9.エルフとの再会
「ダメだ。全くできる気がしない」
氷属性初級魔法書を学び始めて一週間が経過したが未だ習得、どころか少しも感覚を掴めていない。
魔法はこの世界の常識で全てだ。
だが魔法の存在が空想とされている世界から転移してきたサクには自らが魔法を使用する姿なんてものは想像できない。
どれだけ詠唱を覚えようが、体内の魔力を変換し魔法として具現化させる原理を覚えようが一番重要な想像力が欠如している。
(独学での習得率が低いわけだ。魔法学院か、興味はあるけど金も時間もないよな)
「はーー。果てしない時間が掛かりそうだな・・・」
冒険者協会東の端っこのテーブルに額を擦りつけ独り言を呟くサク。
「なるほど。初級の氷魔法ですか。初めての魔法の習得を独学ともなれば時間を要するでしょう」
真っ暗な視界の外から懐かしさを感じさせる声が聞こえ頭を勢い良く上げる。
「お久しぶりですサクさん。またお会いできましたね」
サクの前に立っていた人物はティミスだ。
「ティミスさんお久しぶりです。また会えてうれしいです!」
実に一ヵ月半ぶりの再会。
別れてからのティミスの行方を調べようもなかったため再会が難しいと考えていたサクだったが偶然にも冒険者協会で再会することが叶った。
「そうだ、これを。あの時はありがとうございました」
ティミスから受け取ったポーチの中に入れておいた貨幣と共に返却をした。
「本当に返していただかなくても良かったのですが・・・。いや、再会したら受け取ると約束していましたね」
返却を断ろうとしたティミスだったが別れた日に約束した言葉を思い出し、サクの申し出を受けることにした。
「普段は北口を利用しているので偶然入った東口でサクさんを見つけることができ幸運です」
「宿泊先から東口が一番近いので。ティミスさん北口ってことはレノード魔法学院の生徒なんですか?」
「その通りです。そういえばお話ししていませんでしたね」
冒険者協会には東西南北、四つの入り口が存在する。
迷宮を囲うように円形になっていて区切りは無くどの入り口から入っても一周回ることが出来る不思議な構造をしている。
建物があまりにも巨大で一周辺り十キロほどで、歩けば二時間以上かかる。
四つの入り口の中でも北口は基本的にはレノード魔法学院専用になっている。
レノード魔法学院は魔法大国と呼ばれる北の国レノードに位置する。
他にも魔法学院は幾つか存在するが最も優秀な魔法使いが集まり実力主義を掲げており、迷宮の最深部を探索する先駆者を多く輩出している。
「でもティミスさんは学院の制服じゃないんですね」
迷宮を潜っている時に当然冒険者と遭遇することがあり、時折レノード魔法学院の制服に身を包んだパーティーを見かけることがあった。
迷宮の殺伐とした雰囲気とは反し、白と群青色をベースとした制服が際立つ。
「学院内では制服を着ていますが迷宮では冒険者らしい格好?をしています。あの制服は目立ちますし、あまり目立つのは・・・。それよりもサクさんは氷魔法の取得最中のようですね」
言葉に悩んだのかその先を綴ることはなく話題はサクの氷魔法へと移る。
「そうなんですけどなかなかコツを掴めなくて苦戦してます。魔法を学ぶのは初めてですし」
「私も最初は時間が掛かりました。一度魔力を魔法に変換する感覚を掴むとその後は習得が早いのですが・・・。もしサクさんさえ良ければお教えしましょうか?」
「本当ですか!是非お願いします!」
魔法の指導を受ける絶好の機会。
数日前にルナに尋ねたところ全く理解することが出来なかった。
ルナは至って真面目に享受しているのだが説明が難解すぎてサクには呪文のようにすら聞こえていた。
「私もまだ学生で教わる身ですのであまり参考にはならないかもですが少しでも力になれたらと思います」
話が決まると早速二人は迷宮に向かった。
* * *
迷宮に入ると二階層には向かわず街の外れにたどり着く。
開拓途中で辺り一帯が木々に覆われた森と言える場所だ。
地上とは違い一切の風が吹かない森は静寂というより無音で不思議な感覚がある。
何度も見ている筈なのに迷宮の中に木が生えていることに未だに違和感を拭えないサク。
大迷宮アヴェントは多くの謎が解き明かされていない。
太陽から光合成することが出来ないはずなのに成長する木があることも謎の一つだ。
魔鉱石からエネルギーを吸収しているという説が有力だが真偽は不確かだ。
「ここまでくれば魔法を放っても冒険者に当たることは無いでしょう」
生物の気配を全く感じないほど奥地まで来た。
最初は魔法を発動出来てもコントロールできないことが多い。
魔物だけでなく冒険者が数多く探索している二階層以降での魔法の練習は非常に危険だ。
一階層は他階層に比べフロアが広く、外れの森で訓練するのがベストだ。
「早速ですが一度、氷魔法のアイスバレットを発動してみてください」
サクは返事をすると左腕を前に突き出す。
「アイスバレット!!・・・・・やっぱり出ない・・・」
声だけ気合の入った渾身のアイスバレットは発動すらしない。
ホームラン予告をして盛大に空振り三振をした時の恥ずかしさに似たものを感じている。
(アニメとかだとすぐに魔法使ってるのにな・・・。現実はそう上手く行かないってことか)
転移者の自分なら魔法書を読んですぐに魔法を使用できると考えていたが結果は言うまでもなく大苦戦。
(僕以外の転移者なら一瞬で取得するんだろうな・・・)
「無詠唱ではなく始めはしっかり詠唱してみましょう。詠唱した方が難易度も低いですし」
「詠唱魔法は前衛が使うことは無いと聞いたんですが?それに僕はソロですし」
魔法には詠唱をして行う詠唱魔法と詠唱を省略した無詠唱魔法が存在する。
どちらも一長一短でパーティーに置ける役職や状況に応じて使い分ける。
ソロで探索をしているサクには援護する味方が居ないため必然的に無詠唱魔法以外の選択肢がない。
「確かにサクさんは刀をお使いになるので実践では詠唱している暇はないですが魔法を取得する際は詠唱魔法からが基本です。基本が出来なければ応用も利きませんから」
ティミスは学院で学んだことと実体験を交え丁寧に説明する。
まだ返しきれていないサクに対する恩に報いることが出来ると考えているからだ。
「それに今後はパーティーを組まないと難しい階層が増えてくるでしょう。その時に中衛の味方と入れ替わりカバーをしてもらいながら詠唱魔法を使用する機会もあるでしょう」
無詠唱魔法は発動速度を重視しており代償として威力も詠唱魔法に比べ低くなる。
状況に応じて最適な発動方法を選択するのも冒険者として重要なスキル。
「なるほど、確かにティミスさんの言う通りですね。基礎から忠実に練習します」
再度左腕を前方に突き出すと寝る間も惜しんで記憶したアイスバレットの詠唱文を唱える。
「蒼き凍てつく氷弾よ、敵を貫き砕け アイスバレット!!」
左手のひらから空中に蒼い文字で刻まれた解読不可能な魔法陣が現れる。
大気に突如として現れた魔法陣から氷弾が放たれることはない。
魔法陣が消えると何事もなかったように無音の森に戻る。
「アイスバレットは出なかったけど確かに感覚は掴めた・・・気がする」
全身を流れる魔力が確かに流動し、一点に集中する感覚を掴んだ。
過去、魔法陣すら出現させることが出来なかったサクにとって確実な前進と言える。
「順調ですね。今の感覚を忘れずに魔力が尽きるまで練習あるのみです。もし倒れても地上まで運びますので安心してください」
魔法が完成せずとも魔力は減っていく。
魔力値Fのサクにとって一回一回が重要だ。
ルナの言葉に希望を抱いているサクは毎日ギリギリまで魔力をすり減らしている。
今のところ変化はないが魔力値Dを目標に積み上げていく。
ふと頭に浮かぶ陸斗と藍花の顔。
離れてから一度も忘れた日は無い。
いつか再開するその日まで。
(再開するときは強くなったと胸を張れるように)
魔力が尽きるまで詠唱をやめることは無い。