リリーの恩返し〜魔法嫌いな元軍人課長を、今度は私が笑顔にします〜
書き上げた設計図を元に、手元の魔道具に少しずつ仕掛けを施していく。小さいそれに複雑な術式を付加しようとしているのだから、当然繊細な作業だ。
「うーん…、一筋縄ではいかないかぁ。」
集中して疲れた目元をグリグリとマッサージする。これを作ろうと思って取り掛かり、もう何日も経っている。こんなに大変なのは、海に流出した油を取り除く濾過装置を作った時以来だ。あの時は緊急のことで早さが求められた分、また違う大変さだったなぁ。そんなことを考えていると、私を呼ぶ声が聞こえた。
「リリー。」
ん?とそちらを見ると、扉にもたれかかってこちらを見ている人がいた。我が魔道具研究課の課長だ。せっかく綺麗なお顔なのに眉間に皺が寄っている。
「いつまで残っている。終業時間はとっくに過ぎただろう。」
「あれ?もうそんな時間ですか?」
キョロキョロと周りを見て、他のデスクには誰もいないことに気がついた。本当だ、みんな帰ってる。時計を見ればもう結構いい時間だ。
「課長いつまでいらっしゃるんですか。帰らなきゃダメですよ。」
「うーん。お前にだけは言われたくない台詞だな。」
口許は笑みを浮かべているのに目は全く笑ってない。こっちは心配して言ってるのに、なんでだろう。
キョトンとしていると、課長はわざとらしくため息を吐いた。
「まあいい…。で、今度は何を作っているんだ?」
そう言いながら私のデスクへ向かって来る。その途中で、二つ隣のジェイクのデスクを見て引き攣った顔をした。書類と材料の端材で山のようになっているのは私も知っている。課長は「明日来たらまず片付けさせるところからだな…。」とため息混じりに呟いた。
課長の目がジェイクの悲惨なデスクに奪われている間に、手元の設計図をそっと隠す。見られたら何を作っているのかバレてしまうかもしれない。
そして課長は側まで来ると、適当な椅子を引っ張ってきて隣に座り込み、私の手元を覗き込んだ。その拍子に課長の足が私の足に当たる。長いおみ足の邪魔になってはいけないとすぐに避けた。
「うーん、これは秘密なんです。サプライズってやつですよ。」
「サプライズ?何のための?」
「いくら課長でも教えられません。」
「…そうか。」
私が首を横に振ると、課長は拗ねたような声を出す。それ以上深くは聞いてこないものの、ソワソワと私の手の中の魔道具を見ている様子がいじらしい。私よりも年上でいつもしっかりしているのに、たまに可愛い一面を見せる時もある。
私達が働く魔道具研究課は魔法局庁舎に組み込まれていて、普段は修理とか、依頼されたものの製作とかを行っている。最低限の仕事さえこなしてしまえば、あとは自分の好きなことをしてて良いのだ。残業はほとんどなくて休みも取りやすい、事故は今のところ0%!素晴らしい職場だ。
その素晴らしい職場の上司様が隣に張り付いて、ジトッとした目を向けられるものだから流石にこれ以上はやりづらい。しぶしぶ帰り支度をする。
「そういえば、課長は何色がお好きですか?」
「お前の質問はいつも唐突だな。」
私が立ち上がるのに合わせて課長も立ち上がる。顎に手をあてて少しだけ考えるそぶりを見せた。
「緑、だな。」
私はほうほうと頷く。でも、好きという割にはあまり緑のイメージがない。今着けているネクタイも、いつか見た私服も。もしかしたらお家のお気に入りのカーテンが緑色なのかもしれない。作業場を出て廊下を歩きながら、今度は課長が私に聞く。
「…お前の好きな色は?」
「え?うーん…。…青、ですかね。」
何気なく答えると、突然、固いものにぶつかった。視界が真っ黒になる。
「うわっ!…課長、いきなり止まらないでくださいよ!」
突然立ち止まった課長にぶつかったのだ。鼻の頭を押さえながら文句を言ってやろうと顔を見上げると、なぜか驚いた顔をこちらに向けていた。
「…なぜ、青が好きなんだ?」
意外なほど真剣に問われる。その涼やかな目が期待に満ちているように見えるのは、気のせいだろうか。
…え?好きな色の話だよね?課長ってば全てに理屈を求めるタイプ?
「なぜって、それは…。…何となく?」
正直に答えたのだが、私の返答を聞いた途端、課長の目が一瞬にしてスンッと落ち着いた。
「…ああ。そうだな、お前はそういうやつだ。」
「えぇ…?なんかすみません。」
私の返事はどうやら期待外れだったらしい。課長が勝手に返事のハードルを上げ過ぎたのだと思う。腑に落ちないが、とりあえず謝っておいた。
もう暗いからと、そのまま課長に家まで送ってもらった。送ってもらうと言っても、庁舎を出てすぐのアパートなんだけど。
別れ際に「飯は食べろよ。」と念押しされた。私だってもう子供じゃないし、ご飯の大切さは分かっている。たまに、稀に、ちょっとだけ、失念してしまうことがあるだけだ。
家に着いて玄関の扉を閉めたら急に眠気が襲ってきた。すぐにでも眠りたいのが本音だけど、課長に言われた手前、買い置きのパンを口に放り込んだ。パサパサだけど水で流し込めば全然食べられる。
そして私は偉いのでちゃんとシャワーを浴びた。身だしなみを整えるのは社会でうまくやっていくには欠かせないことだ。…あまり上手くやれてる自信は無いけれど。
さっぱりした身体を拭きながらシャワールームの鏡を見る。
外に出ないで製作ばかりしているから肌は真っ白だ。筋肉なんてもちろん無いので、何だか弱そうに見える。筋肉、付けるべき…?なんてぷにぷにの二の腕を揉んでいると、ふと気が付いた。
…そう言えば、私の目も緑色だ。
この地方ではちょっとだけ珍しい色の目。私の故郷ではこれが当たり前だったけど、当たり前が無くなってしまったのはもう何年も前の話だ。
少しだけ昔を思い出してしまって溜め息を吐く。どうにもならないことなんだから、考えても仕方ないのに。
余計に怠くなった身体を引きずってベッドに倒れ込むと、そのまま布団の海に沈み込むような心地になる。ゆらゆらと、眠気が襲う代わりに意識を奪っていく。
海…、海といえば課長の目も海のような深い青色だわ。不安なことがあっても大丈夫だって思わせてくれる不思議な瞳。初めて見たのは、そう、全てが無くなった夜に…。
そんなことを考えながら眠りについたせいか、ずいぶん昔の夢を見てしまった。
◇
ごうごうと炎を上げてみんな燃えていく。私の家も、友達の家も、みんなで遊んだ公園も。激しい炎は夜空さえも赤く染めてしまった。
苦い煙を吸い込んで喉が痛い。声の出ない喉でみんなの名前を叫んでいたら、激しい咳と一緒に赤黒い血を吐いてしまった。息を吸うのも苦しくてうずくまっていると、すぐ近くでガチャリと金属の音がした。
おとうさん…?
一縷の希望を見出して見上げたが、違った。そこには鎧を纏った人達がいて、兜の隙間から見える目は酷く冷たい。赤い光を反射させた鈍色の剣が振り下ろされるのを見て、ギュッと目を瞑った。
しかし、いつまで経っても痛みはない。最期の時は痛みを感じないのかなと目を開けると、鎧を纏った人達は全員動きを止めていた。
よく見ると、その人達の身体は凍りついていた。
…魔法だ。
瞬きの間に現れた氷は、炎が空気を熱して暑いのにちっとも溶ける様子がない。こんなことは、魔法以外あり得ない。キンッとした冷たい空気がこちらまで漂ってきて身体が震えた。
「おい。」
突然ぶっきらぼうな声がかけられて、グイッと身体を引っ張り上げられる。
「…まだ生きてるな。お前は助かる。」
そう言うと、その人は軽く手を振り上げた。その途端にパラパラとした冷たいものが頬にあたり、やがてザアザアと雨が降り出した。全てを焼いた炎が白い煙を上げて消えていく。
その人は私を抱き抱えると、濡れないように着ていたローブで包み込んだ。声とは真逆の優しい行動にびっくりする。そのローブにも何か魔法が施されていたのだろうか、とても暖かくて触れているだけで安心した。そのまま眠ってしまいそうだったけど、私はあることに気が付いて手を伸ばした。
「…、…。」
「ん?」
出ない声で唯一知っている呪文を唱えると、私を抱える人の足が止まった。
「…!お前…。」
その反応から、ちゃんと魔法が成功したことを知る。この人は左足を引きずって歩いていた。少しもつらい様子を見せないけれど、それでも確かに痛いはずだ。この人は、みんなが熱くて苦しいのを終わらせてくれた。だから私もこの人の痛みを取りたかったのだ。
「…治せるなら、まずは自分を治すべきだぞ。でも、…ありがとう。」
ぶっきらぼうな言い方だけど、その目は優しかった。私は、その優しい青い目の人に命を助けられたのだ。
◇
「…ふがっ!」
突然浮遊感が襲って、ガタンと揺れたように感じた。混乱したまま顔を上げると、そこはいつもの見慣れた作業場だった。お昼を食べてちょっと時間があったからうたた寝して…、気がつけば10分ほど休憩時間を過ぎている。
「あ、リリーさん起きました?」
隣の席のエイミーが困ったような笑みを浮かべながら小声で話しかける。
「最近ずっと居残りだって聞きましたよ。しっかり休まないと。」
エイミーは後輩なのにしっかりした良い子だ。自由人が多いこの職場には珍しいタイプで課長も重宝している。
「うん。つい夢中になっちゃうんだよね。…寝てたこと、課長には黙ってて欲しいな。」
「それくらいお安いご用です。いつも助けてもらっていますから。…それに比べて…。」
エイミーは振り返ってジトっとした視線を向ける。
「ジェイクってば、午前もウトウトしてたのに今も寝て…!今度は机の掃除手伝ってあげないんだから!」
そう言ってプリプリと怒るエイミーは可愛らしい。
お昼ご飯を食べたら眠くなるよね。私以上に爆睡している人がいて安心したなんて、とても言えない雰囲気だけど。
そんなエイミーを見てふと気が付いた。
「あれ?そのリボン初めて見た気がする。前から持ってたんだっけ?」
ポニーテールをピンク色のリボンで纏めている。エイミーの雰囲気に合っていてとても似合っている。
「え?ああ、これは…。」
エイミーはそう言って少し頬を赤らめた。その視線の先にいるのはまだ寝こけているジェイクだ。
「片付けのお礼にって貰ったんです。…私の瞳の色だからつい買ったって言うんですよ!ジェイクのことだから、深い意味なんて無いって分かってるんですけど…。」
少し口を尖らせて寂しそうに俯く様子は、誰から見ても恋する乙女そのものだ。…ジェイク、罪作りな奴め。つい私までジェイクにジトっとした視線を送ってしまう。
…それにしても。
「深い意味ってどういうこと?瞳の色と同じだと、何かあるの?」
「もう、リリーさんてばそういうことに疎いんだから。女性を口説くのに瞳の色を褒めたり、その…、気になる人に瞳の色と同じものを贈ったりするものなんですよ。」
ジェイクと同じくらい疎いです!と不満気な表情で私を見る。
そうなんだ。初めて知った。似た色はあれど瞳の色って人それぞれだから、それを褒めるのはその人を褒めることになって、場合によっては好きだよってことになるんだ。
…うん?最近、似た話をどこかで聞いたような…。
「リリーさんは、最近どうなんですか?その…課長と。」
「え?何で課長?」
いきなり何だろうと聞き返すと、エイミーは何かを言おうとして口をつぐんだ。元々大きい目を見開いてびっくりした顔をしている。気がつけば周りのみんなも顔をあげて同じ方向を見ている。その視線の先を辿ると、コツコツと靴音を響かせて歩いてくる人物がいた。
「邪魔してしまってすまない、私には気にしないで作業を続けてくれ。」
そう言って注目を浴びながら歩いてきたのは魔法部隊隊長のサイラス様だ。本人は気にしないでくれと言うがそれは無理がある。スラリと高い背も、動きに合わせて靡く長い銀髪も、本人の自信が溢れた佇まいも、嫌でも注目を集めてしまう。
ここ魔法局庁舎には大きく分けて二つの部署がある。戦闘特化の魔法防衛部と、研究特化の魔法研究部だ。私達は魔法研究部の中の魔道具研究課で働いている。
私はこの職場が好きだけど、多くの魔法使いに好まれるのは花形である魔法防衛部だ。その代表的な存在が、銀色の長髪を靡かせながら闊歩するサイラス様だ。
サイラス様は私のデスクで足を止めた。
「やあリリー。ご機嫌いかがかな?」
「とても良いです。サイラス様は本日はどうしてこんな日陰部署に?」
「あはは、日陰部署だなんてとんでもないよ。少しイフリートと話しにね。」
短く会話すると、「ではまた後で。」とサイラス様は課長室へ向かった。去っていく後ろ姿さえキラキラしているのを見て、髪のお手入れを見習おうと思っていると、声をかけられた。
「リリーさんって、サイラス隊長と親しかったんですか?」
「うわぁビックリ。…おはよう。」
突然かけられた声は寝ていたはずのジェイクのものだ。眠い目を擦ってあくびをしている姿は猫ちゃんみたいだ。エイミーは「やだ!いつから起きてたの!」と顔を赤くしてアワアワしている。体を伸ばしながら「今。」と答えるジェイクとの対比がおもしろい。
こうして見るとお似合いの二人だ。微笑ましいものを見る気持ちで見ていると、頬杖をついたジェイクは返事を促すように私を見た。
「ううん…、親しくは無いかな。ちょっと、お話ししたことがあるだけ。」
「ちょっとお話しって…。…そうですか。」
私の返答にジェイクは片眉を上げる。腑に落ちない様子だったけどそれで引き下がってくれた。こっそり聞き耳を立てていた周りのデスクのみんなも、首を傾げつつも仕事を再開した。
◇
「…できた!」
やっと満足のいく仕上がりになった。試行錯誤は苦しい時もあるけど、こうして形になるとそんな苦労は吹き飛んでしまう。
周りを見るともうみんなは帰ってしまっていた。しかし、いつもよりまだだいぶ早い時間だ。課長室を見るとまだ灯りが付いている。
せっかくだから完成の報告に行こうと席を立ち、ふんふんと鼻歌を歌いかけてやめた。前に機嫌が良くて歌っていた時に、課長に「どうした唸って?具合でも悪いか?」と心配されたことを思い出したからだ。せっかくご機嫌だったのに損した気持ちになった。
扉の前まで来て、コンコンとノックする。
「ああ。」と返事が来たので扉を開けると、課長は椅子に深く腰掛けて目を瞑っていた。
「…大丈夫ですか?」
こんなに疲れが滲んでいる課長は珍しい。思わず声をかけると、ゆっくりと目を開いて私を見た。でもその目はどこかぼんやりしていて、ちょっと心配になった私は課長の目の前でおーいと手を振ってみた。
課長は私の手の動きを一瞬目で追って、パシッと手を捕まえた。…猫ちゃんかな?
「なあお前、…魔法は好きか?」
私の手を捕まえたまま、課長は突然聞いた。
「もちろん好きですよ。魔法があるから今の仕事ができています。私が今ご飯を食べられているのは魔法のおかげです。」
当然ですと答えると課長は少し笑ったが、まだ表情は暗いままだ。
「…課長は、魔法があまりお好きではないようですね。」
そう言うと、課長は目を伏せた。長いまつ毛が頬に影を落とす。
…やっぱり、そうなんだ。課長が魔法を好んでいないことは何となく気付いていた。それは前からのことだけど、こんなに元気がないのは今日の訪問者が原因なんだろう。
「サイラス隊長に勧誘でもされましたか?」
「…ああ。いつものことだ。」
課長は元々、魔法防衛部としてサイラス隊長と肩を並べていた。私を助けてくれた時には既に前線で活躍していて、圧倒的な魔力量と爆発的な攻撃力を誇っていたらしい。
だけど戦争が終わると同時に、課長は魔法防衛部を辞めた。周囲に請われて魔法局には戻ったが、配属先にはこの魔道具研究課を希望したのだそうだ。こんな日陰部署なんて才能の無駄遣いだと周りは言ったが、課長は譲らなかった。
「だが今回はそれだけじゃない。…リリー、お前を引き抜きたいと言われた。」
「…え?…あの、それは、結構前に断ったと思うんですけど。」
以前にもサイラス隊長から魔法防衛部に来ないかと誘われたことがある。でも、絶対私には適応がないと断った。「私団体行動とか無理です!協調性のなさで部隊を壊滅させる自信があります!」と言ったら、笑っていたっけ。以来、見かける度に声をかけてくださるようになった。
「新しい部隊を作るのに欲しいのだそうだ。…正直、魔法防衛部の方が自由に魔法を使えるし技術を磨くこともできる。…お前の好きな魔法が使い放題だぞ?」
戦闘特化の部署に行けば、当然、強さを求められる。強さを求めるということは、自分の魔法を磨き上げてより高みを目指すことになる。その結果として、好きな魔法を好きなように使えることは楽しいことだと思う。
「それは、魅力的ですね。」
そう言うと、課長は私の手を強く握った。
少し痛みを感じるくらいの強さで握られて、まるで、「行くな」と言われているようだ。
「課長。」
いつもの課長らしくない行動にドキリとしながらも、できるだけ優しく呼びかける。不安に揺れる瞳が私を見た。
「私みたいなちょっと変わり者達がのびのび仕事できるのは、課長がここを守ってくれているからです。…私はどこにも行きませんから、課長もどこにも行かないでください。」
課長は目を見開いた。海のような青い瞳がよく見える。
…変わり者達って、自分で言ってちょっと傷付いたな。
「…ああ、分かった。アイツには俺から断りを入れておく。」
そう言う課長は、さっきまでの不安な表情とは一転、分かりやすく嬉しそうな顔をしている。ブンブンと勢い良く振られる尻尾の幻覚が見えるようで、課長は猫ちゃんじゃなくてワンちゃんか…、なんて思ってしまう。
課長が普段の調子に戻ってくれたようだし、私はやっと本題を切り出した。
「それが最近ずっと作っていた魔道具か。完成したんだな。」
「はい。やっと納得のいくものになりました。」
課長に返事をしながら、腕の中に抱えた筒状の魔道具を見てムフフと微笑む。
「それは良かった。…でも、何でこんなところに連れてきたんだ?せっかくのお披露目なら明るい方が良いだろう?」
私達は、私の家から少し歩いたところにある河川敷に来ていた。街灯はあるけど薄暗い。一人だったらまず来ない。
「暗くないと綺麗に見えないんですよ。課長のために作ったから、一番綺麗なところを見て欲しくて。」
「俺のために…?」
少し離れていてくださいと言って、筒状の魔道具を三つ地面にセットする。順番に魔力を込めてから急いで離れた。
「お前、これ…!」
「大丈夫ですよ。見ていてください。」
魔道具の正体に気がついた課長は焦った顔をして右手に魔法で水を集める。無詠唱でこの速さ、やっぱり課長はすごい。しかしここで止められてはお披露目が台無しだ。課長の腕を引くと、怪訝な顔をしながらも私を信じてくれて、水を霧散させた。
そして、時間差で伝わった魔力がバチリと爆ぜて、夜空へと飛び出した。
パンっという音と共に空で弾けて光のシャワーとなって降り注ぐ。三つの筒から時間をずらして次々に打ち上がるそれは、色とりどりで大小さまざま。暗い夜空を明るく染める…とまではいかないが、周囲を明るく照らした。
思っていたより高さが出なくて光の大きさも小さい。まだまだ改良の余地有りだ。今後の改善点を考えていると、ポツリと呟きが聞こえた。
「夜空に咲く、…花のようだ。」
そう呟いた課長の顔を見ると、弾けた光達をただ夢中で見つめていた。降り注ぐ光が青い目に映り込み、私にはその光景の方が美しく思えた。
最後に青色と緑色の光が弾けて、魔道具は役目を終えた。
「お察しの通り、これは元々は爆破の魔道具です。奪うことしかできないものに、違う力を持たせたかったのです。」
「…どうして、そんなことを?」
「課長…、いいえ、イフリート様。」
目を合わせて名前を呼ぶ。私を見つめる青色の瞳が揺らいだ。
「私が魔法を好きなのは、あの日あなたに魔法で救っていただいたからです。魔法があるから今の仕事ができる。魔法があるから今、私はここにいる。
戦いだけではない、平和な魔法の使い道をあなたに見ていただきたかったのです。」
歴史上、魔法は多くのものを奪ってきた。多くは語ってくれないが、イフリート様も奪われていったものに心を痛めて魔法を嫌いになってしまったのだと思う。
「…魔法は結局、使い手次第か…。」
イフリート様はポツリと呟いた。
「初めて会った時から、リリーは人のために魔法を使っていた。リリーほど優しい魔法使いを、俺は知らないよ。」
優しい声、優しい笑顔。こんな風に微笑んでくれるイフリート様は、今まで見たことがない。これだけ長い付き合いなのに知らなかった顔を見て、何故だか胸が高鳴った。
「リリー。」
「は、はいっ…!」
名前を呼ばれただけなのに胸がドキドキして仕方ない。何だろう、これ。ちょっとお医者様に駆け込んだ方が良いかもしれない…!
そんなことを考えつつも、イフリート様の瞳から目を離せないでいる。
「俺は昔から、リリーのことが……。」
形の良い唇が言葉を紡ごうとしたその時、ビビーッと警笛が鳴った。
ハッと振り向くと、ランタンを下げた夜間警備隊がこちらへ走ってきているのが見える。
「…あ、やっぱりまずかったかも。」
突然の音と見慣れない光なんて不審物以外の何物でも無い。せめて、もう少し場所を選べば良かったなぁと反省しつつ、魔道具を回収した。
翌日、私とイフリート様は、ケラケラと笑うサイラス様の横で、爆発騒動として魔法局長からしっかりお叱りを受けたのだった。




