白い結婚をした鉄の夫、戦地帰りに女を買いまくってるらしいんですけど
数ある中からこの作品を選んでいただきありがとうございます!
途中シリアスな部分を挟みます。
(ハッピーエンドの展開ですが、念の為注意喚起です)
「女性を買っているとは、誰のことですか?」
ノエリア・ヴァイス男爵夫人は顔を曇らせた。
* * *
先日、夫のテオが戦争で勝利へ導いた武勲により、男爵を授与されるとの嬉しい一報が来たばかり。
一刻ほど前に突然、訪問した兄のオスカーが開口一番にひと言。
「テオ殿は怪しい」
(これは⋯⋯夢?)
信じられないことが起こると現実を疑ってしまう。
(いえ、私の聞き間違いかしら)
自分の感覚器官さえも疑い始める。
目の前のことからどうしても目を背けたくなる。
ブランデンは戦争の敵国であるバルツァール連邦国に近い街。
工業都市なので、金属の加工品が非常に流通している。
また、武器にも使われるので、販路の確認は厳格。
流出防止のために特に国境沿いの検問が厳しいようなのだが、とある人物が頻繁に国境を出入りしているとの報告が来たそうだ。
「うちは大商家だからそういうところ全部分かっちゃうんだよね。ノエリア、はい、リスト」
オスカーは話の流れを完全に掌握し、慣れた説明を始める。
正式な終戦宣言の前に、王立軍は帰国の準備を進めた。
その時期から国境の人の出入りが急増。
しかし、何度も行き来するテオに不信感を持った衛兵がそれを記録。
往復の数だけでも十回ほど。
そこまで一息で説明したオスカーは言い淀んだ。
「ノエリア、テオ殿とは白い結婚と聞いたが本当なのか?」
「えぇ、結婚してすぐに出征してしまったでしょう。深まる親睦はありませんでした」
ここで冒頭の話。
バルツァール連邦国からの帰国には必ず同伴者がいたようだ。
しかも全員女性。
若い女性もいればノエリアよりずっと歳上まで。
そしてスレンダーから魅惑のボディまで。
それを聞いたノエリアは青ざめて身体を手でガードする。
調べてみると奴隷市や花街にも出かけているという。
ノエリアはもう一度、現実逃避を試みる。
テオは平民の出ではあるが騎士の一族。
腕一本で激しい修練の末に騎士の称号を得た。
それまでの人生では女性の話は無い。
常に鎧を付けているような騎士の鏡。
裏を返せば、女性への免疫は皆無。
なので『鉄の男』と呼ばれる。
「⋯⋯リア⋯⋯ノエリア! 流石にショックだよな。でも離縁を望むなら俺は全力で味方するからな!」
激励なのだろうか、ノエリアは声が出そうになるほど背中を叩かれ現実に渋々戻って来た。
* * *
その夜──。
テオが帰ってきた。
敵地へ乗り込む最前線で警戒を強めるようなテオ。
一応夫婦の慣例として同じ部屋の同じベッドを使うことにした。
全く隙のないナイトガウンの着こなし。
広い肩幅が、立っているだけで存在感を放つ。
「ただいま、ノエリア。ようやく帰りました」
「テオ様、本当にお疲れ様でございました。また、男爵の爵位授与おめでとうございます」
「ありがとう」
ノエリアは今まで一人で気ままに寝起きしていたので、久しぶりの気まずい雰囲気にのまれた。
それだけではない。
昼間のオスカーの話が頭の中を反芻する。
(二十人ほど、色んな女性を連れ帰ってきたのよね)
ノエリアは煮え切らない気持ちだった。
テオが帰るまでの時間、ずっと考えていたのだ。
(やっぱり聞いてみよう)
ノエリアの紫色の瞳が大きく開く。
「テオ様はどんな女性がタイプですか?」
テオは口を開けたまま無防備に立った。
「タイプ⋯⋯そうですね⋯⋯」
テオは熟考を始めてしまう。
それを見たノエリアは目を閉じて後悔を始めた。
ここが戦場ならテオはもう十回ほど斬られている。
十一回、十二回──。
「若い子ですか? それとも熟女?」と前線の英雄のように切れ味のあるノエリア。
「じゅっ⋯⋯じゅく、若っ⋯⋯えっ?」と致命傷を負うほどガードが緩いテオ。
ノエリアは若い子と熟女の両方と判断。
テオは変な汗を掻き始めた。
「スレンダーですか? それとも豊満?」と連撃。
ノエリアは両手で波を打って体型を表現する。
「ほうま⋯⋯えっ? えっ?」と防御もままならない最弱のテオ。
テオは動揺を隠せない。
サウナで倒れる直前くらい火照った顔。
ノエリアは心の中で舌打ちした。
(豊満なのね。厄介だわ)
どちらかといえばスレンダーに自信のあるノエリア。
想像の中で三十回ほど切られたテオ。
「淋しい思いをさせたことは謝ります。しかし、この話は一体何なのでしょうか?」と和平交渉を唱えるテオ。
ノエリアは両手を強く握ると深呼吸した。
(テオ様が帰ってきてようやくこれからだと思っていたのに、新たな旅立ちが必要なら全部聞くしかないわ)
「バルツァールから連れて帰った女性の中で、どなたが一番タイプなのですか?」と和平交渉決裂のノエリア。
両手を広げて八方塞がりを体現するテオ。
そこへノエリアはオスカーの話をテオに話し始めた。
彼の真似をしながら、衛兵からの報告に感情を込める。
そして問題の部分へと差し掛かった。
* * *
「女性を買いまくっているとの噂ですが、真相は?」と記者のように迫るノエリア。
ノエリアの心の中で負けっぱなしだったテオは、すぐに真面目な顔を向ける。
男爵を掴み取った英雄の頼もしい姿。
ノエリアはぎくりと不穏な雰囲気を感じ取る。
テオが語り始めた戦場の壮絶さ──。
「今回、我がリンデンベルク王国とバルツァール連邦国との戦争の激戦区は東寄りのブランデンよりも最北のフィンスタード」
戦争に直接巻き込まれ瓦礫の山になったフィンスタードの街。
一度はバルツァールに奪われたが、そのまま市街地戦となった。
入り組んだ石造りの城塞都市の地図を徹底的に洗う。
意表を突いた攻め込み。
だが、多くの仲間が命を落とす。
テオは強く握る拳が虚しく空を切る。
複数の敵と交戦中。
目の前のリヒトの背中を敵の剣が貫通する。
大切な仲間の血しぶきが顔にかかる。
スローモーションのように地面へと崩れていくリヒト。
咆哮しながら怒りを剣先に乗せて敵に斬りかかる。
周りの敵を剣でなぎ倒しながらテオはリヒトに近づいた。
血液不足で全身が震え始めるリヒト。
怒り、混乱、動揺、様々な感情が入り混じりテオの声も震えている。
『リヒト、ちょっと待っていてくれ。すぐに綺麗な布を持ってくるから、止血をしよう』
『⋯⋯もう間に合わねぇ。テオ、人質として連れて行かれたルーナとミラのこと、助けてやってくれねぇか? ⋯⋯かけがえのない家族なんだよ』
バルツァールに奪われた一ヶ月もの間に人質として連れて行かれた数は枚挙にいとまがない。
『駄目だ⋯⋯お前がいなくてどうするんだ!』
テオの怒声も虚しくリヒトの震えは収まり始めた。
テオはすぐさま手を強く握る。
だが、手応えがない。
テオから嗚咽に似た短い声が何度も漏れる。
それからも地獄の日々は終わらない。
豪胆なハインリヒは一番前でテオたちに背中を預けた。
絶望的な戦場でほの暗い夜にフェリックスは持ち前の陽気さで皆の心に明かりを灯してくれた。
それでも仲間は減っていく──。
ハインリヒ・ユルゲン
オットー・ブラウナー
フェリックス・アルテン
エーリッヒ・シュタール
ディーター・レーヴェ
ゲオルク・ハルデン
ヴァルター・フォークト
マティアス・ベルンハルト──。
見送った仲間たちを胸に抱く。
テオは戦地の中心で声を枯らした。
『何のために争う必要がある!!』
* * *
「彼女たちは仲間の最期に託された人たちだったんだ」
テオはベッド脇に置いた大剣を手に取る。
鞘に収められた銀製の紋章・白銀の鷲。
テオが何かを動かすと紋章が外れ薄汚れた紙が出てきた。
「後で話そうと思っていたんです。遅くなり大変申し訳ありません」
テオは一礼すると、紙を広げてノエリアに見せてきた。
筆跡の乱れた名前が乱雑に書き込まれている。
その書きぶりから戦地で紙に名を刻んでいたのが一目瞭然だった。
ノエリアはその紙をとても大事そうに目を凝らすとカーペットを濡らした。
「あぁ、ノエリア。ごめんなさい。あなたには過酷な話でしたよね。配慮が足りませんでした」
ノエリアの声音が大きく揺らぐ。
「ぢがうんです! ⋯⋯あなたがどんなに辛い思いをしてきたかと思うと胸が苦しくて⋯⋯ごめんなさい⋯⋯あなたが一番辛いはずなのに⋯⋯」
ノエリアはテオの鍛え上げられた身体に包みこまれる。
顔は見えない。
でも、優しく温かい。
テオの声が振動で伝わる。
「ありがとう⋯⋯ノエリア、ありがとう」
* * *
次の朝──。
お互い腫れぼったい顔を見比べて笑いながらダイニングにやって来た。
二人の様子を見て、侍女たちは浮足立っている。
食事を終えて、コーヒーでほっと一息つくとノエリアはあることを思い出した。
「そういえば、テオ様はどうして私に『白い結婚』だと言ったんですか?」
「それは激戦区で死にゆく夫とは関係がない方が、次に進められやすいじゃないか」
別人のようなテオの物言い。
ノエリアはデザートに苺をテーブルに落っことした。
そして勢いよく立ち上がるとテオの隣に立った。
肩に力が入るノエリア。
「テオ様、二度とそんな事言わないでください!」
「すまない、ただ激戦区だ。死なないのは幸福だよ」
ノエリアは力のないテオの笑顔に胸が鷲掴みにされた。
「これからは無理しないでくださいね」
「はい」
背伸びをするノエリア。
ノエリアを子ども扱いするテオ。
「地獄まで追いかけますから」
「俺の行く先は地獄なのか」
テオの胸を叩くノエリア。
それを愛おしそうに見つめるテオ。
「ちがっ⋯⋯言葉の綾です。一緒に天国へ行きましょう!」
「俺はまだ現世を楽しみたいな」
テオは茶目っ気溢れる笑顔をノエリアに向ける。
ノエリアはじんわりと心が温かくなり笑いが溢れる。
「これから忙しいですよ」
「嬉しい悲鳴だな」
胸が躍るノエリア。
その彼女に手を回して抱きしめるテオ。
彼の胸の中にすぐに収まると一定のリズムを刻む鼓動が聞こえる。
ノエリアは人生で初めての幸福を噛み締める。
「ノエリア、愛してもいいですか?」
「はい、これからいろんな色で埋め尽くしましょう」
テオはそっとおでこに口づけをする。
「今はこれで勘弁してもらえませんか?
『鉄の男』は免疫がないので」
ノエリアどころか壁際で待機していた侍女たちからも笑いが漏れる。
胸の高鳴りが止まらないまま、ノエリアはテオの頬に口づけをした。
「私がその鉄を溶かしてしまいますわ」
二人の弾む声は屋敷中に響いた。
(完)
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お話はここまでですが、テオが彼女らをどうやって連れ戻ったのかのサイドストーリーを書きました。
よろしければ一読いただけると嬉しいです!
〈テオSide〉
テオの紹介でノエリアはすぐに彼女たちと会った。大商家なので、ノエリアの計らいで彼女らの仮住まいとなる。
その日の夜、ノエリアはテオに経緯を聞いたのだった。
*
「捕虜が足りない?」
テオの部隊を統括するヴォルフ大佐はひときわ声を落として聞いた。
バルツァール連邦国からの捕虜返還リストには失った仲間の家族の名前がなかった。総勢9名。
戦況は我が国の勝利であったが、重要事項の決定を経て正式な終戦宣告となる。
「これ以上、エルシオンの王族を逆撫ですると戦争が長引く。軍としてはこれを了承したい」
テオの拳はどこへ向けていいのか分からなかった。
震える拳を一瞥した大佐。
「秘密裏にエルシオンに連れ戻してくれ。人員は割く。それから俺の名の依頼書を書く。何かあればそれを敵国なり領主なりに見せろ」
下を向いていたテオの視線が揺らいだ。
顔を上げると大佐の瞳は自分と同じだった。
書類を見せることは『大佐の死』を意味する。
テオとギュンター、ハインツ、ライナーはすぐに出発した。
敵の書記官から奪った資料を手に、近隣の街のダイナーを渡り歩く。
寝る間も惜しまず、情報を掻き集める彼らは、未だ戦場にいるような必死さだった。
『奴隷市や花街に送られた捕虜がいる』と噂を聞きつけ、探し始めるが四人で探しきれる量ではない。
それを大佐に報告した三日後、三ヶ所に絞られた候補地のリストが送られてきた。
(大佐は何をやったんだ?)
死線をくぐる直前のように、心臓が激しく跳ね上がった。
*
テオの向かったところは『違法花街』。
花街の入口には、屈強な男たちが何人も立っていた。
身体つきはテオと同等。
一番前の男から拳が飛んでくる。
拳で応戦。手には重たい肉の感覚。
全員が地面に顔をつけたところで、一人を案内に連れて行く。
一軒の店に入る。
案内の男は店主に経緯を話し始める。
そこでテオは名乗った。
すると店主は「鉄の男か」と呟いた。
「待て、この国では“前線の悪魔”とか“冷徹大砲”とか色々と付けてただろう!?」
(よりにもよってなぜその呼び名!?)
「……そちらさんではそう呼ばれているんだろう? 前線で戦う姿は鉄と評するくらい凄かったんだろうな」
テオは言葉を濁すしかなかった。
そこで、店主に経緯を話す。
テオは見送った仲間を思い出しながら話すと、なぜか店主は猛獣に追われた小動物のように怯え始めた。
「ここにいるのはルーラだけだ。まだ客もつけてねえ」
すぐに連れてきたのはリヒトの妻─ルーラ。
その後、他の女性の居場所を伝えられた。
「これでここから手を引いてくれ。それとも情報料の請求が必要か?」
「なぜここまで良くしてくれる?」
「“本物の鉄の男”だと分かったからさ。それにここを潰されたくない」
合点がいかないテオは情報料として代金を支払って違法花街を出た。
他の仲間と合流すると、あるところへ向かう。
ウルリヒ・ドレッセル─闇市(奴隷市含む)の主催者の屋敷。
恰幅の良い動きの鈍そうな男。目が異常に据わっている。
第一印象は食えない男。
テオが単刀直入に話す。
沈黙。
テオが視線を交えるとウルリヒの瞳孔が開いた。
「鉄の男……」とウルリヒは呟く。
すぐに連れてこられた七人の女性。
思いの外元気そうだった。
しかし、リヒトの娘のミラがいない。
「もう一人いるだろう」
「……おりません」
その言葉に憤慨するテオ。
「嘘を付くな、ミラがいるはずだろう! 騙すとどうなるか分かっているのか?」
ウルリヒは飛び上がった後、床に這いつくばった。
全身を震わせ、不安定な声を漏らす。
「お許しください! 本当に七人だけです! 心に誓って!!」
テオから出させる威圧感に萎縮するウルリヒ。
──後に、“鉄の男”の正体を“インフェルノ”と呼ぶ前線の生存者が知れ渡るのは、もう少し先のこと。
*
テオたちは彼女らを連れてブランデンの国境を渡ることを決める。
ブランデンにはヴァイス大商家─ノエリアの生家があるので、話を通しやすいと見込んだ。実際にノエリアの父には二人きりで話を通した。
ひとまず八人の女性を連れて帰国をする。
そこへギュンターは「自分はミラを探す」と申し出た。
胸に拳を二回─誓いの合図。
それを見たルーラはギュンターの決意に泣き崩れた。
ギュンターを置いて帰国をした。
その後すぐにテオはバルツァールに戻る。
だが、小さな紛争が勃発。
テオたち三人は危険を顧みずに再びバルツァールへ渡った。
その二週間後、半ば諦めていたテオたちの元へギュンターとミラの再会。
顔には泥がつき、服はところどころ破れ、ほつれたままだった。
だが、二人の手はしっかりと結ばれていた。
ミラとミラの母─ルーラが再会すると、ギュンターは膝をつきミラの母に申し出た。
「私はこれからもずっとミラの隣を歩いていきたいのです」
ルーラは溢れてくる気持ちを抑えるように胸に手を当てると、涙声になる。
「リヒト……あなたにも、見せてあげたかった。
私たち、ようやく──幸せよ」
お読みいただきありがとうございました!
楽しんでいただけたら幸いです。
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