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イケメンとプリン

作者: 文 詩月

 残念なことに、ようちゃんはイケメンだ。


 例え、寝巻きの上から制服を着て登校しようが、例え、女子も負けるほどのお菓子好きで、弁当に特大プリンを五つ持ってこようが、陽ちゃんはイケメンだ。


 色素の薄い髪に、絶妙なバランスで配置された顔のパーツ。

 ニコニコと愛らしく笑うその姿は、天使さながらで、どんなドジをしても笑って許される。

 みんなから愛されて、みんなから慕われる陽ちゃん。


 そんな陽ちゃんと生まれながらに幼馴染である私、桜庭(さくらば)依音(いと)は、実に肩身の狭い思いをしてきた。


 幼少の頃はまだよかった。

 男子も女子も関係なく、みんなでもみくちゃになって遊んでた。


 だけど、小学校も高学年に上がった頃、私に向けられる女子からの嫉妬の眼差し。

 毎日毎日嫌味を言われ、いやがらせをされる日々。


 どうして陽ちゃんはイケメンなんだろう。


 何もない所で転ぶ陽ちゃん。

 教科書と間違えてマンガを持ってくる陽ちゃん。

 顔さえ整っていなければ、あんなにモテることもないのに。


 みんな きっと、陽ちゃんの顔しか見ていないんだ。


 私はすごく腹立たしくなった。

 そして、全部がイヤになった。


 何も知らず、天使のような顔で「いっちゃん、いっちゃん」と喋りかけてくる陽ちゃん。

 そんな陽ちゃんを、私は何かと理由をつけて避けるようになった。


 陽ちゃんの悲しそうな顔に、罪悪感で胸は傷んだけれど、それでもクラスの爪弾きになるのはイヤで、陽ちゃんを避け続けた。


 そして陽ちゃんも、ある日からパタリと私に話しかけなくなった。


 ・・・きっと、私のことキライになったんだろうな。

 そう考えると、そんな資格はないのに、布団の中 涙が溢れて止まらなかった。





 やがて、私たちは中学に入り、疎遠のまま中学を卒業して、高校生になった。


 別々の高校、別々の生活時間帯。

 家は隣どうしのはずなのに、顔を合わすことは全くなく、もうここ何年も陽ちゃんとは話していない。

 サミシイなんて、私が言ってはダメだけれど、心には物悲しい風が吹く。


 そんな切なさを持て余していたある日、私は自分の家の扉の前で、鍵を忘れたことに気がついた。

 よりによって、今日はお父さんもお母さんも帰りが遅い。


「どうしよう・・・」

 力なく呟いて、扉の前に座り込む。


 こんな時、昔だったら、すぐ隣の家に行っていたな。

 考えて涙ぐむ。


 もう今は、できるはずもない。

 きっと、これからもできない。


 太陽は少しずつ沈んでいき、ほの暗くなっていく空が、ますます私の心に影をさす。



 もう高校生なのに、本格的に泣き出しそうになった時、近づいてきた足音が、私の前で止まった。


「いっちゃん?」

 聞きなれていない低い声。

 けれど、聞き覚えのある優しい声色。


 のろのろと顔を上げると、心配そうな顔つきの陽ちゃんが私をみつめていた。


 何も答えない私に「どうしたの?」と問いかける陽ちゃん。

 そこには何の壁もなくて、もう何年も話していないのが嘘のようで・・・

 気がつけば、私はしゃくりあげていた。


「……家の…鍵……がな…くて……っ」


 途切れ途切れに答えようとしたけれど、今 陽ちゃんに言いたいのは、伝えなければいけないのは、そんな言葉じゃない。


「…ごめ…なさっ!………ごめん…なさ……ごめんなさい!」


 溢れてくる謝罪の言葉。

 ・・・そう、本当はずっと後悔してた。


「…急…に避けて…ごめんなさい!

 …陽ちゃ…んは、何も……悪くないのに!

 わた…し……が、弱かったから!

 ずるくて……ひきょう…だったから……!」


 嗚咽とともに、ごめんなさいと言い続ける私。

 陽ちゃんは何も言わずに、ずっと私の背をなでてくれた。


 そして、少しだけ私が落ち着いた時、陽ちゃんは私に「いっちゃん」と呼びかける。





「プリン、食べない?」



 唐突にかけられた言葉。

 驚いて顔を上げた私に、陽ちゃんはもう一度

「プリン、食べない?」と言った。


「僕んちに、二つあるから。…ね、食べよ」


 そう言って笑った陽ちゃんは昔のままで、思わず私も「食べる」と言った。


「やった!」と破顔した陽ちゃんは、手を引いて私を立たせる。

 隣に並んだ陽ちゃんの背は、私よりずっと高くなっていた。


 ・・・だけど、昔から変わらない、優しい陽ちゃん。


 私は何て愚かだったんだろう。

 陽ちゃんの顔に、一番こだわっていたのは、私だ。


 イケメンだからって、大切な幼馴染を避けて傷つけて・・・

 それなのに、陽ちゃんは笑ってくれる。

 昔みたいに、笑ってくれる。


 優しい陽ちゃん。

 きっとみんな、その優しさに惹かれていたんだね。




 陽ちゃんの家。

 懐かしい香り。


 二人でプリンを食べて

「ありがとう」って私は笑った。


 止まっていた時が、静かに動き出した。





お付き合い下さりありがとうございました。


実は陽ちゃんsideのお話も、私めの頭の中にはあったりします。

ただ、彼側の話を書いてしまうと、イメージが崩壊してしまうのではないかと危惧する所存でして・・・

もし、皆様からのご要望があれば、形にしてみたいです。



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