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ASUKA  作者: シュウヤ
1/1

失望

初めて投稿します。

読みにくいし、素敵なお話ではないのですが、読んでもらえたらうれしいです。

 あるアスカは、その怒りをぶつけるべき相手を知りながら、実際にぶつけることなんてできずにいた。アスカは、子供だからだ。



 アスカは女だ。長野県に生まれ、長野県で育ち、長野の空気ばかり吸って生きてきた。長野県は、静かな場所だ。長野駅前の広場でさえ、東京の高級住宅地並みの静けさがある。みんな誰にも迷惑をかけないように、ひっそりと暮らしている。少し歩くだけで森の入り口まで行けるし、そこから少し歩けば、簡単に遭難できる。アスカは何度も遭難しかけた。アスカは森の中が好きだし、探検も好きだから、何回も何回も森に出かけ、遭難しかけては、母親や、偶然歩いていたキノコ採りのお爺さんや、お婆さんに助けてもらった。母がもう行くな、と言っても、アスカにはそんな声は聞こえなかった。聞こうとしなかったのではなく、聞こえなかったのだ。友人たちが家に閉じこもってゲーム機で遊んでいるのに、アスカは森にばかり行って、深呼吸をし、それから死んでしまった草をねじり踏みながら、ゆっくりと回れ右をし、辺りを見回した。何度も来た場所だから、アスカには木の枝が折れていた、とか、昨日見た、元気な沢ガニが、最後見た場所から一歩も動いていなかった(死んでいた)とか、新しい草が生え始めた、とかいう細かいところまでアスカには分かった。アスカは小学校の時、一度、友人の女の子を森に連れてきたことがあったが、彼女はすぐに飽きてしまい、アスカから離れ、帰ろうとしたところ、滑り落ち、木の葉の坂を転がり落ちていった。アスカは深呼吸していたから、友人の小さな叫び声を聞き取れた。友人はもう、アスカと話さなくなった。それがどれだけ理不尽なことか、アスカは理解したが、アスカは、まぁ、仕方ない、と思った。自分と、あの子は違う生き物なんだ、あの子が変な生き物をボタンで動かしている間、私は森に溶け込んでいるんだ、あの子は損をしているんだ、と。あの子はもう、そうすることでしか、楽しみを得られなくなっちゃんたんだ、人間らしさが壊れてしまったんだ、生き物としての喜びを、あの子はもう感じ取れないんだ、と大体こんなことを考えていた。



 中学生になったアスカは、部活に入らずに、森へ出かけた。制服のまま、森に出かけ、腐って倒れてしまった大木を椅子と机にしながら勉強をした。暗くなると、アスカはようやく家に帰った。母親は、もう、アスカが森へ行くことを咎めなくなっていた。それはあきらめたのではなく、アスカはまるで大好きなボーイフレンドが死んでしまったようになるからだ。無理矢理家に居させると、アスカは勉強もせず、だからと言って漫画やゲームやテレビなんかに溺れず、ただただベッドに横たわり、何か、そこにないものをぼーっと見つめるだけになってしまう。母はアスカのしたいようにさせるようにした。アスカはいつも学年でトップの成績だったし、文句を言うことなんかできなかった。ただし、心配の泥はいつまでたってもぬぐえなかったのだが。夏になるとアスカはそこら中蚊に刺されて帰ってくるし(母が泣いて頼むと、アスカは渋々虫よけスプレーを使うようになった)、冬になれば、凍え死んでしまわないか、ずっとひやひやしていた。

 アスカは、美人で、母が大好きだ。森に行ってさえいればアスカは明るく、ひょうきんで、何が悪くて、何が良いのか、公平に判断することができた。だから、男子からはかなりの人気を得たにもかかわらず、女子からは嫌われるなんてこともなく、何度も遊びに行こう、と誘われた。アスカはその度丁重に断り続けた。仕方ないとはいえ、もう、友人を失うのはアスカはこりごりだった。あの友人は、アスカとは違う中学校に進んでいて、小学校の卒業式に、彼女が壇上に、新しい制服姿でいるのを見たのが最後だった。そのうち、アスカを遊びに誘うものはいなくなったが、学校ではいつも仲が良い友人たちばかりだった。そして、アスカをいつも支えてくれたのは、母だけだった。アスカは、形にも、言葉にもしていなかったが、母にはとても感謝していて、大好きだった。

 


 母が死んでから、アスカは森へさえ行かなくなっていた。学校から家に帰ると、母の部屋へ行き、母の匂いを嗅いだ。晩御飯は学校から帰る途中でコンビニエンスストアでおにぎりと、サンドウィッチを買った。そして、母の使っていたベッドで、寝た。母はなぜ死んだのか、アスカは知っている。アスカの父親が殴り殺したのだ。父は、仕事でのストレスを母にぶつけた。それまで母は、文句の一つも言わずに聴き手に回っていた。母はそういうことが得意な人間だったからだ。そういう人は、父みたいな人間と結婚するべきではなかったのだ、とアスカは思う。しかし、そんな父と母が結婚しなければ、アスカは生まれなかったのだ。そう思うと、アスカは悔しくて仕方がない。アスカは、父に感謝しなければならないのだから。

 そのとき―――母の殺されたときだが―――のことをアスカは鮮明すぎて息を飲むほど覚えている。父は母に馬乗りになり、アスカの大好きだった、母の長い黒髪を右手で握り、母の顔を持ち上げ、左手で母の顔を殴っていた。母は手を父の足に踏まれ、動かすことができず、物理的には何の抵抗もしなかった。しかし、その眼には、父も、アスカでさえも見たことのないような眼には、怒りや憎しみで満タンになっていた。母の流す涙には、それらが飽和していた。父は何度も何度も母を殴り、殺した。母の瞳が、生気を失う瞬間を、アスカは見てしまった。あれほど栄華した怒りや憎しみは、一瞬にしてどこかへ消えてしまった。それは、アスカの学校や、アスカの通い詰めた森にも存在しないものだった。それは、オーケストラがサビの部分を練習していて、指揮者が振っていたタクトを止め、楽器は一斉に音が出なくなる。指揮者がダメだダメだ、と首を振り、残った楽器が最後に出した残響が、ホールの中を動き回っている……というのが近いかもしれない。



 父は母の遺体を、アスカの通っていた森に隠し、それからアスカを拘束し、調教した。

 いいか、お前、絶対にこのことを言うんじゃねぇぞ、キョウコは不幸な事故で死んだんだ、夫婦喧嘩の、些細なミスで死んだんだ、ミスは人間は誰だってするんだ、キョウコの母親や父親は死んじまっているし、あいつには親戚もいなかった、近所の付き合いも悪かった、残るはお前だけだ、アスカ、と。お前が喋らなきゃ、俺は捕まらねぇ、それにな、よく考えろ、お前は俺が働いた金で生きているんだ、大部分の意味では、サーカスの動物と同じだ、大部分の意味って意味が分かるか?「分からない」。殴る。天井にフックをさし、そこからロープをぶら下げ、アスカの両手を縛っている。アスカは縛られた両手でぶら下がっている。アスカの服は、所々破れている。ベルトで、背中を叩く。なんで、分からねぇんだ、この馬鹿野郎が、カスが、いいか、サーカスの動物はちゃんと仕事をする、パフォーマンスをして、金を客から取ってきてくれる、お前は、どうだ、お前は俺に金をよこしたことはあるか、クズやろう、お前には、何があるんだ、何もねぇのか、言ってみろ!「知らない」。アスカの顔を、蹴る。アスカは口から血を吐き、むせる。お前に残ってるのは、その顔だ(アスカの顔を叩く)、体だ(アスカの腹を膝で蹴る)、お前はそれしか取り柄がない、豚だ!

 アスカは耐えた。アスカの眼には、微かにあの時の母のようなそれらが宿り始めた。この怒りを、彼女は実際にぶつけることなんてできずにいたのだ。



 その1か月後、アスカはグラビアアイドルデビューをした。父に捨てられ、ある施設に送られ、ある事務所の目に、アスカが止まったのだ。父は、多額の金を貰い、どこかへ去って行った。こんなことができるのは、不況で、日本の治安が崩れたからかもしれない。アスカは学校には行かせてもらえず、体中を写真で撮られた。笑わなければ、殴られ、暴言を吐かれ、物理的に、精神的に、侮辱された。アスカは、何度も何度も警察に助けを求めようとしたが、アスカのマネージャーが常にアスカについているため、できなかった。アスカは屈辱に震え、それでも、泣かなかった。泣くのは負けた証拠だ、そんなところを見せたら、奴らは調子に乗り始める。クズ以下のものになってしまう。



 ある日、アスカは握手会のイベントを開いた。いや、アスカが開いた、というのは語弊がある。アスカの事務所が開いたのだ。そして、その日は、アスカの目覚めの日となったのだ。

 アスカは、水着を着て、一人一人と握手をしていく。アスカはデビュー時からかなりのファンができ、様々な雑誌の表紙となった。「天使、襲来」、「少女よ、その瞳は何を見つめているのか」。そんな客引きの文字が水着や下着姿のアスカの隣に書かれていた。そう、アスカは、世間からしても、美人だったのだ。そんなわけで、この日も、大勢のファンがこの握手会に応募し、200人を当選させた。アスカはもちろん、ファンと握手なんかしたくなかった。しかし、大人たちの言う通りに笑顔で握手を200人の男とするか、握手会を開かず、事務所の大人たちに辱められるか、天秤にかけたのだ。そして、アスカは、握手を選んだ。

 


 それまでは、比較的良かった。清潔そうな人たちばかりだったし、オタクみたいな輩もいなかったし、「自分は良いから、娘と握手してください」、と言った父親もいた。アスカは、作り笑いをせず、心からその女の子の手を握った。女の子は、最初、戸惑っていたが、父親に肩をトントン、と叩かれ、父親の方を見ると(父親は、言ってごらん、と言った。)、「おねぇちゃん、頑張って」、そう言った。アスカは小さな、温かいその手を、いつまでも握っていたくなったが「ありがとう」と言ってから、手を離した。

「子供が好きなんですか?」父親が訊いた。

「はい」アスカは、彼を穏やかな目で見て、言った。

 アスカが男をそんな目で見たのは、えらく久しぶりだった。きっとあの女の子は、父親に言われて、「頑張って」と言ったのだろう。それでも、アスカには嬉しかった。自分には、こんなに良いファンがいるのだ、とアスカは思った。良いファンばかりじゃないけど、悪いファンばかりでもないんだ、と。人生が、良いことばかりじゃないけれど、悪いことばかりではないように、と。アスカにやる気が湧いた。

 


 その女の子と手を離し、2人が順路に従って、流れていったとき、アスカは次のファンを見た。見てしまった。そいつは、小柄で、太っていた。髪の毛はぼさぼさで、目つきは悪く、太い唇の間から除く歯は、どうやったらそんな色になるのか、知りたくなるくらい、黄ばんでいた。黒いシャツの肩には、白い絵の具を飛び散らせたように、フケが積もり、シャツの中央には胸から膨れた腹にかけて、「アスカたん命」と白い、大きな文字があった。汚らしかった。そして、そいつは、自分の手に、唾を吹きかけていた。アスカはそいつから目を逸らし、アスカに向かって手を振っている女の子を見た。しかし、女の子はアスカを救ってはくれなかった(当然だが)。視線を戻すと、既にアスカの目の前には、そいつがいた。そいつは赤いビキニで隠された、アスカの胸を凝視していた。アスカが視線を戻したのにそいつが気づくと、何事もなかったかのように、にたつきながら右手を差し出してきた。数秒前に、唾を吐いた、右手だ。アスカは恐る恐る右手を差し出すと、そいつは手を伸ばし、アスカの手を素早く捕まえた。そして、余った左手も使ってアスカの右の手を強く握った。

「綺麗な手ですね」そいつは滑らかにそう言いながら、アスカの手に、手を擦り始めた。

 アスカは、握られた右手がそいつの唾で濡れていくのを感じた。自然と肩には力が入り、一刻でも早く手を離したかった。

「普段は、どんなことをされているんですか?」そいつは訊いた。

「……えっと、勉強とか、読書です」

「パンツを脱ぐときは、まずどっちの足から抜きますか?」

 アスカは、そいつから右手を救出した。

「……流れてください」

「ふざけんなよ!何言ってんだ、お前!俺はファンだぞ!お前にどれだけ金を貢いでると思って―――」そいつは、その鋭い目を大きく広げて、言った。アスカには、そいつの目が腐っているように見えた。

「流れてください!」

「おい!大人をなめんじゃねぇぞ、この野郎!」

「申し訳ございません」アスカの後ろにいた、マネージャーが言った。

 事務所も、握手会なんかで迷惑が起きるのは避けたいからだ。

「後日返金をいたしますので、流れてくださいませんか?」

「グッズもよこせ!全種類、5個ずつだ!」そいつが怒鳴った。

「分かりました」

 そいつは、渋々、といった様子で、順路に流れた。

「分かってんだろうな?お前」マネージャーがアスカの耳元で囁き、もといた場所に戻った。

 まだ握手をしていない人たちには、波紋が広がっていた。「あいつにだけ返金するのか?!」、「俺たちにも、グッズよこせ!」。

 握手会はその時点で中止となり、アスカは、控室で着替えるように言われた。「着替えたら、俺のところへ来い」、アスカの事務所の社長が、そう言った。



 結論を言うと、アスカが、その社長の前に現れることはそれから2度となかった。アスカは、ビルの3階の窓から脱出したのだ。



 アスカは、東京の道を走った。財布は持ってきてあるし、電車に乗ってもよかったのだが、カメラに移ってしまう。いや、普通の道でも、人々は監視されているのだが、電車よりはマシだ。アスカは、長野にずっといたから、自分が何処にいるのかも分からなかった。とりあえず、私は、何市にいるんだろう……いや、東京だから、何区、か。そう思い直すほどだった。アスカはあてもなく、歩き続けた。

 それから2時間ほど経つと、アスカは、前方の人ごみの中に、マネージャーを発見した。もうばれたの?!アスカは思った。もし捕まりでもしたら、アスカはきっと、死んだ方がマシだと思うほどのことをされるだろう。もちろん、アスカはそんなのはごめんだった。アスカはくるりとターンし、来た道を戻り始めた。すると、その方向には、警察が5人ほどいた。きっと、私を探してるのだろう、とアスカは察した。アスカはイチかバチかで、すぐ近くにあった、携帯ショップとラーメン屋の間の細い道に入って行った。自転車が、ハンドルを削りながらギリギリ通れるくらいの狭さだ。アスカはときどき後ろを振り返りながら、そこを進んだ。進めば進むほど、そこは暗くなっていく。

 アスカは、細道に、マネージャーが入ってくるのを見た。と同時に走り出した。だが、角を曲がった瞬間、アスカはぶつかった。尻餅をついた。ぶつかられた相手は、すぐさまアスカの左手を握り、アスカを立たせ、アスカの向かっていた方向に走り出した。アスカは危険を感じ、手を振り払おうとするが、彼の力は強く、それは無理だった。

「信用してくれ」彼は横目でアスカを見ながら言った。

 アスカは、彼の顔を見て、彼を信用することにした。彼は、アスカとほとんど背も変わらない、少年だった。アスカの見た彼の目は、何か、柔らかいものをアスカに感じさせた。彼は走りにくいのか、アスカがうん、と頷くのを見ると、手を離し、「ついてきて」、と言い、前だけを見て走り出した。彼が角を曲がり、アスカも曲がると、アスカはまた、彼にぶつかった。今度は尻餅はつかなかった。彼の背中からは、石鹸の良い匂いがした。アスカは、少年の肩越しから、彼が話している、少年を見た。手には、黒い木刀を握っている。

「頼んだ」アスカを連れてきた少年が、木刀の少年に言うと、木刀の少年は頷き、アスカを連れてきた少年は、再びアスカの手を握り、走り出した。

「あいつ、殺しても良かった?」少年が、アスカを見ずに言った。

「……マネージャーのこと?」

「そう」

「……私は、別に、良いと思う」

「なら良かった」

 少年は、また、アスカの手を離した。そして、もう一度角を曲がると、古い港へ出た。工場の、錆びた金属の匂いが、アスカを不快にした。そして、その先には、大型車が止まっていた。

「あれに乗るよ」少年が言った。

「あなたは、誰?」

「碇真嗣。シンジ、って呼んで。」

「シンジは、何者なの?」

「……とりあえず、車に乗るよ。携帯持ってたら、頂戴」

 アスカは、ポケットから、携帯電話を出し、シンジに渡した。シンジは受け取るなり、地面に叩きつけ、踏みつけて、携帯電話を破壊した。

「これのせいで、君の居場所があいつらにも分かったんだ」彼は言った。

 アスカは、車に乗ると、運転席にはシンジの仲間と思われる、少年が座っていた。アスカは、後部座席の、シンジの隣に座った。

「富山は、まだかかりそうか?」運転席の少年が言った。

「いや、あいつなら、そろそろ来るだろ……ほら、来たよ」シンジが、窓の外を見ながら言った。

 運転席の少年は、エンジンを入れ、体を伸ばし、助手席のドアを開けた。するとすぐに、木刀の少年が入ってきた。彼がドアを閉める前に、車は動き出した。

「警察が5人もいて、少し手間取ったよ」木刀の彼が息を整えながら言った。車内には、血の匂いが広がった。

「木刀、捨てろよ」シンジが言うと、木刀の彼は窓を開け、そこから海に向かって木刀を投げ捨てた。

「あなたたちは―――」

「コイツは富山」シンジが、助手席の椅子の背もたれをトントン、と叩きながら言った。

「コイツは西村だ」今度は運転席の椅子の背もたれを叩きながら、シンジが言った。

「俺たちは、親に捨てられた孤児だ。その昔、孤児院にいたんだが、今の時代、孤児がうじゃうじゃいてね、飯もなければ、寝るところだってなかったんだ。俺たち3人で、トイレで寝たこともある。俺が便器で座って寝たんだっけ?」「そうだ、俺たちは臭い床の匂いを嗅ぎながら寝たんだ」「じゃんけんで負けたんだ」

「とにかく、そんなところにはいたくなかったんだ。規律も無駄に厳しかったし。味噌汁零したら、次の飯は無し、っていうのがあったんだぜ、どう思う?」

 アスカは答えない。

「まぁ、俺たちは孤児院を抜け出して、軍に入った。基本、俺たちみたいな未成年者は軍に入れないんだけど、特別に入れてもらった。そして、今年の4月に、軍を抜け出して、今、自由に行動している」

「あなたたちは、何がしたいの?」

「それは、君を連れて行って何をしたいのか訊いているの?それとも、君は関係なしに俺たちが何をしたいのか訊いているの?」

「……前者だったけど、とりあえず、両方教えてもらいたいわ」

「俺たちがしたいのは、大人の粛清さと、奴隷化された子供たちの解放さ。そして、そのために、君が必要なんだ。君のことも、ちゃんと調べてある。惣流明日香、14歳―――俺たちと同い年だ―――、O型、12月4日生まれで、母親が父親に殺されるのを、先月に発見する。その後、父親に捨てられ、極秘裏に芸能事務所Aプロに売られる。その後、グラビアアイドルとして、デビュー。様々な雑誌に掲載されるなど、期待の新人である。母は、惣流今日子。父は―――」

「あいつの話はしないで!」アスカが怒鳴った。

「悪かった。とにかく、君も、俺たちと同じ思想が持てると思ったんだ。クズである大人は死ぬべきだ、って。そして、クズによって可哀想な思いをしている子供たちが多過ぎるって」

「確かに、大人はクズが多いけど、クズじゃないのもいるわ」アスカは、握手会で出会った、女の子の父親を思い出しながら言った。

「もちろん、そうだ。俺たちが生きているのも、その人たちのおかげだ。だからこそみんな、そういう大人にしてしまえばいい。大人は、子供を変えることができるなんて勘違いをしているみたいだが―――例えば、熱心な教育や、体罰でだよ―――そんなのは、嘘だ。テレビや本でやっているのは、子供っていうのは、そういうことをすれば、子供は変えられるんですよ、って嘘を埋め込ませるためだ。そして、タチの悪いことに、それを埋め込ませるのが大人だけだったら良いんだけど、子供まで埋め込められてしまうことなんだ。大人に、教育や体罰をされたら、変わらなければならないんだ。そう思ってしまうように、プログラムされてしまった。そんな子供は自由じゃない」

「なるほどね」アスカが言った。

「本来、子どもは自分の意志で変わるものだ。そして、大人もそうだ。だけど、大人は馬鹿ばかりだから、変わろうとしないんだな。みんな真面目なことを考えているそぶりをして、心の奥では、エロいことばかり考えてる。クズなんだよ、本当に」富山が言った。

「だから、俺たちが変えてやるんだ。それが、粛清だよ。あのバカどもを、しょうがないから直してやるんだ、一人残らず。俺たちを動かしているのは、大人への怒りだが、俺たちはそれ抜きにして、客観的に考えることができる。どうだ、俺たちと組んでみないか?嫌だったら別に良いんだ。その場合、君をここに降ろして、それっきりだ。」

 アスカは震えていた。自分が、考えるだけで行動になんか移そうとしなかったことを、この少年たちは起こそうとしている。そうだ、あいつらはクソだ。クソは掃討しなくちゃいけない。アスカの思っていたことだ。言葉は違うが、同じことを考えている。彼らに同意しない理由はない。

「あなたたちにとって、正義って何?」アスカは訊いた。その返答次第で、アスカは彼らを信用するか、信頼するか、決めようとした。また、その質問は、アスカがいつも、言葉にできないものだった。アスカの仲には、正義が住んでいるのだが、それを具体的に説明する言葉が見つからないのだ。それなのに、シンジはあっさり答えた。



「生まれたばかりの赤ん坊の前で、胸を張ってできること」



 アスカは、彼らを信頼することにした。高速道路を走る車の中で、『飛鳥』は結成された。大人たちの粛清と、子供たちの、大人からの解放が、彼らの目的だ。

 アスカは、これから起こるであろう、子どもたちの反撃に胸を高鳴らせた。




 

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