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深遠に在る呟き  作者: 望月あさら
■ 4 ■
32/42

4-5

「――――」

 許せない。

 そう思った。

 絶対に、許せない。

 なぜそうしてしまったのか、そんなことは知らない。

 理由などどうでもいい。事情など知ったこっちゃない。

 その結果を目の前に突き付けられ、巻き込まれ、惨状を見せ付けられ、それでもなお、彼自身は無力。

 許せない。

 何を自分がしでかしてしまったのか、それが分かっているというのか。

 現状がどんなものであるのか、分かっているのか、認めているのか、認められているのか。

「許せねえ……!」

 目の前に横たわる人の右太ももに布を固く縛り付けた。

 視線を辺りに走らせる。

 暗闇の中、一際輝く濁った光があった。

 若い女を包んでいる。彼女の体は動かない。

「哲平!」

 無数の『魔』を相手どっている相棒の名を呼んだ。彼からの明快な返事は聞こえないが、構わず真士は言い付ける。

「みんなの保護、頼んだからな」

「なんだよ、それ!?」

 彼の訴えたいことは分かった。『結界』を張るのは少なからず自分の方が得意だ。本来ならそのような役どころは哲平ではなく自分がやるべきなのだろう。

 しかし、真士は分かりながらもきつく言うのだ。

「俺は大きいのから片付けていく。だから任せるって言っているんだ」

「そんな理由が通るのか!?」

「通るんだよ……じっとしていられないんだよっ!」

「! ばかっ。お前がかっとなってどうする!? おい、真士!」

 真士は哲平の静止を聞かない。左手の剣を握りなおすと走りだす。途中すれ違う霧状の弱い『魔』に手当たりしだいその刀身を叩きつけ『浄化』を繰り返しながらも確実に真士は進んでいく。

 目指すのは若い女を喰っている『魔』。

「許せねぇ……!」

 剣を振りかざした。そこで『魔』は動いた。膝を地に着けたまま、右手で顔を保護するかのように剣を受けとめた。硬質な感触。銀の剣はその右手の皮すらも傷つけてはいない。手刀だ。

「!」

 女はその体勢のまま右手に左手を添え、力任せに剣を弾いた。勢い余って真士の足元までふらつく。その隙に『魔』は後ろに飛び、真士と距離を取った。

 途端、放たれてくるのは火の柱。

「『水の精霊』!」

 真士も右手を突き出す。水が渦を巻いて火の柱にぶつかっていく。

 相殺。火も水も同時に飛び散る。

「……すげー力じゃねぇかよ……」

 その様子を目のあたりにして、真士は両眼を見開いていた。今のはとっさのことだったにしろ、真士の精一杯でもあったのだ。それが、相殺。

 『魔』には、その真士に向ける表情からしてまだ余裕があった。もっと強い力を持った火を放てるのだと、真正面から真士をとらえる両目が語っていた。

「『水』!」

 それでも攻撃の手を緩めるわけにはいかない。相手に時間を与えたら、その間に『魔』は女性の力を喰ってしまうだろう。その先に待っているものは間違いなく死だ。

 右手から放たれた水は『魔』を包み込む。先ほど火と水の柱が相殺したことからいっても、この牽制はそう長くは持ちまい。それでもその間に真士は距離を縮めようと駆け込んでいく。

 なんとかその懐に入り込もうとする。

「……!」

 『魔』を包んでいた水が弾かれた。

 顔に水滴がかかる。

 真士が左手にしている銀の剣がその体に届くところまで来た。

 振ったら彼女の体をも傷つけてしまうだろう。だが、振らないわけにもいかない。傷を恐れたら命諸共奪われてしまうのだ。

「!」

 飛び散る水滴に向かって剣を振りかざす。体の一部でいい。足がいい。そこに剣の刃が刺されば、そこから一気に『浄化』が出来る。だから……!

「――はぁっ!」



  ガツッッ。



 とらえられた。

 彼女の右手。

 それが銀の剣を、その刀身をむんずと掴んでいたのだ。

 足に刃が届く寸でのところで、真士の動きが止まる。鼓動が高鳴る。その訪れる危機にいかに対処すればいいのか、結論は出されない。

 『魔』の顔を見た。両眼は見開かれそこに湛えられる光は狂気に満ちている。

 徐に彼女が笑った。いや、口元が笑ったような気がした。

 真士に悪寒が走る。

 それと同時に、彼女の唇が、開いた。

 暗闇の中で青く煌めく四本の牙。

「――!」

 絶叫すら許されない。

 両眼を堅く閉じることすら許されない。

 ただ、吠えるように口を開く。助けを求めるように左手の平を開く。

 剣が地に落ちた。

 それも真士には認識できない。

 分かるのは、あまりにも明瞭な右肩の痛みだけ。なお一層肩の肉に食い込んでいく牙の感触だけ。

 右肩が、熱い。

「! ぎゃゃゃぁぁぁっっ!」

 腹の底から吠えると同時に水が動いた。

 『魔』の腹部に痛烈な打撃を与える。

 牙が抜けかかる。その一瞬を真士は意識のどこかで掴んでいた。

 まだ牙が肉に引っ掛かりはしても、真士は女の頭を弾き飛ばすのだ。背後に飛んで距離を取るのだ。

「…………」

 呼吸が追い付かなかった。

 膝からはもう完全に力が抜けていた。

 『魔』の全身を視界に入れることによって正気は取り戻したが、立っていることすらままならなかった。右膝を地面に着く。左手は自ずから肉のただれた右肩をとらえている。

 なまあたたかい、べたついた感触。

 気持ち悪い。

 そして右腕は、もう使いものにならない。



  はあはあはあはあ……。



 荒い呼吸を繰り返す。

 口元を真っ赤に染めている目の前の『魔』。

 彼女の足元には銀の剣。



  はあはあはあはあ……。

 

 

 背後からは、人々の声。

「――なぜ『司』様が今この場にいらっしゃらないんだ――!」

 絶望が彼らを覆っている。


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