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深遠に在る呟き  作者: 望月あさら
■ 3 ■
25/42

3-8

 その日の夕方。

「お初にお目にかかります。『司』殿、次期『司』殿。私がジグールでおさを務めさせていただいている者です」

 そう言い恭しく頭を下げているのは、黒い頭髪の中に白髪がいくぶん目立ちはじめた男である。

 その男、ジグールの町長(まちおさ)の正面では、リオンもまた軽く頭を下げていた。

 真士と哲平もリオンにならうように軽く頭を下げつつ、こんな事態になってしまったのは決して自分たちのせいではないと思っている。

「まさか『司』殿がジグールにお立ち寄りになっているなどつゆ知らず、またこのたびは『魔』に襲われ危険な所を助けていただいて、なんとお礼申し上げたらよろしいかと……」

 リオンの機嫌をうかがいながら礼を述べている町長。それに対し、

「いえ、『魔』の排除は『司』の仕事ですから」

 と応えているリオン。そして真士と哲平は、リオンは自分が『司』だってこと人に悟られちゃいけないって言ったよなぁ、などと心の中で悪態づいていた。

 そう。リオンが『司』だとこの町の人間に分かったのは全てリオンの行いのせいであった。加勢に入った際に手の中から出した剣――その剣を体内に納め、意に添ってそれを外に出すことが出来るのは『司』だけだ。『司』のことを知っている人なら同時に知っていることも少なくない事実であるために、それによりリオンが『司』だということがばれ、その話が町長にまで伝わり、ついでに町の長老という人の所まで伝わり、おかげで今こうして三人は、『魔』に襲われた集落より少し離れた集落の長老の家で、豪勢な料理と町長と長老と、もう一人、若い男を前にしているのである。

 その、男というのが、

「今までにたびたび町を救ってくれた『精霊使い』のダルナです」

 彼は三人に向かって頭を下げた。三人も頭を下げる。

 ダルナは言葉を発しなかった。目を合わせようともしなかった。三人が――あからさまに真士と哲平が――興味深い目で彼のことを見ているのに気付いているからなのだろうか。頭を下げてからは、身動き一つしようとしない。

「ところで、ここ数か月の間に幾度となく『魔』に襲われているという話を耳にしたのですが、一体それはどういうことなのですか?」

 リオンは自分のペースを保っていた。リオンもダルナという『精霊使い』に気を掛けてはいるのだろうが、彼は淡々と自分の仕事をこなそうとする。だから真士と哲平もダルナに注意を払うことは止め、話に耳を傾ける。

「ええ。そうですね、六か月ほど前からになるでしょうか。『魔』がたびたび襲ってくるようになったのは」

「それ以前に『魔』に襲われたことは?」

「いいえ。ないと思います。近くの村でも……あまり聞きません」

「今では近くの村にも『魔』は現われるのですか?」

「一か月ほど前に隣の村に弱い『魔』が現われました」

「被害はどうなのですか?」

「幸いなことに、ジグールにはここにいるダルナという『精霊使い』がいます。『魔』が現われると彼がすぐに排除をしてくれるので、幸い、今までに命まで落したものは一人もいません」

「死者がいない?」

 声を出していたのは哲平だった。出すつもりはなかったはずだ。黙ってリオンが長から何を聞き出そうとしているのか、それを知るつもりだった。

 そして真士も口を挟む気はなかったはずだ。

「六か月前から襲われだしたって……『魔』に襲われた人間はどのくらいなんですか?」

「……えっと……五十人くらいだと思いますが」

「六か月前から襲われだして、五十人の被害者がいて、死者が一人もいないって……」

 あんなに手強い『魔』だったのに?

 『浄化』するのに一苦労だったのに?

 おかしくはないか?

 そう口にしてしまいそうだった。しかし、それをリオンが視線で咎めていた。無下に不安がらせてはいけないとその目は語っていた。

 真士も哲平も再び口を閉ざした。確かに、へたに『魔』に対する恐怖心だけを植え付けるのは得策ではない。

「あの、でもこの町にはダルナがいるので。今では『魔』のほうがダルナを恐れてしまって彼を見るなり逃げ出していく始末です。だから死者が出ていないんですよ。町の人間は本当にダルナに感謝しているんです。彼がいるお陰で私たちは安心して日々生活していけるのですから」

 町長は笑顔でそう告げていた。

 町長は他の町の男達と違わず、大きな体をしていた。やはり漁師なのだろう。黒く陽に焼け深くかたいしわの刻まれたた顔はいかめしくすらある。だが、今三人に向けたものは安堵感を与えてくれるような笑顔だった。黒い両眼がやさしく光っていた。

 こんな微笑みでそう告げられたら誰もが心を落ち着けてしまうのかもしれない。

 ダルナもまた同じタイプの人間であるようだった。まだ三人の前でその表情を崩してはいないが、町の人間がダルナのことを語るときの口調から充分に感じ取ることが出来るのだ。町の人々はこのダルナという『精霊使い』に絶対の信頼を置いているのだと。

「あと一つ尋ねたいのですが、『魔』とは違ったところで正体不明の病気が流行っているという話も耳にしたのですが?」

「はい。最初は誰もがその病気も『魔』のせいなのではないかと思ったのですが……違うんだよな、ダルナ」

 ダルナが首を縦に振った。

 確信に溢れた顔をしている。

「その病気でも死者は出ていないと?」

「ええ。意識を失い、数日寝込むぐらいです。何か悪い風がこの町には吹いているのではないかと今では考えているのですが」

「呪術的な?」

「はい。しかしこの町にかけられた呪いのようなものとも考えにくいんです。なんといっても死んだ者はいませんし、病気にかかったといってもそれが特別なにかに影響したかといって、これといってありませんし、それに何よりジグールに痛手を負わせたいのなら、真っ先に港を狙ってくるでしょうし……。今度魔術者を呼んで原因をさぐろうかとは思っているのですが……」

 何分金銭的な面で折り合いがつきませんしねぇ、と町長は呟いている。

 そんな時にダルナが立ち上がった。彼はそこでやっと口を開くのだ。

(おさ)。すまないがやることがあるのでこれで失礼したい」

 淡々とした口調。

 とてもかたいと感じられる。

「そうか。それは引き止めてすまなかった。ああ、『司』殿もそう、料理を召し上がってください。たいしたものではありませんが、空腹を充たすことは出来ると思いますので。ぜひくつろいでください。助けていただいた御恩もあります。町人一同、精一杯のおもてなしをしたいと思っております」

 長がリオンに話しかけている間にダルナは家を出ていた。

 真士と哲平はその背を見送った。

 そして、やはり口を閉ざしたままの長老もまたその背を見守っていた。

 リオンは長に視線を向けながらも注意だけはダルナに向けていたのかもしれない。

 そんな中を彼は一人で退出していったのだ。

 町長一人が、饒舌だった。


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