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8.初めての魔法書

 カーテンの隙間から差し込む陽光を浴びて目を覚ます。

 いつも通りの天井は板張りで木のふしが点々としている。

 白いクロスの天井が懐かしく感じる。

 一階からは宿の主人が朝食メニューの準備をしている音が聞こえる。

 寝ぼけた目を擦り起き上がる。


「ん?体が起き上がらない?」


 朝一番の思考回路ではすぐには結果にたどり着かない。

 布団をめくり自分の身体の状況を確認する。


「・・・ルナ・・・・・・ってなんて格好してんだよ!」


 謎の正体は布団の中に完全に潜り込みサクの上半身にしがみつくように寝ているルナだった。

 日光に当たることが出来ないため日焼けが一切いない白よりも透明に近い艶やかな肌が前面に露出した一糸まとわぬその姿はあまりにも煽情的だ。


「お、おい。ルナ起きろって」

「・・・まだ・・・起きれない・・・・・・」


 一度目を覚ましたかと思ったとたん意識を失うように再度睡眠を始める。

 子供をたたき起こすときの母親のように布団を取り上げてやろうと考えたサクだったがルナにそれを実行したら文字通り日に焼かれることを思い出し踏みとどまる。

 目を背けながらルナの肩を揺らし何とか起こそうと試みる。


「・・・もう。なんだい?主の安眠を邪魔するつもりなの?」

「い、いや。なんで僕のベットで寝てんだよ」

「私ほどの吸血鬼ともなれば睡眠なんて不必要なんだけれど君の気持ちよさそうな寝顔を見ていたら吸い込まれるようにベットに入っていたわ。久しぶりの睡眠だったけど気分が良くなるものね」


 完全な吸血鬼は睡眠を取る必要がない。

 ルナ曰く睡眠をしたのは実に数百年ぶりのことらしい。

 実際、サクも睡眠時間が明らかに減少していた。

 吸血鬼になる前は七時間はマストだったが今となっては三時間ほどで勝手に目を覚ましてしまう。

 サクは迷宮、魔物、剣術に関する書物を読むことで時間を有効活用していた。


「それは分かったけど。なんで服着てないんだよ」

「寝ることを想定した着替え持ってないし、開放的じゃない。それともなに私に欲情でもしたのかしら?」

「・・・・・・」


 否定をするべきだと思いはしたが余計な恥をかきそうなので黙り込むことにしたサク。


「なかなか可愛らしい反応だね。まぁ、数千年生きたからとは言え成長は十九歳で止まってるから仕方ないことよ」


 正しい反応だとサクを肯定するルナ。

 その表情はどこか誇らしげに見える。


「はぁーーー。僕もう外出るよ」

「毎日飽きずに、もう立派に冒険者ね。迷宮の虜じゃない」

「今日は迷宮には行かないよ。魔石を換金して貯金し続けた金で魔法書を手に入れるんだ」


 * * *


 迷宮に向かう時より遥かに軽い足取りで事前に目をつけていた魔法書専門店へと向かう。

 魔法を習得するためには、魔法書を購入し独学で取得するか迷宮で低確率でドロップするスクロールを読むことで取得するか魔法学院に通い講師から教わるかの三択と言われている。

 スクロールは深い階層に潜り強敵を討伐してやっと出現する可能性があると言うだけで多くの冒険者にとって現実的ではない。

 魔法学院も将来有望な人物であれば学費を支払わずに通える場合もあるがよほどの逸材でない限りまずない。

 高額な学費を支払い通える人物たちは限られるだろう。

 魔法を使用できる八割は魔法書を購入し自力で覚えている。

 他二つに比べれば現実的だが魔法書も消して安いわけではない。

 実際、サクはこの一ヵ月間休むことなく八階層に向かい傷を負いながらも魔物を狩り続けてやっと購入できる金額に達した。


(これで僕も魔法が使えるはず)


 勉強する時間なら幾らでもある。

 普通の人が眠る間もサクにとっては研鑽の時間。


(確実に転移前よりも勉強してるな僕。テスト勉強もこれだけしてたら一位とれるのかな?)


 当分心配する必要がなさそうな問いを考えながらも目当ての魔法書専門店にたどり着く。


 夜の神社を訪れたときに似た少々不気味な雰囲気を放っている店の扉を開く。

 店の中は深紫の厚い遮光カーテンが日の光を侵入させず、薄暗い室内を蠟燭の火が照らしている。

 ずらりと設置された本棚には書物がびっしりと並び、一歩踏み歩くたびにギシギシと床鳴りが響く。


(迷宮内と変わんないな・・・むしろここの方が不気味かも)


 比較的狭い店内を見回しても店員らしき人物は見当たらない。

 代わりに今にも歩き出しそうな人形たちが座ってサクを眺めている。

 

「あのーー。すいませーん」


 店中に響くような音量で呼びかけると店の奥から物音がした。


「はいは~い。ごめんねー。まさかこんな早くからお客さんが来るとは思わなかったよー」


 暖簾(のれん)の間から顔を出したのは一人の女性店員だ。


「魔法書を購入しに来たんですけど大丈夫ですか?」


 まだ営業時間ではなかったのではと危惧するサク。


「開いてるから大丈夫だよ。少年なかなかいいセンスしてるね~この店怪しいでしょ雰囲気」

「ま、まぁぶっちゃけそうですね・・・」


 自覚あるなら修正すればいいのではないかと発言しようとしたサクだが初対面で失礼な気がしてやめた。


「で、今日はどんな魔法書を探しに来たんだい?」

「適性属性が氷属性と風属性なのでどちらかの初級魔法書を」


 魔法には火、水、風、雷、土、氷、聖、の七つの属性の魔法が存在する。

 誰もがすべての属性を使用できるわけではなく一個人にとって適正となる属性の魔法しか行使することが出来ない。

 どれだけ長い時間を費やして学んだとしても適正属性でなければ無意味だ。


 書物で事前に得ていた知識だった為、サクは魔法書を購入する前に冒険者協会で適正属性の診断を受けていた。

 銅貨三枚で受けられるためほとんどの冒険者が行っている。


「今、風属性は中級魔法書以降しか置いてなくて、氷属性なら初級魔法書があったはず」


 店内の本棚を探すと一冊の本を手に取った。


「初級魔法書でもこれがおすすめかな。わかりやすいって評判高いし」


 魔法の内容が同一でも書いた人物によっての良し悪しがある。

 教師によって授業の内容の理解度が変わるのと同様だ。


(表紙見ただけじゃわからないし。店員さんのおすすめに従うほうがよさそうだな)


「ありがとうございます!その本を買います」

「毎度あり!」


 店の雰囲気と真逆と言える陽気な性格の店員が親指をピンと立てる。


(そのサインってこの世界でも共通なんだな)


 魔法書と共に余計な知識を得た。


「私はこの魔法書店の店主 ヴェセルア。少年は?」

「冒険者をしているサクです」

「少年とは長い付き合いになりそうだ。氷魔法の習得頑張んな!」

「ありがとうございます!また来ます」

「次回までには風属性初級魔法書用意しとくから」


 はい、と返事をすると店を後にするサク。

 念願であった魔法書を入手したサクは今にも飛び跳ねてスキップしてしまいそうになるほど舞上がっていた。

 衝動を抑えながら鼻歌交じりに宿へ戻った。


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