11.冒険者の資質
「アイスバレット!!」
ローゴブリン目掛け勢いよく発射された氷弾は減速することなくその体を貫き灰に変えた。
連続で詠唱し魔法を使用する。
円を描いた魔法陣が浮かぶと白より青みが強い氷塊が現れた。
氷塊は球体になってはいるが綺麗な球ではなく角ばっている箇所もあり殺傷能力を高めている。
氷魔法を唱えて出てきた氷は水を凍らせて作る氷とは別物に見える。
サクが想像していたのは大気中の水蒸気を凍らせることで作りだした氷を放つという大枠は科学で説明が付きそうな事象だった。
だが実際に魔法を使用してみると科学では説明のつかない現実があるように思えた。
それこそ魔力だとか未知のエネルギーを肯定せざる負えない。
(リアリティーの欠片もないことはこれまでもあったけどいざ魔法を自分で使うと不思議な感覚だ)
魔法を使用できた喜びや興奮と同時にサクの中の常識が崩れていくような恐怖を覚えた。
(吸血鬼になっといて今更か)
純粋な人間ではないことを思い出し自らを嘲笑う。
「無詠唱魔法まで完璧ですね。初めての魔法にしてはかなり覚えが早いですよ」
一人で勉強していた時間を含めると三週間程の時間をかけることで習得することが出来た。
三週間で魔法が使えるようになると考えたら短く感じるが、元の世界での事前知識と比較すると長い時間が掛かったように感じた。
「ティミスさんの教え方が分かりやすかったお陰です」
表情を変えることが少ないティミスの嬉しそうに口を緩める。
「で、ではもう少し深くまで潜ってみましょう。時間もまだありますし」
「そうですね。もっと実践経験を積みたいので進みましょう」
____
八階層、サクにとっては見慣れた光景になりつつある。
今のところ迷宮に潜る目的が魔物討伐のため基本的に探索ルートを変える必要がない。
別のルートを進むことは遭難の可能性を高めることになる。
同じ道でも歩いていれば嫌でも魔物に遭遇するから無駄なリスクを背負う必要性がない。
「変だな。まったく魔物と遭遇しない・・・」
八階層に着いてから二十分程経過したが一向に魔物が現れる様子がない。
「不気味ですね。魔物もそうですが冒険者の気配もない」
迷宮の広さを考えれば冒険者と遭遇しないことは珍しくないが魔物との戦闘音すら聞こえない。
異様な無音の空間が二人を包む。
「七階層に戻りましょう。あてになるか分かりませんが危険な匂いがします。どちらにしろ魔物が現れないと経験も積めませんから」
冒険者の感がこの場から去るようティミスに訴えていた。
ティミスの提案に賛同すると百八十度体の向きを回転し来た道を戻る。
「今のは・・・悲鳴・・・・・・魔物ではない、人間の」
引き返そうと足を踏み出すとエルフの特徴的な耳をピクリと動かすと元の方向に振り向き呟く。
獣人族ほどではないが人族に比べて聴覚が発達しているエルフ族だから聞き取れただろう何者かの悲鳴。
微かに聞こえた程度だがその声音からは恐怖や絶望を感じ取れる。
「僕には聞こえませんでした・・・。かなり距離がありそう・・・」
「————ォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
サクの言葉を遮るように迷宮中に響き渡る咆哮。
地に着いた両足を地響きが震わせる。
人間が出せる音量ではないその声は魔物のものだろう。
「今のは・・・」
「分かりません・・・が、この階層付近で聞こえるべき声ではないでしょう」
サクよりも冒険者歴が長いであろうティミスでさえ聞きなじみのない咆哮。
確かな距離の遠さをサクでも感じられた。
だがその握りしめた拳は緊張からくるものか、はたまた恐怖からくるものか分らないがじんわりと汗がにじみ出る。
得体のしれない”なにか”がその距離に関係なく与えてくるプレッシャーは今までに感じたことのない圧力だ。
「私は様子を見に行ってきます。冒険者の悲鳴も聞こえましたし」
「僕も行きます!」
「いえ。サクさんは一階層に戻って救援要請をお願いします。幸いここは八階層、それほど遠くない」
咆哮が聞こえただけで強敵と遭遇したわけではないにも関わらず話はすでに救援を呼ぶところまで進んでいた。
一刻も早く上級者パーティーの助けが必要であると、”なにか”から感じ取られる異質さが判断を先に先に推し進める。
「ですがティミスさん一人では危険です!!」
「心配はいりません。偵察するだけです。危険だと判断したら即座にその場を離れますから」
ティミスの言葉を聞いても納得することが出来ないサク。
偵察とは言え一人で得体のしれない魔物に近づくのは危険すぎる。
迷宮の道の中央でただ頭を掻き悩むだけで解決策を提示できない。
「悩んでいても判断が遅れ結果を悪くするだけです。考えることは大切ですが迷宮の魔物たちはあなたを待ってはくれない。難しいとは思いますが短時間で最適解を導かないといけない」
「・・・・・・」
「私の判断が決して正しいとは言いません。ですが何も決断せづただ悩んでいるだけのサクさんに私の判断より適した解答を出すことはできない」
「・・・・・・」
「ここでこれ以上立ち止まるのは悪手だ。私の判断に従ってもらいます」
「・・・はい・・・分かりました・・・・・・」
サクの返答を聞くと「気を付けて」と言い残し、悲鳴と咆哮が聞こえた方向に駆けていく。
ローブのフードを被り背中を向けて走るティミスの後ろ姿に右手を伸ばす。
その足を止める資格も勇気もなにもない。
言葉を発することはなく小さくなっていく後ろ姿を眺めることしかできない。
不甲斐ない自分に嫌気がさす。
(余計なことは考えるな。一階層に救援要請を出しに行くんだ)
ティミスと反対方向に足を踏み出したサク。
その一歩が決定的な違いを、自らの”無能”さを再認識させる。
ここ最近忘れていた、忘れられていたはずのその烙印がサクの背中に乗って付きまとう。
考えることすら止めてしまったサクにはがむしゃらに迷宮を走り抜けるしかなかった。