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プロローグ

「はぁ、はぁ・・・はぁ」


 雪が降り積もる見知らぬ森の中を駆け回る。

 暗く静まり返る夜の森での命綱である松明の火はいつの間にか消えていた。

 動物の皮で作られたであろう手袋もその薄さのせいか意味をなさず、手先の感覚が少しずつ遠のく。

 暗闇に慣れ、暗順応した目をもってしても大きな木々を避けるのが精一杯で木の枝が体中に擦れ、服は破け地肌が露出した箇所は傷だらけだ。


 後方から響くオオカミに酷似した正体不明の魔物の遠吠えが身体を恐怖で震わせる。

 遠吠えが聞こえた数からして数十匹の群れだろう。

 

「・・・はぁはぁはぁ・・・・・・」


 両ひざに手をつき呼吸を整える。

 吐き出す息はそれこそ雪のように真っ白で、冷え切った空気を吸い込むたびに喉と肺にズキズキとした痛みが張り付く。

 走り回って体力を失い続けていることに加えて凍える寒さが呼吸することさえ困難にした。

 方向感覚すらとうに失った暗闇の中を生き延びるためがむしゃらに逃げ回る。

 出口につながる道がない迷路をひたすらさまよっているようだ。


 (僕が一体何をしたって言うんだ)


 逃げ場のない恐怖をどうしようもない怒りに変換してぶつける。

 そうすることでしか自分自身を保てないから。

 後方から迫ってくる魔物は先程よりも明らかに迫ってきている。

 雪の積もった地面を蹴る足音が近づいている。


「あの光は・・・?」


 隣接した木々が月明かりをほとんど通さないはずの暗闇の森に一筋の光が差していた。

 小さく見えていた光の先に進むとその光は膨張するように広がる。

 迷路の出口のようにすら思えたその場所には浅く細い川が流れている。

 希望の光にすら見えたそれは月明かりを反射する水面だった。


(川に沿って下れば森を抜けれる)


 遭難したら川に沿って下ることは間違った知識であると分かっていたが果たしてそれが異世界でも共通なのだろうか。

 そうなのだとしてもこの魔物が闊歩する森をいち早く抜け出すことしか考えていない。


 だが希望はすぐに打ち砕かれる。


 来た道を振り返ると鋭利に尖った牙をむき出しにし今にも飛び掛かって来そうな魔物が唸っている。

 鋭く貫くようなその視線は捕食者の眼光。

 魔物は彼を食物連鎖の弱者であると判定した。


 数日前に前振りなく異世界転移させられ、意味も分からず無能の烙印を押された彼にこの状況を打開するすべはない。

 転移者として有能な人間であれば魔法やら異能力を使用できたかもしれないが、持たざるものである彼には困難なことだ。


 じりじりと距離を詰められる。

 魔物から目を離さず、ゆっくりと後退していると地面に埋まっていた石に躓き尻もちをつく。

 それを合図にするように一斉に走り出し飛び掛かってくる。


(なんで異世界で食い殺されなきゃいけないんだ)


 声にならない叫びと共に全てを諦め目をつむる。


「なにが・・・起きたんだ・・・・・・」


 死を覚悟したはずだが中々襲われるず、恐る恐る目を開く。

 数秒前のことが嘘だったかのように静かになった魔物が地面に倒れ動かなくなっていた。

 理解が追い付かなかったが自分がまだ生きていることに安堵した。

 恐怖ですくんでいた足に再度、力を込めて立ち上がる。


(これ僕がやったのか?測定できない才能があったとか)


 現実逃避であることを知りながらもそう解釈することしかできない。

 一難去ったがまたいつ魔物に襲われるかも分からない。


(早く森を抜けよう)


「君は命の恩人に感謝の言葉すらないのね」


 歩みを進めようと前に踏み出すと後方から声を掛けられる。

 振り向くと川の中心にある岩の上に見知らぬ人物が座っていた。

 絹のように透き通る色素の薄い肌、月光を纏う銀の髪が美しくなびき、深紅のその瞳から目が離せない。


「この魔物はあなたが・・・?」

「そうよ。偶然通りかかったら魔物に襲われてる人間が居たから放っておくわけにはいかないでしょ」


 魔物が討伐されていたのは彼女のお陰のようだ。

 それと同時に彼の中に秘められていたかもしれない未知の才能が否定された。


「ありがとうございます。助かりました。何かお礼をしたいところだけれど今は何も持っていなくて・・・」


 背負っていたはずの鞄はどこかに落としてしまっている。

 深く下げていた頭を上げると理解しがたい衝撃的な光景が彼の前に広がる。


 恩人である銀髪の彼女が魔物の切断された頭部を掲げ、流れ出る血潮を飲んでいた。

 まるでトマトジュースでも飲んでいるかのように。


「やっぱり魔物の血はおいしくないはね」

「・・・え・・・・・・なんで魔物の・・・」


 口元に着いた血液を右手で拭う彼女。


「なんでってそれは・・・吸血鬼だから」


 そう言って彼女、いや吸血鬼は笑みを浮かべる。

 一難去ってまた一難とはまさにこのこと。

 今、彼が相対しているのはオオカミの魔物のなんかとは比べ物にならない存在だった。


 元居た世界でその言葉を聞いたところでかわいそうな子なのだと笑って過ごしたかもしれないが、異世界転移してすでに非現実的な事象を多く目にした彼にとってその言葉が嘘でも冗談でもないことをすぐに理解した。


「選択肢をあげましょう」

「選択肢・・・?」

「私に食われて一生を終えるか、吸血鬼になって一生私の眷属になるか」


 食べられて死ぬか、人間をやめて生きるか。

 こんな選択を迫られることになるとは数日前の彼には考えもつかなかっただろう。


「どっちも断るって言ったら・・・」

「その時は君が死ぬだけよ。立っていることすらやっとの君にこの極寒の森を生きて抜け出すのは不可能だわ。どうせ死ぬなら私に食べられたほうが幸せだと思うけど」


 吸血鬼の言葉を聞いたとたんに両足の力が一気に抜け、地面に膝をつく。

 一度地面に向いたその視線を戻すと岩の上に座っていたはずの吸血鬼が目と鼻の先に立っていた。


(約束があるんだ。こんなところで死ぬわけにはいかない・・・)


「僕を吸血鬼にしてください・・・」


 吸血鬼は彼の両肩に手を添え首筋の頸動脈を狙って尖った牙で噛みついた。

 寒さのおかげか痛覚が麻痺していて痛みを感じることはなかった。

 だんだんと意識が遠のく。


「歓迎するよ。私の眷属として」


 異世界転移した先で彼、瀧波(たきなみ) (さく)は吸血鬼になった。


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