異世界で、幼馴染みと結婚することになりました。
斉藤浩斗は墓前で静かに手を合わせていた。そこに眠っているのは二年前に交通事故で亡くなった幼馴染み。小学校に上がる前にした、『大人になったら結婚しよう』という約束をずっと大事にしていて、事故に遭う前日も、
「ヒロくんはいつになったら私に告白してくれるのかなー」
等と無邪気に圧力をかけてきていたりしていた。どう見ても無邪気な笑みなのにすごく怖かった。うっかり「なんの話だよ」とか言おうものなら殺されるんじゃないかと思うぐらいに怖かった。
その時浩斗は「そ、そのうちな」と言うことしか出来なかったが、そんな適当なことを言わずにちゃんと告白して置けばよかったと、今でも時々後悔をする。
そんな事を思い出しながら、浩斗は苦笑を浮かべる。
「奈子、俺も明日から高校生だよ」
そんな報告をして見るも、当然なにも返ってくるはずは──
「そっかー。どこに行くことになったの?」
「ああ、それは前に話した………………は?」
浩斗はぎぎぎ、とゆっくりと声がした方を向く。墓の隣には死んだはずの幼馴染みが──奈子が立っていた。ただし、漆黒だった髪は銀色になっており、同じく黒かった瞳は真っ赤になっている。
真っ黒い、スカートがふんわりと膨らんだゴスロリ調のワンピースを身に着けた奈子はその場で屈むとにっこりと笑いかけてくる。
「でででで出たー!」
「ひどいな、人を幽霊か何かみたいに」
奈子は拗ねた様子でぷっくりと頬を膨らませてみせる。
幽霊じゃなかったらなんだと言うのか。奈子は既に死んでいるというのに。
「ヒロくん、ごめんね」
幽霊の幼馴染みに突然謝られた浩斗は当然目を白黒させることしか出来ない。
「私ね、やっぱりヒロくん以外考えられないの……最後まですっごく迷ったんだけどね。ヒロくんにはヒロくんの生活があるし、迷惑だろうな、って。でもね、やっぱり私にはヒロくんしかいないし、ヒロくんならきっとこんな私でも受け入れてくれるかなって思って。だからね……イッショニキテモラウコトニシタノ」
あ、これダメな奴だ。俺、道連れにされるんだ。三途の川渡っちゃうんだ。仲良く一緒にあの世に逝っちゃうんだ。
不思議と恐怖心はなかった。死にたくはないけど。
「い、痛くないなら、まぁ……いいけど」
「ごめん。すっっっっっっっごく痛いと思う……。何回か死んじゃうかも」
「いや待ってなにどういうこと? 人は一回死んだら終わりだからな? 何回も死ぬとか不可能だからな?」
「あ、大丈夫。そういう風に改造するから」
「いやだからどういうこと? 改造ってなに? 奈子がなに言ってるんだか、さっぱりわからないんだけど!」
「大丈夫、私も頑張るから!」
「なにが! なにが大丈夫なのかちゃんと説明して!」
「ごめんね、ヒロくんに拒否権はないから」
「拒否はしないからせめて説明をですね──」
「大丈夫、直ぐに分かるから……」
奈子はなにかを浩斗の顔の前に出す。それは綺麗な小瓶に透明な液体が入った、トリガー式の霧吹きのようだ。奈子はどこか寂しそうに微笑むと、それを浩斗の顔に吹きかける。
浩斗の視界がぐにゃりと歪む。目の前の幼馴染みの顔がぐにゃぐにゃと原形を留めない程に歪んでいく。
「ごめんね、ヒロくん」
奈子がなにを謝っているのかは分からない。
返事をすることも叶わず、浩斗の身体から力が抜け、意識は完全になくなった。
◆ ◆ ◆
浩斗が目を覚ますとそこには見知らぬ天井があった。
慌てて跳ね起きて、ぼんやりとする頭をフル回転させながらきょろきょろと辺りを見渡す。ここはやけにだだっ広い寝室のようだ。部屋の中央に置かれた、浩斗が寝ているベッドはやけにでかく、ふかふかしている。三人ぐらいなら余裕で寝れそうなでかさだ。
「ていうか俺、生きてる……?」
特別痛むところもない。手を開いたり閉じたりしてみると、普通に動く。
「あ、ヒロくん目が覚めたんだ!」
声がした方を向くと、椅子に腰掛けて本を読んでいた奈子がぱぁっと表情を明るくしながら浩斗を見ていた。
浩斗はごしごしと目元を擦って、それから駆け寄ってくる奈子を改めてみる。
腰まで伸ばされたストレートの銀色の髪。真っ赤な瞳。格好は先ほどと変わらずゴスロリ調の黒いワンピース。
そこだけ考えると奈子では有り得ないのだが、少々垂れている、おっとりした印象を与えるくりくりした大きな瞳も。ぷっくりとした唇も。やはり浩斗のよく知る奈子のそれであった。
顔つきは二年前のままで、年を考えると童顔だろう。身長も伸びている様子はない。多分、145センチぐらいだろう。
しかし、しかしだ。先ほどは動揺して気付かなかったが、一点だけ成長を主張する箇所がある。
胸だ。
なんだあれ。すごい揺れてる。ていうか服がめちゃくちゃ盛り上がってる。なんだあれ。
「なぁお前本当に奈子か……?」
「うーんと、奈子であって奈子でないというか……。私、今の名前はリリー・ブレンナイスって言うんだ」
「……最初から説明してくれ」
奈子──もといリリーはこくりと頷くと、よいしょと靴を脱いでベッドに上がる。浩斗の近くでちょこんと座ると、浩斗の顔を覗き込んだ。
気恥ずかしくて視線を逸らすと、リリーの胸が目に飛び込んでくる。ワンピースの隙間から覗く真っ白い谷間に目が釘付けになる。二年前まであんなにぺったんこだったのにな。でかいな、すごいな、ゆ、揺れてるな……。
浩斗が間近で揺れる膨らみにドギマギしながらも目を離せないでいると、リリーが気付いたようで慌てて胸元を抱きしめる。
「や、やだヒロくんどこ見てるのっ」
真っ赤な顔で睨み付けてくる幼馴染みの姿に浩斗は慌てる。ぶんぶんと勢いよく首を振って、叫ぶように「違う!」と言った。
「言い訳しなくてもいいよ。あ、あの……ヒロくんは、その……おっきい方が好き……?」
「え、いや、それは……」
「どっち? 大事な事なの!」
耳まで真っ赤にしながら、ずいっと顔を近づけてくる。鼻腔をくすぐる甘い蜂蜜のような香りに動揺しながらも浩斗は頷く。
「おっきい方が好き……だけど……」
途端、ぱぁっとリリーの顔が嬉しそうに綻ぶ。
「よかったぁ。おっきくなったのはいいんだけど、ヒロくんがちっちゃい方が好きだったらどうしようって思ってたんだ。多分、まだおっきくなるし」
浩斗は思わず胸元を見てしまう。更にでかくなる……だと……?
「もう、ヒロくんのえっち」
リリーが恥ずかしそうにそう言って、浩斗の額をこつん、と小突いたその瞬間だった。
ぽーん! まさしくそんな効果音が似合うだろう、というぐらいに軽々と浩斗の身体が後ろに飛んでいく。
ばきっ! と音を立ててベッドのフレームを突き破り、それでも減速することなく身体は飛び、壁まで到達した浩斗の身体は壁にめり込んだ。呆然としながら浩斗は顔面から床に倒れる。
痛む鼻を押さえながらよろよろと立ち上がり、振り返って壁を見る。穴が開いていた。次いでベッドを見る。不自然な穴が開いていた。ベッドのフレームってそんな穴の開き方出来るんですか!
頬をひくつかせていると、リリーが涙目になりながら駆け寄ってくる。
「ご、ごめんヒロくんっ。力加減間違えちゃったっ」
「力加減……?」
半泣きになりながら頭を下げる幼馴染みの言っていることが全く理解できなかった。
力加減? 女子が力加減を間違えると、軽く額を小突いただけで中肉中背の15歳男子の身体がボールみたいに飛ぶの? ベッドのフレーム突き破って壁に穴が開く勢いで、男の身体が飛ぶの?
はは、そんな、まさか。だってこいつの腕、掴んだら折れそうなぐらいに細いぞ? ていうかそもそも相当なマッチョでも小突いただけで飛ばすの自体無理じゃね?
「奈子……いやリリー。落ち着ける場所で、一定の距離を取った状態で説明してくれ」
「うっ……うう……わかった」
リリーはしょんぼりしながらも「こっち」と言って歩き出す。がくりと肩を落としている姿が痛々しく思えて、浩斗は「リリー」と声をかける。振り向いたリリーの頭を昔みたいに撫でてみる。リリーは嬉しそうに目を細めた。
「……嫌いになったとかじゃないからな」
リリーは「うんっ!」と嬉しそうに頷いた。
◆ ◆ ◆
浩斗は客室に案内された。リリーは「ちょっと待っててねっ」と言ってどこかに行ってしまった。
室内は先ほどの寝室と同じくだだっ広い。浩斗が腰掛けている二人がけの真紅のソファーはふかふかしていて、実に座り心地が良い。目の前にあるガラスのテーブルは見るからに豪奢だ。というか、室内にある物全てが見るからに豪奢だった。
浩斗が物珍しそうにキョロキョロしていると、リリーが戻ってくる。銀色のトレーを持っていた。トレーの上には紅茶が入ったティーカップとクッキーが乗った皿が乗っかっている。
リリーは浩斗の対面に移動すると、優雅な動作でカップを浩斗の前と自分の前に置く。皿をカップの間に置いて、トレーをテーブルの脇に置く。
リリーはニコニコしながらソファーに腰掛けた。
「ヒロくん、先に紅茶とお菓子をどうぞ」
「んじゃ、頂くよ」
浩斗はカップを取ろうとして、手が止まる。
「……」
リリーをじっと見つめると、不思議そうに首を傾げる。
「マナーとか、全然知らないんだけど……」
「私がそんなの気にすると思う?」
「ですよねー」
浩斗は苦笑で返し、カップを取る。見るからに高そうな白いティーカップに注がれた濃い紅色をぼんやりと眺めながら、一口飲む。
浩斗は紅茶があまり好きではないのもあって、紅茶だな、という感想しか出てこない。ごまかすようにカップを置いて、クッキーに手を伸ばす。
四角い形のアイボリー色と濃いブラウン色のクッキーが綺麗に置かれている。浩斗はアイボリーの方に手を伸ばし、ぱくりと口に含む。さくっという感触。口に広がるしょっぱい、塩のような味──。
浩斗は咄嗟に口を押さえた。なにこれまずい。噛まずにごくりと飲み込み、紅茶で流し込む。なにこれマジでまずい。
にこにこしながら浩斗を眺めていたリリーが慌てた様子でクッキーに手を伸ばし、はむっ、とかじる。
「はぎゅぐがごがうあうあ!?」
顔を青くし、涙目になりながらかじったクッキーをテーブルに置いて、紅茶を飲む。カップを置いてリリーはふぅ、と小さくため息を漏らした。
「ごめんなさい、ヒロくん。お砂糖とお塩を間違えちゃったみたい……」
浩斗は苦笑を浮かべる。リリーが……幼馴染みがこういうドジをするのは珍しいことじゃない。……正確には過去形だが。
「ぱっと見でわかるようにしとけって前にも言っただろ?」
「うん……」
リリーは少し嬉しそうにこくりと頷く。
浩斗は気を取り直そうと、ごほんと咳払いをした。
「それで、この状況の説明をして欲しい」
リリーはぴんと背筋を伸ばすと、真剣な表情で浩斗を見る。
「えっとね、ここは異世界です。ヒロくんは一度死んで、転生してここにいます」
「ほうほうそれで?」
「ヒロくんには私と結婚をしてもらいます」
「ふむふむそれで?」
「私と異世界で幸せな夫婦生活を送ってもらいます」
「……終わり?」
「えっ? 終わりだけど……」
リリーは気まずそうに上目遣いで浩斗を見る。
「……まずだな、なぜ俺が死んで、異世界にいるのかの説明が欲しい」
「私と結婚してもらうため」
「オーケーわかった。俺が悪かった……」
浩斗はまたごほんと咳払いをする。
「俺はどんな風に死んだんだ?」
「首をこう、ぽきっと」
リリーはなんでもないように、両手で首を抱きかかえるようにしながらぽきっと折る様をジェスチャーしてくれる。よし俺は何も聞いてないし見ていない。
「んじゃ、転生したってのもわかったけど、俺は身体はそのままみたいだけど、それはどういうことだ? ……ていうか顔もそのままなんだよな?」
「うん、そのままだよ。あ、えっとね、私がそういう風にお願いしたから」
「お願い?」
「私も転生してきたのね。ちなみに見た目が違うのはその時に変えてもらったからなんだけど……。えっとそれでね、私が転生してきたのは、魔王を倒すため、っていうベタな理由なんだけど……」
「魔王は倒せたのか?」
「えっと、その……うん、一応倒したよ」
「すごいなリリー! どうやって倒したんだ?」
リリーは気まずそうに視線を逸らすが、興味深げにじっと見つめる浩斗の様子に諦めた様子で口を開く。
「転生してきたときにランダムでなにか一つだけ魔王を倒すのに便利な能力が与えられて、私はそれがちょっとだけ力が強い、っていうやつで……」
ちょっと……? と思ったが浩斗は口には出さない。
「それでね、魔王を倒しに行ったのはいいけどすごく怖くて……。だから魔王城にある物とかを投げたり、壁とか床とかをこう、ぼこっ! とね……? そしたら魔王が怒っちゃって、すごい形相で向かってきて……。私はすごくすごーく怖くて怖くて……それでその……無我夢中で魔王の攻撃を避けながら、咄嗟に魔王の首を、こう……ぽきっと、ね?」
リリーに首を折られて敗北する魔王も情けないが、それをやってのけるリリーも恐ろし……いや、すごい。
よし、聞かなかったことにしよう。浩斗はそっとリリーから目をそらした。
「それで、神様が魔王を倒したご褒美になんでも一つお願いを叶えてくれるって言うから、ヒロくんをすごく、すごーく丈夫な身体に改造して、転生させて欲しいってお願いしたの。身体がね、丈夫じゃないと殺しちゃうから……」
「なるほどな」
浩斗は納得して大きく頷いた。
「ていうか実感ないんだが、本当に丈夫になってるのか?」
「うん。首が180度回ってもちょっと痛いだけで死なないよ。ちゃんと元に戻るし」
やだそれ怖い。
「骨が折れてもちょっと痛いだけで直ぐ治るし。便利だよね!」
「でも痛いんだよな?」
「大丈夫、直ぐに慣れるよ!」
慣れたくなかった。そんなことに慣れたくない……!
「ていうかもしかして俺って不死身になったってことなのか?」
「ううん。丈夫になっただけだよ。首が折れても死なないけど、切断したら死んじゃうみたいだから。腕や脚が切断されて、また生えてくるって事もないみたい。折れただけなら治るけど」
「あくまでリリーのかいり……ちょっと強い力に対応出来る身体になっただけ、ってことか」
リリーは複雑な表情を浮かべながら、こくんと頷く。
「あの、それでその……ヒロくん……今更なんだけど……」
リリーは落ち着こうとしたのかカップを取り、紅茶を飲む。カップと浩斗の顔で視線を往復させながら、口を開く。
「私ね、こ、こんな感じだから、ヒロくんにいっぱいいっぱい迷惑掛けちゃうかもしれないんだけど……」
リリーは小さく息を吐き出して、上目遣いで浩斗を見る。
「私と、結婚してくれる……?」
ぱりーん! と、音を立ててカップが砕け散った。脅迫か、脅迫なのか……! 浩斗が戦慄していると、リリーは涙目になりながらあたふたする。開いた手から、ぱらぱらと砕けたカップが落ちる。手には無数の傷が付いていて、血が流れていた。
「ま、また力加減間違えちゃった……」
リリーは泣きそうな顔でそう言って、「えへへ」と微笑む。
浩斗は無言で立ち上がり、リリーの隣に腰掛ける。リリーは戸惑った様子で浩斗を見た。浩斗はぽん、とリリーの頭を撫でるとそっと、傷ついてしまった手を取る。手のひらに突き刺さった細かい破片を丁寧に取っていき、それはとりあえず床に落とす。
黙々と作業をする浩斗の真剣な顔を、リリーは恥ずかしそうに見つめていた。
「痛くないか?」
破片を取り終えてから尋ねると、リリーはそっと視線を逸らした。
「ちょっと痛い、かな」
「ちゃんと手当てしないと駄目だな」
「ん」
浩斗は小さく息を吐き出し、リリーの、傷ついていない方の手を取るとぎゅーっと握る。
「好きだよ、リリー。小さい頃からずっと。だから俺と結婚して欲しい」
リリーは目を見開きながら、顔を僅かに赤くして真剣な眼差しを向ける浩斗を見つめる。そしてはにかみながら、とろけそうな笑顔を浮かべると、こくりと小さく頷いた。
「はいっ」
リリーはそう言って浩斗の首に腕を回して抱きつく。浩斗の首がぐきぼきごきんっ! と確実に立ててはいけないであろう音を立てる。
「死ぬ程いてぇぇえええええええええええええ!」
浩斗が叫ぶと、リリーは慌てた様子で離れる。
「ご、ごめんねヒロくんっ! 力加減間違えちゃったっ!」
浩斗は半泣きになりながら首を両手で押さえて、身もだえる。
「す、少しずつで良いから、間違えないように頑張ろうな……。俺も協力するから」
リリーはぱぁっと表情を明るくした。
「ありがとうヒロくん!」
リリーは気を遣ってか、浩斗の腰に手を回す。ごきごきごきばきんっ! とやっぱり立ててはいけない音が鳴る。
「うぎゃぁぁぁぁあああああああああ! 腰が! 背中が! 背骨がぁぁぁああああああああああ!」
「やだごめんなさいヒロくん!」
リリーが泣きそうな顔で頭を下げる。
俺が痛みに慣れるのが先か、リリーが力加減を覚えるのが先か……。出来れば後者であって欲しいな……。浩斗は痛みにもだえながら、ぼんやりとそんなことを思った。
◆ ◆ ◆
それから一ヶ月が経った。リリーの両親との挨拶も済ませ、こちらの暮らしにもすっかり慣れ、浩斗はなに不自由なく生活をしている。
リリーはお嬢様で、ついでに魔王を討伐した報奨金が相当あるために特別働く必要がないらしい。
しかし浩斗はなにもしないのはとリリーの両親に仕事を紹介してもらおうともしたが、「仕事なら……もうしてもらっているじゃないか」と義父に返された。
「リリーに力加減を覚えさせるのがヒロトくんの仕事だよ」
死にそうな顔で、義父はそんなことを言っていた。どうやら両親もリリーの怪力……もとい、ちょっと強い力には困り果てていたらしい。
この一ヶ月で多少はましになった。それでも物を壊したり浩斗の首やら腰やら腕やらを折ったりすることは後を絶えないが。それでも、リリーが努力しているのはわかっているので、浩斗は文句など言わない。
痛みにもすっかり慣れていたし死にたい。
◇
いつものように日常を過ごし、夜、浩斗はパジャマ姿のリリーと共にベッドに上がる。
「早く力を制御できるように頑張らないと。結婚式を挙げるためにも」
ぺたんと女の子座りをしているリリーは、そう言って小さくガッツポーズをした。
二人は夫婦ではあるが、挙式はまだだった。リリーが完璧に力を制御できるようになったら挙げることになっている。
「頑張ろうな」
浩斗がそう言って頭を撫でると、リリーはくすぐったそうに目を細める。撫でるのをやめるとリリーは上目遣いで浩斗を見た。
「あの、ヒロくん。私、頑張れてるよね……?」
「そうだな」
「じゃ、じゃあね……ご褒美とかもらってもいいかな……?」
浩斗は怪訝そうに顔をしかめながら、首を傾げる。
「き、キスをね、してほしいかなって……」
「っ!」
毎晩こうして一緒に寝ているが、キスすらもしたことがなかった。リリーは耳まで真っ赤に染めながら、浩斗を見つめる。瞳も潤んでいた。
「まぁリリーも頑張ってるしな……それに、その……俺もしたいし……」
リリーは顔を俯かせながら、浩斗の服の裾を掴む。
「ヒロくんのえっち」
そんなことを言いながらこつんと浩斗の額を小突くが、浩斗の身体が吹き飛ぶことはない。
浩斗はこくりと喉を鳴らし、そっとリリーの両肩に手を置く。
「キス、するぞ……?」
恐る恐る確認すると、リリーは「ん」と言って小さく頷いた。
浩斗はゆっくりと顔を近づけていく。リリーはきゅっと目を閉じた。長いまつげがふるふると震える。距離が縮まると尚感じる蜂蜜みたいな甘い香り。口の中に唾液が異常に分泌されるのを感じながら、浩斗は距離を縮め、そしてリリーとキスをした。
むにゅりという柔らかい感触。高揚感を覚えながら唇を離すと、「ふぁ」とリリーが小さく息を吐き出す。異常に熱い吐息が唇にかかり、浩斗は思わずぶるりと身震いをした。
目を開けると、リリーも同じように目を開けていた。とろんとした瞳で浩斗を見ている。
「ヒロくん……」
リリーはもう一度瞳を閉じると、浩斗に口付ける。むにゅりと柔らかい感触。甘い香り。感じるリリーの温もり……。浩斗は頭がくらくらした。
リリーは何度も何度も浩斗に口付ける。次第に唇を離す度にお互いが顔を近づけるようになっていた。
「んぁ……ヒロくん……」
「ちょっ……!」
リリーは浩斗の首に手を回し、むぎゅりと抱きつく。首が折られることはない。
リリーの僅かに開いた唇から、にゅるりと、生温かい物が出てくる。浩斗がそれを理解する前に口腔内に挿し込まれる。思わず目を見開きながら間近にあるリリーの顔を見つめる。すっかりとろけきった顔をしていた。
浩斗が驚いているのなど気に留めず、リリーはひたすらに浩斗の口腔内を貪る。生温かく熱い物が口の中を舐め回す感覚に、浩斗は目眩を覚える。
リリーはそうしながらも浩斗を傷つけないようにと、力を加減しているのが、浩斗には分かった。その一生懸命の姿がどうしようもなく可愛かった。
浩斗はリリーの腰に手を回すと、リリーと同じようにする。リリーは驚いたようで、小さく肩を跳ねさせた。
二人は夢中でキスをする。室内にはぐちゅりぴちゃりという水音だけが響く。
長い長いキスを終えて、二人は唇を離す。リリーのちろりと出た赤い舌が糸を引くのが見えて、浩斗は卒倒しそうになった。
リリーの唇の端から唾液が垂れる。それをぺろりと舐め取る様が、どうしようもなく艶っぽかった。
「ヒロくん、私、いきなり大人の階段を駆け上った気がするよ」
浩斗はなにも言わずにリリーの頭を撫でる。
「ヒロくん、ずっとずーっと、一緒だよね?」
「当たり前だろ?」
「私のこと、好き?」
「大好きだよ」
「私も大好きっ!」
リリーはそう言ってむぎゅりと、浩斗の首に手を回して抱きつく。ごきんばきんぐぎんっ! と嫌な音を立てて、浩斗の首の骨が折れた。
浩斗は痛む首をさすりながら、涙目であたふたする幼馴染みの頭を撫でる。
「……結婚式は当分お預けだな」
「あうう……」
しょんぼりする幼馴染みは、やっぱりどうしようもなく可愛かった。