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深遠に在る呟き  作者: 望月あさら
■ 4 ■
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4-6

「おい! みんなこっちだ! まとめて『結界』を張る。だから早く一ヶ所に集まれ!」

 真士が自分に人々の保護を押しつけていったために、嫌々ながらも哲平は声を張り上げていた。

 みんなが口々に何かを叫びながら逃げ惑う中、その声がどこまで届くかは分からなかったが、人を一ヶ所に集めるにはその方法しかないのだ。

 広場の中央に哲平はいた。

 数人が足を止め、哲平の背後に回る。それを見て、自分を含む彼らを裕に覆うほどの『結界』を張った。中には地に蹲ったまま動かないダルナもいる。

「こっちだ! 一ヶ所に集まれ!」

 もう一度、叫ぶ。

 徐々に人はそこが安全だと悟り集まってくる。この町自体がよく『魔』に襲われているせいだろう。こんな状況下であっても声一つで何をすべきかを誤ることなく見付けることが出来るのは上出来と言えた。

 人間が、彼らにとっては求めている食料が、一ヶ所に集まっているために『魔』は『結界』に体当たりをしてきた。

 どれもほとんどが霧の状態の弱い『魔』である。

 哲平にとってそれらを『浄化』することはあまりにもたやすいことであったが、百人以上の人間を自分の『結界』で守らなければいけないのだ。動き回ることは出来ず、剣の届く範囲でのみの『浄化』を繰り返した。

 哲平には真士の背中が見えていた。

 他の『魔』よりも強い光を放つ女。それを相手取って苦戦しているのが分かる。『結界』内の人々もそれを見守っている。

 『結界』にはいくつもの『魔』が当たってきていた。そのたびにスパークが起こった。その衝撃だけで消え去ってしまう『魔』もいた。だが、ほとんどの『魔』が何度も体当たりを繰り返していた。

 馬鹿の一つ覚えという奴だ。『魔』はそれほど頭がいいわけではない。だから喰える食料を見付けると、何を考えるでもなく、とりあえず突撃するのである。

 真士が相手にしている以外の全ての『魔』がこのような手合いだったら哲平に苦労はなかった。『結界』を張ったまま、『魔』の自滅まで待てば全てが終わる。

 しかし、そうではない『魔』もやはりいたのだ。

 哲平の目の前にゆっくりと歩み寄ってくる六人の人間。

 男も女も、若いのも、そうでないのも、若すぎるのもいた。

 体に纏う光はそれほど強くない。かといって弱くもない。

 一人ずつが相手ならまだしも、六人同時に、しかもこちらは満足に動けない状況となると、これはまたやっかいそうだった。

 哲平は『結界』の強度を増し、状況を伺おうとする。

「さぁて、どうすればいいのやらねぇ……」

 口の中で小さく呟いた。そして沈黙を保とうとした。

 しかしその時、哲平の目の中に飛び込んできた情景が彼の思考というものを突然全て奪い去っていったのだ。

「――……!?」

 あっけないほどの出来事。

 一瞬のうちの出来事。

 何が起こったのか理解が出来なかった。認識もできなかった。

 瞬きすら許されない。目も口も大きく開かれ、ただ急激に潤いを失っていく。

 何一つ声は出なかった。

 四肢は強ばり、衝撃が体中を駆け巡る。

 それが感覚を麻痺させていく。

「――ぎゃゃゃぁぁぁっっ!」

 目前の絶叫が哲平の視線を固定させる。

 地に塊となって落ちていくもの。

 血だ。

「……ま、こと……」

 微かに声帯を震わせ、そう言おうとするのが精一杯だった。

 背後でも人々が悲鳴に似た声を上げている。

 『結界』と『魔』がぶつかるスパーク音と、人々の絶望の声。それらがごっちゃになって哲平の耳に飛び込んでくる。

 月明かりが彼を浮かび上がらせた。

 食い千切られた右肩。

 ただれた肉。

 溢れだす血。

 鳥肌が全身を覆った。

 それが哲平を強引に現実に引き戻した。

 友の姿をを見、分かってしまったのだ。

 彼の右腕がもう使いものにならないということ、彼がもう『魔』と戦えないということ、その上、彼の意識自体、いつまで保つか分からないということ、ということは、自分一人が『魔』と戦わなければならないということ、しかし今の自分では全てを『浄化』することは不可能だということ、つまり、『魔』に負けてしまうということ――。

「…………」

 絶望感が襲った。

 どうすればいいのかなんてもう考えられなくなっていた。

 右肩に左手を添え跪き、動く気配を見せない真士の姿を視界に入れているだけ。絶望に覆われている彼の姿をとらえているだけ。

 焦点は合っていない。

 ただでさえ暗闇の中なのに、見ようとしていないために真士がどういう顔をしているのかうかがい知ることすら出来てはいない。

「……っ」

 前から風が『結界』にぶつかってきた。今まで以上のスパーク。

 発生源に目を向けると、そこには哲平よりいくつか年下と思われる一人の少年がいた。

 弱くはない六人の『魔』のうちの一つ。

 六人の『魔』はじりじりと哲平に迫ってきている。

 『結界』がゆらぐのが見えた。

「……どう、……しろって……」

 絞りだす声が自ずと震える。

「――なぜ『司』様が今この場にいらっしゃらないんだ――!」

 背後からの絶叫。

 それを口火として、人々は絶望を口にする。

「見捨てられたんだ! 『司』様は私たちを見捨てていったんだ!」

「『司』様がいらっしゃれば、『司』様がいらっしゃれば……!」

「もう駄目だわ。助からないわ。私たち、ここで死んでしまうんだわ!」

「『司』様がいらっしゃらない!」

「『司』様が!」

「助けてください、『司』様!」

「まだ死にたくない!」

「『司』様ぁっ!!」

 ――『司』――『司』――。 

 『司』って?

 『司』とは……何だ?

 『司』とは、何者なんだ?

 こんな崖っぷちの状況下、みんなが同じように口にするその言葉。

 『司』とは、何なんだ?

 みんなを救ってくれるものか?

 助け出してくれるものか?

 救済者? 希望?

 『司』がいれば、この状況をどうにかしてくれるのか?

 こんな恐ろしい状況を救ってくれるのか? こんな不快な状況を終わらせてくれるのか?

 光を見せてくれるのか?

 道を示してくれるのか?

 導いてくれるのか?

 楽にしてくれるのか?

 『司』がいれば、望むことが叶うのか?

「……つ、か、さ……?」



 『司』様。



 『司』。



 ――だれ?



 両目をゆっくりと伏せた。

 知らぬ間に強ばっていた足の力を抜く。

 腕を剣諸共、体の脇に下ろす。

 『結界』のゆらぎがなくなった。

 『魔』は『結界』を破ろうと攻撃を仕掛け続けるが成果はあがらない。逆に『結界』と『魔』の触れ合うスパーク音が甲高くなる。

 哲平が全身の緊張を解くと共に『結界』の強度が増したのだ。

 それが背後にいる人々にも分かったらしい。気配で彼らは感じ取ったらしい。

 人々の声が、なくなる。沈黙する。

 空間にはスパーク音が響きわたる。

 それと、哲平の、声。

「――確かにさ、……確かに俺たちは『司』じゃないぜ。候補生何ていう中途半端な位置にいる奴らで、てんで経験とかなくって、まだまだガキで、みんなの信頼勝ち取るのも一苦労で……。だけど、さ、だけど、俺たちは『司』になる人間なんだよ。ならなきゃいけない人間なんだよ。中途半端でも、『司』候補生なんて奴ら、他には早々いないんだよ。次の『司』は俺たちなんだよ。なんで『司』が必要かなんて考えたことないけど、そんなの分かんないけど、けど、俺が、……みんなが『司』ほどの力が欲しいと思っているのは間違いなく事実なんだよ……! 『司』ほどの力が欲しい! どんな『魔』にも負けない力が欲しい! そうだろ!? そう思うだろ、真士! 俺たちは力が欲しいんだ! だけどそれは自分たちでどうにかしなくちゃいけないんだ! 自分たちでものにしなくちゃ意味ないんだよ! 真士! 聞こえてるんだろ、真士! だから、だから! もっと強くなろうぜ! 今までの『司』以上に、強くなってやろうぜ! なあ、真士っ!」

 『魔』は攻撃の手を休めない。

 『結界』はそんな『魔』をことごとく弾いていく。

 人々は口を閉ざし身を小さくし、闇は深まり哲平は叫び、そして真士は――立ち上がる。


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