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蒸気爆発! Gガイザー!! 〜温泉×スチームパンク×ロボット〜

作者: 納豆巻

 この作品には、下ネタ、あるいはそれを想起させる描写が存在いたします。ご注意願います。

序章:湯けむりと歯車の心臓

 俺たちの故郷、湯本ゆのもとには、二つの心臓がある。


 東の心臓は、硫黄の匂いと湯けむりだ。

 夜明け前、ひんやりと湿った空気に最初に混じるのは、この匂いだった。山あいにひっそりと抱かれるように広がる東地区は、黒光りする木造旅館が迷路のように軒を連ねる温泉観光地。その軒先や路地のマンホールからは、季節を問わず白い湯気が立ち上っては、朝の静寂に溶けていく。

 陽が昇り始めると、石畳の坂道を、カランコロンと硬質な音を立てて下駄が鳴り響く。朝風呂に向かう観光客たちだ。土産物屋の店先では、蒸気機関で動く饅頭製造機がシュッシュッとリズミカルな音を立て、甘い湯気をもうもうと吐き出し始める。それが、この街で生まれ育った小学六年生――狭間・勇斗はざま・ゆうとの、慣れ親しんだ日常だった。


 そして、街を東西に分ける湯川に架かる鉄橋を渡った先にあるのが、西の心臓。蒸気と鋼鉄の匂いだ。

 西地区の空は、無数の煙突から吐き出される白煙で常にうっすらと霞んでいる。建物の壁という壁からは、大小様々な歯車や鈍い銅色のパイプが、まるで巨大な機械の血管や内臓のようにむき出しになっていた。

 東の温泉街が塩分濃度の高い源泉そのものを『湯』として利用するのとは対照的に、精密な機械がひしめく西地区では、腐食を防ぐための工夫が凝らされている。山から引いた清流を、地熱を利用した巨大な熱交換器で沸騰させ、純粋な高圧蒸気のみを動力源として各工場に供給しているのだ。

 ガシャン、ガシャン、と規則正しく刻まれる金属の打刻音。シュー、と高圧蒸気の抜ける鋭い音。それらが混じり合い、街全体がまるで生きている巨大な機械であるかのように、力強い鼓動を響かせていた。


 蒸気の圧力を物理的な回転運動に変え、無数の歯車を組み合わせて演算を行う『解析機関』。それが、この国――日ノ本の発展の礎だった。そして西地区は、その象徴そのものだった。


「――なあ勇斗。また親父さんの研究所に行くのか? 今日は非番だと聞いていたが」


 放課後。西地区のはずれ、うっすら錆びた鉄骨の橋の欄干に寄りかかりながら、親友の橘・誠(たちばな・まこと)が尋ねた。俺とは正反対の、涼しい横顔。夕焼けに染まる煙突群を見つめるその瞳は、いつも静かで、遠くを見ている。


「おう。新作の解析パズルができたって、さつき姉ちゃんから通信があってさ。誠も来るか?」


「遠慮しておく。僕は道場に寄るからだ。君のように、遊んでばかりもいられない」


 朝霧(あさぎり)さつき。父さんの研究所でオペレーター主任を務める、俺と誠の五つ年上の幼馴染。いつもは白衣姿で、歯車が複雑に絡み合う巨大な解析機関のコンソールを、こともなげに操作している天才だ。


「そっか。ま、無理すんなよ。全国大会、近いんだろ?」


「当然だ。僕の剣は、この街で最強でなければ意味がない」


 そう言って澄ましているけど、こいつがこの街を、特に秩序と力強さに満ちた西地区を気に入っていることを、俺は知っている。そして、誠が守ろうとしているものが、俺の守りたいものと、きっと同じだということも。


 ふと、西地区の職人街から、ソースの匂いが風に乗って届いた。名物の『蒸気焼きそば』だ。


「……小腹、減ったな。食ってくか?」

「……仕方ないな、付き合ってやろう」


 俺たちは、橋のたもとにある行きつけの屋台に向かった。このあたりが発祥らしい、所謂ご当地B級グルメ。高温の蒸気で一気に蒸し上げた太麺を、ソースと絡めて鉄板でサッと炒めるのが特徴だ。縁日の焼きそばのような香ばしさには少し欠けるが、濃いソースの味が染み込んだ、モチッとした太麺の食感がたまらない。時々、無性にこれを啜りたくなるのだ。

 おばちゃんが「はい、お待ちどう」と笑い、湯気の立つ鉄の皿を差し出してくれる。二人でそれを頬張りながら、くだらない話をする。この何でもない時間が、俺は何よりも好きだった。


 この、当たり前の放課後。

 それが、空から来る無慈悲な侵略者によって、もうすぐ終わりを告げることも知らずに。


第一章:白鳥の影、巨人の目覚め

 警報は、音よりも先に、振動として街を襲った。

 地鳴りのような、腹の底に響く重低音。窓ガラスがビリビリと震え、道場の床が、まるで巨大な生物の上に乗っているかのように揺れた。


 空が、白い鯨の影で埋め尽くされていた。

 雲海を割り、音もなく現れたのは、優雅にして無慈悲な、純白の巨大飛行船団だった。蒸気でも、歯車でもない。未知の原理で静かに浮遊するその姿は、この世界のどの国のものとも異なっていた。


 同時に、街の広場や大通りに設置された、巨大な機械式の情報掲示板が一斉に切り替わった。無数の歯車がけたたましく唸りを上げ、何百枚もの金属板が反転しながら、警報を形作る。


【 非常事態宣言発令 】

【 所属不明ノ大規模船団、本州ヘ接近中 】


 街の人々は、けたたましく鳴り響く警報と「非常事態宣言」の文字に顔色を変え、逃げ惑い始めた。

 やがて、その原因として当局から告げられた『リリィ・エンパイア』という名に、すぐにはピンとこない者も少なくなかった。

 それは女王を頂点とし、女性が社会の中枢を担う電子先進国家。i(ピー)S細胞の応用技術により独自の生殖体系を確立したが故に、周辺諸国から『異端』として孤立した、謎多き国。


 街が混乱に陥る中、異変は空で起きた。

 巨大な旗艦の船首から、まばゆい光が放たれ、湯本の空に巨大な立体映像ホログラムを投影したのだ。蒸気と歯車の街に住む俺たちが見たこともない、リリィ・エンパイアの電子技術の誇示。


 そこに映し出されたのは、一人の若い女性だった。

 純白の軍服に身を包み、銀色の髪を厳しく結い上げている。歳は俺たちとそう変わらないように見えるのに、その表情は氷のように冷たく、瞳は絶対的な意志の光を宿していた。美しく、そして恐ろしかった。


 彼女は、マイクもなしに、しかし空気を震わせるような明瞭な声で言った。


『これより、リリィ・エンパイアは、聖なる源泉オリジン・スパを穢す全ての障害を排除し、この地を浄化することを宣言する。我が名はアンシア。この浄化作戦を遂行する、全権総司令官である』


 街の人々が、その威圧的な姿に息をのむ。俺も、ただ呆然と空を見上げていた。


 その頃、地熱解析機関研究所の管制室は、静まり返っていた。

 オペレーターたちが敵の戦力分析に追われる中、司令官である勇斗の父、狭間・優利(はざま・ゆうり)がスクリーンに映る総司令官アンシアの顔を、血の気の引いた表情で見つめていた。


(その瞳……あの人に、瓜二つだ……)


 優利の脳裏に、遠い昔に愛した女性の面影が雷のように突き刺さる。


(まさか。私が国を追放されてから、もう16年……。年齢も計算が合う。アンシア……。かつて、もし娘が生まれたらと、二人で語り合った名前……。ああ、神よ。これが、私の罪の形か……)


 彼女は、生まれてきたのだ。

 そして、父も知らぬまま育ち、今、父の息子を滅ぼすために、軍を率いてやって来た。


「所長……? 顔色が……」


 隣に立つさつきが、心配そうに声をかける。

 優利はハッと我に返り、仮面のような冷静さで顔を引き締めた。


「……いや、何でもない。敵司令官の顔を覚えておいただけだ。……勇斗をGガイザーへ! 急げ!」


 その声は、かつてないほどに張り詰めていた。

 自分の息子を、実の娘が率いる軍隊に、たった一人で立ち向かわせる。

 父、狭間優利の本当の地獄は、この瞬間から始まっていた。



 飛行船団から無数に舞い降りた、鋼鉄の乙女を模した巨人たちが、街を破壊していく。


 俺は、俺を探しにやってきた父さんに手を引かれ、変わり果てた街を駆けた。さっきまで誠と焼きそばを食べていた屋台が、瓦礫と炎に包まれているのが見えた。おばちゃんは無事だろうか。


「父さん! 街が、みんなが!」


「分かっている! だから行くんだ! 勇斗、お前が最後の希望だ!」


 腹の底から、熱い何かがせり上がってきた。恐怖じゃない。焼け付くような、純粋な怒りだった。


 研究所の最深部、管制室ってやつだろうか。十数名からなる人たちが忙しなくがなり立てている。壁には大きな窓があり、その向こうは広い空間。どうやら格納庫らしかった。

 近づけば、微かな機械油と、温泉の硫黄の匂い。そして、ひんやりとした金属の匂いが、俺の肺を満たした。

 ドーム状の空間の中央に、『それ』はいた。


 決戦兵器『Gガイザー』。

挿絵(By みてみん)


 見上げる首が痛くなるほどの、鉄の塊。

 細身の手足、どこか頼りない体躯。だが、その下腹部のあたりから前方に突き出した長大な砲身だけが、圧倒的な存在感を主張していた。


「Gガイザーの動力源は、高圧地熱源泉だ。そしてパイロットはお前だ、勇斗。お前が遊んでいた解析パズルは、このGガイザーの操縦システムそのものなのだ」


 父さんの言葉に愕然とする俺の耳に、さつき姉ちゃんの声が響く。


「勇斗くん! もう時間がない! コクピットへ!」


 声は冷静だが、その奥に切迫した響きがあった。


 さつき姉ちゃんが悲痛な表情でメインスクリーンを睨んでいた。無数の赤い光点――敵性ヒュージギアとやらが、刻一刻と研究所に迫っているらしい。


「所長! 敵部隊、多数! Gガイザー単機では……! Gランサーはまだ動かせないのですか!?」


 さつき姉ちゃんの問いかけに、父さんはなにやらモニターを一瞥し、苦い顔で首を横に振った。


「ダメだ! Gランサーは高機動化のための最終調整が終わっていない! 今無理に動かせば、自爆しかねん!」


「……っ! 了解……。勇斗くんに、全てを託すしか……」


 さつき姉ちゃんは唇を噛みしめ、目の前の機材向き直った。


 俺は覚悟を決めた。Gガイザーの臀部に、街の源泉に繋がる極太のホースが接続される。「ガコン!」という重いロック音が重く響く。


『完潮ユニット接続確認――。今接続されたホースは、動力源の給水と、伝声管も兼ねているの。難しいとは思うけど、切断されたりしないよう気を付けて』


 さつき姉ちゃんの声が伝声管と繋がったラッパ状の発声器から響いた。

 コクピットのシートに身を沈め、操縦桿を握る。その冷たく硬い感触が、現実を突きつけてくる。


「狭間・勇斗、Gガイザー、行きます!」


 巨人が立ち上がり、戦場に躍り出る。


『何ですの、あの……貧相な機体は……?』


 敵パイロットの侮蔑に満ちた声。


「うるせえ! 俺たちの街から出ていけええっ!」


 俺は怒りに任せてトリガーを引いた。コクピットが大きく揺れ、凄まじい反動が全身を襲う。


 ――ズババババババッ!


 アクアキャノンから射出された高圧の温泉水(うっすら黄色)が、鋼鉄の乙女に襲いかかる。


『きゃっ!? 防水処理を貫いて……! 回路が……この塩化物イオン濃度……! 私たちの電子回路は……!』


 リリィ・エンパイアの精密な電子兵器は、湯本の濃すぎる温泉成分に耐えられなかったらしい。


 だが、一体だけ格の違う機体がいた。女騎士風の隊長機。俺の攻撃を、特殊な防水コーティングで弾き返す。

 絶体絶命のピンチの中、通信機越しに父さんの声が響いた。


『勇斗! タンクから『超片栗粉X』を装填! 必殺技を使う!』


 コンソールを操作すると、砲身の根元のタンクから白い粉末が砲身内へ送り込まれる。


『砲身の加圧グリップを握れ! 圧力が最大になるまで、激しく前後に動かすんだ!』


「うおおおおおおおおおおっ!!」


 激情の熱が、操縦桿を握る両腕から全身へと駆け巡る。俺は鋼鉄の巨人の下腹部で、勝利のためだけに、砲身のグリップを前後に動かし続けた。


 ――ガシッ!ガシッ!ガシッ!ガシッ!


『圧力、臨界点へ! 勇斗くん、今よ!』


 さつき姉ちゃんの叫びが、俺の背中を押した。


「これが! 俺の怒りだあああっ! (ガン)・シューティング!!」


 ――ドッッッッッッッッッッ!!!


 超片栗粉Xと高圧の温泉水がブレンドされた、白濁した液体がアクアキャノンから奔流のように射出される。それは、通常時は流動的ながらも、凄まじい射出圧と衝撃を受けた瞬間に、ダイラタンシー流体としての特性を発揮し、硬質な塊へと変化する!

 直撃を受けた敵隊長機の顔面装甲は、まるで巨大なハンマーで叩きつけられたように、凄まじい音を立てて歪んだ!


『な、何……この衝撃は……!? 通常の液体兵器ではない……!? 装甲が……もたな……』


 隊長機のパイロットの悲鳴が途切れる。硬化した高粘度流体は、電子機器が集中する頭部を粉々に粉砕し、内部構造に壊滅的な損傷を与える!


 制御を失った隊長機は、大きく痙攣しながら墜落していった。

 こうして、最初の戦いは終わった。だが、空の向こうの白い鯨の影は、まだ消えてはいなかった。


第二章:汚された通信

 リリィ・エンパイア遠征軍、旗艦『リリヤケア』ブリッジ。


 空気は、敗北の苦い味で満たされていた。冷たい光を放つ純白の壁と、磨き上げられた黒曜石のような床。唯一の音は、コンソールを操作する電子音と、オペレーターたちの抑制された声だけだ。


 ブリッジの中央、司令官席に座るアンシアは、正面の巨大なホログラムスクリーンを見つめていた。スクリーンには、これから接続する後方司令部の紋章が静かに浮かんでいる。


「……総司令官閣下。後方司令部、ベアトリーチェ将軍との定時報告回線、開きます」


 オペレーターの報告に、アンシアは短く「繋ぎなさい」とだけ応えた。


 スクリーンが瞬き、ノイズが一瞬走った後、立体映像が浮かび上がる。そこに映し出されたのは、皺の刻まれた顔に、鷹のように鋭い目を持つ老将軍の姿だった。ベアトリーチェ。女王陛下の覚えもめでたい、古参の軍人だ。彼女の背景に映る豪奢な司令室が、前線であるこのブリッジの機能的な風景を、暗に嘲笑っているかのようだった。


 アンシアは席から立ち、敬礼と共に報告を開始した。


「こちら前線司令部、総司令官アンシアです。これより、第一次浄化作戦の戦闘報告を……」


「その必要はない」


 ベアトリーチェは、アンシアの言葉を冷たく遮った。その声は、通信回線を通しているとは思えないほど、鮮明な侮蔑を含んでいた。


「戦闘データはリアルタイムで確認している。実に無様だったな。蒸気と歯車で動く、野蛮人の鉄クズに手こずり、貴重な部隊を失うとは」


 画面の向こうから突き刺さる、氷のような視線。アンシアは、背後で部下たちが息をのむのを感じながら、平静を装って答えた。


「……申し訳ありません。ですが、敵機体は我々の想定を上回る性能を……」


「言い訳か!」


 ベアトリーチェの声が、ブリッジのスピーカーから怒声となって響き渡る。


「期待外れも甚だしい! やはり、あの女の血は、穢れていたということか!」


「……将軍。作戦の失敗は、全て司令官である私の責任です。ですが……」


「口答えをするな、不義の子めが!」


 画面の中の老将軍が、怒りに顔を歪ませる。ブリッジのクルーたちは皆、うつむき、唇を噛みしめ、この一方的な叱責が終わるのを耐えるしかなかった。


「貴様の母親と、その身に流れる血の汚名を拭い去る機会を、陛下は寛大にも与えてくださったのだ。その慈悲にすら唾を吐くというなら、陛下の沙汰を待つまでも無く、私がその首をはねてくれようぞ!」


 その言葉は、アンシアの胸に深く突き刺さった。だが、彼女は決してうつむかない。顔を上げ、巨大なスクリーンに映るベアトリーチェの目を、まっすぐに見返した。


「……将軍。あなたの言う通り、私は機会を頂いているに過ぎません。ですが、その機会を成功に導くのが、私の責務。今回の敗北は、未知の敵に対する情報不足が招いた、勝利のために必要な犠牲です」


「なんだと……?」


「この敗北で、我々は貴重な実戦データを手に入れました。敵の動力源、武装、そしてパイロットの戦闘パターン。特に、あの不可解な高粘度・高温の液体射出攻撃の成分解析も、既に着手しています」


 アンシアは、冷徹なまでの論理で続ける。


「次の攻撃で、私は必ず勝利します。それが、陛下のご慈悲に応える、唯一の方法ですので」


 ぐっ、と画面の中のベアトリーチェが言葉に詰まる。

 老将軍は、忌々しげに舌打ちをすると、一方的に通信を切断した。ベアトリーチェの巨大な顔がスクリーンから消え、ブリッジには重い沈黙が訪れる。


 その静寂を破ったのは、技術士官の一人だった。彼女は恐る恐るアンシアに歩み寄ると、タブレット型の情報端末を差し出した。


「総司令官閣下……。先ほどの敵機の戦闘データを、我が国のヒュージギアと照合した結果……看過できない類似点が……」


 アンシアはタブレットに目を落とす。そこに表示されていたのは、Gガイザーのエネルギーフローと、リリィ・エンパイアの誇る巨大兵器『ヒュージギア』の基礎理論との比較グラフだった。出力方式も制御系も、あまりに原始的で、野蛮だ。だが、その根底に流れる思想は、紛れもなく……。


「……本国の最高機密であるHG(ヒュージギア)の基礎技術が、外部に漏洩した可能性が……考えられます。恐らくは……16年前の、あの亡命者によって……」


 全ては、その男に帰結する。女王陛下の『姉妹』に選ばれた母と密通し、その名誉を汚した忌まわしき大罪人。

 アンシアの唇から、凍てつくような低い声が漏れた。


「ユーリ・ハザマスキー……」


 その名には、軽蔑と、憎悪と、そしてアンシア自身も気づかぬ、微かな渇望のような響きが混じっていた。彼女はタブレットを技術士官に突き返すと、再びGガイザーの静止画が映るメインスクリーンに向き直った。


「どこまでも祟ってくれるじゃないか。……だが、私がその因果、断ち切ってくれよう」


 その声は、ブリッジのクルーたちにではなく、画面の向こうにいるであろう、まだ見ぬ父親の亡霊に向けて放たれたかのようだった。


 アンシアは、傍らで命令を待つイライザに振り向いた。その瞳は、先ほどまでの屈辱も、過去への執着も全て飲み干し、ただ純粋な、破壊の意志だけを宿していた。


「イライザ」


「はっ!」


「シュヴァルツ・リッターの改修を急がせなさい。第一次攻撃のデータを解析した結果、敵の液体弾は着弾時に瞬間的に硬質化し、運動エネルギーを直接叩き込む特性を持つことが判明しました。通常の防水コーティングでは意味を成しません。装甲前面に、衝撃を段階的にいなすための多層リアクティブアーマーを追加しなさい。対熱・対塩化ナトリウム用の特殊コーティングも三重に。そして、リミッターを解除し、プラズマ大剣の出力を最大に」


「……! しかし、それでは機体への負荷が……!」


 アンシアは、部下の懸念を冷たく一蹴した。


「構いません」


 アンシアは、手元のコンソールに表示されたGガイザーのデータを見下ろした。


「次は、必ずあの鉄クズを、パイロットごと両断します」


第三章:双璧の矛、友情の奔流

 夜が明けきらぬ、早朝の公衆温泉。

 檜の匂いと、湯本特有の濃い硫黄の香りが、ひんやりとした空気に混じり合っていた。岩造りの露天風呂の湯面からは、もうもうと湯気が立ち上り、星が消えかけた空へと昇っていく。水面を叩くお湯の音だけが、静寂に響いていた。


 俺は、父さんと二人、その湯に肩まで浸かっていた。

 昨日の戦闘で酷使した体は、まだ鉛のように重く、節々が鈍く痛む。だが、芯まで温まるこの湯が、その痛みを少しずつ和らげてくれているのが分かった。


「……よくやった、勇斗」


 湯けむりの向こうで、父さんが静かに言った。その声は、いつもの気の抜けたものではなく、重く、硬質だった。


「だが、お前のGガイザーは、いわば究極の『壁』だ。一点に集中する高圧攻撃は強力だが、機動力の高い敵を相手にするには限界がある」


 父さんの横顔は、いつになく厳しかった。ただの心配じゃない。もっと深くて、暗い何かに耐えているような……そんな顔だった。重苦しい空気が、俺たちの間に漂う。

 何か、何か言わなきゃ。そう思った俺は、場の空気を変えようと、わざと明るい声を出した。


「父さん、背中流そうか」


 その言葉に、父さんの肩が微かに揺れた。

 一瞬、驚いたように俺の顔を見ると、すぐに視線を逸らし、ふっと短い息を吐いた。その横顔に浮かんだのは、笑顔のようで、泣いているようにも見える、不思議な表情だった。


「……いや、いい。それより、肩までしっかり浸かっておけ。疲れが取れる」


 父さんはそう言うと、ふたたび湯に身を沈めながら、これからの予定を告げた。


「壁だけでは、勝てん。……侵略者を貫く、鋭い『矛』も必要だ。別メニューで訓練中だった誠くんと、今日からは合流して模擬戦闘訓練を行ってもらう」


 ――誠が……ずっと訓練を? 俺とは別に……?


 父さんの言葉が、頭の中でこだまする。



その日から、俺と誠の地獄のような共同訓練が始まった。

 高機動近接戦闘に特化したGランサーを駆る誠は、シミュレーターの中でも、まるで水を得た魚のようだった。俺たちは何度もぶつかり、言い合い、そして互いの背中を預け合いながら、コンビネーションの精度を高めていった。

 研究所が最終切り札と位置付ける『プランDG』の存在も、この時に初めて知らされた。


そして、訓練開始から数日後。シミュレーターでの模擬戦を終え、汗だくで格納庫の片隅に座り込んでいると、隣で同じように息を切らしていた誠に、俺はずっと聞きたかったことを尋ねた。


「誠。お前、こんな日が来ることを知ってたのか?」

「……ちょっと前からな」


 平然と答える誠に、俺は少しムッとする。


「俺には誰も教えてくれなくってさ、水くさいって言うか、モヤモヤするな」


「まあ確かに、勇斗の親父さんは不器用かな」


「どういう意味だよ」


「お前にギリギリまで、のほほんとしてて欲しかったんだと思うけど……」


 そこで誠は一度言葉を切ると、真っ直ぐに俺の目を見た。


「やっぱり何も言わなかったのはどうかと思った、僕は」


 その真剣な眼差しに、俺の中のモヤモヤが少しだけ晴れた気がした。こいつは、ちゃんと俺の側に立ってくれてる。


「行くぞ、誠」


「ああ。背中は任せた」


 そう言い合える仲になった矢先、運命の日は、あまりにも突然やって来た。

 街に、再び警報が鳴り響いたのだ。

 東の空から、リリィ・エンパイアの黒き騎士『シュヴァルツ・リッター』が、数機の護衛を伴って高速で接近していた。


 俺たちは、今度こそ二人で、それぞれの愛機へと乗り込んだ。


 シュヴァルツ・リッターは、昨日の隊長機とは比較にならない。イライザの駆る黒騎士は、そのプラズマ大剣の一振りで、俺の放った高圧温泉水をたやすく蒸発させてみせた。


『見つけたぞ、鉄くずが!』


 イライザの憎悪に満ちた声が響き、シュヴァルツ・リッターが猛然と突進してくる。回避が間に合わない!

 その時だった。


 ――キィィィィン!!


 閃光と共に現れた白銀の機体が、その一撃を弾き返した。

 流線形の騎士。その機体構造の中心、下腹部から突き出た、鋭利な円錐形のランス。


「誠っ!」


『待たせたな、勇斗。騎士の道は、弱き者を守るためにある。お前の背中は、僕が守る!』


 研究所の第二格納庫から、誠が駆るGガイザー2号機、『Gランサー』が発進したのだ。

挿絵(By みてみん)


 次の瞬間、Gランサーは信じがたい挙動を見せた。


『Gランサー、最大戦速! 砲飛突(ほうひとつ)ッ!!』


 誠の叫びに応え、機体後部のノズルから、灼熱の温泉水が轟音と共に単発で噴射される。その凄まじい反動で、白銀の機体は、まるで彗星のように空を駆けた。シュヴァルツ・リッターに肉薄すると、その下腹部から伸びるランスの切っ先が、黒騎士の装甲を鋭く削る。


『小賢しい!』


 イライザが放つカウンターのプラズマ大剣を、ランスの根元に備えられた二つの球体状シールドが、最小限の動きで、しかし的確に受け流していく。キィン、キン!と甲高い金属音を響かせ、全ての攻撃をいなしていく様は、まるで熟練の剣士のようだ。

 後方からの噴射による一切の無駄を排した直線的な加速と、重心に最も近い位置に武装と盾を集中させることで可能となる、完全な攻防一体の突撃。それがGランサーの戦い方だった。


 俺は、その美しくも合理的な戦い方に息をのんだ。


「す、すげえ……!」


 俺はすぐさま体勢を立て直し、誠が作り出した隙を突いて、シュヴァルツ・リッターの関節部を狙いアクアキャノンを放つ。Gランサーが前衛で猛攻を受け止め、俺が後方から援護する。完璧な連携だった。


 だが、イライザは冷静だった。Gガイザーが距離を取ったのを見て、彼女はニヤリと笑う。


『来るぞ、あの忌まわしい攻撃が!』


 俺は、決め手となる必殺技を放つべく、加圧グリップを握りしめた。


「くそっ、こいつで動きを止める! (ガン)・シューティング!!」


 白濁したダイラタンシー流体が、再びシュヴァルツ・リッターの頭部へと殺到する。だが!


『同じ手が二度も通用すると思うな、野蛮人が!』


 シュヴァルツ・リッターは既に備えていた。黒い装甲を眼前に展開し、待ち構えている。その表面が弾け飛んだ。


「なっ……必殺技が、効かない!?」


 着弾の衝撃をいなされた! 硬化した液体は拡散し、その衝撃を相手へ完全に伝えられなかった。

 俺の驚愕を切り裂くように、イライザの勝ち誇った声が響く。


『その攻撃は、既に対策済みだ!』


 イライザの駆る黒騎士は、リミッターを解除し、二機を同時に圧倒し始めた。

『妹のため……祖国の未来のため……私は、退くわけにはいかないのです!』


 渾身の一撃がGランサーの肩を捉え、俺も動きを封じられる。

 その時、父さんの決断が響いた。


『プランDGを発動する! GガイザーとGランサーは、合体シークエンスに移行せよ!』


 俺と誠は、互いの機体で視線を交わした。強く頷き合った事が伝わってくる。

 緊張で、唾を飲み込んだ。

 切り札を、こんなに早く使うだなんて。


「誠! 俺の全エネルギー、お前に注ぎ込むぜ!」


「ああ、勇斗! 君の熱いパルス、確かに感じている! 僕のリア・インテークは、君の全てを受け入れる!」


 誠の冷静さが、俺の昂りを鎮めてくれる。俺の熱が、誠の迷いを焼き払う。精神が溶け合い、一つの感覚になっていく。


 Gガイザーのアクアキャノンが伸長し、Gランサーの臀部にある供給口『リア・インテーク』へと向かう。

前後に繋がった二機。Gガイザーの両手は、Gランサーを支えるようその腰に添えられた。

 管制室で、さつき姉ちゃんが冷静に、しかし確信を込めて指示を出す。


『両機、最終接続フェーズ! エネルギー流路、開きます! シンクロ率、99.8……99.9……100! 接続完了! 新形態、ダブルGガイザー、起動!』


 戦場に、二人の友情の証である究極の攻撃形態が誕生した。

 二機分のエネルギーが、湯気となって立ち上る。


「誠! 僕たちの思いを、この一撃に!」

「ああ! 俺たちの故郷の、魂の熱さを、思い知らせてやる!」


 ダブルGガイザーの下腹部、すなわちGランサーのランスに、凄まじいエネルギーが収束していく。

 行き場を求めたエネルギーがあちこちから溢れ出しそうになる。Gガイザーのボディが前後に揺さぶられるのを、必死になって堪えた。


 ――折れんなよ、中で折れんなよ!


 そして、俺と誠の魂が、一つになって叫んだ。


「「いけえええええええっ!! ペネトレイト・ニトロ・ストライクッ!!」」


 超高圧水流によってランスが打ち出される。超音速にまで加速されたランスは、一条の光となってシュヴァルツ・リッターを貫いた。


『妹よ……すまない……』


 敵の悲痛な声と共に、黒騎士は光の中に消えた。


エピローグ:仮面の裏、孤独な戦い

 静寂が戻った戦場で、合体を解いたGガイザーとGランサーが、蒸気を噴き上げながら並び立つ。


『やったな、誠』


 コクピットの中で、俺は汗まみれの額を操縦桿に押し付けた。


『ああ……だが、勇斗。最初の演説の司令官……。彼女の目は、まるで僕たちを憎んでいるようだった。一体、僕たちが何をしたっていうんだ……』


 誠の言葉に、俺はうまく答えられなかった。


 ――その夜、管制室のメインスクリーンには、捕虜とすることに成功した敵パイロットからの聞き取りや、撃破したシュヴァルツ・リッターから回収されたデータが表示されていた。『電子枯渇病』という病名、それに苦しむ子供たちの写真が映写機から投影されている。


「彼らは、生存をかけているのか……」

 狭間・優利が、誰にともなく呟いた。その横顔は、暗い影に沈んでいる。


 管制室の喧騒が、まるで遠い世界の音のように聞こえていた。

 彼の脳裏には、昼間に見たホログラムの映像が焼き付いて離れなかった。

 あの、愛した女性の面影を宿す、氷のように美しい娘の顔。

 自分の息子たちが、命がけで撃退した軍隊を率いていた、実の娘。


(アンシア……。お前は、この病に苦しむ民を救うために戦っているのか。その純粋な正義感は、まさしく、お前の母親譲りだ……)


 優利は固く目を閉じ、司令官の椅子に深く身を沈めた。

 その仮面のような冷静さの下で、科学者としての冷徹な思考と、父親としての絶望が渦巻いていた。


(リリィ・エンパイアの破滅は、近い……)


 蔓延する病、『電子枯渇病』。それは、彼らの社会構造そのものが生み出した、根源的な歪みだ。

 追い詰められているのだ。拙速に過ぎる侵攻に、焦りすらうかがえる。

 そして、湯本地底深くに存在するかの場所――オリジン・スパにはおそらく、それを覆すほどの可能性は眠っていない。

 日ノ本が結成した研究チームに、一時加わっていたからこその所見だった。


(だが、裏切り者である私の声が、今さら届くはずもない。既にデータの一部を流出させてはいるが……手応えはない。女王は何を考えている? 民を偽りの希望で欺いてまで、この地に固執する真の目的は……)


 結局のところ、優利の願いは一つ。


(どうすれば、この戦いが止められるのだ……)


 どちらかが勝てば、どちらかが傷つく。

 自分の過去の罪が、二人の子供を残酷な運命の天秤に乗せていた。


(私は、どちらの未来も選べない。どちらの幸福も祈れない。ただ、この地獄の中心で、全てを見届けることしかできんのか……)


 その引き裂かれるような苦悩を、誰一人として知る者はいない。


 湯本の空には、まだ戦いの匂いが残っている。

 そして、その空の向こうに蠢く、リリィ・エンパイアの次なる一手を見据えんとする。

 物語は、まだ始まったばかりだ。


次回予告(嘘)

 激闘の果てに訪れた、束の間の平和。

 だが、湯本の街に、美しき災厄の影が忍び寄る。


 軍服を脱ぎ捨て、一人の少女として敵地へ潜入するリリィ・エンパイア総司令官、アンシア。

 その目的は、父の、そして自らの過去を探るためか。それとも、あの忌々しい機体『Gガイザー』の秘密を暴くためか。


 夕暮れの橋の上。

 そこで彼女が出会ったのは、一人の少年だった。

 屈託なく笑う、宿敵Gガイザーのパイロット――狭間・勇斗。


 お互いに何も知らぬまま交錯する視線。生まれるはずのなかった感情。

 憎しみだけで凍てついていたはずの心が、少年の真っ直ぐな瞳に、静かに溶かされていく。


 そして、アンシアは目の前の少年に、禁断の言葉を紡ぐ。

 この胸の高鳴りが示す言葉を知らぬままに。


「私の弟にならないか?」


 残酷な運命の歯車が、今、静かに回り始める。


 次回、蒸気爆発!Gガイザー!


「橋の上のストレンジャー」


 君も、熱く、ほとばしれ!

 ――この世界に、金田正太郎はいないのだ。

 いっぺん描いてみたかったんですよね。スチームパンクな世界観ってヤツを。

 物語はひとまずここで一段落とさせていただきます。

 しかし、AI生成の挿絵では、登場ロボットのカッコ良さを1割も伝えきれないのが悔しいです。

 そのうち、絵師さんに依頼してみようと思います。――宝くじでも当てたら。まあ、期待しておいてくださいよ。

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