4.変貌セシ日常
そしてその日は限界だった。
とても待合室で「待つ」なんてできる状況ではなく、しかも口々に「扉を無くしてくれ」というものだから、とうとう玄関と待合室と診察室は、急造の暖簾で区切られることになった。
ちなみに、トイレだけは勘弁してもらった。
途中、昼飯のために10分だけ休憩を取った。
弁当を広げつつ、リフレッシュルームのテレビの電源を入れると、ちょうど「『扉』恐怖症」の緊急特集なる番組がやっていた。
一般市民の様子に密着して、庶民の目線で伝えていく、という趣向らしい。
それを見ていると、こんな診療所に籠っていると分からない街の混乱が、いくらかは理解できた。
何せ、扉の無い生活には限界がある。
まず車には乗れない。
ドアの脇に座ることになるのだから、そりゃあ無理な話だ。
他にもドアの付いた乗り物は全て、その影響が直撃だ。
バスもタクシーも航空機も客が減りだしているらしい。
自動ドアを常に開けっ放しにすることで対策しているスーパーが映し出されたかと思えば、学校でも教師達が扉を外すのに大急ぎだそうだ。
その代わり、風が吹けば桶屋が儲かると言うべきか、自転車や原付の売り上げが、こんな時期に伸びているらしい。
確かに、そんな愚痴を垂れていた患者もいたな。
ニヤニヤしながらインタビューに答えるミズモトサイクル―この地域に展開しているローカルなチェーン店だ―の店長が印象的だった。
しかし、こんな状況を面白おかしく報道するあたり、まだお子様の匂いが漂っている。
そして午後。
次から次へと絶え間なく押し寄せる「扉怖い」病患者に、根気強く向き合い、そして「自分で立ち上がれるまで待っていてやる」と、一人ひとりに心の中で誓った。
今日はすでに100回は誓っただろうから、もういいんじゃないかと、そんな気までした頃に、ちょうどいいタイミングで邪魔が入った。
溝から漏れ出したかのような、低く暗いどよめきが待合室の方から聞こえて来たのだ。
診察を一時中断して、患者と一緒に待合室の様子を窺いに行くと、待合室においてある40インチのテレビの真ん前に、職務を放棄した水班寺のマネキンがあった。
「よくできたマネキンだな」
その頭をペンで叩いたが、どうやらこちらに用は無いらしい。
テレビが高画質を鼻にかけて披露しているのは、何のシーンか知らないが、街を無我夢中で壊している暴徒達の姿だ。
ある者はコンクリの破片やビンを小脇に抱え、ある者は木刀や工具を握り締め、あちこちの建物という建物に、平等に破壊行為を提供している。
顔を見るに、アジア系だろう。
どの眼も、眼球が飛び出そうなくらいに瞼を開けていて、何語とも分からない怒声を喉から引っ張り出している。
服さえ着ていなければ妖怪と見分けがつかない程で、さながら百鬼夜行を目撃しているようだ。
これでは誰も止められまい。
勢いに消されて察知できなかったが、よく見れば男も女もいるようだ。
この時間帯にやってる番組は、どうせ再放送のドラマか、でなければ古い映画と相場は決まっているから、「早く仕事に戻れ」と怒鳴ろうかと思って、気付く。
今時の再放送や昔の映画は、こんなに高精細になったのだろうか?
……まさか。
眼は自然と画面の右隅へ向かう。
そこには、あって欲しくないことに、「LIVE」の文字が浮かんでいるではないか。
と、そこにテロップが出現する。
「突如、市民が暴徒化 『扉』恐怖症が原因?」
「やられた。何でメディアって奴は、ありもしない幻想を作り出すんだ」
思わず口が動く。
「幻想? どういうことですか?」
水班寺の開いた口から疑問が漏れ出る。顔も目線も、壊れゆく有名ブランド店に向いたままだ。
「『?』がつくなら、放送しなくていいだろう? それが本当だろうが、嘘だろうが、これで確実に世間の目が変わってしまうじゃないか」
「アレですか? 風評被害ってヤツ?」
「それで済めばまだいい方だよ。こっちはレベルが違う。風評被害なら二、三年で復活するだろうが、こっちは百年、千年の単位で半永久的に続く。それこそ日本という国がある限り、ね」
「そうそう、『歴史は繰り返す』って知ってますか? 最近読んだ本なんですけど」
珍しく本を読んだと言う水班寺は、それをまるで自分で考えたかのように、自慢げに話す。
「日本人って、差別が好きらしいですよ。『えた・ひにん』とか『アイヌ』とか『ハンセン病』とか『在日』とか。そうでなくても、外国人とか障害者って『特別』って枠で括られてますからね」
「何の誤差もなく、その通りだよ。由緒正しき伝統、さ」
そんな伝統に則って、差別が無責任に巷に広まるのは時間の問題だ。
そうなれば、抑えられたはずの動揺まで煽られて、最悪のシナリオを生みだすことになるだろう。
それは多くの人々の夢を打ち砕き、生活を踏みにじる行為だ。
人間にしかできない、人間にあるまじき行為だ。
私は他人に助けられることも嫌いだが、他人に努力を台無しにされるのはもっと嫌いだ。
せっかく自分の力で立とうとしているのに、それを見守ろうともせずに足を払い、それを面白おかしく仕立てあげて、自分はのうのうと生き延びようとする。
そんなウイルスのような輩が、実際この世の日の当たる所に生きているのである。
人間がいる以上、それは逃れられないのかもしれないが、そこから逃れようとすることに意義がある。
なぜ逃げることを諦めるのだ。
立ち上がれ。私はそれを待っている。
そう心の中で拳を握りしめている間に、すでに物語は加速を始めていることに、私は気付いた。
今この部屋にいるのは、『扉』恐怖症患者のレッテルを張られた症例ばかりだ。
テレビの画面に力の無い眼を向ける者、眉間にしわを寄せている者、無関係だと信じ込もうとしている者、その誰もが、この映像に何かしら思う所はあるだろう。
自分も理性を見失って、あんなことになってしまうのだろうか?
なぜ何の非も無い自分が、こんな目に合わなければならないんだ。
このままでは、社会から孤立してしまう。
そんな思いが、彼らのニューロンネットワークを光速で行き来しているだろう。
ただでさえ不安定なのだから、今この場で炸裂する者も出かねない。
こんなこと、彼らをよく見れば分かるじゃないか。
彼らは、扉を怖がることを除けば、ただの人間だ。
見よ、絶望の淵を見てしまったあの眼を。
ただ罵詈雑言を受容するしかできない耳を。
感情を言い表せないでいるあの口を。
これぞまさしく「己の欲せざるところ、人に施す勿れ」ではないか。
……そうか。そうなんだ。彼らは普通の、自分たちと何の変わりもない、人間だ。
ただ一点を除いて、普通に会話しているし、普通に食事できるし、普通に考えられる。
なんだ、患者ではないじゃないか。
私は、世間は、てっきり勘違いをしていたのだ。
何という壮大で、単純な勘違いだろう。
そこに、電子音が鳴った。
まるで、私に運命の「扉」を開けろ、と言わんばかりに鳴り響く。
ベートーヴェンが聞いたのは、このノックか。
どうやらノックの主は携帯電話の向こうにいるらしい。
武者震いしているそれを右手で包み込み、まず最初の「扉」のオープンボタンを人差し指で優しく押す。
カシャッという音とともに、「CALL」の四文字と海山の名前が輝くディスプレイが、静かに立ちはだかる。
慌てず、しかし迅速に、通話ボタンに親指を乗せた。
第二の「扉」を蹴散らして、右耳へ携帯を構える。
「よっ、大月。忙しいところ悪いんだが、特務室の人員が足りなくてね……」
「なぁ、海山。それより、話があるんだが」
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