鉄鋼国ギガンVS新教国シリウスVS賢者アルス
まったり行こう
『生きる』について真剣に考えたことはあるか?
俺はある。
こんなにも苦労してまで生きるのは何でか。
死ねないのは何でか。
生存本能や防衛本能のせいなのか?
それとも未練でもあるのか?
自問自答を繰り返すうちに俺は飽きてしまった。
どうでもいいや。
結論はでなかった。
今では死んだように生きている。
俺の師曰く。
「お前は生きることに疲れた人間」
らしい。
自覚はある。
俺は疲れたんだ。
生きることも。
守ることも。
信じることも。
全部。
いっそ死んで楽になりたいと思うが。
躊躇ってしまう俺がいる。
情けない話だ。
「子供でも作ってみろ」
別れ際に俺に言った師匠の言葉。
40代後半のオヤジである師匠には八人の妻と26人の子供がいる。
「自分の子供は可愛いもんだ、お前も子供が出来れば人生楽しいぞ!」
先週、新たに27人目の子供が生まれた影響でハイテンションな師の言葉。
馬鹿な師のそんな馬鹿話を聞き流し俺は昨年、下山した。
今は鉄鉱国ギガンと神教国シリウスの国境付近を流れるタナトス川。
そこに生える一本の大樹の枝に座り雲を眺めている。
フワフワと流れる雲を時間を忘れ眺めていると心が落ち着く。
一時間、至福の時を感受している俺だが徐々に眉間に皺が寄ってくる。
小鳥の囀りはどこえやら、角笛の音と息巻く兵士の声。
近づくそれらに動物達は逃げ出し地鳴りが耳鳴りのように押し寄せてくる。
そう、ここは国境線沿いである。
川を挟んで両方から軍隊が隊列をなして前進してくる。
鉄鉱国ギガンと神教国シリウスの戦争。
ここはその戦場になってしまっていた。
「自然はこんなにも美しいのに人はどうしてここまで醜くなれるんだか」
俺は心の中でため息を吐いた。
■聖騎士長アークス・グレイス
両軍は盾を展開、ギガンは魔道砲をシリウスは神術による攻撃準備を行う。
この時、鉄鉱国ギガンは総数3万2千兵に対し神教国シリウスの兵力は1万5千であった。
ギガンは侵略戦、シリウスは防衛戦と各陣の戦に対する気持ちは違っていた。
特にシリウスの兵士は圧倒的不利な立場にも関わらず士気は非常に高い。
総指揮者である聖騎士長アークスも兵士を鼓舞していた。
防衛戦、これに敗れれば後方の祖国は蹂躙され植民地支配を受けるだろう。
戦力差は明らかだが勝機はある。
アークスは布陣が行われる少し前にある情報を得ていた。
「何!?『賢者』がだと!」
諜報部から上げられた報せに肩が大きく上がる。
戦場になるタナトス川を視界の彼方に捉えた頃であった私にはその報せが神の救いに思えた。
『賢者』、各国の上層部のみが知るこの者は危険度SSSに位置付けられる程の怪物であり、先月もイージス帝国の海軍戦艦五隻、飛龍空母二隻、重巡洋艦九隻、軽巡洋艦十三隻、駆逐艦二十五隻、から編成された大部隊を海上にて単身で撃沈しイージス帝国の和国ニーズへッグへの進行作戦を台無しにした実績を持つ。
一部情報には進行海路で釣りを邪魔された『賢者』による報復とあり、船と釣り道具を貸したという証言からも信憑性は高い。
「『賢者』殿はどうやら木の上で空を眺めている様子で・・・」
神が与えて下さった繊細一隅の好機、勝機は十分にある!
「騎士長と千人騎士長を直ちに招集しろ!」
この後、聖騎士長アークス指揮する神教国シリウスの聖騎士軍は本隊を『賢者』がいる木の後方に布陣することになる。
■
火花を斬ったのは鉄鉱国ギガン軍だった。
旧時代の大砲に似た兵器、魔道砲からの砲撃が放たれ『賢者』のいる木ごとシリウス軍に着弾する。
155㎜ほどの砲身から放たれる魔弾は特殊金属で作られた弾丸であり魔力が充填されている。
この弾は着弾と同時に爆発、火薬とは違い爆発の流れに指向性を持たせられるのでピンポイントで対象へ集束される。
だが、ギガン軍には不幸にも弾は木に着弾し爆発。
指向性があるとはいえ着弾すれば意味がない。
ちなみにこの時、シリウス軍は盾や障壁などを展開し攻撃には転じていなかったりする。
つまりは・・・
ドカァァァァン!!
■『賢者』アルス・エンドレス
ドカァァァン!!
ギガン軍の魔弾が俺目がけて飛来・・・着弾した。
物凄い熱波と爆風が襲ってくるが俺の身には欠片も怪我や火傷の痕はない。
『守甲』、自身の皮膚に気を廻らせ硬化させる技であり、これにより俺は無傷なんだが。
「服の損傷が酷いな・・・」
穴だらけのボロボロである。
「見た所、ギガン軍による恒例の侵略ですか」
溜息一つ、炎上する枝から飛び降りる。
露わにした俺の姿にギガン、シリウスの両軍の間に戦慄が走った。
それもそうだろう、俺って悪い意味で有名だからね。
砲撃を中止したギガン軍だがやがて陣を変えてくる。
「俺を相手にする気か?」
殲滅の陣。
槍兵を全面に陣を横に伸ばす。
魔道砲を後方に槍兵との間に剣兵と魔術兵を配置しての超攻撃的な陣だ。
「まぁ、あそことは昔から色々あったからな」
ギガン軍の後方に広がる山々を望む。
シリウス軍に変化はみられず、以前として盾などを展開したままである。
「指揮官は優秀だな、俺の危険性を認識している」
表立って敵対しない。
俺を利用しようとしているのは見抜いている。
「俺の好きな人種だ」
愚者より頭のキレる猛者は一緒に酒を飲んでも楽しいから。
「シリウスの聖騎士長とは後で面会するとして、まずは俺に盾突いてくる愚かな兵士皆様を地獄に送るとしよう」
片足に気を集中し蹴り上げる。
空を切った蹴りにその方角にいた兵士達が吹き飛んだ。
■聖騎士長アークス・グレイス
ギガン軍の兵士が空中を飛ぶ、その様子を見て作戦の成功を確信した。
「各部隊に伝達!『賢者』殿を援護せよ、弓兵は魔術兵を重点的に狙え!」
命令に部下がイソイソと動き回る。
「蹴り一撃でアレか」
上がってくる報告を聞きながら前線を見る。
火砲や兵士が一か所に集中しているあそこに賢者がいる。
だがここからでも分かる程に賢者の力は凄まじい。
敵兵の後退と絶叫、爆風と振動。
どれもが賢者によるものであり、彼は怪我一つ負っていない。
「報告!敵兵80%撃破、我が方の損害は皆無。魔道砲完全沈黙。『賢者』殿は敵本陣へと進行中!」
「報告!『賢者』殿の攻撃により大規模な地割れが発生、我が軍の進行の妨げになっております!」
「進行はせず弓兵の攻撃が届くまで援護、他は守りを固めよ!決して『賢者』には手を出すな」
「「ハッ!!」」
これほどの逸材、『賢者』とは何者だ。
黒いロングコートで顔は常に視覚妨害の術により呆けて見えてしまうらしい。
知られているのは自身を俺と呼称するらしく(これにより男性説も囁かれる)肉体一つで国を滅ぼすことができる。
事実、今のイージス帝国は過去に一度『賢者』により傾国した。
その際、時のオルフェルス中立国家国王ネルビルス王の仲裁により『賢者』は怒りを鎮め、イージス帝国は亡国を免れた。
「あの方はとても悲しい方で優しい方です。そっとしておけば無害な人なのに・・・」
有名なネルビルスの発言でメディアは彼と『賢者』が友人関係にあると報じる。
これにより各国がネルビルス王に『賢者』との謁見や軍事協力などのパイプ役を頼むのだが彼はこれをことごとく拒否。
それに怒り力で脅迫する国もあったが『賢者』の介入により軍は壊滅させられオルフェルス中立国家はその中立国家としての地位を確固のモノとする。
以後、放浪癖のある『賢者』に対し敵対する者もでず国々は見て見ぬふりをした。
付け足すと噂ではあるが鉄鉱国ギガンと『賢者』の間には何らかの因縁があるとのことらしい。
「戦が終息したら一度、お詫びに行かねばな」
■『賢者』アルス・エンドレス
四方から斬撃が俺の身体を穿つが「守甲」による防御力を突破できずに刃毀れする。
「さっきの『空蹴り』に臆さず攻める勇気は認めるが」
人刺し指を突き出し、兵士の心臓目掛け鎧ごと突き刺す。
「残念ながら無駄死にだぜ?」
兵士が崩れる、鎧越しの心臓に穴を開けて。
『指弾』、指による突きで銃撃以上の貫通力を秘めている。
「おおおおおおお!!!」
大剣を振りかざす兵士に回し蹴りを見舞い、回転力を維持しつつ地に手を付き、威力を増
した蹴りを周囲にもお見舞いする。
間を与えず、両手をバネに跳躍。
4mほどの高さから再び『空蹴り』を――蹴りの軌道に沿って放たれた衝撃波が敵隊を分断する。
『空蹴り』、脚部に気を纏っての蹴り。蹴りに連動して気を空気に乗せ異常な衝撃波を生む。
衝撃波の威力に大地が割れ、兵士が割れ目に落ちたりなんかもしている。
阿保かと思いながらも自由落下をする最中も『空蹴り』を二発。
前後を地割れで身動きを封じ割れた兵士の群れに飛び込む。
「死ねあぁぁぁ!!」
当然、兵士等は攻撃しようとするが。
「馬鹿!こんな狭い所で・・・!」
身動きを封じられた彼らは隊列状態のままであり剣を振るスペースはない。
つまりは
「うわぁぁぁ!!」
「お、落ちる!!」
互いに押したり押されたりして地割れに落ちるケースだ。
斬撃を左腕で受け止め最前列の兵士達を蹴りつければドミノ倒し、よろしく倒れ込み更に地割れの犠牲者を生んだ。
『守甲』『空蹴り』『指弾』の三つのみで粗方を制圧。
残るは奥に控える本陣のみだ。
「さて・・・と、敵さんのお顔を拝みにいきますか」
■クリス・エレンナ准将
「前衛部隊壊滅!准将、ここは撤退を!やはり『賢者』には敵いませぬ」
参謀からの意見に私は眉間に皺を寄せる。
奴が強いことは知っている。
だからといって引くわけには行かない、相手が奴とはいえたった一人に三万弱の軍勢が敗退するなど!
「残存兵力は!」
「我ら本陣に待機する三千の精鋭だけでございます」
参謀や他の将の顔色は暗い。
人の形を成した怪物を相手に非力な我らに何が出来るのかと。
出陣直後の余裕と覇気はどこえやら各自、ここへと迫る怪物に怯えている。
だが、だがだ!
いくら怪物とは言え奴は人だ。
なら必ず手はある。
エレンナ家の為にも負けるわけにはいかない!
「私が前に出る!精鋭は包囲陣を形成し後方にて待機せよ」
肉を斬って骨を断つ!
例え、私が死のうとも勝てればいい!
侵略戦そのものは負けだろうが、かの『賢者』を打ち取ったならば釣りは十分とれる。
「クリス准将!しかしそれでは」
「黙れ!他に策はあるとでも?」
「・・・・・・・・・」
「ないなら従え!これは命令だぞ」
「「「ハッ!!」」」
それに生き延びる可能性も少なくはある。
「問題は『賢者』の性格次第か・・・」
「包囲陣完了!准将」
「分かっている!!」
まだ遠いが朧げながら見える黒いロングコートの人物。
顔はやはり視覚妨害の術で確認できない。
「私の指示と同時に術を展開せよ!いいか、躊躇うな!!」
「「「ハッ!!」」」
■クリス・エレンナ准将
「さすがだ『賢者』、我が軍をこうも容易く滅ぼすとは」
黒いロングコートは皺だらけで、所々破れている。
身長は170㎝くらいか、コートに隠れて性別は判断できない。
顔はやはり駄目だ。
間合いと呼ぶような位置で立つことで分かる威圧感。
だが、殺気は感じないのはなぜだ。
「・・・・・・・成程な」
「?」
奴の発する言葉に理解ができない。
「お前はアリスの妹か」
「!!!」
アリス、この名を聞いた瞬間に抜刀。斬りかかるが。
「落ち着け」
「くっ!!」
指二本で剣を受け止められ、よほどの馬鹿力か押すも引くもできない。
待機する兵がザワつくが指示がないので迂闊に行動できないでいる。
「貴様、一体何者だ!!」
「ん?分からんか・・・」
意外だと言わんばリな態度に私は兵に支持を下そうと手を振り上げる。
より早く奴の空いた手が振われた。
黒い炎だった。
手が振られると兵達の足元にあった何気ない雑草が発火。
発火した黒い炎は瞬く間に近くの兵に引火し、意志を持つかのように次々と引火する。
「な、何だこの炎は!!」「消えねえぞ!誰か助けt・・・」
術や水でも消火不能な炎に3千人の兵は大混乱に陥る。
「魔術か・・・!?」
「御明察」
魔術、神術に並ぶ超常現象を可能にする術であり、ギガンの魔道砲や術も魔術によるものである。この大陸の4/2の人はこの魔術を使用する。
「『黒炎』って言ってな対象を灰も残さず焼却する地獄の炎だ」
焼かれる部下を目に怒りは沸々と煮えたぎるが逆に私は冷静になる。
冷静になってチャンスを窺う、ここでこいつを殺さねば部下の死は無駄になってしまう。
「ッ・・・あの蹴りも魔術なのか・・・・」
少しでも話を伸ばして隙を、情報を得なくては。
「魔術ではないな」
「なら神zy「それも違う」なら何だと言うんだ!!」
ただの蹴りで大地が割れるものか!
「秘密だ」
ちぃ!どうするこれ以上の時間稼ぎはもう・・・
「俺からも質問いいか?」
「!?、言ってみろ」
「クリス・エレンナ。お前は姉の死の真相を知っているか?」
頭が真っ白になった。
姉の名はアリス・エレンナ。
エレンナ家の長女であり階級、伍長であった姉は屋敷の自室にて謎の死を遂げた。
現場には犯人の手掛かりになるようなものは見つからず、遺体も激しい損傷から死因の特定が不可能だった。
姉の死に当時の私は精神を病んでしまっていた。
優しい姉、頭を撫でてくれた暖かい手、安心する笑顔。
引き籠りがちだった私は犯人への憎しみを糧に実力をつけいく。
「おい、聞いているのか」
ハッと顔を上げる。
「き、聞いている」
「で、知っているのか?」
「…知らない」
「やはりな」
部下も絶えた丘の上で私と奴の二人だけ。
遥か後方のシリウス軍を尻目に男は呟いた。
「俺の名はアルス・エンドレスだ」
■クリス・エレンナ准将
黒い髪と瞳はそのままだけど目が、あの頃の強い力の篭っていた目は疲れたように弱々しくなって髪も伸ばしっぱなしに変わっていた。
「久しぶりねアルス・・・いいえ『賢者』と呼ぶべきかしら」
「好きにしろ、命の保証はしないが」
無表情な人形を相手に私は彼はもうあのアルスではないのだと実感した。
「さて聞きましょうか真相とやらを」
姉の元カレが一体何を吐くのかを
「アリスのお前の姉の死には俺が関わっている。いいや俺が殺したようなものか」
「え?」
剣に術を展開し受け止める指を斬り落とそうとする。
「殺す前に聞いておこう、なぜ殺した」
「今は言えない」
「なら言わせるまでだ!!」
刀身から小さい刃の列が生え、それが刀身を沿って回転運動を開始する。
チェーンソーさながらの剣は指を簡単に切り落とそうと作用するのだが鋼鉄のような指は火花を散らすだけで傷一つつかない。
ならばと更に術を追加、プラズマにより刀身が高温化し熱切断と鉄の構造変化でダイヤモンド化した刀身。
強度と切断力を大幅に上げたチェーンソーな剣は火花をさらに煙も上がる。
どんな盾だろうが障壁だろうが紙のように切り裂いてきた必殺の一撃。
――をもってしても指にかかる『守甲』を突破できなかった。
「大口叩いた割には大したことないのな」
憎い、こいつが憎い。
今まであんな事件があっても好感は抱いていた。
しかし、今はこいつが憎くてしかたない。
悪意ある視線をジッと見つめ返す奴の口元が綻び、苦笑しつつもこんなことを言った。
思い返せば、この一言が私の人生を大きく変えたんだと思う。
「どうだ、俺と共に来るか?」
刃を止めてない方の手差し出してくる。
「全容を今ここで話すことはできない。かといって時期が来ても俺が忙しくなってしまう。」
「なら、俺と一緒に居たのがいいだろうし。俺を殺すチャンスも多いぞ?」
人形だと思っていた顔に苦笑という表情、人間らしい感情を僅かに染み出させたそれを見ながら私はその手をとっていた。
「夜は背中に気をつけることだ」
術を解除し剣を鞘に納める。
居合切りも得意とするのでこのままでも一瞬で首を薙ぐことができる
「もう殺る気満々だな」
「当然だ。貴様の隙一つ見逃さんぞ」
「それもこの術を破れなければ意味はないけどね」
転がっている剣を拾い上げ掌に押し当てるが『守甲』に阻まれてしまう。
とは言え、術ならば効果時間などはあるもの例えそれが魔術や神術でなくともだ。
「ああ、効果時間はないから。全自動で省エネなんだ」
はぁ!?
「全自動ってまさか・・・」
「そう、攻撃された時だけ展開する」
展開される前に!
「術の発動はコンマ0.02秒、これちゃんとした測定結果ね」
純粋に威力を求めるしかないのか
「確認するが、答えはYESなんだな?」
「そうだけど」
「なら移動するぞ、神教国の皆様方がこちらに向かってきてる」
即席の橋を架け、地割れ地帯を超えてくる新教国。
「不快かもしれないが俺にしがみつけ」
「転移でもする気か?しかし連中が見逃してくれるとは思わないが」
どこの国や軍でも転移術などの戦略的応用が利くものへの対策は最初に指導される。
主に術へのジャミングは専用の術師を設ける程で、ここで転術を発動させても新教国の術師に邪魔されてしまう。
「転移などするか、脚があるだろ脚が」
そう言ったアルスが大地を軽く蹴り付ける。
あくまで軽くだがクレーターが出来るほどの。
「走って逃げるんだよ」
◆『賢者』アルス・エンドレス
あの後、中々しがみつかないクリスを気絶させ担ぎながら逃走を図った。
鉄鋼国方面は鉱山が続くので逃走には不利と考えた俺は鉄鋼国と新教国両軍が展開した川を上ることにした。
両国国境沿いを延々と伸びる川の上流は両国に隣接する魔国ビアンテである。
この魔国は樹海が往々と生い茂っているので身を隠したり野営するにはうってつけであるし、樹海なだけあり抜け出せなくこともある。
新教国もここまでは手が出せないと踏んでの考えだ。
「何があっても俺には手を出したくないか」
下流を振り返る。
追跡者の気配は最初からなかった。やはりあの新教国の指揮官あいつだろう。
慎重な姿勢と不確定なものを敢えて利用しようと考える思慮深さ、隊列の動きや橋を架ける際の早い的確な采配から十分にその器である。
「本気で酒を飲み交わしたくなるな」
水面を更に強く蹴り速度を上げる。
「夜までには着くかな」
ぐっすりと気絶する暴れ姫が目を覚まさないことを祈りながらアルスは目にも止まらない速さで魔国を目指す。
次はいつになるのかな