7.大迷宮アヴェント
冒険者協会で受付を済ませ案内通りに奥へと進むと石造りの螺旋階段が姿を現した。
戸惑いながら降りていくと松明の灯りとは異なる自然光がサクを照らした。
「・・・本当に迷宮の中なのか?」
開けた場所に行き着くと地上と瓜二つの街並みが広がっている。
サクの想定していた暗く狭い洞窟が続く迷宮像とはまるで違う景色だ。
「なんだ兄ちゃん迷宮は初めてか?」
「はい。初めてです」
呆然と立ち尽くしているサクに声をかけたのはサクの後に受付をしていた屈強な冒険者だ。
「そうかい。最初は皆んな驚くんだよ」
「なぜ迷宮に街が栄えてるんですか?」
「それはな迷宮の一階層全体が魔物の出現しない安全地帯だからだな」
常に死の危険と隣り合わせの迷宮で魔物が一切出現、出入りしない安全な場所、冒険者にとってのオアシス。
白光石と呼ばれる特殊な魔鉱石が群生している場所が目印で、強力な魔物でさえ白光石には近づけない。
「ほら、天井が光ってるだろ。あれは全部白光石なんだよ」
一階層全体を照らすほどの量の白光石がビッシリと天井を覆う。
太陽光と似た自然光を放つから地上と遜色ない街の景色をつくっている。
「二階層に行きたいならこの道をまっすぐ進むといい。入り口が見えてくるはずだ」
「色々教えていただきありがとうございます!」
「おうよ。兄ちゃんも気をつけてな」
* * *
親切な冒険者と別れ、迷宮内の栄えた街を見て回りたい気持ちを抑えて教えられた通り進むと先ほど同様の螺旋階段が現れた。
「本当に来たんだ、迷宮に」
恐る恐る下るサクを出迎えたのは、荒々しい岩肌が続く一本道。
壁面を滴る水滴がポツリと不気味な音をたてる。
誰もが通る道だから当然なのだろうが照明が設置されていて視界は良好。
照明も魔鉱石を加工して作られたもので数十年は輝き続ける。
道幅や天井の高さは一人で歩く分には窮屈さを感じることはない。
二階層の景色はサクが想像していた通りの迷宮そのものだ。
ズボンのポケットに手を伸ばし折り畳まれた一枚の紙を開く。
サクが迷宮に入る前に準備していた二階層全体が完璧にマッピングされた地図だ。
新人冒険者として最低限用意すべきものの代表で地図以外にも二本の治癒ポーションを備えている。
「今日はひとまず一階層を探索しよう」
初めての冒険は危険が多い。
慣れないことが多い中で無理をして深く潜るのは自殺行為に等しい。
知識不足のサクはまず冒険者のいろはを学ぶことが最優先だ。
迷うことのないようマップを確認しながら歩いていると目の前に出現したのは元の世界でもよく見たシルエットをした魔物。
「あれは、間違いないスライムだ」
黄緑がかった水が集合してできたように見え、中心には紫色の鉱石のようなものが輝いている。
「あれが魔核か、透けてるからわかりやすいな」
魔核は迷宮に出現する魔物だけが持つ器官で最大の弱点。
魔核を砕きさえすれば強力な魔物でさえ一撃で討伐できる。
スライムは半透明のボディーを持つことから魔核が視認しやすく新人冒険者が最初に戦闘する魔物として打って付けだ。
腰に帯刀した刀を抜き油断せず距離を詰める。
スライムはサクの気配を感知すると逃げるように飛び跳ね逃げようとする。
だがスライムの移動速度は非常に遅く逃げることは出来ず振り下ろされた刀によって魔核を破壊され、灰色の煙を出して消滅した。
(こうも一方的だとなんだかな・・・)
敵意を感じずとも魔物は魔物、情けをかけることは冒険者として正しくない。
「これが魔石か随分小さいな、低級の魔物だからか」
煙と共に姿を消したスライムだが、地面には小石サイズの淡い紫の魔石が転がっていた。
魔鉱石とも魔核ともまた違う純粋な魔力の結晶体。
冒険者たちが迷宮に潜り続ける理由の一つがこの魔石だ。
魔物の強さや階層の深さでサイズも色も変化する魔石は冒険者協会で換金することができる。
スライムを一日中狩ってもその労力に見合う貨幣を手に入れることはできないが強敵を討伐すると数ヶ月分の稼ぎを得ることができる。
(命の危険も高くなるんだから当然ではあるか)
冒険者として生計を立てたいのなら上層にとどまる事はできない。
リスクを背負ってでも冒険をしなくてはいけない。
サクも冒険者の一人だ無謀な冒険はせずともある程度冒険をしなくてはいけない。
ポケットに入れていたもう一枚の地図、三階層のマップを開くと覚悟を決めて一歩を踏み出す。
* * *
迷宮に潜り始めて一週間が経つとサクは八階層にまで辿り着いていた。
先人に開拓されマッピングされた階層であることを踏まえても新人冒険者が探索する速度としてはあまりにも早い。
加えてサクはパーティーを組んでいないからソロだ、複数の魔物と遭遇することもある迷宮ではパーティーを組むことが前提にある。
もちろんサクも仲間を探そうと考えたが簡単には行かなかった。
半分とは言え吸血鬼のサクは自然治癒能力が明らかに人のものとは違う。
治癒魔法やポーションを使用する前に傷が癒えていたら不自然に思うだろう。
声をかけられないとか仲間に入れてもらえないとか以前の問題で吸血鬼であることがバレてしまう可能性が高いからソロで潜り続けるしかない。
とは言え孤独を貫かなければいけないことを除けば吸血鬼であることは大きなアドバンテージだ。
「ゴブリンの群れか、三・・・いや四匹か」
敵の情報と数を確認し、討伐できると判断すると岩陰から姿を出して隙を与えず一匹のゴブリンを灰に変える。
襲撃された他のゴブリン三匹は握っていた自然武器の棍棒や弓を構えると一人の冒険者を威嚇する。
緑の小鬼、ゴブリンはローウルフ同様に集団行動を取る。
姿や二足歩行か四足歩行かなどの目に見えた違いが挙げられるだろうが最も重要なのは知能の差だ。
ゴブリンは知能がローウルフに比べ高く、冒険者との戦闘では連携をとっている。
棍棒を持つものは先頭に立ち、弓を持つものは後方に回る。
個々としての脅威は低いが複数の集団になると話は別だ。
「まずは弓使いからだな」
集団戦において後方の弓使いや支援職を狙うのは相手が魔物であっても同様だ。
魔法を未だ習得していないサクは刀での近距離戦しかできない。
棍棒を握った二匹のゴブリンがサク目掛け走り出し反撃を開始する。
振り回す棍棒の打撃を刀で上手く弾くと二体のゴブリンを追い越し、弓を引くゴブリンに直進する。
緑の手にかけた矢を離す瞬間を目で追ってタイミング良く身体を横に移動させ照準から外れる。
(かなりギリギリだな)
右肩を掠めるように矢が放たれ、ゴブリンは次の矢を射ようと準備するが、その前にサクの刃がその身体を捉える。
仲間が魔石になるのを見ると激昂した様子の二匹のゴブリンは突進するように再度棍棒を振り回す。
だが、冷静さを欠き連携を失ったゴブリンでは今のサクだとしても敵ではない。
的確に魔核を貫き二匹のゴブリンも魔石へと変わる。
「なんとか無傷で倒せたな」
八階層での集団戦を無傷で切り抜けられたのは今回が初めてだった。
ある程度の傷は数分で治るが大怪我をした際どれだけ自然治癒に時間が掛かるかわからない。
九階層以降から出現する魔物が変わり一段階強力になる、戦闘が今より熾烈になることが容易に想像できる。
魔法をなに一つ習得していないソロの冒険者が踏み入れていい階層ではないのだ。
それに装備もまだ充分とは言えない。
揃えるにしても金銭が足りない。
それらを踏まえてサクは八階層で魔石を集めて換金を繰り返すことで金策をすることにしたのだ。
「まだまだ先は遠いな」
何もかもが始まったばかり、環境に順応しながらサクは冒険者として着実に経験を積み重ねる。




