10.それぞれの決意
「こんなに早く起きても意味ねーか・・・」
短針が六時を過ぎる前に目を覚ました陸斗。
毎日のように続いていたバスケ部の朝練で調整された体内時計が陸斗を夢から足早に現実へ戻す。
面倒に思っていた朝早くからの部活動が急になくなると不思議な喪失感を覚える。
「この現実も夢ってことにはならないか・・・」
ベッドから起き上がり窓の前に立つとひとり呟く陸斗。
窓から差し込む朝日の心地よさはこちらの世界も変わらない。
両手を組み天井に向けて背を伸ばす。
昨日の能力診断以降部屋に閉じこもってしまった朔に何度も声を掛けようとしたがその手が扉を叩くことはなかった。
親友が思い悩んでいると知ってなお何もできない自分に腹が立ち、心底失望した。
ただ普段通り接するだけで良かったはず。
分かっていても対面したらきっと朔に気を使わせてしまう。
そんな思考がぐるぐると頭の中を回っているだけだった。
昨日と同様な思考に陥っていると気づいた陸斗は正面の窓を勢いよく開ける。
堆積した雪を運ぶような冷たい風が入り込み陸斗の頭を冷やす。
体を反転させ窓枠に両肘を置く。
「あれはなんだ?手紙?」
深呼吸をしていた陸斗は扉の前に落ちていた一枚の手紙を発見する。
しゃがんで手紙を手に取り広げる。
「これは・・・朔から・・・」
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二人に黙って居なくなるのを許してほしい。
僕を信じてくれ。また必ず会える。
この手紙は三人だけの秘密にしてほしい。
次会った時は僕の口から話す。
朔
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数行の短い文章。
だが確かに感じられる覚悟と決意。
最後に記された差出人の名前を見て即座に部屋を飛び出す。
たどり着いた扉には鍵が掛けられていない。
ノックもせず躊躇なく開けた扉の先に朔の姿はなかった。
綺麗に整えられたベッドに人の温もりを感じない。
部屋のどこを見ても朔がいた形跡が一切なくなっていた。
「朔・・・。嘘だろ・・・何で・・・・・・」
知らぬ間に握りしめていた手紙はしわくちゃになっている。
具体的なことが記されていない手紙を何度読んでも理解することが出来なかった。
確かに昨日の出来事は朔にとって受け入れがたい事実であっただろうがそれを理由に姿を消すとは思えない。
陸斗は知っている、朔の心の強さを。
落ち込んだとしても膝を着いたとしてもそのまま諦めるような男じゃないと。
「そうだそうだよな。俺にできるのは朔を信じることだ。理由なんて再会したときに聞けばいい」
陸斗も覚悟と決意を固めた。
親友である朔のように。
「藍花にも伝えなきゃだな」
朔の部屋を後にすると藍花の部屋に向かった。
* * *
二人を呼び宿の外に出る。
想定していた時間よりも少し早くたたき起こされた藍花と静奈は眠そうな表情を浮かべていたが、朔からの手紙と陸斗から話を聞き目を覚ます。
「昨日様子を見に行った時は元気そうだったし、前向きなことを言ってたから安心してたんだけど・・・」
夕食に顔を出さなかった朔を心配した藍花が訪ねていた。
どうにか元気づけようとした藍花だったがその必要はなかった。
その時すでにミラから話を聞いていた朔は決意を固めた後だったからだ。
「どこ向かったんだろう?ここら辺、周りに宿と教会しかないけど」
「わからない。一応探そうと思うけど手紙の内容的に近くにいるとは思えないな」
「一人で森を抜けようとしてるとか・・・?ますます心配」
「朔くん昔から目的定めたらそれに向かって突き進んで行くとことあったから森を抜けることが目的の内に入ってるなら朔くんは躊躇しないと思う」
幼馴染として長年付き合ってきた藍花のしる彼なら無謀にも思えることを躊躇わず挑むだろう。
「今の俺たちに出来るのは朔を信じることだけだと思う」
「そうだよね。朔くんとの約束も守らないとね」
「ああ、このことは俺たちだけの秘密だ。この手紙も見つからないようにしないとな」
陸斗は手紙を読めないように細かく裁断すると空高く手を掲げた。
手のひらに乗っていた手紙の切れ端は風に乗って塵尻になった。
「私たちも頑張ろう。朔くんに負けないように」
「あぁ、そうだな」