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深遠に在る呟き  作者: 望月あさら
■ 3 ■
19/42

3-2

 船がトーディ島の港町、ジグールに着いたのは、『魔』襲撃二日後の夕暮時だった。

 真士、哲平、リオンの三人は船長に礼金を渡すと、たくさんの荷を運びだす船員たちの脇を通って船を降りた。

 船の周りは運ばれて来た荷を買い付けようと、もしくはその様子を一目見ようとしている人々であふれていた。その人の数と活気のよさからして、ジグールという町がそれなりに盛ていることはすぐに予測がついた。

 三人は何人もの人に声をかけられた。どう考えても旅行者である三人に物を買ってもらおうとするのだ。目の前には鮮やかな色の布や新鮮な魚などが次々に行く手を阻むが、それをどうにか断りながら、三人は無事群衆から抜け出す。

 すっかり暗くなってしまった頃に、やっと木造りの家の連なる町に入ることができていた。そこで一軒の食事屋を見付けると、三人は迷わず飛びこんでいく。いくつかの料理を注文する。そして飢えた胃袋は容赦なく人を貪欲にさせるのだ。

「あーっ! それ俺のだっ。哲平、勝手に持ってくなよっ」

「いいじゃないかー、けちだなぁっ。ほら、代わりにこれあげるから」

「お前の嫌いな魚ばかり俺の皿にまわすなよな!?」

「どーしていいじゃん。だって真士は肉より魚のほうが好きなんでしょー」

「そんなの理由になるか!? それになぁ、魚はともかくとして、お前野菜食べろよっ」

「なんなのさー、真士って俺の親みたいー」

「だからって野菜まで俺にまわすか!? 肉はいいかげんにしろっ。俺の分がなくなるっ」

「けちー!」

「そういう問題か!?」

「いいもん。真士がくれなくったってリオンがくれるからっ」

「誰がそんなことを言った?」

「と言われても、もらう!」

「あっ、ゾフィー!」

「へへー早いもんがちー」

「哲平。お前、豚ばっかり食ってるとそのうち豚になるぞ?」

「真士、多分これはね、豚じゃなくてマージャの肉だよ」

「何だっていい!」

「ゾフィー、肉を返さないかっ」

「やだなぁ、リオンってば大人げない。ボク、成長期なんだからね?」

「だったら俺も成長期だっ」

「真士と俺じゃあ、ほら、体の大きさからして使うエネルギーの量が違ってくるじゃない」

「嫌味か!?」

「……確かにな」

「リオンも納得してんじゃねーよっ」

 そんな時に、店の人が大皿を一つ運んでくる。

「はい、最後の料理だよ」

 テーブルの上に置かれると同時に三人のさじが飛び込んでいた。それぞれの皿にそのチャーハンらしき物を移し替える。

「おい、哲平、取りすぎだって言ってんだろ!?」

「何がさっ。リオンのほうがよっぽどだっ。成長期のかわいい弟子に食物を分け与えようとはしないわけ!?」

「だーれがかわいい弟子だ!? 大体、俺はまだ食べ足りない!」

「それは俺もだっ!」

「俺だって!」

 そこで突然、静寂は訪れた。

 三人は大皿にさじを突っ込んだまま、顔を見合わせる。

 ゆっくりと、リオンが口を開いていく。

「――つまり……これだけじゃ全然足りていないってことなんだな……?」

「…………」

「金、ないのか?」

「……いや。結構もらってきた」

「じゃあ、なんか問題あるわけ……?」

「――――。すみません、最後の料理、もう一皿」

 そうして壮絶なまでの食料争奪戦は円満な解決を迎えた。

 店にいる人たちの失笑をかいながら、三人は運ばれてきた大量の料理をすっかり平らげてしまう。

「いやあ、よく食ったなぁ」

 そんな驚きとからかいの言葉を口にするのは店の主人だった。テーブルの所まで来て、積み重ねられた皿を下げていく。

「そりゃあねぇ。食べ盛りの男が三人だもんねぇ。そりゃあ食べるわ」

 騒ぎを聞きつけて厨房から顔を出していた女将らしき人までが言ってくれる。

「でもここまできれいに食べてくれると、気持ちいいもんだけどな」

「作ったかいがあったわよ」

「じゃあ、これはサービスだ」

 そう言って主人が三人の前に出してくれたのは木のコップ。覗き込むと褐色の色をした液体がなみなみとつがれていた。そして、匂い。

「あ、酒だ」

 少なからず、真士は驚く。

「ありがとう、主人。遠慮なくいただくよ」

 リオンはそう言うとごくごくと飲みはじめる。それを真士と哲平がじっと見ているのを知ると、リオンはコップを口からはなし、にやっと嫌な笑いを浮かべるのだ。

「無理はしなくていいぞ」

 むっとした。

 二人してコップをがっしり掴むと口元に持っていく。ぐっと喉に流し込む。

 脳に何かが響くような感じがした。それと同時に、笑い声。

 主人と女将と一つ離れたテーブルの人たちだ。

 今、この店には真士たち三人と主人と女将と、もう一つのテーブルに常連の客と思われる男が三人いた。その人たちがみんなして笑っている。

 真士と哲平も、普段なら嫌な気分になる所だが、おいしい料理をたらふく食べた直後ということもあり一緒になって笑ってみせた。それだけのことで楽しい気分になれるのだ。

「兄さんたち、今日着いた船で来たのか?」

 客の一人が声をかけてきた。三人の客は誰もが黒く焼け、太い腕をしている。島の漁師なのかもしれない。

「ああ。そうだよ。あの船に乗ってきた」

 答えるのはリオンだ。リオンもすっかり気分を良くしたらしい。

「そうか。それでそんなに食欲あるんだな。船の食事はまずかっただろ?」

「耐えれたもんじゃないね、あれは」

「『土の大陸』から来たんか」

「ああ」

「旅でもしているのか?」

「まあ、そんなところだ」

「へえ。何か目的があるんか?」

「目的は……それなりに。けど急ぐような旅じゃあないよ」

 多分、リオンはどこかへ『司』として出かけて行くたびのこのような会話をしているのだろう。臆する事もなくぽんぽんと答えを返している。

 しかし急ぐような旅ではないとは……。そうか、別に急がなくても良かったのか、などと一瞬真士は心の中で悪態づいてみた。

 もちろん、真士だとて本気でリオンがそんなことを言っているわけではないと分かっているのだが。

「じゃあさ、兄さんたち。明日、市が開かれるから行ってみるといい」

「市?」

「ああ。定期的に開かれてるんだがな、明日の市は活気づくぜ。船が着いたばかりだからなぁ」

「だから町の人間は今夜から浮かれまくっているってわけよ」

「今日はみんな、活きがいいぜぇ」

「そうだ、そっちの兄さんさ、良かったら俺たちと飲みにいかないか? 旅の話でも聞かせろよ」

「ああ。いいな、そうしろよ。なんだったら、言い娘も紹介してやるし?」

「……いや。それは遠慮しとくよ」

 少したじろいでリオンが答えた。途端、どっと笑いが起きた。客の一人が体を大きく揺らしながら言うのだ。

「そりゃあそうか。ガキ二人つれていたんじゃなあ」

 それに反応したのは哲平だった。

 男たちむかって声を上げるのだ。

「違うよ。そうじゃない。リオンは女が横で寝てたとしても、どうすればいいのか分からないのさ」

 爆笑。

 哲平の後頭部をリオンの張り手が襲う。

「なんだよ」

「ガキが馬鹿なことを言うんじゃない」

「本当だろ? 極度の恋愛音痴」

「……フィルの入れ知恵か?」

「さあ。どうだか」

「……真士もそこでいつまでも笑っているんじゃないっ」

 真士はテーブルに臥してなるべく声を出さないようにして笑っていたのだ。

 リオンは女の手すらまともに握れないという話を聞いたことがあったので、どうしてもそれを思い出してしまって。確かに、その話をしてくれたのはリオンの幼なじみのフィル・ユイカだったような気もするのだが。

「つーことでさー、リオンは駄目だから代わりに俺連れてってよー」

 渋い顔をしているリオンを無視して哲平が男たちに自己推薦していた。

 おかげで店の中の笑いは絶えない。

「なんだ、坊主。お前女に興味あるのか?」

「たってそうでしょー。ボクってちょうどそういう年ごろじゃん。それに、ボクって、おねーさん達に可愛がられるような顔してると思うしー」

「なんだ、自信あるのか?」

「へへへー」

 哲平は鼻の下ののびきった笑を浮かべた。

 確かに、自身も自覚しているように哲平は女に好かれるようなきれいな顔をしている。だが、今の表情は「すけべぇ」という言葉があまりにも似合いすぎてさえいた。

 何度もこの顔にお目にかかっている真士としては、このあまりにもあからさま過ぎる性格さえなければなあとつくづく思ってしまうのだ。

 そんな時に店の扉は開いた。

 外から入ってくるのは、これまた黒く焼けた肌と太い四肢の男二人。

 向こうのテーブルにいる三人とは知り合いらしい。店主と女将に軽くあいさつをすると、真っすぐ三人の隣のテーブルにつく。

「おい、聞いたか? また、あの病気にかかった奴が出たって」

 真っ先に口にした言葉はそのようなものだった。それだけで店の中の空気が一瞬にして張り詰めた。先程まで笑い声が絶えなかった店だとはとても思えないぐらいになってしまうのだ。

 その変化を真士たちも肌で充分に感じ取り、自然に耳をそばだてる。

「またって、今度は誰だよ」

「ゴードんとこの娘だよ」

「あ、あの、酒屋で働いていたきれいな足の子か」

「ああ。やっぱりさ、倒れる直前までは元気だったのに、今日の昼すぎに突然引っ繰り返ったらしいぞ」

「それで、起き上がれないのか?」

「まだ目も覚めていないらしい」

「おい、これで何人目だよ?」

「さあ。隣の集落とかでも起こっている話だし、その向こうでも起こっているって話だし、よくは分かんねぇけど、もうそろそろ五十人はくだらねえだろうな」

「原因も分からないんじゃ、手の打ちようもないしなぁ」

「全くこのところ奇怪なことがよく続くぜ。『魔』も何だかしょっちゅう現われやがるし」

 その一言が耳に付いた。

 真士と哲平は二人してリオンの顔を見る。すると、リオンは我関せずと言った顔をして酒をあおっている。気になることは自分たちで問いただせ、ということらしい。

 だから真士は意を決して男たちにむかい口を開くのだ。

「あの、『魔』がしょっちゅう現われるようになったのって、いつ頃からですか?」

 何の前触れもなくその声は店に響いたのだろう。男たちが一瞬黙りこくってしまった。しかし、一度互いの顔を見合わせると、一人がゆっくりと答えてくれる。

「……確か、もう六か月前ぐらいになるか?」

「そうだなぁ」

「変な病気が流行りだしたのもその辺りだなぁ」

「うんうん。そうだよ、そうだよ」

「――同じ時期?」

 不審に思う真士だったが、次の質問を遮るる者がそこに割り込んできていた。

 店主だ。彼は新たにやってきた二人の男の前に二つの皿を置く。いつも頼んでいる料理なのだろう。そしてやけに明るい声をかけるのだ。

「ほらほら。そんな暗い話やめようや。旅人さんたちをむやみに脅かせるだけだよ」

 確かにそうだな、と男達も口々に言う。

 先程のように明るい笑えるような話にしようと、また雰囲気をほぐしはじめるのだ。

 だがそんな中で真士と哲平はすぐに明るい顔など出来ない。どうしても引っ掛かりを覚えてしまって、深刻な表情でお互いをうかがってしまう。

 それを見咎めたのはやはり主人だった。

 彼は男達のテーブルの方から言ってくる。

「旅人さん、そんなに不安がることはないよ。奇妙な病気といってもね、今までに死人は誰一人出ていないんだ。それにその病気にかかった人だって、人によっては十日、長くても一月もあればすっかり元気になってしまうしね」

「……けど、『魔』は……?」

 恐る恐る声を出すのは哲平である。

 『魔』というのは誰にとっても脅威であるはず。それが頻繁に現われるというのはただ事ではないのだ。しかし、主人はやはり軽く言って退けてくれる。

「それも大丈夫。ジグールにいるかぎり心配ないさ。少し離れた集落に滅法強い『精霊使い』がいるからな」

「『精霊使い』?」

「ああ。ダルナといってな、……そうだな、年は兄さんと五も変わらないだろうが、この男がな、何かあったらすぐに出てきてくれる。『魔』もいいかげんダルナを見ると怯えて逃げるようになったぐらいだ。だから大丈夫さ。何しろ、『魔』のせいで死んだ奴もいないときているからな」

 「さあ、もうこの話は終わりだ」と店主は笑顔で言い切っていた。男達も新たな疑問を受け付けるような雰囲気を最早持ち合わせてはいない。

 もう一度、真士と哲平はその顔を見合わせてしまう。お互いに、この奇妙な事態に釈然としないといった表情を見せ合ってしまう。

「おい、兄さん。本当に酒飲みに一緒にいかないか?」

 男の一人が明るい声でリオンを誘っていた。真士と哲平の隣でリオンも同様の声で答える。

「いや。やっぱり遠慮しておくよ。久々に揺れのこないところでぐっすり休みたいからね。もうお暇させてもらうよ。主人、お勘定」

 金を払っている間にリオンは真士と哲平に目を向けていた。そしていつもと変わらぬ口調で二人に向かって彼は言うのだ。

「まだいたいならいてもいいぞ。町を見て廻りたいならそれでも、な」

「…………」

「…………」

 ――結局その夜、真士、哲平、リオンの三人は、町が活気に溢れかえる中、安い宿で充分の睡眠を取ることにしたのだ。


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