ずっと昔に
ずっと昔に、ひとりの馬鹿者がいた。
馬鹿者は世界が平和になればいいと思い、旅に出た。
ずっと昔に、ひとりの馬鹿者が歩いていた。
馬鹿者は争いを止めるために歩いていた。
争いあう人々の間に立ち、右からも左からも上からも下からも前からも後ろからも殴られ、蹴られ、
それでも馬鹿者は争いあう人々の間に立った。
ずっと昔に、ひとりの馬鹿者が立っていた。
馬鹿者は何も持たずに立っていた。
何かを持つことが争いの元だと知って、馬鹿者は全てを捨ててきたのだ。
立っている馬鹿者には誰も目もくれない。
何も持たなければ争わずに済むのだと馬鹿者は嬉しかった。
ずっと昔に、ひとりの馬鹿者が死んでいた。
馬鹿者には何もなかった。
親類も、縁者も、住む家も、友達も、食べるものも、着飾るものも、何もなかった。
世界が平和になればいいと思った、一人の馬鹿者の、心だけがいつでも平和だった。
ずっと昔に、ひとりの馬鹿者が死んでいた。