雨上がり、夢の続きへ。
「おぉい! 大丈夫か? ユースケ」
すぐ隣から聞こえた声で急に現実に引き戻される。
そうだ、ここは東京競馬場の地下馬道。そして今日は全てのホースマンが憧れる夢の大舞台、3歳馬の頂点を決める『日本ダービー』がこれから始まる所だ。
だというのに、移動中にこんな昔の事ばかり思い出して上の空になってしまうなんて……らしくないな。
「まあ分かるよ。皐月賞は2着で惜敗だったとはいえダービーの1番人気だもんな。すごいプレッシャーだろ」
そう言って馬を並べて声を掛けてくれたのは、川原先輩と同期で俺にとっては兄のような存在の藤橋騎手だ。下の名前が同じ『ユースケ』だからというのもあって、何かと気に掛けてくれていた。
「それに、オレの弟の康二はさ……ダメだったけど、お前はあれだけの怪我から戻ってきて、この舞台に立ってる。だからお前の、これまでやってきた自分自身を、そして、馬を信じろ! オレもそうするから」
そう言って肩を叩き、地下馬道の入口へと先に向かっていく藤橋騎手。
そうだ、ここまで決して平坦な道じゃなかった。大怪我を負ったことも彼女の、クロノトリガーのラストに『騎手として』立てなかったことを後悔しない日は無かったし、復帰しても思うように乗れなくて砂を噛む思いをしてきた事だって何度もあった。
でもこうしてこんな大舞台まで歩を進められたのは、自分のしてきた事を、共に歩んでくれる馬を信じてきたからここまで来れたんだ。
行こう、俺達の進むべき未来へ。
そう呟いて新たな相棒の首を叩いて地下馬道を抜けると、パドックの時には降っていた雨はいつしか上がっていた。芝コースの遠く先、直線コースの入り口辺りは上空の雨雲が途切れて天使の梯子が見える。
これから俺たちは向こう正面入り口からスタートしてコーナーを回り、あの光を突き抜けてこのゴール地点へと戻ってくる。それをこの場に立った18頭の3歳馬と18人の騎手のどのコンビよりも早く、駆け抜けなければならない。
だけど不思議と不安はほとんど無くて、彼と――クロノスターシスとなら、叶う気がした。
――――
『第3コーナーを回り切って直線、坂を駆け上がって先頭に立つのはクロノスターシス! 後ろから突っ込んでくる馬もいるが……脚色は衰えない! そのまま1着、クロノスターシス!』
俺が右手を高く上げると、スタンドからの大歓声がひときわ大きくなる。
『輝きを取り戻した北川友介とクロノスターシス! まさに時計の針をあの時に戻したかのような圧巻の走りで3歳馬の頂点に立ちました!』
「オメデトウ、ホント良く頑張ったヨ、ユーイチ」
ゴールを過ぎてから並んできたクリスがハイタッチを求めてくる。
「やられたな、完璧だったわ。おめでとう」
言葉は少ないながらもそう言ってくれる川原先輩。
「ユーイチ、ホント良くやってくれたよ。マジで感動した。ありがとうな」
そう言いながら握手を求めてくる藤橋先輩はすでに半分ぐらい涙声だ。
そうして一人一人と挨拶を交わしながら、観衆の大歓迎を受けてスタンドへと戻る。そこに待っていたのは【チームクロノの盟友】である黒田馬主と才藤調教師。固い握手を交わした後、黒田馬主から告げられたのはまさしく、俺もずっと考えていた事だった。
「ひとまずはダービーおめでとう。ただ、ここはまだ通過点だ。『日本競馬界の主役』という最高の称号を持って……秋はトリガーで一緒に挑めなかった、夢の続きに挑戦するぞ!」
(完)
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