでよ!」
四人掛けのテーブルに雛が友達と二人で座っていた。
ちょうど席が二つ空いている。
「おう、サンキュ! 買ったらお邪魔するよ!」
「ちっ」
大きな声で返事をすると、楓が舌打ちをした。
「何だよ、嫌なのか?」
「別にいいけど」
そういう割には面白くなさそうな顔をしている。
座る場所を確保出来たんだからいいじゃないか。
小難しい楓を連れて注文を済ませ、アツアツのから揚げ定食を持って雛がいるテーブルへと向かった。
「アキ、ここね」
雛の隣に促され、席に着いた。
楓は僕の向かい、雛の友達の隣に座った。
「助かったよ。ありがとう、佐々木さんも」
藤色の柔らかそうな髪の少女が和やかに微笑んだ。
佐々木さんとはあまり話をしたことはないが、落ち着いた大人っぽい子という印象だ。
「格好良い二人と食べられるなんて嬉しいわ。雛ちゃんに感謝しなきゃね。他の友達に自慢しちゃお」
「楓は王子だけど、僕はオマケみたいなもんだから大した自慢にはならないんじゃないかな。こっちこそ、男二人で食べるより楽しくていいよ。な、楓?」
「…………」
楓に同意を求めるたが、無言で着々と食べる準備を始めている。
「無視かよ!」
「ふふ……」
相席させて貰ったというのに楓の態度が悪い。
佐々木さんは怒っていないか心配したが、あまりに気にしていないようで笑顔だった。
良い人だ。
「というか……天地君がオマケだったら、大体の男子生徒はオマケにすらなれない粗悪品や不良品になっちゃうわよ? 天地君は自慢出来るくらい格好いいわよ、ちょっと謙虚すぎるんじゃない?」
「そう……かな?」
なんだかすごく褒められているようだ。
褒めて貰うことなんて滅多にないので、社交辞令でも格好いいと言って貰えると嬉しい。
思わず頬の筋肉が緩んでしまう。
「アキ、なんでそんなにニヤニヤしてるのよ!」
「してないし!」
「してたね」
雛と楓に冷たい視線を送られてしまった。
何故この二人はこういう時だけ見事に揃うのだろう。
「ねえ、天地君と楓君は彼女とかいないの? あまりそういう話聞かないけど」
佐々木さんがオムライスを口に運びながら聞いてきた。
恋バナだなんて、女子とのトーク! という感じで和む。
「残念ながらいないんだよ。そういう話題も全然ないなあ」
「そうなの? 意外ね!」
「アンタに関係ないだろ」
「楓、お前なあ……」
こちらはほっこりしながら話しているというのに、楓は下駄箱イベントを髣髴とさせるような冷たいトーンで水を差してくる。
佐々木さんに申し訳なく思ったが、彼女は気に留めることなく話を続けるようだ。
「勿体ないなあ。二人が声掛ければ誰だってコロッと落ちちゃうのに」
「そんなわけないじゃん。僕はモテないし」
「あら、分かってないの? 例えば天地君の後方左側、柱横テーブルの桃髪ツインテ女子。さっきから天地君のことばかりチラチラ見ているわよ? とっても分かり安いわ。私、凄く睨まれているもの」
「へ?」
そう言われて振り返ると、確かに言った通りの場所に容姿も該当する子の姿があった。
目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。
「キャーやばい、目が合っちゃった! 見てたのバレたかもっ、ドキッ!」
「……勝手にアフレコするなよ」
「ふうちゃん……」
心の声が聞こえたのか!? と驚いたら佐々木さんが喋っていたようだ。
楓と雛が冷めた顔をしているが、僕はノリが楽しくて好印象だ。
佐々木さんって案外面白い子なんだな!
「でもまあ、そういうことよ」
「そ、そうなのかな? 違うと思うけどなあ」
ツインテの子は確か……同じ一年だがどこのクラスか分からないし、見かけたことがある程度だ。
話をしたこともないし、好かれているなんて思えないが……。
可能性があるとしたら、兄のファンだろう。
「天地君にあまりアタックがいかないのは、美少女であり、イケメンのお兄さんがいる雛ちゃんがいっつも天地君に張り付いているから、他の子は尻込みしているだけよ。隙あらば狙われていると思うわよ?」
「……え、僕にはいつの間にか雛というフェンスが設置されているってこと!?」
「ちょっとアキ! フェンスってどういうことよ! ふうちゃん、変なこと言わないでよ」
「でも実際そうだと思わない? ねえ、楓君」
「まあ、そういうのもあるだろうね」
佐々木さんと楓の意見が初めて一致したようだ。
じゃあ、『雛フェンス説』は無きにしも非ず、なのだろうか。
なんということだ……僕だってちょっとはモテ体験してみたかったのに!
「フェンスというか、雛ちゃんと天地君は付き合っていると思っている人も多いわよ? いつも一緒に登校しているしね? というか、こんなに仲が良いのにどうして付き合わないの? 付き合っちゃえば?」
「へ?」
「ちょ、ちょっと、ふうちゃん!」
雛と付き合う?
思わず隣を見ると目が合った。
すぐに顔は反らされたが、髪の間から見え隠れしている耳が真っ赤だ。
雛め、照れてやがる……。
そんなリアクションをされると、僕も照れてくるだろうが!
「ちょっと、ご飯が不味くなる話しないでくれる?」
「おい楓、僕の話をゲテモノ扱いするなよ」
と言いつつも、今回は楓の冷ややかな突っ込みに救われた気がした。
変な感じの何かが、スッと飛んでいってくれた。
「そういう佐々木さんは?」
「私? そっち系の話は何もないわ。でも、そうねえ……」
そこで言い留まり、楓に目を止めながら妖しげに微笑んだ。
ま、まさか……!
「楓君に興味があるかな」
「!? お、おぉぉ」
これって……ほぼ告白では!?
佐々木さんは肉食系女子だったのか!
言われたのが自分じゃないのにドキドキしてしまう。
指名された当の本人は、一瞬嫌そうな表情を見せたがすぐに無表情になり、黙々と箸を進めていた。
なんなんだよ、この余裕。
女子からの好意なんて慣れてるしどうでもいい、という感じなのだろうか。
おのれ楓……モテ経験なしのこの僕の前で……爆発するがいい。
「……絶対そういう興味じゃないよね」
隣で雛が何かを呟いて項垂れていたが、どうしたのだろう。
いや、それより……大事なことがある。
腹が減った。
腹が減っては戦は出来ぬ、だ。
「ん? ……なっ!?」
雛を見ていた視線を自分の皿に戻すと、大事件が起きていた。
「ない……僕のからあげが一つない!」
なんということだ……五個しかないのに一個なくなるなんて大ダメージだ!
落とした? いや、そんなことはない!
辺りをキョロキョロ見渡すが見当たらない。
からあげ神隠し事件である!
「ご馳走様。美味いな。俺も後からこれを食べよう」
「へ?」
僕の頭上後方から声が降ってきた。
楓の舌打ちを聞きながら振り返ると柊が立っていた。
今日は作業着ではなく、オープンイケメンスタイルだ。
そして何故か口がもぐもぐしている。
「お、お前、まさか……僕のからあげ食ったな!? 育ち盛りの僕の肉を食ったな!?」
「央は今のサイズがちょうどいいよ」
そう言いながら僕の頭をぽんぽんしている。
お前……こんなものまで習得しているとは、恐ろしい子!
いや、今はそんなことより僕の成長の方が大事だ。
「からあげ返せ!」
「なんでこんなところにいるんだよ。仕事しろよ」
亡きからあげを想い、心の涙を流しながら抗議する僕をスルーして、楓と柊が話し始めた。
おい! 僕のからあげ!
「やあ、ただのお友達君。もう少し預けておくけどすぐに回収するから、あまり汚い手で触らないようにしてくれよ? じゃあね、央。仕事が残っているから。また、今度連絡するよ」
「え、特に用はないけど……」
連絡なんていらないと言いたかったのだが、意味あり気な微笑を残して柊は去っていった。
からあげ……からあげ……返して欲しかった!
楓は嫌悪感に満ちた表情で柊の背中を見送っていた。
この二人、最初から仲悪いな。
まあ、兄を取り合っていたライバルなのだから仕方がないのかもしれない。
でも、僕を無視して何かの会話はしていたな。
二人に共通の話題があるなんて驚きだ。
「柊と何の話をしていたんだ? 仲良くなったのか?」
「はあ!? そんなわけないじゃん! アキラは黙ってて!」
「いや、今どこにキレるポイントあった!? 普通に聞いただけだろうが」
「うるさい! 黙ってこれでも食っていろ!」
苛々を隠さない般若のような形相だが、何故かからあげを一つ譲ってくれた。
「おお、ありがとう……って、キレながらお裾分けとか斬新過ぎるぞ」
「早く食べろって! アキラは大きい方がいい! ほら、口開けて! さっさと食う!」
更にキレながら追加で一個、口に放り込まれた。もぐもぐ美味い。
「……お、大っきい方が! ……餌付け……! ダ、ダメ……胸が、胸が苦しい!」
「ふうちゃん!?」
佐々木さんが、胸を押さえて何か呻き始めた。
呼吸困難を起こしているように見える。
「佐々木さん、どうした!? 大丈夫!?」
「ふうちゃんなら大丈夫だと思う。そうよね? 持病の発作だよね?」
「ええ……この病気とは、多分一生付き合わなければならないの。ごめんなさい、気をつけていたのだけど迂闊だったわ。もう大丈夫よ」
「保健室に行けば?」
「ありがとう、楓君。でも私はどちらかというと、天地君と楓君が保健室に行って寝てきたらいいなと思うの」
「はあ?」
「僕ら別に元気だけど?」
「ふうちゃん……!」
過呼吸でも起こしてしまったのだろうか。
心配だが、本人が大丈夫だと言っているので問題はないと思うが……。
「お前はまた……」
再び背後から声が飛んできた。
氷ってしまいそうになるこの声は……。
振り返ると、想像通りのイケメンがいた。
夏緋先輩はちらりと楓と僕に目を向け、呆れたような溜息を漏らした。
あ……楓にからあげを貰って、もぐもぐしているところを見たのか?
それでBL疑惑を再熱させているんじゃないだろうな!?
やっぱり後頭部を一発殴らせて貰わなければなるまい。
「ははっ!」
「!?」
真剣に考えていると、急に夏緋先輩が声を上げて笑った。
夏緋先輩がこんな笑い方をするのは珍しい。
大体斜に構えた様な澄ました笑みか、気障に「フッ」と零す笑みだ。
こんなに笑ってしまうほど僕に何かおかしな所かあるのかという不安と、見慣れない夏緋先輩の笑みを見た驚き――。
二つが合わさった分けの分からないドキドキに襲われてしまった。
「ど、どうしたんですか」
「いや……結構腫れてるなと思って」
「はい?」
何を言っているのだろうと訝しんでいると、夏緋先輩の手が僕の頬に伸びてきた。
何をする気だと思わず身構える。
そんな僕に構わず、夏緋先輩の指は僕の頬を掴み……思い切り引っ張った。
「痛!? 痛ったああああっ! 離せ馬鹿!」
「あははっ! お前は馬鹿だと言ったが、訂正した方がいいかもな。こんなに腫れるほど抓っても起きなかったお前は大物だよ」
「? あ、ああ!? もしかして……!」
赤青兄弟と釣りをして帰宅後、何故か僕の頬は腫れていた。
虫にでも刺されたのかと思っていたが、今の口ぶりからすると夏緋先輩が抓ったということだな!?
「電車で寝ている間に抓ったな!」
「オレを枕代わりにするお前が悪いんだ」
「凭れちゃったのは悪かったけど……抓ることはないじゃないですか! 起こしてくれたらいいのに!」
「これだけ抓って起きない奴が、起こしたところで起きるか? 大体お前が、抓って欲しそうな顔して寝てたんだ」
「どんな顔だよ!」
「じゃあな、連れを待たせてしまっているし、オレは飯を食う」
「ちょっと!」
夏緋先輩の友人らしき人達が、足を止めて待っているのが見えた。
待たせて悪いが、傷害事件としてちゃんと夏緋先輩と話をつけておきたい! ……と思ったのだが。
「逃げ足の速い奴め」
夏緋先輩はあっという間に行き交う生徒の波の中に消えてしまった。
「またボクの知らない間に……厄介なのが増えてるし!」
楓が顔を顰め、ぼそりと何か呟いている。
こら、お箸を握って唐揚げを刺すのはやめなさい。
「凄い……凄いわ……いつからここは楽園なったの? 知らなかった……こんなに近くにあったなんてっ! 雛ちゃん、ごめんなさい。私、無理だわ」
「え?」
「やっぱり私、同族を裏切れない。こんなBLホイホイ様をNLに導くだなんて……。そんな大罪を犯してしまったら皆に逢わせる顔がないもの!」
「ふ、ふうちゃん! 今はその話は我慢して! 後でいっぱい聞くから! ね!?」
何を話しているかは聞こえないが、随分白熱したトークを繰り広げている。
「アキラ、会長の弟とまで仲良くなってるし!」
「うん? 夏緋先輩知ってんの?」
「当たり前だろ。あの会長の弟だよ?」
まあ、確かに。
何においても目立つあの会長の弟で、夏緋先輩自身も目立つ。
知らなかった僕の方がおかしいくらいか。
「昨日あの人と一緒に出掛けたんだ?」
「うん。あと会長と。三人で釣りしてきた」
「釣り?」
「兄弟でサンド……!?」
「ふうちゃん! 意味は分からないけど、やめてっ」
やっぱり女子が楽しそうだ。
僕もそっちに加わりたいのだが……。
「ボクも行く」
「え、お前釣り好きなの? 意外」
「好きじゃない。でもボクもアキラと出掛けたいから、今度行く時は絶対呼んで」
「私も!」
聞いていたのかよ。
雛が何事もなかったように話に合流してきた。
「お前まで」
「じゃあ、私も」
「佐々木さんまで!?」
釣りなんて、女子が行って楽しいのだろうか。
「それなら釣りじゃなくて、他のところに遊びに行った方がいいか?」
「そうだね。私はその方が嬉しいかな。ねえ、さっそく今日の放課後に行かない?」
放課後に男女混合グループで遊びに行く……実に高校生らしくて良い!
中学時代は部活でそういうことはあまり出来なかった。
「いいな! 行く! 楓も行くよな? どうせ暇だろ?」
「どうせってなんだよ! ……アキラが行くなら行くけど」
佐々木さんも特に用事は無いようなので、放課後にこの面子で遊びに行くことが決定した。
いやー楽しみだなあ!
※
放課後の予定が待ち遠しかったせいか、その日の授業は長く感じた。
授業が終わるとすぐに合流した僕らは、連れ立って目的地に向かった。
話し合って決めた行き先は、少し遠いが歩いていける距離にあるアミューズメントパークだ。
パークといっても巨大な商業施設の一部で、一階がゲームセンターやスロット・パチンコ、二階がボーリングやダーツなどスポーツ系のアミューズメントで三階はカラオケになっている。
一階の外には観覧車もあって、子供から大人、カップルも楽しめる場所だ。
「ねえ! 私、プリクラ撮りたい!」
「「却下」」
まず立ち寄ったゲームセンターエリアに到着して雛が発した言葉に、僕と楓が即答した。
プリクラって面倒臭いんだよなあ。
時間はかかるし、何をやれ、これをやれと次々言われるし。
写真自体も異常に加工されて気持ち悪くなっているし、ほぼ別人に仕上がる。
何が楽しいのか分からない。
「そう言わず。せっかくだし、記念に一枚だけ付き合って貰えないかしら」
「女子だけで撮ればいいでしょ。ね、アキラ」
雛の援護射撃を始めた佐々木さんを、楓が容赦なしに切り捨てている。
楓ったら冷たい。
そういえば佐々木さんは楓が気になると言っていた。
だったら楓と写真を撮りたいだろう。
二人で撮るように仕組んであげたいが、楓が嫌がりそうだから、それは難易度が高いか。
でも、四人ならいけるかもしれない。
面倒だが協力してあげよう。
「面倒な作業を全部そっちでやってくれるなら、撮ってもいいよ」
「ほんと!? やるやる!」
飛び跳ねている雛の横で、楓が実に不満げな顔をしている。
「楓も入るよな?」
「アキラが入るならボクも入るけど……」
よし、作戦成功です。
機種選びも女子達に任せ、導かれるままに動いた。
前列に雛と佐々木さん、後列に僕と楓という並びで写真を撮り、加工は女の子に任せて僕と楓は休憩することにした。
女子二人の楽しそうな声が聞こえて来る。
随分加工に熱が篭っているようだ。
休憩スペースに座って楓と話しながら周りを何気なく見ていると、クレーンゲームの景品の『ここぺりん』という人形に目が留まった。
大きさは二十センチくらいで笛を持ったトカゲに見える。
横に舌をぺろりとだして「てへっ」と言っていそうな表情、持っている笛にはカラフルにハートや星の模様がついている。
恐らくネイティブアメリカンの神様とか精霊とか言われている『ココペリ』をモチーフにしているのだろうが、ちょっとポップ過ぎやしないか……。
「おまたせ! これ、二人の分ね」
完成したプリクラを持った二人が、上機嫌な様子でやってきた。
四人用で出してくれていたようで、僕達の分を差し出してくれたが遠慮した。
「僕はいいよ」
「ボクもいらない」
プリクラなんか貰っても、何に使うか分からない。
楓も同じ考えのようだ。
どうせ捨てるくらいなら、女子組が持っている方がいいだろう。
「そう? でも、これは楓君にあげるわ。ちょっと間違えちゃったの」
佐々木さんがわざわざ一箇所だけ楓に切り取り、楓に手渡した。
受け取りを拒否しようとした楓だったが、プリクラをチラリと見ると、手を伸ばした。
「…………」
そして無言で鞄に入れた。
いらないと言ったのに受け取るなんて、どんな写真だったのだろう。
「楓、僕にも見せてくれよ」
「嫌」
「なんでもないの。ちょっとスタンプを間違っただけだから」
「ふうん?」
隠されたようで気になるなあ。
僕の顔にヒゲとか書かれているのだろうか。
「あぁっ! ここぺりんだああああ!!」
「!」
突然大きな声が聞こえ、思わず身体がビクリと跳ねた。
発信源の雛を見ると、目を輝かせてさっきのここぺりんを見つめている。
「お前な、急にそんな大声出すからびっくりしたじゃないか!」
「あっ、ごめんね。でも、でもね、ここぺりんがあったんだもん! しかもあの柄が!!」
この先住民の怒りを買いそうな人形がどうしたのだろう。
有名なものなのだろうか。
「これね、すごおおおおく流行ってるの! 売っているところもあるんだけど、何処にもなくて。ゲーセンであるなんて……!」
こんなものが流行っているなんて驚きだ。
テレビで紹介されたりでもしたのだろうか。
「アキ……」
雛が手を組んでこちらを見ている。
「お願い」のポーズだ。
お願いというより、無言の圧力を感じる。
取れ、と言っているのだろう。
「はあ……欲しいのはどれだよ」
「! ありがと! あれ! あのピンク! ハート柄のが欲しいの!」
雛が指差す方向を見る。
それらしきものがあったが、体が他の人形の中にほとんど埋まっていた。
頭がちょこんと出ているだけで、取るには難易度が高すぎる。
「あれは無理だろう。他のにしろ。この手前の赤いやつ……」
「嫌! あれじゃなきゃ駄目なの!」
目が必死だ。
柄なんてなんでもいいと思うのだが……なんという面倒な奴。
「わがまま言うなよ、ったく。一回やってみて駄目だったら、僕は知らないからな。自分でやれよ?」
「うん!」
仕方なく百円を投入。
側面からも位置を確認し、ボタンを操作した。
横、縦にとクレーンは動き、人形の頭上で一時停止していたアームが電子音を鳴らしながら降りていく。
ぎこちない動きでガシッと人形の辺りを挟んだアームがゆっくりと上がって来たが……何も挟んではいなかった。
駄目だろうなと思っていたが、少しがっかりした。
「ほら、無理だって」
「あ」
取れるまでやれと言われないように、さっさと逃げる体制に入っていたが、雛が小さく声をあげた。
振り返ると、クレーンに紐が引っかかっていた。
なんと、アームが上がるに連れて、頭だけ見えていたあのここぺりんが掘り出されていくではないか!
そして釣り上がった状態のまま、取り出し口までやって来て……。
「おお!?」
偶然だったが取れてしまった!
取れた……取れちゃったよ!
僕、凄くない!?
「やったあ! アキ、ありがとー!」
ゲットしたここぺりんを回収すると、雛は子供のようにぴょんぴょん飛び跳ねた。
「そんなに喜ぶことかよ」
実は僕も凄く嬉しくて騒ぎ出したい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。
そうです、格好をつけたい年頃なのです。
でも、これだけ喜んでくれるなら取れて良かったと思う。
嬉しそうな雛を見ていると、佐々木さんが近づいてきて教えてくれた。
「あれね、『願いが叶う』っていう人形で、ハート柄は『恋愛成就』なんだって」
なるほど、『幸せになる』とか『ご縁がある』とか、プラスなジンクスがあるものは時折流行するがそれだったようだ。
「へえ。あんなもんで叶ったら世話ないけどな。なあ、楓。……楓?」
楓に話を振ったが返事がない。
楓を見るとここぺりんを真剣な目で、穴が開きそうなほど見ていた。
「おい」
顔の前で手を振ると、漸くこっちを見た。
「まさか、お前も欲しいとか言わないよな」
「い、いらないし。あんな物に頼らなくてもいいし」
流石の楓様である。
それにしては熱い眼差しで凝視していたが。
こいつ、本当は欲しいんだな?
「ん? あれ……」
楓の後方で華四季園の制服が見えた。
華四季園の生徒が入る事は不思議じゃないが見知った顔で、あまりこういう場所にいるイメージのない人だったので少し驚いた。
それに普段見る表情とは違う。
「白兎さん! おーい」
声を掛けると、白兎さんはこちらを見た。
すると、柔らかい表情から見慣れた鋭い眼光の白兎さんに戻ってしまった。
こちらとは関わりたくない様子で、立ち去ろうとしている。
引き留めようか迷っていると目に入った、白兎さんの連れを見て驚いた。
「え、彼氏?」
白兎さんが男の子と二人きりでいるなんて意外で、そういう相手かなと思ったのだが……。
身長は雛と同じくらいの、色の白い少年だ。
髪は色素の薄いグレー、というより綺麗な銀髪で、ガーネットのような赤い瞳はぱっちりしている。
可愛くて綺麗な美少年だ。
見た印象を一言で言うと『儚げな王子様』。
王子は声をかけられてびっくりしたのか、動揺した様子でこちらを見ていた。
「あ、あの……弟です。同じ学校の方ですか? 姉がお世話になっています」
王子はわざわざこちらまでやって来て、丁寧に挨拶をしてくれた……って。
「お、弟!?」
確かに髪や目の色は同じだ。
白兎さんが戦士の面構えになっているから分かり辛いが、よく見ると顔の造りも似ている。
「へえ、白兎さんにこんなイケメンの弟さんがいたとは……」
声に出して言うと消されそうだけれど、女傭兵と亡国の王子にしか見えない。
姉弟か……遺伝子の神秘を見た気がした。
「イケメンだなんて……お兄さんの方こそ! とってもイケメンです!」
「!」
お兄さん! イケメン!
ぐふっ、なんて……なんて可愛いんだああああっ!
こんな弟、僕も欲しい……!
目を輝かせて弟君を見ていると、白兎さんに睨まれた。
いや、睨まれるのはいつものことだが、今日は一段と『毒効果』でも付加してそうな視線だ。
このままだと抹殺されてしまう。
あまり弟君を構って欲しくないのだろうか。
でも可愛いから構いたい、我慢できない!
「イケメンだなんて言われないから嬉しいよ! ありがとう! 君は今、中学生だよね?」
「はい! 今、中学三年です」
「おお。将来有望だなあ……」
大きくなったらさぞ美しいイケメンになるだろう。
是非成長した姿を見てみたい。
腐の門を開けてお待ちしております。
華四季園に入ってきたらいいのになあ。
「行くわよ」
「え、姉さん!?」
王子に見惚れていると、白兎さんが僕から王子を引き離し、強引に連れて行ってしまった。
あんなに強く引っ張ったら、儚げ王子が千切れてしまわないか心配だ。
ハラハラしながら見送っていると、王子が手を振ってくれた。
「白兎王子、バイバーイ!」
「!!」
王子に向けて手を振り返すと、白兎さんが立ち止まった。
そして振り返り、今までで一番厳しい目つきで僕を睨んできた、
ど、どうしたのだろう。
弟君を王子と呼んだのが癇に障ったのだろうか。
「姉さん?」
「……なんでもないわ」
白兎さんは再び歩きだし、去って行った。
去って行くたくましい背中を見ながら、僕は困惑した。
あの形相はなんだったのだろう。
怖すぎて一瞬死を覚悟するくらいドキドキしたな。
※
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
思っていたよりゲーセンに長居してしまったようで、帰る時間が近づいていた。
「ねえ、最後に観覧車に乗っていかない?」
「あ、行きたい! ねえ、行こうよ!」
そろそろ駅に向かった方がいいかと時計を見ていたのだが、佐々木さんの提案に雛は乗り気だ。
観覧車に乗るくらいならいいか。
楓は僕に任せるというので、僕らは観覧車に向かった。
「平日なのに結構人気なんだな」
観覧車乗り場は思っていたよりも賑わっていた。
混雑しているというほどでもないが、五組ほど順番待ちをしているようだった。
「懐かしいな。この観覧車、こんなに小さかったっけ?」
最後尾に並びながらゴンドラを見上げる。
子供の頃に乗ったことはあるが、中学生になってからは乗った記憶がない。
子供の頃はもっと大きく感じていたので、乗車定員は四人までだと思っていたのだが、二人までだった。
そのせいか、良く見たら乗っているのはカップルばかりだった。
「ん?」
肩をツンツンと突かれ、振り向いた。
犯人は佐々木さんで、雛や楓には聞こえない小さな声で囁いてきた。
「私、楓君と乗りたいわ。協力して?」
おお……積極的で素晴らしい!
少女コミックで出てきそうな展開で、外野ながらテンションが上がる。
楓には気づかれないようにこっそり頷き、了承した。
それから少し待っていると、僕らの順番が近づいてきた。
楓は僕の隣にいるから、恐らく僕と乗るつもりなのだろう。
順番が回ってきたところで、僕は雛を引っ張って先に進んだ。
「僕は雛と乗るよ」
「え……ちょっと、アキラ!?」
楓を見ると驚いた顔をしていた。
「佐々木さん、楓をよろしく!」
「ええ、任せて」
楓を託し、逃げるが勝ちだと素早く乗り込んだ。
扉がしまった後、楓はちゃんと佐々木さんと乗るか確認をしてみると、渋々といった様子だが大人しく乗り込んでいた。
後続に人がいたし、観念したようだ。
よし、ミッションコンプリート!
達成感を感じながら座席に座った。
若いっていいな。
「ア、アキ? 手を引いてくれて、私と乗りたかったのかなっ」
向かいの座席に座った雛がそわそわしながら僕を見ている。
気まずそうに何かごにょごにょ言っているが……トイレか?
「何故済ませて来なかったんだ」
「? 何の話?」
「トイレに行きたいだろ?」
「え!? 行きたくないよ!? 何言ってるのよ!」
なんだ、違ったのか。
だったら大人しく座っていてくれ。
僕は後ろのゴンドラに興味津々だ。
覗いてみたが、今は位置的に上下になっているので中の様子は見えない。
「肉食系女子、凄いなあ」
「うん? 肉食?」
「佐々木さんが『楓と乗りたい』って言うからさ」
「え? ああー……そ、そうなんだ。だからか。そっか、そっか……」
今度は壊れた人形のように頷き始めた雛。
……大丈夫か?
「二人でどんな話するんだろうな。ちょっと聞いてみたい」
「そうだね。怖い気もするけど……」
「肉食系女子ってなんか可愛いなあ」
『肉食系』なんて言ってしまうと邪なものが入っていそうだが、『好きな人と仲良くなるために頑張っている』と思うと微笑ましい。
やっぱり女の子は可愛くてよい。和む。
「ええええ!!!?」
「何をそんなに驚いてるんだよ」
「私もいっぱいお肉食べるよ!」
「その肉食じゃねえよ」
何のアピールだよ。
雛にはこういう残念なところがある。
まあ、可愛いといえば可愛いのかもしれないが……。
「もう! 二人のことはまた後で聞けばいいじゃん! 下ばかり見てないで、私達は私達で楽しもうよ!」
「景色が凄く良いわけでもないし、特に面白いことなんてないぞ?」
「そうだけど……こうやって話してるだけでも楽しいもん」
「そうかなあ」
別に雛と二人なんて良くあることだし、言っちゃ悪いが、特に何も感じていない。
家のリビングにいるような感じだ。
そんな考えが顔に出てしまったようで、雛は口を尖らせて拗ねてしまった。
「私は楽しいって言ってるのにっ」
「悪かったって」
「じゃあ……そっちに行っていい?」
「はあ? 何で?」
「そ、そっちの景色を見たいの!」
「あんまり変わらないだろ」
「でも見たいの!」
この狭いゴンドラの中で動くのは嫌なんだけどなあ。
落ちるなんてことはないと思うが、万が一……ということもある。
テレビでゴンドラ事故の映像を見たことがあるので怖い。
やっぱり嫌だが……でも、これ以上雛の機嫌を損ねたら面倒だ。
「好きにしろよ」
返事をすると、雛が嬉しそうにこっちにやって来た。
入れ替わるように、僕は雛が座っていた方に移動した。
「ちょっと……なんでそっちに行くの!?」
「はあ?」
せっかく場所を代わってやったのに、文句を言われるなんて理不尽だ。
「狭いし片方に寄ったら傾きそうで嫌だろ? もう、お前そっちにいろよ。うろうろしたら危ないだろ」
ゆっくりと一周するのを楽しもうと思い、景色に目を移したところで雛がまた場所を移ってきた。
狭いのに、僕の横に無理やり座る有様だ。
片方に集まるとゴンドラが傾くと言っているのに!
「馬鹿! うろうろするなって言っただろうが! 狭いし! 何がしたいんだお前は!」
「ふーんだ」
「揺れてるし、怖っ! 騒ぐなよ!」
「ねえ、写真撮ろ? はい、笑ってー。さんにーいちっ」
「人の話を聞けよ! 狭いって!」
観覧車ってこんなに騒々しいものだったっけ?
それからも雛を避けて、反対の座席に移っては追いかけられる、を繰り返した。
僕達のゴンドラだけが子供が騒いでいるかのようにグラグラ揺れていたと思う。
「全然楽しめなかった……」
騒いでいる間に一周してしまい、降りた瞬間に愚痴った。
「そんなこと言わないでよ! 楽しかったでしょ!」
「どこが!?」
乗ったのは久しぶりだったのに、懐かしむ余裕も無かった。
おのれ、雛め……。
楓と佐々木さんの方はどうだったのだろう。
二人が降りてくるのを待つ。
佐々木さんは、乗る前と変わらない様子で降りてきた。
楓の方はというと……。
「楓?」
「…………」
「……どうした?」
足取りが重そうで、元気がないように見えた。
僕と乗るつもりだったのをスルーしてしまったので怒っているのかと思ったが……違う気がする。
ツンツンしている時よりも妙に大人しい。
兄に失恋し、傷ついていた頃を思い出させるような表情だった。
「何かあったのか?」
「別に」
吐き捨てるような返事をして僕の横を通り過ぎ、出口へと向かった楓。
「楓はどうしたんだ? 何かあったのか?」
気になって、一緒に乗っていた佐々木さんに聞いてみた。
「分からないわ。でも、天地君と乗りたかったのかもね? 悪いことしちゃったわ」
「あー……」
そんなに一緒に乗ることを楽しみにしてくれていたのなら申し訳ないな。
「そっか……僕も相談せずに強行して、悪かったな」
「でも、私は凄く楽しかったわ。ありがとう、天地君」
余程楽しかったのか、にっこりと微笑みながらお礼を言われた。
楓の様子は気になるが、佐々木さんが楽しかったのなら良しとしよう。
先に行ってしまった楓を追いかけ、今度は皆でカラオケをしようと約束をして解散した。
※
裾にレースが付いた水色のカーテンに白のデスクと本棚。
白い枠に薄い碧色の引き出しがついたチェスト。
一見すると、寒色で纏められた女の子らしい部屋。
だが、一つ一つをよく見ると化けの皮はすぐに剥がされてしまう。
まず本棚には兎やリスなどの可愛らしい硝子細工が控えめに飾られてはいるが、その後ろには薄い本が並んでいる。
厚みのある商業誌の方も、内容はほぼ薄い本と同じだ。
チェストの中には、肌色ばかりのイラストやグッズが詰まっている。
完全にガチ腐女子の巣だ。
それでも、この部屋に入って十秒くらいは人の目を欺ける程度に偽装している努力は素晴らしい。
「一応」気を使っている意思は見せる、それがこの部屋の主・佐々木風子流であった。
夕食の後、ベッドに転がり寛いでいると友人から電話が入った。
テンションの高い友人が話す内容は今日の出来事、放課後に遊びに行ったときの話だ。
「観覧車では天地君と二人きりを満喫出来た?」
『うん! ふうちゃんのおかげだよ。ありがとっ!』
「どう致しまして」
本当に楽しかったのだろうと声で分かる。
いつも女の子らしくて可愛らしい友人の姿を思い出し、思わず笑顔が零れた。
『ふうちゃんは楓君とどんなこと話したの?』
「何てことない雑談よ」
『そうなの? ふうちゃんのことだからBLの話をしたのかと思ってたよ』
「直接インタビュー? さすがにしないわよ」
『そうなの?』
可能であれば週一くらいしてみたいけれど……。
根掘り葉掘り聞いてみたいが、そんなことは出来るはずがない。
それに知らないからこそ妄想の余地があり、夢が広がるのである。
『あ、ちょっと待って』
電話の向こうで、友人を呼ぶ声が聞こえた。
恐らくあの声は彼女の兄だろう。
どうやら彼女はお風呂の時間のようだ。
お風呂に早く入るように促しているのが聞こえた。
(良い声してるわあ)
彼女の兄は尊き攻め様だ。
あの声でどんな言葉攻めをしているのかと思うと胸が熱くなる。
『ふうちゃーん? もう、また変なこと考えてたでしょ?』
何も言っていないし、姿も見えないのにどうしてバレたのだろう。
そんなに鋭敏な感覚を持っているとは思えない友人にまで悟られてしまうなんて、自分は余程重症なのかと思わず自嘲的な笑みが零れた。
「失敬ね。そんなにBLのことばかり考えたりしていないわよ。それより、お風呂の時間なんでしょ?」
『うん、ごめん。続きはまた明日話そうね! じゃあね、おやすみ』
「おやすみ」
電話を切り、仰向けになって天井を眺めた。
頭の中には『今日の楓劇場・名場面ハイライト』が流れていた。
まずプリクラ。
自分と好きな人の間にこっそりとハートマークを入れる友人の真似をして、別の写真は男子二人を大きなハートの枠で囲ってやった。
『ちょっと、ふうちゃん! これじゃアキと楓君がカップルみたいじゃない!』
『雛ちゃん、抜け駆けはいけないわ。法の前では、平等でなければならないわ』
『分けわかんないよ!』
それを最後まで死守し、出来上がったものを楓君に渡した。
最初は嫌そうにしていたけれど、あれを見たら受け取ってくれたから、きっと喜んでくれたはずだ。
今頃こっそりどこかに貼って眺めている事だろう。
生徒手帳に貼っていたが落としてしまい、天地君に拾われて見つかり、BL展開に発展することを期待したい。
そして観覧車での出来事は――。
『私と二人だなんてごめんなさいね』
『…………』
楓君は眉間にしわを寄せて外の景色に集中している。
まるで拗ねている猫のようでぎゃん可愛い。
『天地君と一緒が良かった?』
やはり返事はない。
だがちらりと視線がこちらに動いた。
その視線が語っていた。
『当たり前だろ』、と。
にやけそうになるのを我慢して話し続ける。
返事はないが、態度で分かるから、ある意味会話は成立しているのだ。
『ふふっ、天地君と楓君、本当に仲が良いね。まるで……』
そこで言い留まる。
気になってしまった彼が私を見た。
見つめ合いながら続きを口にした。
『カップルみたいね』
そう零すと、少年の眉間の皺は深くなった。
でも少し嬉しそうにも見える。
可愛い……萌え殺される!
『変なこと言ってごめんなさい』
『別に』
初めて返事があった!
嬉しくてつい言葉にでたのだろうか。
態度はツンだけど、素直で可愛い……本当に萌え殺されてしまうかも!
『……天地君は楓君とカップルみたいだねって、言われたらどう思うかしら』
ここで一つ意地悪をしてみた。
恋愛ストーリーに必ず登場する、嫌な奴――私の登場だ。
天地君の隣にはいつも雛ちゃんがいる。
だから、きっと楓君は、自分は天地君の恋愛対象になるのか悩んでいるはずだ。
私の今のセリフは、そういうナイーブなところを刺激するだろう。
楓君を見ると、景色を眺める表情に切なさが見えた。
(ああ、恋に悩む受け男子のせつな顔、尊い!)
ゴンドラの床を突き破るくらい足をジタバタさせたくなったが我慢だ。
ちょうどその時、先に乗っていた二人の楽しそうに騒ぐ声が耳に入った。
楓君の表情に、より切なさが増す。
ナイスタイミングな燃料をありがとう!
『なんだか楽しそうね。幼馴染みだし、あの二人って似合っているわよね?』
その問いに返事があるはずもなく……。
それから楓君は、観覧車が一周する間ずっと俯いていた。
「BLを妨害なんて胃潰瘍になりそうだと思ったけど、受け美少年に『憂い』というスパイスを加える悪役も胸熱だわ……!」
興奮のあまり転がりすぎて、とうとうベッドからは落ちてしまった。
構わず今度は床を転がる。
「私が余計なことを言ったせいで、楓君は今頃きっと天地君を想いながら胸を痛めているに違いないわ! 自分のこの想いは受け入れられるのだろうか……拒絶されてしまうんじゃないだろうか。もし、想いが届いたとしてもそれは彼の為になるのだろうか、彼には女の子の方がいいのではないか! と……。はああ、尊い! なんて尊いの!!」
正座でお祈り体制をとっていた。
一頻り祈りを捧げ、充電は完了。
意地悪なことを言った罪悪感はあるが、BLカップルが成立する為には遅かれ早かれ必ず通る道だと思う。
私というクソモブの試練を乗り越えて頑張って欲しい。
「さあて」
勢い良く立ち上がり机に向かう。
「さあ、このパッションを原稿にぶつけましょう!」
今日はペンが快調に進みそうだ。




